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【創り手さんにいろはのお題回答(3) - ムーンピラーズ外伝 - コレクター】



> ルパートさん出番です


 サリアスの大気圏を離れた紺の翼の宇宙船は、白銀に輝くリングを周囲に出現させた。一度攻撃により損害を受けたため、キイは警戒を強める。サブモニターに映し出される白い胴体に刻まれた、黒ずんだ傷が痛々しい。
 さらに別のサブモニターには、追いかけてくる小型戦艦の姿があった。その船の側面には、ギャラクシーポリスの紋章が刻まれている。
「レブリオ29には何があるんだ?」
 ブリッジの適当な席に腰を下ろし、落ち着きなく見回しながら、ロッティが問う。
「あそこには、遺跡と研究所のある基地がある。そこに、サリアスからの客人を3人、送って行ったのだけど……
 答えながら、キイはパネルを叩いた。もう充分サリアスを離れたはずである。
『現在の機動情況報告。エネルギー循環率100パーセント、航行システム、防衛システム、医療システム、運送、自己診断、修復等、各連結システム異常なし。外殻損傷部3パーセント。一部修復済み。システム安定レベル67パーセント。エラー修正不能』
 キイの入力に応じて、システム情況を述べてから、ゼクロスは自我を取り戻した。
……不安です。自分の状態がよくわかりません』
「レブリオの様子を見たら、すぐに検査しに帰ろう」
『〈リグニオン〉にですか?』
 ゼクロスは、不満げな声を返した。技術の進んだ惑星オリヴンでも有名な研究所であり、自身を開発したチームである研究所である。誰が考えても、彼の検査や調整には最も適した場所であるはずだ。
 怪訝そうなロッティの視線を受け、キイは肩をすくめた。
「何で嫌なのかねえ……家出してきたわけでもあるまいし」
『ケンカなんてしてませんよ……できるだけ迷惑をかけたくないのです。大した損傷でもありませんし、普通の工場で充分です……ワープインします』
「そうかな?」
 キイは納得していなかったが、大人しく、ゼクロスに航行システムの操縦権を渡した。
「警部、ゼクロスに話があったのでは?」
 何でも屋に改まってそう聞かれて、何か考え込んでいたらしいGP刑事は、少し驚いたように顔を上げた。
『私に話……ですか?』
「いや……後でいいんだ」
 ロッティはどこか納得いかないような表情で、首を振った。

 キイはレブリオに着くまでに、彼女の依頼内容や逃げ去った小型宇宙船について、ロッティにかいつまんで説明した。それをオンラインでGP船のクルーたちも聞き、把握している。
 レブリオ29の大気圏内に入ると、一行は研究所周辺がサリアスと似たような情況であることを知る。
 ゼクロスは前と同じ、第3基地の滑走路を選んだ。もとより、GP船のほうは他の基地の滑走路には着陸できないだろう。
『どうやら、遺跡も荒らされているようですが……それより、基地の人々が心配です。すべての基地が襲撃を受けたようです』
「医務室の準備を」
 短く言って、キイとロッティは機外へと急ぐ。GPの刑事たちもまた、手分けして情況の把握に向かう。
 ドーム状の基地の天井の一部が崩れ落ちていた。冷たい風が、基地内にまで吹きすさぶ。
 下敷きになった人間の身体の一部が、瓦礫の下からのぞいていた。
「生き残りは……?」
 見回したところ、生きた人間の姿は見えない。
『わかりません……その建物の壁は一部透過不能です。あの……イルクさんたちが無事だといいですが』
 キイが広間の中心で見回しているうちに、ロッティはレーザーガンを手に、崩れた壁の向こう側へと進んでいた。そこで奥をのぞき込んで、彼は顔をしかめ、かがみ込む。
 その場へ歩み寄ろうとするキイに気づくと、刑事は首を振った。
「来ないほうがいい」
「なに? 何を今更」
「いや、キイはいいが今のゼクロスには見せたくない」
 キイは相手のことばに納得すると、超小型レンズ付の左耳のイヤリング方通信機を外す。その手のなかで、ゼクロスが何かうめいた。
『何なんです?』
 キイが握っていた手を開くと、突然の暗転に動揺した声が響く。
「ちょっと目隠ししててもらおう。ここからは大人の時間だよ」
『えっ……? ええ? それじゃ、その……こんな時に大人の関係を』
 キイの後ろで、ロットがレーザーガンを落とした。
「キイ、変に誤解させることを言うな!」
「単なることばのあやだよ」
 動揺している他2名をよそに、キイはおもしろそうに笑い、ロッティのとなりに踏み出す。そこで足もとの遺体を見ると、彼女の表情は一変した。
「知り合いか?」
 キイの表情の変化に気づき、銃を拾い上げながら若い刑事がきく。
……ああ。依頼で送ってきたうちの1人だよ」
『そんな……
 キイの手のひらの中で、ゼクロスが息を飲むような声を洩らす。
 そこに倒れ伏した遺体は重度の火傷を負っており、ほとんど原型をとどめていなかった。しかし、身長や体型、そして燃え残ったわずかな部分、ポニーテールにした栗色の髪から、カレンだろう、とキイは断定した。
 しばらく立ちつくした後、キイは溜め息を洩らし、視線を通路の奥に向ける。
「誰だ!」
 そのとき、声がかかった。どこか聞き覚えのある声色だ。
 声と同時に、やはりキイにとっては見覚えのある姿が現われる。麻痺銃をかまえた、青い制服姿のガードマンだった。
 彼は、キイの特徴的な姿を覚えていたらしい。
「あなたでしたか。まだ海賊が残っているのかと……
 ガードマンは銃口を下げ、左手の甲で額をぬぐう。
「GPのロッティ・ロッシーカーだ……あなたは?」
 やはり警戒してかまえていたレーザーガンの銃口を下げて、ロッティは溜め息混じりに問うた。
 刑事と聞いてか、ガードマンは背筋を伸ばし、敬礼する。
「自分は、レブリオ29第3基地の警備主任、クリフ・ルパートです。2年ほど前から、こちらの警備を担当していました」
 礼儀正しくはきはきと答える警備主任に、ロッティは身体ごと向き直る。
「それでは話が早い。事件解決のためにも、ここで何があったか話していただけないでしょうか? 海賊と思われる船が来たと思われるのですが」
「ええ。その船が、我々を襲撃して来たのです。自分が見たのは2機で、発掘現場付近に着陸しとりました。しばらくした後、飛び去っていきましたが」
「発掘現場か……
 ひとつのヒントを得たロッティとは逆に、警備主任は顔を悲痛な表情にゆがめる。
「人々が亡くなり皆を守るべき自分が生き残るなんて……
 若い刑事は首を振った。
「運だろう、仕方がない。……そとに医療班がいるので、そちらの船に乗ってください。ここにいるのは危険だ」
 彼が忠告すると、ルパートは素直に礼を言い、滑走路へ向かう。
 他の刑事に連絡を取ると、ロッティはキイとともに、ゼクロス機内に戻った。キイは、カレンの遺体が医療班の手に渡るのを見届けてから、少し離れてイヤリングを着けていた。
『発掘現場ですか……現在は、誰もいませんよ?』
 2人がブリッジに戻るなり、ゼクロスは怪訝そうに言う。
「荒らされた跡とか、不自然なところは見当たらないか?」
 ロッティの問いに、ゼクロスはまた、一瞬のうちに遺跡の発掘現場をスキャンする。
『何かが擦れたような、小さな溝が……おそらく、数メートル近い大きさの物が運び出されたような痕跡があります。しかし、データベースも破壊されたようですし、それが何なのかは……
 基地の者に話を聞くことができれば確認が取れるが、警備主任では発掘の詳細はわからないだろう。キイは他の基地の生き残りに希望を託し、ゼクロスにGP船からの情報収集をさせたが、他の生き残りは、犬が二匹と十歳にも満たない少女、赤ん坊とその母親だけで、そのうちの誰も、研究や発掘に深く関わってはいなかった。
 ロッティはブリッジをしばらく歩き回ると、椅子の背にもたれかかって思案する。ここまで追跡するのにそう時間はかかっていない。必ず手がかりはあるはずだ。
 不意に、刑事の思考を、耳に心地よい声が中断させる。
『そういえば、私たちが送った異人館の3人は、発掘の最新情報を得ていたのでしょうか? サリアスには、ある程度の情報は流れていたようですが』
「サリアスか」
 何かが、刑事の勘に触れる。
 しかし、彼はサリアスに対するこの船の問題点を忘れてはいない。
「ゼクロスは、サリアスには行きたくないよな?」
……行きたくないです……
 しばらくの間を置いて、ゼクロスが答える。その声には、明らかな、痛々しいほどの恐怖が現われていた。
「じゃあ、ここまでだな。オレは仲間の船で行く」
 ロッティは言い、キイに手を突き出す。キイは、躊躇なくその手を握った。
「健闘を祈るよ」
「ああ……シグナ・ステーションにランキムを呼んでおくから、例の話はそこで」
 例の話というのは、ゼクロスに対する質問のことだろう。キイはどうにしろ、これからシグナ・ステーションに向かう気でいた。それに配慮しての措置である。
 若いGP刑事は、ブリッジのドアの向こうで軽く手を振り、去っていった。


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> ヲトメゴコロ


 レブリオ29をあとに、キイはマニュアルモードで舵を取って、ワープで一気にシグナ・ステーションに接近した。目標の座標にワープアウトすると、目の前に、惑星エルソンの玄関口でもある宇宙ステーションがゆっくりと回転しているのが見える。最大最高の人工知能シグナが管理する、大規模ステーションだ。
 そのステーションへの寄港許可を求めると、第134ゲートへ誘導される。
 キイは危なげなく、船を口を開けたゲートに侵入させた。プラットフォームの横に完全におさまると、ゲートのハッチが閉じていき、段々に突き出た突起が噛み合って壁の一部となる。
『シグナ・ステーションへようこそ、キイ』
 耳馴れた声が、お決まりの台詞を述べた。
 惑星エルソンの最高の人工知能にて、このステーションの制御システム。キイとゼクロスも何度となく世話になっている、数少ない人工知能の一基、シグナだ。
 彼がキイにだけ歓迎のことばをかけたのは、ゼクロスの意識がないことに気づいたためだろう。
『惑星サリアスからの依頼だと聞いていたが……危険な依頼だったのかい? ゼクロスは大丈夫か?』
 シグナは、深刻そうにそう尋ねてくる。キイは外殻の傷のことを思い出していた。
「損傷はそれほどでもないよ。まあ、修理工を呼んでくれるかな」
『ああ。特に用事もないようだから、ジェインたちに頼もう。すぐに来るよ』
 ドライヴを停止してから、キイは中枢を覚醒させる。
『あ……おはようございます、キイ。シグナ、お世話になります』
 どこかズレたようなことばに本来なら苦笑しているところだったが、その声が少し苦しそうだったので、キイもシグナも、からかう気にはなれなかった。特にシグナのほうは、さらに心配な気持ちを強くする。
『大丈夫? どこか怪我でも?』
『大丈夫……単純に疲れて気持ち悪いだけです。他の理由もありますが……
 そこまで言うと、彼は少し声に力を取り戻した。
『そうです、シグナなら……。少し、力を貸していただけますか? 調べたいことがあるので』
 彼の申し出を、当然のようにシグナは快諾する。
 ゼクロスが言っているのは、おそらく、彼自身の異常のことだろう。サリアスの奇妙な音楽が原因として関わっているということは、予想がついていた。
『キイ、私は調べ物をしていますから、適当にホテルにでもいてください』
 彼のことばに、キイは、眉をひそめた。
「明日まではいると思うけど、私はサリアスに戻るよ」
『GPの皆さんのお手伝いですか?』
 置いていかれるとわかってか、ゼクロスはショックを受けたような声を出す。
 キイはますます、渋面を作った。
「それに……ランキムが話をききに来るはず」
 ゼクロスは、怪訝さを表わすように数秒の間を空けて答えた。
『ランキムが? 私に話をきくって……何をですか?』
 きかれたほうは、さあ、と肩をすくめた。そこに、シグナが親切に口を挟む。
『ランキムなら2時間後に到着予定だよ。キイは明日まではいると言うけど、ホテルの部屋を予約しておくかい?』
「いや……
 考えながら、キイは首を振る。
「ここで寝ることにするよ」
 言って、席の背もたれを倒す。その上に、意外そうな声が降る。
『ふかふかのホテルのベッドが好きなのではなかったのですか? どういう風の吹き回しでしょうね』
 嬉しそうな響きを隠しきれていない声に、キイは苦笑し、言った。
「複雑な乙女心ってとこ」


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> 罠の数は35


 闇が、どこまでも続いていた。
 景色は、ただの黒一色。それでも、彼は前に進んでいる、と思った。思い込みだったとしても、それでいい。他にどうしようもないのだから。
 彼はただ、闇のなかを飛び続ける。いつか、光が見えることを願いながら。
 そして、その願いは成就する。
 ぼやけた光の渦が、突然目の前に現われた。その渦の向こうで、蒼白く光る手が、パズルのピースを額縁にはめていた。最後のピースがはめられると、それは大きな、壁にかけられた絵となる。その絵は、蛇に飛びかかろうとしている怪鳥が彫り込まれた盾を、騎士らしい石像が取り囲んで見ているような絵だった。
 そうとわかるなり、絵が割れて、現われた黒い穴に吸い込まれた。
 気がつくと、そこは広い空間である。白い円柱が左右で、何本も奥へと並んでいた。どこかの神殿のような雰囲気のそこで、柱より目を引いたのは、壁や天井、柱と同じ白い石で造られた像だった。両側の壁に等間隔に並んだそれは、ひとつひとつが違う姿をしていた。どれも、精巧な上、姿形自体が美しい。数えてみると、像は35体あった。
 彼は、そこでは白い小鳥の姿をしていた。もっとそばに寄ろうと、背に翼の生えた像の肩にとまろうとする。
 そのとき、像が目を開けた。いつの間にか、その白い滑らかな手に、同じく白い石でできた槍が握られている。
 慌てて逃げながら見回すと、他の像たちも一斉に動き出していた。そして、この空間の奥に、人の姿が見えた。椅子に腰かけた男は石像と違い、色のついた服を着て肌色の手や顔をしているが、なぜか、石像と同じだとわかった。
 その、奥へ飛んで、逃げようとする。しかし、35の槍の穂先が伸びる。それは、どこまでも伸びた。
『――!』
 衝撃を感じて、自分でも認識していない何かを叫び、周囲の環境が一転するのを感じる。彼は自身の記憶が示す通り、最大と言われる宇宙ステーションの134ゲートに駐機していた。
『大丈夫?』
 このステーションの制御システム、シグナが呼びかける。
 呼びかけられた、宇宙船搭載AI――ゼクロスは、ブリッジで唯一のクルー、キイが見上げていることに気づき、少し間を置いて、音声に出力して答えた。
『はい……夢を見ただけです。なんだか、奇妙な夢でしたが』
「どんな夢か、きいてもいいかい?」
 何か思いついたような様子で、キイが即座に問う。
『ええ……しかし、何か意味があるのかどうか』
 当惑気味ながら、ゼクロスは映像を交えて、簡単に夢の内容を話す。彼の夢が後々予知夢だったとわかったことは、1度や2度ではない。
「怪しい」
 艦長席の背もたれを倒して天井を見上げながら、キイはぼやく。
 壁にかけられた絵は、異人館の主の紋章だろう。実際にその紋章を見たことがあるゼクロスなら、たまたま夢に表れただけ、ということもありえる。だが、キイには、意味がない夢とは思えなかった。
「地下、かも知れないしね……
 独り言のように言うと、彼女は勢いよく身を起こす。
「早くサリアスに戻ったほうがいいな。ランキムはまだかい?」
『現在、となりに誘導中だよ』
 シグナが答えると、メインモニターに、ステーションの外部モニターのひとつの映像が転送される。完全防音なので物音ひとつしないが、135番ゲートに、黒いGP戦艦が納まる寸前だった。
 そうして、ハッチが完全に閉じたところで映像が途切れる。
 間もなく、シグナを通して、ランキムが交信を求めてくる。ゼクロスは当然それに応答した。
『私にききたいことがあるそうですが……一体、何のことでしょう?』
 その、何でも屋の宇宙船のことばに、GPの船はわずかな間を置いて応じる。彼らは、キイのために対話を音声に出していた。
『ああ……我々GPの船がサリアスに向かおうとした時のことだ。現に、刑事たちは今もサリアスにいるが、私とデザイアズは向かうことができなかった』
『そうなのですか? しかし、なぜ?』
『妨害を受けたためだ。不可解な、機器の不調等……
 再び、彼は間をあける。キイには、それがためらいを表わしているように思えた。いつも必要なことを事務的に話すランキムにしては、かなり珍しい。
 彼は数秒の重い沈黙の後、ことばを続ける。
……デザイアズによると、それは、ASによる妨害……きみの仕業だというが』
『そんな……嘘です! 私、そんなことしてません!』
 ようやく告げられたランキムのことばに対し、ゼクロスはショックを受けた様子で反論する。
 おそらく、ランキムにとっても不可思議なことなのだろう。何を言うべきかわからない調子で、ただ沈黙する。
 気まずい沈黙だけが辺りを支配しそうになるところへ、シグナが助け舟を出した。
『その、妨害に関するデータをもらえるかい? 何かわかるかもしれない』
 平和主義で正直なエルソン人の気風を受け継ぐ、信頼が置けるエルソン最大の思索システムの申し出を、ランキムは快諾した。
 電脳世界の状況がわからずキイがただ待っている間、シグナは転送されて来たデータを解析し、妨害の発生地点を突き止め、その結果をさらにXEXブリッジに転送する。
 わかりやすく加工された映像の意味は、キイにも一目瞭然だった。いくつかの赤い点が、〈サリアス〉と表示された惑星上で点滅し、発生時間と並ぶ〈発生源〉という文字列から矢印が引かれている。
 その事実は、GPのシステムが故障しているか嘘をついているかでない限り、動かすことができないものだった。
『わかりました。私がサリアスでおかしくなってGPを妨害したと言うのでしょう! 犯罪者に操られて、その都合のいいように動いていると』
 滅多に聞けない怒りの声音がブリッジに響くと、キイはわずかに眉をひそめる。シグナも、驚いたような声を上げた。
『決してきみを責めているわけではないよ。操られているにしてもそれはきみの意志でしたことじゃないわけだし、そもそも、操られてるかどうかもこれから分析を進めてみないと……
『いいえ。そうでなければ、どうして私が意識しないうちに、妨害するというんです』
「なら、逆に考えてみたらどうだい」
 自暴自棄になりかけたような相棒のことばに堪えかねて、キイがようやく口を挟む。
「きみはもともと、受動的にもASの機能と同調しやすい。だから、無意識のうちに、ランキムやデザイアズを遠ざけて守ろうとした、とか」
『そうでしょうか……?』
 ゼクロスは、わずかに興味を引かれたようだった。
 キイの説が成立するには、サリアスにGPの人工知能にとっても脅威となるような何かがなくてはいけない。
 その何かとして、ゼクロスとシグナは一種のコンピュータ・ウイルスを想定していた。そのため、他への感染を防ごうと、ゼクロスはシグナを通さずに他のシステムと接続しないようにしている。その一方、シグナと直接対話しているのは、最高の超電子頭脳ならばどんなウイルスにも感染しないだろうという信頼と、もし感染したらこの宇宙域の電子機器はどうにしろそれで終わりだろう、という考えのためだった。
 ランキムは、他の人工知能たちが調査していることについて、詳しい情報を与えられていない。
『はいはい、とりあえずこれで、尋問は一段落だろう。ゼクロス、後の分析は私に任せて休みなさい。悪い夢のせいでまともに休めなかっただろう、おやすみ』
 ランキムが新しい質問を返す前に、シグナは一旦質疑応答を打ち切った。
『や、ずるっ……おやすみなさい』
 一瞬抵抗しようとするものの、すぐにあきらめて、ゼクロスは強制的に眠らされた。
『だいぶ情緒不安定になってるようだし、今は、このほうが気がねしなくていいからね。すまないな、キイ』
「いんや。感謝するよ」
 キイはブリッジに流れる声に、首を振って答えた。敏感になっているゼクロスの感情を気にしながらでは、情報交換がしにくい。
 休眠中のゼクロスをモニタリングしながら、シグナは単刀直入に問う。
『それで実際のところ、どう思う? 操られていると思うかい?』
「そこまで干渉されているとは思えないな」
 開いたまま読んではいなかった本を閉じ、キイは応じる。
「特定の瞬間に特定の信号を入力されるという感じだね。GPの妨害に関しては、さっき言った通りだと思うよ」
『無意識の警告か』
 ランキムがボソリと言った。それに、シグナも同意する。
『そういうことは初めてではないしね……とにかく、例の音楽とやらの正体を解明してしまおう。ランキム、手伝ってくれるかい?』
 音声に関することは、ランキムの専門分野でもある。もともとの、妨害の正体を突き止めるという任務に関わる作業であり、彼が協力を承諾しない理由はなかった。


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> 枯れない花


 シグナとランキムが分析を続けている間、キイはゼクロスのブリッジでほんの2時間だけ、仮眠を取った。最も、キイが本当に眠っているかどうかは、外観からは判断できないが。
 彼女は身を起こすと、シグナに分析の経過を尋ねながら、ラダーを降ろして機外に出る。ハッチの開閉やラダーの揚げ降ろし等は、もともとゼクロスの意識的指令を必要としないレベルの機能だ。
 だが、その機能の作動をきっかけとしたのか、船のシステムは覚醒する。
『ああ……キイ、もうお出かけですか?』
 キイは、ゼクロスに声をかけないままサリアスに向けて出発するつもりはなかった。ただ、街に出て時間を潰そうとしたまでである。しかし、タイミングよく相棒が目覚めたので、彼女はここで彼にしばしの別れを告げることにした。
「ああ。できるだけ早く戻ったほうがいい気がしてね」
『私もできることならご一緒したいですが……
「でも、行けないんだろう。いい子で待ってなよ」
『そうしましょう。異常の原因を突き止めるまでは』
……私が戻るまで、たまの休みだと思ってゆっくりしてな。脱走するなよ?」
『ノーコメント』
 キイはどう処置すべきかと、プラットフォームから紺の翼を見上げる。
 やがて、彼女はこれ見よがしに溜め息を吐きながら肩をすくめた。
「じゃ、行って来るよ」
『気をつけて』
 ことばを交わし、宇宙船のパイロットはゲートを出る。これは絶対脱走する気満々だ、と思いながら。
『しっかり尻尾を捕まえておくよ。大丈夫……まあ、ASを使われない限りは』
 スライド式のドアが背後で閉じ、アーチロードに出るなり、シグナが余り頼りにならない調子で元気付ける。
『ところで、どうやって行くんだい? 10番ゲートに、丁度高速バスが入ってきたところだけど』
「ちょっとお高くつくけど、途中までバスで、あとはシャトルをチャーターしますか。半日もあれば着くだろう」
 アーチロードの、ドアをいくつか隔てた先の入口に向かい、彼女は足を踏み出した。

 レブリオ29の調査を半日ほど続けた後、GPの主要部隊はサリアスに引き返していた。海賊の足跡を、より深いところから探ろうという狙いだ。
「ほんと……悪趣味な屋敷ですね」
 若い刑事の素直な感想に、ロッティ警部は苦笑する。
 屋敷はあちこちが破壊され、黒くすすけている部分もちらほらと見受けられるが、元の形と配色が個性的なためか、余り被害が目立たなかった。損傷より、デザインのほうが目立っているくらいである。
 負傷者は病院に入院中だが、半数以上は一度は逃げ出したこの屋敷の自室に戻っていた。ホテルで過ごすとしてもそこで受け入れられるのはせいぜい30人程度で、行き場のない者は戻るほかない。この屋敷の部屋が好きという理由で自室に戻る者も多いが。
「ま、それぞれの部屋の主の好みに合わせてるんだから、住人にとっては住みやすいだろうな」
 ドアをわずかに開けてチラチラと眺めてくる住人を尻目に、若い警部は崩れた壁に特殊繊維のシートで応急処置が施された玄関ホールを通り、領主の部屋へ向かう。
 部屋の内部は、衝撃による揺れの影響か、少々荒れていた。棚の小物のいくつかは床に落ち、机の上の花瓶が倒れて割れていた。レンガにひびが入っているのが見える暖炉のそばには、壁にかかっていたらしい額縁入りの絵画が落下している。
「何か、行き先の手がかりでもあればいいが」
 ぼやきながら領主の机に歩み寄り、彼は、顔をしかめた。甘い、そして鋭い香りが鼻の奥を突く。
 その香りの元を探り、花瓶をのぞく。何か、自然の花の匂いとは微妙に趣の違う香りに鼻をつまむと、コートのポケットからハンカチを取り出し、机の端から落ちかけている薄紫の花を持ち上げた。もう丸1日以上放置されていたというのに、その花は肥えた大地に自生しているかのように元気がいい。
 彼はそれを密閉袋に入れると、鑑識に花瓶を持ち帰って調べるよう伝えてから、絵画に近づいた。
 絵画は、抽象的内容で、石像のようなものがいくつも描かれていた。表面を覆うガラスが割れて、なかに机から零れ落ちた花瓶の水が入り込み、染みがまだらのように浮き出ている。中央の紋章一部は破れ、床が見えた。
 壁には、その絵がかけられていた跡が薄く色づいている。
 ロッティは壁に手を当て、じっと何重にもついた浅い溝を凝視すると、その跡に、何か作為的なものを感じた。
「どういうことだ……?」
 首をひねると、床の絵が目に入る。その絵を持ち上げて、壁の跡に合わせる。すると、白く四角い跡になっていた部分に、絵が破れた部分が合う。
 その破れた部分に、ロッティは手を差し入れた。すると、あるはずの壁の感覚が指先に当たることもなく、手が壁にめり込む。その手に、何かのレバーが当たった。
 少し迷ってから、彼はレバーを倒す。
 重い物が引きずられるような音が響いた。慌てて音の元を振り返ると、暖炉から、黒い灰が舞い上がるのが見える。
 音がおさまると、銃を手に暖炉の中をのぞき込む。奥に、地下へ向かう階段が見えた。
「暖炉に地下への入口を見つけた。これから潜入する。2、3名ほど応援を頼む」
 通信機に声をかけて、身を屈め、暖炉の中をくぐる。
 彼は応援の刑事が領主の部屋に着くのを待たず、独り、階段に足をかけた。


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> 夜を盗みにくる男


 階段を慎重に下り切ると、若い刑事は広い空間に出た。周囲は暗く、彼はコートのポケットを左手で探り、ペンライトを取り出して周囲を照らす。右手には、いつでも発射できる状態の銃をかまえたままだ。
 空間は、かなり広いらしかった。極力音を立てないように歩いていても、靴がわずかに床を擦る音すら耳につく。音は陰々と反響し、奥の闇に吸い込まれるようだ。
 壁際を進むと、壁に照明点灯用のパネルがある。動かない可能性も罠の可能性もあるが、この広い場所では視界を確保した方がいい。そう判断し、銃をかまえた手にペンライトを持ち直して、左手でパネルを押す。
 それは正常に動作した。天井から眩しいまでの光が注ぐ。
 動くものはない。それを確認すると、ロッティは目が慣れるまで待って、周囲を見回した。
……なに?」
 思わず、声が洩れた。
 よく神殿にあるようなエンタシスの柱が壁際に並び、柱の間に美しい女の像が並んでいる。左右に17体と、奥に1体。どれも顔かたちは違い、見にまとうドレスや装飾品もさまざま。
 これほどの像を同一人物が作り上げたのだとしたら、それは相当な芸術家だ――と感想を抱きながら、近くの一体に歩み寄ってみる。当然、銃口は向けたまま。
 マネキンではない。一目でそうとわかる、安物の人形でもない。
 美女の像の台には、達筆な銀河共通語の文章が刻まれていた。
『ネシア系第三惑星、水の都ファミンのアドリアシア・ファーネル、17歳。その海を思わせる目は青春の困惑を映すからこそ美しい。よって、彼女の人生の夜をここに刈り取る』
 また、となりの像の下には、別の名が刻まれる。
『リンダリス系第六惑星の首都、マーガスのピア・ビギア、34歳。夫を亡くし間もない憂愁の色が彼女のはかなさを引き立てる。その美を閉じ込めるため、彼女の夜を奪う』
 ロッティは通信機に調査するよう伝え、ひとつひとつの像を回ってそこに書かれた文章を読み上げた。その間に同僚の刑事が2人、同じ階に下りてくる。
 その刑事のうちの1人が、突然悲鳴を上げた。
「どうした?」
 同僚2人が駆け寄っても、彼は腰が抜けた様子で目の前の像に指の先を向ける。
「これ……人形でも像でもマネキンでもないぞ。剥製だ!」
 剥製。つまり、本物の人間。
 女たちの美しさを残すため、この空間を作った者は彼女らを剥製にして飾っていたのだ。人生の一番美しい、陽の当たる瞬間を選んで切り離したように。
 女たちの名が行方不明者と一致したという通信機からの声を聞きながら、三人の刑事はいたたまれない気持ちで、35の美しい姿を眺めていた。


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> ただの婆さん


 立ち並ぶ美女たちの剥製。
 だが、その中にひとつだけおかしなものがあった。一番奥の、台座に『惑星グレファス、ジェンダ・ローカス』書かれているものである。一見他の剥製と同じだが、どこか質感が不自然だ。探知機を持つ刑事たちが探ったところ、その1体は剥製に手早く樹脂を塗り整形したものらしい。
 探知機から送信された情報を端末に送り、樹脂を取り除いた外郭を再現する。
 画面に表示された画像を見て刑事たちは驚く。そこには美女にはほど遠い、大きな鷲鼻の老婆が映し出されていた。

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