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【創り手さんにいろはのお題回答 - ムーンピラーズ外伝 - コレクター】

>異人館で逢いましょう


 星の光も遠くまばらに点在するだけの闇のなかに、1機の小型宇宙船が浮かんでいた。その宇宙船が放つ青い光が、ぼうっと機体を美しく浮かび上がらせている。その周囲を巡る、青白く輝くリングもまた、どこか神秘的だった。
 だが、それを眺める者はいない。この1光年以内に存在する人間は、宇宙船の機内にいるただ1人だけだった。
「あー、退屈」
 艦長席の背もたれを少し倒し、天井を見上げながら、ベレー帽と襟元にリボンのついたシャツの上にベージュのベストとパンツ、という服装の人物がつぶやく。
 白を基調としたブリッジには十の席があるが、他に人の姿はない。
『珍しいですね、キイ。あなたが退屈するなんて』
 不意に、透明感のある美しい声が天井から降ってくる。
 キイ、と呼ばれた、一見芸術家肌の美少年にも見える小柄な女性は、ベレー帽に突っ込まれた髪と同じ黒の瞳を天井に向けたまま、気のない様子で答えた。
「いつもは本があるしねえ。新しいのを買い忘れたのが失敗だったな」
『たまには画面で情報を得たらどうですか。正直、あなたは端末を有効利用していませんよ』
「なんだい、ゼクロスは本に嫉妬していたのかい?」
『私はただのデータベース管理システムではありません。しかし、まあ、それも私の機能のひとつですからね……もったいない、と言ったところですか』
 宇宙船の制御システム、機体と同様の名を持つAI、XEX――ゼクロスは、少し言い訳がましくそう応じた。照れ隠しはあまり成功していない。
 科学の進んだ惑星オリヴンのラボ〈リグニオン〉により開発された彼は、オーナーともどもそれなりに名が知られている。オーナーにてパイロットである彼女は何でも屋で、その名をキイ・マスターという。それもおそらく本名ではなく、その出身などを知る者はいない。
 彼女は面倒臭そうに身を起こし、背もたれの角度も直す。
「んじゃ、歴史の勉強でもするかな。仕事前の準備をして悪いことはない」
『惑星サリアスの歴史ですね』
 少し弾んだ声で答えて、ゼクロスはメインモニターの映像を切り替えた。そこには、昔ながらの街並みを残した都市の一角が映し出される。特徴としては、都市自体の標高が高いことと、ドーム状の建物が多いことか。ドーム状とはいえ洗練された半球などではなく、白いブロックで造られたかまくらに似ていた。
『もともと辺境の小さな惑星で、貿易もあまり盛んではなかったものの、20年ほど前に方針を変えて、積極的に外交に取り組むようになりました。そのため、都市サリアスの中心部には異星の建築技術が使用された建物も多いです。サリアスはもともと寒冷な星で、ドーム状の家が元来の住宅の形状です』
「じゃ、もともとはそのまんまかまくらだったのか」
『ええ。今は気候も管理されており、かまくら状の家も柔構造の特殊繊維をベースに造られています。他の惑星風の建物も増えていますが』
 映像が再び切り替えられた。画面の中心に、まるで城のような、いくつもの針に似た塔に囲まれた建物が横たわっている。赤茶けた色に、様々な模様が入り混じった外観は、どこか不気味でもあり、同時にエキゾチックでもあった。
『今回の依頼人、領主エイル・バイラーグの屋敷です。この屋敷は異人館と呼ばれ、かつて他の惑星からの訪問者を招き住まわせ、新しい貿易先ができるごとに増築されました。迎える客の母星の建築形式で次々部屋が造られ、なかなか複雑怪奇な様相を呈しています』
 キイは溜め息を洩らし、内心ゼクロスの評価に同意した。
 バイラーグがかなりの変わり者であることは、彼女も知っていた。詳しい情報はなかなか伝わってこないが、屋敷には今も様々な惑星の出身者が住み、その中の誰かがいつのまにか行方不明になっていたり、ということがあるらしい。人数が多く、いちいち顔を覚えていることもないので、そこに住む者たちはなかなか気づかないという。
「ま、何が起こるか……楽しみにしておこう」
 依頼は、屋敷のなかの人物をどこかに運ぶことだというが、詳しいことは明らかにされていない。
 キイは小さく、いかにもおもしろそうに口もとを歪めると、再び椅子の背もたれを倒して天井を見やった。

 サリアスには、整備された宇宙港は存在しない。ゼクロスは、都市の外周を巡る舗装されただけのパーキング・エリアに着陸する。通常の輸送船などの場合、軌道上でシャトルに乗り換えて降下するのが普通だろう。誘導も何もないのでは、事故の可能性が高くなるのだ。
 危なげなく着陸したゼクロスを残して、キイは屋敷に向かった。イヤリング型通信機を使い、ゼクロスが目的地までナビゲートする。
 街は半透明なシールドに囲まれており、シールドの外は雪景色だった。内部も気温が低く、キイはいつもの芸術家ルックの上に、デニムのジャケットを羽織っていた。
 すれ違う者たちの好奇の目に眉をひそめながら、彼女は足早に屋敷がある岡への坂道を登った。早く暖かい屋敷内に入りたい、という希望もある。
 そびえたつ屋敷の前には門と門番が駐在する小屋があり、小さなレンズが訪問客を映すと、小屋の中から若い男が顔を出す。
「あなた、キイ・マスターで?」
 男は、少したどたどしく言った。
 多数の惑星を行き来する者は大抵、共通語でない言語を翻訳する翻訳機を所持している。なので、無理をして共通語を使うくらいなら母星語で話して欲しいと思う者も多いが、翻訳機のデータベースにも反映されていないあまり知れていない言語が母星語である、という可能性もある。
「ええ。バイラーグさんにお会いしたいのですが」
 言って、キイはジャケットの内ポケットからパイロット用のIDカードを取り出し、窓から顔を出している男に渡した。男はそれを小屋のなかにあるコンピュータ付属のカードリーダーに通し、画面で本物であることを確認すると、小さくうなずいてカードを返す。
 壁のように厚い銀色の門が左右にスライドし、キイを迎え入れる。
「なかのメイドに用件言うと会える」
 そう言って、男は首を引っ込め、窓を閉めた。なかの暖かい空気を逃がしたくないのだろう。
 周囲を巡回する警備員たちの視線を受けながら、キイは石畳の上を歩き、扉に向かった。扉の左右に控える警備員が軽く敬礼し、扉を押し開いてくれる。
 広い玄関ホールがキイの視界に広がった。奥には左右上へとのびた階段があり、階段を登った先の通路はほぼ正方形のホールの壁に沿ってグルリと一周していた。そして、1階の壁にも通路の手すり越しに見える2階の壁にも、等間隔にドアが並んでいる。
 高い天井に吊るされたシャンデリアが放つ、淡い紫色の光の中で立ち尽していると、メイドが声をかけてきた。栗色の髪をみつ編みにした、おっとりした感じの少女だ。
「お客様、当館にはどのような用件で……?」
「はい……私は、キイ・マスターという何でも屋です。領主殿にお呼びいただき、こちらに伺いました」
 事前に話を聞いていたらしく、彼女は、ああ、と小さくうなずく。
「私がご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
「よろしくお願いします」
 メイドは、奥の階段にキイを案内した。時折客人を振り返りながら階段を登りきると、2階の通路の奥にある、一際大きい扉をノックし、声をかける。どうやら、ここが領主の部屋らしい。
 意外に近い場所にあることに少し驚きながら、キイは返って来る声に集中した。「よし」という短いいらえから察するに、30代半ばくらいだろうか。割と美声と言っていい声だった。
 メイドが扉を開け、先導してなかに入ると、手でキイに進み出るように促し、自身は隅に控える。
 キイは装飾が施された机の前に立つ。机の向こう、椅子ごと窓の外に向いている男の、少々変わった背中をうかがいながら。
 男は、赤いマントをつけていた。それが、王冠をのせた黄金の後ろ髪の下で揺れる。
「バイラーグ殿、何でも屋のキイ・マスター、参上いたしました」
 そのまま眺めていても仕方がないので、キイは声をかけてみる。
 男は椅子を回し、身体ごと振り向いた。その顔立ちに、一瞬キイは目を丸くする。太い眉に、まるで作り物のように先がくるりとまいた髭……わざとそういう外見を作っているとしか思えない。
 しかし、当人は至極真面目に口を開く。
「うむ、ご苦労。ようこそ、異人館へ。あなたにお会いできて嬉しい」
 そう挨拶を述べると、彼はすぐに本題に入る。
「あなたには、ある人物3名をとなりの惑星、レブリオ29へ送っていって欲しいのです……とはいえ、まだ彼らも準備ができていない。今夜は是非、この館にお泊まりください。歓迎いたします」
 彼は、流暢な共通語で説明する。視線も表情も動かさない、独特の話し方だ。それに違和感を覚えながら、キイはことばを返す。
「その3名とは、いつお会いできますか?」
「夕食後にも、顔合わせの場を作りましょう。さ、ミリマ、お部屋にご案内しなさい」
 ミリマ、と呼ばれたメイドの少女が、返事を返して領主に会釈してから、一歩身を引いて扉に手をかけた。
「さ、キイさま、どうぞこちらへ」
 キイは部屋を出る前に挨拶をしようかと思ったが、バイラーグがすでに窓のほうを見ていたので、そのままミリマについて部屋を出て行くことにした。
 男の視線の先、窓の外の彼方には、重々しい黒雲をいただく、白い稜線が連なっていた。

▲UP


>ろくな男じゃありません


 与えられた部屋は、それなりに豪奢なものだった。
 ベッドは2、3人並べそうなほど大きく、細かな飾りが彫り込まれた木のテーブルを、ソファーが挟み込んでいる。この部屋に4人は住めそうだ。シャワーと洗面所もついているらしく、高級ホテルのスウィートルームか、それ以上の設備と調度品がそろっている。
「お食事まで1時間ほどございます。それまで、どうぞおくつろぎください。何かありましたら、インターホンでお呼びください」
 ミリマは室内の設備を簡単に説明すると、キイを残して部屋を去っていく。
 キイは一度、窓の外に目をやった。テラスの向こうには、ドーム状の家が並ぶ街が見える。空の彼方に、黒い雲が広がり始めていた。
 ジャケットをベッドの横の木椅子の背もたれにかけると、彼女はベッドに寝転んだ。弾力があり、布団はふかふかで温かそうだった。高価な羽毛が詰まっているに違いない。
 植物の模様が描かれた白い天井を見上げながら、軽く左耳の黒いイヤリングを叩く。
「ゼクロス、屋敷の内部構造はわかるかい?」
 問いかけに、即座に答が返る。
『ええ、大体は。地下があるようですが、そこまではGPSで捉えきれません。現在、約300人がなかにいます。必要あれば、いつでも図面をお送りできますよ』
「ああ、そのときになったら頼むよ。まずは夕食だな。地元の名物が食べられるかな?」
『そうですね……名産と言えば鶏肉でしょうか。羊の肉も貿易相手には好評のようですが……キイ、ちょっといいですか?』
「どうした?」
 会話に集中し、ぼうっと天井の模様を眺めていたキイは、ゼクロスの声の調子が変わったことに気づいた。ゼクロスは、少しためらいがちにことばを続ける。
『その屋敷から、何だか奇妙な気配を感じます……まるで、実際より大勢の人間がひしめいているような……。ことばで説明するのは難しいですが』
 屋敷内の人数を感知したのは彼自身だ。普通ならば、非論理的なものとして受け流されるようなことばだろう。
 しかし、キイは、ゼクロスのことばの信憑性の裏打ちとなる事実を知っていた。
 ゼクロス自身と、研究所〈リグニオン〉が開発したとされる、量子力学的情報を操る装置、AS――アストラルシステム。それはもともと、意識としての量子力学的エネルギーや電子の活動を媒介に、原子などに働きかける機能を持つ。AS使いが『科学的魔法』の代償に自身の一部を削り取られるように消耗するのは、そのためだ。
 また、他の物体に能動的に働きかけなくとも、ASには副次効果があった。意識と外界の遮蔽がある意味薄くなり、敏感になる。キイもASを身に着けており、かすかな違和感を感じていたが、この屋敷は一見して違和感だらけなので、大して気にはしなかった。
「何人くらいいそうかわかるかい?」
 もしかしたら、地下に誰かがいて、それをゼクロスは感じ取っているのかもしれない。キイはそう思いついた。だが、合成音声の答ははっきりしない。
『よくわかりません……もしかしたら、人間ではない生物かもしれない。監視されているような、奇妙な気分です』
「監視ねえ」
 キイは、周囲に視線を走らせる。ざっと監視カメラの類がないことは確認済みだが、盗聴器や、キイのイヤリングに仕込まれているような超小型カメラがどこかに仕込まれていないとも限らない。
 だが、今は聞かれてまずいこともない。
 夕食時間まで退屈なので、キイは会話で時間を潰そうと考えていたが、ゼクロスは何か考え込んでいるのか、反応が薄かった。
「何かあれば呼ぶから、少し休んでおくといい」
『はい……どうぞ気をつけて』
 キイは、早めに会話を打ち切った。早めとはいえ、夕食の時間まであと15分ほどだ。
 適当に部屋のなかをぶらついているうちに……実際は監視カメラなどが隠されていないことを確認しているうちに、ドアがノックされた。
「キイ・マスターさま、夕食の準備が整いました」
 キイがドアを開けると、ミリマが待っていた。メイドは客人を先導して、食堂に向かう。キイは歩きながら道順を覚えていた。
 食堂は、玄関ホールの奥にあった。大きな部屋に白い布がかけられた長いテーブルがあり、さまざまな料理が並べられている。テーブルの周囲の椅子の数は、大体百程度だろうか。
 キイは、屋敷の主人の席らしい一番奥の椅子に近い席に案内された。
 間もなく顔ぶれがそろうと、食事が始まる。主なメニューは、パンと地鶏のくんせい、サリアス牛肉のサイコロステーキ、焼きたての一口パンにさまざまな野菜をすって混ぜ込んだスープなどだ。ドリンクも何種類かあり、酒はどれも他の惑星出身者にとっては濃いものばかりである。デザートは、スフレやケーキ、プリンなどで、全体的に野菜や果物が少ない。
 味はやや濃い目だが、おいしい、と言えるレベルのものだった。
「ここの味はお口に合いましたでしょうか」
 食事を終えた者が部屋に帰り始めたころ、金髪の青年が席のキイに歩み寄り、声をかけた。青年は長身痩躯で、なかなか整った顔立ちをしている。
「ええ、おいしかったですよ。あなたは?」
「私のことは、イルクと呼んでください。あなたに送ってもらう者のうちの1人ですよ。他の2人も、ほら」
 言って彼が振り返ったほうから、一組の男女が歩み寄って来るところだった。
 男のほうは、キイと同じ黒目黒髪で、少しきつめの目をしている。年の頃は20歳前半くらいで、上から下まで黒い服に身を包んでいた。
 女のほうは、ハーフ・パンツに帽子つきのトレーナーという、今時の若い女性らしい、ラフな格好だ。栗色の髪を頭上にひとつにまとめている。男のほうと同様、やや不機嫌そうな表情をしていた。
「スレイ、カレン、こちらがキイ・マスターさんだ」
 イルクが2人に向かい、そう紹介する。そこへ、スレイという名らしい黒目黒髪の青年が胡散臭げな目を向けた。
「何であんたは先に知ってんだよ? バイラーグのお気に入りは特別扱いか?」
「そんなことでいちいち突っかからないで」
 そう横から口を挟んだのは、カレンだった。
「あんたみたいに人の話しもまともに聞かない男とは違うのよ。なんでそんなにイルクに突っかかるの」
「そう言わないでくれよ、カレンちゃん。きみはこの男に騙されてるんだ」
 スレイは女性を振り返ると、うって変わって愛想笑いを浮かべる。素早い変わり身だった。
 そして、彼はイルクを押し退けて、立ち上がったキイのそばに来ると、手を差し出す。顔には、笑みを浮かべたまま。
「よろしく頼むよ、キイちゃん」
……どうも」
 なかなか難儀な相手だと内心思いながらも、キイは軽く握手した。
「んじゃ、荷物の準備でもするか。また明日な」
 それだけ言うと、スレイは背中を向け、軽く手を上げて食堂を出て行く。
 青年の後ろ姿を見送ってから、イルクは肩をすくめて見せ、「私もこれで」と言い残して自室に戻る。
 食堂内にいる者は、だいぶ少なくなっていた。ミリマたちメイドの他に残っているのは、十人にも満たない数だ。
「あいつ、女には優しいのよ。モテるわけでもあるまいし、わざとらしいったらありゃしない。そのくせ、自分が好かれてるって勘違いしてるから、あなたも気をつけたほうがいいわよ」
 キイとカレンは、並んで食堂を出る。キイは、夕食前にミリマから屋敷内の地図を渡されていた。色々と見てみたいところはあったが、カレンに詮索されたくないので、一旦部屋に戻ることにする。
「イルクさんでない他の男性に対してはどうなんですか?」
「さあ、他の男と話してるのは余り見たことないけど……割と普通かしら。たぶん、嫉妬してるのよ」
「嫉妬?」
「ええ。イルクが自分と違ってハンサムで頭がよくて、バイラーグに気に入られてるから。それに、イルクは人望もあるし。嫌われ者のあいつとは違うわよ」
「はあ……
 内心苦笑しながら、キイは自分の部屋のドアの前で立ち止まる。彼女は少しだけ、救われたような気分になった。
「では、明日8時に玄関前に来るよう、エアカーを予約しておきます。今日はゆっくり休んでください」
「あなたもね、キイ。お休みなさい」
 カレンは手を振って、通路の奥にある自分の部屋に帰っていった。

 ドアを開けた途端、自動的にライトが点灯した。部屋に入ってすぐ、テラスの向こうの街並みが視界に入る。街は明るく、その中心部で、人の手にあるらしい何色もの光が円を描いて動いていた。
 その不思議な光景に首をかしげ、キイはゼクロスに呼びかける。
「ゼクロス。今日は祭りか何かかい?」
 間を置かず、耳馴れた声が響く。
『いいえ。サリアス独自の儀式のようなものです。毎日行われているそうですよ。中央広場に祭壇が組まれて、その周りで神官のような衣装を着た人々が踊っています……音楽を演奏している人たちもいますね。聞きますか?』
「じゃあ、少しだけ」
 答えるなり、今まで聞いたこともないような音楽が耳をなでた。
 おそらくこの惑星独自の楽器で奏でられたのであろう音楽は、いくつもの種類の音色が重なっていた。しかし、『美しいハーモニー』というより、一心不乱に、思い思いにかき鳴らしているという感じだ。
 なんと言っていいかわからないキイのイヤリングから、間もなく奇妙なメロディーが消える。替わって綺麗な声が流れてほっとするはずが、キイは声が告げることばにぎょっとした。
『綺麗な曲ですね~。もっと聞きますか』
……正気か?」
 驚きの余り少しの間沈黙していたキイだが、思わずそんなことばが口をついて出る。
 ゼクロスは不思議そうに、
『なぜですか? 好みに合いませんでした? もったいない』
 逆にキイの芸術的感覚を疑うようなことを言う。
「意外だ……きみの好みが、私の好みとここまで差があろうとは……だってゼクロス、ティシア・オベロンの歌だって、ベートーベンだって好きだって言ってたじゃないか」
『それぞれの曲にそれぞれの聞きどころがあるのです。どれが一番ということはありませんよ』
「それにしたってなあ……
 余りに感性がおかしすぎないか。
 そう思ったが、キイは口にはしなかった。街の人々も、彼女に言わせればタチの悪い騒音である音楽を受け入れているのだ。自分の感性のほうが悪いという可能性を完全に否定するほど、自分勝手にはなれなかった。
「人それぞれだね」
 とりあえずそのことばひとつで話題を片付けて、キイは、この時間帯に街には行かないことにしよう、と心に誓った。

▲UP


>パラボラアンテナ危機一髪


 夕食が終わってから一時間ほどして、キイは屋敷内を探険してみることにした。ミリマからもらった案内図を手に、玄関ホールから左手側のドアから順に回っていく。食堂や休憩室、運動室、ボイラー室、中庭を見学し、一旦戻って別のドアから奥に向かう。
 そこは、灰色の世界だった。壁も天井も床も無地の灰色で、各部屋への扉はより白に近い灰色である。どこか無機質な印象を受ける光景に合わせたように、気温も低く設定されているようだった。
『この一角に住んでいるのはベアル人です。惑星ベアルは寒冷な惑星で、また、そこに住む人々は知覚できる色数が少ないとか……ベアルの人々が最も好む色がグレーだそうです』
「なるほどね」
 灰色一色の通路を見回していたキイは納得すると、玄関ホールに戻って、さらに別のドアの奥に向かう。
 通路や壁が鏡になっている一角や、緑のつたで覆われている一角、岩や木など、材質や外観が様々な通路を一通り見て回ると、一度ホールの真ん中に戻る。
「どこかに地下への入り口があるかもしれないと思ったんだけどな。さすがに、あちこち入って調べられるわけでもないし」
『仕方がありませんね。まあ、建築デザインに触れられたのでよしとしましょう』
「2階は、普通のデザインなんだな」
 案内図を広げ、キイは階段の先へと目をむけて、見比べてみる。
 2階は屋敷の主やメイドたち、短期の客用の部屋が多く、特に変わったデザインはしていない。部屋も通路も木造の、いたってシンプルなものだ。
 さらに上の階には、いくつか展望室があった。だが、キイはそれよりも、制御室に注目する。
「ここで使われるエネルギーは、風力発電だったよな」
 都市の郊外の岡には、風車がいくつも並んでいる。郊外の大部分では常に冷たい風が吹きすさび、風車が止まることはほとんど無い。
『街のほとんどの地域では今もそうですが、最近中心部から、恒星の熱を収束してレーザーで転送する方法に切り替わっているそうです。この屋敷もそちらの方式でしょう』
「展望台のついでに寄ってみるかな」
 制御室は、5階の中央展望台のそばにある。キイはホール上部への階段を登り、2階奥にある通路から、さらに階段を登り続けた。真四角の外周を何周も回りながら辿り着くと、目の前のガラスを透かして見える、星々が大部分を支配した夜の風景が視界に入った。こちらは、街並みより郊外を広く見渡せるようになっている。
 壁がガラス張りになった通路の一部が空中にせり出し、半円形の展望室を形作っていた。昼間は雪景色が見られるのだろうが、この時間には人はいない――はずだった。
 だが、キイの予想は外れて、展望室に3人の、作業服姿の男たちの姿があった。男たちは手のひらサイズのモニター付コンピュータ端末を手に、しきりに星空の少し下辺りの、淡い赤の光の点を指さしたり、モニターと見比べて意見を交わしたりしている。
 彼らは、すぐに階段を登ってきた姿に気づいた。どうせ注目されたのだからと、キイはそのまま男たちに歩み寄る。
「何かあったんですか?」
 尋ねられた男たちは一度顔を見合わせると、キイに向き直った。そのうちの1人が、溜め息混じりに説明する。
「それが……どうも、パラボラアンテナが不調みたいで……。屋敷の受信アンテナに異常はないし、中継基地のシステム自体も新調したばかりだから、基地のアンテナに異常が発生した可能性が高い。前々から、日が落ちた頃に多少転送量が下がることはあったが……
「基地に人はいないんですか?」
「ああ、毎日2人ずつ交替で勤務する者が十人、街外れの、基地に近い場所に住んでいるけど、この時間基地は無人だ。今連絡を取ろうとしているが、それより直接修理スタッフを送ったほうが早い……あんたは確か、人工知能搭載宇宙船乗りの何でも屋だったな?」
 何か思いついたのか、彼は確かめるように尋ねた。何を期待されているのかなんとなく理解しながら、キイはうなずきを返す。
「ええ、キイ・マスターです。お力になれることがあれば、協力しますよ」
 彼女の答に、男たちは水を得た魚のように表情を変え、身を乗り出した。
「実は基地のシステムが都市のネットワークから強力なプロテクトで孤立しているのがネックになっていてね……もしプロテクトを破れたら、別の経路で接触できると思うんだ。上の命令でプロテクトだけは最先端のものだから、正直オレたちでも手が出せない。けど、人工知能なら破れるかもしれない」
 説明しながら、彼らはキイを制御室に案内した。制御室は展望室の向かいにある。
 モニターとコンソールが並んだ、少し狭い制御室の設備を一通り眺めると、キイはそこに残っていた2人の技師のうちの1人に、ゼクロスとのチャンネルを開くように頼んだ。
 間もなく、室内のスピーカーから聞き馴れた声が流れる。
『お話はうかがいました。中継基地のシステムに侵入し、現在の状況に関わるデータを入手すればよいのですね?』
「ああ、頼むよ。今のところ予備があるが、もしこのまま転送が不可能になると、もって2日でここはスッカラカンになる」
 技師の1人が、切実な様子で美しい合成音声に応じる。
『では、少しお待ちください』
 そう言って、ゼクロスは黙った。
 彼の次のことばを、皆、一言も発さずに待っている。壁に寄りかかって一同を素早く見回しながら、キイは思っていた。
 非常事態といえ、こうも簡単に機密を明け渡そうとするとは。実際のところ、ゼクロスの前では多くのプロテクトが無意味になるが、人工知能が法律を守らないということはない。協力を頼むにしても、制限を与えることはできる。だが、ここのスタッフたちは余りに無防備に見えた。
 彼女の内心をよそに、ゼクロスが結果を告げた。
『エネルギー受信アンテナからのレーザーが一部コヒーレントでなくなっています。波形の擾乱、それに人工衛星等の映像データを合わせて見ると、流星群が付近に向かっているようです』
「流星だって?」
 男たちが驚きの声を上げる。技術的なことはともかく、これは、彼らには手の出しようがない事態だ。
……今までにも、こういうことはなかったんですか? 衛星があるなら、宇宙望遠鏡を飛ばす技術力もあるだろうし」
 キイが何か違和感を感じて問うと、きかれた男は首を振った。
「落ちたとしても、郊外のずっと離れたところだよ。今までは運が良かったとも言える……。どうにしろ、打つ手無しだ。我々にはどうしようもない」
『キイ?』
 ゼクロスが室内スピーカーではなく、イヤリングから声をかける。説明をしなくても、どんな指示を求めているのかは明白だ。
「ゼクロスなら流星群を駆除できるでしょう。異論はありませんね?」
 キイが有無を言わさず言うと、男たちはただ、何度もうなずくだけだった。
『お任せください! 流星群が大気圏に突入するまで、あと4分足らずです。探査艇を3機、射出します』
 ゼクロスは、はりきって任務に取り掛かかる。探査艇を最高速度で飛ばし、その間にもレーザー砲の準備を完了する。流星群の中でも、エネルギー中継基地を直撃する物はそう多くない。中でも大きな打撃を与えると思われる物は3つだけだ。
 探査艇が衛星軌道上に整列して間もなく、ターゲットが虚空の彼方から現われる。闇に一際強く瞬く光の点の映像を、ゼクロスは制御室のモニターに転送した。
 光の点は大きくなり、やがて分裂したように見える。少なくとも、20以上はある。小さな物は大気圏で燃え尽きるだろうが。
 光の点がぶつかりそうなほど大きくなってから、ようやくゼクロスは探査艇を動かした。画面が一瞬、白に染まる。それが消えたとき、映像の角度が変わっていた。見下ろすような角度の画面のなかを、一回り小さくなった光点の群れが通り過ぎていく。
『レーザー砲、命中。探査艇2号が軽微の損傷を負いました。航行に問題はありません。呼び返します』
「これで、大丈夫なんだな?」
 技師の1人が言い、部屋を出る。それを他の男たちも、キイも追った。
 展望室から、壁一面の夜の風景を見る。その風景の上空に、間もなくあの光の点が現われた。それはいくつも、地上に向かって流れる。普通なら綺麗な光景として喜ばれそうな、流星の雨だ。それを、一同ははらはらしながら眺める。
 しかし、幸い、赤い点はずっと途切れることなく、輝き続けていた。
『今ので全部です。エネルギー変換率も通常に戻っています』
「なんと礼を言っていいか……本当にありがとう」
「どういたしまして」
 気が抜けたような調子の技師に、少し素っ気なく、キイはことばを返す。
『お力になれて光栄です。何かあったらまた言ってくださいね』
 対照的に、ゼクロスは嬉しそうに応じた。

 もう屋敷内に見るところはない。キイは展望室を後にすると、誰ともすれ違うことなく自室に戻った。
 ベッドに座り、ベレー帽を机の上に置くと、彼女は考え込むように天井を見上げながら、ゼクロスに声をかける。
「あの技師たち、普段から不調になることがあるとか言っていたな。原因に心当たりはあるかい?」
『エネルギー消費が多くなる時間帯の話ですから、誰かがエネルギーの一部を不正に利用しているのかもしれません。アンテナに特異な故障が発生している可能性もありますが』
……ところで、例のお祭りはもう終わったかい?」
 彼女が部屋に戻ったとき、すでに窓の外の街並み平静を取り戻していた。
『ええ。しばらく前に終わっていますよ。明日は無理ですが、依頼完了の確認時に戻ってくるのでしょう? キイも今度は、近くで見たらどうです?』
 心から遠慮したいと言いかけたキイだが、親切心からのことばを無碍にするわけにもいかず、思いとどまった。
……遠慮するよ。探査艇の故障もあるし、早めにステーションに戻りたい」
『珍しい。キイ、疲れてるんですか?』
「ある意味ではね。早めに切り上げて、バカンスにでも行こうか」
『バカンスって、どこにです?』
「う~ん……考えていない」
『それなら、ここだっていいでしょう?』
 よほどここの祭が気に入ったらしい、とキイは思った。しかし、ゼクロスの反応はいつもと何かが違う、とも感じる。
……仕事の延長みたいで嫌なんだ。バカンスの行き先は後で考えるさ。じゃ、お休み、ゼクロス」
『お休みなさい』
 それを最後に、交信を終える。
 何かが、いつもとズレている。キイはベストを脱ぐと、どこかすっきりしない気分でベッドに入った。


▲UP


>二枚目と三枚目


 約束の時間、予約していたエアタクシーが屋敷の門の前に到着していた。食堂で朝食を食べ終えると、4人は荷物を持って移動する。その途中、イルクがカレンを呼び止めた。
「レディに重い荷物を持たせるわけにはいかないからね」
 言って、カレンの大きなショルダーバッグを取り上げる。手荷物がハンドバッグだけになったカレンは、照れたように笑った。
「いいの? 女の荷物は重いわよ」
「これでも、そこそこ鍛えてるからね。ご心配なく」
 笑顔で玄関を出る彼らを、スレイがおもしろくなさそうな顔で追う。キイは、そのさらに後ろから屋敷を出た。
 玄関を出ると、エアカーまで、ガードマンたちが左右に列を作っていた。この大仰さに、キイは少々面食らう。
 それをよそに、メイドのミリマがエアカーのドアを開け、丁寧に一礼する。
「どうぞ、お気をつけて」
「ああ、ありがとう」
 イルクがさわやかにことばを返し、後部座席に乗り込む。
 続いて、スレイがミリマに声をかける。
「今度一緒にお茶にでも……いでっ」
 カレンが彼の左足を踏みつけ、そのまま、イルクのとなりに乗り込んだ。スレイは左足を持ち上げて転びかけた後、ガードマンたちのどこか白けた視線に気づいて、慌てて車内に乗り込む。
 キイが助手席に乗ると、ガードマンたちのきちんとそろった敬礼に見送られて、エアタクシーはゼクロスが駐機するパーキング・エリアに向かった。

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