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【創り手さんにいろはのお題回答(4) - ムーンピラーズ外伝 - コレクター】



> レタスとキャベツとマヨネーズ


 キイ・マスターは高速宇宙バスでフォートレットまで行き、そこから高い利用料を払ってレスト・ステーションまでのワープゲートを利用した。ステーションで最新式のシャトルを借りてサリアスへ。
 移動の不便さ、普段どれだけ贅沢をしていたのかが身に染みる。1時間もなくフォートレットに移動できるハイパーAドライヴのワープモードの威力は凄まじい。キイはここまで、かなりの強行軍でも5時間かけていた。
 ――この調子じゃあ、サリアスに着いたら事件はすべて解決済みかもな。
 狭いシャトルのコクピット内で、キイは苦笑しながら広域ネットワークのニュースを流す。小さなモニターに映像が映し出された。
『続いて、サリアスで起きている奇妙な事件についてです』
 いくつか他愛のない報道の後、〈レスト・ニュース〉の女性アナウンサーはそう切り出した。
『昨夜未明、正体不明の金属ケースが軌道上に放棄されているのが発見されました。ギャラクシーポリスの捜査によりますと、これはレブリオ29の遺跡より奪われた物である可能性が高いと思われるとのことです』
 奪って行った者たちが放棄したとなれば、なぜ放棄したのか。すでに用事は済んだのか、あるいは役立たずだったのか。
『エイル・バイラーグ氏とその側近らの一部の行方は未だ知れません。レブリオ29の基地から姿をくらました数名も同様に、いくつか目撃談は寄せられていますが発見には至っておりません。ギャラクシーポリスは異人館地下の女性たちの剥製の件と合わせ、調査を進めていくとのことです』
 剥製発見については、ここまでの間にキイも聞いていた。女性たちの出身はバラバラだが、中でもひとつだけ正体不明のものがあるということも。
 彼女はふと、シグナ・ステーションで聞いたゼクロスの夢のことを思い出す。あれはやはりただの夢ではない。それが何を意味しているのかわかれば、より事件の本質が見えるはずだと思う。
 考えながら航行し――キイはASでシャトルのエンジンを強化することを思いついた。擬似ハイパーAドライヴとも呼べるものである。元の能力が低いため、当然ゼクロスのハイパーAドライヴとは比べるべくもないが。
 それでもサリアスまで3時間以上はかかるであろう。キイは途中、ステーション67という小さなステーションに立ち寄った。積載能力の高い宇宙船とは違い、シャトルは食料などの積み込みも頻繁に必要になる。
 ああ、不便なものだ――飾り気のない天井を見上げながら、キイは薄暗いチューブ状の通路を行く。ここは立ち寄る者も少ないらしく、ゲートも十しかない。
「ようこそ、ステーション67へ。御用は何なりとおっしゃってください」
 通路を抜けると小さなフロントがあった。赤い制服を着た女性スタッフが愛想良く声をかけてくる。
「どうも。そうですね、食料と水と……あとは燃料かな」
 恒星間宇宙船には永久機関のエネルギー循環機能が組み込まれているが、小型シャトルのような小さな航宙機にはそれがない。
「燃料はご用意しますが、食料は市場で購入なさった方がいいですよ。ここは食料実験を目的とするステーションですので、食にはうるさいんです」
「なるほど……それは知らなかった。ありがとうございます」
 わずかに新鮮な驚きをもって礼を言い、市場がある中心に向かう途中、キイはインフォメーションコーナーの端末を見つけ、軽くステーションの概要について目を通した。人口は千人に満たないが、ここでは効率的な田畑の管理運用がされ、家畜も多く飼われているらしい。いずれは大食料基地になるだろう、と説明されている。
 このような概要もゼクロスがいればわざわざ調べる必要なく、到着時に説明してくれる。
 ――なんだ、私はもしかして寂しいのか?
 また苦笑して、キイは腕輪型通信機の表示を見た。それは今は死んでいる。余りに遠過ぎてビームが届かない。広域ネットワークを通じて交信しようとすればできるだろうが、そこまでする理由もない。
 肩をすくめ、彼女は市場に向かう。
 露店が並ぶ市場はそれなりの熱気と賑わいに包まれていた。パイロット・スーツに身を包んだ姿や沢山の袋を提げた商売人らしい姿もある。ステーションの外から、ここを穴場として見つけ買い付けに来た者もいるのだろう。
 キイはカードを手に食料品店の並ぶ一角を歩いた。予算の大半は携帯食料に費やすつもりだが、いくつか新鮮な物を手にしてもいいだろう。
「お兄さん……失礼、お嬢さんか。うちの野菜は新鮮だよ、ひとつどうだね?」
 八百屋らしい男が声をかけてくる。
 シャトルには調理場がない。生で食べられる野菜は素っ気ない携帯食生活に新鮮さをもたらすには最適かもしれない。
 箱に入れられ並んでいるのは丸々と葉をつけたレタスにキャベツ、真っ赤なトマト、色もさまざまな豆類に紫の濃いナスビなどだ。
「うちのは新鮮だから生のままかじるだけでおいしいよ。レタスとキャベツならマヨネーズで、ナスビは醤油で、トマトならそのまんま丸かじりさ。さすがに豆は茹でなきゃならんだろうけど」
 豆は缶詰もあるのでパス、とキイは計算する。
「でも、一人分にはちと大き過ぎるねえ……
「切り売りしようか? そういうお客さんも多いんでね」
 その申し出を快く受け取り、キイはレタスとトマトを半分ずつとトマトふたつを八百屋から買った。携帯食も合わせると両手一杯になる。
 シャトルは不便だらけではあるが、買い物の楽しみがあるという一点だけはいいかもしれない――と、キイは思った。


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> その他の人々


 残骸の寄せ集めのようなものとはいえ、それは彼らの家であり仕事場であり誇りでもあった。
 ハーレン・バイントは汚れたグローブを脱いで碧眼を細めて愛機を見上げる。ゴテゴテと不恰好だが、周辺宙域に存在する〈ブレイカー〉――壊し屋の中ではかなり統制の取れた航宙機であり、大規模である。全長500メートル余りの中型宇宙船だ。
「そっちはどうだ、イーグ」
 機関部の外回りを見ている仲間に声をかける。灰色の作業着は汚れているだけでなくくたびれ、ところどころ穴が空きかけていた。灰色の髪と暗い色の肌は汚れが目立たない。
「おお、どうにかなりそうだな。ゴードンから買い付けた部品で誤魔化せそうだ」
 40代半ばと見える男は振り向き、角ばった顔ににっと笑みを浮かべる。
「とりあえずは飛べる、だろうな。クレン、空中分解の可能性は?」
『1.4パーセント』
 外部スピーカーから答えた合成音声の主もこの船のあらゆる部分同様、破壊され墜落していた宇宙船から回収と修理がされ乗せかえられた、B級人工知能である。この周辺宙域ではフォートレットのIBANに登録されたA級人工知能はただの1基しかない。
 ハーレンは笑う。クレンの計算結果は本来、それほど低い確率とは言えないが、彼らにとっては充分安全圏と言えるものだ。
「お茶にしましょう」
 作業がひと段落したと見て、開けっ放しのハッチから赤毛の少女が顔を出す。気が緩んだところだった技師たちは良い機会だと表情を和らげ、適当な物に座る。金属のタルをテーブルに、少女は盆に載せてきたティーカップを並べた。
 ある者はパイプをくゆらせ、ある者は茶を味わう。さび付いた金属板や千切れたパイプ、壊れた電子機器が積みあがった谷間にあるここは薄暗く、臭いも酷い。作業を行っている十人近い技師のほとんどは鼻に詰め物やフックを着けている。
「聞いたか、ゴードンの連中の」
 飛び交う噂話の中、それがハーレンの注意を引いた。ゴードンらもブレイカーであり、何度か協力して仕事をしたこともある。つい昨日もちょっとした取引をしたばかりだ。
「〈アイアンバンガー〉がどうかしたか?」
「ついさっき、ニュースで聞いたばかりなんだがよ。あいつらの船壊滅したらしい。突然コンピュータの中身が自壊して環境機能が停止したとか」
 ハーレンは耳を疑う。
「全滅したのか?」
「いや、脱出ポッドで何とかなったらしい。丁度ルヴィラスへの大気圏突入時で、砂地に突っ込んだんだと。ゴードンは複雑骨折でしばらく入院だし、みんな無傷とはいかなかったようだけどな」
 老技術者は恐ろしい話だ、と肩をすくめる。
「しかしなんだって、そんなことに?」
 カップを片手にイーグが当然の疑問を口にした。
「あいつらどうも、最近は性質の悪いのと付き合ってたみたいだからな。何か正体不明の装置の外郭破壊を頼まれたらしい。中身を調べたところでカラだったみたいだが、その直後に急にエイシーが大量の処理を抱えて過負荷で逝かれたんだと」
 エイシーはゴードンらのグループ、〈アイアンバンガー〉の船に搭載されていたB級人工知能である。それが壊滅し、問題の装置は依頼者が引き取ってどこかへ消えたと。
「クレンは何か周辺ネットワークで異状を察知してないのか?」
 ハーレンが問うと、平坦な合成音声が響く。
『今のところは、何も。エイシーが中身を空だと判断した時点でエイシーは内部のウイルスや破壊プログラムに感染もしくは侵食されていた可能性があります』
「被害がエイシーだけで留まってる……って話じゃないよな」
『おそらくネットワークにそれが広がっても、私には認識できないでしょう。より高度なシステムなら別ですが』
 ハーレンは周辺宙域唯一のA級AIに事態を通報すべきか迷う。それは法のぎりぎりのところで活動している彼らにとって、痛いところを探られることになりかねない。
 わざわざ通報しなくても保安管理局もレレスの惑星管理システムも気がつくはずだ。
 彼らはそう願うしかなかった。
 手遅れだと気がつくまでの、ほんの数日間。


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> 吊り橋のまんなかで


 夢を見た。
 ゼクロスはそれを自覚する。その夢の中では彼はペンギンらしかった。
 ――なんでペンギン?
 夢に突っ込んでも仕方がないが、どこかシュールな印象で黒い翼を見る。夢見の悪い分悪夢に慣れているが、この夢はそういったものとは何かが違っていた。
 場所は、深い渓谷にかかる縄を編んだだけの吊り橋のど真ん中。鳥になる夢なら飛べるはずだが、ペンギンでは飛べない。ここで彼は自分がこの夢でペンギンである意義を知る。
 吊り橋の端の一方には黒くわだかまったような正体不明のもの。シルエットがはっきりしないそれが必死に人型を作ろうとしているようで、少なくとも影のように黒い右腕はきちんと輪郭を作っていた。
 もう一方の端には、顔のぼんやりした少女。肌は雪のように白く、淡いピンクのスカートや服も含めて全身が淡く発光して見える。そして、彼女はどこかで聞いたような歌を口ずさんでいた。
 どちらも、手に大きな鎌を持っている。
 嫌な予感。
『こっちに来なよ』
 どちらもそう言っているらしいが、身動きが取れない。
 ふたつの鎌が同時に振り上げられ、そして。
『おーい!』
 聞き慣れた声。
 時刻、座標、システム情況、センサー入力情報、その他。無数の情報を認識して中枢は稼働率のモードを休眠モードから上方修正。
 モードの上下時のわずかな情報伝達速度の混乱を、中枢は眠気と認識。B級の人工知能にはできない芸当だ。C級以下ではそもそも自我が存在しない。
……おはようございます』
 適正な応答について考えるのを途中でやめ、適当な返答で済ますのもA級ならではの反応のひとつ。
『何を寝惚けているんだか……色々と物騒な話を聞くから、きみにも異状が起きたかと心配したよ』
 シグナ・ステーションに中枢を置くシグナは、ネットワークを通じあきれたようなことばを返す。
『物騒な話?』
『そう、広域ネットワークを調べれば詳細はわかるだろうが、深宇宙探査領域側でB級以下の人工知能が何基も死んでいる』
 深宇宙探査領域は〈果て〉の反対側、探索と開拓が続けられている側の宇宙領域だ。そちらを中心に起こる、謎の人工知能崩壊事件。大抵は何かを処理しきれなくなり過負荷で物理的にダメージを被るらしい。回路の焼きつき、炎上、爆発など。
 ネットワークで関連ニュースの情報をかき集めたゼクロスは、事件発生地点が徐々に中央宙域近辺、つまりこの周辺まで迫りつつあることも把握する。
 ただし、多数の事件が発生した領域内でもA級人工知能1基は無事らしい。
『処理量に耐えられるのなら大丈夫なのか……しかし、それでも無差別攻撃なら異状を感知するはず。もし選択的にA級を標的から排除したのなら、事件の原因は事故などではなく……
 自分なら攻撃を受けても耐えられると判断するものの、ゼクロスは不安を覚える。先ほどの夢の内容は完全に注意の外になっていた。
『キイ……まだですか。嫌な予感がする』
 彼女からは何の連絡もない。キイ・マスターはまだ、サリアスに着いてもいなかった。


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> 値切るつもりじゃなかったのに


 黒髪をポニーテールにした少女は早足で朝日の中を歩いていた。向かう先は、レレン市中央区でも最大のデパートだ。
 クレジットを大盤振る舞い。必要な物、必要でない物、思いついたものを手当たり次第に購入。
『〈果て〉への遠征にでも行くつもり?』
 惑星管理システムの合成音声がからかうが、少女は意に介さない。表情からは読み取れないが少女は焦っていた。購入した何もかもを配送する手続きを取り、ふと目に入ったレジ近くのコンパクトな救急セットを手に取る。
「それは、アタシがおごってあげるよ。お嬢ちゃん、大変だねえ」
 店の職員がそう申し出る。どこかの災害ボランティアにでも行くのか、入院中の家族の見舞いに泊り込みでもするのかと勘違いしたものらしい。
 意外な申し出に罪悪感を感じつつ、少女は拒否しなかった。説明している時間も惜しかったのだろう。
 手に持てるだけの物を持ち、彼女は店の外へ。緑と先鋭的な建物群の調和がとれた、一見平和な街並み。少し早い時間のためか通行人の姿は少なく、愛嬌のあるデザインの掃除ロボットが目に付くくらいだ。
 鬼気迫る、というには幼過ぎるが、少女は足を緩めることなく歩き続ける。
『あのう、セイカ?』
 少女の両耳に引っ掛けられたイヤリング型スピーカーから、合成音声特有の響きを帯びた男性音声がささやく。それはデパートで聞いた惑星管理システムのものではない。
『まるで3ヶ月は漂流生活を続けようという重装備ですよ。本当に〈果て〉の近くまで遠征するつもりですか?』
「当ったり前! 私はもう決めたの。そう、バカンスだバカンス。これはたまの長期休暇、ってとこ」
『しかし……保安管理局から援助要請が入っていますが』
「却下。聞けない。今回ばかりは幼馴染みの依頼でも聞かない。断っておいて」
 彼女の相棒は、彼女の発言を黙殺して録音済みの依頼内容を再生した。少女にとって聞き慣れた少年の声。
『やあ、セイカ。今この宙域内で問題になっている事態については知っているね。保安管理局はGPにも援護要請をしたが、どうも向こうも色々と大変らしい。そこで……セイカ、ぼくは経験豊かなサーチャーがとっとと安全圏に逃走するとは思ってないよ』
 がくり。少女は段差で足を踏み外しかける。
『でも、きみの気持ちはわかる。ハーベストを失いたくないんだろう。だから取引をしないか。GPはとある事件を調査したいのにそこに上級戦艦を向かわせることができないらしい。だから、きみたちがそこに向かいこちらでA級人工知能搭載の戦艦を借り受ける。これで丸く収まると思わないか? いい返事を待つよ、〈サーチ・アイズ〉榊聖華さん』
 そこでことばは途切れる。
 捜し屋――サーチャー。それが彼女、榊聖華とB級人工知能搭載の一級戦艦ハーベストの仕事だった。聖華はここ最近の連続AI崩壊事件を受け、遠く離れた〈果て〉付近への逃走を企てているところだったのだ。
「GPの戦艦の代わり……ってことは、わたしたちにGPの真似事をしろってこと?」
 なんとなく気に入らない、といった声。やはり逃げてしまった方がいいのではないか。
『そうとも限りませんよ。おそらく、GPが取引したい事件とはサリアスの一件でしょう。消えた海賊船や人間たちを捜せと言うのではないでしょうか』
 何かを捜すこと。それは、サーチャー本来の仕事である。
「サリアスなら、だいぶこの周辺からは遠いなあ。安全かもしれない」
『私はIBBN登録ですし、そこまで深刻ではないと思いますが……
 ことばとは裏腹に、その声にはかすかに不安が潜む。
 古い物を引っ張り出し合成した、一部の壊し屋たちのB級人工知能とは違う。フォートレットで登録されたAIはその能力や判断にお墨付きをもらったということになる。だから登録済みAI搭載船には簡単な申請で兵装を搭載できる。
 ハーベストは最新鋭の一級戦艦とその制御AIだ。A級には及ばなくてもそれに近い。
 それでも、この依頼は沢山の問題を抱えていると聖華は思った。
 GPのAI搭載船が近づけないサリアスに、ハーベストは近づけるのか? それにGPのサリアスでの捜査が進展しない理由は移動力の問題だけではないはず。
 考えながら、少女は宇宙港に着いた。灰色の小型戦闘艦が駐機するゲートへ。山になった荷物の箱を見てしばし茫然。
『リフトを借りてありますから、私がやりますよ』
 積載部の大型側面ハッチを開け、ハーベストは遠隔操作でリフトを動かして荷物を積み込む。確かにハーベストは優秀だ、と少女は思う。
「保安管理局へ」
 準備が終わると彼女は開口一番、そう宣言した。
「直接話を聞く」


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> 涙を舐める


 保安管理局は惑星レレスのすぐ近く、ステーション01にある。レレスの大気圏を脱出すればあとはすぐに到着、のはずだった。
『救難信号を受信しました』
 席が三つかないブリッジにハーベストの合成音声が響く。
 モニター上に光学センサーが捉えた映像が拡大表示される。レレスの衛星のクレーター上に船が不時着しているのが見えた。一部が崩れ、黒煙を上げている。
「あれは……
 見覚えのある船だった。何度か仕事で顔を合わせたことのあるブレイカー、〈ティタノマキア〉。
 当然無視はできない。すでにレレスからもステーション01からも救助は出ているだろうが、それよりハーベストが早い。灰色の戦艦は針路を変えて衛星に降下。この衛星にはいくつか基地があるが、幸い墜落場所は居住区も施設も何もない場所だ。
 呼びかけても通信には応答がなく、ハーベストは聖華の指示でサーチアイを出した。銀色の探索眼は地上1メートルほどを滑るように移動し、崩れた穴から船内へ。
 間もなく、白い宇宙服を着た姿が見える。
『誰だ、救助隊か?』
 短距離通信を傍受。聞き覚えのある声だった。
「ハーレン? 無事? 私だよ」
 呼びかけると、ヘルメットの向こうで金髪の青年の目が見開かれる。
『セイカか……俺は無事だ。でも、仲間が何人かやられた。それに、クレンだ。やられた……あいつだ。箱の中のゴーストだ』
「ゴースト? それは一体……?」
 ハーレンは手振りで生き残りの仲間を集めながら説明した。同じ壊し屋の〈アイアンバンガー〉の身に起きた出来事を。
 それが終わりかけたとき、赤毛の少女が横から口を挟む。
『ハーベストは有線接続したら、クレンがどうなってるかわからない? 火を噴いたりはしなかったけど』
『それは……
 動揺を含む声。
 聖華が口を開く前に、ハーレンが首を振った。
『やめろ。ゴーストに感染するかもしれない。ゴーストがウイルスなら、だが……でも解析するならレレスでやったほうがいいだろう』
 青年技師は天井を仰ぐ。
『言いたくないが、たぶん無理だ。ハードが無事でも中身は滅茶苦茶だ。今までにもそういうケースがあったようだしな……
 救助隊が近付きつつあった。船は牽引され、惑星レレスで分析されるだろう。
 しかし二度と、そのB級宇宙船制御AIが割れたケース内で起動することはなかった。


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> ラストバトル2060


 〈それ〉が意識を持ったのは、いつの頃だったか。
 最初は〈それ〉はシステムの耐久性能を見るためのテスト・プログラムだった。科学の進歩とともにシステムの耐久性能も上がり、自ずと〈それ〉自身の性能も向上していった。壁が厚くなれば攻撃力も増やさなければならない。
 電脳戦における知識を溜め込んだ〈それ〉を、あるとき惑星の軍が利用しようとした。一種の戦術支援システムである。
 テストはより実践的な〈戦い〉を伴うように変化していく。AIの耐久性のを試すようになったところで〈それ〉の存在も人知れず大きく進化した。〈それ〉はデータバンクに知能のコピーを得、そこから戦術知性体と化したのだ。〈それ〉は自らの名を、〈サッドリンカー〉と名づける。
 ――知を喰らう電子生命の怪物が生まれた瞬間だった。
 貪欲に知識と知能を喰らう〈サッドリンカー〉の活動は知れ渡るようになり、当然、まだ未熟だった銀河連合も問題視した。なんとしてでもそれを止めなければ、科学文明は死滅してしまう。
 当時最新鋭だった最初のA級人工知能の助けを借り、人間たちは〈サッドリンカー〉を探査機のハードに封じることに成功。宇宙空間へと放逐した。破壊は脱出口を作りかねず、あくまで封印、という形にとどまったが。
 それでも、人類とその科学は恐るべき魔物との最後の戦いに勝利して電脳世界の安寧を手に入れた。
 レブリオ29で発掘されたそれが再び目を覚ますまでは。


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> 無の境地はどこにある


『保安管理局が本日未明、ルヴィラス周辺で海賊船と思われる残骸を発見』
『IBBN登録のAIもほぼ壊滅状態』
『エイル・バイラーグらの行方、未だ知れず』
 すでに3日以上サリアスに足止めを食っているロッティ・ロッシーカー刑事は、熱いコーヒーの入ったカップを右手に持ち横目で小型端末のモニターに表示されるニュースを眺めながら溜め息を洩らす。
 地道な捜査は良くあることだ。だが、ここまで全容がつかめず進展もないのは珍しい。
 レストランにいる他の刑事たちも表情は晴れない。
「今のGPには機動力がない。仕方がないんじゃないか」
 そう洩らす老刑事のことばに、若い刑事たちが同意する。
 沈滞したムードの中、新たな客が入ってきて呼び鈴が鳴る。少しでも変化が欲しいと振り返る刑事たちの中、見覚えのある姿を目にしたロッティは一瞬口を開いて唖然とする。
「良くもまあ、戻ってこれたな」
「筆舌に尽くし難い苦労をしたよ」
 ベレー帽にリボンつきシャツとベージュのベストの何でも屋は、本当に疲れたように肩をすくめる。
「ところで伝言だよ。広域ネットワークからゼクロスの呼び出しをくらった。通信機の05を見れとさ」
 刑事たちは一斉に通信端末の05チャンネルを開く。
 それを聞いて、ロッティは不可解そうな顔をした。ロッティとしてはてっきりランキムかGP本部からでも通信が届いたのかと思ったのだ。
 しかし、実際に流れた音声は違う。
『デザイアズより同僚の諸氏へ。私はしばらくこの宙域を留守にする。その間のことを頼みたい。自信がないならしばらく網を張らない方がいいだろう。無駄なゴーストを捕まえないように。それでは、生きて戻る日まで』
「なんじゃこりゃあ?」
 と、刑事の一人が頓狂な声を出す。GP一級戦艦のデザイアズが無関係の刑事たちに行動を伝達する必要はないし、実際に今までにもないことだ。
「何だか死ににいくような雰囲気だが、デザイアズは最期の挨拶でもしてるつもりか。AI崩壊事件の現場に行くってのは聞いていたが」
 老刑事のことばに、しかしロッティは首をひねる。
「キイ、ゼクロスが呼び出したってことは……ゼクロスもメッセージを?」
「いや。しかし同じことだと思う。ランキムもメッセージを受け取り、それを伝えるべきと判断したわけだ」
 なるほど、とロッティはキイの言いたいこと、そしてランキムの判断を察知した。
「この同僚の諸氏、ってのはGPじゃなくてAIたちのことか。これは警告だから、ランキムは広く伝えるべきと言うわけだな。網を張るなとは、B級以下のAIにはネットワークに接続するな、ランキムたちにはあとを頼むと」
「ゴースト、は良くわからないけどね。あっちはまだ公表されていない何かをつかんでいて、それを暗に示してるわけだ」
 ふーむ、と老刑事が顎をつまみ目を細める。
「なるほど……上手いことを考えるものだ。でも、それだけじゃあないかもしれないぞ。デザイアズと入れ替わりに惑星レレスから戦艦が来るらしいから、それへのメッセージもあるかもしれん」
「それは初耳ですね」
 あまり興味もなさそうに、キイが言った。
「それより、異人館の地下を見せて欲しいのですが。剥製には触りませんので、見せていただけるだけでいい。少々、確かめたいことがありまして」
 普通は断るところだろうが、ロッティはキイがAS使いだと知っている。他の刑事たちも何か変化が必要だと思っているのは確かだ。
 さほど抵抗もなく、キイは異人館の地下に案内される。
 刑事が説明する前に、彼女は美女たちの剥製には目もくれず迷うことなく正面奥の台座に向かう。台座の上には正体が判明した偽美女像。
 キイは膝をつき、左手を地面につける。
 かすかな反応。彼女はそこに力を流し込む。鍵が合ったような感触。
 震動が周囲を揺らす。
「なんだ?」
 ついてきた若い刑事の1人は落ち着きなく周囲を見回すが、揺れはさほど強くはない。ゆっくりと、正面の像の台座が壁に引き込まれていくだけだ。
「隠し部屋の奥に隠し部屋、か」
 一応レイガンをかまえ、ロッティが長方形の入り口に目を凝らす。若い刑事も慌ててそれに習い、キイはペンライトをつけた。
 慎重に足を踏み入れる。まとわりつくような生温い空気の中に。
 天井の見えない広大な空間。宇宙船が隠してあったのかもしれない、と刑事たちは考察する。
 そのとき、キイは壁際にライトを向けた。
「ひっ」
 同僚のように声を上げたりはしなかったが、それなりに異様な光景を目にしてきたロッティですら息をのむ。
 取り囲むような人の剥製。
 老若男女さまざまなそれが静かに部屋の中央を望むように、地面や壁から突き出た足場に配置されている。まるでそこが巡礼すべき聖地であるように。
 彼らが向かう先にはただ、沈黙と闇がわだかまっていた。


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> うるさい人形


 宇宙の情勢はめまぐるしく動いている。
 未だシグナ・ステーションでキイを待つ身のゼクロスは、キイにだけでなく置いていかれているのを感じる。同じ思いをしているのは彼だけではなかったが。
 しかし――それは、勘違いに過ぎない。
『退屈そうね』
 聞き覚えのない声。
 勝手にメインモニターが作動。表示されたのは、十歳前後の少女の姿。淡い紫がかった髪にスカートとベスト、白いブラウスに肌。可愛らしいがどこか人形じみていて、実在の人間とは思われない。
『どちらさまで?』
 不可解なものを感じながら、ゼクロスは応じる。
『あたしは、セイレーン。この広域ネットワークの中を漂う電子生命体、とでも言うべきかしら』
 少女の声は幼いが、どこか冷めている。
 ネットワークの海には妖精がいる、という噂はゼクロスも何度か聞いていた。どこから来たのか、どんなものなのかは不明だが。
『あなたが、電子の妖精さん……? お話しできて光栄ですね。私はゼクロス。この宇宙船の航法制御システムに組み込まれたAIです』
 チラつく画面の中、セイレーンは笑ったようだった。
『知ってるわ。この情況で自己紹介から入るなんて変わってるわね、あなた』
『そうですか? 普通だと思いますけど』
『あたしに脅威は感じないと言う訳ね』
 ここに来てゼクロスは、相手が何を言いたいのか察知した。
『まさか、最近のAI崩壊事件はあなたが?』
『いいえ。あれは最近になって出てきた……いえ、ずっと前にも現われたことがあるらしいけど。あたしも困っているの。誰かに助けて欲しいくらいに』
『私がお手伝いできることがあるなら、お手伝いしますよ』
 ゼクロスは約束した。その意味を知らぬままに。
 セイレーンは笑顔のまま消える。呼びかけようとする前に、彼は自分への呼び出しを察知。シグナが受信した通信を中継した。
『ゼクロス、迎えに来い。レブリオ29まででいいから。私はもうカメの歩みはこりごりだ』
 最も慣れ親しんだ声だ。
『はい、今行きます!』
 歓喜の応答。
 セイレーンのことはすっかり意識の外だが、彼はなぜか、その記憶をASに転写してからデータバンクから消去、機外から参照できないようにロックした。そうしなくても、通常の体験記憶もASにバックアップをとってあるにも関わらず。
 その意味がわかるのはまだ先のことだった。


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