三重の民家
町井家住宅 | 国指定重要文化財 (昭和50年6月23日指定) 三重県伊賀市桝川518 建築年代/延享元年(1744) 用途区分/大庄屋 指定範囲/主屋・書院 公開状況/非公開 県西部の伊賀と名張を結ぶ中間地の桝川集落に所在する大庄屋屋敷である。桝川集落は両市を縦断する木津川により形成された盆地平野が東西から迫る丘陵によって瓢箪の括れのように最も狭まる位置にあり、中世においては戦略上の要衝であったと窺える。そうした由縁のある土地柄であった故であろうか、当家は天和2年(1682)に上野城下から移住し大庄屋職を拝命するが、そもそもは清和天皇から17代末裔に当たる新田義家の嫡流として中世から伊賀土豪衆の中でも屈指の存在であった。天正年間の織田信長による伊賀攻めに屈する事となるが、藤堂家による藩政期において在地における影響力を買われての抜擢であったのかもしれない。住宅は雛なる農村集落において目を疑う程の上品な家構えで、個人的には藩校・崇広堂(国史跡)に相通ずる建前だと感じている。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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諸戸家住宅(東) | 国指定重要文化財 (平成9年12月3日指定) 三重県指定文化財 桑名市指定文化財 三重県桑名市桑名字鷹場663-5 建築年代/大正元年(1912) 用途区分/商家本宅 指定範囲/洋館・和館(国)、一番蔵・二番蔵・4〜7番蔵・旧高須御殿・長屋門・玉船稲荷社(県)、離れ屋(市) 公開状況/公開 洋館は大正2年(1913)、和館は大正元年(1912)の建築。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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諸戸家住宅(西) | 国指定重要文化財 (平成14年12月16日指定) 三重県指定文化財 桑名市指定文化財 三重県桑名市桑名字太一丸19-2 建築年代/明治20年(1887) 用途区分/商家本宅 指定範囲/主屋・玄関及び座敷・広間・洋館・玉突場(国)、推敲亭・御成書院(県)、神祠(市) 公開状況/公開(季節限定) ▼個別解説ページへ(制作中) |
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長谷川家住宅 | 国指定重要文化財 (平成28年7月25日指定) 三重県指定史跡及び名勝 (平成27年3月5日指定) 三重県松阪市魚町1653 建築年代/江戸中期 用途区分/商家(木綿問屋) 指定範囲/主屋・大正座敷・大蔵・新蔵・米蔵・西蔵・表蔵・離れ 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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松坂御城番屋敷 | 国指定重要文化財 (平成16年12月10日指定) 三重県松阪市殿町1384 建築年代/文久3年(1863) 用途区分/武家 指定範囲/東棟・西棟 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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本居宣長旧宅 | 国指定特別史跡 (昭和28年3月31日指定) 三重県松阪市殿町1536-7 建築年代/元禄4年(1691) 用途区分/国文学者・医家 指定範囲/旧宅 公開状況/公開 国が指定する史跡は数多くあれど、特別史跡となるとかなり数が絞られる。2023年現在の文化庁データベースでは史跡1808件に対し、特別史跡は63件。ましてや民家となると、当住宅以外では広島の菅茶山旧宅のみである。それ程までに本居宣長の影響力は大きかったのだ。しかし、それは戦前、戦後のこと。現代の世にあって、どれだけの若者が宣長の偉大さを理解しているであろうか。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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小津家住宅 | 三重県指定文化財 (平成10年3月17日指定) 松阪市指定史跡 (平成3年3月28日指定) 三重県松阪市本町2195 建築年代/江戸中期 用途区分/商家(紙問屋) 指定範囲/主屋・向座敷、料理場・内蔵・前蔵 公開状況/公開 【旧小津清左衛門家】 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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入交家住宅 | 三重県指定文化財 (平成10年3月17日指定) 三重県伊賀市植野相生町2828 建築年代/文化14年(1817)〜文政2年(1819) 用途区分/武家 指定範囲/主屋・長屋門・表屋・土蔵 公開状況/公開 伊賀上野には、市の中心部に立派な城郭が残されているので、江戸期には藩政の拠点地であったかのように錯覚するが、実際は津藩藤堂家27万石の支城に過ぎず、藤堂采女家が城代として置かれた地であった。ただ、徳川家康からの信任が篤かった藩祖・高虎公が伊予国今治から国替えとなった際に、津と上野の地に城郭を築いたことからも推察されるとおり、京・大坂方面への交通の要衝地であり、小規模ながら城下町が形成された。当家は城の南東方向に位置する中級武家住宅である。三町筋と称される通りに面して長屋門と表屋を構え、その背後に寄棟茅葺屋根の主屋が建つ。 ▼個別解説ページへ(゛遺作中) |
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名張藤堂家住宅 | 三重県指定史跡 (昭和28年5月7日指定) 三重県名張市丸之内54-3 建築年代/宝永7年後 用途区分/藩主 指定範囲/ 公開状況/公開 名張藤堂家は藤堂高虎の養子・高吉に始まる家柄である。高吉のそもそもの出自は織田信長の重臣・丹羽長秀の三男で、豊臣秀吉の弟・羽柴秀長の養子になった後に、実子の無かった藤堂高虎の養子となったものの、高虎の跡目は、結局のところ後に生まれた実子・高次が継いだため、高吉は藤堂家家臣の立場を甘受させられることとなり、以後、代々は名張藤堂家(藤堂宮内家)として当屋敷に住した。ただ当家は津藩主・藤堂家の家臣格とはなったものの、2万石を領した藩内大名であり、古図面に残る江戸期の屋敷は陣屋格の規模であり、更に100名規模の家臣団を抱えていたことから、周囲には小規模な城下町が形成された程である。現在残る屋敷は、往時の建物のうち当主が日常生活を過ごした中奥に該当する僅かな部分に過ぎず、残念ながら当時の様子が窺える程の規模のものではない。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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舘家住宅 | 亀山市指定文化財 (平成19年8月23日指定) 三重県亀山市西町410 建築年代/明治 用途区分/商家(呉服商) 指定範囲/8棟 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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旧村山家住宅 (旅館玉屋) |
亀山市指定文化財 (平成6年3月23日指定) 三重県亀山市関町中町444-1 建築年代/ 用途区分/商家(旅籠) 指定範囲/主屋 公開状況/公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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原田二郎旧宅 | 松阪市指定文化財 (平成22年3月27日指定) 三重県松阪市殿町1290 建築年代/19世紀中頃 用途区分/武家(同心)・実業家 指定範囲/ 公開状況/公開 原田二郎は松坂町奉行所に勤務する同心の家に生まれ、京都・東京に遊学した後、27歳で大蔵省に就職、31歳の若さで横浜銀行の前身となる第七十四銀行の頭取に就任した人物。その後、鴻池銀行の再建に尽力するなどした後、1920年に全財産を投じて慈善団体である原田積善会を設立し、福祉医療事業、学術・教育振興に助成するなどした。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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松浦家住宅 | 松阪市指定史跡 (昭和37年11月15日指定) 三重県松阪市小野江町321 建築年代/天保3年(1832) 用途区分/商家 残存範囲/主屋・離れ・土蔵2棟・納屋 公開状況/公開 【松浦武四郎誕生地】 「北海道の名付け親」と称される松浦武四郎の所縁地として史跡指定される建築群である。少し以前までは好奇人として知る人ぞ知る存在であった武四郎は16歳での江戸旅を皮切りに四国巡礼など日本全国を旅して廻り、長ア遊学時に受けた恩義により僧籍に入ったかと思うと、その後は度重ねて蝦夷地への探検に赴くなど、当時の人としてはかなりの自由人であった。北海道という地名を蝦夷地に名付けることが無ければ、偉人としてではなく、単なる奇人としての評価に甘んじていたかもしれない人物である。武四郎の生家は厳密には史跡指定された屋敷地の裏手付近にあったらしく、現在残る建物群は武四郎の兄である左七が家督を継いだ後に親戚から譲り受けたものである。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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森家住宅 | 登録有形文化財 (平成24年8月13日登録) 三重県四日市市羽津町4110 建築年代/明治前期 用途区分/庄屋・酒屋・薬屋・廻船問屋・質屋 登録範囲/主屋・土蔵 公開状況/非公開 東海道に西面して建つ旧庄屋屋敷。屋号は「槌屋」を称し、幅広く商売を行った。間口16mに及ぶ妻入の大型町家建築である。 ▼個別解説ページへ(制作中) |
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糀屋太郎兵衛商店 | 登録有形文化財 (令和3年2月4日登録) 三重県松阪市魚町1773 建築年代/明治26年(1893) 用途区分/商家(糀製造販売) 登録範囲/店舗兼主屋・糀室・道具蔵・奥蔵及び米蔵 公開状況/店舗として営業中 旧松坂城下町の魚町に所在し、江戸時代から代々、糀の製造販売を行ってきた商家である。屋号は糀屋を称し、歴代当主は太郎兵衛もしくは太良兵衛を名乗っているとのことである。主屋を始めとして麹室や奥蔵及び米蔵は、明治26年(1893)の松阪町大火後の再建築となるが、道具蔵のみは大火を免れ、江戸末期の安政2年(1855)の建物である。旧松坂城下町には旧長谷川家住宅や小津家住宅など建築年代が江戸中期にまで遡る大店建築がのこされているが、時代や規模などが異なる当住宅の風情は両者とは全く異なるもので、二階の達が高く、間口を大きくとり開放的な造作である。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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赤井家住宅 | 登録有形文化財 (平成22年9月10日登録) 三重県伊賀市上野忍町2491-1 建築年代/明治期 用途区分/武家(肝煎目付) 登録範囲/主屋・長屋門・土蔵・土塀・茶室 公開状況/公開 ▼ 個別解説ページへ(製作中) |
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寺村家住宅 | 登録有形文化財 (平成14年2月14日登録) 三重県伊賀市上野福居町3337-1 建築年代/江戸後期 用途区分/商家(両替商) 登録範囲/主屋・前蔵 公開状況/非公開(骨董店として営業中) ▼個別解説ページへ(製作中) |
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中森家住宅 | 登録有形文化財 (平成26年12月19日登録) 三重県伊賀市上野玄蕃町195 建築年代/江戸末期 用途区分/武家 登録範囲/主屋・前蔵・離れ・蔵・門及び土塀・井戸屋形及び板塀 公開状況/非公開 伊賀上野城の東方の玄蕃町に所在する武家住宅である。伊賀上野は津藩藤堂家27万石の支城が所在した城下町で、城代家老として藤堂采女家が城代家老として配置されたが、それを補する次席に藤堂新七郎家5000石も城下に居を構えた。当家は、その藤堂新七郎家の家臣てあった家柄で、津藩主家からは陪臣の位置付となる。 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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長谷園 | 登録有形文化財 (平成27年3月26日登録) 三重県伊賀市丸柱569 建築年代/明治年間 用途区分/窯元 登録範囲/主屋・奥の蔵・蔵・離れ・別荘・大正館・登り窯etc 公開状況/登り窯等は一部公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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岡村家住宅 | 登録有形文化財 (平成23年10月28日登録) 三重県名張市本町336 建築年代/江戸後期 用途区分/商家 登録範囲/主屋 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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木屋正酒造 | 登録有形文化財 (平成25年3月29日登録) 三重県名張市本町314-1 建築年代/明治22年(1889) 用途区分/酒造業 登録範囲/店舗兼主屋 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |
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山中家住宅 | 登録有形文化財 (令和元年9月10日登録) 三重県名張市本町200 建築年代/江戸末期 用途区分/商家 登録範囲/主屋・離れ・北蔵・南蔵 公開状況/非公開 名張市旧市街の中心部に所在しており、初瀬街道に東面して建つ。当初に建物を所有していた角屋源三郎は宿屋を営んでいたという。主屋は切妻屋根の北棟と入母屋屋根の南棟の2棟から構成されており、敷地奥に2階建の離れが建つ。 |
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梅田家住宅 | 登録有形文化財 (平成24年8月13日登録) 三重県名張市上八町1648 建築年代/慶応2年(1866) 用途区分/商家 登録範囲/主屋・表蔵・中蔵・渡廊下 公開状況/非公開 ▼個別解説ページへ(製作中) |