旅は身近な所から
[「日本再発見の旅」を考える#3]
(Usual and familiar travels)

−− 2003.04.30 エルニーニョ深沢(ElNino Fukazawa)
2003.07.20 改訂

 ■はじめに

 これ迄「日本再発見の旅」を考える−第1作、第2作で私の「日本再発見の旅」を語って来ましたが、今回の第3作では私の常日頃からのモットーである「旅は身近な所から」について述べたいと思います。と言っても「旅は身近な所から」については第1作でも或る程度語って居ますので、今回はその実践的方法論についてです。
 私はこれ迄に何度も、何も遠くへ行くばかりが良い旅では無い、お金を使って高級ホテルに泊まるばかりが良い旅では無いですよ、と述べて居ます。ま、そう言うと遠くへ行ったり高級ホテルに泊まるカネが無いからだろう、と言われそうですが、...(>_<)。ま、それを否定はしませんが。
 しかし逆に「灯台元暗し」という諺にも在る様に、私たちは自分が今住んで居る地元のことをどれだけ知っているでしょうか?、又それを他の人にどれだけ説明したり案内したり出来ますか?、この問いを出発点に今回の話を進めて行きたいと思います。

 ■実践その1 − 見栄に克つ

 世間には見栄と言われるものが大いに働いていて、連休に国内旅行に行ったと話すよりも、ハワイに行ったぞと話す方がエライ様な気にさせられます。いやあ、渡る世間はOLや親の見栄だけで無く、子供にも見栄が有るのですね、今時のハワイなんてどうってこと無いのですが。
 こうなると、勢い見栄の張りっこに成って仕舞い更に例の横並び意識も手伝って、初めは連休は家族で田舎にでも帰ってとか思っていたのが、子供が誰某さんはグアムに行くんだってなんて聴き込んで来ると、急遽予定を変更して韓国(=一番近場の外国)へ、なんて破目に成って、行きも帰りもラッシュ並みの混雑で疲れるだけ、という経験された方、皆さんの中にも少なからず居られると思います。
 しかし、子供時代にこういう変な癖を付けて仕舞うとこの子は一生見栄を背負って借金抱えて生きることに成りますので、子供の時の教育は肝心ですよ。
 ということで「旅は身近な所から」の実践その1は見栄に打ち克つことです。先ずは虚心坦懐の心ですね。

 ■実践その2 − 少しの勇気と実行

 良くテレビなどで外国の風景、例えばパリのセーヌ川の河畔を散策する人々やニューヨークのセントラルパークでジョギングする人々が映し出されて、それを見ていたOLが「セーヌは素敵ね、又行きたいワ」とか、別のサラリーマンが「俺も数年前にセントラルパークで昼休みにジョギングしてさ...」とか仰っているのを聞くことが有ります。私は昼飯後のコーヒー飲み乍ら、「ほんなら大阪でも遣ったらええやんか、何で大阪では出来んの?」などと独り言を呟いたりして仕舞います。皆さんは有りませんか?、こういう経験。
 そうです、日本人はこういう点がシャイと言うか地元では遣りませんね、中々。ま、テレビで見たら綺麗に見えますが、大して変わりませんよ、セーヌも大川も。セーヌだって近くで見れば水汚いし。
 そこで私はもう10年位前から天気が好ければチャリンコ(=自転車)に乗って、コンビニでお握りと缶ビール買って(ビール1缶位水でっせ、これは大阪とは無関係)大阪城公園や桜之宮公園や街中の公園などに良く出掛けます。特に桜の季節など最高です(梅や桜の季節の記事は既に掲載してますので、最下行の関連リンクからご覧下さい)。
 セントラルパークの人々だって同じ気持ちでジョギングして居るのですから、日本人はもっと地元で遣るべきです。そうしたら地元の活性化にも成り、逆に外国人が日本へ行ってジョギング遣りたいと思う位にバリバリ遣ったら良いと思いますね。
 そうしたら「水の都」大阪の水や景観をもっと綺麗にしようという意見が屹度出て来て、そういう要望が増えれば当然市でも府でも対策を打ちますよ、これが本当の住民民主主義というものです。利用せず無関心なのは行けません、だからプーのオッサンたちが住み着いて仕舞うのです。
 ということで「旅は身近な所から」の実践その2は少しの勇気を出して実行することです。兎に角「遣ってみなはれ」の心です。

 ■実践その3 − 地元の良さを見付ける

 以上は大阪での昼休みの使い方の例ですが、通勤して居る人は土曜日とかに地元で同じ様に実践してみて下さい。実践その1とその2が実行出来れば、これから言う事は自ずから出来て来ます。ジョギングなり、散歩なり、私の様にサイクリングなり、ピクニックなり、...何でも良いのですが、この実行が或る程度継続すれば、自ずと街の”在り方”に興味が出て来て、愛着が持てる様に成ります。
 幾ら殺伐な都会の街と雖(いえど)も、何も勤労や生産活動一辺倒に作られて居る訳では無い、ということが段々実感出来る様に成るでしょう。殺伐にして居るのは利用者の方なのです。都会にもオアシス的な要素は沢山有ります。そういう施設なり公園なりをもっと利用して下さい。利用すれば自ずと出会いが生じ、自分の仕事場の在る街や、自分の住んで居る町を「再発見」出来るのです。そしてそういう地元に誇りを持つことが出来る筈ですし、地元を知らないことは「勿体無い(もったいない)」こと −最早この言葉は死語に成りつつ在りますが− なのだ、と気付くことでしょう。
 ということで「旅は身近な所から」の実践その3は地元の良さを見付けるということです。何処でも「住めば都」の心ですよ。

 ■結び − 皆でお国自慢、地元自慢

 何処へ行っても100%の理想の地は在り得ないし、又100%何もかも気に食わないということも無いでしょう。恐らくその中間で、一部に満足し一部に不満を抱き乍ら誰も生活して居るのです。その中で地元を見直し愛着を持ち誇りを持つということは可能です、そして気に食わない部分は、それが自分のエゴで無い限り、改善して行けば良いのです。
 以上の「実践その1〜3」を私自身が実行しテリトリーを宣言したのが「ここが「私の庭」だ!」ですので、御一読下さい。この様な「私の庭」と呼べる場所を見出すことは地元を知る為に大切です。

 しかし、どうしても今住んで居る所が好きに成れないという人も居るでしょう、そんな人はどうしたら良いか?−−>もう、引っ越して下さい!!、そして自分に合った町を見付けて下さい (>o<)。

 さて引っ越す人は別にして、自分の住んで居る町や村を見直し、地元の良さを少しでも実感し体験して、皆でお国自慢地元自慢が出来たら最高です。「旅は身近な所から」の最終目標はこれです。以上の様な観点から「旅は身近な所から」を実践し、地に足が着いた旅の記事をこれからもお届けして行きたいと思って居ますので、乞う御期待!

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φ−− 完 −−ψ

●関連リンク
補完ページ(Complementary):「私の庭」の宣言▼
ここが「私の庭」だ!(Here is the territory of Me !)
補完ページ(Complementary):その後政府が地方の良さ見直しを発表▼
日本の観光立国行動計画とは(The VISIT JAPAN program)
梅や桜の話▼
2003年・大阪城の梅便り
(Japanese apricot blossoms of Osaka castle, 2003)

日本全国花見酒(Cherry blossoms and banquet in Japan)
身近な場所に「私の庭」を見出した実際例▼
私の淀川(My Yodo-river, Osaka)


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