小川洋子『アンネ・フランクの記憶』はよい本だった。でも、いま、『アンネの日記』を読み返そうという気にはならない。
私には、別の、読み通さなければならない日記がある。
それは出版されたものではない手書きのままの日記。書き手は19歳の誕生日の直前に亡くなった、女性と呼ぶにはまだ若く、少女と呼ぶほど幼くはなく、大人への階段を上っていた人。日記は、中学三年生の冬に始まっている。
大学ノートで13冊。小さくて四角い文字でびっしりページいっぱいに書き込まれている。
この日記は3年前に亡くなった父から預かった。手に入れてすぐ読んだ。そのときは激しく感情が揺さぶられて読み進めることは辛かったが、ともかく最初から最後まで読んだ。
一度目に読んだときの衝撃があまりにも大きくて、今、もう一度読み返す気になれない。
アンネの日記は最初からいつか公開するつもりで書かれた。だから下書きと推敲を重ねた清書版がある。
手元にある日記は公開されることを想定していない、むしろ誰にも読まれないことを願いながら書かれた。
でも、この日記をこのままにしておいてはいけないとも思っている。
もう一度、読まなければならない、真剣に向き合って。
私の残りの半生はそこに費やされるかもしれない。
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さくいん:自死・自死遺族