書店に平積みしてある本に、つい手を伸ばしてしまう。専門書のコーナーで物色していたら珍しく高校生向けの副教材が平積みしてあったから、いつもの癖で開いてみて感激し、即座に買い求めた。フォトサイエンス化学図録 という本。発行元は「チャート式」で有名な数研出版だ。私も高校時代、化学と物理はチャート式シリーズを愛用していた。
何に感激したかというと、第一に価格。巻末資料と索引以外、表紙見返しに至るまですべて鮮明なカラー印刷なのに、840円。さすが高校生向け。発行部数が多ければこんな価格で出せるのか。
掲載されている写真は2000点以上。大半は実験や物質の写真。私は中学・高校時代、あまり化学の実験ができなかったという記憶が残っている。学校に体制がなかったのか予算がなかったのか・・・。あるいは、あの程度が普通の中学・高校並みだったのかもしれない。とにかく、見ることができずに卒業してしまったいろいろな実験があるという残念さが尾を引いていた。それらをまとめて見せてもらえた気がしてうれしかった。
高校ではまずやらないのではと思われる実験、化学系に進んだ私でも見たことがない物質の写真も多い。たとえば、メタンとエチレンとアセチレンがそれぞれ燃焼する時の炎の姿の違い。デンプン溶液入りのヨウ素酸イオン溶液に濃度の異なる亜硫酸水素イオンを加えると濃いものから順に色が変化していく「時計反応」、金属樹の写真は銀樹・銅樹・鉛樹・スズ樹と4種類も。
単体のカルシウムというのも初めて見た。カルシウムは身近な試薬と思ってきたが、考えてみれば、見たことがあるのは真っ白な塩ばかりだった。歯や骨も白いから、「カルシウム=白いもの」という先入観を知らず知らず持っていた。単体を見て、カルシウムも金属だと納得した。
珍しいものばかりでなく、ありふれたものの写真も多い。モルの概念を理解できるよう、水と活性炭と食塩と鉄くぎと1円玉(アルミニウム)と酸素(赤い風船)を各1モルずつ並べた写真がある。まさに手取り足取りという感じ。
それから、身近な商品がよく登場している。酸性溶液の例として「ミツカン酢」、塩基性溶液の例として「キンカン」。「マジックリン」や「キリンレモン」のpH値。サリチル酸メチル含有の医薬品として「サロンパス」「トクホン」など。教科書にはあからさまな商品名は出しにくいだろうが、副教材ならではの自由さがうかがえる。商品と結びついてこそ、化学はぐっと親しさが増す。
おやっと思う豆知識も豊富。衣類の防虫剤を混ぜるといけないというのは常識だが、なぜなのかは知らなかった。ナフタレンとパラジクロルベンゼンを混合すると、凝固点降下が起こって常温でも液体になり、衣類に付着してしみになるおそれがあるそうだ。なるほど。それから、習字の墨や墨汁に「にかわ」が使われていることは知っていたが、それが「保護コロイド」の利用であることは初めて気が付いた。
初版は平成10年で、以後改訂を繰り返しているらしい。私が高校生の頃にこんな本が手に入っていれば・・・と思う。大学の化学の講義でも教材として利用されているようだ。(検索で見つけた例:茨城大学理学部、北見工業大学、玉川大学)
840円でこれだけ楽しませてもらって文句は言えないが、ちょっと気になった点。私は書店でこの本を見つけたので、最初はてっきり参考書と思った。つまり、向学心のある高校生が自分から買い求める本だと思っていた。でも、冒頭でリンクした本の紹介ページには「店頭販売していません 学校採用専用書籍です」とある。つまり、生徒が買う本でなく先生が買わせる本らしい。これには若干危惧を感じる。化学の教育現場で、実験を減らす代償に使われているのではないかと想像が働いてしまう。
それから、もう一つは私の趣味に過ぎないが、ケクレの猿 の絵が掲載されていないのは残念だ。私が使った高校化学の教科書にはこの絵が掲載されていて、十代なりに化学者のひらめきと分子の美しさに思いをはせた。カラーの鮮明な写真ばかりでなく、白黒のラフなスケッチから想像が広がることもある。
この本には、各ページ下の余白にQ&Aが書かれている。「果汁100%ジュースなどにある濃縮還元とは、酸化還元反応と関係がありますか?」「炭素原子間で四重結合はしないのですか?」といった斬新な発想の質問がある。生徒から実際に出た質問かもしれない。その中から、面白いと思ったもの5問を引用します。考えてみてください。
なお、「学校採用専用書籍」にもかかわらず、私は店頭で見つけたし、通販でも買えます。(bk1、アマゾン)
東京の尾崎さんから情報提供をいただきました。現在、アマゾンで検索すると数研出版の「化学図録」は4件ヒットし、すべてISBN番号が違います。私が購入したものと一致しているのは、「4410273825」の版です。一方、冒頭にリンクした数研出版ホームページで紹介されているのは「4410273124」の版です。一見したところ表紙は同じものですが、よく較べると副題が違っていて、私のは「視覚でとらえるフォトサイエンス」、数研出版ホームページのものは単に「フォトサイエンス」です。
おそらく、学校採用専用書籍の版と、一般にも流通させる版とがあるのでしょう。数研出版ホームページに掲載されているほうの版は、アマゾンでは古書としての扱いのみです。尾崎さん、どうもありがとうございました。
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