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分析化学/化学分析を延々と語る 22 (2004/8/22)
電気クロマトグラフィーって何だ?

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 一口に分析屋と言っても所属業界は様々だから、自分の守備範囲と縁がない分析法にはうとくなってしまう。それは仕方ないと割り切りつつ、 Journal of Chromatography A の Volume 1044, Issues 1-2 (7/30付け刊行)の特集「Electrochromatography」には少し焦った。電気クロマトグラフィー?なんだっけ?聞いたことはあるような気が・・・クロマト+電気と言えば、「電気化学検出器」と「イオンクロマトグラフィー」は思い浮かばなければ恥ずかしい。でも、「電気クロマトグラフィー」って、英単語があって特集号が出るほどメジャーなものなのか?
・・・というレベルの人には、私が自分のために作ったこのメモも少しは参考になると思う。既にこの分析法のあらましを知っている人には、以下は読む価値がない。

どんな原理か

 手持ちの本を繰ってみたら、「電気クロマトグラフィー」に関する解説は何回か読んだことがあると気づいた。扱いが小さいために、記憶に残っていなかったのだ。ひとことで表現すれば「液体クロマトグラフィーとキャピラリー電気泳動(CE)のあいのこ」と言えそうだ。「分析化学便覧」のCEに関する概説に、ちょっぴりだけ説明が書かれている。「液クロ龍の巻」の中にも、1ページだけ解説がある。

 キャピラリー電気泳動に関するメモ で書いたとおり、CEでは電気浸透流(EOF)を利用して物質を移動させる。EOFは、HPLCのような外部ポンプによって作られる流れよりも、一様で溶質ゾーンの拡散を起こしにくい。だから、CEで使うキャピラリーには、GCのキャピラリーカラムのような液相もなければ、HPLCカラムのような固定相もない。内面未処理のフューズドシリカキャピラリーでありながら、HPLCに匹敵する分離が得られる。(分離原理は電荷とイオン半径の違い。)それなら「未処理キャピラリー」でなくHPLCのようなカラムを使えば、もっと分離がよくなるのではないか?という誰でも考えそうなことを形にしたのが電気クロマトグラフィーだ。

 いったいいつ頃からあったのだろう? PubMed で検索すると、electrochromatographyの語を含む論文は700近くあり、最も古いものは1956年の刊行だ。この当時のelectrochromatographyと現在のelectrochromatographyが同じものなのかどうかは私にはわからないが。

どんな特徴があるか

 日本分析化学会「分析化学便覧 第5版」の「7.4.3d 電気泳動」(執筆担当 寺部茂)では、CEを分離原理によって6とおりに分類し、6番目として「キャピラリーエレクトロクロマトグラフィー(CEC)」が挙げられている。扱われ方は他のモードよりかなり小さく、詳しいことは書かれていない。

 「液クロ虎の巻」シリーズ の中では「液クロ龍の巻」で電気クロマトグラフィーについて設問1つが設けられている。ここには原理とともに長所・短所がまとめられている。引用すると

長所
(1) 試料の濃縮が可能:イオン性の試料をカラム先端に電場を設けることにより、保留。複数回の注入により、カラム先端に試料を濃縮できます。
(2) 高分離:電気浸透流は圧力送液の液体の流れより一様であるので、ピークの広がりを抑えられ、高理論段数の分析が可能です。また、カラムの圧力損失がないため、充填剤の径を小さくすることができ、さらに高い分離能を得ることができます。
(3) 少ない溶媒使用量:キャピラリーカラムの使用により、分離に必要な溶媒の使用量が極端に節約できます。

短所
(1) 安定した高圧電源が必要:数kVの安定した電源が必要になります。また、電圧がカラムの出口にかかるので、注意が必要です。
(2) 気泡抜けが悪い:一度発生した気泡を流路から取り出すのが非常に困難です。津田らは、通常のLCポンプと組み合わせることにより、気泡を追い出すことに成功しています。
(3) 非イオン性物質の分離:ECはイオン性物質のみが、移動対象物です。したがって、中性物質は分離することができません。しかし、分離溶液にイオン性物質を添加することにより、中性物質を擬似的にイオン性物質とし、分離することが可能になります。
(4) カラムサイズが制限:一定の電気浸透流が必要であるために、カラム内径はキャピラリーカラムに制限されます。そのために注入、検出に問題が生じます。ひいては注入量に制除(津村注:「制限」の誤植?)を受けます。

特集が組まれた背景

 ところで、今の時期にJournal of Chromatography A がこの分析手法で特集を組んだのは何故なのだろう?Frantisek Svec筆の巻頭言によれば「Pretoriusによる伝説的な論文 "Electroosmosis --- A new concept for high-speed liquid chromatography" が本誌に掲載された1974年から数えて今年が30周年に当たるから」とのこと。また、電気クロマトグラフィーは、下記のとおりCEの中でも近年急速に研究が進んでいるようだ。

 電気クロマトグラフィー全般、特にキャピラリーモードにおけるブームの始まりは、1990年代半ばに遡る。この新しい手法は全世界的に、この分野で研究する多数のグループを魅了した。「ゴールドラッシュ」は2000年にピークを迎え、この年、ケミカルアブストラクトにはキャピラリー電気クロマトグラフィーに関する337エントリーが見つかる。この10年、刊行論文の総数は若干減って年間250前後で安定しつつある。この刊行数は無視できないものであり、これがJournal of Chromatography A の特集を組んだもう一つの理由である。

電気クロマトグラフィーの今後

 巻頭言には「カラムテクノロジー」こそがCECの未来の鍵になると書かれている。収録論文も、モノリスやゾルゲル固定相など、カラムに関するものが多い。また、応用が進んでいる分野は、やはりバイオのようだ。「CECはタンパクとペプチドの分離において新しい地平を開きつつあり、現在芽を出しつつあるプロテオミクス研究に求められるツールとなりつつある。」

 分析手法は、各時代において研究の盛んな分野で検討されて発達し、その後にルーチン分析の現場にも広まってくる。電気クロマトグラフィーは、将来、環境や食品や公衆衛生の分析現場にもやって来るのだろうか。それとも縁がないままだろうか。新しい分析手法を目にするたび、私はこんな風に考える。


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管理者:津村ゆかり yukari.tsumura@nifty.com