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分析化学/化学分析を延々と語る 20 (2004/7/4)
何が好きな13歳ならこの仕事に向くか

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 村上龍「13歳のハローワーク」がよく売れているらしい。発行は昨年11月だが、ずっと好調なようで、書店に平積みしてある。私も買ってみた。(この本を見かけたことがないかたは・・・bk1amazon

 帯にこう書いてある。

<いい学校を出て、いい会社に入れば安心>という時代は終わりました。
好きで好きでしょうがないことを職業として考えてみませんか?

 13歳、つまりティーンエイジの入り口くらいの子に向けて、「自分は何が好きか?」を手がかりに探せるよう、514種の職業が紹介されている。「花や植物が好き」「音楽が好き」「スポーツをするのが好き」「旅行が好き」「心のことを考えるのが好き」「人の役に立つのが好き」などなど、多彩な「好き」が集められている。村上氏自身によるコラムが読み応えたっぷりで、13歳というより大人が読んでうなりそうな文章が多い。

化学分析という仕事

 私の関心は、自分の職種はこの本に紹介されているか?何が好きなら自分の職種に向くのか?ということだった。ところが案の定、化学分析という仕事は職種として紹介されていない。就業人口はかなり多いはずなのに。

 関係ありそうなのは、「人体・遺伝が好き」の章で「薬剤師」が紹介されており、「国や都道府県の職員として、産業廃棄物処理施設などの事業の許認可や土壌・水質検査、薬品検査、有害・有毒物質の検査などを行う人もいる」と書かれている。「人体・遺伝が好き」だからといって化学分析に向くのだろうか・・・?。

 分析の仕事へのインセンティブとして、「分析そのものが好き」の他に「この分析対象が好き」というのがある。食の安全、環境問題、薬物動態などなどに関心があって、その周辺の仕事をしたいから分析を担当する。そういう人も多いだろう。

 しかし、分析というのは方法に過ぎず、各分野のメインになることはあり得ない。所属組織の規模や方針にもよるが、大きな仕事をするところほど、分析担当者は研究やプロジェクトや業務の核心から遠いところに置かれ、単に分析値を出し続けるだけの立場になりやすい。アウトソーシングされた分析だけを手がける機関も多い。好きで分析屋になる人ばかりではないことは、分析屋は口が固い でも書いた。

 「環境問題」や「薬物動態」に興味があってその方面に進んだとして、現実にはアセスメントや実験計画には参加できずに分析ばかりやることになって面白くない・・・というパターンは多そうな気がする。まあ、この場合は、「自分の興味のある分野に関連する仕事ができる」ことに喜びを見つけることだろうか。分析対象への愛着があって勉強熱心なほど、質の高い分析ができるに違いない。

 また、私自身がそうだが、リタイアまで同じ対象物を分析し続ける分析屋ばかりではない。いろいろな事情で、まるで違うものを分析するようになる場合もある。

何が好きならこの仕事に向く?

 分析対象でなく分析そのものが好きな分析屋は、13歳の頃には何が好きだったろうか?

 あれこれ考えた末に思いついたのがこれ。

 問題を解くのが好きな13歳は分析屋に向いている。これは、クイズの答えを考えるのが好き、数学の難問に挑戦するのが好き、謎解きがテーマの物語が好き、ということ。

 プロジェクトまたは現場から遠いところに置かれた分析屋にも、クライアントの要望は知らされる。何を分析してほしいのか、どの程度の感度と精度が必要か、コストはどこまで許容できるか・・・。また、分析屋は、クライアントが気づかない色々な問題に気づくこともできる。(気づけなければ値打ちがない。)試料採取・運搬・保管中に対象物質が変化してしまう可能性、同時に分析することで有用な情報が得られる別物質の存在、ベストなデータを得やすい試料採取のタイミングなどなど。

 確立された手順書に沿ってルーチンをこなしていくだけ、という分析屋にも、試薬ストックを作るタイミング、機器の配置、ちょっとしたミスを防ぐ掲示物など、日常の業務を向上させるという課題と工夫の余地は常に存在する。

 決められた課題があって、その枠組みの中で最良の方法を考えるのが、分析屋の仕事の本質だと思う。自分から未知のものを探求していきたい、創造していきたい、という志向とはちょっと違う。(そういう人にとって、分析は方法としての意味しかないと思う。ただし、新しい原理の分析法を開発する仕事はこの範疇。)

 私自身について言えば、まさに問題待望型の性格だ。自分から新しい発見をしようとは思わない。問題を与えられて、「探せば必ず最良な答えが見つかる」あるいは「現時点での最良さえ見つければ、よしとされる」状況下で考えるのが好き。受験勉強などは、とことん性に合っていた。私のblogもまったく同じ発想でやっている。「サラリーマン専門家が、できるだけ心理的負担を感じずに専門分野について語るには?」というテーマだけを、しつこく追究している。

「・・・が好きな13歳は・・・に向いている」は無数にある

 私が考え付いた説に同意しない人もいるだろう。同意できるとしても、他にも「これが好きなら分析屋に向く」のパターンは色々あるはずだ。ここを読んでいる分析屋のみなさんは、どう考えるだろうか。他職種でも、それぞれに面白いアプローチが無数にあると思う。ちょっと想像力を働かせたら、「自分は今の仕事が好きでない」と感じている人にとっても、思わぬ発見があるかもしれない。

 この記事は、はじめて本館と blog版 への同時ポストで書いてみました。分析業界のかたも他業界のかたも、コメント、トラックバックを こちら へお寄せください。


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管理者:津村ゆかり yukari.tsumura@nifty.com