私は、国立衛研を離れて以後に自分が何を分析しているか、ネット上でいっさい明らかにしていない。明らかにしたら差し支える事情があるからだ。でも最近、分析化学のページで分析対象を述べずに書いていく難しさを感じ始めた。そこで最小限のことだけ書いておくことにした。
何を分析しているか言うだけでも差し支えるというのは、かなり珍しい立場だろう。普通は、大まかなくくり、たとえば環境、食品、医薬品、生活用品、労働衛生、医療関係・・・くらいまでは述べられるものだ。私が分析しているものは、以上挙げたどれにも該当しない。では、産業関係か。「こういう製品中のこのような不純物を分析している」などと書けば、企業秘密に関わるかもしれないし、特殊な製品の場合は、会社名までわかってしまうかもしれない。でも、私が分析しているのは、そういう類のものでもない。
私の分析対象が特異なのは、情報管理に非常に気を使う物質であるという点。ネット上でこれに関する情報を不用意に増やすだけでも問題が起こる可能性がある。
こういう特殊な分析対象だから、この分野の専門家は多くない。全国で100人よりは多いだろうが、たぶん200人よりは少ない。だから、分析対象と地域がわかるだけで、所属先まで限定されてしまう。
物質としては、一群の有機化合物。分子量はだいたい300くらいまで。2級・3級のアミンが多い。1級・4級のアミンはあまり扱わない。(でも、1級ですごく重要なのもある。)窒素を含まないものもある。塩として純度の高い結晶になっている場合もあるし、複雑な試料マトリックス中の微量成分である場合もある。だから、融点を測定するし、赤外分光分析をするし、GC-MSやLC-MSも使う。生物の組織を拡大して観察する場合もあり、顕微鏡も使う。と言ってもバイオとは関係ない。
もの自体を同定するだけでなく、「あのもの」と「このもの」が同じかどうかを調べなければならない場合がある。微量に含まれている不純物のパターンから推定したりする。こういう目的のために有機合成やクラスター解析の知識が必要になる。生物どうしの同一性を問題にする場合もあり、将来的にはDNA解析が使われる見込み。
精密分析以外に、「素人にも目で見てわかる分析」が求められる。だから、呈色試験を何種類もやっているし、改良を続けている。いったいどんな「素人」に見せるのか。教育が目的というわけではない。
GLPやISOのような信頼性保証体系が導入される目処が立っていないという特徴も大きい。目処が立たないのは、かなり特殊な事情がからむ分野だから。
何やらわけがわからないでしょうが、この程度しか書けません。私は所属先を秘匿しているわけではないので、日本分析化学会または日本薬学会の会誌の人事消息欄、あるいは、残留農薬分析に関する本で去年出版されたあれあたりを丹念に読んでいる方には、事情をわかってもらえるだろう。
一つ言っておきたいのは、私がいま分析しているものは、たいへん魅力にあふれているということ。本当は、この一年余に勉強してきたことを書きたくてしょうがない。分析屋にとって、すべての分析対象は面白いものだ。でも、私がやっているものは、現代社会の大きな問題と複雑にからみ合っており、歴史的に幾多の物語があり、一回一回の分析にもドラマがある。格別に奥深い。こんな分析対象にめぐり合えて、ラッキーだったと思っている。
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