前回の記事 クロマトグラフィー101年 で、京都のHPLCカラムメーカー インタクト株式会社 のサイト内のツウェットに関する解説ページを紹介した。インタクト社は、1999年4月から活動を開始したベンチャー企業だそうだ。
その後、この会社のサイトには、なんと隠しページがあって、そこにはカラムの開発者自身によるコラムが連載されていることを知った。隠しページといっても、ちゃんと検索でヒットする公開されたページだ。インタクト社のトップページの左上に描かれたロゴマークをクリックすると、このページへ行ける。個人サイトでは隠しページは珍しくないが、企業が隠しページを作るとは驚いた。私のサイトからリンクすることをお許しいただいて、紹介記事を書くことにした。
このページは カラムのコラム (Columns for Columns) という洒落のきいたタイトルで、2000年5月30日から始まっている。執筆者は矢澤到さん。(前回紹介したツウェットに関する解説も矢澤さん個人の文責で書かれている。)この会社の組織概要などは掲載されていないし、矢澤さんがどういう立場なのかわからないが、おそらく会社の経営者(の一人)なのだろう。HPLCカラムとつきあって約20年、島津製作所に勤務していたこともおありのようだ。
更新頻度は月1回から半年に1回で、丁寧に書き溜められている。内容は、HPLCカラムにまつわるちょっとした知識や疑問や答えなど。開発者のコラムだけあって、それはもう、HPLCカラムへの愛情にあふれた文章群である。
私が一番いいなと思った記事は、純度99.999%シリカはほんとうでしょうか? だ。 2002年の記事で、今もそうなのかどうかわからないが、いつくかのODSカラムメーカーのカタログには「純度99.999%のシリカ基材を使用しています」という表記がされていて、これが本当なのかどうか考察したもの。
私自身はシリカの純度が問題になるようなHPLC分析をしたことがないので、そんな宣伝文句があることを意識したこともなかった。そういえば見たことがあるような気がするという程度だが、矢澤さんの科学的な考察に、なるほどと思った。論文を書くときにはカタログからの引用なんかしないから、「99.999%」をそのまま実験条件として記載したユーザーはいないだろうが、こういうことにも疑問を持ってみる姿勢が日頃から大切なんだろうなと思った。
もう一つ、ODSカラムの標準化は可能でしょうか? も、ユーザーの知りたいところを突いている。そうだ。どの会社のカラムを使っても同じ分離ができるようにしてほしい。それはもう、HPLCのユーザーなら誰でも考えていることだろう。
しかし、内容は期待に反して、標準化がいかに難しいかの説明に終始しており、結びは「カラムの作り手には繊細な職人技が要求されますが,使い手にも同様に,カラムを使い分けるプロフェッショナルなマインドが求められているように思います。」とユーザーに注文を付けている。まあ、読んでみてください。こういう本音トークは、大きな会社のサイトや宣伝誌では絶対にお目にかかれない。
考えてみれば、私たちユーザーは自画自賛の製品情報には慣れっこになってしまっていて、必ずいくぶんか(あるいは大幅に)割り引いて企業からの情報を読むようにしている。結局、一番信用しているのは、他のユーザーからの口コミ情報である。メーカー側から個人の立場で情報発信する人が出てきてくれるのは、たいへんうれしい。
LC/MS?それとも LC-MS? は、私も以前から疑問に思っていたことだ。矢澤さんは、「学術的に,装置の連結技術を "Hyphenated Techniques"という以上,LCとMSを連結する場合,"LC-MS" というHyphen (-) を使用する表記が妥当ではないかと考えるわけです」と結論づけておられる。言われてみればそうだ。"Hyphenated Techniques" の語にはなじんできたが、それをLC/MSかLC-MSかの選択に結び付けて考えてみたことはなかった。
シリカの多孔性という性質については特に繰り返し念入りに語られているが、シリカと畳の関係 -- 多孔性について -- は、畳を始めとした身近な材料を例にとりながら解説したもので、あらためてシリカという材料の不思議さを感じた。
それから面白いのは 温泉とシリカ や 山本直純さんと日本の作曲家のこと だ。温泉とか作曲家とか、HPLCカラムとは関係なさそうな話題から始まって、本当にほとんど関係ない話が続き、最後だけ「かなりこじつけにはなりますが」などと断りながらHPLCカラムにつながる。こういうオチのある文章というのは、極めれば一つの芸風になるかもしれない。いずれにしても、HPLCカラムへの強い愛着を感じる。
製造者としての責任に言及された文章には頼もしさを感じる。以下、2例を引用。
カラムと生物(その2) より
カラムの製造管理はほんとうに難しいものです。 「同じように作っているのに,微妙に違う」現象を目のあたりにするにつけ,カラムがまるで「生き物」のように当事者としては感じられるのです。良い製品を安定して作るための奮闘の日々が続きます。
カラムと生物(その1) より
ところで,カラムメーカーが他の業界と異なることがひとつあります。それは,いったん仕様を確定したカラムはニーズがある限り同じ品質の製品を何十年も提供し続けなければならないことです。家電業界やPC業界,自動車業界のように,新製品を毎年のように発売してモデルチェンジを繰り返す,というわけにはいきません。事実,20年前に一世を風靡した,今となっては時代遅れの製品でも,それでなければ分析ができないというユーザーに何人も出会います。カラムメーカーの隆盛とは無関係に,同じ品質のカラムをいつまでも使い続けたいというカラムユーザーのニーズを,弊社も真摯に受け止めなければならないと,常々考えています。
このままずっと隠しページで行くのか、それとも将来は会社の看板ページになるのか、どちらだろう。知名度が抜群に高い隠しページというのが、一番面白い気がする。今後、どのように展開するかが楽しみだ。
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