最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

ベルギー、テルビューレン公園

8/5/2017/SAT

思い出のマーニー(When Marnie Was There, Joan G. Robinson, 1967)、松野正子訳、岩波書店、2014

特別感動したわけではないけれど、テレビで見てからこの作品がまだ気になっていた。

いつもの図書館へ行くと入口近くの「おすすめ」の棚に新装版が飾られていた。迷わず借りてきた。

2014年に発行された特装版。映画の公開に合わせて作られたものだろう。

筋書きがわかっているので、結末と解説を読んだ。『名作後ろ読み』の実践。

解説は「『思い出のマーニー』を読む」と題して臨床心理学者の河合隼雄が書いている。この解説が面白い。


この作品の中核は、アンナがマーニーとめぐりあう真ん中の幻想世界にある。初めと終わりにある現実世界は物語の構成上、必要だったものとはいえ、幻想世界を現実世界で締めくくる興ざめする構成になっていると河合は指摘する。この点は訳者も気づいていて、最初がとっつきにくくても読みすすめてほしいと促している。

映画が美しい映像の幻想世界と不釣り合いに見える現実世界で構成されているのは、原作の構成を踏襲したからだった。

現実世界の話がないと物語が終わらない。終盤の現実世界は説明が多く、やはり読みにくい。ただし、読書は映画とは違って自分の速さで読めるので、幻想世界の余韻を感じながらゆっくり読めば違和感は少ない。


河合は、この作品が心を閉ざした少女が日常から離れ、自然と人のあいだで治癒される物語とみる。極論すれば、マーニーがいなくても物語は成り立つとも言う。臨床心理学の専門家から見ても、この物語の展開と結末には何の違和感もない。むしろ、転地療法のお手本を描いているとまで言う。

ここでも、「実学としての文学」を見ることができる。医学の専門家でない人が人間をつぶさに観察し、細やかに表現することで専門家も唸らせるようなケース・スタディを書いている。


この物語は「秘密」をめぐる物語でもある。結末では養母であるミセス・リンゼーがアンナとマーニーの関係について秘密を打ち明ける。

アンナはもっと早く知りたかったという。「もっと早くに知りたかった」と言えることは秘密を知る心の準備ができた、機が熟したとも言える、という河合の考えが興味深い。

秘密はそれを打ち明けるのにふさわしい「とき」があるのだ。

アンナは「マーニーと出会った」という秘密を手にした。いつ、誰に話すか、その「とき」はアンナ自身が選ぶもの。

原作は、秘密を持ったアンナの喜びで終わる。他の部分を読んでいなくても、映画を見た人が結末を読んだら、この作品に違う印象を持つだろう。原作の余韻は映画よりもずっと長い。

自分が空想した結末と当たらずとも遠からず。つまり、この物語の主題は「忘却」と「記憶」。アンナの記憶に蓋をして、大切な思い出を日常に流出させないようにしていたのは絵葉書の記憶だった。

読み違えてはいなかったので、うれしい。


写真は2006年の春に旅したベルギー。テルビューレン公園。