ルバイヤート (Rubā`iyāt)、オマル・ハイヤーム (Omar Khayyám)、小川亮作訳、岩波文庫、1949

書物の運命、池内恵、読書のすすめ 特別版、岩網文庫編集部編、岩波書店、2003


『ルバイヤート』の書名も、オマル・ハイヤームの名前も知っていた。たぶん大学受験のために覚えたのだろう。四行詩からなる詩集で著者はペルシャ人、という断片的な要素はぼんやり覚えていたものの、が書いたどんな本かはまったく知らなかった。薄くて読みやすい訳が岩波文庫にあることも知らなかった。

教えてくれたのは、イスラム思想研究者の池内恵。読者投票で岩波文庫百選を行った記念の無料冊子に「書物の運命」と題された文章がのっていた。この文章自体がすでに『ルバイヤート』の新しい解説になっている。読みやすいうえに、情報が豊富、それでいて考えさせる余地を残す、実に味わい深い文章。


とりあげられているのは『ルバイヤート』一冊。内容は古典の文庫百選という趣旨に沿っている。それだけでなく、イスラーム世界から百選に入った作品が『ルバイヤート』だけであることを明記し、今回の投票や、そもそも岩波文庫の品揃えが西欧文化に偏っていることをさりげなく責める。その上で岩波文庫には井筒俊彦の訳による『コーラン』があることまでを知らせることで、岩波文庫を通じてイスラーム文化へ招く。

よく書けた書評を読むと紹介された本が読みたくなる。早速、手に入れ読んでみた。一つの書評から、これから先、ずっと読み返すような本に出会えるとは、幸せな引き合わせ


酒が好きでよく飲む。度を越して飲んでしまうこともある。酒はうまい、酒はこわい。それでも酒に惹かれるのはなぜだろう。『ルバイヤート』にも酒がしばしば登場する。酒を称えた詩を読んでいると、当然、酒が飲みたくなる。

もっとも、酒はただアルコールを示しているのでなく、「現世の美しいもの、楽しいもの」を象徴していると、解説で小川は書いている。しかも、酒を通じて美を称えるのは、単純な現世肯定ではない。激しい現世否定、自己否定の裏返しであるともいう。

だからして彼の享楽主義は、単なる官能の満足のための享楽ではなくて、ひとたび深刻な否定精神を潜り抜けた哲学的人間性の立場であり、それ自身大きなペシミズムであったと見られる。

『ルバイヤート』は、本編も魅力的なことに、加えて解説が素晴らしい。50年以上前に学者が書いた文章とは思えないほど、現在でも読みやすく含蓄がある。解説を読んでから本編を読みなおすと、『ルバイヤート』が、なぜ読み継がれる詩集であるのかがわかる。そしてもう一度、解説を読みなおすと、この文庫本が読み継がれている理由がわかる。一息にハイヤームの凄さをまとめる。

要するにオマル・ハイヤームはイスラム文化史上ユニークな地位を占める唯物主義哲学者であり、無神論的反逆をイスラム教に向け、烈々たる批判的精神によって固陋な宗教的束縛から人間性を解放し、あらゆる人間的な悩みを哲学的ペシミズムの純粋さにまで濾過し、感情と理性、詩と哲学との渾成になる独自の美の境地を開発したヒューマニスト思想家であった。
   強い個性、深い思想、広い視野、鋭い批判的精神、透徹した論理、高い調べ、平明な言葉、流麗な文体、直截適切な比喩的表現――これらがハイヤームの詩の特徴である。

小川が、ハイヤームの詩について述べていることは、彼自身の文章についても言える。そして、それを紹介してくれた池内の文章についても当てはまる。詩、評論、書評、どんな分野についてもあてはまる言語表現の一つの理想といってもいい。


『ルバイヤート』の本編について、いまは書くことはない。詩については、いつも、読んでどんなに感心しても、何か書き足すことはほとんどできない。これまでこういう詩には出会ったことがなかったような気がする。ふだんは酒を飲みながら本を読むことはない。そうしたくなるのは、読み進めるのが苦しくなるような本の場合。復讐のハード・ボイルド小説とか、暴力的な暗黒小説とか。

『ルバイヤート』を読みはじめると酒を飲みたくなる。苦しい読書から逃れるための酒でなく、読書を楽しくする酒。詩が、酒をうまくする。詩が、生きていることも楽しくする。


出張先のホテルのバー。カウンターの隅で、勧められたたモルト・ウィスキーをなめながら読む。私は贅沢者。それでもいい。それでいい。心からそう思わせてくれる。一人でこんな風に穏やかな気持ちで酒を飲むのは久しぶり。

オマル・ハイヤームの四行詩は、イランでは高度な教育を受けていない人でも知っているほど大衆的なものと小川はいう。今でもそうなのだろうか (後日、本社にいるイラン人に聞いたところ、誰でも知っている、という返答だった)。日本語でいうと何だろう。「いろはかるた」のようなものだろうか。

アラビア語でなくペルシア語で書かれ、禁酒の厳しいイスラーム世界にあって酒を讃える『ルバイヤート』は、イランではともかく、イスラーム世界全体では異端扱いされてきた。それでも紆余曲折があって英語圏で紹介され、日本語でも紹介されるようになった。小川も池内も、この詩集が辿ってきた不思議な来歴を詳しく紹介している。

忘れそうになっていたことを思い出す。そして気づいたとき、ずっと忘れられないものになる。それは、『ルバイヤート』を貫く主題の一つでもあるし、私のなかでの『ルバイヤート』の存在もそうなりつつある。


碧岡烏兎