烏兎の庭 第一部
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3.18.03

入江泰吉 日本の写真家 10、飯沢耕太郎・石井亜矢子編、岩波書店、1997

新木恒彦写真集 ベルギー・ブルージュ心の旅、新木恒彦(写真)、遊人工房、2000


『入江泰吉』は、奈良の古寺を撮り続けた写真家の初期の白黒写真を集めた作品集。手元にはカラー版『大和路百景』(集英社、1981)がある。13歳の誕生日に買ってもらったもの。このまま占領が続けば、もう奈良の写真は撮れなくなるという思いから、敗戦後、写真を撮りはじめたという回想が書かれていた。奈良へは、小学生から高校生にかけて、何度も訪れている。

明日香、室生、二月堂、興福寺仏頭。きれいな写真を見ると、自分が見た風景もそんなだったような気がしてくるから不思議。必ずしも同じような位置、天候のもとで見たわけではないはずなのに、写真のほうを繰り返してみているから、だんだん記憶が写真と混ざり、かえって鮮やかになってくる。

ブルージュの場合は正反対。ブルージュの印象は、古藤秀二『こんにちはヨーロッパ!』(アシーネ、1988)の写真に、行く前から決定づけられていた。行ってみると、写真のとおりの風景なのでびっくりした。


これまでの体験からいうと、ヨーロッパ北部の古都では、写真集や絵葉書のとおりの風景に出会うことがある。これに対して奈良や京都では、写真を見て抱いていたイメージが実物で壊されることが少なくない。

これは日本では古都のすみずみまでが現代的な意匠に汚染されていることだけでなく、ヨーロッパでは同じ季節のなかでは、比較的気候が安定していることも影響しているに違いない。つまり、ブルージュなどでは天気がいいと、光線の具合も含めて、ほとんど誰でも絵葉書のような写真が撮れる。だからこそ、写真家としての技量が試されるのだろう。


入江泰吉のような写真はまず撮れない。見たことのある風景に、ありそうだが、見たことのない陽射しが雲の切れ間や木々の間から降り注いでいる。二上山に大津皇子の悔恨を写し撮るために、何日も通った逸話はよく知られている。入江の写真には、技術だけでなく、彼が撮りたかった、あるいは入れたかった思いが強く感じられる。

そのことは、小林秀雄「入江さんの大和路」(『全集 第十四巻』)に「心の眼」という言葉で表わされていた。飯沢耕太郎による序文「永遠なる心象風景」によれば、そもそも、まだ敗戦間もない頃、奈良に腰をすえていた入江が全国的に知られるには、小林の働きかけで写真集が出版されたことによる。

小林秀雄のそうした才能の発掘活動の多さにはいつも驚かされる。敗戦後のいわゆる教養主義は、やはり小林なくしてはありえなかった。ただし、小林自身はおそらく、主義としての教養などに意味はないと断じるに違いない。


さくいん:入江泰吉



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