北陸新幹線開業後の北陸本線・信越本線を展望して
暮らしと地域産業を支え、地球環境に役立つ
サステイナブル・トレーンへの提言
(第1次案)
2007年8月11日
北陸新幹線・並行在来線問題連絡会
はじめに━北陸本線と信越本線、100年目の新たな旅立ちにむけて
人びとの生活と文化、労働力の移動、地域経済と日本の産業発展に、昔も今も限りない便益をもたらす北陸本線と信越本線です。
21世紀の北陸信越地域の総合的交通体系を展望すれば北陸本線と信越本線は、公共交通の基幹的役割を担う鉄道です。また、少子化・高齢社会のもとで、まちの「装置」、地域経済の内発的な発展、地球温暖化と自動車偏重社会への対策に欠かせない鉄道です。
だれもが在来線だけでなく、高速鉄道である新幹線もつかいます。「人は、だれでも平等に交通権を有し、交通権を保障」されなくてはなりません。どんな鉄道を利用するかは、個人の選択の問題です。だから、私たちは、在来線も、新幹線も必要という立場です。
新潟県の鉄道の発祥は、1886年8月15日直江津〜関山間の開通に始まり、関山〜長野間が1888年5月1日に開通、のちに信越本線となりました。その25年後の1913年4月1日、青海〜糸魚川間が開通し、北陸本線は米原〜直江津間が全通、信越本線と北陸本線がつながりました。
それから100年後の2014年春、この二つの本線は、北陸新幹線の金沢開業とともに、JR経営分離という新たな旅立ちを余儀なくされようとしています。
(1) だれも望んでいない、北陸本線と信越本線のJR経営分離
北陸新幹線開業に伴うJR経営からの分離区間は、信越本線の長野〜直江津間、北陸本線の直江津〜金沢間です。これは、長野・新潟・富山・石川の4県12市5町をつなぎ、JR東日本とJR西日本の2社にまたがる約255qにもおよびます。これまでに、整備新幹線の開業でJR経営から切り離された3路線4社(しなの鉄道、IGRいわて銀河鉄道、青い森鉄道、肥薩おれんじ鉄道)を合わせた営業キロ290qに匹敵する距離を一度に分離することになります。
このことを、どれだけの住民や利用者が知っているでしょうか。北陸新幹線に夢を託しても、その陰で100年もの歴史をかけて築かれてきた社会資本が崩され、そのうえ、ずっしりと住民に負担が押し寄せることなどは誰もが望んでいません。
(2) 全国鉄道ネットワークの維持は、交通権を守り、地域と国土の発展の土台
広域的な都市間輸送を担う新幹線ネットワークの建設だけが社会的ニーズに応えるものではありません。整備新幹線の建設で、並行在来線をJR経営から切り離し、並行在来線の引き受け手がなければ「廃止」する、これを整備新幹線建設の条件とすることは間違いです。
中山間地などにおいて、国土の保全の力が弱まっていることが中越地震のとき指摘されました。地域的な不均等な発展が激しくなっているときに、もし、並行在来線をなくすことになれば、沿線地域が想定以上の地盤沈下を起こすことは各地の第3セクター鉄道の廃止からも指摘されています。
経済のグローバル時代だからこそ、地域に現存している人的資源、自然的資源、経営的資源などを育成することが求められています。高齢社会であればこそ、公共交通機関の充実で高齢者の移動の自由を確保する、高齢者がもつ知識や技能、人的ネットワークの活用や、培われた文化と産業を活かした地域づくりこそ必要です。
北陸本線と信越本線のこれからの役割を展望するとき、
第1に、明治以降、今日に至るまで全国に張り巡らされた鉄道基盤と鉄道ネットワークは、他に変わることができない社会資本であることを明確にしておかなくてはなりません。
第2に、今日的な社会的課題である少子化と高齢化、労働力移動と地域経済、さらに地域・国際的観光の発展、地球環境を考えると鉄道の価値はますます増加しています。
第3に、並行在来線は、まちの「装置」の役割を担い、21世紀のテーマである自動車に過度に依存しない「人と環境にやさしいまちづくり」への基盤となります。
そこで、私たちは、将来も維持可能な鉄道・サステイナブル・トレーンとしての再構築を求めて、以下の「提言」(第1次案)をおこなうものです。
〔1〕 今より不便になるのではなく、より便利、より安全で快適な並行在来線へ
JR経営から切り離される北陸本線は、ローカル的な役割を否応なく担わされます。ところが、日本海側の貨物鉄道の動脈の役割も担わされます。信越本線は、すでに横川〜軽井沢間の廃止で貨物鉄道輸送の役割は後退し、セメント輸送などもトラックに転換する事態も生まれていますが、日常生活の基幹鉄道として、また貨物鉄道の二重の役割を果たすことには変わりありません。
(1) 並行在来線を受け継いだ第3セクター鉄道、その苦闘の道
JR経営から切り離された第3セクター鉄道4社の苦闘をみると、それは、@新駅の設置など懸命の努力を重ねても、輸送人員の減少に歯止めがかかりません。Aそこで、長野県は103億円の債権を放棄し、しなの鉄道の財務体質の改善をはかりました。鹿児島・熊本両県は、肥薩おれんじ鉄道の「今後の黒字転換は困難」として公的支援に踏み出そうとしています。「公設民営」の青森県は、青い森鉄道の線路使用料を免除しました。B保守要員の縮・削減と外注化をいずれの会社もすすめています。Cしなの鉄道は遊休資産を売却。IGRいわて銀河鉄道は土地や建物の貸付料を引き上げました。D運賃は、JR時代の1.1倍〜2倍以上に引き上げました。さらに、IGRいわて銀河鉄道は大学生割引を廃止、しなの鉄道は今年3回目の運賃を値上げしました。EJR出向者の若年化、JR退職者の再雇用などでの人件費の削減とともに、どの会社も極限までの「合理化」をすすめています。F清掃など業務委託の拡大。駅の無人化は、駅を荒れさせ観光にマイナス要因ともなっています。Gそこへ、JR貨物列車の運行は、施設・設備の傷みを激しくしています。HIGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道は、2010年の東北新幹線の青森開業に向けて新たな輸送指令システムの設置など施設・整備の新設と更新のための新たな予算計上が求められています。I安全対策の経費も膨らんでいます。Jワンマン電車の拡大、乗車率の低い区間の列車本数の削減も起きています。Kさらに、施設・設備の痛みを少しでも軽減するためにスピードダウンなども行われています。
(2) 第3セクター鉄道の経営努力に学んで、住民とともに活性化対策を
並行在来線から転換した第3セクター鉄道は、列車本数を増やすことや快速列車の運行、デパートなど地域の施設と連係した乗車券の発売や全線乗り降り自由の切符、民間企業やボランティアなどが活用できる駅舎の活用、未利用地を活用した駐車場やパーク・アンド・ライド、アテンダントの配置、マイレール意識の醸成と結んだレールや枕木への広告、イベント列車の運行、駅のバリアフリー化、コミュニティバスやデマンドバスなどとのネットワークなど様々な努力をつづけています。イベントで旅客運輸収入を増やすことは大切ですが、本来の増収策ではなく一時的なものといえます。
また、厚い壁であったJR線への乗り入れに肥薩おれんじ鉄道は踏み出そうとしています。ICカードの導入など新たな取り組みも必要になっています。
このような努力は生かされなければなりません。しかし、物まねではなく、住民ひとり一人の交通権を保障する、住民の生きるための必要や要求を生かす立場での取り組みが求められています。
(3) より便利、より安全で、快適な並行在来線のための「10原則」の提案
そこで、私たちは、北陸本線と信越本線が、今後、堅持していく原則を提案します。
それは、@電車を維持する。A複線(信越本線は多くは単線)・電化を維持する。B列車本数を増やす。JR線や私鉄との接続を便利にする。C運賃を高くしない。初乗り割高感を解消する。D駅のバリアフリー化と利便性の向上。駅員がいる駅、車掌がいる電車を運行する(すべて正社員でなくてもよい)。E所要時間を短縮する。F安全を確保する。事故・災害に対応する国の制度・補助を確立する。G地元や地域の負担を軽減する。H経営基盤が強い経営主体をつくる。I駅とバス、コミュニティバスなど公共交通機関とシームレスな運行にとりくむ。ことです。
この「10原則」は、並行在来線がどのような経営形態を選択したとしても、今より不便になるのでなく、より便利で、安全で、快適な鉄道を確保するための住民と利用者の願いです。
〔2〕 将来も安定的な経営のために(T)━JR鉄道資産は無償譲渡に
北陸本線と信越本線が、JR経営分離後の将来も安定した経営形態とするためにどうしても乗り越えなくてはならない課題があります。
(1) JR経営分離後の北陸本線・信越本線の将来需要予測は
長野・富山・新潟・石川の各県は、データーの取り方などに違いはありますが、将来の需要予測調査などをおこなっています。各県が予想している輸送密度をみると、長野県は2045年には05年の59.28%、新潟県は信越本線で2042年には01年の54.52%、北陸本線は54.1%、富山県は2045年には05年の55.9%、石川県は2024年には03年の77.84%になるなど大幅に減少します。
石川県並行在来線対策協議会は、現行運賃で推移すれば「上下分離方式」で運営するにしても10年間で累積赤字は25億2,000万円になり、37%の運賃値上げでも、やっと収支均衡が保てるとの試算をしています。新潟県並行在来線あり方懇談会も、JR運賃の1.6倍の運賃値上げでも、30年間で約500億円の公費負担になるとしています。この資産の根拠の是非は別にしても、両県ともJR資産は簿価譲渡を前提としています。
特定地方交通線の国鉄から切り離し(1983年10月から1990年3月)で、当時の国鉄線の14%3,300qが廃止対象になりました。その時、鉄道事業の採算点とされた輸送密度は8,000人/日・qで、4,000人/日・q未満の路線は廃止かバス転換とされました。特定地方交通線から第3セクター鉄道に転換したほとんどの鉄道は、今も赤字を背負った経営となっています。
第3セクター鉄道会社の4社とも、かつての特定地方交通線の採算基準とされた輸送密度に達しておらず、3社が廃止・バス転換基準以下となっているのです。
鉄道の輸送人員の減少は、自動車の普及、郊外型のまちの形成、そして少子化など多様な要因をあげることができます。しかし、どれも鉄道事業者の努力だけで、鉄道輸送人員の減少に立ち向かい解決できるものではありません。加えて、整備新幹線の開業は、並行在来線を引き受ける鉄道会社から特急列車などの乗客を強制的に奪い取ります。
(2) JR鉄道資産の無償譲渡は、せっぱつまった課題
国は、JR資産の無償譲渡については、「自治体が責任をもってやるもの」と突っぱねています。しかし、2005年11月の中部圏知事会議は、並行在来線の経営について「緊急提言」を発表しました。それは、@巨額の初期投資に対する交付金の創設など、財源措置を制度化すること。A鉄道資産は無償譲渡もしくは収益性に基づいた資産価格を設定すること。B赤字は避けられず、経営を安定させるまでの一定期間、財政支援措置を講じること。C並行在来線の自立的な経営が成り立たない不利な条件を地方に求めないこと。です。
この中部圏知事会議の合意は、誰もが同意できる内容です。北信越市長会も「JRの簿価ではなく、収益性に基づいた価格設定がされるようルール化」(「富山新聞」07年5月17日)を求めていくことを確認しています。
青い森鉄道は、「公設民営」でスタートし、2010年には東北新幹線の青森開業に伴って延伸される予定です。青森県は、日本不動産研究所との共同調査結果を発表し、青い森鉄道の目時〜八戸間の事業収入は恒常的な赤字で、鉄道を廃止したと仮定し、施設の撤去費用などを計算した場合、その資産の評価はゼロ。八戸〜青森間の簿価での譲渡は困難としています。
昨年11月青森県は、国土交通省に、@並行在来線維持のための県費負担に係る一定の助成措置。A線路使用料における対象経費の見直しなどを求めました。さらに、JR東日本に対しては、@鉄道資産の無償譲渡もしくは低廉な価格での譲渡。A青い森鉄道の運行に不要な資産について、解体・除去を行う。譲渡資産については、事前に改修・修繕等の整備を行う。B青い森鉄道に乗り入れる寝台列車の運行本数の増加などを図ること。を要望しています。
長野県知事は、信越本線の長野以北は「レールや駅舎などの鉄道資産は、帳簿価格(簿価)ではなく、将来見込まれる収益に見合った価格で譲り受けることが望ましい」(「信濃毎日」2007年1月12日)と述べています。
ところが、JRは、無償譲渡に対して“株主の了解が得られない”などとしていますが、JR経営から分離した並行在来線は、JRにとっては無用な路線でしかありません。
JR貨物は、肥薩おれんじ鉄道会社に資本参加しました。富山港線の路面電車化にあたっては、JR西日本は、JR資産相当額を寄付するということで実質的な無償譲渡にしました。
このような到達点にたって、北陸本線と信越本線のJR資産の譲渡にあたっては、@鉄道資産は無償譲渡すること。A初期投資などの県費負担に対する助成措置を行うこと。B並行在来線を引き継ぐ運営会社の経営が成り立つまで国とJRが責任をもつことです。
(3) 今から、JRの責任として北陸本線・信越本線の保守・修理などはしっかり
北陸本線も信越本線も雪国を走ります。とりわけ信越本線が走る妙高市や上越市は豪雪地帯です。信越本線を走る運転士は、「雪は下から吹き上がってくるし、まるで雪の壁のなかを走っているようだ」と言っています。20年ぶりとわれた2005年の豪雪で、新井〜黒姫間の運休は上下線あわせて530本にもなりました。大糸線も50数日運休しました。夜間の貨物列車もなく、除雪体制は国鉄時代に比べて大きく縮小しています。国鉄時代のように雪に強い電車を展望しなくてはなりません。
鹿児島県では、台風の被害も多く、肥薩おれんじ鉄道の災害対策として、民間企業や沿線自治体の寄付による経営安定基金を設けています。国に、災害時の補償制度を求めるとともに、独自の災害対策基金制度を創設することも必要です。
「乗客の安全を守る」ことは、何よりも大切なことは言うまでもありません、それは、鉄道で働く労働者の命と健康も守ることにもなります。2006年3月、JR西日本の福知山線事故を受けて国土交通省は、鉄道技術基準の省令を改正し、曲線などへの速度制限装置の設置を義務づけました。省令では、「適用を猶予する経過措置」が設けられましたが、貨物列車が頻繁に走行する並行在来線では「猶予」の余地はありません。
並行在来線の第3セクター会社は、どこでも施設や車両など保守、修理の外注化をすすめていますが、JRに依存する傾向もあります。JR各社は、保線・電気・車両検査などの外注化を拡大していますが、外注会社の死亡者数は、1987年から2006年の20年間をみると263人と全体の79%にものぼっています。
第3セクター鉄道会社にとっては、保守管理の技術力の維持・継承、向上のための人材育成がとりわけ重要になっています。
鉄道は、自動車に比べて遙かに高速で重い車両が軌道や鉄道橋、トンネル内を走ります。軌道・信号・電力・架線・鉄道車両・機械設備など鉄道特有のシステム、技術の上に成り立つ鉄道です。一度、大事故や大災害に遭遇すれば、鉄道会社の命取りになりかねません。
安全を守るという鉄道として、もっとも大切な使命を果たすためにも鉄道施設・設備の譲渡前には、JRの責任で、線路、橋梁、トンネル、変電所などの諸施設・設備の保守、修理を計画的に、しっかりおこなわせることです。
〔3〕 将来も安定的な経営のために(U)━上下分離方式の鉄道へ
(1) 並行在来線は、上下分離方式で、オープンアクセスに
経営基盤の強い経営主体をつくるために、インフラ部門は各県が共同で運営することを提案します。これは、北陸信越地方の地方鉄道会社が、第2種鉄道事業者となる新たな展望もひらかれます。また、「各県にまたがる『一体経営』」(「北日本新聞」2007年5月18日付社説)の展望も生まれます。
その際、北陸本線と信越本線のインフラ部門の運営には、JR西日本、JR東日本、JR貨物が出資や資本参加すること、また全国鉄道ネットワークの維持のために、国民共同のインフラとして国が買い戻すことも検討すべきです。
インフラ整備の財源は、地方鉄道やJRの線路使用料を財源することや、「新幹線が整備されると、固定資産税など地方税収の増加」などもあり、北陸新幹線の固定資産税をインフラ整備に充当し、安定的な経営をはかる措置も研究されるべきです。
2000年8月運輸政策審議会は、「今後の鉄道整備については、適切な水準の利用者負担を」求めるものの、「鉄道が極めて重要な社会的資本であるという原点に今一度立ち返って、必要な整備を円滑に推進する観点から、民間鉄道事業者による整備が期待しがたい場合においてはその範囲内で公的主体(国及び地方公共団体)がこれを補完するため、適切な役割を果たす」ことを求めて、「公的主体等がインフラを整備し、運行は運行業者が効率におこなう『上下分離方式』も、整備の方式として検討する必要がある」(「中長期的な鉄道整備の基本方針及び鉄道整備の円滑化方策について」答申第19号)としています。
(2) 国は貨物鉄道の線路使用料の引き上げを
北陸本線を走行する貨物列車は、1日40本以上、コンテナ列車では総重量約1,300t、全長約430m、時速90qです。北海道から九州までの2,000qを超える日本海縦貫列車を支える設備と技術があります。並行在来線を受け継ぐローカル旅客列車を運行する鉄道会社にとっては、不必要な高度規格の線路設備なのに、維持管理コストだけは求められることになります。さらに、貨物列車の走行量、重量、速度などは線路や橋梁などの摩耗・損傷を大きくします。
貨物鉄道の全国ネットワーク・サービスを維持するためにも、国が責任をもってJR貨物鉄道の線路使用料を引き上げることです。JR貨物の線路使用料は、並行在来線・第3セクター鉄道にとっては大きな収入源でもあります。
(3) 鉄道のインフラ部分は国がもつ財政的措置を展望して
並行在来線に対する国の補助制度は、第3セクター鉄道の経営実態にあったものとはいえません。日本では、採算性重視で、運行コストだけでなく施設投資の回収も運賃として利用者の負担が追求されています。ところが、ヨーロッパでは、鉄道などの公共交通機関は採算性よりも、利用者の利便性や環境対策の重視や中心市街地の活性化などの視点から位置づけられ、「赤字で普通」というのが潮流です。必要なのは、国が思い切った財政的措置をとることです。
私たちは、国の総合交通体系の確立のためにも鉄道・道路・港湾・空港を一体とし、道路特定財源を活用した総合交通特別会計(仮称)に踏み出すべきと考えます。国の鉄道再生の新しい取り組みを絵に絵に描いた餅としないためにも、道路、空港、港湾と同じように鉄道のインフラ部門を国が持つことで、全国鉄道ネットワークを国土形成の基軸として確立することができます。
〔4〕 全国鉄道ネットワーク・サービスを維持し、貨物鉄道の動脈としての発展を
貨物鉄道の日本海ルートの役割はますます強まっています。貨物鉄道輸送の効率化をはかる貨物駅のE&S化式荷役駅は、すでに新潟・富山・高岡・金沢貨物ターミナルで実施されおり、北陸本線には日本の貨物鉄道輸送の要請にこたえる基盤がつくられています。
(1) 貨物鉄道輸送は物流の国家的課題
北陸本線を走る鉄道貨物の日本海側ルートは、太平洋側を通るより3時間以上も短縮でき、東北・北海道と西日本を結ぶ貨物列車の約9割、1日約7,500トンが輸送されています。
中越沖地震で、信越本線の犀潟〜宮内間、越後線の柏崎〜吉田間が不通になり、この区間の輸送は、東北線・東海道線の迂回列車の運転とトラック輸送に切りかえられましたが、東京〜大阪間の貨物輸送は限界に近く、2往復の増発が限度とされました。残りの貨物は、1日約100台のトラック輸送に切りかえましたが通常の輸送量の8割の確保となりました。(2004年中越地震では、関東方面の代替え輸送として新潟〜郡山間はトラック1日50台、北海道及び関西方面の貨物はトラック代替え輸送で1日100台を運行)
北陸信越運輸局は、「線路が切られれば貨物が走れなくなるので、鉄道をつづけることはもちろんだ」(2006年9月14日、当会の「要請」に対して)と楽観的な観測を述べていますが、中越地震、中越沖地震は、全国鉄道ネットワーク・サービスの貨物鉄道を国家的課題として取り組む重要性を改めて認識させました。
(2) EU諸国の貨物鉄道輸送政策に学びモーダルシフトの推進を
京都議定書は、2008年から2012年までの間に、90年比で6%の温暖化ガス排出削減を求め、2013年からはさらに6%以上の削減を求めています。国の「新総合物流大綱」は、モーダルシフト化率(長距離輸送における鉄道・内航分担率)を2001年の38.6%から2010年には50%にすることをかかげました。しかし、新たな「総合物流施策大綱」(2005-2009)は、CO2削減が運輸部門ですすんでいないとしてさらなる達成を求めています。CO2の削減は国家的目標であり、国際公約です。
トラック輸送業者は、10年間でおよそ15,000事業所、年間1,400事業所の増加です。抜本的なモーダルシフト対策が求められています。
EU諸国は、@鉄道のインフラへの支援、A複合貨物輸送を支援し貨物輸送量の増大、Bトラック輸送の規制、という3つの考えのもとで貨物鉄道運輸政策をすすめています。
また、イギリスは、@貨物施設補助、A線路使用料補助という二つの補助制度を環境便益という考え方のもとにすすめています。この補助金は、@混雑、地球温暖化など環境価値がどの程度発生するかを計算し、A鉄道輸送は、トラックと比べて積み替えなどのリスクがあるため、そのリスクを勘案して補助、Bトラックと競争が激しい短距離でも環境価値を考えて線路使用料の上限を超えて補助金を支出する制度を確立しています。
このようなEU諸国の貨物鉄道輸送政策も取り入れた国の貨物鉄道輸送政策を推進することです。
(3) 国の責任で全国鉄道ネットワーク・サービスの維持を
国の地域公共交通、地方鉄道の政策に新しい流れがおきています。今年6月には、住民参加を法律そのものに位置づけた「地域公共交通の活性化及び再生法」が成立しました。
2003年3月には、鉄道の機能を再認識し、国が地方鉄道の存続に「今まで以上に関与」し、並行在来線については「地元に密着した鉄道として関係自治体が支援していくほか、国としても他の地方鉄道一般に対する措置と同様に適切に対応していく必要がある」とした「地方鉄道復活のためのシナリオ」(国土交通省、地方鉄道問題検討会)が発表されています。
今年6月19日国土交通省は、「交通政策審議会陸上交通分科会鉄道部会・中間とりまとめ」を発表し、「少子高齢化の進展、人口減少の始まり、モータリゼーションの更なる進行」などに伴って経営が悪化している鉄道の現状打開へ、「地方鉄道のネットワークとサービスの維持・活性化」を直ちに具体化を図るべきとして「地域振興、観光振興、まちづくり、地球温暖化対策などの分野でも鉄道は極めて重要な役割を担う」鉄道のネットワークとサービスの充実を求めています。
これらは、鉄道が線的移動を定時運行で確保できる信頼性の高い交通としての価値が見直されているのですが、財源的手当はなんらとられていますせん。
また、意欲のある地域、「頑張る地域」には支援をするという国の論理が貫かれていることにも注意を払うべきで、JR経営から分離した並行在来線は、どこでも国が真っ先にあらゆる面から支援する仕組みをつくるべきです。
北陸信越地域のJR線には、いわゆる枝線と呼ばれる大糸線、氷見線、城端線、七尾線があります。JR貨物は、枝線を守り「貨物輸送ネットワークを寸断せず維持してほしい」(「富山新聞」2007年6月29日付、自民党新幹線合同会議で)と述べていますが、この貨物ネットワークを維持する責任は国にあります。
まして枝線は、並行在来線ではなくJR線として引き続き運行されなくてはなりません。北陸新幹線の開業で、移動人口に期待して観光開発をすすめようとしても在来線とのシームレスな運行がなければその効果は半減です。
〔5〕 「政府・与党申し合わせ」を見直し、国とJRの今日的役割を明確に
国は、各県が鉄道を残すと言っているのだから鉄道は残るだろう、しかし、国の責任で「鉄路」を残すものではないという立場です。国の役割と責任がまったく感じられない、この根底に「政府・与党申し合わせ」があるからです。
しかし、「政府・与党申し合わせ」の見直しを求める流れは少しずつ大きくなっています。
(1) 新幹線を取るか、在来線をとるか、二者択一ではじまった「政府・与党申し合わせ」
1984年12月自民党は、整備新幹線の開業と同時に並行在来線の「廃止」を決定しました。理由は、「新会社の経営が黒字になっていかないと、旅客会社の立場は並行在来線の存続問題が絡んで難しい問題がでてくる」というもので、この立場は現在も貫かれています。
1987年12月運輸省は、「並行在来線廃止やむなし」の見解を発表するとともに、「新会社の意見を聞く必要がある」としました。そして、その翌年、新会社JR東日本は、信越本線の横川〜軽井沢間と東北本線の沼宮内〜八戸間の廃止を表明したのです。
この経過にみられるように、住民と利用者の交通権を無視し、JRの意向を優先にしてJRの経営を支える処置として並行在来線を「廃止」することにしたのです。
1990年10月、運輸省が岩手県に「新幹線をとるか在来線をとるかの二者択一」を迫っていることが明らかになりました。「国とJRの責任で在来線の存続を」を求める東北本線を守る会など、住民と沿線自治体の共同した運動が、全国の在来線を守る運動と連係し、とうとうこの年の12月には県と運輸省を動かし、「第3セクターが有力だが、鉄路として残す」と表明させ、東北本線の「廃止」を断念させました。
しかし、信越本線の軽井沢〜横川間は「廃線」になり、並行在来線である篠ノ井〜長野間だけはJR経営とする身勝手で、いびつな状態が生まれました。
(2) 「政府・与党申し合わせ」の見直しを求める新しい流れ
整備新幹線建設の沿線各県は、並行在来線をJR経営から分離する「約束」を国と取り交わしています。国は、この「約束」を楯に「JRに過大な負担を負わせてはならない」「第2の国鉄にしない」などと、並行在来線をJR経営から分離する態度を取りつづけています。
沿線県は、国との“約束を反故にできない”とか、「信義則違反にならない対応が求められている」(新潟県)などとしていますが、並行在来線の負担が、ずっしりと県財政にのしかかってくるため、その狭間で、新たな解決策をめざしています。
最近、富山県知事は、「なんとか新幹線の建設促進とともに、この並行在来線についてしっかりとした支援措置を講じていただくということで、政府・与党の申し合わせの見直しも含めて(国は)十分ご検討をいただきたい」(2007年6月県議会)と述べました。
新潟県知事は、「並行在来線の取扱についての政府・与党申し合わせの見直しの気運が高まっています」(2007年6月県議会)と発言しています。
今年6月各県議会の直前、5月28日の自民党整備新幹線等鉄道調査会・整備新幹線建設促進議連合同会議では、「政府・与党申し合わせの見直しに、並行在来線の経営安定対策を盛り込む」(「富山新聞」7月1日)ことを求める発言や、5月31日に発足した「与党整備新幹線建設促進プロジェクトチーム」の会合でも、並行在来線をかかえる知事らから「政府・与党申し合わせの見直しへ向け、議論を」(「東奧日報」2007年6月1日)の声があがりました。
(3) JR発足20年のもと、いま問われるJRの社会的責任
「政府・与党申し合わせ」の見直しを求める声が広がるのに対して、JR西日本は「並行在来線はJRから経営分離されるのが基本原則」「今後は経営分離に向けた手続きを進める」(自民党のJR7社の意見聴取。「北日本新聞」07年6月29日)立場です。JR東日本も同じ立場です。
JR東日本は、連結決算で2年連続の増収増益です。2006年度の営業収益2兆6,573億円(前年度比649億円増)、経常利益3,000億円(同253億円増)、当期純利益1,758億円(同182億円)は過去最高となっています。
JR西日本の連結決算では、営業収益は1兆2,629億円(前年度比228億円増)と4期連続の増加で、経常利益は1,041億円(同19億円増)、当期純利益は567億円(同102億円増)で、2期ぶりの増益です。
JRが発足して20年が経ちます。20年の歳月を経ても、のと鉄道(穴水−蛸島間61km)、神岡鉄道の廃線などがつづき、いまだに解決の展望がみえない第3セクター鉄道のうえに、今日のJRの存在があります。さらに、整備新幹線の延長に伴って発生する経営に展望を拓くことができない並行在来線問題は、民間企業となったJR東日本、JR西日本の社会的責任が問われる問題です。JRの社会的責任と役割、公共交通網の確立の観点から第3セクター鉄道のあり方について根本的な検討がなされる時期がきているといえます。
【6】 北陸信越各県が共同のテーブルに、そしてJRの参加を
北陸信越運輸局は、「(並行在来線から転換した第3セクター鉄道)経営は非常に困難、厳しいということは出ている」と述べています。(2006年9月14日、当会の「要請」に対して)それでも具体的な対策をとろうとはしていません。
北陸信越の各県は、それぞれ県域ごとに経営形態などの検討をおこなっていますが、急いで行わなければならないことは、「隣県協議を早急に本格化」することです。それぞれの県がイニシアチブを発揮し、共同のテーブルでの協議を行うことです。そして、住民とともに、国に対して、共同したアクションを起こすことです。
国が、鉄路を守る積極的な役割を果たし、JR西日本、JR東日本、JR貨物が共同のテーブルに加わって、その社会的責任を果たすことです。
JR経営分離後の北陸本線・信越本線がどのような経営形態を選択しようとも鉄道の維持は、鉄道事業者の努力だけではできません。沿線各県と各自治体、住民と利用者、地方鉄道などの交通事業者、沿線の企業や学校などの地域社会が、それぞれ独自の役割を持ちつつ、共同して北陸本線と信越本線を北陸信越地域の基幹鉄道を再構築することです。
また、駅ごと、地域ごとなどで住民と自治体などや鉄道事業者との共同した取り組みが、ますます必要となっています。
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