チカゴロの呉女2005.1

1月6日(木) 呉女の年末年始@ 〜「座・パーティ」〜
おそくなりましたが、皆さん、あけましておめでとうございます。
昨年は、途中から私がトンデモナイ病いに罹りまして、皆様にご迷惑をおかけしました。
今年も治る見込みは全くありませんので、どうかあきらめてくださいませ(笑い)
ただし、今年は「昨年よりは更新する!」を目標にがんばりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

 さて、昨年はクリスマスの話で終わって旅立ってしまいましたので、時間をさかのぼって年末の話を少し。
 メレフラパーティの翌日、わけあってオオアマさまだけ一人先に関西の実家へと旅立ち、私はいつもよりはちょっと
オシャレして忘年会へ。といってもそんじょそこらのじゃなくて、文学座の「座・パーティ」という恒例の忘年会にお友
達のお誘いを受けて参加してまいりました。とはいえ、テレビ撮影で忙しい内野さんが出席されるはずもなし。まあ、
それは最初から予測できたからこそ私の場合は参加する気になった、ということもできるのですが。
 緊張しながら会場に行ってみると、すごい人・人・人……。でもとてもフレンドリーで気楽に参加できる雰囲気。受付
やくじ引き、景品引き換えなどをフツーに文学座の座員の方たちがやっていらっしゃるんです。パーティがはじまると、
座員の方たちとお話したりもできるのですが、座員の方もフツーの人に混じっているから、意外に皆気がつかなかっ
たりするのです。でも私は座員さんを見つけるのが特技みたい。文学座の舞台は「モンテ・クリスト伯」と「ザ・クライシ
ス」を見ただけですが「ほら、○○役の○○さんよ」とお友達たちに教えまくっていました。それでいろんな方と写真を
撮っていただいたりしたのですが、お友達たちのあとにくっついていただけで、自分では座員の方に近づくことさえで
きない。私、子どもの頃から引っ込み思案で、誘われればホイホイついていくけれど(よく誘拐されなかったものです)
自分から人に近づいていくことができない性格。結局、どなたとも握手はしてもらってないし……。でも、と〜〜っても
楽しかったです。近くで見る座員さんに「うわ、この方素敵!」「かわいい!」と感激しまくり。一般的ユーメーどころで
は江守徹さんが公演中の舞台の後で少し顔を出されたよう。その舞台「SHIROH」は実は私も見せていただいたので
すが、江守さんの歌を聞けたのが楽しかったです〜〜。それにその前には江守さんが演出された舞台「8人の女た
ち」も楽しませていただいたので、最近江守さんには縁があるみたい。ほかに「新選組!」で慶喜を演じていた今井
朋彦さんが近くで見るとなかなか格好よくて、テレビで見て印象的な「なで肩」が「ちゃんとあるじゃない!」と肩をた
たかせていただきたい衝動にかられました(笑い) それから広い会場で梅コマで会った方と再会したり、何より古〜
い友人の姿を見つけお互い「何でアナタがここにいるの〜〜?!」……彼女が私より4年も前(「エリザ」の初演)から
「内野病」にかかっていたとは……そんなこと、聞いてないよぉ〜〜。なんて嬉しいオドロキ! 
 というわけで、本当に楽しくて、パーティの後も夜遅くまでワイワイ楽しんで、帰宅してから大急ぎで荷造りして、翌
日早朝関西へと旅立ったのでした。そんなわけで、昨年末大掃除はほとんどしてません。主婦失格だな〜〜。

1月7日(金) 呉女の年末年始A 〜年末の内野さんネタ。〜
 京都駅に着いて、まずは本屋に走る! この日発売の雑誌キネ旬ムック「男優倶楽部」に8ページブチ抜きで内野
さんの記事(田辺誠一さんの12ページには負けた……)。開いたら大きな写真にドキドキで、しばらく見ないでおこうと
思ったけどガマンできず、地下鉄の中で必死に読む!内野さんの昨年の総括と今年への展望の記事なんだけど「エ
リザに関して「猛々しくも妖艶なフェロモン満載のトート閣下が誕生。ファンは理性さえ狂わされた」……ってよくご存じ
でっ!! 内野さんにとっても今度の月9ドラマは大きな挑戦なのね……「『今までの引き出しでできちゃいそうじゃ
ん、って思ったらアウトなんで』」いいなあ!そういうところ!全体的に内野さんの純粋さがよく出ていて、とてもいい記
事でした。素敵な写真も満載!
 年末の2日間、内野さん主演の「蝉しぐれ」の「モンテカルロテレビ祭受賞記念」アンコール放送があったのです
が、例の津波や奈良の誘拐事件のニュースで連日の放送時間変更。予約録画をして出かけていた私は焦りました
が、事前に情報をキャッチして弟に録画を頼みセーフ! 録画できなかったと嘆く方の声が続々とNHKに届いている
ようですから、是非また再放送を! この放送、あまりNHKでも宣伝しているふうはないし、ウラは強力そうな番組が
ズラリであまり多くの方には見てもらえないのでは?と思っていたのですが、視聴率が出てみたら「白い巨塔」を上回
っていたんですって。私の母もこの作品の本放送のときからの大ファンで「内野さん、いいわよねー」と今回も見てい
たそうだけど、娘がこんなことになっていることは知らない……。義母も見ていたそうですし、オオアマさまが義母に
余計なことを言っておいてくれたおかげで義母の家でも堂々と見ることができました。「蝉しぐれ」は日本が誇れる
すばらしい作品ですから、内野さんのファンでなくても機会があったら見たほうがいいです、本当に。心配なの
はこの番組のファンのわりと高年齢の方たちは、今度内野さんが「軽い」ドラマに出ることにブツクサ言うんだろうなあ
ってこと。内野さんは「格」の高いとか低いとかにかかわらず、自分の芸域を積極的に広げようとする方なんですぅ。そ
このへんを理解して黙っててほしいのだけど。
 ところで、以前この「蝉しぐれ」と「冬ソナ」で夫婦のチャンネルバトルがありそう、と書きましたが、当日オオアマさま
は「今日は見ると暗くなりそうなところだから、いいや」と意外にあっさり。早くもフトンに入ってスヤスヤ……と思った
ら、「蝉」が終わるころに突然起き出し、終わったとたんにものすごい勢いで後ろからリモコンでチャンネルを変えられ
た……まだエンディング曲が残っていたのにぃ!と言う間もなく。でも私、ドラマだけでさえ切ないのにエンディング曲
を聞くとますます胸が苦しくなってどうしようもなくなるので、家でもなるべくこの曲は聞かないようにしているのです。
だから許しました。純愛ブームとかいうけど「蝉しぐれ」は「冬ソナ」よりももっと切ない純愛ストーリーです。

1月8日(土) 呉女の年末年始B 〜年末京都グルメ&買出し〜
 ところで私が京都に着いた日は義父の命日。毎年欠かさないお墓参り。私が地下鉄の駅を顔をムニムニさせて歩
いていたら、前に見えるはオオアマさまじゃないの。同じ目的地に向っていたのだから当然だけど。
 お墓参りの後、義母、義姉の一家とお食事。今年は私のリクエストで七条通の「わらじや」へ。ずいぶん前に一度
行って、どうしてもまた行きたかった店なのです。ここのメニューはオキマリのみ。まずちょっとした先付けが出て、そ
れから鰻鍋(うなべ)と鰻雑炊(うぞうすい)。これでものすごい満腹になります。鰻雑炊で有名なお店ですが、私が好き
なのはむしろ鰻鍋のほう。焼いて脂を落としたブツ切りの鰻と九条ねぎ、庄内麩、はるさめを薄味の御だしで、山椒を
パラッと振っていただくシンプルなお鍋。これがもうゼッピン!! 京都で一番好きな食べ物は?と聞かれたら、迷わ
ずこれを答えます。お値段がもう少し手ごろならしょっちゅう食べに通っちゃうのにな〜〜(考えたら「エリザ」のチケット
代よりはだいぶ安い……)

「わらじや」は三十三間堂の斜向か
いにあります。

お店に入ると雰囲気のある離れの
部屋。京都っぽくて好き〜〜。

呉女好物、アツアツの鰻鍋でーす。これは6人分たっぷり。この後、鰻雑炊はさらに大きな別鍋で出てきます。
 夜、義母の家に着くと、しぐれが降る寒い町。一晩、義母の家で眠ったら、翌朝にはまた旅
立ってしまう息子夫婦は親不孝? 息子としては母とヨメをいっしょに長時間おいておくと母が
気疲れして倒れるので、気を遣っているようなのですが。この旅については別に書いていると
ころですが、今回ほど行く場所についての予習をせずに行った旅はなかったなあ……。二人
とも最近別のコトに気をとられすぎで反省!
 で、その旅から帰って京都で私だけ途中下車。駅を出て、まず目に入ったのは、コレ。 →
「新選組!」の看板をはずして「義経伝説をゆく」に取り替えてました。年がかわる実感が…
…。それから地下鉄で四条通へ出て、ズンズン歩いて四条大橋を渡り、「松葉」で年越しの
「鰊そば」を買う。それから錦市場へ行って義母から頼まれたお正月の買出し。今年はできあ
がったお節を義母が注文しておいてくれたので(実際にそのほうが安上がりだったりする)
それで足りないものや自分で買いたいものだけだったけど、以前は義母の後ろで荷物持
ちしていただけの私が一人であの人ごみの中を買出しに行くようになったのだから成長したもんだ……(かぁ?) 
←毎年、歩くのもタイヘンな錦市場の賑わい。

 大晦日は、近くのスーパーに野菜など最後の買出しに出て、お煮しめとお雑煮(関西風)を一人で作った……が、できてみたら入れ忘れた具が……ま、いっか。外はしんしんと雪が降る中、鰊そばを食べ「紅白」をつけたり消したりしていました。私はトップバッターの上戸彩ちゃんの「愛のために」(「エースをねらえ!」のエンディング曲)が聞けたから、それで十分。オオアマさまはもちろんRyuさんの「初めから今まで」で、みんなで楽しみに見たのはご多分に漏れず
「マツケンサンバU」。あれってまるで宝塚のショーの中詰の雰囲気だよね〜。宝塚はそもそも日舞を洋楽で踊るとこ
ろだし。だから私にはさほど特別なものには感じないんだけど、フツーの人にはブッとびモンなんだろうなあ。でも紅
組が勝ったから白組が勝ったか知らないままに、テレビは消しちゃってました……。


1月9日(日) 呉女の年末年始C 〜「北野天満宮」と「首途八幡宮」またの名を……〜
 そんなこんなで年が暮れ、年明けて義母の住む町は流行りの(?)市町村合併で町から市になりました。午前中はゆっくりお節をいただいて、お正月気分を十分に味わいました。
本年の元日の食卓。そういえば、昨年はワケあって自宅でオオアマさまと二人のお正月だったな……。

 午後はメチャメチャ底冷えのする京都に出て初詣。今年はオオアマさまは高校3年生の担任。推薦入学ですでに多くの生徒の進路が決まっているとはいえ、まだこれから受験の生徒もたくさん抱えているもので、北野天満宮へ合格祈願に行くことにしました。
 バスはギュウギュウの満員状態。道路は二条城など観光地の近くにくると
大渋滞。もちろん天満宮の周辺も。出店の並んだ参道を全く前の見えない状
態で歩いてやっと拝殿にたどり着く。どうか、みんな合格しますように。 →
 ……と、祈ったけど、このあともう一軒、お宮さんにウワキしちゃったのよね
え。そうするとご利益ないの?……といっても、もう行っちゃったし〜。
 どうせ周辺は大渋滞だし、ちょっと歩くことにしました。今や京都の観光パ
ンフレットの類を見ると、今まで見たこともないのに突然よく出てくる神社の
名前が気になっていたのです。首途(かどで)八幡宮……義経が奥州に旅
立つときに旅の無事を祈った神社であることから、この名があるそうで、今年
の大河でクローズアップ、観光バスも立ち寄ることになった注目の神社……
とはいえ、行ってみたら、とても小さな神社で、まだ誰もいませんでしたが。
北野天満宮から今出川通を東にどんどん歩いて、智恵光院通を上る。首途(かどで)って読めませんよねえ……。鳥居をくぐると、早速昨年秋に建てられた「義経奥州首途の地」の碑 がありました。この神社、平安京大内裏の北東にあって、王城鎮護のために宇佐八幡から勧請した神社なのだそうで、もとは大きな神社だったのでしょう。この近くに金売り吉次の家があったので義経が旅立ちに際して立ち寄ったのだとか。
 実は私はこの神社の別名が「内野八幡宮」ということのほうが気に入って(笑い)、場所が今出川大宮あたりなら北野から歩けるということでオオアマさまを誘導したのでした。もう少し西南の元内裏があったあたりのことを少し後の時代になって「内野」と呼ぶようになったようなのですが(現在でも「大極殿跡」の碑のある公園は「内野公園」というなど、その地名の名残は残っているようです)、その範囲からは少―し北に逸れているし、この神社のもともとの名が
「内野八幡宮」だったと言われているので、この場合の「内野」の由来がナンなの
か今ひとつ納得しかねているところ。今後機会があったら調べてみたいとは思い
ます。今では「旅行の神様」なのだそうで、我が家には縁の深いところ。義経の奥
州への旅は悲劇の旅だったけれども、奥州には災難をのりこえてなんとか無事に
たどりつけたのだから、ご利益アリと期待しましょう!とにかくも、年の初めから寒
くて凍えそうな中をタイムリーな場所を訪ねることができて、とても幸先いい感じな
のでした。 
 首途八幡宮本殿→
 
1月11日(火) 寒風の中、初史跡巡り!〜上総国、市原古代史跡散歩〜
 初詣もちょっと史跡めぐりっぽかったんですが、本格的なのはこの連休中が初。オオアマさまが急に計画して「呉女
は忙しかったら別についてこなくてもいいよ〜」「どこ行くの?」「上総国分寺跡」「行く、行く、行く〜〜〜〜っ!」。とい
うことで、ちょっと寝不足気味だったけどガンバッテ起きて、横浜に出て、バスに乗って。とってもいいお天気でベイブ
リッジの上からみなとみらい地区を見るとそのバックに見事な富士山が! 写真に撮れなかったのが残念です。

上総国分寺跡の塔心礎
 アクアラインを通って横浜から小1時間でJR五井駅へ到着。五井というのは、サッカーの「ジェフ市原」で知られる市原のこと。まず駅前の市原市の観光案内所でパンフや地図をもらって、バスに乗って15分ほど、市原市役所出発点。寒いけど、がんばって歩くぞ〜〜〜!と意気込んだものの、最初の目的地、上総国分寺跡は市役所と通りをはさんだ市民会館の真裏。ただし、だだっ広い!その広い空間の真ん中あたりに塔の心礎石。その北側、金堂のあったあたりには、今も「国分寺」という名の寺が法灯を伝えています。寒風吹きすさぶ「空き地」を歩きながら「ったっのしいね〜〜〜っ!」なんて言ってるこの夫婦はハタから見たらかなりゼッタイにオカシイ。
 ところで国分寺の近くにだいたい国府もあったはずなのですが、このあたりに候補地はいくつかあるものの、上総国府の地は判明していないようです。それでも上総国分寺に赴任した国司で有名な人の中にあの私も好きな「更級日記」を書いた菅原孝標の女の父……つまり菅原孝標本人がいます。
更級日記の冒頭に描かれている旅の出発点はこのあたりなのです。五井駅
近くには旅姿の孝標の女像(バスから見えただけで写真は撮れず)があった
り、「更級通り」という通りがあったります。
 国分寺跡のすぐ西南に神門(ごうど)5号墳という東国では最古ともいわ
れる3世紀の古墳がデーンとあります。国分寺跡といい、古墳といい、その
周辺の住宅地といい、全体の雰囲気は相模の海老名周辺に似ているかも。
 国分寺跡にもどって斜めに突っ切り、市民会館の食堂でリーズナブルにラ
ンチをすませ、午後の部へ。こんどは市役所のウラ(北側)へ歩きます。市役
所は平日の空いているときならば、ロビーに国分寺の七重塔の復元模型が
あったり、周辺の史跡を見渡せる展望台もあるそうです。市役所真裏の国分
寺中央公園には塔の相輪のモニュメントがあったり。公園あたりにはもっと
古くは貝塚があったそうです。

神門5号墳

上総国分尼寺跡の復元回廊
 そこからさらに住宅地を北へ少し歩くと、これまただだっ広い国分尼寺跡は、開放的だった国分寺と違いフェンスに囲まれています。どこから入るんたろう?(地図はそういうことをちゃんと示してほしいよね)と戸惑いましたが、結局北西側の「上総国分尼寺展示館」の横からしか入れないみたいです。この展示館は、例のごとく他に誰もいなかったけれど、ジオラマがよくできていたりして展示も参考になりました。それでいよいよ国分尼寺跡の中へ。中門と金堂にとりつく回廊が鮮やかに復元されています。今までにかなりあちこちの国分寺跡へ行きましたが、国分尼寺跡は国分寺跡に比べて扱いが軽いところが多いのに、こんなに立派な国分尼寺跡は初めて見ました。復元回廊ですっかり天平人の気分になります。連子窓を見て「つい最近同じようなものを……一ヶ月前の法隆寺だわ」「そうそう、たまには違うもんも見れないのかねぇ」……。この広い空間に私たち二人と絵を描いていたおじさんとお掃除をしていたおばさんのみ。あ〜〜気持ちいい! 
 国分尼寺跡を出るとまた北へずんずん歩いて、坂を下りのぼって国道に出て、渡った先が稲荷台1号墳記念広
。こちら狭い「広場」ですが、オオアマさまに言わせれば「日本を揺るがせた」、「王賜」銘鉄剣と呼ばれる鉄剣が出
土したところです。出土した当時ばボロボロになった鉄剣がそんな貴重なものだとは思わなかったんでしょう。古墳も
こわしてしまったらしく、今あるのはその後復元されたミニチュア。 
 そこからまた寒風吹きすさぶ坂道をさらに北へ歩いて、市原氏埋蔵文化セ
ンターへ。ここで王賜鉄剣のレプリカその他、古代には先進地域であったらし
いこの地域の出土物をいろいろ見ることができますが、普段は訪れるお客さ
んなどあまりいないらしく、オオアマさまが留守を預かる警備員さんにちょっ
と質問したり資料を求めたりするたびにタジタジされました(笑い) それでも
なんとか研究資料をゲットして、本数の少ないバスをつかまえ五井駅へ。次
の横浜行きのバス時間まで駅前の12階建てのビルの上にあるレストランで
コーヒータイム。今歩いた場所とは逆方向ですが、工業地帯の間に養老川
の河口があり、東京湾とその向こうの浦安や東京がくっきりと見えました。さ
ぞかし夜景はきれいで市原のデートスポットなんだろうなあ……。
 今回は3世紀から8世紀まで幅広く古代にひたれましたが、まだ他にも古
代史跡はあるようなので、近いうちに再訪することになると思います。

市原の町と養老川河口と東京湾

1月16日(日) 年賀状効果
 私の年賀状は例年、たいていは旅先で撮ったオオアマさまと一緒に写っている写真をデザインして出しています。
でもオオアマさまは「恥ずかしい」と言って別の無難なデザインで送るのですが、今年は私が選んだ写真が気に入っ
たらしく、コレを使ってくれたんですわ。その結果……「よく考えたらあんな年賀状を配りまくって『逃げられました』って
わけにはいかないもん」と、今年になってからやたら優しく、サービスがいいんですわ。
 先の休日。ランチで近所にある焼肉のチェーン店に二人で焼肉を食べに行き、たらふく食べすぎて夕食の時間にな
っても食欲が出ない。それで私は今何なら食べたいかな〜〜と考えたところ「韓国の冷麺が食べたい!」。本当にど
ーしても冷麺がアタマを離れなくなって(笑い)「冷麺〜〜〜!」「わかった、わかった……」とネットなどで調べたけど、
昼に行った店くらいしか近くで確実に冷麺をやってる店はなさそう。でも昼行った店にまた夜行くのも恥ずかしいよね
え。それでチェーン店の別の支店を探し、そこまで車で連れてってくれました。
 今日は、明日からはじまるドラマ「不機嫌なジーン」の番宣で急に朝のラジオに内野さんが出演することが判明。
ところがわが家はなぜか家の中に携帯の電波も入りにくいし、ラジオの電波も入りにくい。特に今朝の文化放送はほ
とんど聞こえない。それで車に乗ってカーステレオで聴くことを思いつきました。駐車場で聞いているのもアヤシイの
で朝からドライブすることに。私は運転ができないから、当然オオアマさまをたたき起こしたわけで……。無理やりハ
ンドルを握らされたオオアマさまの横で、私は内野さんのホワンとした声(演じているときとはまた別の声!)にトロ〜
ンとしていたのでありました。……ごめんねえ、今に始まったことではないけど、次から次へとわがまま言って。まだ
まだ言うから許してネ。……で許しているのも、オオアマさまの言によれば「年賀状効果」なんだとか。でもさ、そんな
こと言ったら、こんなHPやってる私はどうなるのよねえ〜〜(笑い)。
 ところで、その年賀状。なかなかお会いできない方で、ずいぶん前にこのHPのURLを教えたことがある方から「HP
見てますよ」というメッセージが何通も(つまり『見てあきれてます』って意味ですよね?多分)。そういう方に一言……
こっそり見てないで、メールでも頂戴っ! 他に、フラを始めたという友人がいて、なんだか嬉しかったり。それか
ら、フラの先生からのメッセージ、「メレフラのときの素敵な笑顔をレッスンのときに見せてください」……やっぱり〜〜
〜〜〜(;¬_¬)、私ってそんなに不機嫌な顔してレッスンしてるのかしら〜〜〜?(-_-;) それともメレフラのときがよ
ほど楽しそうだったのかしら〜〜〜???(;^_^A ……ショック〜〜〜っ!!

1月17日(月) 祭りのあと
 どうせ眠れそうにないので、書くことにしました。本当は録画を見直してから書きたかったけど。
 今日からドラマ「不機嫌なジーン」がはじまりました。私がビョーキになってからはじめての内野さんの連ドラ。しか
もコメディ。しかも月9。だから普段は役者しかしない内野さんが番宣にも出る出る。8日の「ドラマツアーズ」にはじま
り、「いいともSP」では「スリッパ卓球」で見事な空振りで天然ぶりをご披露くださり、昨日の朝は上記のラジオ。そし
て今日は「いいとも」と「F2」に生出演……と9時からのドラマ本番前から祭りが盛り上がってしまう……。
 その「いいとも」に出ていらっしゃるころに、ファンの間にはびっくりするようなニュースが駆け巡っていたのです。少
なくとも文学座に在籍する限りぜったいにムリと思っていたファンクラブが発足するという。仕事から帰宅して即座に
案内書申し込みフォームを送信したら、返送された通し番号はすでにかなり大きな数字でした。チケットの先行予約
をしてくださるということだけど、劇場にもキャパというものがあるんだから……と心配してしまいます。
 いわゆる「バラエティ」が内野ファンの心臓に悪い(笑い……内野さんは超マジメだから〜〜〜)のからすると、今日
の「いいとも」と「F2」は内野さん自身ははしゃぐ必要のないものだったし、長い時間じっくり内野さんを眺めることがで
きて、ものすごく得した感じ! 朝の「めざましテレビ」で竹内さんが内野さんのことを「ゆったりした人」と評していたそ
のままに、ホワンと穏やかで、それでいてとっても格好よくて、キラキラしていました。「いいとも」でレギュラー出演者
の中で「男のフェロモンを感じる人は?」という質問が内野さんに振られたときにゃあ……全国の内野ファンが「フェロ
モン出してる本人にそんな質問するなぁ〜〜!」と突っ込んだに違いありません。ドラマが始まる前に両番組の録画
を見つつ、思わず「かわいいー!!」と叫んでました……。この素の姿、もっと全国の人に見せたいワ〜〜。
 で、ドッキドキのうちにテンポよくドラマがはじまってしまいました。そして内野さんは、素のまんまならもっと格好い
いものを、わざわざ崩しちゃう役者魂。文四郎さんとか宗方コーチしかイメージにない人にはショックでしょうに……(笑
い) でもって、濃くてハイテンションな演技でずっと押すのかと思いきや、ロンドン時代の回想シーンのピュアな感じ
や、少しシリアスな表情や、メガネをかけて干潟に入る過去のシーンや……。あまりにいろんな内野さんが次々に出
てくるものだから、覚悟のできてるファンですら翻弄される……。ドラマ自体が過去と現在が交錯するし(これはそのう
ち収束していくだろうから、あまり気にしないで見ていていいんじゃないかな?)見ててアタマの中を引っ掻き回された
人は多いでしょうね。それをドラマとして「面白い」とみるか「ついていけない」とみるか。ネット内をウロチョロしていろ
いろな人の感想を集めてみたところでも評価は大きく分かれるようです。もともと決して万人ウケするタイプのドラマで
はない、月9にしては冒険ですよね。私としては、もし内野さんが出ていなかったら題材にしてもテイストにしてもゼッ
タイに見ないタイプのドラマのわりにはかなり楽しめました。予告で何度も見ていたギャーギャー叫ぶ「鷹」のシーン
が、ああいう意味をもったシーンだったなんて思ってもみなかったし。それ以外は見る前からテレビ雑誌の読み過ぎで
(笑い)断片的情報をつなげて予測できた範囲だったのだけど。私のかき集めた情報からの予測では、内野さんの南
原教授はこれからまだ変化していきそうな感じだから、週に一度のお楽しみで、素敵な内野さんがたくさん見れると
いいな。
 今日1月17日は本当はとても重い一日のはずなのに……ごめんなさい。一日お祭り騒ぎになっちゃいました……。
ちょっと力が抜けて疲れたな。でも多分、やっぱり眠れそうにありません。

1月20日(木) 実は数字好き夫婦
「不機嫌なジーン」を語っていて、これはヤバイと思いまして。語りきれない。このままでは欲求不満がたまる。でも日
記にこれ以上書いたら、このサイトの趣旨が変わってしまう〜〜〜。いや、今までだって、これでも、これでも、おさえ
気味に書いていたのです(ホントです!)。で、ガマンは体にもよくないから(笑い)、内野さん関係は別にブログを立
ててしまいました。ま、どうなることかわからないので、今は実験的に。
といっても、ここに内野さんネタを全く書かなくなるか、というと、多分そういうことでもなくて(笑い)詳しいことはアチラ
に書く、と。そんな感じにすると思います。そして、そのためにこちらがあまりにも疎かになる、というようなことはない
ように、心がけます。いえ、誓います!
で、昨日の深夜(日付は今日)開設したばかりで、深夜のうちに二つ、朝起きて一つ、帰ってきて一つ、計四つも記事
を書いた私って……アホかしらん? 一応、ブログはこちらです。

その四つ目の記事は、昨日19日の東京新聞に「『1月の連ドラ』記者が採点」という記事について。7人の記者の採
点表の数字を分析(?)ってほどではないんだけど、数字を観察してみたりして。数字が並んでいるのを勝手に解釈す
るのって意外に好きだったりするんです。
で、そんなことをやってた後にオオアマさまが帰ってきて、夕食のしたくをしている私の後ろで嬉しそうに、先日終わっ
たばかりの大学センター入試のいろいろなデータをプリントアウトしたものを手にして熱く語るんですわ。実はオオアマ
さまも数字を読むのが好きでして。今日盛り上がったのは、どーでもいいんだけど、都道府県別現役志願率。高校卒
業者のうちどのくらいがセンター入試を志願(たぶん出願と同意だと思うのだけど)しているかの割合を都道府県別に
並べたものなんですが。「志願率がいちばん高い都道府県はどこでしょう?」などと、背後からクイズを出される。コ
レ、私、一発で当てたんですよ!スゴイ?(別にぃ〜〜) 答えはこちら→富山県  ここ3年間の志願率が出ているん
ですが、数字は各県、3年ともあまり変化しないんです。志願者の住所ではなくて在学高の所在地によるデータなの
だそうだから、そんなもんかな、とも思いますが、それにしても都道府県でかなりの差はあるのです。沖縄や北海道
が低いのはしかたないとして、大阪が低いのはなんでかな?とか、鳥取と島根でどうしてこんな差が出るのかな、と
か広島と山口も違うね、とか、この話題だけで1時間近くは会話した夫婦って、やっぱりヘンでしょうか?

1月26日(水) 呉女、女優デビュー?  
おととい放送の「不機嫌なジーン」第二回に出演してしまいましたー! 2週間ほど前にエキストラに参加してきちゃ
ったんです。ブログをたててもまたこれかよって感じですが、あちらは内野さんのことを書いているけど、だぶりもしま
すがこちらは私のことを書く日記ですから。
この日記を前から読んでくださる方なら、「ちょっと前まで楽屋待ちさえ頑なに封印してたヤツが何やってんだ!」と思
うかもしれないし、自分でもそうは思うのですが(笑い……でも基本的には今後も楽屋待ちはしないと思います)
実際にその話が急にくるまでは、エキストラなんてとてもとてもと思っていたけど、たまたま数少ないオフの日に、しか
も横浜で、しかもオオアマさまはその日は夕食に誘われているという……。内野さん演じる南原教授の講演の観客
ならば、エキストラといっても舞台を見に行く感覚に近いだろうしし、一緒にノッてくれる友人もいる。これは行っちゃ
え!と、応募して参加させていただいたのです。当日の服装指定は夏服でスーツやワンピースなどのおしゃれ目な
格好とのこと。講演会なんて普段着で行くけどなあ……夏でもいざちゃんとした格好をしなきゃいけないときのために
買っておいて、なかなか着る機会のなかったスーツがこんなところで出番がくるとは……。
エキストラは緊急にいろんなルートでプロも含めて集められたようでした。まずそのルートごとにホールに入ったので
すが、私の場合は早めに入って誘導されて三列目に座らされました。あとから入ってきた方は自由に席を選んでいた
ようですが、私が自分で選んでいたらもっと後ろに座ってたと思う。ダダっと前にきて座るような度胸ないもん。三列目
なんて劇場でだってこんな前に座ったことないし、オケピもないから、内野さんが立つ演台もすぐそこ。ドキドキ。
でもこういうのって待ちが長くて、内野さんのお姿を見れるのもわずかの時間かと思っていたら、ほどなくいつの間に
かスタッフさんたちの中に内野さんの姿があって、撮影時間6時間の間、袖に入られる時間もありはしたけど、ほとん
どず〜〜〜〜っと内野さんのお姿を見ていることができたのでした。もうあたりまえのように、すぐそこに内野さんがい
らしてフツーに動いていらっしゃるわけですよ。目の前でおきていることがあまりにあまりのことなので「何っ何なの
っ、今私に何が起きてるの〜〜っ!」の状態で6時間。その間の私ときたらニッタ〜〜〜〜っとしているのが自分でも
よくわかる。普段はあれほど笑えなくて困ってるのに、こういうときは満面の笑みを引っ込めようとしても引っ込まな
い! あの顔をフラの先生に見られたら「その顔ができるのなら、それで踊りなさいっ」って怒られマス。それで笑った
ときは筋肉がどういう状態なのかがよーくわかったので、笑顔の出し方がちょっとつかめたかも。この2日後にあった
フラの稽古では、後遺症でデレデレしっぱなしだったから「人間変わったのか」と思われてたみたいです(笑い)
それにしても、6時間の撮影で撮ったシーンは放映ではわずか4分でした。スタッフの方た
ち、しかも若い方たちがたくさんいて、何度も何度も角度を変えたりしてテスト、本番を繰り返
す。内野さんもそのたびに演じるわけだし、私たちエキストラも何度も何度も「演技」させられま
したですよ。私のような「目的」でもなければ、エキストラもたいへんです。ちなみにこの日の
私は無償。いただいたのはお弁当と記念品とテレビにも登場したシンポジウムのパンフレ
ット(ただし表紙だけで中身は白紙)のみです。念のため。
実はあの日から私にあらわれた変化……お肌の調子がよい! それは撮影が終わった直後
から、あらっと思ってました。一度もトイレにも立たずお化粧直しもしてなかったから(基本的に
エキストラの何たるかの自覚ゼロ)崩れてるんだろうなあ、と思ったら意外にキレイなままだっ
たし、そのあともずっとツルツルしてるんだよねえ。これは6時間も内野さんのフェロモンを浴び
つづけちゃった結果、私の遺伝子がやっとメスだと自覚して、普段不活発な女性ホルモンが
突然活動しはじめたんじゃないか……と。いや、本当に。それしか考えられないもん。
よくぞ途中で倒れずに生きて帰ってきたと思いますよ。ホールを出てきたときには、まだ体が震えてましたし、家に帰
ってからも、内野さんと同じ空気をずっと浴びてたこの体を洗っちゃうのはもったいな〜い(笑い)なんて思ってしばらく
ぼ〜〜っとしてました。今、あの日のことを思い出しても夢のよう。オンエアを見たら実感がわくかなと思ったけど……
実は大きなホールで端の方の席だったし、カメラの位置や向きからして映ってはいないと確信してして安心して見て
いたんですよ。それが……わりとキチンと映ってました(汗) 内野さんと共演したことになるんでしょうか?でも画面に
映った自分の姿を見てさえ実感わかない夢心地……。
内野さんの印象……私の中で勝手につくりあげていた内野さん像とまったく矛盾しない、ある意味普通の人。今のテ
レビでの変人ぶりとは全然違って、おだやかで自然体で……それが意外と自然にアノ南原教授にスイッチするから
不思議です。わあ……思い出すとまたボ〜〜〜ッとしちゃう……。

2月5日(土) 先週末のプチ旅。再び古代上総と「鎌足」の地
 今週は私的にもいろいろありまして、それから週刊誌騒ぎもありまして(汗……)、落ち着かないうちに一週間たって
しまいました。それで今更先週末のお話です。
 再び市原を訪ねてまいりました。前回はバス。今回は車。アクアラインのおかげで料金はかかるけど上総の国が近くなりました。そういえば、当初の東海道は相模国から東海道を渡って上総国に至る、つまり隣国だったのです。それと似たようなルートをたどっていることになりますね。
←まず五井駅前に寄って先日撮りそびれた菅原孝標女像を撮ってきました(それにしても撮りにくい位置にある……)。この像を見て思いました。一昨年武蔵国の「国分寺祭り」に参加して自称孝標女を気取ってた私、あれ、けっこういいセンいってたわ!と(笑) ちなみに8世紀半ばに東海道は陸伝いに武蔵国を通るルートに変わりましたから、孝標女はアクアラインルートは通ってません。
 で、その後の史跡めぐりはオオアマさまの凝ってる古代の役所跡をさがす旅でして。それも上総国国府跡も市原郡や海上(うなかみ)郡の郡衙跡も判明していなくて、その候補地があるだけ。つまり何かが残っているわけでは全くなく、とりあえずジコマンゾクというか……(汗) そういうマニアックな旅でしたので、上総国ページに書くことにしてこちらでは省略させていただきます(笑い)
午前中にある程度古代役所探しをしたところで、ランチタ〜イム! このサイ
トに遊びにいらしてくださったかずけさまに教えていただいたパスタ屋さん「キ
ャトル」へ行きました。前回行った国分尼寺からも近い国分寺通りに面したお
店です。駐車場完備。入口は地味なんですが入ってみたら奥が深くて、しか
もとても賑わっている。地元に愛されている店であることがすぐわかりまし
た。私はあさり(このあたりの名物ですもん)と野菜のクリームスープパスタ
をいただきました。ボリュームもありますがぺロッと平らげて体も温まり大満
足でした。かずけさま、ありがとうごどいます。こういうときにサイトやっててよ
かったと本当〜〜に思います(⌒‐⌒)
午後は館山道を南へ戻って木更津へ。上総国で最古の古代寺院だったかもしれな大寺廃寺跡へ。少ない資料と地図を突き合せてオオアマさまをナビしたところ、意外にもスンナリとその場所にたどりつきましたので「カーナビでもさすがにこういう場所には連れていってくれないだろうから呉女ナビのほうが役立つこともあるんだね」とオオアマさまに珍しくホメラレました。さすがは房総半島。大寺廃寺跡の神社にはもう
←春が来ていました。
それで、次は私のワガママで、どーしても気になる今も住所が「かずさ鎌足」、その鎌足伝説」の元になっているらしい高蔵寺へ。そこから木更津へ戻る途中で「鎌足桜」(左の写真ではありませんが)なんてものも発見しました。このあたりはもっと探せば「鎌足伝説地」がいろいろあるみたい。うーん、なんでなんだろうねえ……。
 最後に木更津市街にあって木更津市民の憩いの場でもある太田山公園へ。その
名の通り小さな山なのでそこに登っただけでも東京湾一望ですが、その上にまた展
望台がある。その展望台のテッペンに立っているのは日本武尊と弟橘媛の像。これ
は「きみさらずタワー」といって木更津のシンボルタワーでもあるのです。日本武尊
がこの海を渡るときに荒れた海を鎮めるために自ら海に身を投じた弟橘媛。このとき
日本武尊がこの地を去りがたく思ったことから、「きみさらず木更津」となったという
伝説があります(ちなみにそのとき媛の袖が流れ着いたのがすぐ北の「袖ヶ浦」なん
だとか……)。のぼったら眺めは最高だったけど寒かった〜〜〜〜!!! ここにあ
る上総博物館を見て(ただし私たちの興味範囲の展示は少なかった)、今回の上総訪
問はとりあえず終了。アクアラインを通ってあっという間に相模国へは戻ったけれど、
それから渋滞にハマッてしまいました。
←太田山公園から東京湾を見る。アクアライン
と、その向こうに東京が浮かんでいます。南の
ほうはこの日は富士山は見えなかったけど、
横浜、丹沢、箱根が見えていました。

2月10日(木) 深刻な中のど〜でもいい話。
実はここ10日ほど、ずっと心に重くのしかかっていたことがありました。先月末、義母の体調が突然具合が悪くなり入
院したのです。病院が嫌いな義母が自ら病院に赴いたというくらいだから、よほどだったのでしょう。10年前の冬に突
然亡くなった義父のことも頭によぎり不安なときを過ごしました。結局検査だけですぐに退院しましたが、その時点で
の医者の見立てでは命にかかわるような病気ではないだろうが、治療には入院やら通院やらかなりかかるかも……
ということだったので、かなりいろいろなこと、どこの病院に入院させて誰がどう世話するかとか、寒冷地で一人暮らし
をしている義母を今後どうするかとか、その場合の費用をどうするかとか……ずいぶん考えたり覚悟したりしました。
それで、今日検査結果が出たところ、たいした異常は見つからず、すぐに入院する必要もないし、しばらくは様子見と
のことで、とりあえずは、ほ〜〜〜っとして緊張がとけました。もちろんまだ安心というわけでもないので、今後も検査
などは受けるように勧めてはおりますが。
 でもって、今だから書ける話。義母が入院している間にオオアマさまが一泊見舞いに行ったのです。こういう場合、
駆けつけるのは我が家の場合嫁ではなく実子ということになってまして。個室に入っていたので、同じ部屋の「担架
のようなベットで」一泊したのだそうです。幸運なことに今まで私たちにはこのような経験がなく。なにしろ私に出産経
験すらないのですから……三年ほど前に私が突然1日だけ入院したときはオオアマさまったら「家の鍵をもってない」
と病院に来るだけ来て、すぐ帰ったもんなあ……。オオアマさま自身も学生時代に盲腸で入院したことがあるだけで
……そのとき入院した病院の近くに住んでいた義母の友人が見舞いに来てくれて、後にその方の息子さんが私の友
人と結婚し、その縁で私とオオアマさまも……なんて話はどーでもいいのですが(笑い)そんなわけで、付き添いの一
泊はオオアマさまにとって心配なながらも新鮮な経験だったらしく、「病院とホテルの違いってさぁ……」と帰ってきて
言うには「パジャマで廊下を歩けるかどうかだよね」。「……まさか、アナタ病人でもないのにパジャマで病院の廊下
をうろついたの?」「ウン、だって着いたのが夜だから、すぐにパジャマに着替えて、それから売店に食べ物を買いに行
ったんだ。看護婦さんに『こんばんは〜』って挨拶したら『こんな患者さんいたかしら?』って不思議そうな顔をされたよ」
……確かに私たちはちょっとした旅にもマイパジャマ持参で行く。しかもオオアマさまがこのとき持っていったのは明
るいブルーと黄色のチェックのかわいいヤツ。アレでオオアマさまがゲンキに病院内を闊歩する姿を想像すると……
おかしくて、2、3日は笑えました(笑い)。……なんて、今だから言ってますが。
 高齢化社会です。私の両親も幸いにも健在ですが、健在だということはこれから何があっても不思議はないというこ
とです。それなりの覚悟はしていなければ、娘なんてやっていられません。でも、子供のいない私たちの老後は……
なんてまだ来るかどうかもわからんことまで気にしていられないわぁ〜〜。

2月17日(木) 実は飛行機も好き。
今日、中部国際空港が開港しました。通称セントレア空港。国際線と国内線の乗り継ぎがすごくスムーズだそうです
から、地方から海外への飛び方の流れが変わるかもしれませんね。それにしても、今日はたいへんな人出で、ただ
遊びに行ったり、展望風呂に入ったりしに行ったみたいで。確かに空港って行くだけでもなんとなく夢のある場所です
よね。実は私、このセントレア空港、すでに目撃したのです。先週末に、空の上から。
義母の件が一段落した先週の三連休。私たちは先月から計画していた、ダ
ンナの用事での和歌山行きを決行。飛行機で関西空港に降りました。関空
からなら和歌山までバスで1時間程度。大阪へ出るよりずっと近いのです。
まずはオープンしたての羽田の第二ターミナル初体験。展望台にあがって遊
んでいたら(そういう人がい〜っぱいいました)飛行機に乗り遅れそうになりま
した。というか、セキュリティチェックが厳しくなって、行きも帰りもかなり時間
がかかりました。ペットボトルなど液体を持っていると調べられるし、私は髪を
アップにして留めている金属製のヘアクリップで見事にひっかかりました。そ
れで飛行機にドタドタと駆け込んでみたら、羽田―大阪便はジャンボしか乗
ったことなかったのに、今回の関空行きは横6列の小さな飛行機だったの
で、ちょっとビックリ。

羽田第二ターミナルで天井を見る。

初体験の関空から。
飛行機で何が楽しいって、窓際の席に座って下界を見ることです。だって地図と同じに見えるじゃないですか〜(当然だ!) これが楽しくて〜〜! 曇って見えないとガッカリですが、今回行きはかなりよく見えました。房総半島、三浦半島、伊豆半島、静岡、浜名湖、そしていつのまにか伊勢志摩上空。それから伊丹へ行くなら大和三山の真上を通り、大阪城上空からまっすぐ空港へと降りていくのですが、今回初体験の関空行きはもう少し南を通ります。南側を見ていたから、ただ見えるのは世界遺産となった吉野熊野の厳しそうな山々ばかり。やがて海に出たからもう到着かな〜と思ったら、アレ?海を飛び越した。この下に見えてる陸地は……? 淡路島だよ。向こうに明石海峡大橋、そして神戸の町。こうやって見ると大阪湾って池みたいだな……。そうして大阪湾上を旋回して着陸。伊丹に着くより、かなり時間がかかるわけです。でも楽しかった〜〜。
一泊目は和歌山、二泊目はどーっと移動して嵐山に泊まっていたので、帰り
は阪急とモノレールで伊丹へ。今度はジャンボ機で、また窓際を陣取りまし
た。北側だったので海が見えるまで目印が見当たらない。やっと木曾三川が
見えたら、名古屋の町の南、飛行機の真下に真新しいセントレア空港が見
えたのでした。機材変更の都合でオオアマさまとは席が離れ、二人とも窓際
だったのですが、降りてから「セントレア空港見た?」「見た、見たっ!」。同
じことでコーフンしてる(笑い) その後、しばらく雲のジュータン。やっと晴れて
目を凝らすと、房総半島の先端、州崎半島に野島崎灯台。そうか、帰りはや
っぱり羽田を通り過ぎて房総半島を一周するんだね。そういえばアクアライン
の真上に航路があるのがアクアラインからよく見えるもの……。
今回は到着後もすぐにバスに乗ってしまったため、新ターミナル探検はでき
なかったけれど、そのうちロマンチックに(?)空港デートなど……。実はバス
や電車だけでなく、飛行機も好きな二人なのでした。

南房総の州崎半島。セントレア空港は真下過ぎて撮れませんでした。

2月22日(火) オオアマさまが眠れないワケ
もともと神経質で不眠になりやすいタチではあるオオアマさまが、最近また不眠に悩んでいるようです。多分、理由は
わかってます。オオアマさまは高校三年生の担任ですが、今は受験シーズンの追い込み。それで生徒たちのことが
気になってしかたがないんです。
現在の大学受験は、少子化などの影響で、難関大学をめざすのでなければそれほどタイヘンではないはず。浪人す
る子が少なくて進学塾は困ってるくらいなんですから。ただ、私も受験業界にいたことがあるからわかるけど、受験の
仕方、というものはあるので、オオアマさまもその生徒に合った大学、学部で作戦を練り、滑り止めなども考えて受験
指導をしてきたわけなんですが。
そろそろ合否が出揃っているはずなのに生徒から連絡がない。気になって夜、生徒に電話をかけまくる。……またダ
メだったのか……「これからまだ受験できる大学もあるから、相談にのるから、明日学校へ来なさい」そんな会話が聞
こえてくる。で、その後の食卓でも当然その話。初詣で北野天満宮から首途八幡宮へ浮気したのがやっぱりマズか
ったか……?(笑)
聞くと、どうも生徒は必ずしもオオアマさまの指導通りには受験していなくて、「滑り止め」を「必要ないと思って受けに
行かなかった」結果全滅した、なんて子がけっこういるらしい。ハタからみればその「滑り止め」だって受かってくれれ
ば万歳くらいなのに。模試などで自分の実力はわかっているハズ。それがどうしてミョ〜〜〜な自信をもってしまうの
か。
それにはそれなりの、彼らなりの根拠があるのです。以前にも私が問題にした推薦入学です。今やクラスの半分くら
い、クラスによってはそれ以上の生徒は推薦など一般入試以外で秋頃に進学先が決まってしまいます。この場合、
現実には「この生徒が一般入試で受けたら、この大学には入れないだろうな」と思う子が平気で合格してしまうことも
あるのが、残念ながら今の推薦入試なんです。生徒たちは目の前でそれを見ているものだから「あの子がこの大学
に受かったのだから、自分もここくらいは受かるハズ」。そう思って不思議はないんです。ところが現実には……なか
なかそうはいかない。それも考慮の上で指導してるのに。推薦入試と一般入試のカラクリ……今ここで語るのはやめ
ておきますが。
またオオアマさまが気にしているのは、他のクラスでは推薦で進学先を決めてしまった生徒が多くて、一般入試で一
番四苦八苦しているのがオオアマさまのクラスなんだそうな。オオアマさまは節操なく推薦にすがることに抵抗があ
って、他の先生ほどには推薦を勧められなかったのです。 そりゃあ、推薦で決まってしまえば生徒も親も、そして教
師も楽なわけですよ。だけど……。「やっぱり今の入試では現実的に推薦でなきゃダメということか……」これが一番
コタエテいるみたいです。気持ちはわかるなあ。理想と現実のギャップというか。
結局はどこの大学へ行くかがゴールではないから、今合格できていない生徒たちも、これからも受験をするにしろ浪
人するにしろ諦めるにしろ、結果的にいい人生を歩んでくれたらそれでいいのだけど……。逆に入学してもやめちゃう
生徒も多いと聞きます。でも高校側にはその場の結果が求められる……。
考えると私も眠れなくなっちゃいます。

2月26日(土) 「エース」ロケ地第三弾とクムフラのレッスン
一昨日の木曜日もフラのレッスンでかなりソノ気になって踊ったところで、昨日も昨年夏以来のクムフラ、ケアリィ・
サバロス先生の特別レッスンの日。とっても楽しみでフンワリしながらパウスカートを抱えてまずは出勤したのだけ
れど、いろいろ調子を狂わされることがあって……、それに妙な電話はかかってくるし、せっかく作った表は消しちゃう
し、会社からレッスンの稽古場へ移動するにも乗換駅で降り損ねる、ホームを間違える、改札を出るときバスのカード
を入れてキンコンキンコン鳴らしてしまう……などなど、ボロボロ。
もう疲れちゃって、とてもフラなんて踊れない!と思ったけれど気をとりなお
し、何をしたかといえば、昨日のお稽古場から歩いて少しのところの「エース
をねらえ!」のロケに使われたテニスコートへ(笑) 高級住宅地の中に全
部で7面くらいコートがあったかな? 駐車場にも、私は車についてはまるっ
きり疎いのですが、なんとなく高級そうな車が並んでました。メチャメチャ寒い
のにテニスを楽しむハイソそうな方々。幸いロケに使われたコートにはどなた
もいらっしゃらなかったので、ちょっと写真を撮らせて頂きました。

「エース」で何度も登場したテニスコート。コーチの立ち位置は柵のこちら側。

レッスン後のケアリィ
先生
こうして精神的にはかなり立ち直ったものの、体力的には自信がない状態でレッスンが始まりました。「フラ界きっての肉体派」といわれるケアリィ先生ですが、昨日はフード付きの長袖Tシャツをお召しになって、なんだかとてもかわいらしく(笑)いつもの笑顔につい引き込まれてしまいます。なにしろ2時間で一曲の振りを覚えなきゃならない。しかも昨日の曲は長かった(笑)。途中で「ここまでは前奏です」と言われたときには倒れそうになりました。体力もさることながら、頭の体操です。ボケ防止です。でもやっているうちに音楽にのり、その歌の世界に入り、フワ〜〜ッとしてきちゃうんです。風なら風に、愛なら愛に、自分自身が同化していくような……。ステップも手の動きもまだまだ基本すらおぼつかない状態ではありますが、最初に受けた特別レッスンのときのチンプンカンプン状態に比べればこう動け、といわれれば、何となくそう動けるようにはなってきた自分の体にちょっとは感心しました。それに……やっぱりノ日以来、なんとなく笑顔で踊れるようになったような(笑) オバさんでも多少なりとも自分の成長が感じられるモノがあるのはいいことだなと思う今日この頃であります。

2月27日(日) 都会デート。「唐招提寺展」と水上バス、お台場。
昨日はオオアマさまと都会デート。まずは上野の東京国立博物館で開催中
の「唐招提寺展」(3月6日までへ)。平成館に入ってまず、入口の階段に→
描かれた蓮の絵。こんな演出に出会うのは初めてだと思うし、突然極楽浄土
へ誘われた感じでビックリ!
その階段をのぼって会場に入ると、会期終了が近いから覚悟はしていました
が、すごい人、人、人……。現在、唐招提寺は5年前から10年計画の大修
復工事中。今回はそういう時だからこその企画で、ご本尊に来ていただいて
四天王像などと共に金堂を再現したり、普段6月の鑑真和上の命日のころ
にしか公開されない御影堂(私も中は見たことがない)の堂内を再現したり。
「展示」というより「空間再現」がコンセプトという、ちょっと変わった企画です。
階段の蓮の花もそういうコンセプトの一環でしょう。
また音声ガイドの語りを寺尾聡さんが担当している、なんていうのも新しい試みなのかしら? 借りるのに行列ができ
ていたので、私は借りなかったのですが。そういう新しさは面白いと思うのですが、とにかく人が多すぎて、金堂の再
現も人の海の上にご本尊や四天王たちが浮かんでいるようで……。唯一の「展示」ともいえる瓦などのコーナーは…
…すごい人で全く動く気配もなし、という感じだったので、ほとんど見るのを諦めた私……。金堂の柱にとりつけられ
た「隅鬼」とか「金堂天上支輪板」などは面白かったから、今度金堂修復が完成して訪れたときには、また今までと
違った目線で見ることができるのが楽しみではあります。

それから、オオアマさまが「船に乗りたい」というので、地下鉄で浅草へ行って、隅田川を水上バスでクルージン
。これに乗ったのは何度目かなんですが、周囲の景色の案内もバッチリしてくれて、暖房完備で寒くもなくて、途中
竹芝で乗り換えてお台場まで1時間もかかるんですけど(料金は1060円)、の〜んびりと優雅な東京観光は気持ちよ
く、今度は桜の時期に乗ってみたいな……。

浅草、アサヒビール本社前を出発。

いくつもの橋をくぐります。

お台場、フジテレビが見えてきます。
夕闇迫るお台場に着くと私は「フジテレビに行きたい」、オオアマさまは「無料で乗れるループ
バスに乗りたい」……てなわけで別行動に。今何かと話題のフジテレビ。本社ビルの中に入
るのは初めてでした。見学コース用の長いエスカレーターで7階の屋上庭園へ上ると、もう寒
いのなんのっ! 凍えそうなのを頑張って探すと柱の一本に「不機嫌なシーン」の看板。→
もちろん内野さんの大きな笑顔が……! 喜んでいる場合じゃないほど寒かったので、撮っ
た写真がさほどブレていなかっただけで万々歳。オオアマさまといっしょなら球体展望台に夜
景でも見に行くところですが、一人で行くのもなんとなくムナシイのでやめて、グッズショップ
でお気に入りキャラ、トロの下敷きを買い、5階のスタジオプロムナードを一周してみたけれ
ど、バラエティー番組が好きではない私にはあまり楽しめるものでもなくて、以上でフジテレビ
見学は終わり。
オオアマさまとおちあって、これから夜景を見ながらロマンチックデート……といきたかったところではありますが、「ウ
チにおでんの残りもあるしね」。オオアマさまは初体験のりんかい線直通埼京線に乗って帰り、家でのんびりおでんを
食べたのでした。意外に現実的(というかケチ)なところもある夫婦です。



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