チカゴロの呉女 11

11月4日(木) 「エリザベート」大阪初日!黄泉の国へ行く。
 電子チケットぴあで衝動買いしてしまったチケットで、昨日の「エリザベート」大阪公演初日を一人で日帰りして見て
まいりました。私、舞台の初日って独特の緊張感と「これからはじまるぞっ」ってワクワク感があって好きなんです。舞
台のファンは千秋楽にこだわるけど、私はヅカファン時代からお祭り的な千秋楽よりも初日が好きでした。
 夕方5時開演だったので、早く家を出れば昼間は関西のどこかに遊びに行くことも可能だったのに、オオアマさまが
「え〜〜、ランチくらい一緒に食べてから行きなよぉ」と無理やり引きとめるのでブツブツ言う私に「呉女も『籠の鳥』み
たいでかわいそうだネ」。そこで私は「しかも『自由がなくては生きていけない特別な鳥』よ。『一体誰が飼いならすこ
とができる〜〜?』」と切り返したらウケていました。オオアマさまは以前に何度か「エリザ」を見ているから、これが
「エリザ」の中の台詞だとわかってくれます。まあ、オオアマさまはよく飼いならしてると思いますヨ。新横浜駅まで車
で送ってくれて……寛大な夫、ですよね。オオアマさまはその後、五島美術館に「明月記」展を見に行って、とても面
白かったのだそうです。
 さて、大阪に着きます。劇場に入ります。なんか大阪の客は全体として若いような……。祝日だからかな?  
 まずはプログラム。基本的に帝劇のときと内容がかわっているわけではないんです。でも博多公演のプログラムは
トークショーの内容が入っているということで通販で買いました。そしたら大阪ではわざわざ「博多版とは違います」と
売店に貼ってある。確かにトークショーがないかわりに主要キャストの対談が2人ずつ5組のっていて、内野・山口コ
ンビの対談は……まずその写真! 内野さんの笑顔とシャツの第3ボタンまであけたその胸元にクラクラッと……当
然、即買いです。2000円もするんだけど、東宝も商売うまいよなー。ファンの行動、読んでるよね〜。
 今日は2階の下手端の席。梅田コマ劇場の2階席はクルッとまわりこんでいて、端のほうだと舞台を斜め45度から
見ている感じ。前回名古屋ではセンターの比較的前のほうの席だったし、名古屋は客席と舞台が近かったから、今
度はえらく遠く感じる。それに斜めから見るっていうのは舞台のパーツを見るには新鮮で面白いんだけど、客観的に
舞台を見るような感じで、舞台そのものの中に入り込んで「浴びる」にはちょっと……。だから初日にしては「エリザベ
ート」を見たというより「内野さんを見た」感じになっちゃいましが、それはそれで十分。
 まず、プロローグのトートが棺の中のエリザベートを呼び覚ますところ。トートは後ろ向きで右手を上げたポーズをと
るんだけど、今日はそれを斜め後ろから見たわけで、その手の動きの美しさにまるで魔法をかけられたような気分に
なって、思わず倒れそうになり……それだけで、新幹線代の元とった!と思いました。それにまるで彫刻刀で彫った
ような、ムダなお肉が一切ついていないシャープな顔立ち……! そして少し前まで「歌が……」と言われていた人と
は思えない声の艶。手も見たい、顔も見たい、声も聞きたい! 内野さん一人を見ているだけでも忙しいったらありゃ
しない! 「最後のダンス」の衣装の裾の翻し方といい、シャウトも声、フリともにまた迫力を増していたし、机の上で
寝そべるようなポーズからエリザベートを誘惑する内野トートの見せ場のシーン……うわーん、あの動きを上から見ち
ゃったよぉ〜〜!どうしよう〜〜〜っ! しばらくうなされるぅ〜〜……とまあ、いちいちあげていたらキリがないのだ
けど、毎度毎度同じようなことを言いますが、とにかくイロっぽすぎます〜〜っ! 見ている間に何度倒れそうになっ
たことか! ……ああ、完全に壊れてる……。
 ラストシーンが終わったところであらためて思ったのが「この作品、暗っ!」(笑い)。前からわかっているんだけどさ
ぁ。それでもカーテンコールで出演者の皆さんに客席一体となって拍手をしているときって最高にシアワセな気分な
んです。あの気分が味わいたくて通ってるのかも。大阪のお客さんはさすがにノリがよくて1階席は早々に総立ちでし
た。一路さんから初日のご挨拶があって、その後ろでノッてる内野さんがえらくかわいぃ〜っ! オペラグラスを覗くの
と拍手って同時にできないから、ハンズフリーオペラグラスを誰か作ってくれないかしら、と切実に思います(テレビシ
ョッピングで細かい作業用のハンズフリー拡大鏡を見ると、これのオペラグラス版をつくって〜〜といつも思うんですけ
ど、実際に劇場でみんながそれをしてたらコワイかも) そして大阪でも義援金募金があって、もちろん私も募金してき
ました。最後の最後のカーテンコールで内野さんの超特大投げキッスで客席「キャ〜〜〜〜〜!」。バタッ……と私
は倒れそうなのをガマンして、シンデレラのごとく帰らなきゃ、と劇場から走り出ました。
 シンデレラタイムに数分遅れて帰宅。オオアマさまはウトウトと夢の中。私はなかなか眠れずに、眠ってもときどき
目が覚めては「私、内野さんと同じ空間にいたのよね。信じられなーい!」などと思い出し、あまり寝てないはずなの
に、今日は朝から妙に元気で、家事をバリバリして、遅刻もせずに悠々とフラのお稽古へ。鏡の中の私はどこか恍惚
としていて、ふんわりとシアワセそうに踊っていました。なんだか絶好調な感じなんだけど、これからまだ強行スケジ
ュールが続くから、勢い余って倒れないようにしないと……。

11月8日(月) 週末の関西、その1。〜「正倉院展」 緊張の美〜
 週末の話をしましょう。書くことが多すぎて困ってしまいます。
 金曜の夜、二人で夜行バスに乗って奈良へ。今回のバス、奈良交通でした
が、横から見ると平たい三角になっている枕がことのほかいい感じで、いつ
もよりよく眠れた気がします。
 今回の奈良の目的は我が家の年中行事「正倉院展」(11月15日まで)で
す。9時の開館少し前には奈良国立博物館に着き、窓口で期限の切れてい
た友の会の入会手続きをして(年会費3000円で東京、京都、奈良の国立博
物館の平常展は何度でも、企画展は6回見れる)ちょうど9時に入場。10分く
らい前に開場していたので、中はすでにかなりの人、人、人。
 ここ何年かの展示は「今年は染色が多い」とか「武具が多い」とかの特徴
があったように思いますが、今回は調度、楽器、伎楽面(呉女はいませんで
したが)、武器……などなど網羅的だったように思います。あまり展示物の予
習などはしなかったので、音声ガイドをじっくり聞きながら楽しみました。

JRの電車はこんなものをつけて走ってます。JR西日本にしては地味…
 よかったのは音声ガイドで琵琶や竪琴の音色を楽しめたこと。ああいった音をCDにしてくれないかしら? 今回すっごく思ったこと。毎回出展される展示物は違っても、正倉院御物の多くに共通して感じるその美の特徴は……。派手であれシンプルであれ、その形にしろ装飾にしろ、どこから見ても全く気を抜けないような緊張感をもった美が貫かれている……。鏡や琵琶の曲線、机や椅子(今回出展の椅子は御物の中でも唯一の椅子らしい)の直線、役人のもつ刀子の鞘まで、キリキリするような緊張感を感じます。オビトくん(聖武天皇)、こんなモノたちに囲まれて生活していたら……もしかしたら、それだけで息がつまっちゃったんじゃないかしら? アスカベちゃん(光明皇后)なら大丈夫、というか、むしろ彼女の趣味だったのかもしれないし。とにかく、どうしてここまで、と思うほどのカンペキの美。だからこそ、大量生産時代の現代人には惹かれるものがあるのでしょう。
  そんな中でホッとすることのできた御物は「紫地鳳形錦御軾」。「御軾(おんしょく)」というのはクッションみたいなも
の。形としては細長い直方体で布にくるまれています。オビトくんの愛用品らしい。以前、本でこの御軾はどんなふう
に使われたのか、という話を読んで印象にのこっていたので、実物を見られてとても嬉しい。クッションにしては実際
はとても重いのだそうで、リビングでくつろぐときにこれに体をもたせかけて「ひじつき」として使っていたらしいので
す。この御軾の上でため息をついて「つかれた〜」なんて言ってるオビトくんを想像してしまいます。
 今回の目玉のひとつはもしかして鑑真和上直筆か、といわれる手紙。しかも東大寺の良弁にあてて書いたものだか
ら、スターが揃ってます。たくさんの文書の中にあっても何か惹かれるもののある字ですが、考えてみれば鑑真って
目が見えなかったのでは……? これにはいろいろな説があって、図録の後ろのほうの解説を読んでみると、「見え
ていなかった」ことが伝説になってしまっているけれど、少なくとも調子のいい日は見えていたのかも、とも考えられる
らしい。とても興味深いお話です。
 その他にプラモみたいに組み立てれば五重小塔ができあがる「紫檀塔残欠」とか、御物には本当にいろいろなもの
があるのだなあ、としきりに感心したところで10時半。まだ大好きな正倉院文書を読みふけっているオオアマさまは
会場に置いたまま、私は博物館をあとにしたのです。

11月9日(火) 週末の関西、その2。〜恋して成長するトート閣下〜
 博物館を出て近鉄奈良の駅まで、いつもの興福寺境内を歩くと、本当にほ
っとします。東京で生まれ育った私には「ふるさと」といえるような場所がない
けれど、ここに来ると「ふるさと」に帰ったようなやすらぎを感じることができ
る。……ふと、エリザベートはあんなに旅をしまくっていても、そういうやすら
ぎの場所すら見つけられなかったのかしら?と思う……。
 奈良から近鉄電車に乗って1時間もしないうちに大阪、梅田コマ劇場に着
いています。はっきり言ってウチから帝劇へ行くより時間がかからないくら
い。そう、今の私には「今ごろ大阪で内野さんは舞台に立っているんだわ」な
んて考えながら奈良を歩くことなんてできない! 奈良は逃げないけど舞台
はやってるときしかやってない! ということで、欲望の赴くままに生きてま
す。

奈良国立博物館付近の秋。
 この日の席は1階中ほど。オペラグラスで見てちょうどよい感じなので、作品そのものにひたりつつも、やっぱり内野
さんの表情を徹底して追いました。内野さんは名古屋公演中のインタビュー記事の中で「死神さえも成長する物語だ
と思っている」とおっしゃっていますが、この日はそれをひしひし感じました。エリザベートと出会ってはじめての思いに
戸惑うトート。このシーンの内野さんの「恋する衝撃」の演技には定評がありますが、この日は見ているこちらもドキド
キするような「衝撃」でした。その後、あの手この手を使ってもなかなか相手は落ちてくれない。苛立ち、切ながり、そ
のうち強気になり、最後には優しくエリザベートを抱きとめる。ものすごくエゴイスティックでコワイんだけど、包容力も
ある。そんなトート閣下の「恋の軌跡」を堪能させていただきました。内野さんはトートにとってのこのドラマを「彼女を
愛し抜いたことを確認する旅」とも表現していますが、内野さんに落とされた4月以来、もしかして黄泉の国にいっちゃ
ったまんまで、この世では仮の姿で存在しているだけの自分を、どうしてこういうことになっちゃったのか確認する旅
して私は梅コマ詣でをしているのかもしれない、なんて思ったりもして……(笑い) 

少し移動した旧JR奈良駅舎と、泊
まった三井ガーデンホテル奈良。
 いつものようにカーテンコールでさんざん盛り上がったあと、何が違うって、これから帰る場所が奈良であるということ。何だか奈良に住んでいるみたいで嬉しいじゃないですか! ホテルがJR奈良駅前なのではじめてJRの「大和路快速」なるものに乗ってみたところ、最初こそ環状線の海側を通るので「本当に奈良まで行ってくれるのかしら?」と不安になったものの、40分程度で奈良に着いてしまいました。
 オオアマさまは夜行バスで疲れているから早めにホテルで昼寝する、とか言っていたわりに、行きたがっていた大安寺などを訪ね、歩き回って、私より少し前にホテルに入ったばかりとか。夕食はちょっとゼイタクにホテル内ですませました。そして、「よくそんな元気あるねー」と半ば感心し半ばあきれるオオアマさまを置いて、私は夜の奈良の町へと繰り出したのでありました。

11月10日(水) 週末の関西、その3。〜「モネ、光の賛歌展」 安らぎの美〜
 駅前からバスに乗って向ったのは興福寺近くの奈良県立美術館。私の大好きなモネの展覧会を開催中(12月5日
まで)で、金・土は夜9時まで開館してくれています。朝昼晩とやってることが我ながらめちゃめちゃだな、とは思いつ
つ、好きなもののハシゴは快感です。美術館のまわりがとっても静かだったわりには、中にはけっこうお客さんがい
て、とても落ち着いたいい雰囲気の中でモネの絵を楽しめました。
 この企画は第一回印象派展から130周年、ということで、初期から晩年までモネの作品を年代に沿って紹介すると
いうもの。中でも今回私が気に入ったのは、ロンドンで描いた絵を連作のように集めて展示した部屋。ロンドンの霧が
光を反射する様がいかにもモネらしくて素敵。一番のお気に入りは「セーヌの河畔、霧」。やっぱりモネには光と水で
すよね〜。あと、ゆったりじっくり見れてしまうので、ついつい絵を至近距離からばかり見てしまいがちでしたが、モネ
の絵は「筆触分割」ですから、それぞれの色が発する光を目の中で混ぜ合わせなければなりません。そのためには
ある程度離れて見たほうがいいのです。それで後ずさりしたり、また近寄ってみたり。
 モネの絵を見て感じたことは……午前中に見た、あの正倉院御物の緊張感とは対照的な種類の美。それまでの
仕上げをきっちりする絵ではなく、乱暴な言い方を許してもらえれば「さっさっさっ」と書いてしまうことで「多作」を可能
にしたモネの絵は、どこかで余分な力を抜いた……だからこそ「安らげる」絵なのかもしれません。
 帰りはフラフラと奈良の町中を歩いて、途中で本屋に寄ったりしながらホテルへ。体は疲れているのだけど、眠いの
だけど、眠ったら今見ている夢からさめてしまうような気がして、なかなか眠る気になれませんでした。

11月11日(木) 週末の関西、その4。〜「大海人皇子、吉野を発つ」〜
 ここからは日曜日のお話。前日、近鉄奈良の駅でこんなポスターを見つけてしまったのです。香芝市の二上山博
物館で開催中の企画展のポスターでした。うっ、どうして関西にくると、次から次へと私をソソルものが出てくるんだろ
う……。香芝へは行ったことはありませんでしたが、調べてみるとJR奈良からは王寺駅で乗り換えて30分程度で行
けそうだということで、翌朝9時に私は一人JRに飛び乗っていました。オオアマさまはボンネットバスでまわる定期観
光バスに乗るとのこと(観光よりバス目当てのようですが)。ウチの夫婦もこれだけ別行動するようになったということ
は、少しはオトナになったということでしょうか? それとも夫婦の危機でしょうか?
 いくら関西好きでもJRの路線図が頭に入っているわけではないので王寺駅で五条行きに乗り換え、といわれても
ピンとこなくてキョロキョロ。それでも無事香芝に着き、歩いて二上山博物館にも到着。二上山といえば私たちにとっ
ては大津皇子が眠る山。私が万葉集でもっとも好きな大伯皇女の絶唱で知られる山ですが、一般的には古代からサ
ヌカイトなどの鉱物で有名な山でもあります。この日は天気がよすぎて霞がかかったような日で、奈良の町から若草
山もほとんど見えないし、香芝にきても二上山はどこにあるのやら……。 
 常設展は鉱物関係が中心で、その一角の一部屋で「大海人皇子、吉野を発つ」展(11
月28日まで)は開催されていました。吉野から近江へ至る壬申の乱ルートに点々と存在
する古代寺院跡から出土した瓦などが展示の中心。ああ、私ももっと勉強して瓦を見分け
られるようになったらなあ……。それに写真を加えて大海人さまの脱出ルートをたどって
いて、私が訪ねたところでは名張の夏見廃寺とか、ちょうど1年前に行った迹太川御遥拝
所跡とか。その他には、先日訪ねた茨城でも大刀の話が出ましたが、壬申の乱で使わ
れた大刀を探るという意味で和歌山県御坊市の岩内1号墳から出た大刀が展示されて
いました。岩内1号墳って有間皇子の墓説のある古墳ですから、なかなか興味深かった
です。そして何と言っても収穫はこの展示の図録。地図や写真が豊富で展示に忠実な図
録である上に「書紀」の記述に沿って詳細な壬申の乱ルートが検証されていて、必ずや
今後壬申の乱ルートをたどる旅をするときには必携品になるでしょう。もちろん眺めている
だけでも旅している気分になります。

博物館の入口にて。
 そのほかにも過去の図録で「大津皇子と大来皇女―二上山百景―」も買い求めました。ただし読みはじめてみると
中身はわりに難しいんですが……。今月23日には特別展記念シンポジウムも開催されるようで……いいなあ……。
この頃また関西に来てしまったら私の体は引き裂かれるよ〜。実際には行かないけど……。さて、博物館の方に香
芝駅より近くにあるらしい近鉄下田駅の位置を丁寧に教えてもらったにもかかわらず、駅はそこにあるのに入口を見
つけられずにウロウロ。ちょっとハラハラしたけど、無事近鉄電車に。
 一方、午前中、観光バスを楽しんだオオアマさま。その後、京都でお母さまとランチを食べる予定が、なんとお母さ
まがわざわざ奈良までいらして下さった……しかーし、ヨメはそこにいやしない。ひとりぼっちの息子をあわれんで、奈
良ホテルのランチを付き合ってくださったそうな(私もまだ奈良ホテルには足を踏み入れたこともないんですけどー!)
その頃ヨメは性懲りもなく大阪で、ヨメが「自由に生きるの〜♪」と歌い上げて嫁姑争いに勝ってしまうお話にウットリ
酔いしれていたのでありました。どーする?このヨメ。

11月12日(金) 週末の関西、その5。 〜内野トート、美しさの秘訣〜
 ここまで読むと、同じものを何度も何度も見てよく飽きないなあ、とあきれかえる方が多いでしょう。でも私に言わせ
れば、何度見てもゼッタイに楽しめるものであることが確信できるからこそ、わざわざお金を払って通ってしまうので
す。 たとえ毎日見たって飽きません! この感覚はハマッた人にしかわからないかな〜?
 この日は一階の、前方ではないながらちょうどセンターの席。やはり舞台というのは真ん中から見てキレイに見える
ようにできているもの。だからなるべく舞台全体を見るようにしました。オペラグラスをのぞきっぱなしだと見過ごしてし
まうライトの変化とか、全体の構図とか。たとえば、トート閣下が登場するとライトがさっと青っぽく変わったり。照明と
か装置とか出演者一人一人の動きとかがすべて計算されて最大限の効果をあげていることがよくわかります。 
 衣装もそんな要素のひとつ。トート閣下の衣装って全身黒づくめで似たような衣装でも、よく見ると何種類かがある
んだけど、だいたい共通しているのは長い裾。燕尾服の燕尾の部分がひきずる手前くらいの長さで裾幅の広い裾に
なってる感じかな。動くとその裾が翻って素敵なのだけど、あれだけの長さとボリュームの裾は足にまとわりついた
ら、むしろ動きにくいはず。よく見ていると内野さんはその裾を実にうまく、しかもさり気なくコントロールしていることが
わかります。たとえば「最後のダンス」を歌う直前、階段を右足だけ一歩下りてポーズを決める。そのときに左手は裾
のへりをすっと上からすべらせてつかみ、左足の曲げている膝にさらっとかける。ここは一番わかりやすいのですが、
これに類することをあちこちでやっています。この後歌いながら階段をおりるときは、逆に裾を外側へ両手でさばきま
す。そうしないと足にからまるから。そして歌の最後、また階段をかけあがり、さっと振り返ったときに裾は大きく翻っ
てそれはそれはカッコイイ。なんとなく振り返る勢いで翻るものと思ってしまいますが、実は内野さんは自分で裾を引
っ張ってる。そうしなければ、あんなに長い裾がキレイに翻るはずがないのです。他にもすわるときには腰から裾をは
ずす、そのとき腰のところにもっていく手がセクシーで好きだったり……。
 最近気になりだしたのは、二部のチビルドくんとのシーンで、本が積んであるセットにすわり右膝は立ててその上に
裾を被せる。その次に左足を置いていた段からわざわざはずすのです。そうすると左足はゆるやかに伸びて、全体と
してとても美しいポーズになる。内野トート閣下の美は、正倉院御物のような、研ぎ澄まされた緊張の美。常に体の
隅々にまで神経がいきわたっている。左足をはずすその瞬間などをしっかり見てしまうと、私はコレに完全にヤラレテ
しまっているんだわ、とウットリを通り越して悔しくなってしまいます(笑い)
 宝塚の男役は、こういった「自分をいかにかっこよく見せるか」に命をかけている人たちです。歌舞伎役者の方も様
式美というのが身についている。まあ、宝塚の男役さんのなどは、見ようによっては「あそこまでやらんでも」という感
じもなきにしもあらずですが(ツクリモノの男性だからいいのです)、内野さんのそれはさり気ないのがいい……。内野
さんのその神経のいきわたり方はテレビでも、特に時代劇でよくわかります。このトート役はミュージカルであることも
コスチュームプレイであることも、ファンタジックな役であることも、内野さんのそういうよさをすごく生かしていると思っ
ています。もともと私は「エリザベート」という作品のファンだったから「エリザ」+内野さんという最強タッグでこんなに
こわれちゃっているのです。
 今回の内野さんのメイクもいい! 名古屋のときは頬に入れている色(紅ではなくシャドウ)がちょっと濃いかな?と
思っていたのですが、今回は頬には色を入れていないみたい。それがむしろお顔のラインの美しさをきっちり見せて、
とっても素敵です。「自前」のシャドウだけで十分だもの。アイシャドウももしかしたら、前はもっとブルー系だったのを
グレーっぽくしたかしら? こういう類の観察は苦手なので、違っているかもしれないけど。でも、内野さんのメイクが
変化することは確か。すでに200回以上も演じている役なのだから、メイクなんて固定してしまっても不思議はない
のに、まだまだ日々努力・研究を重ねていらっしゃるんですね……。
 ……と内野さんの美しさ、かっこよさを胸に刻んで、このハチャメチャな旅の帰途へ。私は新大阪から、オオアマさま
は京都から、同じ新幹線に乗り込んで、仲良く帰ったのでありました。

11月16日(火) 「古代相模の駅家と東海道」〜偉大なる古代律令国家〜
 今日はその次の土曜日、13日のお話。「正倉院展」と共に我が家ではこの時期の恒例となりつつある専修大学の
公開講座。昨年「高市皇子と相模国の関係」の推測を話してくださった荒木敏夫先生の講座があった、あのシリーズ
です。毎年「相模・武蔵の歴史」をテーマに毎回講師を変えて10くらいの講座があって、すべての講座を通して申し込
む方が多いらしいのですが、我が家の場合は興味のある講座を選んで参加します。そうするとなぜか必ず荒木先生
の講座をとることになるのです。先日の土曜がその荒木先生の講座で、例年二人で参加するのに、今年はオオアマ
さまが出勤日につき私一人で参加です。
 久々の晴天の日だったので朝から洗濯に精を出していたら、またも電車に乗り遅れ、駅から山の上にある大学まで
必死に駆け上がることに。何とか講座が始まったばかりのところへ駆け込むと、教室の中は200人くらいのおじさんが
ぎっしり! どうして歴史、特に地域史の講座ってこうなんだろう? 女性は10%以下かな。私なんて会場で一番若
いんじゃないか、と思ったくらい。
 去年のテーマは「人物」だったけど今年は「交通」。その中で荒木先生の講座は「古代相模の駅家(うまや)と東海
」。実はこのあたりはオオアマさまの得意分野で、普段から断片的にはさんざん聞いたり読んだりしている話。でも
オオアマさまは一から講義はしてくれないから、体系的なお話が聞けてよかったかも。二人で訪ねたマイナーな史跡
の話なんかも出てきたし、オオアマさまとはビミョーに見解の違う部分などもあって、もちろん後でオオアマさまには
逐一報告いたしました。
 古代の道路の研究というのは意外に新しい分野なんだけど、古代の官道は基本的に直線だったことがわかってき
ていて、たとえばちょっとした山くらいなら迂回せずに切り遠しとしてブチぬいちゃう。それというのもこれらの道が税な
どを都に運ぶ「交通」である以上に、地方で異変が起こったような場合に都に急を知らせる「通信」施設であったか
ら、とにかく最短距離である必要があった、ということなのです。そして、全国にこんな道を、多少の差異はあるもの
の、ほぼ統一規格でつくることのできたことの背景には古代律令国家の強大な力がある……と。これらの官道がつく
られたのはほぼ8世紀のことですが、その強大な古代国家を少し遡れば、その頂点にいるのは大海人さまや讃良さ
まであるわけで、今さらながら、その偉大さを思い知ってしまったのでありました。もちろん、その道をつくった人たち、
その道を通った人たち、そしてその道で行き倒れた人たち……のドラマも忘れてはなりません。
 そして荒木先生、あいかわらず1時間半の授業時間たっぷりと楽しそうにお話になられ、(文学部長なんかに出世す
るとあまり授業がもてずにストレスがたまっているのを、こういう講座で解消しているんじゃないかと……)中でも「武蔵
国国分寺とその近くから発掘された東山道の跡を見にいってください。半日は十分歴史にひたれます」……こういう
発言、先生、大好き! それに、授業の終わりのほうで先生のお顔をつくづく眺めて気がついたのですが、荒木先生
は吹けば飛びそうなくらい細―い方で、お顔も肉のついていない見事な逆三角形。そのほっぺたを見ていたら、別の
方を思い出してしまって、これも私が荒木先生のファンである原因かしら……なんちゃって。

11月19日(金) だって新人なんだもん
  あんまり遊んでばっかりいるみたいだから、たまには仕事の話でもしましょうか。
  今働いている会社は小さな会社なんだけど、社員の半分くらいは他社に派遣されている形なので、お給料関係の
処理などは私がしていてもお会いしたこともなければ声を聞いたこともない、という社員さんが何人もいたのです。た
またま今日、そのうち3人の方とそれぞれ全く別の用件で電話で話す機会がありました。そのたびに元気よく「はじめ
まして!」と挨拶したまではよかったのだけど……。
  まあ一件目の問い合わせはカンペキに私のミスでした。素直に謝って「来月かならず処理します」と約束したからま
だいい。そのあとの問い合わせは、私がまだ直接的に処理したことのない件で、その場ではあやふやでトンチンカン
な答え方しかできず、結局今日は解決に至らないまま。もう一件は成り行き上のことで別に私が悪いわけではない
けど、先方は気分をちょっとは害したかもしれない。総じて3人の方にはしょっぱなから「頼りないヤツ。大丈夫かなあ
……」と思われたに違いない。こういう第一印象って「先入観」として残りやすいのよね……。
 今日は「本日の仕事」として朝メモ書きした項目はほとんどすべてにチェックを入れられて(細かい仕事ばかりだった
からだけど)仕事ははかどったかなあ、なんて思ったのだけど、ふと社員さんたちとのやりとりを思い出したら……落ち
込んだ……。でもしょうがないよねー。オバさんとはいえ、新人なんだもん。
  こういう日に限ってオオアマさまは飲み会で帰りが遅いなんて……。それで途中下車して図書館に寄りました(なん
て健全な……)。あまり覗いたことのなかった「演劇」の棚で「エリザベート」のことがわりに詳しくのっている本をみつ
け、ちょっとは立ち直りました。
  ということで、本日は「呉女だって意外にデリケートで落ち込むこともある」というお話でした(^_^; 

11月21日(日) 「復元・古代東海道とその景観」
 昨日は先週の荒木先生の講座に引き続き、同じシリーズの講座。今日は専修大学兼任講師の田中禎昭先生の
担当でテーマが「復元・古代東海道とその景観」。今回はオオアマさまもいっしょです。
 荒木先生が総論だったのに対し、田中先生は各論といった感じ。最初は荒木先生に比べてまったりとローテンショ
ンの先生かな?と思っていたら、歴史の先生らしく(?)だんだんテンションが上がってきて、ご自分の世界に入り込ん
でいった感じで(笑い)とっても楽しかったです。古代の東海道の中でも、武蔵国が771年に東山道から東海道に所属
替えになるきっかけとなった武蔵―下総間の道路跡をある程度復元できるというお話。ちょうどこの春に訪ねた豊島
郡衙(御殿前遺跡)近辺から真東にのびる道、ということで親しみも湧きましたし、江戸、明治の地図や現在の道筋か
ら古代の道や条里を復元していく、そしてそれが時に現在の字名ともピタリと符号する……謎解きのような面白さに
ワクワクしました。そして、その場所が江戸の町からもはずれ関東大震災の復興計画からもはずれたために昔の道
筋がたまたま残されていたということ、また、先週の荒木先生もおっしゃっていた、このような古代道の復元は開発が
進み昔の地名も残りにくいところではどんどんむずかしくなってしまう、という話には考えさせられるものがありまし
た。

11月23日(火) 「冬ソナ」で夫婦の危機到来?
 夏に韓国を旅してきたのに、韓ドラなるものは全く見たことがなかったので、オオアマさまのスケジュールも落ち着い
てきたことだし、「冬ソナ」を少しずつレンタルして鑑賞しているところです。今日でちょうど半分の10話まで見ました。
途中経過ではありますが、ここまでの感想などのご報告。
  内野さんのファンには韓ドラのファンも多いようなので、私もハマッたらどうしよう……と内心ドキドキ。ドラマとしては
思ったよりも面白いというか、チャチャ入れながら楽しんで見ているという感じ。ヨンさまに関しては、高校生として出
てくる最初のあたりは「さすがにイイオトコだなあ」と思ったんだけど、その後ミニョンとして出てきてからは、あんまり
私のシュミでない……。別に茶髪がダメとかメガネがダメとかじゃないんだけど。むしろサンヒョクのパク・ヨンハくんの
ほうがずっと好み。でもサンヒョクも最初のほうは私好みの「高市的」お人好しキャラかと期待したのだけど、だんだん
違ってきたからあまり萌えなくなりました(笑い) そうそう、ヨンさまよりもキム次長のほうが私の好みです。ほっぺた
のラインとか。
 というわけで、今の時点でいえば、私は楽しんでいるけどハマるほどではない、というところ。ところが……
オオアマさまがハマッてしまった……!!!
 実は、オオアマさまは職場で「ヨンさまに似てる」と言われていて、今じゃ生徒にまで「ヨンさま〜」と呼ばれる始末
だそうな(←完全にからかわれてる)。うーん、確かに色白でメガネかけてて、ヨンさまカツラでも被せれば角度によっち
ゃ笑顔が似てなくもないかな〜〜?って程度なんだけど、本人は「その気」になっちゃってんだろうか???(←やめ
ときなさーい!) まず「サントラCDがほしい」と言い出した。で、CDショップの前で「恥ずかしいから、呉女買ってき
て」「なんでぇ?私にはレッキとした好きな人がいるのよぉ〜、ヨンさまファンだと思われたら、心外だわぁー」「いいか
ら、買ってきて!」なんて末に購入。オオアマさまは連日連夜これを聞いてはメロディーを口ずさむ。そのうちハングル
の勉強でもしだしそうな勢いです。それに「チェ・ジウ!」とかって叫んでるから何かと思えば、どうやら私を呼んでいる
らしい(爆) 「何でしょう、ヨンさま(←いたってクールに)」「冬ソナツアーでもう一度韓国へ行くぞ〜」「……」。どーす
る?
 さしあたって来月のNHKBSの「冬ソナ完全版」の放送をものすごく楽しみにしているようなので、私が勝手にCAT
Vを契約しちゃった罪の意識は感じなくてすむようになったからいいものの、問題なのは……旅先のある町のホテル
で見ることになる予定の12月29日。この日はNHK総合で内野さんが主演して国内外で賞をとった「蝉しぐれ」のアン
コール放送もあって、一部時間が重なってしまうのです。家で予約録画をするのは問題ないんだけど、ホテルの部屋
でどっちを見るかでトックミアイの争いになることは必定。ここらが私ら夫婦の正念場か。ツインの部屋をキャンセルし
てシングル二つにしておくべきか……。 
 それはともかくとして、このドラマが特にオバさま達にウケているということ自体は納得します。きれいな映像と音
楽。今の日本ではもう作れないであろう純粋なラブストーリー。女性はいくつになっても夢を見たいものなのよ、という
のはすごーくよくわかります。でもさ、この夢みるオジさんはどうしてくれるの……???

11月28日(日) 晩秋の山中湖ドライブ  

相模と甲斐の境、両国橋付近。
 この秋は黄泉の国にこもりっきりで、ほとんど下界を見ずに過ごしてきたので、さすがに自然の中で季節を感じるなんてこともしてみたくなり、史跡巡り抜き、近場、お手頃、などを条件にホテルをネットで探したところ、ちょうどよいところを山中湖に見つけました。
 山中湖に行くのは数年ぶりでしたが、神奈川の、特に田舎のほうに住む人間にとっては山中湖は箱根と並んで身近なリゾート地なのです。津久井湖の近くから「道志みち」という山の中の道をぬけていくと50キロも走らずに山中湖畔に到着します。高速料金もいらないのですから経済的。私たちは昨日の午前中は少し用事があって遅く出たのでスイスイ走れましたが、途中相模と甲斐の境界にあたる場所にある、その名も「両国屋」というお店のおじさんの話よると、土曜の午前と日曜の午後はかなり混雑するんだそうです。
 周囲の山々は秋の最後の色で覆われ、家からさほど走ったわけではないのに、こ
んなに豊かな自然があることに感激しました(がっかりした、とも(笑い))。
 途中、道のえき「どうし」で昼食。ここ道志村は神奈川県民の水源林をもつところ。清
らかな水に恵まれ、クレソンを名産としています。「手作りキッチン」でポトフクレソン
のケーキをいただきました。ポトフは二人の好物だし、クレソンのケーキはこれまたク
セになりそうなほどおいしくて、しあわせ。
 道のえきを過ぎて峠をこえれば、富士山がデーンと見えて、あっという間に山中湖
です。昨日は異様なほど暖かかったけれど、標高900メートルくらいというだけあっ
て、すでに秋というよりは木の葉も散り切って初冬の趣きです。富士山を仰ぎ見なが
ら湖を一周ドライブ。その後立ち寄り湯にゆったりつかりました。夕食は山梨名物「
うとう」を食べに行きました。実は数日前にもほうとうを作って食べたばっかりで、オオ
アマさまは「呉女がつくったのと同じ味だけど……」なんて言ってましたが、違ってい
たのはほうとうに欠かせないカボチャ。私「カボチャが煮とけちゃう〜〜」と騒いでいた
のですが、ものすごーく大きく切ればよかったんですね〜。ほっこりしていておいしか
ったです。

道志のポトフとクレソンケーキ

富士山と山中湖。
富士山を背に写真を撮る人がいっぱ
い。年賀状にするのかな?
 今回泊まったのは「ホテル・フジヤマ」という雄大な名前に似ずこじんまりとした、オオアマさまに言わせれば「隠れ家のような」ホテルで、リーズナブルなわりにお部屋もゆったりきれいでとても気に入りました。お部屋からは富士山が見えないのが残念ですが、今朝は山中湖も富士山も見える清々しいレストランにて落ち着いたアメリカンブレックファストを。チェックアウトの11時まで、ゆったりとオオアマさまは仕事、私は読書。ホテルを出て、もう一度湖を一周。富士山のきれいに見える喫茶店でお茶をいただいて、昼には山中湖をあとにし、帰りは御殿場から東名を走ったら、渋滞もなく、遅めのお昼は家で食べてました。こんなシンプルな旅もわが家流なのです。

 ところで、この日記の数少ない読者の方の中のまた数少ない方々は、私が山中湖へ行ってこんなことで終わっているはずがないっ!と思う方もいらっしゃるでしょう。もちろんです。その話はこの次に……。

11月29日(月) 「ウラ山中湖」レポ 〜「エース」ロケ地巡り〜
 山中湖の向かう道中、オオアマさまは機嫌よく「冬ソナ」の曲を口ずさみながらハンドルを握ってます。富士山がだ
んだん大きくなり湖が近づいてくると、私も心の高揚をおさえきれず歌い出す「コートでは〜♪誰でもひとり、ひとりきり
〜♪」。かくして、ヘンな二重唱が繰り広げられ、そのうち「エースっ、エースっ、エース〜♪エースをねらーえ〜♪」一
曲に収束されていった……勝った!(笑い)
 そうです。山中湖はTVドラマ「エースをねらえ!」の5話前半のテニス合宿シーンの舞台。山中湖に行く、と決まっ
た時点で私は「ロケ地めぐり」を目論んでいました。そう思って見回すと、山中湖の周囲にはテニスコートがいっぱい。
山中湖ってテニスのメッカなんでしょうか〜? 
 そこで私はオオアマさまに「まずはNホテル(ホテル名を出しても差し支えはないとは思いますが、一応ここではイニ
シャルにしておきます)へお願いします」。と湖畔を半周走らせます。その場所に近づくと「調べたところではRHが目
印のはずなんだけど……」と湖なんてちっとも見ちゃいない。その目印を発見、少し山側に入ったところで、確かに見
覚えがあるHホテルを発見。中に喫茶店のようなものもあるようだし、ことのほか開放的な雰囲気だったので、ちょっ
とためらいつつもホテルの敷地内へ。ホテルの名称とは裏腹にテレビで見る印象よりかなり古い感じ(そのかわり安
いらしい)。入るとすぐにテニスコートが何面もあって、たくさんの方が楽しそうに打ち込んでいらっしゃいました。そのコ
ートの間にあるウッドデッキの通路。その向こうに見える富士山。確かにここだっ! キャッキャッ! 宗方コーチが、
内野さんが確かにここにいらしたのだわ!……と浸りたいけど、コートにたくさんの人がいるし、あんまり写真をとりま
くるのも失礼だから、遠慮がちに(これでも?)写真を撮らせていただきました。ただし、富士山をバックに撮るには夕
方だったので富士山の真横に太陽があって、撮りにくかったのが残念でした。
入ってすぐ。車の向こうにあるコートがひろみと
藤堂さんが星を見上げていたコート↓

奥がクラブハウスで手前が
左と同じコート。宗方コーチ
「ラケットは……?」のコ
ートでもあります。
このウッドデッキはよく出て
きました。「コーチ、今日の
特訓は?」「中止だ。夕食
の後、大広間に来い」でク
モの巣柄のあのシーンに。
みんなでご飯を食べて
いた(ひろみがいじめられて
いた)クラブハウスとその隣
のコート          →
「なんだ!そのサーブは。も
う一度!」
←上のウッドデッキを手前に引いてくると、両側はイ
ンドアコートで「ランニング10キロ」の終点。「腕立て
100回5セット!」

さらに奥へ行き、道をへだてたその先には……→
夜、ひろみと藤堂さんが走って戻った道。ひろみが足
をひっかけたのはそこのでっぱりかしら?転びそうに
なったひろみを藤堂さんが抱きとめる。
この先にも何面かのコートがあって……↓
「そんなタイミングでライジングショッ
トが打てるか!」「はいっ!」    →
宗方コーチのひろみに対する居残り特
訓に千葉っちが怒る……!

 このコートは空いていたけど、となり
のコートから「サーティ・ラブ」なんて言
葉が聞こえてくると、なんか、嬉しくな
っちゃう……(笑い)
 あきれはてた顔して待ってるオオアマさまに、呉女は追い討ちをかける。「夜のシーンは別のホテルで撮ったみた
い。Rホテルへお願いします。」「え〜〜、あそこにまで戻るの〜?」「いいじゃなーい。うーん……チュンチョン(春川、
「冬ソナ」のロケ地)付き合うからぁ」「……それならいいだろう」ということで、湖をはさんで反対側のRホテルへ。駐車
場で待っているというオオアマさまを残して私はテニスコートへ。コートの脇に見覚えのあるライト。そして……!
「妹さんだったんですね。緑川さんのことです」「そ
れがどうした……」
夜、宗方コーチが着物姿でタバコをくゆらせながら佇
む木立の中のシーン。

そのすぐ前(左の写真では左下にあたる)のコートが、
その後コーチが目を閉じて深呼吸をするコート。この
写真だとカメラの位置が違うのでわかりにくいけど、
コーチが歩いていたのは真ん中のコートだと……。
 もっと木立のなかで宗方コーチのオーラを存分に感じてきたかったのだけど、周囲の目や待ってるオオアマさまを気
にして、ドップリ浸りこむ間もなく車に戻りました。「あっちの駐車場のすぐ横だった」「それじゃ見てこよう」。コラ!…
…オオアマさまも見たいんじゃないのぉ! で、帰ってから「エース」DVDを見直して喜んでました。
 山中湖は昼間はあんなに暖かかったのに、夜になると急に気温が下がります。道路にあった温度表示でも3時半
頃に13度だったのが、6時過ぎには2度になっていたし、実際に朝晩はとっても寒かったのです。「エース」のロケが
あったのは、雪が積もっていることでもわかるように、もっと寒くなってから。特に夜のシーンの撮影なんて、すごく寒く
てたいへんだったんだろうな。お蔭で、こんなに楽しませていただいてます!……「ウラ山中湖」レポートでした。

12月6日(月) 週末の関西、再び。 〜果たして呉女は「追っかけ」か?〜
 ことの発端は、法隆寺で若草伽藍の壁画破片が発掘されたというニュース。現地説明会が土日にあると聞き、もと
もと4日土曜には関西に行こうかと考えていた用事のあったオオアマさまが「呉女もいっしょに現説行かない?」と言
い出したのが木曜の夜。私がさすがに躊躇していたら「あ〜〜ノリが悪い〜〜」と機嫌悪い。それで「……行ってもい
いけど」。そしたらその場でオオアマさまは暗記しているバス会社の電話番号に電話して、金曜夜の夜行バスを予約
してしまったというわけ。法隆寺の後オオアマさまは当初の用事のほうへ行って泊まってくるから「呉女はそのまま帰
たらいい」と言うんですが、「私が今、黄泉の帝王の支配する関西に行って、そのまま帰ってこれると思う?」「(笑)そ
こまでは知りません!」
 てなわけで、金曜の夜、奈良行きの夜行バスに。なんと一ヶ月前に乗ったバスと全く同じバ
ス(オオアマさまがナンバーまでチェックしてた)の同じ席! この席は私が乗るのを待っててく
れたんだわ、きっと。
 奈良の話は後日、別ページにアップしますからここでは省略。でも現説もさることながら、
隆寺はさすがにいい! すっごく久々に行ったのですが、時々は訪ねたい場所ですね。それ
から隣の中宮寺にも行きましたが、久々にお会いする弥勒菩薩さまを見て「脚のラインがキレ
イだわ……」とか思ってる私は、やっぱり最近壊れてる(笑い) 
 昼過ぎ、オオアマさまはこれからおでかけ。私は斑鳩近辺を歩いてみたいと思っていました
が、雨が降ってきてしまいました。「呉女は大阪にホテルをとったんでしょ。夜行バスだったん
だから、もうホテルに行って休んだら?」「いやっ!この時間に大阪へ行ったら、まだ閣下が
降臨中なの」「(笑)閣下降臨中はだめなの?」「落ち着かないの!」

晩秋の法隆寺
 オオアマさまと別れ、雨の奈良の町をうろついて夕方になるのを待って大阪に入りました。そして翌朝早くホテルを
出て、梅コマの当日券売り場に並びました。そもそも元ヅカファンは長時間並ぶことを何とも思わないところがコワイ。

 難波宮跡。大極殿基壇から。
 10時、当日券を買った後ホテルをチェックアウトして、大阪駅で帰りの切符を買い、荷物をロッカーに預けていると携帯が鳴りました。オオアマさまが「今大阪駅」と。私も見に行こうと思っていた大阪歴史博物館の「古代都市誕生」展が面白そうだから見にきた、と。ほどなく博物館に向う地下鉄のホームで落ち合う夫婦。でも考えてみたら、私には展示を見るほどの時間は残されていない。手には開演前に食べるつもりのコンビニ弁当。「展示はいっしょに見れないけど、お弁当食べるの付き合って!」と博物館の向かいの難波宮跡へ。私は大極殿の基壇にデンと座ってお弁当を食べる。オオアマさまは強い風に飛ばされたコンビニの袋を追いかけて拾ってきた(笑い)。つかの間の夫婦の逢瀬。オオアマさまは別ルートで帰る予定なので「それじゃ今晩、オウチでね!」と交差点で手を振って、走って地下鉄に乗り、閣下のもとへ。
 12時開演。この日は本席のチケットは売り切れていたので補助席が出て、とてもいい位置で観劇することができま
した。今までで最も近くでお会いしたトート閣下です。閣下のスタイルのまま「内野さん」に戻ったカーテンコールでの
お顔をはっきり見ることができるのはシアワセですね〜。でも席にゼイタクを言うとキリがないので……今回はラッキ
ーだったということで。オオアマさま、ありがとう。
 帰りの新幹線の中で「週刊文春」を読みました。先日のヨン様騒動についての一連の記事の中に「追っかけ」主婦
の話があって、オオアマさまは気になって立ち読みしたんだって。その記事によると、主婦が追っかけをするのは「夫
が妻を女性として扱っていないから」なんですって。それでオオアマさまは「反省した」と……(笑い)。
 あのねえ、オオアマさま。なんと義母にまで私が「内野聖陽の追っかけをしてる」って話しちゃったそうだけど(なんて
ことをしてくれるのぉ〜〜〜〜!)、私は「追っかけ」じゃありません! 内野さんの舞台を繰り返し見に行っている
というだけで、ファンレターを出したこともなければ、楽屋待ちさえしやしない。こんなにつつましいファンがどこにいま
すか! こういうのを追っかけとは言いません!
 昨日は私より1時間くらい早く家についてホッコリしていたオオアマさま。「これだけ通ってたら、世間には追っかけ
に見えるでしょ。今日だって……」「今日はアナタが自分の妻を閣下の前に『ハイ、どうぞ』って差し出したようなもんで
しょ!」「……あっ、そっか……」
 自分の心の暴走を止めるために、舞台以外で生の内野さんの姿を見ることを頑なに禁じてきました。昨日だって当
日券に並んでいるときに内野さんの楽屋入りを見ることもできたのに、「留守番役」を買って出て周りの人を楽屋口に
送り、ひたすら背を向けていたくらいなんだから。……それにしてもなあ、最近内野さんファンのお友達も増えてきて、
一人で頑なでいること自体に「何だかな」と思えてきたり……。ああ心が揺れる……。

12月14日(火)またまた週末の関西@ 〜オオアマさまはストーカー?in京都・明日香〜
 ホントに異常なんですけど、またまた先週末は金曜から関西にいました。先々週のは突発的、今回は少し前から計
画済み。だから、先々週のはさすがの私も躊躇したっつうのに、オオアマさまったらあ! 
 金曜の観劇の話はあとにまわすことにして、私は4時に一人で梅田で観劇を終えると阪急
電車に乗って京都へ。久々に(夏以来)四条通にあがるとなつかしい夜の京都。高倉通を北
上すると新しい店あり、老舗の賑わいあり。こんなに近い都市なのに、大阪とは全然違う香
り。面白いよねえ、関西って。大阪、京都、奈良、神戸。全然違う個性の町がこんなに近くに
集まってる。そうそう、私にとっては大津も! 向かったのは京都文化博物館で「秘められた
黄金の世紀展―百済武寧王と倭の王たち」を見たかったのだけど、もう閉館時間が迫ってい
たので断念して、わかりやすそうで韓国のページをつくるのにも(で、いつ作るんだ?)役立ち
そうな図録を買いました。地下鉄で京都駅に出て、駅に近いリーズナブルな旅館にチェックイ
ン。のんびりくつろいでいると仕事後のオオアマさまが新幹線で到着〜! ところでオオアマ
さまは何でわざわざ京都まで来たの?「オレ、追っかけの追っかけをやってるんだ」。コラ
コラ……。ホントにストーカーされてる気分よ! この日にボーナスが出たお祝いかな? 我
が家の忘年会? 祝杯を挙げる場所まで自宅から交通費がかかり過ぎるけど〜。

土曜の朝。京都駅のクリスマスツリー。
 翌朝は京都でゆっくり目覚めて、駅地下のイノダでゆっくりコーヒーを飲んで。オオアマさまはあまり遅くならない時
間に帰りたいというので(ホントに何しに来たんだろう?)それまでの時間の過ごし方をを考える。いろいろ行き先の
候補はあったんだけど決まらないまま当日になってしまって。結局、年の最後に久々に明日香の空気を吸いに行こ
ということになり、近鉄電車でお昼過ぎに橿原神宮前着。バスの時間が合わなかったのでゼイタクにもタクシーに乗
って(だってオオアマさまは仕事帰りのスーツ姿、私はロングスカートで自転車に乗る格好ではなかったのですもの
……)甘樫丘へ。今年は確か一度も甘樫丘に登らなかったからどうしても行きたくて。私が世界でいちばん好きな場
。この日はコートも脱ぎたくなる暖かさ。まだ秋の色が十分に残る丘をかみしめるように登りました。

甘樫丘。いつもは階段の道を登りま
すが、この日はのんびりと遊歩道を。

登りきると7世紀、宮殿が
営まれた真神原が眼前に。

展望台からは、さらら様が君臨した藤原京跡を眺めて……。
 頂上の展望台でコンビニ弁当(またコレかいっ!)を広げて、藤原京跡を眺めながら気持ちのよいランチ。いつも展
望台からすぐに下りてしまうから、今日はちょっと丘の上を歩いてみようと尾根づたいの遊歩道を南へ歩きます。この
道を歩くのははじめてでした。思ったより展望は開けないけど、木々の中の気持ちのよい散歩道。そして、このあたり
にはあの蘇我邸があったと思われる……。今も発掘をしている様子でしたが、東麓の遺跡からは焼け土や遺物が出
てきているようです。あまり時間はなかったので丘の中ほどで下りて、田畑の中の遊歩道を飛鳥寺へと歩きます。
645年6月12日、入鹿暗殺のあと、飛鳥寺と蘇我邸とでニラミあっていたのだから、「お正月ドラマのいい予習だねえ」
(←それより早く「大化の改新」ページの更新しなさいって!)。

甘樫丘上の遊歩道。このあたりに
蘇我邸があったのかしら?

丘の東へ下りると正面遠くに
飛鳥寺が見えます。

入鹿暗殺直後、中大兄や鎌足たちがこもったという飛鳥寺
 360度存分に見回しながらのんびり歩いていたら飛鳥大仏にお会いする時間はなく、タクシーで橿原神宮前駅へ。
オオアマさまは決めていた電車になんとか間に合って名古屋へ。私は逆方向の大阪へ。明日香を歩いていたのは
実質1時間強くらいでした。それでもずっと行かないまま年を越すより、気持ちよく新年を迎えられるというものです。

12月16日(木)またまた週末の関西A 〜前楽で涙、涙。私だけの「私だけに」〜
 まずは前回あとまわしにした、金曜日(10日)の○回目(ヒミツ!)の「エリザベート」観劇の話から。この翌日が内野
さんの千秋楽になりますが、千秋楽のチケットは競争率が高くて手に入らないだろうから、前売りのときに「せめてそ
の前日を」と思ってチケットを買っておいたのです。結局は幸運なことに内野さんの千秋楽も、その翌日の大千秋楽
のチケットまで入手できてしまったので、ラスト3日の「エリザ祭り」になったわけですが。この一ヶ月半、劇場が大阪
にあることが信じられないくらい通いましたから(笑い)もう思い残すことはなくて、この日の朝は意外に冷静に新幹線
に乗りました。「エリザ」とトート閣下にしばしのお別れをしてくる、ケジメとしての締めくくりに行くんだ、と(←いろんな
リクツをつけるヤツですよね)。
 この日の席は2階の前方上手端。実は帝劇である日「劇場中にこの席一枚しか残ってません」と言われて仕方なく
買ったこのあたりの席が意外によかったんです。トート閣下の出番は下手が多いので、お顔は上手を向いていること
が多いし、それに1階だとオペラグラスで見ようか肉眼で見ようか、悩み続けながら見なきゃいけないんだけど(笑い)
2階なら割り切ってオペラグラスを覗き続けられるというメリット(?)も。てなわけで、意外に私は好きなポジション。変
わっているかな?
 それに経験的に、あまり舞台が近いより、ある程度距離をおいたときの方が妙に舞台に入りこめてしまう場合もあ
るんです。今回もきわめて落ち着いて席についたのに、一幕のエリザベートの「私だけに」の歌唱でボロボロボロボロ
泣き出してしまったのです。自分でもビックリで「私ったら、ど〜しちゃったの〜?」という感じでした。「私だけに」はこ
のミュージカルのテーマ曲といってもいい名ナンバー。ただし内容的にはエリザベートが姑にイジメられたあとに「私、
負けないわ」とばかりに歌うかなりシビアな歌。ミュージカル「エリザベート」のファンであっても、ある意味「わがまま」
なエリザベート自身には感情移入できない人も多いらしくて、誰でもこの曲が好きなわけでもないらしいんだな。でも
私はだ〜い好き。一つの原因は……別のページで白状してるからいいのだけど、私の婚約破棄経験かも。その原因
がまさに姑だったから、あの時の自分と無意識に重ねあわせているのかもしれません。そして「ベルばら」以来「自
由、平等」を最大の価値とする私にとって普遍的テーマともいえる歌だから。何度聞いてもこの曲の間奏部分になる
と、まるで条件反射のように全身がビリビリとシビレてくるのです。それに今回は自分では冷静でいたつもりでいても
体のどこかが「もう千秋楽」と憶えていて、この曲に触発されて3月からの「エリザ」生活を思い出して感極まっちゃっ
たのかもしれない。とにかく曲の最後はヒックヒックというほどに泣いていた私……。
 やっぱり私はこの作品が好きなんだなあ。ありがとう、「エリザベート」。そして、これからもよろしく……と涙をぬぐい
つつ、あることを思いつきました。そして忘れないうちに、とその日の夜、京都にやってきたオオアマさまの顔を見たと
たんに告げました。「遺言です。私のお葬式では『私だけに』で棺を送ってください」。ホンキです。それに、この曲はラ
ストシーンにも流れるから、トート閣下が迎えにきてくれるかもしれないし、ネ!

12月17日(金)またまた週末の関西B〜内野トート千秋楽!ビョーキは悪化……〜
 さて、とうとうこの日がやってきてしまいました。11日土曜、内野さんの千
秋楽です。ストーカーのオオアマさまのお蔭で(笑)そのことをあまり意識せず
に昼過ぎまで過ごせました。それに、この日は全国の内野ファンが大阪に大
集結!という感じで、決して交友関係が多いとは思えない私でも、いろいろ
な形で知り合った内野さんファンや「エリザ」ファンのお友達と劇場でお会い
する機会を得ました。ネット上で知り合った方とは初対面だったし、ケイタイを
駆使してあちこちと連絡しあい盛り上がる……。似たような光景が劇場中で
繰り広げられていたようで、まるで本当の「お祭り」でした。
 そんな中で午後5時、2004年最後の内野トートの幕が上がりました。当然
とはいえ、客席の熱いこと! すでに前日からトート閣下最大の見せ場の
「最後のダンス」ではショーストップがかかる盛り上がりでしたが、この日は
ほかにも何曲かショーストップが。個人的には芝居の流れを止めてしまう

「本日の出演者」掲示板に「内野聖陽」の名前を見るのもこれが最後。
からショーストップは好きではないのですが、必死で拍手してしまう観客の気持ちを止めることもできません。特に内
野さんの場合、ミュージカルとは畑違いの新劇の世界から抜擢されて、歌を歌ったこともないのに難曲ぞろいのトート
役に挑戦し、最初は歌をさんざんたたかれたけど、初演から4年の間に誰もが驚くほどの成長をとげられたのです。
観客はそのことを知っているからこそ拍手しちゃう。私はミュージカルでは(オペラとかは知らないけど)、結局のところ
観客に心が伝わるか、観客を楽しませることができるかが大事なのであって、多少音がはずれたとか声がひっくり返
ったとかはさほどの問題ではない、と思っています。その点、私は初演の頃から内野さんのトートが好きだったし、
情から指先まで全身をつかって楽しませてくれるトート閣下は私にとってカンペキです。それに初演と今年では内野さ
んの役作りが違っていますが、今年の「とんがった感じ」でシビアな閣下はまさに私好み。名古屋公演の感想には
「よりクールになっ」て「戸惑った」と書いています。実際に思い返しても帝劇と名古屋の間で内野さんの演技は少し
変わったと思うのですが、大阪の後半になってクールさの上に帝劇のころの「豪快さ」がほどよく戻ってきたような感
じで、それがと〜っても嬉しくて。この日、ラストシーンでエリザベートを迎えにくる閣下の、いつも以上にはじけんばか
りの充実感!きっと内野さん自身の中にこの役をやり遂げた満足感がこみ上げてきていたのでしょう……。
 そして総立ちのカーテンコールに突入。一路さんに「この方がトートをやる日は舞台の温度が2度くらい高くなる
…」と紹介されて内野さんのご挨拶。どんなことをお話になったか、舞い上がっていて全然憶えてないんです。確か
「一言がないように、悔いのないように演じました」というようなお言葉にはじまり、他の出演者やスタッフに感謝を込
めて、後ろを振り返ったりしながらお話されていましたが、その動作のひとつひとつに色気があるな〜と感心してしま
って(笑い)。今回の公演のある新聞評でも「セクシー爆弾」なんて書かれていましたが、多分、今回は内野さん自身
はことさらに「イロっぽく」演じようとは思っていなかったのではないかと思うのです。でもにじみ出てしまうものはしか
たないというか、本当にもともとイロっぽい人なのね、と改めて思ってしまいました。ご挨拶のあとも一路さんと清々し
くハグしたり、同じくこの回で楽を迎えるチビルドの光平くん(カテコの最初から泣いちゃっててカワイイ!)を肩の上に
のせたり、恒例の投げキッスをあちこちに飛ばしたり、最初から数えると全部で10回くらいカーテンコールがあったん
じゃないかな? 明るくさわやかにあたたかく幕―という感じの素敵な千秋楽でした。 

翌朝。ホテルの窓か
ら、梅田コマ劇場と
そのビル。
 そしてその夜、お友達たちと一緒に勢いにのって、私はついに「封印」を解いてしまいました。夜の遠目でチラリとはいえ、舞台外のナマの内野さんを見てしまったのです。高い位置からファンに向って明るく手を振り、投げキッスのサービスまでしてくださって(こう書くと、ものすごくキザなヤツと思われるかもしれないけど、これがすっごく自然でカッコいいんだから!)周囲は「内野さぁ〜ん!」コールでビャ〜ッとすごい勢いで両手を振ってたりするんだけど、私はその中でただ胸の前で手を合わせてポカンと見送るのみ(←このオトメの姿を想像してください)。そのときは実感がわかなくて、その後わりと平静にファンの方たちで飲んで、深夜になって劇場近くにとったホテルに帰ったのですが、ホテルの窓から劇場のビルがデーンと見えるのもマズかった……。一人になったらトート閣下の、カーテンコールの、そしてはじめて見てしまった素の内野さんの姿がごっちゃになって思い出され、着替えることすらできずに何時間も眠れないまま、ぼーっとしていました。締めくくって帰るつもりが、ますますビョーキを悪化させてしまったようです。だって、素の内野さんは私が想像していたよりもずっとずっとず〜〜〜っと、素敵だったんですもの……。

12月18日(土)またまた週末の関西C〜黄泉の国←→古代、行ったり来たり〜
  ↑の通り、夜全然眠れなくて、そのうち開き直ってビールを買ってきて、この日(土曜日)に売り出された「エリザベー
ト」2004年ハイライト版CDを聞き、劇場の夜景を見ながら一人で酒盛りしてました。でもね、待望の2004年版CDな
んだけど、当然のことながらやっぱり舞台はナマでなくちゃなあ。CDを聞くと癒されるどころかますます舞台が見たく
なる……。
 そんなことでやっと眠りについたのは朝近く。それでも8時ころには目がさめて、ゆっくりお風呂に入って簡単に朝食
をすませ、9時半チェックアウト。そして、先日オオアマさまが行った「古代都市誕生」展を見に大阪歴史博物館へ
行きました。博物館に入る前、隣のNHK大阪の前でちょうどお正月ドラマ「大化改新」の長ーい予告編をやっていま
した。前日放送の「土曜スタジオパーク」(録画して後で見た)でもたくさんドラマの映像を流していましたが、それとも
ちょっと違う、かなり見ごたえのある映像。これから舞台で見る山背大兄役の山口さんも出ていて素敵でした! 見
終わって我に返ったとき、自分でもこうも入りこむものかと思うほど、一人で異次元に飛んでいた感じ(笑い) かなりド
ラマチックで面白そうです。はやく見たいなー。ハイビジョンが1日と2日で、総合が3日の放送です。
 この前ぶりのあとでの展示ですから、また入りこみます。展示室に入ったとたん、韓国の扶余や慶州の遺跡に関す
る展示でしたし。慶州の皇龍寺跡なんて、ガイドさんに「研修のとき以来ここにお客さんを連れてきたことはありませ
ん」と言われながら行ってよかった〜〜と思いました。全体として7世紀あたりの古代国家成立に果たした仏教の役
を積極的に評価しようとする展示でした。私にとってはどこかで見たものが多くて「へぇ〜〜」てなものではなかった
けど、前日に行ったばかりの甘樫丘東麓遺跡の展示とかドンピシャリと「私の世界」ですから、しばし黄泉の国を忘れ
て古代に飛びました。展示物で見れてよかった〜と思ったのは野中寺(やちゅうじ)の弥勒菩薩像です。この像は女帝
史をやっていると「中宮天皇」という言葉が銘文の中に刻まれていることで有名な像なんです。覗き込んでみると台
座の周りにぐるっと刻まれているんですね。「中宮天皇」の文字も見つけました。あと博物館前の難波宮跡から見つ
かった「戊申年」木簡。木簡にしては珍しく「複製」と書かれていなかったから本物なのかな? この木簡の発見が難
波宮跡が孝徳朝に遡れること、「大化改新」なるものが実際にあったらしいことの信憑性を高めてくれた、ありがたい
木簡です。
 1時間くらい古代にひたって、地下鉄で最後の黄泉の国に戻ります。私のトート閣下(キャッ!)はもういらっしゃらな
いけれど……。

12月19日(日)またまた週末の関西D〜「エリザ」イヤー、華麗なるフィナーレ!〜 
 今年の3月から実質7カ月半にわたる「エリザベート」四都市縦断ロングラン公演もいよいよ最後の日。とっても入手
困難チケットでしたが、私はお友達のご厚意で見せていただけることになりました。感謝です〜〜。
 前日の内野さんの楽と両日にわたって、このミュージカルの作者のミヒャエル・クンツェ氏と作曲家のシルベスター・
リーヴァイ氏がウィーンからいらっしゃっていました。開演前にお二人が客席に入ってこられると客席は拍手の嵐。こ
んなすばらしい作品をつくってくださってありがとう、という気持ちが劇場にあふれた瞬間でした。
 そして12時の開幕。今日は私にとって名古屋以来の山口トート閣下。内野閣下はエリザベートと対等にぶつかり合
っているのに対して、山口閣下はエリザベートを一段上から見下ろしている感じ。トートは形のない役だから、どうにで
も解釈できてどうにでも演じられるのが魅力の役。だから正解はない。あるのは好みだけ。
 この日一番注目したのはやっぱり主役の一路さん。東宝版エリザベートの公演はこの回で529回目なんだそうです
が、一人でエリザベートを演じきった一路さんにブラボー!! この日は気迫ヒシヒシの一路さんを山口さんがしっか
り受けとめてるという感じの舞台でした。ラストシーンでの一路さんはちょっと突付いたら泣き出しそうなほど張り詰め
ていたような。マラソンを走りきったような心境だったでしょうね。心から拍手、拍手です。
 「エリザ」の大千秋楽では恒例となっているという長いカーテンコールがまたとっても楽しかった! グリュンネ伯爵
役の治田敦さん(通称はるパパ)が司会ですばらしいエンターティナーぶりを発揮。50人位の出演者全員をユーモアと
愛情をこめて紹介します。途中で8人のトートダンサーが「トート閣下のコレクション」として娼館のシーンのホストクラ
ブバージョンをやったのが面白すぎて涙が出ました。プリンシパルキャストは本人のコメントも入ります。ダブルキャス
トは内野さんとエルマー役の今さん除いて今日出演でない方も私服で登場。特にチビルドくん4人勢揃いはオソロシ
クかわいかった〜〜。皇帝陛下の二人三脚も楽しかったし。石川さんって素顔のほうが素敵だわっ。
 ルキーニ役の高嶋兄キの紹介ではるパパが「この人がいなかったら、この作品はものすごく暗い作品になっていた
と思う」と言ったのには「ハッ」としました。実際すごく暗い作品なんだけど、そうか、最初から最後までほとんど出ずっ
ぱりの高嶋ルキーニが「暗いのになぜか楽しい」舞台の大功労者だったんだ! なるほど〜! そしてこの翌日に兄
キとこの舞台の初演時の共演者シルビアさんとの婚約がマスコミで報道されましたが、「エリザ」の公演中に発表し
たら「それだけエリザベートの結婚のことをくさしておいて、お前は何やねん」と思われるから終わってからの発表にし
たのですって。たしかに結婚式の場面で「すべての不幸はここに始まった〜♪」なんて歌う作品で、それを煽る役で
すからね〜。舞台効果を考えちゃったんですね。 晴れておめでとうございます、ルキーニ兄キ! その兄キの挨拶
で「来年もまたお会いできるようです」。綜馬陛下の背中にも「またね」の大きな文字。来年再演のウワサは本当だ
な、と確信しました。実際に昨日(18日)9月帝劇再演の正式発表がありました。やった〜〜〜!
 ということで、再演を確信してのフィナーレだったので、「エリザ」が見れなくなる、というさびしさは感じなくてすんだ
のですが、この素晴らしいカンパニーがほぼ全員揃っているのに内野さんがいないのだけが、ちょっと寂しい……。
 この前日もこの日も最後にはクンツェ氏とリーバイ氏も舞台にあがってご挨拶。リーバイ氏はこのオッさんのどこから
あんなに美しい旋律が出てくるんだろう?(失礼!)と思うような気さくな面白い方。クンツェ氏は「この作品は二人の
頭の中から生まれたものではあるけれど、もとはエリザベートという人が存在してこそのもの。不幸という服を着て生
まれてきたようなエリザベートが、今になってこういう形で多くの人に愛されるのはすばらしいこと」というようなことを
前日におっしゃったのが印象に残りました。トートという存在を生み出してくださったのはクンツェ氏ですから、お二人
には心からの感謝と同時に「私をこんなにしてくれちゃってぇ、どうしてくれるの〜〜」とも訴えたい(笑い)
 全部で1時間近くの長ーくて楽しいカーテンコールで今年の「エリザ」は華やかに幕を閉じました。心はすでに9月
に飛ぶものの、東京で1ヶ月だけ、というのはこの作品にしては短すぎてチケットが心配〜〜〜! だからこそ今回
梅田でがんばって見ちゃった、ということもあるのだけど。……なんて言って、結局9月もメチャメチャなことになるんだ
ろうな、私。ああ、おそろしや〜〜。
 一人で帰ってきたならば、それなりにしんみりしたかもしれませんが、お友達といっしょにだったので、楽しくおしゃ
べりしている間に帰ってこれました。家に着いたとたんにテレビでは「新選組!」の最終回。その後オオアマさまと
「冬ソナ」のビデオ鑑賞……もうゴチャゴチャ! 忙しすぎ〜〜!(普通、師走はもっと違うことで忙しいのでは……?)

12月24日(金) 冬ソナ騒動、その後 〜「ハマる」ということ〜
 以前、「冬ソナ」を半分まで見て、私はそうでもないけど、オオアマさまがハマッてしまった、というお話を書きまし
た。今日はその後のお話。
 BS2で「冬ソナ」完全版が20日から放送されていますが、それが始まる少し前にビデオの全10巻を見終わりまし
た。私も楽しんでみましたが、「子ども世代は純愛なのに、親世代はずいぶんドロドロしてるわねー」などと最後まで
チャチャを入れ続け、やっぱりチュンサンのヨンさまよりもサンヒョクくんやキム次長のほうが好きでした。
 オオアマさまはと言えば、チェ・ジウがかなりお気に入りのようで、一回ビデオを見終わったら気がすむかと思いき
や、完全版が放送され出してから、ものすごく夜に弱い人なのに、頑張ってある程度は起きて見ているし、少なくとも
翌日に録画は必ず見ています。しかも見出したらとまらないし、繰り返し見ても全く飽きないらしい。その見ている後
ろ姿から、ホンキで「ハマッて」いるのがわかるんです。あんなに何かに「入りこんでいる」オオアマさまの姿ははじめ
て見ます。実際、オオアマさまの頭の中は一日中常にビデオ再生状態なんだそうな。「おかげで読書ができない。そ
のかわり電車に乗っていて、あっという間に職場に着くんだ」「そうそう、それこそハマった状態よ。私の『エリザ』がま
さにそうなんだから、私のこの数ヶ月の状態がわかった?」「うん、はじめてその感覚がわかったよ。見れないときで
もいつもアタマの中にあるし、見れるときには見てないと気がすまないんだ」「でしょ〜?『見たい』というより、『見な
いではいられない』という感じじゃない?」「それそれ〜!」「でも楽しいでしょう?」「うん、楽しい。今まで呉女はひと
りでノーテンキで楽しそうでいいなと、自分はゼッタイ呉女みたいにはなれないと思ってたけど、なれるんだなあ」。
私、すっごくうれしい。「ハマる」という感覚を、他の誰でもない、オオアマさまに理解してもらえるなんて! こうとなっ
たら、どんどんハマッてもらわないと、と私もけしかける。積極的にオオアマさまの「冬ソナ話」のお相手もします。我
が家では録画の操作係は私なので(普通は逆?)、毎日録画を失敗しないかとプレッシャーをかけられますが、その
上にDVD編集までやってあげちゃいます。先日は朝一緒に出勤するときに、いつものことながら私の準備が遅くてオ
オアマさまが先に家を出て、私が必死にそれを追いかける。こういうところが「ユジンみたいだ」と言われるゆえんなん
だけど、私もユジンになりきって「サンヒョク〜」とか言ってみる。ハタから見てたらアホな夫婦でしょうな。夫婦揃って
「浮世離れ」もいいところ。それぞれ違う方向に同じように壊れているなんて。今度チェ・ジウが来日したら、「追っか
け」をさせようかとも思っております(笑い)

12月25日(土) 「メレフラパーティ」
 今日は「メレフラパーティ」というフラのクリスマスパーティがありました。フラの教室でホテルの宴会場を借り、同じ
スタジオの各教室が集まって、一部はホイケ(発表会)、二部は食事をしながら生バンドの演奏でディスコ状態でフラを
踊っていい、というパーティです。ホイケの練習はもちろんお稽古でやっていたのですが、何しろ私はずっと他のこと
に気をとられていたゆえ、あまり振りの入りが十分でない感じ。でも先日のおけいこでの位置決めのときに三列並び
の最後列の位置を確保できたので、前の人を見ながら踊ればいいやと、今日はとっても気楽に気分よく、会場入りし
たのでした。ところが、直前の最終位置決めで舞台の大きさが変わったからと最前列に引き出されてしまい、私は突
然不機嫌に。最前列は人を見ながら踊れないから、振りを忘れたらどうしようという緊張で楽しめないんだよぉ〜〜
〜。今回はせっかく楽しめると思ったのにぃ〜〜。案の定、本番では信じられないほど緊張して体が動かず、笑うどこ
ろではありませんでした。あ〜あ。いつになったらこの状態から脱せられるのか。
 二部のパーティでは衣装ではない服に着替えることになっていて、みんなそれぞれのフラファッションに身を包みま
す。皆が派手だから、ここではどんなに派手にしても目立たない。私はドレスを買う経済的余裕はなくて(他に使いす
ぎ!)フラドレスは人様からお借りして、それに合わせて首飾りだけを梅田のフラショップで観劇の合間に購入してい
ました。これがかなりお気に入りなんです。パーティでも2曲はステージの上で踊らなきゃいけなかったのだけど、こ
ちらはホイケではなくて「お立ち台」みたいなものだから全く緊張することもなく、本当に楽しく踊ることができました。
特に、そのうちの一曲は切ない恋の曲で生バンドの歌手の方が「これは思いっきり色っぽく踊ってくださいね」とおっ
しゃるもので、私はハリキッテ(笑い)あの方を思いながら踊りましたよ〜。なぜかこういうときに思うのはオオアマさま
ではないのよね……。たぶん、ウットリ〜〜って感じで踊っていたと思います。最後に先生が「二部を見て、こんなに
笑顔ができるんじゃない、と思った」と言われたのは、まさに私のこと。緊張しなければ笑えるんです。
 昨年のホイケのときに「来年はどんな曲を踊れるようになっているだろう」と楽しみにした、その新鮮な気分を思い出
したし、また他の教室の方が踊っているのを見て「この曲、踊ってみたいな〜」と夢はふくらみます。今年は黄泉の国
に浸りすぎて、フラの世界からちょっと気持ちが離れてしまったけれど、逆にフラが私の体の一部になりつつあるよう
な気もしているのです。
 ただし、今日の失敗はカメラを持っていくのを忘れたこと。せっかくの私の雄姿をお見せ出来ず、残念です(笑い)。





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