ナースのおばちゃん的患者生活
〜平成13年・またしても感染編〜


またしても・・・と言うべきか、去年の10月にUターン入院した時と全く同じ症状が出てきたのである。
しかし今度は背筋が凍るとか、寒気がするというような事はなく「やっぱり来たか」という感じで受け止めていたようだ。
去年の時点で「この先、何があるか分からんぞ」という思いが自然に頭の中に浮かんできたという事もあり、
意外と冷静に対処していたように感じる。毎回の事とはいえ、熱と左膝の激痛に耐えながら、同時に入院の準備をしている自分がいたのだ。
この女、ただ者ではないぞ・・・と自分のことをそのように思っている自分がいたのも事実なんである。

そして自分でも「普通、そこまでやらないだろ」という所まで調べていたのは、ちょっと驚いた。
今回の入院でそれはないと思ったのだが、とにかく「この先、何があるか分からない」という事には変わりないので、最悪のことを考えてみた。
この左膝に人工関節が入れられる事になったら、それが関節の一部でも全部でも身障者手帳が交付されるという事について
本を開いている自分がいたのには、正直言って我ながら驚いた。社会的に負い目は出来るのだけど「医療費がタダになる」とか
「黙っていれば誰にも分からないじゃんか」等・・・。やはり私はただ者ではなかったし、転んでもタダで起きてはいけないんであ〜る!

21世紀になって40日あまりが経過した頃の出来事だった。
知らない人が聞くと突然のことのように思えるかもしれないが、私は去年(平成12年)の10月に同様の症状で
U−turn入院してしまったという体験があるので「やはり来たか」という感覚で受け止めていた。

それは予告なくやってきて急速に症状が進むというものだった。
2月9日には何ともなくて夕飯の後にラーメンまで食べに行くという元気さだったのに、2月10日未明には左膝が
ボコボコに腫れてソフトボール状態だった。10,11,12と3連休だったので、手持ちの座薬で左膝の激痛と発熱を
何とかしのぐしかなかった。夜間や休日の診療体制は必ず各科のドクターがいるという病院でないので、そうするしか
ない。受診先を変更して・・・という事も通常なら思いつくのだが、私の場合は労災保険で治療を受けていること、
そしてこの病院以上に自宅から近い病院はないので、何とか連休をしのぐという方法が最適かつ最善だと考えた。
どうしても無理なようだと判断したら、夜中にでも受診すれば良いと思った。

以下に2月13日以降の経過記録をまとめてみた。
これから“ナースのおばちゃん的患者生活・平成13年「またしても感染編」”が始まる。


2月13日〜2月末まで

3月1日〜8日(OP前日)まで

3月9日(金)4回目のOP

3月10日〜3月末まで

4月1日〜22日(退院)まで

オマケ『一般病棟のオトボケ助産婦物語』

今回入院中の採血データー


               


since 2002.04.18