1970年代奥の細道

1970年代奥の細道

まだ新しい岩手県交通カラーをまとったバスが国道4号線を走ってきます。譲受車ですが、ワンマン化を進めたこれらの車両は、当時は新車に見えたのだと思います。
一関から水沢に向かう国道線です。
撮影:板橋不二男様(平泉町 1977.7.20)


1976年6月1日に、岩手県南バス、岩手中央バス、花巻バスの3社が合併して岩手県交通が成立しました。
前身となる各社は、1960年代末期から経営が厳しくなり、ワンマン化をはじめとした合理化を図るものの、度重なる労働争議により利用者の逸走を招いていました。その一方、各社ごとで資本系列化や合理化による経営立て直しを図ってはいましたが、決め手にはならず、最終的に県主導のバス事業一元化に乗った形での合併に落ち着きました。
旧3社の地盤は広大な岩手県内に広がり、3社統合の効果はなかなか発揮できなかったと聞きます。また、報道によると旧3社の経営者同志の軋轢や減らない労働争議により、経営改善はなかなか進まなかったようです。
ここでは、そんな岩手県交通成立後に、青と銀色の新カラーをまとった車両が投入され始め、また隣接エリアでの車両移動なども少しずつ行われ始めた時代の写真をご紹介します。

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この時期の岩手県交通は、旧3社の複数のカラーに新しいオリジナルカラーが加わり、非常に賑やかな状況が続いていました。この4枚の写真にはそれぞれ重複もありますが、オリジナルカラー、岩手県南バスカラー、花巻バスカラー、岩手中央バスカラー4種(中央バスオリジナル、花巻電鉄、国際興業貸切、国際興業路線)の7種があります。
撮影:板橋不二男様(河南営業所ほか 1979頃)

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80s岩手県のバス“その頃”