1970年代奥の細道

岩手県交通3(元県南バス・観光タイプ譲受車)

板橋不二男様から頂いた1970年代撮影の岩手県交通の写真を掲載します。
ここでは、元岩手県南バスの車両の中から県南バスの観光タイプのうち、他社からの譲受車と思われる車両をまとめます。

岩2く1606
岩2く1606

撮影:板橋不二男様(大船渡営業所 1977)

岩手県交通 日野RB10P(1965年式)

帝国ボディの観光タイプで、前ドア車。前面2枚ガラスで、明り窓付。側面のメトロ窓は斜めになっています。
岩手ナンバーでの登録は1969年頃のようです。

岩2く1608
岩2く1608

撮影:板橋不二男様(大船渡営業所 1977)

岩手県交通 日野RB10P(1965年式)

帝国ボディの観光タイプで、前ドア車。前面2枚ガラスで、明り窓付。側面のメトロ窓は斜めになっています。
側面の行き先板の下に赤い色が入っていますが、大船渡牛乳の広告でした。こういうところにも広告を取っていたのです。

岩22か232
岩22か232

撮影:板橋不二男様(高田営業所 1977.3.20)

岩手県交通 日野RC10P(1964年式)

1972年に同形車を何台か譲受している長尺の高出力車。前ドアの観光タイプを中ドアに改造しています。
方向幕には「立根」と出ています。さかりから国道45号を北に行った地点です。陸前高田と大船渡を結ぶ路線です。

岩2く1670
岩2く1670

撮影:板橋不二男様(釜石営業所 1977)

岩手県交通 日野RC10P(1964年式)

金産ボディの観光タイプで、1970年に譲受した後、前ドアを中ドアに改造したツーマン車。正面2枚ガラス、明り窓付のデラックス車。ライトベゼルは左右が飾りでつながっていたものが、改造されています。

岩22か111
岩22か111

撮影:板橋不二男様(釜石営業所 1977)

岩手県交通 日野RB10P(1965年式)

金産ボディの観光タイプで、1971年に譲受した後、前ドアを中ドアに改造したツーマン車。中ドア前位に車掌台窓が見えます。
正面の明り窓の中に方向幕が取り付けられており、「松倉」と出ています。

岩22か710
岩22か710

撮影:板橋不二男様(釜石営業所 1977)

岩手県交通 日野RB10P(1966年式)

金産ボディの観光タイプで、下の岩22か711と続き番号であることから、元岩手急行バスだと思われます。同じ年式でありながら窓配置などは異なり、こちらは幅の小さい側窓が最後部にあり、出入口表示窓もありません。この窓配置で前照灯4灯という仕様は、県南バス・東部バスのオリジナル車には存在しません。

岩22か711
岩22か711

撮影:板橋不二男様(大船渡営業所 1977)

岩手県交通 日野RB10P(1966年式)

金産ボディの観光タイプで、存在しない中ドア部分にも出入口表示窓を持つ車両。県南バスのオリジナル車にも似たような仕様がありましたが、この年式に金産ボディはありません。登録番号から1976年に県南バスで登録されたことが分かります。どうやら元岩手急行バスのようです。(注1)
岩手急行バスは盛岡−一関間の急行バスを運行していましたが、1976年に路線を廃止しており、それに伴い車両の移籍を行ったようです。

岩2く1677
岩2く1677

撮影:板橋不二男様(北上営業所 1977.3.20)

岩手県交通 日野BU10P(1966年式)

1970年に岩手県南バスが譲受したいすゞの観光タイプ。同じような富士重工製ボディで日野車も何台か入っていますが、これはいすゞのメーカーバッジがつくので区別できます。
方向幕を社名表示窓としており、「岩手県交通」の文字をガラスに貼っています。もっとも今は路線バスに使用されているようで、窓の中に「北上ゆき」と貼ってあります。

岩22か264
岩22か264

撮影:板橋不二男様(北上営業所 1977.3.20)

岩手県交通 日野RC100P(1965年式)

1972年に岩手県南バスに何台か転入している富士重工製ボディの観光タイプ。細部に違いはあるようですが、こちらは1965年式で冷房車。
側面には「一般貸切」とあり、貸切バス用途で使用されているようですが、窓の中には「南小学校スクールバス」と貼ってあります。

岩22か483
岩22か483

撮影:板橋不二男様(水沢営業所 1977)

岩手県交通 日野RC120P(1966年式)

富士重工製ボディの観光タイプ。前ドアのまま使われています。1973〜74年に同形車3両が譲受されています。
RC120Pという型式は、RB10の長さで高出力・エアサスの型式で、あまり馴染みはありません。
水沢〜大船渡線に使われています。

岩22か484

上の483と続き番号の同形車。後ろ姿はこのようになっています。

岩手県交通 日野RC120P(1966年式)
岩22か484

撮影:板橋不二男様(平泉駅 1977.7.20)

岩22か337

冷房付のターボエンジン車。リア窓内に号車シールが見えますので、貸切車のようです。
側面の社名は岩手県南バスと書かれていますが、撮影者によると1976年6月7日撮影とのことなので、岩手県交通になってから1週間後です。
岩手ナンバーでの登録は1973年。

岩手県交通 日野RC100TP(1967年式)
岩22か337

撮影:板橋不二男様(高田営業所 1976.6.7)

岩22か341
岩22か341

撮影:板橋不二男様(一関市 1979.11.19)

岩手県交通 日野RC100P(1966年式)

金産ボディの観光タイプで、後ろの方にスキー用扉がついています。
撮影者によると、元東京空港交通だそうです。側面の裾に残っている銀色は、元事業者の名残でしょうか。
方向幕には「定期環状観光」と出ており、一関で中尊寺定期観光に使われています。

岩22か252
岩22か252

撮影:板橋不二男様(大船渡営業所 1977)

岩手県交通 日野RC100P(1965年式)

川崎ボディの日野車で冷房車。この時期の岩手県交通では、当然「当たり」の車両です。
譲受年は1972年で、恐らく元富士急行。中央高速バスで使用されていた車両です。
通常は大船渡〜盛岡間、大船渡〜水沢間などの急行バスに使われていると思われますが、この時の方向幕は「立根」。大船渡市の北側にある地域で、立根と書いて「たっこん」と読みます。

岩22か258
岩22か258

撮影:板橋不二男様(大船渡営業所 1979以降)

岩手県交通 日野RC100P(1965年式)

川崎ボディの日野車で、冷房車のようです。
大きな写真の後ろ側が切れているので、遠目の写真を添えてみます。
1972年に譲受しています。元富士急行でしょうか。

岩22か301
岩22か301

撮影:板橋不二男様(大船渡営業所 1977)

岩手県交通 日野RC100P(1965年式)

上の車両とほぼ同じ車両ですが、こちらは正面窓上が明り窓になっています。日野のエンブレムもついていません。
「急行大船渡」と方向幕に出ていますので、盛岡か水沢などから来た急行バスのようです。

富士急行のRC100Pの写真
RC100P

画像:富士急行のリーフレットの広告(1967年発行)

富士急行が1967年に発行した「富士山遊覧定期観光バス」の広告ページに掲載されている最新型の中央高速バス。上の写真の岩22か301と同形車のようです。正面の明り窓には「富士急行」と書かれ、窓下の行き先表示に「急行河口山中湖」と書かれています。

岩22か103
岩22か103

撮影:板橋不二男様(大船渡営業所 1979以降)

岩手県交通 日野RC100P(1967年式)

前ドアの観光タイプで、正面スタイルは日野REなどに見られる1968年以降のスタイルですが、側面や後面は前世代スタイルという合いの子。
県南バスが1971年に貸切バスとして譲受していますが、この時は「釜石東前」と表示していますので、大船渡〜釜石間の長距離路線用に格下げされています。
(注2)

岩22か385
岩22か385

撮影:板橋不二男様(大東営業所 1979以降)

岩手県交通 日野RC300P(1968年式)

ノーマルな観光タイプ。岩手県南バスの自社発注車にも同じようなボディのいすゞ車がいましたが、こちらは譲受車。1973年の登録なので、新製後5年で県南バスに来たことになります。冷房がないので早く放出されたのでしょう。
これと同じタイプには、岩22か395・427の2両もありました。

(注1) 鈴木文彦(2004)「岩手のバスいまむかし」による。なお、ポルト出版(2002)「金沢ボデーのアルバム」によると、岩手急行バスには、1966年5月と7月にRB10Pが2台ずつ計4両納入されています。恐らく各月の1両ずつ計2両が岩手県南バスに譲渡されたものと思われます。
(注2) 鈴木文彦(2004)「岩手のバスいまむかし」によると、元京浜急行だそうです。
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