差別なき指導

　私が日本語学校に入りたてのころ、面白いことがありました。

　たまたま職員室で座っていたすぐ横に、学校長（女性）が座っていました。そこへ、学校長から呼び出されたらしき学生がやってきてすぐ横へ座りました。そして、学校長の説教が始まりました。

　詳しい中身までは覚えていませんが、確か不動産屋との立ち退きに関するトラブル話でした。詳細は聞き取れなかったのですが、印象に残った言葉がありました。

　「日本の不動産屋がそんなこと言うはずがない。嘘をつかないで、本当のことを言いなさい！！」

　…驚きました。

　学生が嘘をついていると決めつけて説経を垂れているのです。驚きと同時に憤りを感じました。ただ、まだまだ新人でしたので、グッとこらえていました。そして、同じ場所で同じく聞いていた日本語教師たちと怒りを共有していました。

　ところが、大間違いでした。

　後で分かったのですが、悪いのは不動産屋ではなく完全にこちらの学生だったのです。100％学生の自己中心的わがままでした。学校長は学生の話しを嘘だと決めつけていたのではなく、嘘だと見抜いていたのです。

　非常に衝撃を受けました。

　なんて私は馬鹿な人間なのだろうと。

　日本語教育関係の雑誌でも、時々、申し訳程度に載りますが、可愛さあまって、自分の学生に盲目的になってしまうのは要注意です。

　大勢の日本語教師が、外国人に偏見を持っていないと自負しています。しかし、それと逆に日本社会に対して異常なまでの偏見を持っている場合があるのです。

　それは、日本の若者の知り合いが全くいないのに「日本の若者はこうだ！」と決めつける程度ではおさまりません。また、自分の息子がこうだから他も全てこうだと決めつけるようなレベルでもおわりません。

　学生が警察に拘束でもされようものなら、すぐさま『日本の警察は酷い！』と決めつけます。駅に貼ってある防犯ポスターに中国語訳が書かれていると『偏見だ！人種差別だ！』とヒステリックに叫びます。

　何かトラブルがあると必ず『相手が悪い』と決めつけてしまいます。

　外国人差別をする警察官や日本社会の酷い話ばかり耳にしたり本で読んだりして『全てがこうだ！』と思いこんでしまいます。必死に外国人差別の実例を出し、全ての警察官（その他）が、外国人差別をしていると非難します。時には、ありもしない出来事はおろか、ありもしない法律を実例として出し、日本社会を批判したりさえします。『スパイ防止法』なんて、いつ制定された！？

　いったい、日本社会にどれほどの不祥事があるというのでしょうか？

　ある学生が「パスポートを持っていないだけで警察に拘束された！」と愚痴ったことがあります。身長が180�pの韓国人男性。学生のいうとおり『パスポートを持ち歩いて盗難にあったら大変だから、パスポートの代わりに外国人登録証を持っていればいい』のですが、その学生は外国人登録証を持っていたにもかかわらず拘束されたと言いました。

　ところが、警察へ身柄を引き取りにいった先生の話では、実は、懐にナイフを隠し持っていたのを拘束されたということです。学生の話は真っ赤な嘘だったのです。

　警察も馬鹿じゃないですから。ガタイのいい男が不自然に懐へ手をやれば、中身を出すように言って来ます。 呼びかけにも応じず、走り出そうものなら即、拘束されます。

　恐らく彼が母国に帰ったら、鬼の首をとったように嘘をまわりにふくことでしょう。「日本人は酷い！」「だから過去の歴史を反省しない。」これで本を出しているような連中が大勢います。それはそれで結構です。何を言おうが勝手です。彼ら自身の問題ですから。

　けど、本当に恐ろしいことは、日本語教師や日本語学校の関係者といった方々まで、この手の誤った話を広めてしまうことです。

　馬鹿なことは止めましょう！！

　…って、私も新人のころがありましたので大きなこといえませんが（爆笑）。

　彼らは、自分の都合のいいように平気で嘘をつくのです！

　そして、ここが大事です。

　これは日本のガキでも同じです。

　ただし、日本のガキのトラブルの場合、警察を疑うのではなく、まずガキを疑います。「何、悪いことした！？」と。そして、警察に否があった場合、その過程で発覚します。

　ところが、外国人の場合、まず「警察が悪い」「不動産屋が悪い」と偏見でもって『相手が悪い』と決めつけ、そして、誤った判断をします。挙句の果てには、学生の嘘を鵜呑みにして、正式に抗議した挙句、大恥をかく…。

　どうして日本人と同じように接することができないのでしょうか？

　失礼な事をすれば怒る。

　嘘をつけば怒る。

　なぜこの当り前のことができないのでしょうか？

　『家栽の人』という漫画があります。

　その中で、ある調査官と不良少年のやりとりがあります。

　悪いことをして警察に補導され、泣きながら反省し後悔の言葉を並べる不良に対し、「じゃぁ、聞くが…。」と詰めより、「反省したふりして、大人を騙せると思うな。」と相手の嘘を暴いて注意します。それは、決して嘘を暴いて相手を貶めるのではありません。相手を救いたいがゆえの行為なのです。

　この場面を読んだ時、ふと学校長と学生とのやりとりを思い出しました。

　外国人擁護を歪めて受けとめてしまった人たち…。

　確かに、私たちは外国人差別と戦わなければならなりません。しかし、もっとも大騒ぎする人々が、もっとも外国人差別をする、いや、言い方の意味がわからないなら、日本人差別をしているのです。

　何かというと日本の若者たちと比較して、外国人留学生を賛美する日本の風潮…。

　ここではっきりと言いましょう。

　日本に来ている外国人就学生の圧倒的多数が『普通の若者』であり、日本の若者と変わらない同じ人間です。

　日本語学校関係者に話しを聞いてみましょう。…いや、日本語の先生に話を聞いても、前述の如く良いことしか言わないでしょうから、学生寮やビザ関係、集金関係を担当している学校関係者に話しを聞いてみましょう。

　また、日本語学校に知り合いがいなければ、大学や専門学校の事務関係者でもいいです。外国人たちの様子を聞いてみましょう。我々の想像を超えたことをしています。

　日本語学校とは、本来、海外から日本へ留学に来た学生に、日本語と日本の習慣を教え、日本の社会へ受け入れられるための準備をする、そういうところだと思います。彼らの異なる習慣を、日本社会へ押しつける場所ではないはずです。

　ウチの学校長が説経をたれていました。日本人が日本人に対してやっている、ごく当り前のことをしただけです。差別でも偏見でもありません。

　私はその学校長を見習いました。