『共病文庫』

大型連休後半にはまった『キミスイ』沼も最終段階。書籍は売り切れで、今は電子書籍しか売っていないのでネットで古書を購入した。汚れもなく、価格も送料を合わせて元の価格と同じだったのでお得だった。

「鮮やかな小説の魅力を"縮小"するのではなく"濃縮"する」という月川監督の言葉が印象に残る。ほんとうにこの映画原作のよさを残しながら、追加された12年後という設定と俳優たちの演技で物語に厚みと奥行きを与えている。

インタビューを読んで、監督や脚本家をはじめ制作スタッフが原作の雰囲気や言葉を大切にしながら映画化したこともよくわかった。

本書の中身について書けば、名シーンの写真や撮影現場のオフショットがうれしい。多くのレビュワーがコメントしているように主演二人のグラビアも映画の写真にしてほしかった。

本作での浜辺美波は素晴らしい。高校生が自分とは違う性格の高校生を演じるのはむずかしいことだったに違いない。それがかえって、死への恐怖をカムフラージュするためにわざとテンションを上げて天真爛漫を装っているように見える。私が好きなのは、たぶん浜辺美波という俳優ではなく、彼女が演じる山内桜良という役柄。

山内桜良が一番きれいに映っていると思う場面は、真夜中の病院。「真実と挑戦」ゲームを頼む上目遣いの表情。ここから後の場面が映画のなかで一番好きなシーン。

この場面はもいい。臼井央プロデューサーも浜辺美波の声が桜良のイメージにぴったりだったと語っている。悲しみを隠した落ち着いた声がいい。「そんな言い方、した?」。


もう何回観たかわからないけれど、本書を片手にまた観てみた。

オヤっと思う場面を見つけた。病院で春樹が『共病文庫』を拾いあげるところ。本を最初から左から開いている。文庫本はふつう右開きだから、手に取ったら、まず右から広げるのではないか。解釈すれば、桜良が何度も書いたり読み返したりしていて左開きにクセがついていたのかもしれない。そういうことにしておく。

もう一つ、気づいたこと。

桜良が「最期の手紙」を隠した大判の原書版『星の王子さま』は彼女の私物。高校時代、桜良の家で、春樹は桜良がお茶を入れているあいだに一度手にとっている。

桜良はスイパラに行く前に図書館に寄っている。そこで赤いリュックサックから大判の本を取り出している。手紙だけではなく、本そのものを春樹に見つけてもらいたかった。

だから、その本じたいも、桜良の最後の贈り物であり、思い出でもある。


ネットで見ると、この作品について「大人の男の妄想」という評価が少なくない。それはむしろ正しい評価で批判には当たらないと思う。

思春期に見た情景や誰かの表情がそのまま心に焼きついている大人は少なくないだろう。それを思うとき、その人は思春期の季節に心だけ戻る。あるいは、心のなかに、ある年齢の自分が成長もせずにずっと立ち尽くしている、とも言える。

私のなかには、あの頃見た光景がそのまま心に焼きついた、12歳のままの自分がいる。

そういう実感のない人には、ただ気味の悪い妄想に見えるのだろう。わからない人には、きっとどう説明してもわからない。


役者もスタッフもこの作品のテーマは「恋愛」というより「青春」と口を揃える。私も同意する。二人は単に両思いなのではない。自分にないものが相手にあることに気づき、互いに尊敬しあっている。友情や恋愛という言葉よりもずっと広い意味での信頼と友愛の関係。

君の膵臓をたべたい

タイトルはそんな二人の関係を象徴している。

映画はこの言葉で始まり、円環が閉じるように同じ言葉で終わる。

宣伝にあるように終幕でタイトルを聞いても泣くことはなかった。この物語の先を考えて、重い気持ちになった

桜良は死が間近なことを覚悟しているから、春樹のなかで生き続けられるように、「君にたべてもらいたい」という思いもあったかもしれない。その思いはあえて台詞にしなくても博多旅行の終わりの桜良の言葉を覚えていれば、観ている人には通じる。

私は春樹のなかで生き続けたい

一年と言われていた寿命が半分になり、死を覚悟している桜良はそう書いている。心の中で失くした人の魂が生きつづける。それはどういうことなのか、言葉のうえではわかるような気がしても、本当のところは、私にはまだよくわからない。実写版にあるような幻影を見たことはないし、アニメ版の最後にあるような、気配を感じたこともない。

実際に、そんな心境になったことがある人はどれくらいいるのだろう。私はそんな心境になったことは一度もない。思いが浅いのだろうか。

L'essentiel est invisible pour les yeux.

「大切なものは目に見えない」。それはわかる。では、目にも見えない、気配も感じない「大切なもの」は、どうすれば「ある」とわかるのだろう。

この作品は、難しい宿題を残してくれた。

その答えが見つかるまで、この作品について書くことはもうないだろう。


さくいん:『君の膵臓をたべたい』浜辺美波北村匠海悲嘆死生観