『やがて海へ届く』

大型連休の最終日にAmazonプライムで見た。『ゴジラ-1.0』の浜辺美波がよかったので、彼女が出演しているほかの作品を探してみた。

何の前情報も持たずに見はじめたところ、死別体験と悲しみ(グリーフ)についての作品ということがわかり、心がざわつきだした。しかも自死についての描写もある。前情報を持っていたらきっと回避していただろう。

でも、見たことに後悔はない。むしろ、見てよかったと思う。大切な人を失った悲しみをとても丁寧に描いていると思ったから。悲しみの受け止め方について決めつけもしないし、押しつけもしない。強烈な死別体験をしたことのある人は共感できるのではないか。そんな経験をしたことのない人には物足りなかったり、中途半端に感じられるかもしれない。

途中で自死が挿入される。これは物語に必要な要素に感じられた。消化できていない死別体験があると、別の死別体験でその傷がさらに抉られる。突然で、苛烈な死別であればなおさら。真奈はすみれの喪失についてもまだどうしていいかわからないのに、慕っていた楢原の突然の自死でさらに動揺する。私もそうだった。姉の自死を受け入れることができていないときに大学時代の友人を自死で失い、ほとんど錯乱状態に陥った。

真奈も遠野から形見分けを提案されたときにほとんど錯乱している。この冒頭の場面ではまだ死別体験ということも、3.11が関連していることも示唆されていない。前情報を持っていなかったので、最初は、すみれは失踪していて最後に再会する物語と想像していた。

やがて楢原の死をきっかけに、すみれが震災で亡くなったことが真奈の口からこぼれる。見ていた私は、そこで初めてわかった。余計な先入観がなかったのは好都合だった。物語の進行とともに徐々に真奈が抱える悲しみが伝わってきた。

原作を読んでいたり、震災が関連している作品と事前に知っていたら、例えば、どんな風に津波を描写するのだろうか、など前もって想像してしまって物語に没入できなかっただろう。

すみれは、自分を好きになれずにいたのではないか。親しくなりたい人に対してもすべてをさらけ出すことができず、近づくとかえって怖くなり遠ざかってしまう。実家を出たときも、真奈の部屋を出て恋人と同棲を始めたときも、そういう気持ちだったのではないか。

自分にそういうところがあるからか、そんな風に彼女を見ていた。浜辺美波は、謎めいた性格のすみれを上手に演じていたと思う。これまでの「アイドル扱い」とは違う一面を見た気がした。この演技力が『ゴジラ-1.0』につながっているのだろう。

真奈の知らないすみれが、ビデオカメラの中にあった。私の知らない姉も、彼女の残した日記にあった。真奈は「人に見せるためのものではない」と言ってビデオを見ることを初めは拒んでいた。その気持ちに共感した。私も姉の日記を読みはじめるまで、かなり逡巡した。

読み終えても姉が何を考えていたのか、わからなかった。それでも、彼女がとても苦しんでいたことはわかった。それ以上のことはわからない。どんなに親くても人のすべてをわかることはできない。自分自身でさえわからない所があるのだから。真奈もそう思っただろう。

震災に関連した作品とわかるのは、前情報を持っていなければ、物語がかなり進んでから。そのときに初めて、冒頭に置かれた幻想的なアニメーションが暗示するものもわかってくる。そういう意味では、わかりやすい「親切な」作品ではない。

真奈がすみれに対してもっていた感情は友情以上の、すなわち恋愛感情だったのだろうか。そう感じさせる場面もあった。その場面では『ののはな通信』(三浦しをん)を思い出した。あの作品はいわゆるR18でなければ映像化はできないだろう。本作から感じる「ほのめかし」くらいが適度かもしれない。

結論として、本作はグリーフケアの一助になる作品と言える。

主演二人のインタビューがとてもいい。さすが二人の言葉は本作の核心をついている。

岸井:この作品は、観客の皆さんへどういう風に“届く”んでしょうね。真奈は、受け入れることができたかどうかはわかりませんが、すみれへの思いに対して、1歩踏み出すことができました。でも、それが「答え」ではないと思っているんです。人それぞれ、色々な出会いと別れを経験してきていると思います。そして、その出来事に対しての答えや思い、考え方は、それぞれで異なると思います。(後略)
浜辺:“決めつけていない”作品なんです。「こういう風に思ってほしい」ということも、中川監督の“別れ”についての答えも示されている訳ではありません。そういう意味では、人にとても優しく寄り添っている作品だと思っています。(後略)

浜辺美波を最初に見たのは『君の膵臓をたべたい』。3年前の大型連休だった。この作品をきっかけにして、私が抱えていた悲嘆は大きく変わりはじめた。カウンセリングを受け、本を作り、次第に心の整理ができてきた

『キミスイ』から浜辺美波も俳優として大きく成長していることを感じた。

本作の原作者、彩瀬まると『キミスイ』の原作者、住野よるの二人が対談しているサイトがあった。二つの作品にはつながりがあるらしい。縁を感じる。

追記。原作も読んだので感想を書いた。


さくいん:浜辺美波悲嘆自死・自死遺族三浦しをん『君の膵臓をたべたい』