世界途中下車の旅、櫻井寛、PHP研究所、2003

世界の終着駅(テルミニ)へ、櫻井寛、PHP研究所、2004


日経新聞水曜日夕刊の連載コラム、すでに三年以上連載が続いている人気欄の単行本。一年をかけて世界中の鉄道を、次の年には世界中の駅をまわる。

経済新聞を購読している理由は、折込広告が少ないこと、投書欄がないこと、写真が少なくて記事が多いこと、それから文化欄が充実していて、連載コラムに面白いものが多いこと。櫻井寛のほかにも、東理夫「グラスの縁から」中野香織「モードの公式」は欠かさず読んでいる。

櫻井は、駅と鉄道を通じて世界を見る。鉄道という小さな穴の向こうに世界が広がっている。歴史や政治、経済や社会の問題、恋愛や友情、そして、自分自身の思い出。短い文章のなかにいろいろなことが盛り込まれている。

一つの視点を通じて、世界を眺めていく旅行記というと、レスリー・カバーガ『世界の配色ガイド』(郷司陽子訳、グラフィック社、2003)を思い出す。大げさな世界観や難しい引用はなくても、温かく、また、しっかりしたある種の倫理観をもって世界を見ている点が共通している。

鉄道や駅についての話題はもちろん、櫻井の文章で面白いのは、言葉に敏感なこと。頻繁に土地の言葉がカタカナにしてそのまま書き込まれている。櫻井は、写真家だけに目が肥えているだけでなく、言葉に対する感受性も豊か。

旅はいつも一人なのか、同行者についての記述はない。その分、読んでいると自分が櫻井の旅にこっそり同行している気になってくる。そして、鉄道で、駅でさまざまな人々に出会う。この旅上手の写真家は、旅の合間にすれ違い、名前を聞く暇もなく過ぎていく人々に、勝手な名前をつけてしまう。これがまた楽しい。

モロッコの駅前で会った「モウカリマッカ君」や、ガンガー川を一緒に渡った「タンドリーチキン氏」。名前があると、その人の様子がいきいきと伝わる。

「モウカリマッカ」は、モロッコで耳にした言葉。日本語は、すでに世界中に広がっているし、日本の鉄道も、世界のあちこちにある。グローバリズムという津波のような広がりではなく、砂浜に流れ着いた椰子の実のように、思いもかけないところで、日本の言葉や鉄道を櫻井は見つける。

名づけること、見つけること。この本は、旅の新しい楽しみ方を教えてくれる。

大げさな世界観はどこにも書いてない。それでもあとがきには、琴線に触れる箴言めいたことが書かれている。

   終着駅には定義が存在しますが、旅する人によって、たとえ、中間駅、通過駅であっても、その人にとっての終着駅、いわば心の終着駅が存在すると私は考えているからです。

心の終着駅。この言葉だけを読めば、ありきたりの広告文のようにさえ読めてしまう。でも本書の終わりで見つけたときには、まったく違う気持ちで、素直に感じ入った。

読書という心の旅の終わりに、思いもかけない言葉で見送られると、この本に乗って旅をしてきてほんとうによかったという気がしてくる。