フランス・ブルターニュ 地方の石造美術 |
アンクロ・パロアッシャル カルヴェール彫刻 |
Calvaire de L'Enclos Paroissial de Bretagne |
真冬のラズ岬 Pointe du Raz Finistère (Bretagne) |
フランス最西端のブルターニュ地方はかつての ブルターニュ公国であり、ケルトやブリテンの先 住民も住んでいた地方である。 ここでは地方独自の言語であるブルトン語が話 され、中世以来の収穫祭りやパルドン祭が毎年行 われるなど、ケルト色を濃く残した地方である。 |
カルヴェール フランスのブルターニュ地方には、カルヴェー ルと呼ばれる石造彫刻があちこちの教会に残され ている。 カルヴェールとは、キリストの十字架及び受難 に関わった諸人物の像を意味する。写真の彫刻が その一例である。 15~17世紀に作られたものが中心で、図像 による宗教的な啓蒙という目的と、コレラなどの 病苦や死の恐怖から逃れるための象徴的な意味合 いもあったらしい。 教会・カルヴェール・納骨堂・凱旋門等で出来 た伽藍をフランス語では、アンクロ・パロアッシ ャルといい、「囲まれた聖教区」とでも訳すしか ないが、通常はこの建造物群と彫刻とが一区画に 揃っている。 |
ギミリオ Guimiliau/Enclos Paroissial |
Finistère |
ブルターニュのカルヴェール彫刻はほぼ全域に 分布しているが、モルレーの町の近郊が特に密度 の濃い地域とされている。 ギミリオとサン・テゴネックは10キロも離れ ていないが、どちらにもブルターニュを代表する 完璧なアンクロのカルヴェールが保存され、荘重 な遺構を見ることが出来る。 私がここを訪ねたのは8年前の正月休みだった が、人一人いない全くの静寂に包まれた凍てつく 寒さの中で、震えながらこの群像彫刻を見上げた 記憶が新しい。 制作年代は16世紀後半だから、美術史的には ルネッサンスからバロックへと変貌していく時代 である。しかし、遠隔の地だからなのか、この彫 刻にはゴシックやロマネスクのイメージが、その まま残されたとすら感じられるところに、私はす っかり魅了されていたのだった。 キリストの受難を中心に二段に彫られた群像彫 刻は、見る者を圧倒する。 |
サン・テゴネック St-Thégonnec/Enclos Paroissial |
Finistère |
ギミリオと共に、荘厳かつ特異な宗教空間であ るアンクロを見ることが出来る。カルヴェールの 彫刻は特にユニークでやや俗っぽい感は有るもの の、決して安直な作品ではない。時代はやや下が って、17世紀初頭と言われる。 彫像の主題は勿論キリストの十字架を中心とし た受難の場面で、写真の笞打ちなど総督ピラトの 前に引き出される場面も描かれている。 更に十字架の道行き、聖女ヴェロニカがキリス トの顔を拭く場面、十字架からの降下、そして埋 葬へと至る、福音書に書かれたキリスト伝がジオ ラマのように連続して描かれている。 時代的には宗教改革の直後ともいえ、一般大衆 に対しての原点に立ち帰った啓蒙が、その最大の 制作目的であったのではないか、というのが私の 最初の印象だった。つまり図像がとても明快で親 しみ易いと思えたからで、笞を持つ役人の舌を出 した表情などには、子供の絵本を見る様な憎めな い面白さがある。 |
ブラスパルト Brasparts/Enclos Paroissial |
Finistère |
この小さな町のアンクロには、見るべき彫刻群 は無い。但し、教会と納骨堂に挟まれた狭い空間 に立つカルヴェールだけは、決して見逃してはな らない。 彫刻らしきものは、三本の十字架と、その基盤 に有る写真の彫像だけである。しかし、このピエ タの像はブルターニュにおける私の最も好きな像 で、この像を見るためだけに、ブルターニュ旅行 を再度計画しても良いとすら思っているほどだ。 色々なピエタ像が有るが、図像的にもこれ程大 胆に十字架から下ろされたキリストを抱きかかえ ている図は、あまりお目にかかった事は無い。呆 然と立つ三人のマリアと斜めになったキリスト像 との対比が、力学的には不自然ではあるが、造形 的には見事な構図になっている。 キリスト磔刑に立ち会った三人のマリアは、キ リストの母である聖母マリア、小ヤコブの母マリ ア、それにキリストによって救われたマグダラの マリアだとされている。 ロマネスク彫刻としても頻繁に取り上げられた 主題であり、悲壮感に満ちた中に復活への希望を 抱かせる誠に魅力に溢れたモチーフだといえる。 |
プルガストル・ダウラス Plougastel-Daoulas/Calvaire |
Finistère |
ロマネスク回廊の遺構が残るダウラの町から、 プルガストルまでは至近である。 アンクロといえる伽藍は無く、教会の前庭にカ ルヴェールのみが建っているのだが、その彫刻部 分は眼を見張るほどの充実した作品で埋められて いた。 写真の二人の人物像は、一連のキリストの十字 架の道行き群像の左隣に有り、さらに左隣がキリ ストの顔の写った布を持つ聖ヴェロニカであると ころから、磔刑に居合わせた聖母マリアと聖ヨハ ネではないかと思う。 悲嘆と憂いに満ちた表現は、17世紀初頭の制 作にしても単なる写実とは全く異なる次元におけ る、石造彫刻としての魅力を充分に備えており感 動的だ。 ブルターニュ地方は、カルナックに代表される 古代石造文化、先住ケルトの文化、中世ロマネス ク・ゴシック、さらにこのカルヴェールと、石造 美術だけに限っても、色々な時代の多様な遺産が 残る不思議ランドである。 石造美術を通して、その向こうに見えるものが 面白いのだろう。 |
プルゴンヴァン Plougonven/Enclos Paroissial |
Finistère |
モルレーの町から東南に12キロ行くと、この 小さな村にたどり着く。早速教会を訪ね、カルヴ ェールを探した。冬の雨がとても冷たい日で、早 い夕暮れがとっくに迫っていた。 ついでに寄ったつもりだったが、この迫力に満 ちた彫刻群を目の前にして、もっと明るく暖かい 光の中で見なければならない傑作であることに気 が付いた。かなり暗く手が凍えそうな中という、 撮影条件も最悪だったので、余り良い写真は最初 から望めなかった。 二段に仕切られた八角台座の上に三本の十字架 を立て、数多くの彫像で飾られている。写真はキ リストを埋葬するために祈る場面で、聖母や弟子 達の悲痛な表情がよく捉えられている。16世紀 半ばの作であるが、土地柄ゴシックやロマネスク 的な要素が強く出た、信仰心に満ちた素晴らしい 彫像群である。 モルレーのビストロで飲んだワインが、冷え切 った私たちを救ってくれた。 |
トロノエン/ノートルダム礼拝堂 Tronoën/Chapelle Notre-Dame de Tronoën |
Finistère |
ポン・ラベから西に向かうと、広大な砂丘の続 く海岸線に出る。そこはもう大西洋なのだが、怒 涛となって押し寄せる荒波を見ながら、かつて対 岸のアイルランドやコーンウォールとの間に、ケ ルト民族の往来が有ったことを想うと、何やら感 慨めいた感動が湧いてきた。 海岸線から程近い場所に、ぽつんと小さな礼拝 堂が建っており、その前庭にかなり古びたカルヴ ェールが堂々と存在感を示している。 かなり摩耗が激しく、海から吹きつける潮風の 影響なのかとも思われるが、制作年代が14世紀 半ばとのことであり、カルヴェールとしては最古 の部類に入りそうである。 二段に彫られた石像群は、良く見るとかなり優 れた彫刻であったことが分かる。十字架を中心に したキリストの物語が主題になっているのはいず こも同じなのだが、ノートルダム礼拝堂という名 にふさわしく、受胎告知から誕生そしてピエタへ と至る聖母に関する図像は、特に印象的だった。 二人の天使に支えられながら降架したキリストを 抱きかかえる聖母の像は、悲嘆にくれながらも宿 命を受け入れようと苦悩する神聖な姿に見える。 (当ページの巻頭写真参照) |
プレイバン Pleyben/Enclos Paroissial |
Finistère |
円卓の騎士トリスタンゆかりの島の有るドゥア ルヌネで大晦日の晩を過ごした私達は、元日の初 詣として、静寂に包まれた無人のこの教会を訪ね た。この教会のアンクロ・パロアッシャルは完璧 で、納骨堂のほかに凱旋門を兼ねたカルヴェール がしっかりと残り、16世紀ルネサンス様式の教 会の前庭に、神聖な空間を形成している。 二日酔いの正月の朝でもあり、昨晩の余韻覚め やらずだったが、このキリストの死をイメージさ せる聖像を前に、精神の引締まる思いだった。 数ある像の中でプルゴンヴェンのものと同じ様 な構図の、このキリスト埋葬の場面が最も印象に 残った。時代的にやや通俗的な彫刻となっている が、手を組んで祈る涙の聖母マリアや香油壺を持 つマグダラのマリアの像には、彫刻技術以前の人 間に対する深い情愛が込められているように思え たのだった。良い初詣となった。 |
ギュエーンノ Guéhenno/Enclos Paroissial |
Morbihan |
ジョスランという華麗な16世紀の城の在る町 から、南西に10キロでこの町に着く。 穏やかで静かな田園の村で、小高い丘の上に建 つ教会は墓地に隣接しており、カルヴェールはそ の墓地の中央に建っていた。納骨堂と思われる建 物も墓地の外れに見える。 凱旋門は無いが、きっとこれは、墓地全体がア ンクロ・パロアッシャルなんだなと思った。 三本の十字架の下には、ピエタの他に、十字架 を担ぐキリストの磔刑への道行きや、ヴェロニカ や埋葬など、カルヴェール彫刻の主題は一通り揃 っているようだった。 納骨堂の壁面にはめ込まれたレリーフは、キリ ストの受難を絵巻物のように彫ってある。左から 鞭打ち・十字架道行・磔刑・十字架降架・埋葬、 の順にこれらが切れ目無しに繋がっている。 ブルターニュにおいて、なぜかくまでも同じテ ーマの石造彫刻が普及したのかは分からないが、 懺悔のための祭として、唯一パルドン祭の残る地 方である理由とも通じているような気がしてなら ない。 |
その他のカルヴェール写真紀行 Autre Calvaires |
ブルターニュ各地に分布する、その他のカルヴ ェールを訪ねてみよう。それぞれに特徴があり、 町や教会のシンボリックな景観となっている。 |
Seven-Lehart Côtes-du-Nord |
Plesidy Côtes-du-Nord |
Pestivien Côtes-du-Nord |
Pleubian Finistère |
Commana Finistère |
Sizun Finistère |
Loqueffret Finistère |
Lannedern Finistère |
St-Herbot Finistère |
Cleden-Poher Finistère |
Guengat Finistère |
Melrand Morbihan |
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