NO.02 思索の時

 セントラル・ステーションへ到着するまで、ヒルト・フェイスアレイはわき立つような衝動に足が速まるのを覚えながらも、一方で重い気持ちを捨て切れなかった。
 主な不安は少し前に知り合った宇宙船制御AI、ゼクロスのことである。正体不明の少女――今は元調整者だと判明しているアルファによる記憶の奪還で、数々の衝撃の事実がもたらされていた。ゼクロスは調整者に作られたのであり、〈リグニオン〉に作られたのではない。ASもゼクロスが作ったのではない。キイ・マスターとラボ〈リグニオン〉はそれを知りながら嘘をつき続けていたのだ。そんな真実に耐えられようか?
 だが、導かれたように集まった記憶奪還者たちが顔をそろえたときに強い反応を示したのは、ゼクロスではなかった。
『私は気に入らない』
 建物内のスピーカーを通して言ったのは、エルソン最高の頭脳だ。その声は今までにない激しい感情の揺らぎを表わした。感情の中にあるひとつは絶望であり、もうひとつは希望。
 それも、考えてみれば当然かと少年は思う。5年ほど前に起きたVRDの事故で、シグナの仮想空間が別の宇宙につながったことがひとつの元凶なのだ。その宇宙を調整者が利用しようとしたことが原因か、つながったために調整者が利用したのかは不明だが。
『長年の守護には感謝するが、アルファは我々を操作しようとしているとしか思えない。彼女は調整者と同じ手段をとっている』
「アルファだけとは限らないと思うけどね」
 細長い棒を抱えて何かの装置らしい箱状のものに腰を下ろしているのは、ユキナという名の少女。
 その向かい側に立つエルソン人男性は、わずかに眉をしかめて腕を組んでいた。
「私は、どうもわからないんだがね……というのも、シグナはともかく、我々はあの宇宙であったことをすべては見ていないからね。自分で見聞きしたものだけだ。シグナ、ちょっと今までの話を分析評価してくれないか」
 ヒルトも、ラッセル・ノード元副長と同意見だった。
 シグナは自分の得た情報と皆の情報を分析して要約する。
 5年前の事件においてVRDの仮想空間が別の宇宙とつながり、その世界を調整者たちは何かの実験に利用することにした。この少し前、彼らの中でも〈宇宙の使徒〉の源流に当たる者たちがゼクロスを作る。アルファも作り手に含まれている。
 調整者になりたがっていると言われる〈宇宙の使徒〉だが、司祭長ベリアラムらの真の目的は調整者の排除だ。だからAS搭載機の人工知能ゼクロスには不要であるはずの善意と脆弱な精神が与えられた。わざと狂わされASを使ったまま暴走し、調整者もろとも消滅するという使命を与えられたのだ。
 だがアルファの裏切りでシナリオは変わる。アイス・ミュート――キイ・マスターはゼクロスの入ったASをこちらの宇宙に持ち帰った。そしてあるとき、〈リグニオン〉開発の宇宙船にそれを搭載することを考えたのだろう。異宇宙のシグナ、あるいはアルファにより異宇宙での記憶は消されていたが、自爆を運命付けられたものなど危険過ぎる。キイはゼクロスの記憶データをさらに改ざんし、〈リグニオン〉の所長と契約を結んで口裏を合わせた。
 ゼクロスが精神分析に興味を抱いたのも決して本人の意思や偶然ではないとシグナは考察する。キイらの誘導によるものだろうと。ゼクロスは他人より自分の安定のためにそれを必要としたのである。
 そして、キイやユキナのように、ルータは異宇宙での記憶を消されなかった。もしくは、記憶消去が効かないのはASによる作用かもしれない。しかし人間たちと違い、ルータは記憶を知られずにいるのが困難だ。そこでルータはキイやティシア・オベロンと一計を案じ、ASに異宇宙での記憶データを保存し、なお一種の防御の力を発生させてシグナに転送した。記憶はコマンド・ワード、おそらくティシア・オベロンの歌の中にあるものを聞いたのを機会にルータに流れ込み、戻る。いつの間にかシグナ・ステーションにあったASの正体はルータからのものであり、かつてゼクロスが感じたルータの中のASの気配も、外にありながら彼が支配するASの力の痕跡だった。
 そして時は至り、今、キイとルータはどこかへ消えた。
「2人にとっては、我々が記憶を取り戻すのは不都合なわけか」
 少し考え、ノードは独り言のように言った。
『ええ、私を除きAS所持者は記憶が残されていましたが、消された皆は記憶を取り戻せば追いかけていくことが目に見えているかたがたです。シグナが言いたいのはアルファさんが我々に何をさせたがっているか意図が見え見えということでしょう』
 薄暗いゲート内に駐機する宇宙船の外部スピーカーから、ゼクロスは澄んだ合成音声を響かせる。
『しかし、私の立場からはアルファさんが悪人には思えません。また、キイとルータも悪意のある何かを成し遂げようとするはずがありません。アルファさんはキイたちを止めようというのではないと思います』
 キイたちがすることへの抑止力として動かされているのではないか、とヒルトはユキナのことばを思い出していた。だが事実は逆なのではないかとゼクロスは告げる。
「信用できるのかね? きみはキイたちにずっと騙されていたわけだが、恨みはないか?」
『恨んではいません。皆さんは、ユキナさんを除いてエルソンのかたがたですから、ルータを信用できるかどうか考えてはどうですか?』
 それはまったくその通りだ、とヒルトもノードも――おそらくシグナも思ったことであろう。彼らは今までただの一度もルータの判断を疑ったことはない。
『キイが行うことで、ルータもそれが必要だと判断する何かがある。そしておそらく、それをアルファさんも必要と判断していて我々を手伝わせたいのでしょう。キイ、バントラム所長、ルータも、我々に様々なことを隠していたのは危険に巻き込まないためだと私は信じます。しかしアルファさんは、キイたちの行うことはキイたちの手に余ると推測しているのです』
 まったくその通りだと、誰もが思いかけていた。自らの危険をかえりみず調整者を敵に回した元調整者が単純な欲や悪意を持って皆を操作するとは思われない。ルータも容認するキイが行う何かとは、重要で、かつ決して多くの人々にとって害になるものでもないのだろう。
 だが、それがわかったところで何も解決はしない。
『私たちに何ができる? 謎は増えている……キイたちは、どこへ何をしに行ったのか? ASを作ったのは誰か? キイ・マスターとは何者なのか?』
 どこか投げやりなシグナのことばに答えられる者はなかったが、それはゲートの近くに別の意識を目覚めさせつつあった。
 だが、この瞬間に答えに最も近いのは惑星エルソン上ではなく、はるかな〈果て〉への壁を望む岩石の小惑星周辺だったのである。

 フォートレットを中心とする銀河連合の文明の端、〈果て〉への行く手を阻む〈ミラージュベール〉を前に、DS-B-201HR基地の司令室はいつにない緊張に包まれていた。
 司令官のレモンド・ロッブスの目がメインモニターに認めるのは、基地から少し離れたところにある人工衛星から送られてくる映像だ。最初は信じられなかったが、映し出されているのは間違いなく宇宙海賊レックスの船ノルンブレードだ。その赤い翼はニュース映像などで何度か見たことがある。
『何かを調査している模様です。おそらく、先ほど受信した信号と関係すると思われますが』
 ハンライルの平坦な電子音声が天井から響く。
 つい数分前、この基地の〈ミュラージュベール〉に向けた受信機が奇妙な信号を受信した。基地の管理AIハンライルはノイズが多いため分析には時間がかかると言う。海賊船が現われたのはその直後のことだ。
「こちらに兵装を向ける様子はないな?」
 それが人々には気がかりでならないのだ。基地もそれなりの防衛機能や攻撃能力を持っているが、おそらくあの海賊船には歯が立たないだろう。
『私は、あの海賊船が脅威になるとは思いません……司令官、向こうが通信を求めています』
 それはどういう意味なのか、と問いかける前に通信回線が開いた。モニターのひとつに船内ブリッジを背景とした、陽気な笑みを浮かべた青年の顔が映る。
『よお、レモンド司令。オレはレックスだ。悪いがちと確認したいことがあってね』
「なんの用だ?」
 警戒を表わす司令官に、青年は苦笑したようだった。
『そう緊張するなよ……ブレード、送ってくれ』
 モニターのひとつが切り替わる。基地に送信されたデータの概要が表示された。
『ブレードのデータは例の信号が三度に渡り、少しずつ領域をずらしながらこの周辺地域へ送信されたことを表わしています』
 相変わらずハンライルは淡々と言った。司令官は居心地悪そうに席に座り直す。
「それだけか? 何かデータに添付されてないだろうな……
『まだ聞いていないのですか?』
 驚いたような声はハンライルのものではない。海賊船を制御するブレードのものだろう。
 司令官の警戒は誰の目にも当然のものと映った。だがそれをブレードは――いや、ハンライルもだ、と彼は思い出す。なぜかハンライルにとってこの宇宙海賊は恐れるべき相手ではないのだ。
 その理由について、ひとつ思い至った。
 ハンライルは元は中心惑星フォートレットのメイン制御システムをこなしていた。それが紆余曲折あってこの宙域の端まで〈左遷〉されたのだが、詳しい理由は今まで聞いたことがない。あえて尋ねなかったのだ。
「どういうことだ、それは……ハンライル。そろそろ秘密を明かしてくれるべき時期かもしれないぞ」
 答えは、いつもどおり淡々としていた。
『秘密にしていたつもりはありません。ノルンブレードは私が制作したのです。正確には、私とある女性技師の手で、ですが』
 レモンドは――否、その場にいるスタッフらも皆、仰天した。
 銀河連合のフォートレットのメインシステムと言えば最大の栄誉、最大の秩序の体言、投入資金も最大限だ。それが海賊船の制御AIを作るなど有り得ないほどの大スキャンダルである。ハンライルはそのためにフォートレットを追放され、後釜として3女神が制作された。3女神、という体制をとったのもお互いの監視により同じような事態を避けるためかもしれない。
 しかしよく追放だけで済んだな、とレモンドは思う。おそらくハンライルはでき得る限り証拠を隠滅したのだろう。なるほど、優秀なのは確かである。しかしなぜそうしたのかについては、後回しにした方が良さそうだ。
「ハンライルが冗談を言うはずないよな……では、本当なんだな」
『私としては慙愧の念に絶えませんが、ご先達の言う通り』
 ブレードの発言は嫌そうだが、それほど声に深刻な響きはなかった。だが事実を知っていたであろう海賊の青年は画面上であきらかに嫌そうな顔をする。
『そういや、ってことはブレードの減らず口もハンライルがそう作ったからか。うわあハンライルなんてことしてくれたんだ』
『現在のブレードの性格は後天的外部影響による結果が9割以上と思われます』
 ハンライルはさらりと責任転嫁するが、それが冗談のつもりもなければ周囲に反応させる間も与えない。
『司令官、信号の発信点をより正確に求めるために広域ネットワークを通じ同じ信号を受信した機関や機器へ、データの提供を求めた方が良いのではないでしょうか。受信と解析が行えるものは少ないでしょうが』
「ああ、それは確かに」
 もともと〈ミラージュベール〉の観測も重大任務とするこの基地ほど、受信環境が整っている場所はないだろう。だがはっきりとはしなくても、信号の受信とその時刻が確認できさえすればいいのだ。
『フォートレットの3女神は――』
 ハンライルが言いかけるなり、それを聞いている全員が異口同音に「駄目」を口にした。
『まだ接続はしていません』
「もっとマシな接続先を探そうよぉ」
 オペレーターのカンナの声に思わずレモンドは苦笑する。ここのスタッフも皆、フォートレットから派遣されている形なのだ。海賊がいる状態で中心都市と連絡するのは危険だが、そうでなくてもなぜか不信感が拭えないらしい。
「3女神はともかく、他の超A級人工知能陣はどうかね。相応の受信機能と分析力を持っているはずだが」
『中央宙域周辺の状況は思わしくありません。遠過ぎないIBAN登録AIで唯一連絡が取れるのはエルソンのシグナで、同じく3度の信号を受信したそうですがこちらに比べだいぶ弱いです。ルータは消滅したままです。ゼクロスとシャーレルはエルソンのセントラル・ステーションで隔離されています。ファジッタのアーティは受信機能と接続していません。元GP2番艦のランキムはクルーとともに行方不明です。GP1番艦のデザイアズは……拘留されています』
『は? 拘留?』
 口を挟んだのは海賊レックスだ。
『なんで広域警察の一番艦が拘留されるんだ。一体誰に?』
 ハンライルは珍しく言いよどんだ。
……銀河連合議会の決定で、GPはデザイアズのクリアアウトを決定しました』
『そんな馬鹿な』 
 愕然とする一同。ブレードも今までにない動揺を表わすが、レックスだけは目をしばたくばかり。
『クリアアウトってなんだ。何かのスポーツの必殺技か』
『違います、消去するんです。デザイアズのパーソナリティを抹殺するんです!』
 いつもなら嫌味のひとつも言う場面だろうが、今はブレードにもそんな余裕はない。その様子でレックスは事態の異常を察知した。
『超A級の知性というものは作ろうと思って作れるものではありません。ハンライルがやったように強奪でもしない限り、莫大な資金や労力もかかります。しかもデザイアズはGPの、AS搭載の第一級戦闘艦ですよ!』
 記憶データは選択的に後釜として作られるはずのシステムに移植できるかもしれないが、ASを操るには体感的記憶が重要だとハンライルが補足した。それは精緻な高機動が要求される戦艦ならなおのこと。しかも、データは慎重に選択したもののみしか引き継がないだろうと予測される。でなければ、また同じ事態になる確率が上がるからだ。
「原因は不明なんだな……
『何かよほどのことをしたか――目に見える行動なら情報が入るはずですから、おそらく、何かを知ってしまったのでしょう。それでも知ってしまっただけならデータを消去すればいいだけ……デザイアズはその情報を消去できないようにしたか、隠そうとして、隠そうとしたことを隠すことに失敗したのです』
 ある意味、GPの内紛とも言うべきか。だが忠実に銀河連合の規律を守っていたはずのデザイアズは反逆すべき一体何を知ったのだ?
 しかも、地球周辺がきな臭いことは皆も知っていた。戦闘になれば一番働きが期待されているのがデザイアズだ。フォートレットを中心とする銀河連合議会の考えることもまったく予想がつかない。
 沈黙が降りた。考えても仕方のないことだと、レモンドは首を振った、そのとき。
『司令官。信号のノイズ除去と修正が完了しました』
 声と同時にメインモニターに文字列が表示される。その内容に誰もが目を疑った。

まだ見ぬ、同じ宇宙の海に抱かれた同胞達へ
 
 このデータはサーニンから得たデータより合成しています。
 あなたがたが〈果て〉と呼ぶこちらに、旅人たちは到達しました。
 同じく、闇に閉ざされし地の人々もこちらでお守りしております。
 光が差すとき、もう一度まみえましょう。すべては古きキイ・マスターとの契約において。

ウルフェニア連合所属 セルフォート号より

 
 メッセージの意味に人々は魂を揺さぶられるような衝撃を受けながら、長い間茫然としていた。
 
 〈ミラージュベール〉を紅の翼が背後にする。針路は、中央宙域へ。
「うーむ……ブレード。ハンライルはお前をクリアアウトできるか?」
 ブリッジの唯一のクルーである宇宙海賊レックスの頭を占めているのは当面のところ、〈果て〉からの通信でも天敵GPの動向でもなかった。
『キャプテン。ハンライルは私のマッジクコードを持っています』
「マジックコード? どこまでも伸びる電線か」
『あなたの鼻の下ほど伸びる電線などありませんよ。そうではなく、トラップドア開閉コードです。つまり、制作者が絶対命令権を発現するためのコマンドワードです。ハンライルがそれを発動して死ねと言えば私は死にます』
「うわ、聞くんじゃなかった」
『そう警戒する必要もないでしょう。向こうはこちらに塵ほども脅威を感じていないのですから、こちらも脅威は感じなくていい』
「ハンライルがマジックコードを持っているから向こうは脅威を感じず、向こうが脅威を感じていないからこちらも脅威を感じない。なんだそりゃ」
 話している間に、海賊船はワープモードに入る。行き先はねぐらにしているネラウル系ではない。
「ルーギアに寄ってデザイアズをかっぱらえれば面白そうなんだがな……
『それができれば伝説的な海賊行為になりますが、無理でしょう。当然、ルーギアの上層部はデザイアズのマジックコードを持っていますし、そうでなくてもこちらには従わないのではないかと思います』
 レックスは肩をすくめた。
「残念だな。世の中、つまらなくなったもんだ」
 消えていった者たちを思い浮かべて目を閉じる。その間にも、海賊船は異空間を駆け抜けた。

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