NO.03 冷たい大地

 蒼き惑星。宇宙のオアシス。
 かつてはそういった類の異名で呼ばれていたはずの惑星は、灰色の荒涼とした姿を晒していた。まるで、うち捨てられたスクラップの塊のようにいびつで色も抜け落ちている。
 地球がなぜそうなったのかについては記録も確かなものは残されておらず、人々の記憶も曖昧だった。そのことに、最近ムーンベースを訪れた者たちは何者かの操作を疑わずにはいられなかったが――ともかく、苦心して記録と記憶を総合すると、どうにか、おぼろげに歴史が浮かび上がる。
 かつて、蒼き惑星だった時代からも地球はあまたの問題にさらされてきた。そのうちでも最大のものは、太陽の活動の変化だ。ある時期から黒点が増え始め、太陽の活動は活発化するかに見えたものの、やがて急激に低下していった。それも後の専門家には、何かの操作が行われた結果かもしれないと推測する者もいる。
 結果、人類の生存不能レベルに寒冷な氷河期がすぐそこまで迫る――とマスコミは煽り、各政府も対策を急いだ。採算度外視の様々な研究や実験が行われ、やがて大きな事故を引き起こす。
 辿れる歴史の最後の部分は曖昧だった。事故はいくつも起きた説、脱出した生き残りがいる説、地球上の生き物は根絶やしになり宇宙海賊が住み着いた説など、いくつか種類がある。
「我々が地球だと思って話している相手は、一体誰なのでしょう」
 歴史をまとめたレポートから顔を上げ、アーミラは思い出したように言う。
 誰に向かってでもない自問自答のような声だったが、となりでエルソンからの追加増員の連絡への返信を終えた新司令官が口を開く。
「生き残りか……あるいは案外、人間じゃないのかもね」
 なんの気もなさそうなひとことだったが、アーミラの脳裏には一瞬だけ、人工知能という単語が浮かぶ。
「まあ、偵察が終われば少しは見えてくるかもれないし、その結果次第さ」
 司令官の黒い瞳が見上げたモニター上には、分割された景色が映し出されている。凍り付いたように動かない灰色の惑星と、駐機中の船の姿。
 地球に行けないなら、せめてその地上の様子を探らせてほしい。その映像を見せれば、荷物の送り主も納得するだろう――そう主張した運送会社の宇宙船クルーたちの思惑は銀河連合の思惑と合致し、意外なほどスムーズに偵察作戦が立案された。
 機器のテスト操作にも問題なく、搭載機能も申し分ない。その操作の主となる宇宙船搭載AIも、とても一般の運送会社のものとは思われないほどのパフォーマンスを発揮した。
「そろそろ準備に入りましょうか。状況は?」
 今は常に、司令室は輸送船とオンラインである。
『全システム、異常ありません。サーチアイもいつでも射出可能です』  司令官が問いかけると、AIが即座に乾いた合成音声を響かせた。

 地球との物騒なニュースばかりが聞こえる他の地区とはかけ離れ、その区画はまるで別世界のようにすら思えた。部屋の隅には観葉植物が多く、どことなくのどかにすら思える。知識のある者が間近で見れば、観葉植物のどれもが一般には出回ることのない、珍しい無人惑星などから手に入れたものだと知れただろうが。
 偵察作戦の開始時刻が迫っていると知りながら、ラティアはなかなかエネル博士のもとを離れる気になれなかった。半隠居状態の老博士が訪ね人に喜んでいること、たまたま目についたスーヤという身寄りのない少女が興味津々で3Dパネルの立体宇宙モデルに興味を示していることも理由だが、衝撃的なニュースは彼女にとっても心惹かれるものだった。
「サーニンが〈果て〉の彼方に辿り着き、〈果て〉からの通信がこちらの宇宙に届いた。ここから、今後どんなことが起きると予想されるかね?」
 今まさにこの基地が戦争に巻き込まれるかもしれない瀬戸際にあるとは到底思えない、明かるい調子で言ってエネルは自分で注いだ茶をすすった。その目はいつもの深い知性と老獪さのある光ではなく、夢見る少年のそれに近いもので輝いていた。
「〈果て〉との、通信や貿易の確立……ですか?」
「そういうことだ。新しい文化や文明との遭遇は、さらなる発展と進化をもたらす。今回の場合、相手方の文明レベルはこちらより少し上か同等くらいだそうだし、こちらが技術を教える側になる可能性は薄い。ま、頭の固い連中には、未知との遭遇は危険をもたらすと言う者もいるが」
 ――通信は誰かのいたずら、もしくは何かの罠では?
 ――通信の内容が鮮明化の作業中に失われたり変化しているのでは?
 ――未知の相手が友好的とは限らない。サーニンは実は捕らわれたのでは?
 ――なぜ今なのか。相手は地球と共謀している何者かなのではないか?
 世間に発表されたメッセージは要約されたものだが、それでも千差万別、様々な意見や憶測がネットワークを行きかっている。全文を把握した専門家でも同様だ。
 それも、いずれはすべてわかることだ。老博士は目を輝かせていう。
《光が差すとき、もう一度まみえましょう》
 メッセージにはその一文がある。いずれ〈果て〉の者たちは姿を現わすだろう、というのが大方の見方だ。
「見たことのない風景、見たことのない道具、見たことのない人々。それはそれは楽しみなものだ……嬢ちゃんもそう思うだろ?」
 手にしたカップに口をつけていたスーヤは、驚きもせずに大きくうなずく。それを見た博士は嬉しそうに少女の頭を撫でた。
「問題は、それまで私が生きているかどうか。まあ、もしそれが無理だったらお嬢ちゃんが代わりに〈果て〉の向こうを見届けてくれるだろう?」
「うん!」
 どこまで理解しているのか不明だが、少女は元気よく返事をする。
 思わず時間も忘れてその様子をほほ笑ましく見守っていたラティアは、壁面に内蔵されているスピーカーからの音声で我に返る。
『間もなく、偵察作戦が開始されます。作戦に参加する人員は速やかに配置について下さい』
 作戦に必要な人員という訳ではないが、ラティアは慌てて立ち上がる。見届けたいし、見届けなければならない。
 のどかな雰囲気は一瞬にして消え去り、訪ね人と目を見合わせる老博士の顔にもわずかに緊張が走る。
「気をつけて行って来なさい」
 彼自身より張り詰めた表情の若い訪問者とその連れの少女を、エネルは短いことばで見送った。

 司令室に集った人々が固唾を飲んで見守る中、輸送船から射出されたサーチアイは計画通りに地球へと向かっていった。銀色の球体はまるで弾丸のように、勢いよく予定の地点への軌道を描く。その様子は基地の外部カメラで少しの間追われていたが、すぐに見えなくなる。
 カメラが切り替わっても、しばらくは何も意味のある画は映らなかった。
 ほぼ闇だけの世界が振り払われた後にぼんやりと広がるのは、重い金属のような灰色。かつての記録によればそこには背の高い木々が生い茂る森が広がっているはずなのだが、そんな気配はまったくない。
 速度が段階的に下げられるたびに画像はクリアになる。灰色の表面は岩場などではなく、あきらかに知性ある存在の手が入った平たい地面だと知れた。さらに拡大され鮮明になると、それは一点を中心にしてゆっくりと回転していることがわかる。
 しかし、人々の心をとらえたのは映像ではなく、少しずつ聞こえ始めた音声だった。始めは低い、多くの人間の声の集合に思えたそれは、大勢の悲鳴か怨嗟の声を重ねたもののように思えて、耳にした人々の背筋を凍らせた。だがはっきりとするにつれ、それは古くから伝わる重厚な合唱のように聞こえるようになる。古い音楽に詳しい者は、〈喜びの歌〉という一文を思い浮かべただろう。
 さらに詳しい者は、レコードや記録ディスクというほぼ化石化した記録媒体を映像に重ね合わせたかもしれない。
「歓迎の音楽……かしら」
 ラティアのつぶやきは、スピーカー越しの音楽だけが小さく流れている静けさの中ではやけに大きく響く。
「音楽に聞こえるけれど、不規則な何かのようだよ、あれは」
 エステル司令の言うように、聞こえてくるのは音楽そのものではなかった。声の集合体のように聞こえるそれが特定の音楽に似ているだけのようだ。
 カメラを操るAIの合成音声もそれを肯定する。
『この音声のもとはあの円盤らしきものに間違いありませんが、円盤の表面にある溝は人工的なものとは思えません。長年の風化や落下物による傷でできたものと思われます』
 カメラの角度が変わる。円盤の端の方に鋭い先端を下に向けた岩の塊のようなものがあった。少なくとも、その針の先端は金属らしき輝きを放っている。
 人工的な溝はないのに音声再生機の機能を再現しているとは、どういうことなのか。もともと、年月とともに刻まれる傷を記録する目的のものか、それとも別の用途があったものが途中で放棄されたものなのか。
 ムーンベースを最近訪問した青年の一人は、まったく別の用途を思い出していた。この音楽には何らかの暗示や心理操作を狙った仕組みが紛れ込ませてあるのではないか?
 それも一瞬のことだ。問題があれば、当然そういった事例を記憶している彼の相棒が警告するはず。この作戦のためにあらゆる事態への対策を立てて挑んでいることは、ともに準備を進めた彼にもわかりきったことだ。
 地表に近づくと、音楽に似た絶え間ない音声はさらに大きく聞こえる。まるで深い歴史や望郷の念を感じさせるそれが、芸術作品として作られたものではなく自然にできたものだとは、とても信じられないほどだった。
「これを作った人間がいるなら、ちょっとは会話が成り立つ相手を期待できそうなんだがな。これがいつくらいにできたかはわかるか?」
『風化の具合からいって、少なくとも百年は経過しているものと思われます。円盤を除く部分で何らかの改修が行われた可能性はありますが、詳しく調べるには時間と機材が必要です』
 百年、と聞いて艦長は眉をしかめる。この円盤の存在は衝撃的だったが、情報になりそうもない。
「周囲に生き物の気配はありそう?」
 エステルが端的にきく間にも、カメラは小刻みに位置を変えて周囲の様子を探っているようだった。ある方向には灰色の岩肌のような地面が地平線まで続き、ある方向は岩山にさえぎられ、別の方向は岩肌が途切れて赤茶色の荒野の景色に変わっていた。どこにも動物はおろか植物の影ひとつなく、背景は煙のような黒いもやに覆われている。
『生命反応と思しきものはありません。もちろん、このサーチアイに搭載された限られた機器による情報ですが。足跡や人が入った形跡もありません。また、周囲に兵器なども存在しません』
 砲撃してきたのだから、どこかに兵装はあるはずである。偵察作戦の目的の一つは相手の戦力をできる限り確認することにもあった。砲撃元の地点も割り出してあり、着陸地点からそう遠くない。
「兵装を確認しよう」
「それが先決だね。兵装の近くになら人間がいる可能性もあるでしょう」
 前司令官の提案に同意し、新司令官が指示する。
『了解。進路を北に取ります』
 地上から十メートル程度の高度を保ったまま静かに移動していく。徐々に音声が消えていくのを、人々は少しだけ惜しく思う。移動の間にも映像に動くものは何一つなく、まるで一枚絵のようなつくりものの中を動いているかのような錯覚に陥る。
 しかし岩山を越えたそこに広がる光景は、確かにここが現実の一部であると思い知らせる。
 大きな窪地に整然と並ぶ灰色の兵器。百門はあろうかというそれが、這いつくばって身を隠しているかのように見えた。兵器としてはかなり型も現物も古いものに見えるが、その大きさと数に人々は威圧感を覚える。
 それを管理する設備かのようなものも、人間の姿も相変わらず見えない。だが、全景をカメラに収めた一瞬後、サーチアイはわずかな電磁反応を感知する。
『背後からロックオン反応』
 とっさに回避行動を取るが、サーチアイ自体の加速力にはかなり限りがある。耐久度も兵装に対しては皆無に等しい。
 回避しながら振り返ろうとして、揺れる風景を残したまま映像はプツリと切れた。
『小型銃器による砲撃と思われます。センサー範囲内にそれらしき砲台はありませんでした』
「小型銃器……
 地球が予測以上の射撃能力を持つ小型砲台を持っていたのでなければ、それは移動してきたはずだ。人がいるのか、サーチアイのように移動する機器か。後者ならむしろ今回の探査機でも発見しやすいはずだと人々は思う。
「少なくとも、機器が完全に狂いだすとか、人間の生存不能なガスが充満しているということはなさそうとわかっただけで儲けものだよ」
 エステルのことばに皆は我に返る。
 地球に降りる。それが少しずつ、彼らの前で現実味を帯びてきたのだった。

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