NO.07 ある惑星の生死(下)

 キイが姿を消すと、スト-ナーとラファサは淡い赤の光の中、ただエレベーターの隅に座り込んでいた。じっとしていると、不気味な沈黙が重くのしかかるような錯覚を覚える。ラファサは、キイが渡してくれた腕時計型通信機を、大切なお守りのように抱え込んだ。
……さっき言っていたこと、本当なんですか?」
 バツが悪いのか、黙り込んでいるゼクロスに、声をひそめて問う。いくら声をひそめても、となりの青年博士には聞こえてしまうし、他に聞く者はないが。
……何のことですか?』
 聞く者の心を和ませる綺麗な声が、その真意を隠すように、いつもと変わりない調子で言った。しかし、それが意味のない行為だということは、本人もわかりきっている。
「わかっている、と言ったな。でも、ライナの命のほうが大切だと」
『道義的に見て、そうであるべきではないですか? 公共の組織や公人は、コンピュータより人間の命を選ぶはずです』
 責めるような口調のストーナーに、ゼクロスは淡々と言った。それを聞いていて、ラファサは自分でも理由がわからないまま、なぜか悲しい気分になった。
 でも、彼のことばは正しい。だから、ラファサを造り上げた者たちは彼女を道具として利用する。
 それが当然のこと、と思いながら、彼女は言わずにはいられなかった。
……それじゃあ、私も人間より優先されるべきではないのですか?」
 大切に抱えた通信機に、頼りなげに声をかける。通信機の向こうのゼクロスは、声を和らげた。
『あなたは〈リグニオン〉の一員です。他の皆さんと変わりなく扱われるべきでしょう』
「どうするべきかどうかは、肝心じゃないと思うけどな」
 ライナ、そしてキイが消えていった天井の穴の向こうに目をやりながら、ストーナーは言った。
「何を優先するかは、その人次第だろう。身内が可愛いからね」
『以前、言われたことがあります。意思あるもの、皆、平等な命。そして、誰も〈あなたに意思はない〉と言うことはできない、と。しかし、私は誰かを助けたい時、自分を優先できません。他人の命を粗末に扱うことはできませんから』
「それは、きみが優しいから、自分を守ることより他人を優先するんだろう」
 ストーナーはゼクロスの答に満足したのか、安心したように壁にもたれた。それを、ラファサは奇妙な目で見る。
 〈リグニオン〉とゼクロス、それにその周囲を取り巻く人々は、彼女が彼らと出会う前に触れてきた人々とは、まったく違っていた。彼女を造った人々――トラム研究所の者たちと。

 停車しているエアカーの1台の陰に身を隠し、ライナはマシンガンをかまえた。天井のゲートも閉じた駐車場は、ひどく暗い。しかし、相手は熱センサーでこちらを見つけるのもたやすいのだ。
 彼女は気配を感じると、素早く、そして音を立てずに移動した。そうして相手の照準点をかわしながら、緊急バックアップ・システムがある部屋に続くドアに近づく。
 車の陰から別の車の陰に映ろうとした刹那、彼女は空中に赤い光を見た。
「ちっ!」
 舌打ちしながら、跳び退って転がり、受身をとる。炎が壁に吹き付けた。
 熱風に顔をしかめながら、辺りを見回す。今さら遠回りはしたくない。
 彼女は、エアカーの上に跳び乗った。2体の、身長1メートルほどのガードロボットが見える。丸いフォルムに、鏡面処理を施した、強固な表面。それ自体が盾のようだ。
 エアカーの上の標的に、火炎放射の照準が移動する。迫り来る炎の柱を、ライナはじっとにらんだ。
 そして、タイミングを見計らい、エアカーの天井を蹴る。
「いてっ」
 横に伸びる炎の柱を跳び越え、となりのエアカーから転げ落ちる。あちこちに打撲を負ったが、それにかまっている暇はない。すぐに立ち上がり、めざす先にあるドアに走り出す。
 それと同時に、2体のガードロボットもまた、走り出した。少女を挟み撃ちにするように。
「ちくしょう……!」
 前方に回りこんだ1体に、ライナはマシンガンの銃口を向けた。時間稼ぎにもならないと知りながら。
 その時、不思議なことが起こった。
 ガードロボットの筒状の胴体が、両断されたのだ。
 思わず足を止めるライナの視界に、少しの予兆もなく、見覚えのある姿が現われている。
「伏せろ!」
 彼女は、手に光で形作られた槍を握っていた。その声で我に返り、膝を折るライナの頭上へ、槍を突き出す。
 槍は吸い込まれるように少女の背後に飛んでいった。
 振り返ると、ガードロボットが煙を上げ、停止している。
「キイ……あんた、待ってるんじゃなかったのか」
「状況が変わったようでね。早くグロイスに行きたいし」
 キイ・マスターはふっと笑い、ドアに歩み寄った。手をあてると、厳重にロックされているはずのドアがギイと音をたてて開く。
 目を見開いているライナに、彼女は親指を立ててなかを示した。
「じゃ、やろうか」

 バックアップシステムを起動したことにより、メインシステムとの接続が絶たれ、エレベーターもガードロボットも正常に戻った。一旦上昇したエレベーターにキイとライナも乗り込み、地下のゲートで武器を預け、グロイス側のエレベータに乗り込む。
 グロイスは、ラトーガジュネスなどと違い、整備された、清潔そうな街並みを呈していた。白を基調とした建物群の中央にあるのが、中央管理局だ。
「オレはそこで待ってるよ。入れてもらえるとも思えねえからな」
 管理局のそばに、多くの人々で賑わうカフェがあった。この街の情報センターにアクセスできる端末をそろえたカフェだ。情報を得たり、音楽や映像を楽しむことができる。
「時間がかかるようなら、ホテルの部屋でもとっててくれ」
「あんた名義でつけとくよ」
 軽く手を振り、ライナはカフェに向かった。高い部屋を取らなければいいが、と思いながら、ストーナーはその背中を見送る。
 ライナと別れた3人は管理局に入り、受付でストーナーがIDカードを見せて事情を話すと、すぐに奥に通された。
 案内された部屋では、グロイスの主任コンピュータ技師フィゼル・オーランドが待ちかねた様子で迎え入れた。
「そちらのお2人はお知り合いかしら?」
 フィゼルは長い焦げ茶色の髪を2つに束ねた、20代半ばの女性だった。作業服のツナギを着けたその姿は、まったく飾り気がない。
 彼女が差し出した手を軽く握りながら、ストーナーはキイとラファサを紹介した。フィゼルもキイの名前は聞き覚えがあるらしい。また、ラファサの正体を知ると、同じく少女を紹介された時のストーナーと似たような反応をした。
 そうしてキイとラファサは信用が置ける相手だと判断を下すと、フィゼルはすぐに本題に入った。事態は切迫しているらしい。
「ゲートでは災難でしたが、ご自分で体験して、今我々がどれほど困惑しているかお分かりでしょう。ウイルスは完全に悪意を持っているとしか言いようがありません」
「目的に心当たりはありませんか?」
 レックスの話では、GPを攻撃することが目的だという。フィゼルたちがその証拠となるようなことに気づいていれば、宇宙海賊の言うことを信じていいということになる。
 フィゼルは居心地悪そうにソファーで身じろぎした。
「ええ。対隕石用のブラスターのエネルギーを補填したり、無人戦闘機やサーチアイを工場で増員して支配下に置いて……まるで、戦争の準備をしているみたいだわ。こんなことを人々に知られてはパニックになりかねないから、隠密裏に、速やかに対処したいのだけど」
 キイは街の様子を思い返した。何の異変も感じられないような人々の様子と、賑わい。今回の事件を正確には伝えられていないのだろう。情報センターの情報が制限されているのも、異変による機能不全だけではない。情報規制が敷かれているのだ。
 ストーナーに詳細が伝えられていなかったのも、外部に洩れるのを警戒してか。
 キイは、ドアのそばに立つガードマンに目をやった。彼の役目は、非常時に備えることだけではあるまい……。事態が解決するまで、ここを出られそうにない。
「この惑星を攻撃して得する者はいるのか?」
 何者かがウイルスを放ち、メインシステムを操って、それごとガーベルドンを破滅させようとしている……というのが、レックスの話など知らない者たちの一般的な考えだろう。
「得するもの……GPかしら?」
 ストーナーはキイと顔を見合わせた。確かに、ギャラクシーポリスとしては海賊が出入しているとウワサのある惑星を監視できれば都合がいいだろう。しかし、破壊しようとまでするだろうか。
「しかし、GPが罪もない人々まで死なせるか? もしかしたら、逆かもしれないぞ」
 レックスの言うことが本当なら、もう時間がない。ストーナーは意を決して、レックスに聞いたことを説明した。フィゼルは目を丸くして、しかし質問は差し挟まず、相手が説明を終えるまで口を閉じていた。
 やがて青年博士が溜め息で説明を締めると、いても立ってもいられない様子で立ち上がる。
「今日中に……本当なの? いえ、そうね、備えはいくらしても無駄にならないわ。とにかく、一緒に来て」
 ガードマンが奥のドアを開ける。管理システムの中心がある地下の部屋に続く通路へ。
 狭い通路を抜け、突き当りの短い階段を降り、また少し通路を抜けると、突然広い空間に出る。部屋の中心に、高い天井を突き抜けて、巨大なスーパーコンピュータがそびえていた。寄せ集めた部品で構成されているのか、古びた印象を受ける。
 フィゼルの部下らしい技師たちが、周囲で作業している。
「様子は?」
「惑星観測ラボのシステムが支配下に置かれています。遠距離センサーもすでに管轄下です」
 一体、どこを調査しているのか。ストーナーは予想済みだったが、声に出して問うた。
 目標は、やはり惑星ルーギアだった。
「あなたたち、〈リグニオン〉の宇宙船を連れて来たのでしょう?」
 今日中にGP本部を攻撃するというなら、いつ武器システムが動き出してもおかしくない。振り向いたフィゼルの表情は、適度な緊張感をはらみながらも、どこかさわやかですらあった。修羅場を潜り抜けてきた者が持つ、感情抜きの合理的思考。
 スーパーコンピュータを調査するのに、スーパーコンピュータを使う。これほど最善の策はない、と、彼女も考えたようだ。
「キイ、ゼクロスと接続してくれ。GPへの連絡はロットたちが来たらやってもらおう。チーフ、武器システムについて聞きたいことがある」
 ストーナーはテキパキと指示を出した。皆速やかにそれに従い、キイもまた、言われた通りメインシステムから独立した通信機でゼクロスを呼び出す。
『はい、すでにパターンの解析は終っていますよ、キイ。実際にアクセスしてみるまでは役に立つかどうかわかりませんが。それと、ロッティさんがランキムを通じてGPと交信中です。許可をいただければ、補強証拠としてここでのデータを転送できますが』
 キイは視線を後ろにめぐらせた。ストーナーとうち合わせをしながらも背後の会話を聞いていたのか、フィゼルは振り返り、うなずく。
『データ転送完了。作戦開始はいつですか?』
「すぐにでも」
 フィゼルは決意の表情で言った。

「あんたたち、来てたのかい」
 カフェの情報ブースから出たところで、ロッティとフォーシュは聞き覚えのある声を聞いた。ライナが隅のテーブルの席について目を向けている。
「ああ、キイたちは先に来てたようだな。きみはストーナー博士に雇われていたんだったか……じゃ、ここにいろ」
 言うなり、店を出て行こうとする。それを、慌ててライナが追いかけた。
「おいっ、待てよ、どこ行くんだよ」
……武器システムの監視よ」
 通りを郊外に向けて歩きながら、振り向きもせず、フォーシュが答えた。
「お金は払えないわよ。逆に、あなたの命を払うことになるかもしれない」
 関わらないのが身のためだ、という思い入れで、女性探偵は言った。しかし、駄目だと言われればそれを実行したくなるのがライナの性格である。
「あたしは勝手に行かせてもらう。文句言われる筋合いはないさ」
……勝手にしなさい」
 フィゼルらとの話し合いで、郊外で技術スタッフと合流することが決まっている。3人は、グロイスの東端に向かった。武器システムのある基地に辿り着くまで、5分とかからないだろう。
 その5分の間に、管理局でも準備が進められている。
『私は周辺を監視しておきます。武器システムの機動状況も任せてください』
 と、コンピュータ室に声を響かせたのは、ゼクロスではなくノルンブレードだ。
『ゼクロスが中枢とのリンクを確立するまで、一部私のデータ領域を貸しましょう。無意味かもしれませんが』
 彼は、メインシステムの中枢プログラムへの侵入はゼクロスに任せるつもりらしい。
 メインシステムは、常にその稼動状況を自己診断している。その内部の状況自体も、ウイルスの侵入によって一変しているだろう。罠が張り巡らされているに違いない。
「武器システムの監視スタッフたちが到着したようね。準備はいい?」
 キイとラファサはコンソールの前に陣取っている。ストーナーはシステムを監視しているスタッフに混じり、オペレーター席に座っていた。室内のモニターのひとつが、基地の外に潜むロッティとフォーシュ、ライナを含む監視スタッフたちを映し出す。別のモニターには、惑星ルーギアの軌道上に浮かぶ白い戦艦。デザイアズは、いざという時盾になるつもりらしい。
『いつでもOKです』
 ゼクロスは落ち着いていた。その澄んだ声が、皆の神経を研ぎ澄まし、同時に和ませる。
 フィゼルは辺りを見回した。皆、持ち場に集中している。何もやり残したことはない――。
「作戦開始」
 フィゼルが低く告げると同時に、メインシステム監視モニターのノード状態チェックパネルが赤く点灯した。
 ゼクロスはノルンブレードから得た複数のアクセスコードから解析したパターンにそって、最も可能性が高いと思われるコードから当たっていった。メインシステムの心臓部のプログラムはアクセス拒否を繰り返す。
 ほんの数十分の1秒のうちに、メインシステムに侵入に対する非常警報が発令される。内部のウイルスが逆に侵入を試みようとしてくるのは時間の問題だ。ウイルスを相手にしながらセキュリティ破りをするのは骨が折れるので、ゼクロスはコードの照合を急いだ。
 14回目で、門が開いた。それをストーナーが実況し、人間たちは成り行きを見守る。
 中枢へのリンクを確保したところで、ゼクロスはまず、ダミー・プログラムをいくつか放った。これも一種のウイルスである。
 それと同時に、彼は内部を探った。ダミー・プログラムを解析中の敵方のウイルスを解析し、スクリーンに出す。
「これは……通常使われているコードじゃないな。しかし、見覚えがある。ラファサ?」
 ストーナーが、エプロン姿の少女に目をやった。ラファサは複雑な表情で画面を凝視している。
 解析と同時に、ゼクロスもまた、ウイルスが新開発プログラミング配列で構成されていることに気づいた。それについての論文のデータを思い返しながら、同時に彼は、相手方もこちらに気づいたのに気づいている。メインシステム内のネットワーク内を人の血液中の白血球のようにめぐっていたウイルスの一部が、彼に襲いかかる。
「ウイルスプログラムにはいくつか種類があるようだな。こいつらは警備員役か」
「ゼクロス、無理はしないで」
 とは言ったものの、フィゼルはできればこの1回で決めたかった。1度リンクを切ると、またアクセスコードを変えられるかもしれない。次の侵入を予想され、警戒されると厄介だ。
 ゼクロスはかかってくるウイルスを解析し、ワクチンをばら撒いた。それで大部分は消滅するが、その間に、一部が免疫を手に入れる。それに対応して、また新しいワクチンをつくりながら、領域を制圧していく。
『37パーセント制圧完了。処理速度はこちらが上のようです』
 プログラミング配列は最新のものでも、メインシステム自体は古い物で、ウイルスプログラムは実力を出し切れない。メインシステム内への情報の伝達速度ではゼクロスにも同じ制約がかかるが、ワクチン製造やデータ処理は彼のシステム内の仕事だ。
 とはいえ、あまり全容が明らかになっていない構造の相手に、不安がないわけではない。彼がまったく対処できないような、予想外のことをやってこないとも限らない。
……ウイルスは4種類確認。メインシステムの中枢は別のプログラムに書き換えられています。今、指令を出しました……武器システムを起動する気のようです』
 切羽詰ってきたせいか、早々に目的を果たすことにしたのだろう。キイが振り返ると、巨大な大砲を中心に捉えたモニターに、ロッティたちが顔をそろえていた。武器システムがある基地のプログラムはノルンブレードに押さえられている。すぐに敵方の思い通りに動き出すことはない。
『65パーセント制圧完了。武器システムへのリンクを重点的に守っているようです。先に中枢を落としましょう』
 中枢さえ落とせば、あとは完全にのっとったも同然だ。そこから武器システムに停止命令を出してやればいい。
 だが、ストーナーは嫌な予感がした。
「ゼクロス、そっちは後回しにしないか? 罠があるかもしれない。どうも、あっさり行き過ぎる」
……そうですか? キイ?』
 判断に困ってか、ゼクロスはキイに指示を求めた。キイは、彼と接続しているセンサーに向かってうなずく。
「少しでも不安があるなら、止めておいたほうがいい。博士の言う通りにするんだ」
『了解しました。では、ブレードとの接続を試みましょう』
 ゼクロスはメインシステム、ノルンブレードは武器システムから、リンクしようと試みる。だが、数種類のウイルスがそれを阻んだ。同時に数パターンもの変容するデータを読み取り、対抗するとなると、さすがに全体の処理速度が落ちる。ウイルスは同時に多くの種類に分裂した。この時のために備えていたに違いなかった。
 少しずつ形勢は逆転し、やがてウイルスのひとつがゼクロスのなかに辿り着いた。それに気づくと、ゼクロスは慌てて自分のシステム内に集中した。もともと、システム内を守るより攻撃するのに長けたウイルスは、彼の高度なシステムの中で活性化する。
『なんとか増殖は押さえていますが、このままでは身動きできません。常に変容していて、ワクチンもつくれない。PPLOWS7の知識が不足しています』
 業界の動向としてストーナーもフィゼルも最先端の情報を手に入れてはいるが、ゼクロス以上に知っているわけではない。
 しかし、ここには専門家がいるではないか。自身、その配列により意識を獲得したであろう人物が。
 と、ストーナーは再びラファサに注目する。少女は、青ざめた顔をして、ぎゅっと手を握り締めていた。
 モニターのひとつ、基地を映す画面上で何か騒ぎが起こっているようだが、ここのスタッフたちはそれどころではない。ウイルスが、ゼクロスのなかで増殖し始めていた。分裂はそれを阻止しようとする意識の負担を倍加させる。
「ラファサ……
 キイが少女を見る。ラファサは顔を上げ、視線が合った。
『っ――うう……
 ゼクロスが耐えかねたように、苦悶の声を洩らした。彼が気が遠くなるのを必死でつなぎとめ、抵抗を続けているのが、ラファサには手にとるようにわかった。
 やるしかない、と、少女は心を決める。
……私にやらせてください」

 建物の内部に入ってしばらくの間、スピーカーを使い、ノルンブレードが状況を説明していた。しかし、突然何の前触れもなく、彼の応答がなくなった。
 ブラスター操縦室に向かっていたロッティたちは、言い知れぬ不安を感じる。
「今どういう状況だ、ランキム?」
 薄暗い通路の角で、ロッティは声をひそめてきいた。先ほどまで照明がついていたのが、今はそれもぷっつりと消えている。
『状況は良好とは言えません。ノルンブレードは戦線離脱しました。そちらの基地は敵の手に落ちたも同然です。私が探ってみますが、この状況で危険を冒したくありません。あまり期待しないでください』
 一同は、一気に警戒を強めて周囲を見回した。遠くから、今までなはかったガチャガチャというような機械音が聞こえてくる。
 ロッティは、少し声をひそめた。
「管理局のほうはどうだ?」
『今、ゼクロスがウイルスに侵入を受けました。なんとか削除しようとしているところです』
「まずいことになってるようね」
 ロッティはめまいがするような気分で通信を切った。一方のフォーシュは動じず、通路の先に目を向ける。何かが、一行に近づいて来る気配があった。
「少しは人間も役に立つことを証明しなくてはいけないということよ」
 ホルスターからレーザーガンを抜く。狙いをつけた先には、身長の低い、人影のようなものが並んでいた。
「ガードロボットか」
 ロッティもレーザーガンを抜いた。武器を持たない技師たちが角に隠れる。
「ランキム、高周波ビットを飛ばしてくれ」
『そちらのシステム自体は電磁シールドに覆われていますし、今攻撃すると私もダメージを受けます。精密射撃ができるまで近づくには30分余りかかります』
「ないよりマシだ」
 ライナはふと、気がついた。技師たちなら、コンピュータを停止させる装置を持っているのではないだろうか。
「ああ、持っているが……射程が短いぞ。1メートル以内でないと駄目なんだ」
「いいから、貸して」
 ライターに似た装置をひったくると、ライナは前方をにらみつけた。1体ずつでなければ駄目だ。
 少女は、建物内の図面をにらみつけたそして、狭い通路をピックアップしていく。
「罠を張ろう。あんたたちも臆病に吹かれたままでいるなよ、ほら、腕の見せ所だ」
 キョトンとしている技師たちに、彼女は言った。

 ラファサはPPLOWS7製のワクチンをゼクロスのシステム上につくりあげながら、冷汗を浮かべていた。それも、蒼白な顔も、緊張のためだと皆思っているだろう。
 だが、実際は違った。彼女はキーボードをたたきながら、、頭のなかに響く声と葛藤していた。
〈これはチャンスだ〉
 それは、強い調子で主張する。
〈使命を果たせ〉
 彼女の存在価値に関わる根源的な部分で、絶対的な命令が下される。彼女の感情を含む自意識という領域は、命令に何かスキがないかと思考のメスを走らせた。だが、あるはずがなかった。彼女に目的が与えられたのではなく、目的のために彼女は造られたのだから。
 ほとんど無意識のうちに――というより、彼女が意識したくないために注意をそらしている間に、ワクチンに本来ないはずのコードが書き加えられていた。周囲の人々には、それが余計なものであるかどうかも判断することはできない。
〈そうだ。これで任務の第1段階が完了した〉
 少し乱暴に、最後のキーを押す。ワクチンは増殖し、ウイルスを食べ始める。
 間もなく、ゼクロスは立ち直った。ダメージは残っているが、再びメインシステムを通し、武器システムとのリンクを確保しようとする。
 基地のほうで起こっている戦いの様子がモニター上に映し出されていた。狭い通路に罠を仕掛ける準備をしているらしい。
『85パーセント制圧完了。残るは中枢だけです』
 ラファサの協力のため、もはやウイルスを恐れることもない。ストーナーがフィゼル、それにキイとラファサを順に振り返ると、3人ともうなずいた。
『解析開始、周辺領域制圧』
 しばらくの間、沈黙が辺りを支配した。
 ――だが、間もなくそれを、美しい声が破る。
『100パーセント制圧完了。ウイルス除去。プログラムの修正はデータがないためお任せします。休眠モードに移行。作戦完了』
 歓声が上がった。武器システムも凍結され、もう心配することはない。ストーナーは手を叩きあう若いスタッフたちを見ながら、安堵の溜め息を洩らす。フィゼルが彼に声をかけ、礼を言った。
 ラファサは、新しい不安を抱きながら、とりあえず他の皆と違う意味でほっとする。誰も、彼女がしたことに気づいていない。
『早く帰って休みたいです……プログラムの修正も必要ですし。まあ、お祝いの食事くらいは、許してあげましょう』
「そりゃどうも」
 ストーナーが苦笑する。ゼクロスの少し疲れたような、穏やかな声に、ラファサは息苦しいような気分になった。そんな彼女の様子に気づいてか、相手は優しく声をかける。
『ラファサ、あなたのおかげで助かりました……それはそうと、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが』
 不意に周囲の人々に注目されて、ラファサは慌てて首を振った。
「大丈夫です、ただ、早くお掃除をしたいと思いまして」
 愛想笑いを浮かべて、彼女は皆の笑いを誘った。

 男がいた。
 肩にかかる、つややかな黒髪。切れ長の瞳は、頭にカラフルな色のバンダナを巻きつけた男を捉えている。
「やっぱりてめえか……どういうつもりだ、ナシェル!」
 バンダナの男が声を荒げるのにも動じず、ナシェルと呼ばれた男は笑った。
「すぐ熱くなるのは相変わらずだな、レックス。それでこそ我が宿敵」
 仰々しく言い、再び声を上げて笑い出した。
 辺りは、何かの部品や破片が散乱している。対隕石用ブラスターがある基地の近くだ。
 相手から視線を外さないまま、レックスはノルンブレードに声をかけた。
「ブレード、基地のそばだ。来れるか?」
『ただちに』
 ノルンブレードは電脳戦でダメージを負っていたが、通常機動に問題はなかった。それを確認すると、宇宙海賊は懐から筒状の装置を抜く。スイッチを入れると、光の刃が伸びる。
 ナシェルはあきれたように肩をすくめた。
「レイブレード……まだそんなオモチャを使っているのか?」
「どんな武器も、使い手次第だ」
 レックスは突進した。ガラクタを踏みしめ、刃を振る。
 その途端、ナシェルは真上に飛んだ。宙を、真っ直ぐ上昇していく。
「ここで決闘なんて、性に合わないんでね。ごきげんよう」
「く……
 見上げるレックスの視界から、不意に青年の姿がかき消えた。

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