NO.8 鉄の棺 - PART II

〉正義の否定者

 巨大なビルが建ち並ぶ一角に、ラティアはいた。彼女は、ここが好きではない。昼間もほとんど、もともと淡い陽の光が、さらにあたらないから。
 彼女はそれでも、毎日この人気のない、ひんやりとした空気に包まれた道を通っていた。仕事だということもあるが、自分のこの使命には重要な意味がある、という、誇りを感じているためでもある。
「やあ、ラティア。今日も早いね」
 目的の建物に着くと、同じく丁度今来たらしい、馴染みの男性が声をかけてきた。
「おはよう、ジェイ。朝7時までという決まりですもの」
 2人は並んで、裏の職員玄関から中へ入った。
「最近、何か変わった事件はあった? GPが動くような」
 ――ここ、惑星ルーギアには、ギャラクシーポリスの本部がある。その本部をおくためだけに開拓された惑星なのだ。住んでいるのは、GPの関係者かその家族、それを相手に商売をしている者だけである。
 ラティアの仕事は、報告書を届けることだ。諜報部と他の部署の橋渡しになる。
「そうだな……宇宙海賊がまた現われたようだな。あと、ピリスンの事件か」
 ラティアは、自分が運んでいる書類の内容を見ることができない。ジェイが教えてくれるのも、ニュースですでに多少は知っているようなものだ。
 ラティアはいつものオフィスに書類を届けると、夕食の約束をし、ジェイと別れた。
 彼女の仕事は、これだけではない。ラティアは建物を出ると、再び陽のあたらない道を歩き始めた。

 ルーギアの空は暗い。太陽はどこか緑がかったように見えていて、淡い光を放っている。
 この環境のために精神病の発生率が高いというのもうなずける。もともと暗い惑星出身なら話は別だろうが。
「またたいした情報はねえな」
 窓の外を憂鬱な気分で眺めながら、諜報部のジェイ・フォルックスはぼやいた。
「そうか……
 もともと期待していなかったのか、客は短く答える。
 ジェイは振り向いた。そこに立っている青年は、刑事のバッジを着けている。
「ま、オレの思い過ごしだと思いたいな。手間をかけさせて悪かった」
「何言ってるんだよ、ロット。お前のカンは一流だろ。引き続き調査してみるよ」
「ああ……すまないな。頼む」
 ジェイにとっても、このロッティ・ロッシーカー刑事にとっても、これは気持ちのいい調査ではなかった。同僚を怪しむなど。
 ロッティは浮かぬ顔で、ぼんやりと室内を見回す。
 目立つものは、大きな通信機だ。部屋の5分の1は占めている。
 その通信機のランプに、突然赤い光が入った。ジェイは慌てて装置に駆け寄り、メッセージを受信する。
 しかし、受け取ったメッセージは、音声にも映像にも、かなりノイズが混じっていた。
『もし……聞いた……てくれ。……助け……
 ノイズ混じりの男の声が、狭い室内に流れる。しかし、すぐに途切れた。
「送信場所が特定できん……とにかく、緊急のメッセージには違いない」
 ジェイは壁のインターホンのスイッチを入れた。
「本部、緊急事態だ。今データを送る」
「音声データはランキムにも回してくれ」
 ドアに駆け寄りながら、ロッティはジェイの背に声をかける。
『非常警報発令。職員は直ちに配置についてください』
 職員の収集を呼びかけるサイレンが響く。
 今までの事件前後の何度もがそうだったように、ルーギアは騒がしくなった。

「また事件かあ」
 ラティアは空を見上げる。淡い緑の光を背負い、飾り気のない戦艦が上昇していく。
「なんだ、またランキムだけか」
 つぶやき、溜め息を洩らす。どうしても、NO.1戦艦のデザイアズを見たほうが得をした気分になる。
 視線を落とし、大切な書類が入ったカバンを抱えなおす。
 そして彼女は、自分について来る人影に気づいた。
 立ち止まると、相手も立ち止まる。
 次に、彼女は走った。そばの建物は倉庫らしく、シャッターしかない。十字路の向こうに見えている、あの建物の玄関へ――。
 ドサッ!
 一瞬、何が起きたかわからなかった。気がつき、見ると、足首に細いチェーンが巻き付いている。そしてその向こうに、こちらに疾走してくる黒ずくめの姿が見えた。
 逃げたくても身動きが取れない。悲鳴を上げる間もなかった。
 黒いマントが覆い被さってくる。
「動いてはいけない。息を殺していろ」
 その声は、想像していたものより若く、澄んでいた。
 轟音が、大地を震わせた。
 ラティアの黒一色の視界にも、わずかに赤味がかかる。
 数秒後、黒いマントが取り払われた。足首のチェーンも消えている。
 フラフラと立ち上がる。そばに、黒いマントにフード姿がいた。辺りでは、ちらちらと炎が燃えている。性別不明だが、その黒ずくめ――彼は、ある一点を凝視していた。
「他にもいたとはな……気づかなかったよ」
 大きなバズーカに似た兵器を肩に抱え、巨漢が言った。浅黒い顔に笑みを浮かべている。
 彼は、視線をラティアに移した。ラティアはその眼光に立ちすくむ。
「お嬢さん、そのカバンに入ってる書類を渡してくれるかな? そうすれば、命ぐらいは残してあげるよ。ここにはいられないだろうが……
 ラティアは、カバンをギュッと抱きしめた。誰かはわからないが、相手は悪人に違いない。大切な書類をそんな相手に渡すわけにはいかない。
 黒ずくめが、彼女の前で口を開く。
「海賊か……。荒いやり方だね」
「それが流儀でな。……あんた、なんだ?」
 ラティアには、黒ずくめが苦笑したのがわかった。
「《時詠み》と呼ばれているけど、ボクにとっては意味のないことさ。今、きみの味方ではないことは確かだね」
 大男が、こちらに大きな銃口を向けた。
「じゃあ、敵だな」
 トリガーが引かれる。逃げる間もなく、毒々しい赤色の光がほとばしる。
 目を閉じたラティアだが、熱さは感じなかった。辺りには炎が舞っているが、守られているようだ。これも、《時詠み》の力なのだろうか。
 大男は、こちらに迫っていた。体格に似合わない素早い身のこなしで《時詠み》に迫る。左手に鋭いナイフが握られていた……彼は右手を兵器のトリガーに置いたまま、左手を突き出す。
 彼は、《時詠み》の右の袖の内側に、先端の鋭いスパイクを見た。
「くっ!?」
 スパイクが飛び出す。慌てて後ろに飛び退いた男の鼻先をかすめ、チェーンのついたスパイクが宙をつらぬく。
 男は、ナイフを《時詠み》に投げつけた。《時詠み》がそれをマントで打ち払う間に、その横をかすめ、ラティアへ。
 ラティアは迷わなかった。カバンから取り出した封筒を高く持ち上げ、炎の中へ――。
「なにっ!?」
 もともとこういう時のため、封筒は燃えやすくできている。一瞬愕然とした男は、せめて目の前の2人を始末しようというのか、舌打ちして兵器のトリガーを引こうとした。
「模範的な対処だな」
 その時、《時詠み》が笑いながら右手のチェーンを引く。
 建物の壁のレバーが倒れ、シャッターが開いた。
「デザイアズ、きみの出番だ」
 驚く大男を、倉庫から現われた、6機の全長3メートルの探査体が取り囲んだ。デザイアズが本部のシステムを通して操っているのだ。
『無駄な抵抗はよせ。こちらにもASがある』
 ASを搭載したデザイアズは、海賊の男がAS使いの仲間からバックアップを受けていることも、《時詠み》がAS使いであることも知っていた。
 大男は、観念したように手を上げた。その姿が、不意に、薄れていく。
「ああ、わかったわかった。抵抗はしねえよ、抵抗はな」
『逃がすか!』
 デザイアズはASで男を捕らえようとするが、遅かった。男は素早く、仲間のAS使いの力を借りて脱出している。
「ま、今追うこともないさ。さて、ボクも逃げようか」
「逃げる?」
 ラティアは見回した。デザイアズの操る探査体に囲まれ、自分まで追いつめられた犯罪者のような気分になる。《時詠み》は続ける。
「あいにくボクは、きみたちのような正義の味方の集まる場所にはふさわしくなくてね」
「でも、あなたは……
「自分の目的のためさ。それは、もう果たした。きみは、早くお帰り」
 彼女はとまどった。その彼女に、デザイアズもまた、声をかける。
『あなたには今回の件を説明する義務があります。本部にお戻りください』
 大切な書類をなくしてしまったのだ。やることはたくさんある。
 探査体の包囲網を抜け、何度も振り返り振り返り、ラティアはGP本部をめざし、その場から姿を消した。その背中が視界から消えると、《時詠み》は正面に向き直る。
……ボクに話があるんじゃないのか、デザイアズ」
『――わたしではきみを止めることはできない』
 少しの沈黙の後、GP最強の戦艦の頭脳は言った。
『何をかぎ回っている……?』
「やっぱり、気づいていたか」
 《時詠み》は苦笑し、懐から、封筒を取り出した。ラティアが炎に投げ込んだものと、外観はまったく同じ物だ。しかし、中身はこちらが本物である。
『きみのやっていることは、海賊と同じだ。正義にのっとっているとは言えない……
「正義なんて幻さ。主観に頼ったものに過ぎない……それに、そうでなくても……
 その黒ずくめの姿が、薄れていく。
「時には、汚いことも必要なんだよ……
 とさっ、と、封筒が落ちた。姿は消え、声が残される。
「それは返してあげる。その中の情報はもうもらったからね」

 遠いHR基地に出向くことになったランキムとそのクルーたち、つまりロッティも、明後日まで帰ってこない。ジェイは仕事の後の頼まれごとの調査も早めに切り上げ、ラティアの待つレストランに入った。
 そして、彼は驚く。
「どうしたんだい、そのケガ……
 ラティアの額に、包帯が見えた。彼女のほうは、どこか誇らしげでもある笑みを浮かべている。
「ちょっとした事故よ。軽い擦り傷と火傷。気にしないで」
 海賊の侵入の一見は、機密扱いになっている。諜報部の者も、極一部しか知らない。
「それより、乾杯しましょう。料理が冷めちゃうわ」
 ジェイはワイングラスを受け取りながらも、しばらくの間目を丸くしていた。

〉氷の沈黙

 いつもの、変わりのないシグナ・ステーション。人の出入りは激しいが、外観はそれで変わるわけではない。
 そのステーションに、厳重に扱われながら、ある荷物が届いた。それを運んできたのは、キイとゼクロスである。それを届けると、2人は去っていた。
 そして、届けられた相手は、エルソンの最新宇宙船、ルータだ。同名のAIを搭載した船にそれは運び込まれ、保管される。
 それはキイによって直接船内に移された。ルータは、ステーションの保安部による荷物検査を拒否した。荷物に何か問題があるとは思えないが、クライン艦長らを初め、クルーやシグナ・ステーションの関係者は頭をひねることになる。
「一体どうなってるのかしら?」
 私立探偵のフォーシュ・ファンメルは、アーチロードを行き交う人々を眺めながら、物憂げにぼやいた。
『キイもゼクロスももう遠くに行ってるし、こんなことで世話をかけたくない。大きなお世話かもしれないが、一体何だろうね』
 シグナ・ステーションの管理AIシグナは、ルータ同様、エルソンの政府の計画により開発された。シグナはルータより早い段階で作られた人工知能である。シグナとルータは、兄弟のようなものと認識されていた。
 イヤホーンからの元気のない声も、心配のためだろう、と、フォーシュは判断した。
「キイとゼクロスについては信頼に足る情報があるのでしょう。では、危険物ではないわね」
 フォーシュ自身は、キイたちと数回くらいしか顔を合わせたこともない。ことばを交わしたのも、挨拶くらいだ。
『まあ、何も問題は……
 フォーシュは珍しく、その澄んだ碧眼を見開いた。
 シグナがことばを途切れさせたきり、沈黙したからだ。それどころか、一瞬ステーションの照明が切れ、すぐにまた明かりが入る。周囲の人々は何事かと天井を見上げる。
 フォーシュは何が起きたのかを察した。バックアップ・システムが作動したのだ。
 彼女はアーチロードを抜け、中央管理局へと急いだ。

 管理局のコントロールセンターは、緊張に包まれていた。カント・スターリン博士がスタッフたちの中央に立ち、指示を下している。
「寄航中の船に異常は? システムと接続しているものはないな?」
『すべて遮断済みです。管理システム、オールグリーン。異常は見当たりません』
 シグナはスクリーンに回路図を映した。スターリン博士はざっとそれを眺め、肩をすくめる。
「発生箇所はわかっているか?」
 映像が切り替えられた。文字列の羅列。コンピュータ・ウイルスのデータだ。
『複数の箇所から、ウイルスプログラムのパーツをデータに紛れ込ませて、科学技術用のアーカイヴに送信されています。最後にそれを組み立てるプログラムが送られた場所は特定できません』
 ウイルスはすぐにシグナ自身によって駆除された。しかし、その高度な活動に対して、通常の宇宙船用航法コンピュータでは歯が立たないであろう。
「システム、すべて復旧。駐機している船をすべて調べろ」

「色々大変ね」
 自分が手を出せる話でないと知り、フォーシュは他人事のように言った。
 すでに、シグナは調査を始めている。船の持ち主たちは、喜んで協力を申し出た。
『フォーシュ。犯人逮捕に協力してくれないのかい?』
「犯人がまだいるとは限らないわ……それに、もともといないのかも。別の惑星にいるなら、GPの仕事よ」
『それはそうだがね……
 シグナはイヤホーンで、器用に溜め息を真似た。
 その間にも、彼は各ゲートに駐機された船の検査を終えてゆく。
 1番ゲートを最後にしたのは、後ろめたさのせいだと言えなくもない。
『ルータ』
 音声のない、回路内の情報として、シグナは呼びかけた。それがいつも心配と拒絶を含んでいることに、本人は気づいていない。
 そんなことには慣れきったルータは、むしろ上機嫌で応答した。彼は、必要なすべてのデータを差し出すだろう。
 シグナは、必要のないデータも要求してみた。例の、積荷についてである。
 恐れていたネガティヴな反応はなかった。ルータは倉庫……ではなく、冷凍庫の映像を送信する。そこにあったものに、シグナは面食らった。
……雪だるま~?』
『そうだよ。いつか見てみたいと思ってたら、誰かが送ってきたんだ。誰だろうね? もしかしたら、キイかゼクロスの計らいかもしれないけれども』
 素直に喜んでいるルータと違い、シグナは当惑するばかりだった。
 誰が送ったのだろう? 得体の知れない相手から届いたのに、素直に喜べるものなのか。ルータは楽観的に過ぎる? それとも、自分が悲観的なのか?
 あの老婆が……ジョーティが現われたのは、つい2日前のことだ。かつてキイ・マスターだったという老婆。キイ・マスターとは、何かの称号なのか? そんな不可解なキイも信用できない。
 あの雪だるまも同じだ。冷たい場所にしかいられない。鉄の寝台と同じ。ぬくもりや生きる者にはなれない……
 暗い思考を続けるシグナに、ルータはたくさんの『?』を突きつけてきた。
……あれを、いつまでとっておくつもり? ずっと?』
 言うべきことが見つからず、そんなことを伝えてみる。
『先のことなんてわからないよ。でも、できるだけのことはするつもり。そう難しく考える必要はないんじゃないかな』
 ルータはいつも通り、何気なく応答する。
 シグナはなんだか、雪だるまを見て喜ぶことより、生きていることの定義について悩むことのほうが、ずっとバカバカしく思えてきた。

「それで……
 声をひそめ、ギャラクシーポリスの刑事、ロッティ・ロッシーカーは言った。沈黙を破ることを、何よりも恐れるかのように。
 居並ぶ者立ち――キイ、レオナード、テリッサ、それにゼクロス、ランキム、ハンライルもまた、無言。
 金属の残骸を前に、微動だにしないまま、ロットは続ける。
「どうするんだ? これ……
 ――事故のひとつは、ここ、DS-B-201HR基地に来る途中、ランキムが2機の宇宙船と、探査体の残骸を拾ったことだった。
 基地に到着したロットたちは、思いがけずキイとゼクロスに会い、事情をきく。同時に、宇宙船と探査体のデータ解析も進められた。
 もうひとつの事故は、データ解析に秀でたハンライルが、探査体のデータの解析を申し出たことだ。ロットは承知した。しかし、探査体はボロボロで、完全に機能を停止していた。データも壊れているだろうと思われた。
 さらに別の事故は、テリッサがデータの修復に一種のコンピュータ・ウイルスを使うことを提案し、ゼクロスとランキムが映像・音声修復プログラムを作り上げたことだ。
 そしてそれを送信し、ハンライルは探査体を起動した。同時に、最後の事故が起こる。
 停止していたと思われたシステムは突然動き出し、緊急救難信号に乗せて、ウイルスは広大な宇宙に広がった。
「ま、まあ……破壊活動を行うようなものじゃないんだし、ね?」
 テリッサが、無理矢理笑顔を作って言い、周りを見回す。
 一瞬にも満たない間迷った後、他一同が出した結論は、沈黙だった。



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