NO.7 戦場の聖夜 - PART II

〉不穏な聖夜

「ルータはそろそろカンカルダに着いたころかな」
 遅い朝食をコンソールの上に広げながら、キイは他人事の調子でぼやいた。
 すでに彼女とゼクロスはこの惑星での用事を済ませているが、キイは昼間になるとどこかへ出かけていた。ゼクロスはあえて行き先をきいたりしないが、じっと待たされるだけなので退屈には違いない。
「こんなクリスマスの日に、難儀な任務を引き受けたものだね」
『クリスマス……地球に古くからあるお祝いの習慣のひとつですね。キイは地球圏生まれだったんですか』
 不思議そうな声に、身元詳細不明の女性はふっと笑みを浮かべて応じた。
「ま、そうだろうと答えておこう」
 朝食の後を片付け、彼女はコートを羽織る。
 その時、ゼクロスが動揺した声を上げた。
『キイ……大変なことになりました』
 モニターに灯が入る。キイは振り返ってそれを見た。
『現在、反乱軍内で内部分裂による戦闘が起こっている模様。戦場はカンカルダ近郊で、アルパ政府軍もいつ巻き込まれてもおかしくない状況です……
 ニュースが伝える映像は、飛び交うレーザーと爆撃。人工衛星や遠距離からの撮影にしても、生々しい。
 その爆撃に巻き込まれてもルータなら無傷でいるだろう。
 しかし、キイもゼクロスも、それぞれに嫌な予感を抱く。
「ああ……すぐにおさまってくれるといいが」
 キイは出かけるのを取り止め、艦長席に腰を下ろす。
『キイ?』
 ゼクロスはさらに不安げな声を出した。
『通信が入っています。ロッシーカー警部から、シークレット回線でです』
「つないでくれ」
 そう指示するキイの表情もまた、どこか不安げだった。

〉壊れ始めた空気

 衝撃が、芸術品とされるエルソン宇宙船の巨体を揺さぶる。
 モニターは向かい来る光を映した。クライン艦長の指示で、ルータは回避行動。素早く横移動する機体のそばを、太いレーザーが通り抜けていく。
 しかし、すべては避けきれない。
「状況は!?」
 席にしがみついて衝撃をやり過ごしたクライン艦長は、不安をかきたてる、何かが燃えるような音に負けないよう、声を張り上げた。
『第3貨物室で火災発生……すでに消火を開始しています。エンジン部にトラブルが……機関室のフレデリック・マクベリンが交信を求めています。つなげますか』 
「ああ、そうしてくれ」
『艦長、こちらは75パーセントを維持するので精一杯といったところだ』
 機関部長のマクベリンは前置きなしで告げた。
『これ以上攻撃を受けるとまずい。しかしここを狙っているのは明らかだ。防御システムもダウンしたまま、1度戻らなければ直る見込みはない』
 戦闘地域に入るなりの、総合防御システム停止。ルータにも原因不明のまま、脱出もできず、ここに足止めされている。
 クライン艦長は迷わず任務を断念し、一旦軌道上へ出るよう指示した。だが、休みなく繰り出される攻撃とそれによる機関部の被害により、離脱もままならない。
 再び、機体が揺れた。
『アルパ、テネシアとも連絡がつきません。通信妨害を受けているようです』
 ルータの報告は、どれもはかばかしいものではない。
 いくつもの光線が、青白い半透明な船に注がれる……
 その光景を、人工衛星の映像で、キイたちも見ていた。

〉戦いの始まりと終わり

『これが現在の様子です』
 ゼクロスの声は不安を通り越して、どこか思いつめた様子だった。
 メインモニターには、ロッティが捜査のためという名目でゼクロスに衛星をクラックさせて得た映像が展開されている。ランキムは、通信関係の捜査に忙しい。
『映像に何か細工をされた様子はないな。音声関係はどうだ?』
『連絡はつきそうもありません。妨害の発生地点もわかりません』
 ランキムは簡潔に、嬉しくない報告をする。
「ランキムにわからないなら通信関係はどうしようもないね」
 どこか投げやりに、キイ。
「それでどうするんだい」
『こっちには大義名分がある。何とでもなるさ。間に合うかどうかは別として』
 ギャラクシーポリス――GPが動く大義名分、それは当前、犯罪である。
 アルパ政府の重役の1人が宇宙海賊と取引していた証拠を押さえたのは、つい2時間前のことだという。カンカルダに行く途中に中立のエルソン船を救ったとしても、何も非難されるいわれはないだろう。
 間に合うとして。
……そろそろ行ったほうがいいんじゃないかい、ロット」
 ロットとしては、キイとゼクロスに駆けつけて欲しいのは山々だろう。しかし、GPとしてそれを言うわけにはいかない。
『艦長。アルパ軍が動く前にカンカルダに行きましょう。犯人に逃げられる可能性があります。アルパは山脈の多い国ですし、私たちが見つかる可能性は低いですよ』
 ランキムは、キイたちが先行するためのお膳立てをするつもりらしい。ロッティはこういう時、ランキムの言う通りにしたほうがいいことを心得ている。
『じゃあ、キイ。またな』
 彼はキイの答を聞かず、通信を切った。
 発進を指示してから、驚いたように天井を仰ぐ。
「ランキム、GPの専属技術者にプログラムされたんじゃなかったのか……
『そうですよ?』
 素っ気ない口調で、GPのNO.2戦艦制御コンピュータは答える。
『私はあなたに従うようプログラムされていますから』

 ランキムの姿が空に消えるなり、キイはステーションからの発進許可をもらうようゼクロスに指示した。間もなく許可が下り、再び上部ハッチが開く。
 ゼクロス、白い雲のひしめく空へ。
『ハイパーAドライブ起動。予想所要時間は全動作で48秒。……キイ、なぜルータの防御機能が作動していないのでしょう?』
……
 サブモニターには、今も人工衛星からの映像が映し出されている。
「私が心配していたのはね、ゼクロス、ここが調整者のお膝元に近いということだったんだよ。エルソンの高度なシステムをダウンさせるなんて、ASでも使わなければできない……
 ゼクロス、奇妙な沈黙。
「しかし妙だね……ASの気配は感じないな」
『あの、キイ、私……
 彼は観念したように説明した。
 スーティー・ライエルという少女がアルパに行きたいと願い、ゼクロスにあることを頼んでいた。彼女はルータの中の自分の映像データを用意してきた反乱軍の幹部のものに変え、自分の姿を照合できないようにすることを提案してきたのだ。
「それで? やったのか?」
 あきれた調子のキイに、ゼクロスはほとんど泣き出しそうな調子で答える。
『私が原因なんですか? でも、どうして』 
「ああ、思い出したよ。ゼクロス、きみの認識でも、その少女は反乱軍の幹部になっているだろう……
 キイは意地悪に言う。ゼクロスは素直にアルパ反乱軍の情報を検索した。サブモニターのもう一方に、見覚えのある顔が映し出される。
 反乱軍の幹部の1人、レイシャ。大人っぽいメイクを施してあるが、その顔立ちは確かに以前見たことがあるものだった。
『そ、それじゃあ私、敵をルータのもとに送り込んでしまったんですね!』
「まあ仕方ないさ……
 メインモニターは認識不能な異空間を示す色彩の乱舞を止め、徐々に通常空間への復帰を果たしつつあった。
「きみをだました時点で、裏にAS使いがいることは確定なのだから……
『異相スライド完了。座標確認。ルータの南西1.4キロメ-トル、水平地点に出現。敵影はいずれも地上に、7機確認』 
 ゼクロスはすぐに思考を戦闘モードに切り替えた。状況の悪さは嘆いていても良くはならない。
「ルータと充分な距離をとってCSリング展開。バリアも前面に平面展開して砲撃を受け止めろ。敵の兵器は?」
『対空レーザーが4、鉄鋼弾が2、魚雷1。レーザーを防ぎましょう、南に回ります』
 淡い銀色に輝くリングが機体の周囲をめぐる。普通機体を包むように展開するバリアを、巨大な盾のように広げ、移動。同時にレーザーをしぼり、ピンポイント射撃を行う。
『鉄鋼弾の2機は無力化しました。レーザーは2機分は受け止められます』
 残るは、レーザー2機と魚雷だ。ルータは攻撃を受け続けている。通信は今も不可能だが、視認可能域には入っている。
『機関部40パーセント。艦長、脱出を提案します』
 ゼクロスの登場で安心したルータのブリッジに、本船と同名の人工知能の抑揚のない声が響く。今までにない危機に緊張したクルーは、奇妙に間延びしたような感覚の中、我に返って愕然とした。
「脱出……
 スランメル・クライン艦長は夢から覚めたように、顔を上げる。この船を、たとえ取り返すにしても、1度は見捨てなければいけない……
 だが、その選択肢を深く考える前に、ルータは代替案を出した。
『艦長、ここから東に2キロメートル、山脈の向こうに大きな湖があります』
……充分な深さがあるか?」
 ルータの言わんとすることに気づき、ノード副長が問う。
『はい。危険ですが、今より悪くなることはないでしょう』
 艦長のほうはルータが何をする気なのかはっきりわかったわけではないが、副長のうなずきを見ると、迷うことはなかった。
「やってくれ」
 指示が下ると、ルータはそれを実行に移した。

 砲撃に押されるようにして、ルータは東に後退。キイはそれをどう見るべきか考えあぐねていた。妨害のため、ルータの状態もスキャンできないのだ。
『ルータは徐々に高度を下げています。間を詰めましょう……重力波で攻撃をひきつけます。角度によってはバリアを逸れるでしょうがリングは有効ですし、大したことはありません』
 どう相手を傷つけずに倒すか考えながら、ルータに接近。
 しかし、突然の黒煙とともに、ルータは山並みの向こうへ落ちていく――
『墜落……!?』
「ルータの元へ」
 と言いかけて、キイは人工衛星が捉えた映像を思い出す。あの映像には、この辺り一帯の地形も映っていた。
「湖か! レスト湖を利用して逃れる気なんだ」
 カルカンダは近い。上手くたどり着ければなんとでもなるだろう。キイとゼクロスは最大の問題がルータに乗っていることを知っているので、とにかく早くルータに着陸してもらわなくてはいけない。
『ルータはレスト湖に着水。敵のいくつかは追っています』
「敵さんに少しはケガをしてもらうしかないな。ゼクロス、着陸」
『はい?』
「きみはルータを追え。私も下のを掃除したらすぐに追う」
 キイはコート姿のまま席を立つ。
 戦いで荒れた、カンカルダ郊外へ……

〉結末は彼方から

 地上数メートルの地点から飛び降り、キイは装甲車に突進した。ゼクロスの接近を見、主砲はこちらを向いている。容赦なく、彼女に狙いを定めて撃ってくる。
 キイはレーザーのきらめきを見ると同時に、飛んだ。
「墜星衝!」
 その右手に光の槍が現われる。それをかまえ、装甲の上に落下。
 轟音とともに装甲が破れた。キイはそのまま分厚い金属板を切り裂き、なかをのぞき込む。
 そこには、何も見えなかった。
「これは……
「操縦者などいないさ」
 キイにとってはお馴染みの声がそう告げた。振り返ったそこにあるのは、黒いフード付きマントをまとった姿。
「ASによる遠隔操作だ。連中のお得意技だろう。実に経済的だね」
「何のために……
「きみの危惧していた通りさ。連中、ルータを放っておきたくなかったんだろう。まだ様子見程度だがね。しかし、もうきみが心配することはない」
 キイは、先を促すように《時詠み》をにらむ。《時詠み》は、降参、という様子で両手を上げる。
「さっきシグナの要請を受けたアルファが〈宇宙の使徒〉を追い払ったよ。ASはボクが回収した。レイシャはGPに好きにさせるといい」
 言って、彼は笑った。
「ルータはずいぶんな守護神たちに守られているな。ゼクロス以上に、さ」

 荒れ果てた街の通りは地肌がむき出しになり、家々は崩れかけ、空を恐々と見上げる人々はやせ衰えていた。
 その街の外れの、ステーションともただの空き地ともわからない場所に、ボロボロでずぶ濡れのルータがゼクロスの重力波の力を借りて体勢を立て直し、着陸。
 着陸するかしないかのうちにルータはハッチを開け、中から、いくつかの人影が姿を現す。
 現われた人物は、レイシャと、彼女を両脇から押さえつけたロッティとレオナードの、GPの2人だった。

〉納得できないエピローグ

「私は力が欲しかっただけ……。でも、もういいの」
 スーティー=レイシャはうつむいて顔を見せないまま、ボソリボソリと語った。
 彼女に力を貸したAS使いはすでに追い払われているが、そのことを知っているのはキイだけである。キイは、それをGPに言うわけにはいかない。
 GPのロッティ警部らに瞬間移動の方法を教えたのは《時詠み》だろう。神殿の力を使ったのだ。このことは、調査委員会に新たな可能性を示すことになった。
「何かを手に入れるには犠牲が必要。でも、犠牲には必ず反対者が出るのもわかってたこと」
 力を借りる代わりに犠牲にするはずだったのはルータだろう。
「みんな身内がかわいいんだよ」
 抑揚のない調子で、キイ。
 レイシャは突然顔を上げ、キイに詰め寄った。
「あたしも自分が、自分の友達が大事だっただけよ! そう思っちゃダメなの!? みんなそれぞれの身内を大切にしてたらわかりあえっこないじゃない!」
「親子兄弟だってしょせん別の存在だよ。分かり合うことなんてできない」
 キイは冷たく言い放った。
 そして、再び口を開こうとして、ゼクロスに先を越される。
『でも分かり合おうと努力することはできるし、そうすることが大切なのですよ』
 キイは溜め息を洩らし、レイシャに友人たちが会いに来ていることを告げ、部屋を出た。
 キイはそのまま、ゼクロスの機体がある建物内ゲートに向かった。カンカルダステーションの使い物になるゲートに、何とか引っ張りいれられたルータ、警部たちに少し遅れてやってきたランキム、いくつかの違法行為を犯したために拘束されたゼクロスが待機している。
 キイもまた、建物から出ることを禁止されていた。彼女はとぼとぼとゼクロスのもとに帰る。
『キイ……私たち、何か解決したんでしょうか』
 キイがブリッジの定位置に着くと、ゼクロスは弱りきった声できいた。
「私たちが解決すべきことなんてなかったさ……そして、何も解決なんてできなかった」
 キイの声もまた、いつになく暗かった。すべてが目の届かないところで始まり、遠い宇宙の彼方で終わったようだった。
 ことはGPの捜査も及ばないところで終わり、アルパの戦いは今も続いている。メインモニターは意味もなく、カンカルダの夜空に時々散る火花を映している。
『私のしたことは、ルータとクライン艦長たちを危機に陥れただけ……
 ゼクロスのショックは、キイよりずっと大きかっただろう。しかし、キイも泣きたい気分は一緒だった。無言で、冷たい夜空を見つめる。
 誰かの気配が、その背後に生まれた。
 誰より馴染みのある、あるかなきかの気配。
「きみは、ボクが裏切る可能性があると思っているかい……
「まさか……
 キイは振り返ることなく即答する。
 ゼクロスは眠らされたのだろう。キイは不思議にも思わない。
「ボクも身内がかわいいのさ。ボクは裏切らない。たとえこの宇宙が滅びても」
 雲が途切れ、月光がさした。
「ボクが消えてなくなるまで……
 気温の低さのあまり氷の結晶と化した空中の水分が月明かりに照らされ、きらきらと輝く。
  天に橋をかけるように舞い踊る光の粒――ムーンピラーを見つめたまま、キイはうなずいた。

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