NO.7 戦場の聖夜 - PART I

〉夜明けは初雪とともに

 キイはまだ落ち込んだままのゼクロスの機体に背を預けたまま、ステーション内の売店で買ったチーズバーガーをかじっていた。漆黒の瞳は眠たげに閉じたドアに向けられ、長い黒髪は無造作に背に流されている。
 リボンのついたシャツもベージュのベストも、大きめのコートに隠されている。ベレー帽は今は艦内に置いていた。
『GPはアルパ政府のマチルド党幹部を摘発し、事実上マチルド党は崩壊しました。これを受けてライコット・センダイルを初めとする反乱軍の穏健派が会談を求め……
 昔ながらのポータブル・ラジオから流れてくるニュースを聞きながら、キイは紙コップの熱いコーヒーをすする。
『雪、降らないな……
 突然、聞き覚えのある声がラジオから流れてきて、黙り込んでいたゼクロスが驚きの声を上げた。
『ルータ……?』
『あまり元気ではないね、ゼクロス』
 ルータは診断を下す医者のような調子で断定した。
『そんな調子では厳しい冬を乗り切れないよ』
『キイ?』
 すまし顔でコーヒーを飲むキイに、ゼクロスは非難めいた声を上げる。
「知るものかい。私たちの知らないことが多すぎるんだよ」
 彼女はガラス張りの壁を振り向く。外には、白いものがはらはらと落ちてきていた。
『雪だ雪だ! 帰る前にいい物見たね』
「いつ帰れるんだか」
『もういつでもいいです』
 ゼクロスはどこか幸せそうに言った。

〉ある任務の始まり

 惑星ソレイトンはふたつの国で成立している。この惑星はいわゆる中央世界に属する惑星のひとつで、フォートレットにも近い。
 ここ数年の間、惑星内の一方の国であるアルパ共和国で内乱が続いており、もう一方の国テネシアとの国交も断絶している。輸入の多くを唯一の隣国を頼っていたテネシアが新しい取引相手を探さなければならなくなったことは、自然の成り行きだった。
 毎年中央世界への旅の途中でエルソン船がこの国に寄ることになってからも、もう数年が過ぎている。
 しかし、今年はそれだけではなかった。
「本当に申し訳ない。我々にも何か役に立てることがあればいいのですが」
 テネシアの首都ベントルの宮廷で、首相レイブン・トーロッドは心配そうに言った。
「心配無用です。我々の安全は、エルソンの地上にいる時以上に保障されているのですよ」
 クライン艦長は気楽に言う。実際、彼のことばの通りなのだ。クルーの身の安全については何も憂いることはない。
 それでも任務自体の遂行は、かなり難しいだろうが……そんなことは、当然表には出さない。
「アルパとの約束の時間は明後日朝8時です。せめてそれまで、このベントルでゆっくりしていてください」
 首相はクルーのため、一流ホテルを貸切にして提供した。また、彼らの船はホテルの近くの大きな整備会社に預けられた。
 エルソン宇宙船、ルータ。中央世界が目をつけるのも当然の、有名な機体だった。

〉時の神殿

 ベントルは、『未来都市』ということばがよく似合う都市だった。
 エネルギーは核融合や恒星軌道上に設置された装置からレーザーで送られてくるものが利用され、街並みはできる限り自然の風景を活かすように造られている。透明な空中回廊の向こうに、高台の裸の木々が見えた。
 今は、この都市の人々は冬の準備を終えたくらいだ。キイ・マスターもいつもの芸術学校の学生じみた格好の上に、茶色のコートを羽織っている。
「ここに……何か連中の手がかりが?」
 白い息とともに、独り言のように問いかける。
 彼女は街並みを出て、岡に向かった。小さなドーム状の建物に入ると、岡の上に転送される。岡にぽつんとあるワープゲートを出ると、神秘的な光景が広がっている。
 両脇に葉を落としきった木々が並び、石段が真っ直ぐ続く。その先にあるのは、屋根が青く、壁の白い神殿だ。観光客に一般公開されている遺跡の内のひとつである。
 寒さのためか、辺りに他の人の姿はない。
 キイは、神殿のなかに入った。
 天井が高く、白銀の内部は柔らかな光を放っている。凝った装飾はないが、訪れる者にどこか懐かしさを感じさせる。
 しかし、1番目を引くのは、中央の光球だろう。白銀の囲いの中に、大きな青白い優しい光が輝いている。淡い輝きは絶えたことはなく、そのメカニズムは判明していない。ベントルの調査委員会は異空間からエネルギーを引き出しているようだということまでつきとめたところで、さじを投げた。
 キイは、部屋の中央に数歩近づいたところで、足を止める。
「今は誰もいない。ここならおあつらえ向きだろう」
 光の前……白銀の囲いに腰を下ろした、黒いフード付きマントを着込んだ姿が、キイには視えた。
「確かにそうだろうね。ここはボクたちの空間だから……
 《時詠み》。シグナステーションで見かけられるその姿が、今、そこにあった。
「ボクと何を話したいというんだい……まだ、時は来ていないというのに。ルータが中央世界の連中に肉薄するのが気に入らないのかい?」
「まさか……そんなことは今までにもあったさ」
「今回のはフォートレット直々の要請だし、無関係でもないだろうがね。それとも、きみたちのことか……
 《時詠み》は組んでいた足を解くと、立ち上がった。
「きみをじらしても意味はないからね……ボクの手に入れた情報を教えるよ。ボクはそのために存在しているようなものだから……

〉陰謀の序章

「ねえ、あなた……
 スーティーは用心深く周囲を見回すと、警戒した調子で話しかけた。今はこの整備工場は臨時休業になっていて、スタッフの多くも休暇をもらっている。
 大きな整備工場といえ、叩き上げの職人が一代で築いた会社だ。スタッフのほとんども技術者である。
「あなた、アルパに入る許可をもらえるんでしょう?」
『ああ、明後日にはね』
 ルータは外部スピーカーから静かに答えた。
 この少女、社長の孫だというスーティー・ライエルには、他の誰かにこの話を聞かれたくない理由があるらしい。
「ねえ、お願い……あたしも連れてって! 難しいことはわかっているの、でも……
『許可がもらえたから安全というわけじゃない。誰もきみの安全を保障できないし、保障するわけにもいかないだろうね』 
「危険は承知の上よ。保障もいらない。ただ、私をどこかに隠して、それを黙っていてくれればいいの」
『私の立場としては、そうもいかない。艦長の許可をもらわなくては。しかし、なぜそんな危険な場所へ行きたいのかね?』
「それは……
 彼女は説明した。
 3年ほど前、彼女はアルパに住み、学校に通っていた。地元の友人も大勢でき、何も問題はないように見えた。
 しかし、卒業を間近にしたころ、内乱が起こる。彼女は祖父の心配もあり、すぐにこちらに呼び戻された。アルパの友人たちを心配しながら日々を過ごしていたあるとき、彼女は信じられないことを聞く。
 内乱を引き起こした者たちの中にも平和的な解決を望む者たちが現われ、その者たちの中に多くの知り合いが含まれていたのだ。
「今から思うと、確かに学校全体が何かの準備を行っていたふしがあったと思う。それだけじゃないわ……
 彼女は言った。強硬派にもいくつか知っている名があると。
『たぶん、学校にはスパイもいたんだろう』
 ルータはアルパの内部事情を復習し、納得する。
 スーティーの言う学校の知り合いで有名なのは、おそらく、ライコット・センダイル教授だろう。穏健派の中心人物である。
「あたし、そのどちらとも親しくしていたの。話し合えば分かり合えるかもしれない……どちらも、ちゃんとした考えの持ち主だから……
『それは、そうかもしれないが』
 ルータは、申し訳なさそうに、しかしきっぱりと言った。
『私の答は変えられないよ。きみを乗せていくことはできない』
 有無を言わせぬ調子に、スーティーはうなだれ、だが意外と素直に受け入れた。
「わかったわ……明後日までに気が変わったら言って」
 あきらめ、気落ちした様子で去っていく。
 それとは裏腹に、実のところ彼女がすでに次の行き先を決めているなど、ルータには知るよしもなかった。

〉ミステイク

 航宙ステーションはいつも通りすいていた。アルパには行けず、この寒い時期ともなると、フォートレットに向かう途中に補給する船がたまに寄るくらいなのだ。
 そんな中、紺と白に彩られたその宇宙艦は、一際目立っている。
「ゼクロス……?」
『はい、私がゼクロスですよ。あなたは?』
 その宇宙船に搭載された航法・管理コンピュータ、XEX――ゼクロス。彼は、噂通りの、この世のものとは思えないきれいな声で問い返した。
「あたしはスーティー。あなたに話したいことがあるの」
 彼女はルータに話したのと同じことを、今度は逆の順番で話した。自分のいた学校のことから。アルパまで乗せていって欲しいということは言わない。ゼクロスにはアルパに入る許可が下りないのだ。
『それで、なぜ私にその話を?』
 スーティーの狙いをなんとなく感じながらも、ゼクロスはその疑問を抱かずにはいれなかった。
「わかってるわ。あなたじゃアルパには行けないし、ルータに頼むしかない。でも、それもできない相談。そりゃ、あたしみたいな子どもを、本人の希望だけで連れて行くわけにはいかないでしょ」
『私にルータを説得しろと?』
 ゼクロスは困ったように言った。
『無理ですよ。私も今回の件に関しては部外者ですし』
「何とかならないの? ……他の手段も考えていたんだけど」
『他の手段?』
 彼も何か思いついていたのか、おもしろそうに言う。
 スーテイーはバッグの中から、1枚のディスクを取り出す……

 キイはステーションに入るとき、1人の少女とすれ違った。ベレー帽に学生のような姿の自分もそう見えるかもしれないが、場違いな人物だ……そう、彼女は思った。
「ゼクロス、今の彼女、見覚えないか?」
 ホテルに泊まる気はないらしく、夕食を買い込んできたキイが、相棒に声をかける。
『いいえ。どんな方ですか?』
 いつもの澄ました声で、ゼクロス。
 キイは肩をすくめた。気にしないことにしたらしい。
「ま、こんなところに来る気まぐれもいないわけではないさ」

〉招かれざる客

 その2日後、ルータとクルーたちはテネシアの重鎮たちに見送られ、アルパに向かった。テネシアの軍艦が周りを固めるという申し出があったが、単にテネシア軍を危険にさらすだけである。クライン艦長は当前断った。
 ルータの大きさでは発見されるのは必死である。姿を消す機能は、地表近くでは周囲への影響のため、使用できない。それに、目的の相手を安心させるには、姿を見せている必要がある。攻撃を受けるかどうかはわからないが、受けたとしても撃墜されることはない――少なくとも、クルーはそう信じている。
『全システム異常なし。周囲に敵対反応もありません』
 惑星ソレイトン上空の旅は、慎重に進められた。
 難民への食糧援助。アルパ政府からの要請だが、これは戦争支援ではない。フォートレット中央政府は、エルソン政府にそう説明した。
 しかし、反乱軍がそう思ってくれるだろうか。誰もが、このまま順調に行くことを祈った。
 そんな矢先。
『艦長?』
 気を張り詰めていたクライン艦長らは、ギクリとした。そしてそのルータの呼びかけは、そうさせる響きを含んでいた。
「ああ、どうした?」
『第2貨物室の総質量が予定より約50キログラムオーバーしています。その範囲内でわずかに変動が見られます』
 積荷は食料だ。動物など乗せていないはずである。
「積荷の変更はないはずだな。ルータの予想は?」
『心当たりは……ありますが……
 ルータは言いにくそうに言った。
『どうやって乗りこんだのかわかりません』
 ルータはスーティー・ライエルの映像をサブモニターに呼び出した。艦長は第2貨物室に保安部を送る。
 間もなく、保安部員2人が1人の少女を連れてブリッジに現われた。
 スーティーはバツが悪そうにうつむいている。
「どうしたものかな……
 クライン艦長も困ったように少女を見る。その横から、ノード副長が助け船を出した。
「乗船者はもちろんルータがチェックしているはずです。ルータ?」
『はい。スーティー・ライエルの乗船記録はありません。これにより考えられる事態は……、カメラ、映像分析部分の故障、ローカルメモリの故障、判断系統の一時的な麻痺など……。セルフチェックはオールグリーンですが』
 ノード副長はスーティー・ライエルに目をやった。スーティーはわずかに怯んだように口を開く。
「あの、もう引き返したりしませんよね? ……あたし、自分の映像をいじってみたんです。そういうの得意な友達に頼んで。あたしを見てもそう認識できないように」
 それは、並みの腕でできることではない。ルータは友達の正体がなんとなくわかったが、とりあえず黙っていた。
「こんなことしてごめんなさい。でもせめて、アルパの友人たちが無事かどうか、わかればと思って」
 必死の様子のスーティーに、溜め息を洩らしながら、艦長は告げた。
「確かに引き返すわけにもいくまい。ただ、きみには監視をつけさせてもらうよ。悪く思わないでくれ」
 スーティーはほっとしたようにうなずき、保安部に引き連れられていった。

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