エルトリア探訪日記

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・2007年8月10日:第10話 はじめてのおつかい(上)
・2007年8月10日:第10話 はじめてのおつかい(下)


第10話 はじめてのおつかい(上)

 今朝、太陽が地上に顔を出して間もなく、わたしたちは朝食をとり、エレオーシュ魔法研究所の門を出た。
 道なりへ進み、舟がいくつか行き交う川の上の橋を渡ったそこに、水の流れる街並みが広がっていた。
 わたしはこの旅立ちの前に、念入りに持ち物を確認していた――と言っても、今の持ち物なんてたかが決まっている。いつもの服にレンくんからもらった腕輪、一応ヴィーランドさんにもらったマスコットをつけた鞄。鞄には、ちゃんと携帯電話も入れている。
 この世界に来てから、携帯電話のバッテリーは少しもなくなってない。何か、世界にかけられた魔法の効果なんだろうか。まあ、画面表示のアンテナも立ちっぱなしなのに、いくらかけてもつながらないけど。
 それと、学長からお財布ごとお金を受け取っていた。三〇〇レアル。一レアル=百円くらいらしい。
 わたしはとりあえず、冷たいものが欲しいと思った。
 この辺にも、四季は存在するらしい。段々と、昼間の気温が上昇している。しかも、ただ暑いだけならともかく……水の世界だけに、湿度が物凄い。不快指数うなぎのぼり。城の中は割と涼しいけれど、こうして太陽の下に出ると、蒸し焼きになりそうだった。
「……暑くないですか?」
「ああ、一応魔法を用いて編まれた服だからな。中は快適な環境に保たれるようになっている。平気だ」
 と、わたしの汗を拭きながらのことばに涼しい顔で言ってのけたのは、道化師さん。わたしがパルくんを送る旅の同行者に指名した。考えてみれば、パルくんやわたしが慣れていて、夢魔にも対抗し得る実力が証明されている相手と言えば、道化師さん一択だ。
 で、パルくんはというと、わたしたちより少しあとを、暑そうにしながらついてきている。その両腕には、布に包まれた棒切れのようなもの――伝説の杖をしっかり抱いて。
「エンガまでは往復でも半日もかからないが、道中、何があるかわからないからな。エレオーシュの街を見て回るのは後にするか?」
 わたしはこの旅のご褒美に、お小遣いを使って買い物や見学ができることになっている。それはパルくんとは関係のないことだし、待たせるのは悪いから、後回しにするか――と思ったところで、わたしはふと思いついて、後ろを振り向く。
「そうだ。パルくん、お土産買ってかない?」
 わたしが提案すると、彼は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに口を尖らせて首を振った。
「いらないよ、あんな連中なんて……どうせ、帰ったらもう外には出さないとか言うんだから」
「だから、お土産でご機嫌を取るんじゃない。真剣に魔術師目ざしてるってことを言えば、きっとご両親もわかってくれるよ。学長に、『お前には才能がある、もう何年かしたら是非来てくれ』と言われた、とでも言っとけば、そうそう反対されないでしょ」
「べつに、爺ちゃんにそんなことは言われてな……」
「嘘も方便、だって」
 わたしのことばに、彼はさらに目を丸くしてから、迷ったように考え込む。
 となりで溜め息を吐き、道化師さんがちょっと雲の多い空を見上げた。
「魔術師になるのがきみにとって幸か不幸かわからないが、それは、家族と共に生きることを放棄することだ。それを判断するには、きみはまだ若過ぎると、きみの家族は考えたんだろう。五年後十年後、まだきみが魔術師になりたかったら家族も認めるかもしれないし、認められなくても、今回より簡単に家出して研究所に行けるだろうさ」
「五年後も十年後も、絶対魔術師になりたいと思ってる」
 何でそんなに魔術師になりたいんだろう? 頭の良い子みたいだし、単なる子どもの憧れじゃあないのかもしれない。
「でも、できれば家出じゃなくて、家族に認められて魔術師になりたいでしょう。だから、そのための布石として、まずお土産でご機嫌を取っておくほうがいいよ」
 と、ここまで言うと、さすがにパルくんも反対はしない。
 ――まあ、どうせお金出すの、わたしなんだし。
 ということで、まずエレオーシュの商店街に向かうことになる。
 この街は、靴の裏が濡れる程度の水が常に流れている。それに、空中を渡る半透明な橋や建物の上を水が流れていて、とても涼しげな風景を演出していた。
 その水のおかげで涼しくもあり、暑くもあったりするけれど。
 商店街は、床が高くなっている店もあり、露店もあり、雑然としていた。たぶん、湿気が気になる商品だときっちり閉め切ったお店になるんだろう。果物屋や八百屋は、露店で水に漬けているところが多い。
「お嬢さん、綺麗なアクセサリーはいらんかね? 水明石のペンダントがお勧めだよ。魔よけの精霊石のブローチもあるよ」
「新鮮な果物はいかがっすか〜」
「旅のお供に、ナイフやロープは欠かせませんよ。便利な実用雑貨ならうちへどうぞ」
「丈夫な服はいかがですか。新作もありますよ」
 あちこちで呼び込みの声がする。旅行者の姿も多く、かなり賑わっている様子だ。パルくんも歩きながら珍しそうに、左右の店を眺めている。
「エレオーシュ特有のお手軽なお土産って、何かあるんですかね」
「エンガとは近いからな。特有と言っても、滅多に手に入らないほどの物はない。……せいぜい、珍しい物で手軽なところでは、食べ物だろう」
 まあ、家族みんなで分けられるような物っていったら、やっぱり旅行土産としては定番のお菓子になるだろうなあ。
 などと考えつつ歩いていると、そのものズバリ、土産物屋さんの呼び込みを聞きつける。床の高くなったお店を覗くと、棚に、色々なお菓子が並んでいた。
「何か希望はある?」
 道化師さんを店の外に待たせて、わたしはパルくんに訊いた。お菓子好きのパルくんは目を輝かせつつも、迷うように唸っている。
「……べつに好き嫌いはないし、姉ちゃんが決めてよ。あんたがお金払うんだし」
 ――姉ちゃん、と呼ばれて、ちょっと嬉しかった。
 だからってわけじゃないけど、資金にも余裕はあるし、四種類買うことにする。お土産用は、ナッツ入りの小さなチョコレートパイ十個入り。あとは、小さめのケーキ三つとドライフルーツを乗せたクッキーにチョコレートをかけたもの、四つ目の見た目にも可愛い動物型キャンディーは、研究所のみんなへのお土産用だ。
「そんなに一杯買うの?」
「半分以上、自分たち用だよ。ケーキとクッキーは、休憩中にでも食べよう」
 お菓子四種類、三六レアル。学長に貰ったお小遣いは、まだまだ余裕だ。
 ちょっと嬉しそうなパルくんと一緒に店を出ると、道化師さんは、行商人風の男の人と話しをしていた。
 丁度、一区切りついたらしく、男の人はこっちを一瞥すると、手を上げて「それじゃあ、また」と言って離れていく。
「知り合いですか?」
 歩み寄りながら質問すると、道化師さんは少し間をおいてうなずいた。
「ああ……長く旅をしていると、色々な相手に顔を覚えられるものさ。わたしは目立つからな」
「何か、気になる話でも?」
「べつに、何でもない」
 と、目をそらす。
 仮面のせいで表情のわかりにくい人だけれど、わたしはなんとなく、彼の感情が読めるようになっている。
「何かあったんでしょー。わかりますよ」
 と、突っ込むと、割と簡単にあきらめた様子でこっちを見る。
「馬車を雇って商品をエンガに運んだそうだが、なかなか戻って来ないらしい。何か事故でもあったんじゃないか、という話だ」
「はあ、事故……」
 エンガまでは近いそうだけれど、土砂崩れや橋の崩壊でも起きるような道なんだろうか。それとも、馬車がどこかに落ちたとか?
「まあ、余り気にすることもないだろう。障害物があろうと、魔法なら排除するなり迂回するなりできる」
「それもそうですね」
 わたしが道化師さんを指名したとき、学長は、旅慣れている彼なら最適、と言った。エンガまでの短い旅には充分過ぎるほど心強い道案内だ。
 ――でも、このとき、わたしたちは知るよしもなかった。この旅が、予想より長く続くことを。

 日帰りの、ちょっとした散歩のような旅である。草原の中を行く道を数時間も歩けばいいだけ。
 たぶん、道化師さんだけならとっとと行って帰ってこれる――いや、わたしやパルくんだってそのはずだ。ここまで暑くなければ。
 あまりの暑さに体力がそがれる。道程の半分まで来て、わたしたちは道の脇の草の上に座って休憩した。例のケーキの甘さが、疲れた身体に心地いい。
 道化師さんとパルくんは水筒を持っているが、わたしは、鞄に水を入れたペットボトルも持ち歩いている。そうと知ったのはあとからだけれど、この世界に召喚された日に道化師さんに直撃したといういわくつきのペットボトル。
 その道化師さんはというと、自分の分のケーキをパルくんにあげて、空を見上げていた。心なしか、雲が増えてきている。日光が遮られても、まだまだ涼しくはならないけど。
「降り出しはしないだろうが……この時季には珍しいな」
「涼しくなるなら、歓迎なんですけどね」
「熱された水が冷めるまでは、少々時間がかかる」
 そのうち、涼しくなるだろう――という願望で見上げた空は、どんどん雲が厚くなっていくようだった。わたしたちが歩みを再開した頃には、まだ昼前なのに、夕方前後の暗さになっている。
 さすがに、雨具の準備はしていなかったな――そんなことを考えているうちに、川と城壁に囲まれた街並みが見えてきた。オレンジ色の、木の屋根が並んで見える。
 もっと近づくと、噴水が見えた。でも、周囲に人間の姿はない。
「……人の気配がないな」
 道化師さんが目を細めると、さすがに家族が心配なのか、パルくんも不安顔で足を速める。わたしも、早く街の様子が知りたかった。
 早足で――最後には駆け足で門をくぐると、街並みが見渡せる。けれど、どこにも人の姿はない。
「おかしい……ですね」
「ああ……」
 誰かいないかと周囲を見回すうちに、パルくんが走り出すのを、慌てて追いかける。
 どこに向かっているのかは予想がつく。彼は、門からそう遠くない狭い道に入って何軒目かの、平屋の小奇麗な家のドアを叩いた。鍵がかかっているらしい。
「父さん、母さん、シャリ! ぼくだよ、パルだよ!」
 どんどん、と激しくドアを叩いても、何も反応はない。窓には、カーテンがかかっていた。
 わたしは、RPGなんかでたまに見かける魔法のことを思い出す。
「道化師さん、魔法で鍵を開けたりってできます?」
 そう問いかけると、相手は周囲を眺めながら、
「できないことはないが……中には生きものの気配はないぞ。ここだけでなく、他の家からもだ」
 と、周りの家を示す。
「じゃあ……じゃあ、みんな怪物か夢魔にやられた……?」
 ちょっと泣きそうな顔をしたパルくんが見上げてくる。わたしも、取り返しのつかない状況なんじゃないか、と不安が募ってきたものの、道化師さんはあっさり首を振った。
「この町が何かに襲われたなら、街中に遺体や破壊の痕が残っていなければおかしい。誘拐にしても、家畜も含めて綺麗にいなくなっている。他の家の扉にも鍵がかかっていることからして、ある程度自発的に出て行ったと思われる」
 どうやら、いきなり町民全滅、みたいな展開は避けられたらしい。
 しかしこれ……どうすれば良いのやら。まさか、ここにパルくんだけ置いて帰ってしまうわけにもいかないし。
 同じく、腕を組んで何やら考え込んでいた道化師さんが顔を上げた。
「もう少し、街中を調べてみよう。どこかに、置手紙でもあるかもしれない。それでダメなら、パルも一緒にエレオーシュへ戻るしかないだろう」
 わたしも、ほかにいい方法は思いつかなかった。
 とりあえず、パルくんの家も簡単に調べさせてもらったけれど、置手紙のようなものはなかった。すぐに戻ってくるつもりのようだ、と道化師さんが分析していた。
 あと、公民館のような、公共の場所を色々探ってみる。町民へのお知らせとか、旅行者への案内とか、わたしにとってはこの辺の文化が色々とわかって面白くはあったけれど、町の人たちの行方については何の手がかりもない。看板に『今日は町民全員参加で外で大祝賀会です』とか書いてあればすべて解決だったんだけど。
 それにしても、長く歩いた末にさらに街中を歩くのは疲れる。手分けして捜せればいいんだろうけれど、この面子ではそうはいかない。
「少し休むか?」
 と、道化師さんの提案で、噴水の近くに戻ることにする。
「そう言えば、お弁当とか用意してませんでしたね」
「昼前には戻るはずだったからな……もう、そんな時間か」
 と、溜め息を洩らす彼も、だいぶ疲れているらしい。
 パルくんは、ずっと黙ってあとをついてくる。その目は、自宅の方向へ向けられていた。
 ――道中はあんな連中、とか言ってたけど、やっぱり家族が心配なんだな。
 とか考えた一瞬、強く手を引かれる。

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第10話 はじめてのおつかい(下)

 えっ、とよろめきながら視線を戻すと、道化師さんがパルくんを押しやりながら、どこかを見上げていた。
「さがれ!」
 高まる緊迫感。一気に鼓動が早くなる。
 屋根の上。
 そこに、背の高い人影が見えた。
 少しだけ我に返ったわたしは、右手で鞄をギュッと握り、左手で、茫然としているパルくんの手を握る。
「何者だ!」
 道化師さんがにらみつけるそこに立つ姿が、段々はっきり見えてくる。
 まさか、この状況で突然屋根の上に現われた人物が大工さんだったりするわけがない。
 その姿は、剣士。長い髪の、女の人だ。頬に奇妙な模様を刻み、腰には剣を差している。剣、と言っても、よくRPGで勇者が持っているような直刀ではなく、刃がゆるい曲線を描いた、いわゆる日本刀のようなもの。
 彼女は、その手に抜き放った刀を握ると、二階建ての家の屋根から一気に飛び降りる。道化師さんも懐から魔法の力が込めているらしい大型ナイフを取り出し、身を引いた。
 その目の前に轟音とともに土煙を上げ、女剣士が降り立つ。
「へえ、あんたが襲撃予告をよこした大魔術師さまってヤツか」
「襲撃予告……? 一体、何を言って……」
「思ったより可愛い坊やじゃないか」
「誰が――」
 反論も、突きつけられた切っ先に封じられてしまう。
 相手があきらかに長命な魔術師だと知っていて坊やとか言うのは、つまり、馬鹿にしているわけか。道化師さんは顔をしかめるものの、今はことばで反論している余裕はない。
「楽しませてくれよ」
 これは、絶対的不利。魔術師は、剣士と間近で戦えるようにはできていない。何とか、剣を納めさせないと。
「あなた、こっちの事情も――」
 話を聞け、と言いたかったが、最後まで告げられず。
「嬢ちゃんがたは、退いてな!」
 ついに戦端が開かれてしまった。
 わたしはパルくんを引っ張って、後ろへ猛ダッシュ。幸い、相手はわたしたちのほうを攻撃するつもりはないらしい。
 斬りかかられた道化師さんは避けて、わたしたちから離れる方向へ走りながら、足止めの魔法攻撃。
「〈ソルヴァ・デイル〉!」
 握り拳大の光の玉が三つ、斜めに並んで飛んでいく。
 それをかわすことなく、女剣士は切り裂いて突進してくる。あの刀も、ただの刀ではないらしい。これでは、ほとんど時間稼ぎにならない。
 しかも、素人目にもかなりの腕前の剣士らしかった。動きが速い。そして、無駄がない。大振りに見える攻撃も、流れるような次の一撃への予備動作につながる。
 凝った魔法を準備している余裕がないので、道化師さんはさらに簡単な攻撃魔法を放つ。たぶん、相手を殺すつもりで戦うなら手はあるんだろうけれど、相手の勘違いで始まったらしいこの戦いでは、そういうわけにはいかない。
 ――その勘違いを解ければ、丸く収まるはず。
「パルくん、ここにいて」
 相手がわたしやパルくんを傷つけるつもりがないのなら、それを利用して、時間稼ぎくらいはできるかもしれない。
 そう思って、パルくんを残して駆け出す。一応、火の玉を飛ばすくらいの魔法は使えるけれど、相手の動きが速過ぎて、下手すりゃ道化師さんに当たる。接近してどうにかするしかない。
 決意を固めて刃が閃くそばに近づいたそのとき、自ら地面を転がった道化師さんが、地面に手をついて魔法を完成させた。
「〈シャルファイン〉!」
 地面に小さな亀裂が走り、ぼこっという音を立てて、生まれ出た何本もの蔦が宙を走る。見るからに、相手の動きを封じて生け捕りにするための魔法だ。
 蔦は女剣士の刀に、足に、腕に、しっかりと巻きつく。
 ――やったか?
「へえ」
 彼女は感心したように言って、少し全身を震わせる。ブチブチと音がして、蔦がパラパラ散っていく……なんという馬鹿力。
 感心している場合じゃなかった――実際は、わたしは茫然と突っ立っていたけれど。まだ刀に蔦が絡みついているので、女剣士は比較的自由になっている足で大きく踏み込み、上体を反らしながら、膝をついていた道化師さんを蹴り飛ばす。
「ぐっ」
 と呻いてナイフを落としたその前に、わたしは反射的に駆け込んでいた。
 お守りのように鞄を胸の前に抱えているものの、相手は初めて見るプロの剣士。あの刀の鋭さが怖い。いや、この鞄は夢魔も吹っ飛ばした名品だ。伝説の杖もメじゃない。だから、きっと人間の持つ刀なんて平気で防いでくれるはず。イヤたぶん無理だけど、無理だけどっ。
 などと混乱しつつ、ハッタリだけは忘れまいと、相手をにらみつける。
 すると、相手は蔦を払いながら、わたしの登場に目を見開いていた。少し困ったように、こっちを見下ろしてくる。
「魔術師の手下にも見えないし……地元の子じゃないのかい?」
「ち、違います! パルくんはここの子だけど、わたしたちは、エレオーシュ魔法研究所の者で、パルくんを送ってきただけで……悪の魔術師なんかじゃありません、正義のっ! 魔術師です」
 相手の話を聞くスキルに疑問があるので、わたしは早口で、できるだけ短く説明する。
「あなたこそ何なんですかっ?」
「ふーん……」
 わたしの真っ当な問いかけに、まだ迷うようにうなる女剣士。
 こうやって向かい合ってて、いきなり切りかかれることはなさそうだし、ピンチ度はだいぶ下がったかも。ここで畳み掛けるように、何とか説得できればいいんだけれど……いざとなると、なかなかことばが浮かんでこない。
 相手をにらみながら考えているうちに、何かが視界を横切った。
 わたしも女剣士も、それが飛んできたほうを見る。パルくんが石を手にして、それを女剣士に投げつけた。
「みんないなくなってるのに、何でよそ者のお前が残ってる? お前が町の人たちを誘拐したのか? 町のみんなを帰せ!」
 いや……この人が誘拐したとは思えないけど……。
「あ、あたいは誘拐犯なんかじゃないって! 誤解だよ」
 疑われたほうは、焦った様子。これで、ちょっとは自分のしたことを振り返ってくれるといいなあ。
「大丈夫ですか?」
 とりあえず相手の注意がそれたので、後ろで膝をついたまま成り行きを見ていたらしい道化師さんに手を貸して、助け起こす。
「何とかな……」
 疲れたように息を吐いて、彼はパルくんの投石から逃げ惑いながら「誤解だー!」とか何とか叫んでいる女剣士へ目を向けた。
「きみが誘拐犯じゃないように、わたしたちもそうじゃない。まずは、きみが誰なのか、ここで何があったのか知りたい」
 それを切欠に、パルくんは投石をやめ、女剣士はこっちに向き直る。刀は鞘に納められていた。
「あたいは、鬼姫。長年傭兵をやってる身さ。仲間たちと一緒に、ある町で悪い魔術師を捕らえるよう依頼されたんだけど、そっちで取り逃がしてね……まあ、詳しい話は、あたいらのキャンプに行ってからにしよう」
 どうやら、仲間がいるらしい。彼女が指さしたのは、郊外のほうだ。
「悪かったねえ、あんまり不思議な格好してるもんでさ」
「好きでしているわけではない」
 歩き出すついでの鬼姫さんに肩を叩かれて、道化師さんは少し不機嫌に応じた。
 とりあえず、命のやり取りなんていう危機的状況は去ったらしい。ほかにどうしようもないので、わたしたちは鬼姫さんについていく。その間に、簡単な自己紹介を済ませておいた。
 門を出て、町を東に回り込むと、木々に囲まれた空き地が見える。そこに、いくつかテントがあって、四人の男が焚火を囲んでいた。男の中には、フード付ローブをまとった、魔術師らしき姿もある。
「何だい、その人たちは?」
 傭兵らしい男が、こっちを見て目を丸くする。
「ああ、この町の子と、それを送ってきた正義の魔術師さんたちだと」
 ああ、わたしの説明を真に受けてる……なんか恥ずかしい。
 まず、初対面の人とは自己紹介。鬼姫さんの紹介によると、リーダー格の栗色の髪の傭兵がアシェールさん、金髪美青年風の魔術師がヴェトラさん、赤毛の兄弟の、弓の名手フォクトさんと短剣二刀流のテンタさん。皆、鬼姫さんの傭兵仲間だという。
「魔術師は、この町を今夜儀式に使うと予告してきたのです。前の町では、魔術師を無力化する毒で捕えようとしたんですが、どうも上手く効かなくて、逃がしてしまって……」
 ヴェトラさんがわたしたちのためにお茶を入れながら、説明する。
 ――それにしても、毒がどうのって……なんか、どっかで聞いた話だぞ。
「その毒って、エレオーシュ魔法研究所に依頼していたものですか?」
「そういう話は聞いていませんけど……そうですね、この辺で町から依頼するというと、そうなると思います」
 ――やっぱり、あのときわたしがリアス先生を手伝って作ったのがそれか。上手く効かなかったって、わたしのせいだったらヤだなあ。
 ちょっと嫌な記憶を思い出してしまったわたしのとなりから、道化師さんが、最も重要なことを訊いた。
「町の者たちはどこにいる?」
 そう、それこそ、パルくんも一番知りたがっていることだった。
「ああ、近くの町に避難してもらっています。ご心配なく」
 フードの下のほほ笑みに、心からほっとする。パルくんも一安心だ。
「それじゃあ、これから、その町にパルくんを送り届けに……?」
 道化師さんに訊くと、彼は首を横に振る。
「一番近い町とはいえ、エレオーシュではないのだろう。今からでは、途中で野宿することになる」
「ここにいなよ。どうせ、今夜にはカタがつくんだしさあ」
 陽気に言いながら、鬼姫さんはサンドウィッチを分けてくれた。出発してからまったく食事はしていないし用意もないので、ありがたい。
 それにしても、今夜はここで一泊か。
「そのことばに甘えるほかは、どうしようもないな。まあ、魔術師相手なら、わたしも少しは役に立つだろう」
「それは、心強い」
 悪の魔術師退治に協力するつもりらしい道化師さんのことばに、もう一人の魔術師が嬉しそうにほほ笑む。
 また、『戦い』を目にすることになるのか。
 不安と、妙な期待を胸に、わたしは焚火に当たりながら夜を待つことにした。


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