エルトリア探訪日記

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・2008年08月15日:最終話 終わりにして始まり(上)
・2008年08月15日:最終話 終わりにして始まり(下)


最終話 終わりにして始まり(上)

 盛大なパーティーが開かれ、それに参加したり、干上がったように底を晒していた湖のゴミを分別するのを手伝ったりしながら、三日間が過ぎた。
 その間に、地球人はお礼に何をもらうか考える。こちらで手に入れた物は普通に持って帰っていいそうなので、わたしは図書館から何か本をもらおうか、それとも家族へのお土産になるような物をもらおうかと、アレコレ迷うことになった。
 明日、いよいよ地球へ帰還する予定という前の日に、魔法研究所を見覚えのある顔が訪れる。
 窓からリビート先生と立ち話をしているその姿を見つけたわたしは、外に出て歩み寄る。
「こんにちは、スールーさん。学長さんに用事ですか?」
「やあ、こんにちは。きみに用があってきたんだよ」
 彼がそう言って茶色のコートの裏から取り出したのは、見覚えのある物。
「ほら、これ。借りていたままだったろう」
 表紙を見られたが最後、『是非それを見せてくれ』と言われて、計画に協力してもらうことと内容を公表しないことを条件に貸していた、時を越える魔法の研究書だ。
「ああ、そういえばそうでしたね」
 危うく忘れて帰るところだった、と受け取ってパラパラとめくってみると、最初のページに折り畳まれた紙が挟まっていることに気がつく。
 これは一体――ということばがのどの奥から出る前に、スールー氏はわたしの耳に口を近づける。
「設計図だよ。そこに書かれていることを元に、時間を越えるからくりを考えてみたんだ。まあ、どう考えても材料的に足りない部分が多いから、完成することはないだろうけれどね」
 彼はそう言って苦笑するが、わたしは、もしかしたら、地球で足りない材料を集めれば完成するかもしれない、などと、漠然と思う。
 そんな考えがふと浮かんでから、別の、ある可能性に気がついていた。
「それじゃあ、確かに渡したからね」
「あ、はい、受け取りました。ありがとうございます」
 小声だったのを普通の音量に変えて声をかけられ、はっとして返事をする。
「いやいや、きみには、本当にこちらが感謝するよ。科学者としても、一エルトリア人としても」
 世界は救われた。その一角で彼が大きな役目を果たしたことは、全世界、と言えば大げさかもしれないが、広く知れ渡っているはず。
 まあ、スールー氏は地位や名声よりも、資金などを気にせず研究に打ち込めることを喜んでいそうだけれど。
「まったくですね。わたしも、こういう展開になるとは思いませんでした。偶然の絆に感謝しますよ」
 とは、リビート先生の談。先生がスールー氏を紹介してくれなければ、あるいは知り合いでなかったら、ああいう経緯で世界を救うことはできなかったわけで。
「わたしも同感です」
 心から、同意した。

 先生たちと別れると、わたしは本城に入り、医務室に続く廊下を歩く。
 何度となく、目にした光景。もうすぐ見れなくなるのかと思うと、日常的な、何の特別でもなくなっていた光景すら感慨深い。
 ふと、この数日、一足早く別れた人々のことが脳裏をよぎる。
 まずは、ネタンに拠点を置く人々。フリスさん、リアさん、レゴールさん、ヴァリフェル。
 フリスさんは、「見送りに行きたかったけど、用事が入って行けなくなった」と悔しがっていた。水没を免れたことをきっかけとしたか、正式に、ドワール家との婚姻の打ち合わせやら準備の手続きが始まるとか。シェプルさんはまったくその気もなさそうに、「ボクは世界の女の子たちに希望を与えるため、修行の旅に出るのさ!」とか言ってるのがちょっと気になるが。
 レゴールさんとヴァリフェルは、ことば少なく、「世界を救ってくれたことを感謝する」「せいぜい長生きしろ」などと、礼を言っていた。
 そしてリアさん。あれからまた、四楼儀さんを捜していたらしい。どこかの人里離れた島に渡ろうとしていたような目撃証言があったという。
「一度は、あんなことになったんだし……あなたたちとも、わたしたちとも、顔を合わせづらいんでしょうね」
 そりゃ、四楼儀さんからすれば道化師さんとリアさんは自分が殺した――殺しかけた相手だし、わたしたちとも、敵として戦ったわけだし。
 今となっては、わたしたちの方はほとんど気にしていないけれど、彼の立場じゃ、あっさり戻っては来れないだろう。
「まあ、いつかは会えますよ……わたしたちは、その前に帰っちゃうかもしれませんが。そのときは、『四楼儀さんにも感謝しています』とお伝えください」
「ええ、そうするわ、アイ。ありがとう。それじゃあ、地球に帰っても、元気でね」
 リアさんこそ――というのが、彼女との最後の会話になった。
 それで研究所に帰って来た数時間後、鬼姫さんが食堂で声をかけてきた。
「アイ、あたいはそろそろここを出るよ。仕事も終わったし、備え役も、人数戻ってきたしな」
「え、もういなくなっちゃうんですか?」
 鬼姫さんがいなくなるにしても、わたしたちが先に帰るのだと思っていたから、ちょっと意外。
「ああ、しんみりするのは苦手だしな。それに、傭兵仲間に呼ばれててさ。夢魔退治に行こうってな……なあ、アイ。あっちに帰っても達者でな」
 鬼姫さんは彼女らしく、笑顔であっさり言ってわたしの肩に手を置いた。
 しんみりするのは苦手な彼女だから、わたしもできるだけ明るくほほ笑む。
「鬼姫さんも、いつまでもお元気で」
「ああ、あたいは長生きするさ。戦いで死ぬつもりはないしな」
 カラカラと明るく笑って、肩に担いだ刀で肩を叩く。
「じゃあ、な」
「ええ。それでは」
 長い黒髪がなびき、廊下へと消えていった。
 それからは、少しでも思い出を作るために過ごした気がする。学生さんたちとピクニックに出かけたり、ビストリカとテルミ先生とキューリル先生らと一緒に塔の上でお茶したり、地球人たちで物見台の見張り役をしながら語り合ったり……。
 今から医務室で話される他愛のない会話も、終わればいい思い出になるのか。せいぜい、この時間を堪能しよう。残り少ない、エルトリアでの時間を。
 医務室の出入り口をくぐると、マリーエちゃんがレコを撫でているのが見えた。となりにはアンジェラさんが立ち、少女と話しをしている。
「遠くに行っても、きっと一緒に遊んだことは忘れないよ」
「あたしも、忘れないよ。レコのことも、みんなのことも」
 マリーエちゃんがレコを連れて帰るというのも検討されたけれど、彼女の環境でレコを飼えるかどうか保障できないし、レコが本当に地球の犬と同じかどうかもわからない。地球の食べ物が駄目だったり病気になっても治せないと大変だ、こっちにいた方が安全、と判断したのは、マリーエちゃん本人だ。
「レコのことは大丈夫。ぼくが責任持って育てるからね」
 安心させるように言ったのは、リフランさん。今日は、イラージさんとシエナさんも一緒だ。
「リフランさんが研究所にいるうちは、医務室で預かることになっています。別れるときは、寂しくなりそうですね」
「あら、リフランが卒業したらここで働けばいいじゃない」
 テルミ先生が口を挟む後ろで、シエナさんがシェシュ茶を入れてカップを渡してくれる。
「それもいいかもしれませんね。でも、ずーっとここにはいられないかも。それにほら、レコも何年かすれば大きくなりますよ。犬小屋、買ってあげないとね」
「立派なの、買ってあげてね」
 リフランさんがほほ笑むと、マリーエちゃんがちょっと必死な顔で頼み込む。学生さんはそれに、「約束するよ」と、少女と視線を合わせて答えた。
「あとぉ、犬には散歩とオモチャも重要だからねー。クシとエサは高級なやつ限定ー」
 キューリル先生が毛並みのいい尻尾を揺らしながら言うと、リフランさんは今度は少し困った笑顔。
 マリーエちゃんは大きくなったら犬を飼うと言い、アンジェラさんは猫も好きだと言い……そんな他愛のない会話が続く。
 わたしはそのひとつひとつに耳を傾け、笑い、ときにはことばを挟んだ。
 今までと同じように昨日から明日へつながる一日。その一日の終わりに、わたしはビストリカと一緒に本を返すため、図書館に向かう。
「本当に、色々なことがありましたね」
「そうだね」
 本を返してもすぐには帰らず、なんとなく、ブラブラと本棚と本棚の間を歩き回ってしまう。名残惜しさ、なんだろうか。
「わたくし……本当に、アイちゃんがいてくれて、アイちゃんに会えて良かったです。一緒に過ごしたこと、忘れません」
 向き直ったビストリカの澄んだ水色の目には、涙がにじんでいた。
「わたしも、そう思うけど……涙は、明日にとっておこうよ」
 わざと苦笑して、しんみりしそうな空気を変えようとする。
 ビストリカも、少し笑った。
「笑顔でお別れしようと思ってたんですけど……今からこんなんじゃあ、仕方がないですよね」
「いや……案外、これがお別れじゃないかもしれないよ」
 見上げるわたしの目に、掛けられた女魔術師の絵が映る。
 このときにはもう、お礼に何をもらうか、これから何をすべきか……すべて、わかっていた。

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最終話 終わりにして始まり(下)

 翌朝。エルトリアで過ごす、最後の朝だ。朝食を食べてすぐ、地球に帰ることになる。儀式を行って装置の力を引き出すらしいが、わたしたちはネタンに行く必要はないらしい。
 みんな食堂に顔をそろえる。世界を救いに出かけようとしていた朝と、ちょっと雰囲気が似ているかも。
 食堂のおばちゃんたちが、「これ、あっちで食べてね」と言って、地球人にお土産を渡してくれた。白い小袋の中身は、手作りのクッキーと瓶入ジャムと紙袋入シェシュ茶の葉。エルトリアの味覚集という感じだ。
 わたしは、自分でもいくらかこっちの食べ物なんかを買っていた。そして、残ったお金は記念のつもりで硬貨を一種類ずつ抜いて、研究所に寄付した。持っててもしょうがないし。
 喜んでお土産を鞄にしまい、こちらの世界での最後の朝食。選んだのは、焼き立てパンに肉やチーズや野菜を鋏んだ物二種類とキノコと豆のスープ、フルーツサラダに乳果ゼリー、温かいシェシュ茶。やっぱり、最後はシェシュ茶でしめたかった。
 だいぶ食事が終わりに近づいたころ、地球人たちの間では、連絡先の交換が流行る。
「ささ、アイちゃんも書いて」
 ヴィーランドさんが言ってくる。素直に書きながら、わたしは、彼が脇に抱えている紙の束に目を留めた。
「凄いですね……それ、全部地球人の連絡先ですか?」
「ああ。みんなで集まるとき、幹事やろうと思ってさ。そのほうが、みんなも大勢の連絡先きかなくていいし、楽だろう?」
 確かにそうかもしれない。実際に集まれるかどうかはともかく……いや、一度くらいは、いつか集まりたいなあ。
 幹事志望がいるのを知りつつ、個人的に連絡先を交換し合う向きもある。ヴィーランドさんが離れていった後、村瀬先生が「我々はけっこう簡単に会えるな」と言って大学の住所と連絡先を教えてくれた。けっこう近いかも。
 次に、レンくんがわたしに尋ねてきた。
「絶対、いつか日本に行くから」
「そのときは、楽しみにしてるよ」
「ああ。それに、地球に戻ってから電話ででも話ができたら、確かめられると思わない? これが、夢でもなんでもないって」
 ああ、そういう可能性もあるのか。こちらで過ごした一年余りが、実はすべて夢だったとか。気がついたら病院のベッドの上で、家族か看護婦さんに「あなた、ずっと眠ってたのよ。夢を見ているみたいだった」とか言われたり。
 まあ、わたしはこちらの物を鞄に入れて持って帰るつもりなので、それがあるかどうかで全部わかるかもしれない。
 それでも、ここでそれを言うのは野暮ってものかも。
「それじゃあ、向こう帰ったら電話かメール、待ってるよ」
 わたしが言うと、レンくんは嬉しそうに笑った。
「ぼくも、地球で話せるの楽しみにしてる。ところで、アイちゃんは何をお礼にしてもらうか決めた? ぼくは魔法の辞典をもうんだ。ヴィーランドさんは、筋力増強用の修行グッズ。もうもらったみたいだよ」
 もう時間もないし、すでにお礼をもらった人も多い。連絡先を交換しつつ、お礼にもらった物を見せ合う姿も多く見える。
 マリーエちゃんは、可愛い首飾り。さっそく身に着けている。アンジェラさんは、この世界にしかない、変わった楽器をもらったらしい。水がパイプに入っていて、笛のような小型の鉄琴のような、不思議な楽器。
 それで、わたしは。
「もう、言ってあるんだ。わたしが欲しいものは、すぐに手に入る物じゃないし。後で、もらうつもりなの」
「え……でも、それじゃあ、間に合わないんじゃ?」
「大丈夫」
 不思議そうに眉を寄せる相手に、わたしは少しイタズラっぽく笑った。
 連絡先の交換の後、厚めの紙に寄せ書きをして、ヴィーランドさんが渡すことになる。全員書き終わって間もなく、テルミ先生がわたしたちを呼びに来る。
 わたしたち地球人が外に出ると、すでに学生さんたちは湖を背に並んでいて、先生たちや備え役の人たち、何度か顔を合わせたエレオーシュ警備隊の人々や、食堂や掃除に働いてくれたおばちゃんたちも見送りに来ていた。
 全員が出ると、学長さんがわたしたちを見回す。
「本当に、地球の皆には感謝してもしきれないほどだ。そして、一人も欠けることなく帰せることを、心より嬉しく思う。ありがとう、そして元気で」
 拍手が起こる中、地球人代表でヴィーランドさんが寄せ書きを渡した。寄せ書きには、一年余り世話になったお礼が紙一杯になるくらい書かれている。
 それを笑顔で受け取り、学長さんは並ぶ教授たちや学生さんたちのほうに顔を向けた。
「まだ少し時間がある。何か言いたいことのある者は、声をかけておきなさい」
 少しの間、歓談の時間が与えられる。儀式はネタンで行われているので、ここにいる者たちがやることは、待つことだけだ。
「アイちゃん。向こうでも頑張ってね」
「きみに会えたこと、大事に覚えている」
 リフランさんとイラージさん。それに、シエナさんやクレハさん、医務室や図書館で顔を合わせた学生さんたちも、お別れを言ってくれる。
 「地球でも、勉強頑張ってくださいね」と優しく言ってくれるリビート先生のそばで、「事故や病気にも気をつけることです」と、なぜかにやにや顔のリアス教授。
「まあ、アイなら大丈夫だろ」
「ほかの地球人のかたたちも、皆、しっかりされていますしね」
 備え役のリーダー夫妻は、とりあえず、今ここにいる学生さんたちが卒業するまでは、ずっと今の仕事を続ける予定だと言う。
「そうね。むしろ、戻った世界で魔法をむやみに使わないように気をつけなさいね。同じように使えるかどうかはわからないけど」
 テルミ先生がそう忠告してくる。思えば、友達のようにかなり親しくした先生でありながら、一番『先生』って感じなのも彼女だった。飽きるまでは先生を続けるらしい。
「あっちでも、幻術で楽しく過ごしてね!」
 テルミ先生と真逆なことを言うのは、やっぱりキューリル先生。
「さらば、ボクの愛しい渡り鳥たち! きみたちの愛は、この胸に生き続ける!」
 シェプルさんはわたしたちを見送った後、本当に旅に出るらしいけれど……フリスさんのところに戻る気あるのかなあ?
「嬢ちゃんなら大丈夫だ。何があっても生きていけるだろうよ」
 とは、水没救済計画実行の日から再度合流していたジョーディさん。最初にこの世界に来た日のことが、強く印象に残ってしまったらしい。できればそこは忘れて欲しい。
「アイちゃん……色々言いたかったんですが、何だか忘れてしまいました」
 ほかの皆が離れたのを見計らい、ビストリカが声をかけてくる。彼女はほほ笑んでいたけれど、少しだけ目が赤かった。
「わたしも、色々言いたいことがあって……それ、手紙に書いた。医務室の机の引き出しに入れてきたから、後で読んで。目の前でだと、なんか恥ずかしいじゃない」
 このことばに、彼女は目を丸くする。
「そうなんですか。ああ、わたくしも手紙にするんでした。手紙の代わりといってはなんですけど……」
 そう言って差し出したのは、一冊の本。よく、ビストリカが手にしているのを見かけていた。
「わたしの一番のお気に入りなんです。絶版になっていて、古書店でやっと見つけました。ちょっとボロボロになってますけど……」
「いや、新品よりこういうののほうが嬉しいよ。長くエルトリアにあった本だし」
 本を受け取ると、ハンカチで包んで、大事に鞄にしまう。
「ありがとう、ビストリカ。ビストリカが親友になってくれたから、不安なことは何もなかったよ」
 これだけは言おう。そう思っていたことを口に出す。妙に照れくさい。
「わたくしも、アイちゃんがいたから、世界は救われると信じられました。本当に……会えて良かったです」
 なんとなく、わたしたちはがっちりと握手を交わした。
 そのとき、ほかの地球人に声をかけて回っていた、一際目立つ姿が歩み寄ってくる。
「アイ、きみには本当に世話になったな」
 必要なくなったからといって別の格好に変える気はまったくなさそうな道化師さん。彼は、魔王討伐が必要ないと確認されるまでここで臨時備え役を続けることを義務とされた。本人は旅に出られず残念そうだったけれど、研究所の人々は喜んでいたようだ。
「こちらこそ。道化師さんがいなかったら、何度死んだかわかりませんよ」
「それだけ無茶をしたということだ。元の世界では慎重に行動することだな。わたしたちには地球でのきみたちの行く末を知る術はないが、やはり、幸福に天寿をまっとうしたと思いたいところだからな」
「勝手に殺さないでくださいよ」
 寿命で死ぬのが幸福な死に方なのは確かかも知れないが、わたしは苦笑する。
「それに、案外、すぐにまた会えるかもしれないじゃないですか」
 そう言うと、道化師さんは思ったとおり、不思議そうな顔をした。
「そろそろ時間だ」
 学長さんの声が響き、辺りの談笑の声がぷっつりとなくなる。同時に、地球人たちの周囲を薄っすらと光が包み始める。
 最後のことばは、割と、みんな同じような意味合いのことを言ったらしい。
「ここで過ごした一年ほど、楽しかったですよ、ありがとう。さようなら」
 「元気でね」、「それじゃあね」などといくつもの声が返ってくるのを聞き、何かが崩れ落ちて塗り変わっていくような感覚の中で、わたしは確信していた。
 ――わたしは、またここに帰ってくる。
 地球時間での五〇年後、もう一度召喚されること。それが、アクセル・スレイヴァの上層部だけが知っているわたしの報酬。
 なぜなら、そうしなければわたしが消えるから。この世界にはもともと、もう一人、わたしがいたのだ。
 彼女――もう一人のわたしは、このわたしが消えてすぐ、みんなの前に姿を見せるだろうか。それとも、もったいぶって、最もみんなを驚かせるタイミングを狙うだろうか。
 そのときが楽しみだ。このわたしにとっては、遥か未来の話だけれど。
 そんな将来に思いをはせている間に、ぷっつりと、一度意識が途切れた。

 テレビを点け直したように、視界が突然変化する。
 目の前にあるのは我が家。
 ――ああ、懐かしい。
 少しの間ぼうっと突っ立ってたものの、我に返ると鞄の中身を確かめてみる。
 お土産も魔道書も、きちんとある。
 頬をつねってみる。痛い。
 携帯電話で自分のブログを見てみる。あっちの世界で送ったとおり、操作したとおりになっている。
 ――夢じゃない。
 改めて、腹の底に落ち着くような感覚があった。
 そんなとき、ガラガラと窓が開いて、
「ちょっと、アイ。なにぼうっとしてんの? 早く中入って着替えちゃいなさい」
 お母さんが手招きするのが見える。
「はーい」
 答えて、わたしは玄関に駆けて行く。久々に触れる戸を開いて、靴を脱いで。
 自分の部屋に向かいながら。
 ――ここからが長くなりそうだなあ。
 そんなことを考えていた。


   〈了〉


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