エルトリア探訪日記

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・2008年08月08日:第46話 明日への飛翔PART3(上)
・2008年08月08日:第46話 明日への飛翔PART3(下)


第46話 明日への飛翔PART3(上)

 マーガの街並みはともかく、そこで人々が生きて動いている姿は、初めて見る。当然だけれど、誰もがこれから起こる惨劇などつゆ知らず、平凡で平和な朝を過ごしているようだった。
 わたしはマーガに入って間もなく、ちょっと失敗したなあ、と思う。キューリル先生にどの辺りの宿をとってもらうかくらい、言っておいたほうが良かったなあ。
 ――でも、先生も、見つけやすい宿をとっていてくれるはず。
 一瞬、せっかく異変が起きる前に着いたのに、先生を捜しているうちにタイム・リミットになるんじゃないか、などという恐れが胸をよぎるが、こういうときは前向きが肝心。
 気を取り直して、通りとしても一番大きな、中央通りに面した宿を当たってみる。すると、運良く三軒目で、受付のお姉さんが「最近変わった人がこの町に来なかったか」という質問に反応した。
「ああ、変わった旅人なら、少し前に見かけたわよ。確か、もう二軒東にある〈夕暮れの砂時計〉亭に泊まっているらしいけれど」
「そうですか。ありがとうございます」
 礼を言って、教えられた宿に急ぐ。
 そこは二階建ての、奇麗な建物だった。壁紙は薄いクリーム色で、茶色い木枠に縁取られている。デザイン性のある白い枠の窓の下には、何種類もの綺麗な花が鉢植えごとくくりつけられていた。
 ――こんな綺麗な場所に、『変わった人』が泊まってるんだなあ。
 ことばの上ではずいぶんミスマッチな気がするが、まあ、『変わった人』がキューリル先生なら、けっこう雰囲気には合っているかもしれない。
 木のドアをくぐると、いい匂いが鼻腔を撫でた。
 どうやら、一階は食堂兼カフェのような、お洒落なお店になっているらしい。左手側の奥にカウンターがあり、いい匂いはそちらから流れてくる。並べられたテーブルと椅子には二、三人の客の姿があった。
 わたしはスーツに似た服を着た、受付の若い男の人に声をかける。
「知り合いを探しているんです。ここに、少し前から変わった人が泊まっていると聞いて、知り合いじゃないかと思ったのですが」
 そこまで聞くと、相手は誰のことかわかったらしく、納得顔。
 ――変わった人、で納得されるのもちょっと何だが。
「ええと、お名前は……」
 偽名は決めていなかった。ここで偽名を言っても、先生にわからなければ意味がないし。
 そこで、わたしは共通の知人を思い出す。
「ハーキュルさんの友人、と伝えていただければわかると思います」
 べつにビストリカ、とかでも良かったが、できるだけ過去のわたしたちに関わる名前は言いたくなかった。
「では、少々お待ちください」
 尋ね人が名前を知られていないこともある。そう納得したのかどうなのか、彼はそう言い残し、奥の白い階段を上がっていく。
 やがて、間もなく戻ってきた男性に続いて現われた姿に、わたしは目を見開いた。
 黒いフード付マント、首周りにはドクロの形を彫り出した石が連なるネックレス。あからさまに、悪の魔術師を演出した姿。
 ――ああ……でも、そのどこかズレた変装のセンスがすっごく、キューリル先生らしいかもしれない。
 近づいてみると、フードの奥に、わずかな光を照り返して輝く金髪と大きな目が見えた。間違えなく、先生だ。
「……どうしたんですか、その格好」
 わたしが声をひそめて尋ねると、彼女は自信満々に、
「だってぇ、あたしはいないことになってるんだものー。どう、この変装? これなら、あたしだって誰にもわからないしぃ、完璧でしょー?」
 と、マントの端をつかんでくるりと一回りする。
「確かに、中身は誰だかわからないでしょうけど……無駄に目立ちそうですね」
 わたしが眉をひそめると、彼女は子どもっぽく口を尖らせた。
「そんなことないわよー。この格好してるとみんな、あたしが転んだり柱にぶつかったりしてもまるでいないように扱ってくれるしぃ、あんまり話しかけたり近づいたりしないようにしてくれるしぃ、それはもう、変装にはうってつけなの。ちょっとだけ、寂しいときもあるけどねぇ」
 それは……外見からして怪し過ぎるので、避けられているだけなのでは。確かに、放っておいてほしいときには有効なのかもしれないけれど。
「さあ、そこで一緒にごはん食べましょー。あたし、朝食まだなの。ここの、すっごくおいしいんだよぉ?」
 と、彼女はカウンターの方を手で示す。朝食にはちょっと遅めの時間だけれど、話しをするには食べながらでもいいかもしれない。
 わたしと先生は、窓際の二人用のテーブルについた。わたしも丁度お腹がすいてくる頃合だったので、パンケーキの果物ソース掛けと温かいシェシュ茶を頼む。
 先生の今日の朝食は、キノコのリゾットと山菜の炒め物、乳果ゼリーと甘いジュース。先生はリゾットに、赤紫色のジュースを半分ほどかけて美味そうに食べる。見た目はかなりアレな惨状だし、カウンターの奥から見ていた主人も顔をしかめていたりするが、おいしいんだろうか……。
 わたしは声をひそめ、これからここで起きることを説明しながらパンケーキを食べる。しっとりした触感にほのかな甘みが染みていておいしい。
「んー。つまり、みんなを避難させるのよねー? でも、短い間じゃ難しいんじゃなーい?」
「だから、幻術で無理矢理避難してもらうんですよ」
 どんな幻術を使うのかは、すでに考えてあった。いや、元を辿れば、わたしが思いついたことじゃないんだけれど。
「巨人に追い立ててもらえればいいのではないかと」
 提案すると、キューリル先生は大きな目をキラリと輝かせる。楽しいイタズラを思いついたときの目だ。
「問題は、その後のことです。どうやって、町の人たちをマーガに戻さないでおけるのか、ですね」
 そう、いくら人々を避難させても、すぐに戻ってこられては困る。過去が変化すると、どうなるのかわからない。
「眠らせておくしかないんじゃなーい? そういうのは、あたしは苦手だし。道化師さんに頼むことよねぇ」
「そうですね……」
 わたしは、作戦の流れと道化師さんにやって欲しいことを書いた紙をキューリル先生に渡した。
 食事を終えた先生はやけに派手なピンク色の小鳥を召喚し、その足に手紙をくくりつけて窓から放す。ほかのお客さんが驚いたようにこちらを見ていた。余り目立ちたくないけど、まあ、わたしたち、特に先生は見るからに魔術師だし、まだ許容範囲か。
 間もなく、白い小鳥が『了解した』という短い返事を伝えてきた。
 過去のわたしたちが来るまで、あと何時間か。とにかく、手を打つのは早いに越したことはない。

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第46話 明日への飛翔PART3(下)

 わたしと先生は〈夕暮れの砂時計〉亭を出ると、マーガの東門の外に出た。門を出る前から二人ともフードを目深に被って、しっかり人相を隠した姿。
 先生が伝説の杖を持ち、呪文を唱える。
「〈イーミテッド・ガルマ・サウザス〉」
 巨大な影を引き連れて現われたのは、二体の巨人。
 巨人のモデルは、わたしを追い掛け回したいつかのゴーレム。あれの十倍近くはあろうかという大きさだけれど。抵抗しようという気も奪う大きさだ。
 その巨大な姿に、当然すぐにマーガの人々も気がつき始め、次々と悲鳴や怒号、驚きの声が上がる。
 ――封魔石の爆発を避けるためとはいえ、ちょっと、罪悪感を感じないでもない。
 ゴーレムは両横から追い詰めるように、逃げ惑う人々を上手く道化師さんのいる丘のほうに誘導していく。
 その横顔がフードで大部分が隠れているものの、わたしには、キューリル先生が楽しげににこにこ笑っているのがわかる。いい趣味してんなあ……。
 あとは、道化師さんが上手くやってくれるのを祈るだけ。
 少し時間をかけて巨大ゴーレムたちが街の真ん中辺りまで行くと、わたしと先生は門をくぐる。見事に、誰もいない。
 幻術だから街並みは少しも壊れていないけれど、ドーン、グシャ、ベキベキ、という音は迫力満点だし、足元には潰れる家の幻影付きだ。近くで冷静に観察していれば奇妙な部分を見つけられるだろうが、追い立てられる人々にそんな余裕はなかっただろう。
 わたしたちは周囲に誰もいないのを確かめながら、神殿に向かった。場所も建物の構造も、しっかり覚えている。
 神殿に入り、奥にある部屋の中央の祭壇に駆け寄る。赤紫色の美しくも妖しい石が掲げられ、周囲を、半透明な結界に包まれていた。
「綺麗ねえ、これ。質屋さんに持っていったら、高く売れるかしらー?」
 のん気なことを言う先生の手から杖を奪い、先生の腕を引いて対象から少し離れ、呪文を唱える。
「〈エルスランク〉!」
 全然使ったことのない魔法だったけれど、上手く行ったようだ。結界は破壊され、封魔石が外気に晒される。
 次に杖を先生に返すと、大きな土色の鞄の中に仕舞いこんでいたいつもの黒革の鞄を取り出し――
「そりゃあ!」
 気合一発、角で封魔石を叩き割る。
「けっこう脆いのね。安物かも」
「先生、外に出ていてください。ちょっと危ないですから」
 ――本当、伝説の杖、さまさまだなあ。布巻きつけたままじゃなきゃ、恥ずかしくて使えないのがちょっとアレだけど。
 そんなことを思いながら、わたしは、封魔石解放の爪痕らしきものを神殿や街に残す作業を開始した。
 ――罪悪感も抱きつつ、ちょっとストレス解消になる、かも。
 数十分で作業を終えた、その後。
 馬車が見えたら、幻術と風の魔法で見せかけの爆発を残す作業を、後でデザートをおごるから、という条件でキューリル先生に押し付けたわたしは、一足先に道化師さんのもとへ戻った。
 いくら道化師さんでも、上手く街の人々全員を眠らせられるものなのかどうか。とにかく、マーガの人々の様子が気になっていた。
 丘の木々の間を歩いていくと、そこに眠り込んだ人々が見えた。ちょっと集中すると、丘の四方に何か大きな魔力が渦巻いているのを感じる。
「首尾はどうだ?」
 ちょっと気を逸らした瞬間に声をかけられ、びくっと視線をやる。見慣れた姿が木々の間から、寝ている人々を踏まないように注意しながら、こちらに近づいてくる。
「大丈夫でしたよ。こっちも上手くいったようですね。でも、かなり魔力を消費するのでは?」
「時間があったからな。陣を張って、魔力を強化している。魔法薬の眠り薬も併用すれば、数ヶ月は持つだろう」
 数ヶ月も持つのか。それなら、充分だ。
「結界も張っている。栄養の摂取もいらない。……まさか、ここまで思い通りにいくとはな。アイ、きみは人を騙す才能があるぞ」
 真面目なのかふざけているのか、道化師さんはそんなことを言う。
「そんな才能、あっても余り嬉しくないですけどね。それに、過去にヒントがなければ、どうすればいいのかもわからなかったし」
 半分以上、自分で考えたような気がしない。巨人がマーガを襲ったのも過去の経験で聞いていたからだし。
 問題は、このあと。マーガを救ったあとは、自分たちで考えなければならない。そこから先は過去じゃない。未来であり、現在と向き合わなければならないからだ。
 まずは、学長さんとビストリカ、テルミ先生を救わなければならないのだけれど、どうするか。
「とりあえず、ネタンに行かなければキューリルは装置が使えないのだろう。ネタンへ行ってから考えるとしよう。時間はいくらでも使えるのだから」
 そのとき、爆音が響いた。
 反射的に振り返ると、光の奔流が駆け抜ける。幻術とわかっていても、背筋が寒くなるような光景だ。
 キューリル先生が戻ってきたら、この林一帯にも幻を被せてもらわなければならない。アクセル・スレイヴァの捜索の目を誤魔化すために。
「……そうですね。きっと、何とかなりますよ」
 三人で力を合わせれば、過去だけでなく未来だって変えられる。
 わたしはそう信じることにした。


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