エルトリア探訪日記

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・2008年08月05日:第45話 明日への飛翔PART2(上)
・2008年08月05日:第45話 明日への飛翔PART2(下)


第45話 明日への飛翔PART2(上)

 馬車に揺られ、一週間程度でネタンに到着したわたしと道化師さんは、馬車を組合に返すと、真っ直ぐ中枢塔のある中心部に足を向けた。
 幸い、道化師さんも半信半疑ながらわたしの話を信じてくれたし、道中、そしてネタン市内でも、咎められるようなことはなかった。門番も、わたしたちの身の上話をあっさり信じてくれたし……『そりゃ、大変なお嬢さんだねえ』などと道化師さんに同情の目が向けられたりなんかしたときにゃ、わたしとしては、ちょっと複雑だったけれど。
 この時期には、知り合いは見当たらない。顔を知られているアクセル・スレイヴァの上級師官とかも、街中にはいないようだ。まだ巡回が強化されたりはしていないし、至っていつもの、賑やかな街並み。
 マントとフードで顔と服装を隠したわたしたちの格好でも人込みにまぎれて移動すれば目立つこともない。
「わたしは、幻術は苦手なのでな。それに、きみならその杖を使って充分な効果を出せるだろう」
「任せてください」
 と、大き目の肩掛け鞄から布に包まれたままの伝説の杖を握り締める。諸々の事情で、布を取り払うことはできない。
「〈キシェファム・ファメリア〉」
 呪文を唱え、二人とも透明化すると、中枢塔を横目に目的地へ駆ける。三度目ともなると迷うこともない。途中、巡回の魔術師らしい姿とすれ違うものの、気がつかれなかったようだ。
 鍵はズボンのポケットに入れている。あとは、あの目的のドアを目ざすだけ。
 そう思って正面の扉の前を通り過ぎ、角を曲がった途端。
 何の予兆もなく、見覚えのある姿が立ち塞がる。
「あ……」
「やはり……おんしか」
 だいぶ久々に目にしたような気がする、藍染の浴衣のようなローブに、黒目黒髪の姿。眠たげな表情が浮かぶことの多かった顔には、今は半分あきれるような、もう半分は責めるような表情が浮かんでいる。
「アイ……お主、時を変えたな」
 どういう理屈か……何かの魔法の効果か。彼には、こちらが見えているらしい。
 それに、わたしが時を越えたことも知っているようだ。これは、道化師さんを連れているのを見、この建物の意味を知っていれば当然かもしれないいけれど。
「無駄なことを。いかに道化師を生かす未来を作ろうとしたところで、大筋は変えられないものだよ。なぜなら、相手は簡単に動向を変えられる個人ではなく、歴史ある組織であり、この世界の人々でもあるのだから」
 確かに、彼の言う通りだ。それは、痛いくらいわかっている。
 このまま道化師さんが逃げ続けるのなら、いつかは捕まって、あの神殿で同じ結末を迎える可能性が高い。相手も道化師さんも長命な魔術師、そして、こちらはひとりだけれど、相手は大勢。アクセル・スレイヴァだけでなく、魔王を恐れ、嫌う人々というのも、けっこういるはずだ。
 それでも、わたしは決して、未来はひとつだとは思わない。今だって、未来がひとつじゃないからこそ、生きた道化師さんがそばにいるのだし。
「四楼儀さん……わたしは、一時しのぎで済ますつもりはありません。例え可能性は低くても、すべてにケリをつける方法はあるはずです」
 とても実現不可能な、はかない希望に聞こえるかもしれない。でも、ほかにすがるものもない。
「そのための犠牲は、大きいかもしれないよ」
「このまま先の未来を見ても、もう犠牲は充分大き過ぎます。一か八かでも、考え付いた方法を試した方が生き延びる確率は増えますよ」
 四楼儀さんの表情が、不意を突かれたようなものに変わる。彼だって、未来に起こることを知っているわけじゃない。その点は、未来から来たわたしのほうが理解している。
「……四楼儀、わたしも覚悟はできている。その方が犠牲が少なくなるという状況になれば、この命はいくらでも差し出すさ」
 後ろで黙って様子を見ていた道化師さんが、後ろ向きなのか前向きなのか良くわからないことを言う。
「しかし、放っておけば近い未来、アイたちも命を落とす可能性が高いという。ならば、わたしもわずかな可能性に賭けてみようと思う」
「二人とも、覚悟はできているのだね」
 四楼儀さんの目に宿っていた光が和らいだ気がした。
「好きにするといい。放っておいても取り返しがつかないことになるのなら、それを変えようとして取り返しのつかないことになる方がまだマシだろう」
 くるりと背中を向けて、彼は歩み去っていく。
 それを、わたしたちはじっと見送っていた。もう二度と会えない気もするし……いつかまた、どこかで会えるかもしれない。そんな曖昧な気分だった。
 その気分を、背後からの声が断ち切る。
「誰だ、お前たち!」
 張り詰めた男の声。反射的に振り返ると、アクセル・スレイヴァの紋章をつけた魔術師が目を丸くしていた。
「のんびりしている暇はない!」
 急に手を引かれ、わたしは転びかけた。道化師さんは空いているほうの手に、魔力を集中する。
「〈ソルスランク〉!」
 不可視の魔力の塊が投げつけられ、ドアに大きな穴が開いた。応援を呼んでいるらしい男の声を聞きながら、穴をくぐり、一気にあの装置の部屋へ。
「半年前の魔法研究所へ!」
 ――了解。
 追っ手が建物に入って来る前に、わたしたちは、時間を渡って過去へと放り出された。
 呼吸を整えてから、ふう、と溜め息を洩らす。周囲は、最初に召喚されたときと同じ、草原の緑一色だ。
「なるほどな。こうやって、過去と未来を行き来できるわけか」
 感心している道化師さんのとなりで、わたしはちょっと考えて、次の目的の時間と場所を装置に伝える。ここに来たのは、とにかくあの場から逃げ出すためのものだったからだ。
 わたしが選んだのは……。
「少々、嫌な予感がするが……」
 次に時を越え、わたしたちが現われたのは、魔法研究所南の塔二階。窓から、湖と湖畔でイカダを浮かべて談笑する一団が見える。
 道化師さんが嘆息したのは、一団の中にキューリル先生の姿が見えたからか。
「道化師さんはここにいてください。二人だとバレそうだし」
「そうか。こちらのほうは気にするな。ここはせいぜい、備え役の見回りがあるくらいだからな」
 道化師さんなら、見回りの順番も熟知しているはず。上手くかわせそうだ。
「じゃ、行きますね」
 ――今から十分後の、イカダが寄る島近くの小島に連れて行って。
 学生さんに変装でもして潜入しようかと思っていたけれど、こっちの方が早いし、見つけられる心配がない。

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第45話 明日への飛翔PART2(下)

 ぱっと、周囲に霧が立ち込める。ちょっと肌寒いかも。
 まだイカダは着いていないようだけれど、わたしは姿勢を低くした。この霧の中では、派手に動かない限りそうそう見つかりはしないだろう。
 やがて、そう時間の経たないうちに大きな影が視界を横切ってきた。イカダがとまるのは、ひとつ向こうの大き目の島。すぐ近くにいくつか、別の島もある。
 和気あいあいと、談笑しながら食事を取るイカダの乗員たち。やがて食事が終わり、片付けようという気配が感じられるようになると、急に空気が張り詰める。
「みんな、イカダに乗って」
 キューリル先生の声は、やけにはっきり聞こえた。
 慌しくイカダに乗り込む、過去のわたしたち。
 間もなく、大きな質量が振り下ろされ、イカダが砕け散る耳障りな轟音。黒いものが霧の上から立ち上る。それと対峙するキューリル先生が、正面から見える。
 先生を押し潰そうとするようにのしかかる黒い巨人が、次の仕掛けの予兆のように、全身をざわめかせる。
「〈グノ・アルジレク〉!」
 そのタイミングで、わたしは魔法を使った。
 次の瞬間、わたしのそばに覚えのある気配が生まれ、キューリル先生がいたはずの空間を、何本もの黒い槍がつらぬく。
「あれー、アイちゃん、なんでそんな格好してるのぉ?」
 となりで、場にそぐわないのん気な声が上がる。
「今は、詳しく話してる場合じゃ……」
 言いかけて、わたしは巨人の向こう側を見た。
 ――わたしがいない!
 これから過去のわたしを救わなければならないはずだ。でないと、わたしが死んでいたことになって、ここにいるこのわたしもいないことになってしまうのでは……?
 血の気の引いたわたしを、ますますキューリル先生が不思議そうに見る。
「アイちゃん、何か悩んでるのぉ? あの怪物なら、まだこっちには気づいてないみたいよー?」
 考えても仕方がない。気を取り直して、となりの先生に向き直る。
「先生、とにかく、誰にも見つからないようにここから逃げないといけないんです」
「誰にも見つからないようにぃ? アイちゃん、食い逃げでもしたのー?」
 のんびり言ってから、すぐに呪文を唱え、先生は氷の橋を作り出した。過去の道化師さんが来るのとは逆方向だ。
 わたしが透明化の魔法を使い、それにキューリル先生が驚いたりするのを適当に流しつつ、ひたすら走って逃げる。誰にも見られないようにするには仕方がないけれど、良く走る日だ……今日を何日と言っていいのかもわからないけれど。
 氷の橋を渡り切って、南の塔に向けて歩きながら、わたしはキューリル先生に事情を話した。と言っても、短い間に話し切れるような事情じゃない。
「んー、つまり、アイちゃんは未来から来たってコト? 未来人なんて、すごーい!」
「わたしじゃなくて、ネタンの装置が凄いんです。……というのはいいですから、とにかく、先生には協力して欲しいんです」
「そうじゃないと、みんな死んじゃうんでしょー?」
 迷いながらの大雑把な説明だったけれど、とりあえず先生も、大体の事情は理解してくれたらしい。
「そういうことなら、まっかせてー。命の恩人だしねえ、アイちゃんは」
 ぎゅっと首を抱き寄せられて、転びそうになる。
 幻術で色々と隠れながら南の塔へ入り、二階に上る。道化師さんは予想通り、こちらを見ると角に隠れた。
「あらー、あなたも来てたのー?」
 先生が一歩近づくと、道化師さんは一歩さがる。
「そうだ。それ以上近づくな。……しかしアイ、ふたたびネタンへ行くのか? 一度はあの装置の元へ行かなければ、時は越えられないだろう」
 確かに、道化師さんの言う通り。キューリル先生が時間を越えるなら必要だけれど、今からまたネタンへ行くのはしんどい。長く過去にいると、知られるべきでない誰かにわたしたちの行動や異常さを知られる可能性も高まる。
「そうですね……先生には、普通に時間を過ごしてもらう必要があるかもしれません。で、日を見てマーガに行ってもらいます」
 わたしが言うと、離れたところで道化師さんが感心した様子で目を向けた。
「それで、キューリルの幻術を頼みにするわけか。しかし、それまではどうする? ずっとここに隠れ住むわけにもいかないだろう」
「だったら、コートリーへ行くわよぉ」
 先生は自らそう提案する。
 コートリーで先生が頼る相手というと、〈水鏡の映す恋歌〉亭のハーキュルさんか。
「いいですけど、わたしたちが寄っても絶対先生のことを秘密にするように約束してくださいね。顔も見せちゃ駄目ですよ?」
「未来を変えないためねー? わかってるわよぅ」
 あとは、先生には過去のわたしたちがネタンを出てマーガに至る前に、マーガに着いているようにしてもらえばいい。
「じゃあ、コートリーに行くからねぇ。二人とも、またね」
「先生も、気をつけて」
 キューリル先生とはここで別れる。
 幻術で身を隠して塔の一室を出て行く背中を見ながら、わたしは、この過去で経験したことを思い出していた。
 ――過去のわたしを助けてくれた人は、このわたしではなかったんだろうか。それじゃああれはやっぱり、伝説の〈変幻自在の魔術師〉アイ……?
 それとも、何かわたしには良くわからない科学的な理由で保護されたりしてるんだろうか?
 こうしてわたしが存在していられることからして、まずいことにはならなかったのは確かなようだけれど。
 そんな思いが頭の一部をぐるぐる渦巻く中で、あの装置に呼びかけ、わたしたちは一気に時間と距離を飛ばす。あの日の朝のマーガ郊外へ。
 余り近づくと封魔石が反応してしまうかもしれないので、道化師さんにはやっぱり待っていてもらう。マーガからけっこう離れたところにある、丘の上の小さな林だ。
「すいませんね、退屈させて」
「いや、わたしは楽なものだ。それに、きみに運命を委ねると決めたからな」
 そう言われると、責任重大な気がしてくる。
 気をつけてな、という忠告に答えながら、わたしは木々の間を抜けて丘を駆け下りた。


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