エルトリア探訪日記

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・2008年06月25日:第38話 夜のかくれんぼは危険な香り(上)
・2008年06月25日:第38話 夜のかくれんぼは危険な香り(下)


第38話 夜のかくれんぼは危険な香り(上)

 ネタンからエレオーシュ魔法研究所に戻ってからのわたしたちは、ひたすら自習に打ち込んでいた。
 魔法を扱うための能力を、魔力、制御力、応用力に分けられてランク付けされ、知らされている。この方が自習しやすいだろうという配慮だった。
 ちなみにわたしは、魔力B、制御力A、適応力A+らしい。魔法の扱いはそれなり、臨機応変に魔法を使い分けられるけど、魔力はそこそこ。
 実は、この魔力が一番伸ばしにくいという。生まれつき決まっている部分も大きいとか。
「何かないのー? 手っ取り早く、魔力を増やす方法とか」
 場所は物見台。寝そべったまま、うるさそうに聞いていた四楼儀さんが、うるさそうに口を開いた。相変わらず、こちらは見ないままだが。
「魔力を封じた魔法植物、魔方陣、魔吹穴などから魔力を摂取することで魔力を急激に増大させることは可能だがね。そんなもの、都合良く転がっているわけがない」
 やっぱり、こういうことは地道に行かないと駄目か。
 それで、地道な魔力上昇方法が何かというと、瞑想法、魔法を使いまくる、魔法草を食べて魔力調整、だそう。一番手っ取り早いのは、ちょっと疲れるけど、魔法を使いまくることか。
 そうと決めると、わたしは城の外に出ることにする。範囲の広い魔法でなくても、安全を考えて、魔法は開けた場所で使いたいものだし。
 ちょっと離れたところで、ヴィーランドさんたちがハンドボールの試合をしている。自習してなくて大丈夫なのか?
 と思ったら、彼らがやっているのはただのスポーツではないらしい。ボールに魔法で加速をつけたかと思うと、魔法の結界で防御。これも一種の修行……でも、危なくないかソレ? リビート先生とかも見てるし、大丈夫なんだろうけれど。
 さて、わたしはどこで修行しようか――と、緑の芝生を見渡そうとしたとき、視界の端を、一羽の白い小鳥が横切った。何か確かな目的を持って羽ばたく、見覚えのある小鳥。
 それが放たれたところに目を向けると、柱の台に当たる部分の出っ張りに腰を下ろす、カラフルな姿。今の伝令の小鳥を放ったのは、道化師さんか。
「どこかに何か伝言ですか?」
 そう尋ねながら歩み寄る。日陰になっているので、ずいぶん周囲が暗く感じられた。まだ昼食前くらいなので、日向は凄く明るくて暖かいのだけれど。
「ああ、リダの村の孤児院に、少々礼をな」
 この瞬間、わたしは何だか、あの旅は色々な変化をもたらしたなあと思った。それが良かったのかどうかは……いや、きっと悪い変化じゃないはず。
 そうだ、わたしも、お世話になった人たちにお礼の手紙を書かなきゃ。色々な人たちに力を貸してもらって、無事に旅を終えることができたんだし。
 それと……エレオーシュのお墓に行って、キューリル先生にも、報告したい。
「変な予言から始まったけど、そんなに悪い旅じゃなかったですよね」
「あの予言か……過去と相対するというのは、外れでもなかったな。また会えたら、是非、これから先の予言を聞いてみたいものだ」
「でも、何だか怖くないですか。先のことを知るのは」
 もし、未来のすべてが決まっていて、それを知ることができたとしたら。それは喜ばしいことへの感動を奪いとてもつまらなくして、避けようのない悲劇への悲しみは増長させることになると思う。
「いや、わたしは予言は信じない。単に、問題があればそれを解決する情報のひとつになるというだけだ。そこまで未来を正確に予言できる者など、存在しないだろうしな」
 わたしのことばに、彼はあっさりそう応じた。現実的だなあ。
 でも、もし、未来を正確に言い当てることができる人がいたとしたら。
 そう言いかける前に、背後から声が聞こえた。
「予言もほどほどでなければつまらない、というわけだね。問題解決のために考えるのも、脳にとってはいい薬だ」
 窓の向こうの、こちらなどよりずっと暗い影の中、きらりと光る目。
 ――怖っ!
 ゾッとして、振り返った瞬間に思わず身を引いてしまう。この人の場合、正体が分かるともっと怖いというのが凄いところ。
「……わたしに何か用事が?」
 道化師さんはわずかに目を細めて、リアス教授を振り向く。
 そう、この教授が姿を見せるには、何か理由があるはずだ。
「あなたたちに、是非協力して欲しい――なぜそこで嫌そうな顔をするんです? 実験の話ではないし、協力を求めているのはわたしではありませんよ。実は、エレオーシュの特別魔道刑監棟から、魔術師イグロボーンが逃げ出しましてねえ……」
「本当か?」
 あんまり危機感のなさそうな口調だけど、内容は驚くべきもの。
「余り大声を出さないでください。大っぴらにできないので、こうしてわたしがお話してるのです。一応学長には話は通してありますが、警備隊から、あとはイグロボーンを知るあなたたちだけに知らせろとの要求でして」
 ――自分たちのミスを内密にしたいということなんだな。
「どうもイグロボーンは毒の使い方を覚えたようでして、わたしも同行します――なんですか、その絶望的な顔は? 毒と魔法の併用は洒落にならない規模の被害を出す可能性がありますし、奴が実験を行うのは時間の問題でしょう。すでに警備の強化はされていますが、どれほど食い止められるかは疑問です」
「捕まえるなら、早いほうがいいだろうな」
 何か色々不安があるけれど、これは、引き受けないといけないだろうなあ。一応、お礼は出るという。
 でも、なんでわたしたちなんだろう? 道化師さんはともかく、わたしが役に立つかどうかは……。
 イグロボーンが動くなら夜、捕まえやすいのも夜。ということで、わたしたちは夕方から動くことになった。わたしはキューリル先生の墓参りということにして――実際やるつもりだけど――学長さんから外出許可をもらい、道化師さんはそれの付き添い、リアス教授は材料収集で街に出たことになる。学長さんも事情は知っているので追及されることはない。
 わたしと道化師さんは薄く水の流れる道を通って、待ち合わせ場所である墓地へ。この街を歩くのも久々な気がする。
 で、墓参りの後。
「お待たせしました。少々、準備がありまして」
 現れたリアス教授は、黒いコートを着込んでいた。見慣れない姿にちょっと戸惑うというか、脳が混乱しそうだ。
「……何か、不思議」
「夜闇に白衣は目立つでしょう。それより」
 コホン、とひとつ咳払いして、
「魔術師を探すには、何が一番有効だと思います? 普通なら魔力や気配で探れるでしょうが、そういうものはけっこう代替がきく。いくらでも誤魔化す方法があるわけです」
 まるで講義しているように説明する。
「魔法具や幻術でも誤魔化せるからな。よほど深く知り合っているなら探し出せるかもしれないが、我々でもイグロボーンとは一度顔を合わせただけだ」
 という道化師さんのことばどおり、わたしたちもイグロボーンのことは大して知っているわけじゃない。
 そこで、リアス教授はにやりと笑みを浮かべて懐から丸薬を取り出す。
「だからこういうとき、知恵者はにおいを追いかけるのです。この丸薬は飲むときに思い浮かべた相手のにおいを強く感じることができます。エレオーシュは水の流れる街、古いにおいが流れやすいですからねえ……」
 においか……魔術師のにおいを強く感じるのってちょっと嫌だけど仕方がないよねえ。
 わたしは我慢して、苦い薬を口に入れ、、鞄に入れてあったペットボトルから水を流し込む。うわ、不味っ。
「では、わたしは北、きみたちは南を当たってくれ」
「はい――」
 と言いかけて、わたしは一瞬固まる。
 ――わたしとリアス教授のふたりっきり!?
 そりゃ、振り分け上仕方がないけどさあ。イグロボーンより、背後が恐ろしい。いや、襲われることはないとわかってるけど、生理的に恐ろしい。
「先に言っておきますが、わたしに体術と攻撃魔法は期待しないでください」
 道化師さんと別れて墓地を出たところで、リアス教授が溜め息混じりに言う。ちょっとは緊張してるのかなあ。
 今のところ何のにおいも感じない。標的のにおいを感じるまで、とにかく歩き回るしかないか。
 人気のない路地を、人込みの中を。別に嗅覚は鋭いほうじゃないけど、人込みじゃ、普通に感じるべきにおいは感じる。
「こういうところでもわかるくらい、強く感じるものなんですか?」
 少し周囲の人の姿が少なくなったところできいてみる。
「あきらかにわかりますよ。まあ、目の前にベーストルーでも置かれれば話は別ですが」
 ベーストルーは具と色々なスパイスを鍋にぶち込んで一日煮込んだ、カレーライスみたいな料理だ。においは凄いけど、そんなに辛くはない。
 においは一瞬のうちに嗅ぎ分けないと消えるってわけじゃないだろうし、大丈夫か。風はそんなに強くないし。
 色々なにおいの混じった食べ物屋の並びを抜け、宿や衣料店などの並ぶ通りに入る。
 間もなく、わたしは声を上げた。

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第38話 夜のかくれんぼは危険な香り(下)

「あ」
「見つかりました?」
 すかさず教授が声をかけてくるが、首を振って答える。
 わたしが何に対して声を上げたのかは、彼にもすぐにわかっただろう。
「あ、お姉ちゃん」
「パルくん、久しぶりだね。こんな時間に買い物?」
 そう、紙袋を抱えて目を丸くしているのは、エンガの町に住む魔術師志望の少年、パルトゥース・シヴァルドくん。シヴァルド学長の親戚の子だ。
 彼をエンガに送ったところで、イグロボーンに会ったんだっけ。
「うん、ネタンに留学できることになったからその準備で、今晩は叔父さんの家に泊まることになってるんだ」
「へえ、お父さんもお母さんも、魔術師になるの許してくれたんだ」
「色々説得したり、勉強したりしてたら、許してくれた。ほら、これも肌身離さず持ってるよ」
 そう言って彼が袋から取り出して見せてくれたのは、あのファンシーな伝説の杖だ。
「そっか。良かったね、応援してるよ」
「うん……お母さんたち待ってるからもう行くね。ありがとう、お姉ちゃん。絶対忘れないよ」
「わたしも」
 手を振って、小走りで夜闇に消えていく少年の姿を見送る。
 ほぼ一年顔を合わせないうちに、色々と変化があるものだ。まだ幼いままではあるけれど、以前より、凛々しくなった気もする。
「……なかなか将来有望そうでしたねえ」
 背後で気配を殺していた教授の突然の声に、背筋に冷たいものが走る。
「まあ、学長さんの親戚だし。ははは……」
 乾いた笑いで誤魔化して、再び街中を練り歩き始める。
 相手が船上にいる可能性もある。家々の間を調べ終えたら、魔法の明かりで水上を照らしながら、川べりを歩く。
 やがて、家の少ない辺りに至ったとき。
 ――なんだ、この強烈なにおいは!
 余りの刺激臭に周囲を見渡すと、馬小屋らしきものが点在している。そして、そのそばにある溜め池は茶色に染まっていた。
「肥溜めかあ……」
「悪趣味ですが、こういうところでにおいを誤魔化すのも常套手段ですねえ」
 鼻をつまみながら、教授は説明する。
 早くここから逃げたいのに、そういうわけにもいかないようだ。
「でも、どうするんです? においで相手の居場所がわからないのに」
「地道に探すしかありません」
 やっぱり。
 鼻の穴に詰め物をしたい気分を必死にこらえつつ、馬小屋の戸をそっと開ける。中では、つながれた馬たちが静かにお休み中。
「周囲が臭くても、近づけばある程度わかるはずですが……昔、肥溜めの中にアジトを作った悪の魔術師の話などありましたねえ……」
 ――凄いな、その魔術師。
 変なところで感心してみるものの、さすがに肥溜めの中まで調べるというのは勘弁してもらいたい。
 戸を閉めてほっと息を吐き、その拍子に凄いにおいを吸い込んでしまって悶絶しかけたところで、背後に、バサリという音を聞いた。
 視線を向けたそこにある姿は、黒マント。
「ここに気がつくとはな」
 爪の伸びた指がこちらを差そうとして。
 リアス教授が何かを投げつけた。一気に吹き上がる、赤い煙。それが夜空にまで立ち昇る。
「あとは、応援が来るまで引き付けることです」
 ――引き付けるって……良く考えれば、教授に攻撃魔法を期待できないってことは、わたしが攻撃するなりなんなりしなきゃいけないのでは?
 相手は、一応大魔術師だ、自称だけど。とりあえず凄い召喚魔法の使い手なのは目にしてるし。
「〈キシェファム・ファメリア〉」
 わたしは呪文を唱えて、自分たちを透明化する。これで先手は取れる。でも、自分だけならともかく、他人も一緒に透明化したのは初めてだ。せいぜい、もって一分。
 移動しなければ透明化の優位性は少ない。もう少し間をとって、相手を視界におさめる。
「仕方がない、少し実験開始時間を早めるか」
 イグロボーンは動揺もなく、懐から袋を取り出し、その口を明けた。
「〈キシェビアルク〉」
 魔法の風に乗って、粉が……毒か!
 わたしが驚いていると、リアス教授が間髪入れず、同じく懐から取り出した袋から粉を撒く。
「〈キシェビアルク〉」
 解毒薬らしい――と安堵した次の瞬間、わたしはすくみあがった。
「そこか」
 髭をたくわえた口の端を吊り上げ、こちらにはっきり目を向ける。
 かばんを抱え込みながら結界に集中するわたし。反射的にこんな反応ができるようになったのは、けっこう場数を踏んだからかもしれない。
 それよりもっと早く、教授が別の小袋から赤い粉を放った。粉、といってもベトつく感じのもので、目潰し用らしい。
 それに片目をやられたイグロボーンは舌打ちしながら、こちらを指さす。人の頭くらいの大きさはあろうかという火の玉が飛んできた。
「〈ソルファジオ〉!」
 舌を噛みそうになりながら結界を張る。目の前に赤が広がり、ゴウンと強い衝撃を感じた。結界が砕けそうだ。
 ミシミシと不安にさせる音を聞きながら後ずさると、長細く白いものが目の前を過ぎ、火の玉を跳ね飛ばす。
 召喚獣。それも、イグロボーンではなく、道化師さんのだ。合図を見て、自分が駆けつけるより先に応援をよこしたのだろう。
 イグロボーンの顔に焦りが浮かぶ。懐から取り出した手に、お札のようなものが何枚も握られている。
 それを放り投げる前に、彼の手足を、何匹もの召喚獣がくわえた。
「大丈夫か、二人とも」
 駆けつける道化師さんの姿を目にするなり、緊張感がほぐれる。
 と同時に、夢中だったために束の間忘れていたにおいが戻ってきて、その場にいた全員が表情を歪めた。

 どうにかイグロボーンを捕らえて警備隊に引き渡し、研究所に戻ると、わたしは即行で服を洗濯に出し、風呂に入った。ああ、良かった、夜遅いので誰にも会わなくて。
 一生懸命香付の石鹸で洗って、どうにか気にならないくらいににおいが洗い流されると、白い寝巻きを着て部屋に戻る。
 そういえば、街から帰る途中、掲示板に魔王討伐隊の志願者募集記事が載っていた。まだ、人数は足りてないのかな?
 部屋に戻ってベッドの上に転がったところで、魔王についての本をたくさん借りていたのを思い出す。机に積んだそれから一冊とって、パラパラとめくってみた。
 ――魔王を倒すには、聖霊の剣が必要。ってことは、討伐隊もまずは剣を探すことになるのかな。
 ――魔王は印を持って生まれる。これも、以前聞いた話。
 ――魔王についての、過去の記述。ある村に伝わる話だと……?
 わたしは、そのページをしっかり開いて、目を通した。
 男女の双子の赤ん坊が生まれ、女のほうに魔王の印があった。双子と聞いて喜んだ父は、印を見るとたいそう悲しみ、しかし敬虔なメセチア教徒の彼はメセトに我が子が天国へ逝けることを祈りながら、アクセル・スレイヴァの使者に名もなき我が子を差し出したという。
 魔王は、夢魔を従えているわけじゃないのか?
 生まれてくること自体が罪なのか?
 この世界の魔王って一体、何なんだ……。


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