エルトリア探訪日記

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・2008年06月08日:第35話 魔王の慟哭PART2(上)
・2008年06月08日:第35話 魔王の慟哭PART2(下)


第35話 魔王の慟哭PART2(上)

 ネタンを出て、大体五時間ちょいと言ったところか。
 あのマーガの男と旅の男女と別れてからは、一時間足らず。そろそろ、マーガの門が地平線から顔を出すか出さないか、という頃合だった。
 突然、キーン、と耳鳴りのような音が空気を震わせて、徐々に大きくなる。
「何よ、これ……」
「耳が痛え」
 ジョーディさんが馬車を止め、人間のものとは違う耳を塞ぐ。
 わたしも耳に手を当てながら、前方を見た。
 空が、赤紫に染まる。それは、半透明な球体となってある一点から広がり、周囲に波紋を投げかける。まるで、この世の終わりのように見えた。
 視界一杯に広がった淡い光が、目の前に迫って背後に駆け抜けて―― 一拍後。
 ゴウッ!
 爆風に飛ばされそうになり、変形する幌の縁にしがみつく。馬が前足を振り上げ、悲鳴のようないななきを上げた。
 ――飛ばされる!
 頭の中で警鐘が鳴り響く。しかし、さらに追い討ちをかけてくるであろう爆風が、ぷっつりと途切れた。
 顔を上げると、薄っすら感じられる魔力の壁。〈エルファジオ〉か。とっさに使えるところが、わたしと凄腕魔術師の違いだなあ。
「何てことだ……髪の毛が乱れたじゃないか!」
 息をつめて爆風をやり過ごそうとしていたところにシェプルさんの声が響き、思わずがっくりしてしまう。とことん、緊張感を殺ぐ人だ。
「とにかく、急ぐぞ!」
 爆風が途切れて道化師さんが声をかけると、ジョーディさんが馬をなだめ、手綱を弾く。
 ちょっと幌がガタガタになった荷台の上で、わたしたちはじっと行く手を見据えていた。何か異変があれば即座に対応できるよう、魔法に集中しながら。
 視界の中で大きくなっていく街並みからは、火の手が上がっているようだった。
 門に突入したところで、ジョーディさんは馬車を止める。
「夢魔!」
 テルミ先生が叫んだ。
 間をおかず、空から飛来する黄色い球体に道化師さんが魔法を放つ。
「〈ヴァルスランク〉!」
 対魔攻撃魔法だ。光が球体を打ち抜き、夢魔を消滅させる。
「ほかにもいるな……ジョーディ、馬車を安全なところに隠そう」
「おお。で、どうするんだ?」
 みんな馬車を降りて、ジョーディさんは門の外側の木に馬車をつなげてくる。
「二手に分かれましょう。生存者がいるかもしれません」
 と、ビストリカ。
「でも、わたしたちの安全性は、人数が減るほど薄れるわよ」
 とは、現実的なテルミ先生。でも、テルミ先生は二手に分かれること自体には反対じゃないみたいだ。
 しかし、道化師さんは意外なことを言った。
「……三つに分かれよう」
「へえ? 大丈夫なのけ」
「そのほうが早く合流できる。召喚魔法で、いくらか夢魔を減らすこともできるしな。あとは、自分たちの実力を信じよう」
 と言って、いつかも見た召喚魔法で数体の一角龍を放ってから、彼はわたしを見た。
「きみはわたしと来い」
 わたしは道化師さんと、ビストリカとジョーディさん、テルミ先生とシェプルさん。治癒魔法を使える三人を分けた格好だ。
 分かれて、北、中、南へ。わたしたちは中央部だ。
 焦げた臭いがする。家は石造と木造が半々くらいで、大抵燃えているのは木造だ。それを魔法で消火しながら、ところどころ凸凹になった石畳の上を走る。たまに動物が息絶えているが、痛々しくても、葬っている余裕はない。
 しばらく走るが、どの家にも人の気配はなかった。
「すでに避難したのか……?」
「死傷者がいないなら、いいですけどね」
 花壇を囲むレンガが砕けて散っている辺りで足を止めると、周囲を見回す。少し離れたところに、神殿の屋根らしき白いものが見えた。
「巨人に追い立てられたにしても、もう戻っても良さそうなものだがな。神殿にでも、避難したか……?」
 神殿へ足を向ける彼の前に、建物の陰から、黒い人影がふたつ、躍り出た。黒一色のそれは、どう見ても夢魔。
 道化師さんは飛び退いてナイフを抜き、わたしは鞄を握り締める。
 背の低い夢魔は、その身長に少し釣り合わないほど長い手をこちらに向けてくる。すると、黒い中指から同じく黒い弾丸のようなものが飛んだ。
「〈ヴァルスランク〉!」
 道化師さんの放つ魔法が黒い弾丸を相殺し、一体をつらぬく。しかし、もう一体が飛び上がってこちらに向かってくる。
「〈エルファジオ〉!」
 とりあえず、少しでも相手の動きを止めれば何とでもなる。鞄でぶっ叩くチャンスが生まれるか、道化師さんがどうにかしてくれる。
 しかし、壁に当たって止まった一瞬の後に、夢魔は左半分が千切れ、ずるりと横に流れてこちらに突進してくる。
 ――分裂した!
 そう、夢魔にはこういう特殊能力を持ったヤツがいるんだった。最初に出会った夢魔がそうだったように。
 ――新たに魔法を用意している余裕がなければ、あとは鞄に頼るしかない!
 覚悟を決めて、鞄をかまえる。我ながら度胸がついたもんだ、と思うのは今だからで、このときは無我夢中だった。
 道化師さんが魔法で分裂元の一体を消滅させながら、こちらに走る。魔力を秘めたナイフを投げるかまえだ。
 でも、その小さな刃が放たれる前に。
 別の刃が、わたしの目の前の空間を断ち切った。
 真っ二つになった瞬間、夢魔は消える。
「へ……?」
 突然のことに間の抜けた声を洩らしながら、思わず後退る。すると、背中に何か柔らかいものが当たった。
「イテッ。急に動くと危ないよ、アイ」
 聞き慣れない――でも、記憶のどこかに仕舞われた声色。
「きみは……」
 わたしの背後のほうに視線を向けている道化師さんは、ひとつ息を吐いてナイフを懐に戻す。
「奇遇だな。こんなところで出会うとは」
「あんたも、元気そうで何よりだね」
 刀を鞘に納めて、彼女はわたしの脇を抜けていく。
 長い黒髪に黒い目の、女剣士。エンガで出会って、一緒に自称大魔術師イグロボーンと戦った、傭兵の一人、鬼姫さんだ。
「ここで、誰かと会ったか? あるいは、巨人や怪しい二人組を見た者がいるのだが……」
「いや。あたいも、つい今しがた駆けつけたとこなんだ。てことは、あんたたちも知らないんだね。こりゃまた、悪い魔術師の仕業ってわけかい」
 と、彼女は肩をすくめる。
 まだ、辺りには夢魔がうようよいるらしい気配がする。鬼姫さんはこれもエンガでの事件と同じように、魔術師が召喚して操っているのではないかと考えているらしい。
 でも、わたしにはそうは思えなかった。
「コレはもしかして、封魔石の力が解放された影響なのでは?」
 と、わたしが言うと、道化師さんも鬼姫さんも、こっちに驚き顔を向ける。
「封魔石が、この町にあったのか……?」
「ええ、最近力を増しているとか何とか、ネタンの掲示板で見ましたよ」
 どうやら、二人とも封魔石があるとは知らなかったらしい。鬼姫さんはともかく、道化師さんも知らないとは、意外だ。
 でも、興味のある人じゃないと、わざわざ封魔石の話題とか見ないかなあ……地球人にとっては物珍しいニュースでも、こっちの人たちには日常の雑事だったりするかもしれないし。わたしはこの目で封魔石を見てから、特別興味を持っていたというのもある。
「たぶん……あの神殿に保管されていたような気がする」
 完全に言ったままの意味でしかないが、わたしは神殿を指差した。
「……行ってみよう」
 もともとそちらを目指してはいたが、道化師さんの声には、何かを覚悟したような、重い決意があったような気がした。
 時折姿を出す夢魔を鬼姫さんがあっさり切り捨て、上空を飛ぶ夢魔を一角龍の白い姿が突き消すのを視界の端に捉えながら、わたしたちは、歩いて神殿へ。
 白い石造の神殿は、屋根だけを見る分には何ともなさそうだったけど、入り口が大きくえぐられたように壁も柱も崩れ、表面は黒く滑らかに変化していた。床も窪み、一度黒く溶けて固まったように見える。
 熱気がわずかに残っているので、道化師さんが魔法で床を冷やしてから、足を踏み込んだ。
 床の窪みは、奥に行くほど深くなっている。一番深い場所――それがたぶん、あの爆発の震源地だろう。
 隅に切れ端だけになった机や布切れなどが散乱する部屋を抜け、崩れてすっかり穴の開いた壁を抜けた向こうに、祭壇らしきものの残骸があった。そこに、ほんの大き目の砂粒程度だけれど、宝石のような欠片がこぼれている。
「封魔石の残骸か……」
 鬼姫さんが言って、抜き身のまま持っている刀の先で欠片を転がす。
「町の人々の遺体はなかった。彼らはどこかに避難したか、あるいは……」
「全員ここで死んだか」
 抑揚のない口調で言う道化師さんのことばに、割と遺体を見慣れているらしい鬼姫さんは、平然と続ける。
「見たところ、町の周囲には誰もいなかったけどね。一応捜すしかないだろ。まずは、町の掃除をしてからだ」
 奥の影から黒い球体型の夢魔が躍りかかって、彼女が刀を一閃したのは、その瞬間だった。

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第35話 魔王の慟哭PART2(下)

 夢魔たちを道化師さんの召喚魔法や鬼姫さんの剣技で片付けて――わたしも一体叩き潰したけど――ほかのみんなと合流したあと、ネタンから、調査隊が派遣されてきた。郊外に貴族の別荘があり、そこを拠点として利用可能だという。
 その別荘とやらに誰かが避難しているのを期待したけれど、鍵のかかった屋敷に避難できるわけもなく。
「今のところ、町人が発見されたという報告はない」
 別荘にしては豪華過ぎるくらいの二階建ての屋敷の一室で、調査隊を率いてきたレゴールさんがそう伝える。
 彼が率いてきた中には、彼と同じく翼のある人が何人かいる。そういう人たちが上空からも捜索を続けているが、まだいい報せはないようだ。
「状況は決して良くないが……きみたちが夢魔を掃除してくれていたおかげで助かった。食事を用意させよう。部屋も自由に使ってかまわないと言われている。疲れているだろうから、今日はここで休んでいけばいい」
 前々から思ってたけど、ヴァリフェルに比べればこの人はかなりまともだ。
「まあ、今はそういう気分ではないかもしれないけどね。おんしらは旅をするのだから、少しでも食べておくことだね」
 と言っているのは、調査隊にくっついてきた四楼儀さん。
 まあ、言われなくてもわたしは食べる気満々だけど。
「四楼儀さんはなんでこっちじゃなくてそっちについてきたの? アクセル・スレイヴァの依頼?」
 何となく重い空気を振り払いたくて尋ねてみる。
 それには、四楼儀さん本人ではなくレゴールさんが答えた。
「彼は地球人たちの警備に当たってもらっていたが、人手が足りないので急遽同行してもらったのだ」
 四楼儀さんが警備……? 思う存分寝ていたように思えてならないんだけれど。
「わたしも魔王討伐への出発を控えていて、ここ数日は家族とのんびり過ごそうと思っていたところなのだがな」
 さらにレゴールさんは、意外なことを言う。みんなわたしと同じ印象なのか、目を丸くして美青年を見た。
「へえ……あーた、家族なんていたのけ?」
 ジョーディさんのことばに、相手は淡々と、
「ああ、妻が一人。二ヶ月後には、家族が増える予定だ」
 何かのスケジュールでも説明するかのように言ったのだった。
 それで、ずいぶん雰囲気は和んだとは思うけれど、マーガの人々のことを考えると気が重い。平気なふりをしているけれどビストリカは悲しそうな目をしているし、道化師さんは何か考え込んでいる様子。いつもと変わりないのは、ジョーディさんとシェプルさんくらい。あと、一緒に泊まることになった鬼姫さん。
「鬼姫さんは、お一人で?」
 適当に部屋を選んで荷物を置きに行こうと廊下を歩く間、鬼姫さんに声を掛けてみる。
「ああ、今は一人旅してて、ネタンをめざしてたんだよ。新しい仕事にありつけるかと思ってさ。今は、魔王討伐ってのが気になるな」
「鬼姫さんなら、討伐隊にも入れますよ」
 わたしには剣技のことは良くわからないけれど、それでも彼女の腕が一流以上なのは確かだと思う。
「だといいね。ま、詳しい話は食事のときにでも」
 食事は、食堂に用意されることになっている。二階にある豪華な一室に荷物を置くと、わたしはすぐに食堂に向かった。
 やっぱり、料理は保存のきく食べ物中心だ。硬いパンにジャム、チーズに豆と干し肉のスープ、干した果物。
「これだけあれば充分だね」
 と言って、鬼姫さんは豪快にパンにかぶりつく。
 長いテーブルに椅子が並ぶ食堂に姿を見せているのは、わたしと鬼姫さんに、シェプルさんに四楼儀さん、それと調査隊の数名。
 パンはちょっとだけカビ臭かったが、味は余り落ちていなそうだ。スープも普通のものと変わりないし、干した果物はおいしかった。カラカラに乾いた皮を剥ぐと綿菓子のような白い実が詰まっていて、味も、あっさり風味の綿飴のような感じ。
 シェプルさんが鬼姫さんを口説こうとしたのを適当に流されたあと、夕食をとりながら、わたしは鬼姫さんにこれまでのことを話した。サヴァイブに向かっていることも。
「へえ、飛竜船か。おもしろそうだね。それで、ネタンに帰るわけか」
「良かったら、鬼姫さんもどうです?」
 本当はわたしが決められるようなことじゃないけれど、わたしを追加するだけの余裕があるなら、頼めば乗せてくれると思ったのだ。
「いいねえ。別に急ぐ旅でもないしね。イグロボーンのときの金も残ってて、資金は充分だし」
 と、こうしてあっさりと、彼女の同行は決まった。
 ふと、視界に見慣れた姿が入る。
「四楼儀さんは……」
わんは、この初期調査のあと、ネタンに戻る。お主らにはついて行けぬよ。面倒臭い」
 眠たげなそのことば、久々に聞いた気がするなあ。ネタンでも寝てばかりとは思っていたけれど、研究所にいるときに比べれば、かなりの進化というか、忙しそうだ。
 そんな風に思いながら空の食器を重ねていると、開け放ったままの出入り口から、緑の姿が現われる。
「あれ、こっちにも来てないか? 道化師の姿がねえんだけんど」
「部屋のほうは?」
「どこ捜してもいねえんだよ」
 わたしの問いかけに、彼は肩をすくめる。
 まだ夢魔が完全にいなくなったとは限らないし危険なので、外には出るなと言われていた。だから、いるなら屋敷内だと思うのだけれど。
「一緒に捜そか?」
 爪楊枝をくわえていた鬼姫さんが言うが、ジョーディさんは少し考えて、
「いんや。まあ、明日にはいるだろ」
 と、深く考えないことにしたらしい。
 わたしも、道化師さんなら何か用事があったとしても、ちゃんといるべきときには帰っているだろう、と思うことにした。

 そして今日。朝、朝食後には道化師さんは帰っていた。
「みんなそろっているな。調査隊も一旦引き上げるそうだし、我々にももう用事はないと言う。そろそろ出発するか」
「ご飯はいいの?」
 ロビーで、まるでわたしたちを迎えに来たかのような道化師さんに、テルミ先生が簡潔に聞く。
「携帯食くらい持っている」
「それはいいんだけんど……昨日、どこ行ってたんだ? オレは捜してたんだぜ」
 今度はジョーディさんが口を開いた。
 それに対して、目を向けた道化師さんは――仮面のせいで良くは見えないけど、なぜか、とても悲しそうな表情をしているように思えた。
「……それは、きみたちには関係ない」
 凄く突き放したことば。
 前にもあったっけ。そうだ、あれは古代種に会ったときの話。
 誰かが何かを言う前に、道化師さんは背を向けた。
「馬車も外に移動してある。ネタンの皆を待たせないためにも、できるだけ早めに着いた方がいいだろう」
 とりあえず、無言で彼についていく途中。
「もしかして、この町に知り合いでもいたのかしらねえ」
 テルミ先生が小声で言ったことばに、そういうことなのかもしれない、と、わたしは内心納得していた。それが事実だとは、もちろん限らないのだけど。
 そうして、鬼姫さんを加えたわたしたちは、町民の誰もいなくなったマーガの町から旅立った。


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