エルトリア探訪日記

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・2008年06月08日:第34話 魔王の慟哭PART1(上)
・2008年06月08日:第34話 魔王の慟哭PART1(下)


第34話 魔王の慟哭PART1(上)

 ネタンで締めくくりに行われたテストは、集中力が試されるものだった。どれだけ長い間集中して魔力を注ぎ込み、大きな効果が得られるか。たぶん、水陽柱を直すための魔法を想定したテストだと思う。
 そして、充分な効果が得られるとクリア。わたしはどうやら、充分な効果を上げられたらしい。
「あー、オレ、補習だって。集中力がないって言われた」
「ぼくは、魔力が足りないから基礎練習からやり直しって言われた。アイちゃんは、良く合格したよね。合格した人、三人くらいしかいないみたいだよ」
 そうレンくんが話を振ったのは、食堂でのことだった。テストが終わった直後なので、周囲はいつもより騒がしく、どこか気の抜けた空気になっている。
「三人くらい……? マリーエちゃんにきいたら、受かってたよ、って言ってたけど」
 だからわたしは、ほとんどみんな受かってたんじゃないか、と思ってんだけど。
 わたしのことばを耳にすると、ヴィーランドさんとレンくんは、ビストリカとテルミ先生に買ってもらった可愛い白のワン・ピースを着た小柄な姿に目を向ける。彼女は、おいしそうにデザートのフルーツゼリーの乳果ソース添えを口にしているところだった。
「マリーエちゃん真面目だし、才能あるみたいだからねえ……でも、やっぱり小さな女の子に負けてるのは悔しいな」
 レンくんは憂さ晴らしのように、昼食に選んだパエリアの海老をフォークにぶっ刺して口に運んだ。
「そうだな、頑張らないとなあ」
 ヴィーランドさんの方は、骨付き肉にかぶりつく。
 わたしが今日の昼食に選んだのは、三種類のサンドウィッチと鶏肉と豆のスープのセット、デザートに小さめのレアチーズケーキという、軽めのものだ。
 ――それにしても、みんな補習ってことは……その間、わたしはどうするんだろう?
 そんな疑問は、間もなく、遅めの昼食をとりに来たビストリカによって解消される。
「アイちゃん、テスト受かったんですよね。おめでとうございます」
「うん、ありがとう。受かった人、少なかったんだってねえ」
 デザートに取り掛かっていたわたしの向かいの席に、サンドウィッチにシチューとシェシュ茶、フルーツケーキを盆に載せたビストリカが座る。
「このままだともうしばらくネタンにいることになりますけど……良かったら、アイちゃんも一緒にサヴァイブに行きませんか?」
「サヴァイブって言うと、あのサヴァイブ……?」
 科学者の町、だったか。リビート先生の知り合いの地質学者がいるというのも、そこだったかな。
「いいけど……でも、一体何のため?」
「サヴァイブの飛竜船を呼びに行く、伝令兼下見役です。礼金も渡した上で、ネタンまで飛竜船に乗って戻る予定になっています。サヴァイブには色々ありますし、きっと面白いですよ」
 なんとも魅力的な話だ。さすが、面白いものに目がないわたしの性格を知り尽くしたビストリカだなあ。
「もちろん、行くよ。それで出発は、すぐに?」
 わたしが即答すると、相手はにっこりと満足そうにほほ笑んだ。
「いえ、明日の朝出発です。ジョーディさんと道化師さん、シェプルさんとアキュリアさんも一緒なんですよ」
 シェプルさんも一緒なのか。これは、賑やかになりそうだなあ。
 わたしは浮き浮きした気分で、昼食後、ビストリカと一緒に買い物に出る。もちろん、明日のための準備だ。
 サヴァイブまでの旅は、馬車で二、三日。途中、となり町のマーガに寄る。帰りはサヴァイブから飛竜船で、すぐに飛んで帰れるという。
 短い旅だし大した準備も必要ないのかもしれないが、ネタンへの長い馬車の旅で暇潰しと座布団が必要だと学んだ。
 座布団はビストリカと一緒に厚めの物を選んで、ほかにわたしは、袋詰めのクッキーとナッツ類の詰め合わせ、それに紙とペンを買った。羽根ペンより高価なペンは木彫りで、インクは黒い果汁らしい。
 思えば、鞄の中もだいぶスペースがなくなってきている。スカートのポケットは小さいし、大事な物は入れておけない。
 ということで、わたしは、腰に着けるポーチをひとつ買った。おやつはこのポーチに入れることにする。
 そんな風に、商店街を歩きながら買い物をしていた途中。
 急に、行く手の人込みが割れた。何事かと思いながらわたしたちも端に避ける。すると道の中央を堂々と歩いて現われたのは、とても神秘的な――そして、見覚えのある姿だった。
 一人は、長い銀髪。一人は、炎のように逆立った赤毛。どちらも、背に翼を生やしている。
 ――確か……赤毛のほうは、ヴァリフェル、とか呼ばれてたっけ。
 痛い記憶がよみがえる。となりのビストリカも、表情を強張らせた。赤いほうは、機会があればすぐに力を振るいたがる性格だ。それでわたしは、ビストリカの身代わりにざっくりやられたんだし。
 できれば通り過ぎて欲しかったが、目の前に来た辺りで、あちらがこちらを見る。
「ほう……いつかの嬢ちゃんたちじゃねえか」
 にやり、と向けられた笑みに既視感。ゾクリと背筋に寒気が走る。
 それに負けないよう、勇気を奮い起こしてにらみつけてやるが、その視線を、二人の背後から出てきた別の姿が遮った。
「あら、奇遇ね。二人も買い物? それにしても、ヴァリフェルとレゴールとは何かあったの?」
 と、何の警戒もなく声をかけてきたのは、リアさん。
「ええまあ。血を流し合った仲でして」
 わたしのことばはちょっと大げさだけど、それくらい、彼らの悪印象が強い。でも何か、血を流し合った仲って戦友っぽいなあ。そうじゃないってことは、言い方で理解してもらえたのだけれど。
 しかし、このとき内心、ちょっと戸惑っていた。あのときは敵だったけど、今は立場が違う。それに、リアさんもアクセル・スレイヴァの人なんだし、こういう風に一緒に行動していることも、考えてみればおかしくない話だ。
 こっちの心境を知ってか知らずか、リアさんは少し表情を変えて、後ろの二人を振り返る。
「それは穏やかじゃないわ……あんたたち、何かしたの?」
 わたしの視線じゃ眉ひとつ動かさなかった二人も、大きく表情を変える。
「姐さん、あくまで任務の一環で対立しただけですぜ。それも、こいつらが、こっちが予約してた薬を勝手に持ち出すから」
 言い分的にはあっちが正しい。でも。
「話し合いに応じないとかならともかく、いきなり剣を振ってきたじゃない」
「あれはレゴールが……」
 ヴァリフェルが言いかけたところで、レゴールという名らしい銀髪が横目でにらみつけた。ぶつぶつ口の中で文句を言いながら、赤毛のほうも黙る。
「どうせまたヴァリフェルが先走ったんでしょうね……ゴメンね、アイもビストリカも。後でちゃーんと、お仕置きしておくから」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、姐さん」
 ヴァリフェルの表情に、あきらかに焦りが浮かぶ。わたしたちとは住む世界の違う相手だと思っていたし、確かに違うんだろうけれど……そんな彼も、リアさんには勝てないようだ。
 警戒は解かないが、とりあえず、彼女がいる間は安全と見ていいだろう。
「ところであなたたち、サヴァイブに行くんですってね。途中、マーガの町に寄るって聞いたけど、気をつけなさいよ?」
 そういえば、封魔石がおかしいとかいう噂のとなり町が、マーガだったか。気をつけてどうなるものでもないと思うけれど……。
「ありがとうございます、気をつけます」
 ビストリカがとなりで答える。
「わたくしたちだけで行くわけじゃありませんし、きっと大丈夫ですよ。リアさんたちも、お買い物ですか?」
 いつもの人当たりのいい笑み。リアさんの後ろの二人は、見ないようにしているが。
「そうなの。まあ、大体の物はアクセル・スレイヴァで用意されるから、ほとんど個人的な物だけどね。魔王討伐隊の編成までには、もう少し時間があるし」
「魔王……討伐隊?」
 思わず、そう問い返す。
 ――例の議論は、まだ結論が出てないようだけれど……アクセル・スレイヴァが独自に判断して、魔王を討伐しようと決めたのか? まあ、議論とは関係のないところで決めたのかもしれないけれど。
「そう、魔王の影響が無視できないレベルになる前に、討伐することが決定したの。わたしも討伐隊に選ばれてね」
「それは……危険なお仕事ですね」
「仕方がないわ、これがわたしの仕事だもの。誰かがやらなきゃいけないことだしね」
 命懸けの仕事を受けた割には、彼女はいつも通り、さばさばしていた。たぶん、今までにも色々な危険な仕事をこなしてきたんだろうなあ。
 そんなわたしの感想をよそに、彼女は明るく手を振る。
「それじゃあね、二人とも。お土産待ってるからね?」
 手を振り返して見送ったあと、わたしとビストリカは、ようやく周囲の人々の注目を集めていることに気がついたのだった。

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第34話 魔王の慟哭PART1(下)

 翌朝。
 みんな補習があるので、見送りはフリスさんとマリーエちゃん、それにリビート先生だけだった。
 そういえば、四楼儀さんは一緒に行かないのか。彼のことだから、面倒だから待つことにしたのかもしれないが、アクセル・スレイヴァ絡みで何か仕事があるのかも。
「天気もいいし、旅には快適な環境だ」
「ボクは、馬車が地味なのが気がかりだね。それに、どうして馬は白馬じゃないんだい?」
 気持ち良さそうに大きな目を青空に向けるジョーディさんの横で、シェプルさんが『理解できない』という感じで、大げさに両手を広げる。
「体力と馬力のある、高価な馬を基準に選んでいるからだ……言っておくが、中では静かにしろよ。騒いだら歩いてもらうぞ」
 道化師さんのシェプルさんへのあきれた視線は、何か久しぶり。
「アイさん、もし彼に会うことがあればよろしくね」
 と、笑顔でわたしに声をかけてきたは、見送りのリビート先生。本当は一緒に行ければいいんだけど、先生は再テストに立ち会わないといけないのでネタンを出られない。
「地質学者のフレック・スールーさんですよね。時間があれば是非お会いしたいです。有名な人なんですよね」
「うん、彼の家なら町の人はみんな知ってますから、聞けばわかると思いますよ」
 飛竜船を借りに行くという明確な目的がある旅だけれど、ちょっと民家に立ち寄るくらいの余裕はあるはず。
 御者役のジョーディさんに、幌付荷台に乗るわたしとビストリカ、道化師さん、シェプルさん、テルミ先生の六人を乗せた馬車は間もなく動き出し、事情を知っているらしい見張り番に頭を下げられながら門を抜ける。
 こうしてわたしたちは、少ない友人知人に見送られてネタンを出発するのだった。――これから起こる惨劇など、知るよしもなく。
 馬車の中は、買っておいた座布団のおかげでなかなか快適。
 マーガまでは、半日足らずの旅だ。そんなに長い間ではないけれど、とりあえずわたしたちは、シェプルさんという存在が暇潰しには最適な人物であることを知ることになる。
「そうして、ボクは彼女と、美しい湖の見える小屋で甘い日々を過ごすことになったのさ! めでたしめでたし」
 ふうっ、とうっとりした表情でしめくくるシェプルさんに、テルミ先生がからかうような目を向ける。
「へえ。それで、その娘、どうなったの?」
「彼女は人間だからね。ボクは美しいままなのに、彼女はどんどん年老いていく。ある日、彼女はボクに、永遠に美しくありたいと願ったんだ。だから、ボクは彼女を、美しい白鳥の姿に変えたのさ。今も、あの湖には彼女がいて、ボクが行くと歓迎してくれるんだ」
 良くもまあ、こうスラスラ出てくるものだ。ちょっとだけ、本当の話なんじゃないかと思えてくる。
「きみの話が本当なら、その辺の動物は皆、きみのかつての恋人になりそうだな」
 道化師さんのことばにも、シェプルさんは調子を変えず、
「そうだよ、素晴らしいじゃないか! いずれ、この世界のすべての動物たちが、ボクの恋人たちになるんだ」
 いつものオーバーリアクションで返す。
「幸せなことねえ、恋人が一杯って」
 と、テルミ先生は笑う。
「世の中には、恋人なんて一人もできない人も少なからずいるっていうのに、贅沢ねー」
「まあ、アキュリアさん、そういう人も、いつかいい人に巡り合えますよ」
 テルミ先生は道化師さんのほうを見ているが、ビストリカはそのテルミ先生に哀れみの目を向けている。そして道化師さんはそ知らぬ顔。
 ――大人の社交場って感じだなあ。
 わたしがそんないい加減な感想を抱いた頃、馬車の速度が緩められる。
 ――カーブにでも差し掛かったのかな?
 そう思って、御者のジョーディさん越しの前方に目を向けると、道の脇の木の下に、三人の人間の姿があった。煤けた顔の男が何かを大声で説明していて、旅装の夫婦らしき男女が困った顔をしている。
「よお、何か問題か?」
 手綱を引いて馬の足を止めると、ジョーディさんは軽い調子で声をかける。
 シュレール族の外見に驚きながらも男女が口を開く前に、ようやくすがるものを得たように、煤けた顔の男が口を開いた。
「巨人を見たんだ!」
 ほとんど叫ぶような声は、荷台のみんなの耳にも余裕で届く。
「巨人……巨大な人間か?」
 道化師さんが顔を出すと、男はさらにことばを続ける。
「巨大な石像みたいなバケモノだよ! みんな追い立てられるように向こうに逃げたんだけど、巨人の向こうに変な二人組が見えたから、オレは罠だと思って、どうにかこっちに逃げて来たんだ。やっぱりあれは罠だったんだ、巨人は消えても、誰も帰ってこねえ!」
 動転しきった様子だけど、だからって嘘だとは限らない。
「あなたは、マーガにいらっしゃったんですよね?」
 ビストリカのことばに、男は焦ったように何度もうなずく。
「とりあえず、このままネタンに行って保護を求めればいい。アクセル・スレイヴァか警備隊にでも事情を話せば大丈夫だろう。金が入用なら、これを使え」
 道化師さんが放り投げたのは、丈夫な草を編んだ小さな小銭入れだ。
「キミたちも、この先に行くのは少し待った方がいい。急用でもあるなら、止めはしないが」
「でも、オレらが行ってからで充分だろ」
 と、ジョーディさんが手綱を握りなおす。
 旅装の男女は、マーガの男性と一緒にネタンに戻ることにしたようだ。やっぱり、何の情報もないままマーガに行くのは不安だろうし。
 それで、わたしたちはというと。
「やっぱり、魔法の仕業でしょうか」
 わたしの推測に、道化師さんは肩をすくめ、仮面の奥の目で前方を見据えた。
「行けばわかる」
 馬車は進む。
 間もなく広がる、忘れられなくなりそうな光景へ――。


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