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・2008年01月15日:第23話 魔法研究所の春(上)
・2008年01月15日:第23話 魔法研究所の春(下)
第23話 魔法研究所の春(上)
その報せがあったのは、一昨日のことだった。
「え……それって、ホントなの?」
目を丸くしてわたしたちの気持ちを代弁したのは、マリーエちゃんと一緒にレコがエサを食べるのを見守っていた、アンジェラさん。
情報をもたらした当のテルミ先生は、シェシュ茶を一口すすってうなずく。
「ホントも何も、ついさっき、当のマリンダに聞いてきた話だもの。まあ、式は質素にやるみたいよ」
「えーっ、もっと派手にやればいいのにぃ。花火でも打ち上げて、豪華な料理並べて、みんなで歌って踊って……」
キューリル先生が、実にらしいことを口にする。
「はいはい、あんたが結婚するときは、千尋の谷に飛び降りる儀式でもやりましょうね」
と、テルミ先生はまともに取り合わず、突き放すように言う。
そう、先生によりもたらされた情報とは、結婚の話。誰と誰かというと、備え役のロインさんとマリンダさん。もうこの人たちは決定、と言われていた二人だ。
「いつするのか、それともしないのかって思ってたけど、やっと決心したみたい」
「おめでたいですねえ。式は、いつやるんです」
「明後日」
と聞いて、わたしたちは時間の無さに驚き、焦り始めた。
少ない時間の中で、どれだけ二人を祝えるか、式を思い出深いものになるよう演出できるか。
報せを聞いた以後から式の日まで、それがわたしたちにとって最重要議題になった。
そして、昨日。
「備え役で何かやらないんですか?」
話を聞いた翌日。ビストリカと一緒に訪れた図書館で道化師さんを見つけたわたしは、そう探りを入れてみる。
「何か、と言われてもな……。ロインは、一緒に酒でも飲んで、楽しく騒いでくれればそれで充分、と言っている。教授たちの間には、記念になるような贈り物をしようという動きがあるが……何かしたいなら、それに加わったらどうだ」
「それもやりたいですけど、何かこう、強く思い出になるようなこと、ないですかね?」
わたしが尋ねると、道化師さんは机の上で頬杖をついて考える。
「そうだな……変わった結婚式と言えば、恋愛小説風の伝記を出版したとか、家で作っていた酒にお互いの名前を付けて客に振る舞ったとか……画家の場合は個展を開いたというのも聞いたな」
それは、職業に合った式を挙げる場合の話か。備え役の、それらしい式って何だろう。
わたしが考えていると、となりでビストリカが拳を握りしめる。
「こういうときは、相手の立場に立って考えてみればいいんです」
その輝く水色の目は、そろそろ見慣れた、夢見る乙女の目。手にした恋愛小説を読んでいるときよりも嬉しそうだ。
「相手の立場って言ってもねえ……」
たまーに友人たちの間で『ああいう結婚式がいいねー』みたいな話題はあったものの、わたしはまだまだ、結婚式に具体的な理想を描いたりしていない。親戚の結婚式とかに出たこともないし。
「わたしにも想像がつかないな。きみは、何か希望があるのか?」
どう見ても結婚に興味がなさそうな道化師さんが話を振ると、ビストリカは身を乗り出して答える。
「やっぱり、女性としては感動的な演出が欲しいんですよ。一生に一度のことなんですから」
「しかし、ロインはともかく、マリンダは……」
言いかけた道化師さんは一瞬顔色を変える。原因は、わたしが足を踏んだから。
そりゃー、人間のロインさんと違いマリンダさんは魔術師なんだから、この先の長い長い人生の中でまた結婚することもあるかもしれない。でも、それを口に出すのは失礼っていうもんだろう。
「ま、まあ……そう珍しい式を演出することはないだろう。何もしなくても、記念すべき日には違いない。用は、心の持ちようさ」
もともと大して乗り気でもなかった彼は、それを最後に話題を終わらせるつもりだったらしい。
だが、無理矢理話は続く。
「んふふふふ……」
どこからともなく聞こえる、聞き覚えのある声。リアス先生の声とはまた別の種類の、不気味な響きがある。
振り返ると、本棚の向こうから半分顔をのぞかせていた犬耳の女性と目が合った。
「聞いたわよぉ、今の話……備え役らしい結婚式を演出するなら、アレしかないじゃなーい!」
――え……アレ、って……?
「キューリル先生?」
目を輝かせた先生に声をかけるが、相手は自分ひとりの世界にイッちゃった様子で、うふふふ、と笑うと、さっと背中を向けて走っていく。揺れる尾がラブリー。
その背中をビストリカと道化師さんと一緒に見送りながら、わたしは、酷く胸騒ぎを感じていた。それは、一緒に見送った二人も同じらしい。
「……何か妙なことでも起こらなければいいが」
溜め息交じりに言った道化師さんの希望がかなうとは、わたしにはとても思えなかった。
図書館を出ると、わたしはビストリカと一緒に本城に戻る。それにしても、研究所全体が浮き足立っているように思える。どこも、明日の結婚式の話題で持ち切りだ。
誰がどんなことを企画しているのか。色々情報が欲しかったが、情報収集のためにも、わたしは素直に医務室に向かった。
「教授たちの間で何か贈り物をする話……ああ、あるみたいね。あたしもカンパしてきたけど、もう目標金額に達したみたいよ」
わたしとビストリカが図書館で聞いてきた話をすると、テルミ先生が自分で入れたお茶を手に言う。
「贈り物は、指輪にするみたい。学長が自腹で衣装や花とか、会場の飾りも用意するみたいだし、あと、贈り物にできそうな物って何かしらね」
本人たちの予定では、もっと狭い部屋を借りて短く質素にやるつもりだったらしいものの、学長の勧めで大広間でやることになったという。参加したい人だけ参加すればいいということだけど、小さな部屋で自由参加じゃあ人があふれるだろうから、当然か。
結婚指輪も飾りも衣装も、それに料理も学長持ち。やっぱり、贈り物か何かを考えるなら、やっぱりある程度珍しいものじゃないと駄目かあ。
「ねえねえ、祝福の歌を歌うってのはどう? あたしが作詞作曲もするよ」
そう提案したのは、アンジェラさん。
「それ、一日でできるものなんですか?」
わたしが訊くと、彼女は胸を張る。
「昔友達に送った歌を元にアレンジしたものになるけど、それなりだと思うよ。演奏してくれる人にはアテがあるし」
「いいですね、それ」
と、とりあえず言うものの、演奏と歌に何人も必要とは思えないし。作詞作曲もアンジェラさんがやるんだろうし、わたしが手伝えることは少なそうだ。
それじゃあ結局、わたしは何をすればいいんだろう。
そんな風に考え込んでいると、悩んでいる周囲の皆を見回していたマリーエちゃんが口を開いた。
「お祝い事なんでしょう? それじゃあ、みんなで色んなお菓子を用意して結婚式で食べるのはどう?」
「んー……お菓子は、学長と食堂の奥さんたちが用意してくれるみたいだよ。おっきいケーキも作ってみんなで食べるんだって」
そうアンジェラさんが答えると、マリーエちゃんは自分の意見が無駄になったにもかかわらず、大喜び。
ウエディングケーキもドレスも指輪もすでに準備完了。至れり尽くせり過ぎて、何をすれば良いのやら。
ふたたび考え始めたわたしたちを、それまで黙って様子を見ていたリフランさんが見回した。
「こういうことがあると、みんな自分も何かしてあげたい、祝ってあげたいって思うけど、一人ひとり違う祝いかたをしていたらきりがないし、祝ってもらうほうも大変だと思うよ。普通に参加して一言声をかけるだけでも、気持ちは通じるんじゃないかな」
それはちょっと否定的にも思えるけど、事実だった。
でも、地球での日々で祝い事があった日の記憶をひとつひとつ辿っていたわたしは、彼のことばで、ある物の存在に行き当たった。
――そう、ある。一人ひとりができる特別なこと!
わたしがそれについて提案すると、みんな賛成してくれた。どうやら、こっちでは余りやられていないみたいだ。
わたしは早速、テルミ先生に大きな厚紙を何枚か用意してもらうと、目に付く人全員に突撃し始めた。
第23話 魔法研究所の春(下)
そして、式、当日。
花やリボンで飾り付けられ、テーブルにはいつかのパーティーのときのような豪華な料理が並ぶ会場のステージ上に、普段と変わりないような、でもいつもよりは身なりを整えているらしいロインさんと、シンプルだけど良く似合っている純白のドレス姿のマリンダさんが並んで笑顔を振りまいている。
「何かもー、幸せいっぱいって感じよね」
ちょっとだけ僻みっぽい声でそう言ったのは、フリスさんだ。淡い黄色のドレスは、主役は別にいるってことで飾りも大人しめだけど、さすがに高価そう。
「あー、フリスさんも早くああいう風になれたらいいですね。きっと、貴族同士の結婚式って豪華なんだろうなあ」
わたしが言うと、フリスさんは少し赤面してから、部屋の向こう端に目をやった。
「あんなのと一緒になるなんて、いつのことやら」
目を向けた先には、綺麗に着飾った女学生たちを『今日のキミは一段と美しい!』とか『この記念すべき日に、ボクと一緒に魅惑の夜を過ごさないかい?』と口説きまくっている白い姿があった。
――ほんと、ときと場所を選ばないねえ……。
「まあ、結婚するときは、これもいい思い出になりますよ」
薄桃色のドレス姿のビストリカが、フォローになってるようななってないようなことを言う。
ちなみに、わたしは今回もドレスは辞退。何か恥ずかしいし。
そういえば、会場内にキューリル先生の姿はない。何か、胸騒ぎがするなー。
でも、そんな思いもすぐに薄れていく。滅多に見れないであろうリアス先生の正装姿とか、ウエディングケーキを始め工夫が凝らされた料理とか、当のふたりの幸せぶりとか、見るものが多い。
学長さんが簡単な挨拶をしたあと、しばらく自由な時間がとられる。
料理はエレオーシュの街で購入した物も多いそうだけど、半分以上が食堂のおばちゃんたちの手作り。
色々な具を挟んだ焼きたてのパンに鶏肉とキノコのシチュー、豆入りリゾット、山菜スープ、特製ソースを添えたサイコロステーキ、コロッケに似た肉団子、ビスケット風のスナックに野菜が重ねられたひと口サラダに、ソーセージっぽいつまみ風のものが何種類か、各種飲み物、デザートは旬の果物を使ったタルト、ひと口大のケーキ、マフィンにナッツを飾ったようなお菓子にヨーグルト風味のソースで果物をあえたもの、星に似た形の葉を表面に閉じたクッキーなど。
ここに、店で買ったサンドウィッチやキャンディ、ビスケットなど、そして各種飲み物が加わる。
まだまだ、食べたことのない料理、食べたことのない味が多い。この世界の食事は今でも楽しみだ。マリーエちゃんも大喜びで、皿に色んな種類のひと口ケーキを並べている。
「アイちゃん、ああいうのに憧れない? まあ、オレはもっと盛大なのが好きだけどな」
山盛りの皿を手に声をかけてきたヴィーランドさんは、誰に借りたのか、今日は黒いスーツっぽい服装をしていた。
「わたしは、やるなら慎ましくやると思いますよ。でも、参加者が多いならやっぱり、こんな風に大きくやるんでしょうね」
「他人事みたいに言うなあ。そういう人ほど、早く行くって良く聞くけどね」
「どうでしょーねー。そのときにならなきゃわかりませんよ」
まだまだ、わたしには漠然とした未来観しかない。縁があるかどうかもわからないし。
食事をしながらの歓談がひと段落すると、司会を任されたらしいテルミ先生が音声拡大魔法を使って声を響かせる。
「はい、皆さーん。ここで、憎らしいほど幸せいっぱいのふたりに、何か贈り物をしたい人がいるそうです。何かある人は、どうぞ壇上まで来てください」
何とも適当な進行だけれど、これも、ロインさんの希望なのかもしれない。
まず、教授代表でリビート先生が前に出る。少し緊張気味で階段から足を踏み外しかけるが、何とかこらえて、大事そうに小さな箱を掲げる。
箱を開くと――遠くなので良くわからないが、銀色の輝きはふたつ。下世話な話だけど、けっこう高いんじゃないかなあ? 教授たち、いくらカンパしたんだろう。
指輪をもらったふたりは喜んで、指輪の交換。こういうところ、地球と変わらないなあ。
ウエディングケーキも地球に似ているけど、赤い実のなる小さな木の枝を飾るのが慣わしだという。実は宝石のように、ケーキの上で輝いている。
頭を掻いてなぜか照れていたリビート先生が下がると、次に前に出たのは、いつの間にかそばから消えていたヴィーランドさん、レンくん、アンジェラさん、それにジョーディさん。
ヴィーランドさんは小さな鈴のような物がついた環状の楽器を、レンくんはカスタネットに似た物を、ジョーディさんはギター系の、ひょうたん型に弦を張った楽器を手にしている。
「あたしたちは、ふたりに祝福の歌を贈ろうと思いまーす!」
というアンジェラさんのことばの直後、歌は始まる。ラテン系かと思えば、しっとりしたバラード。
よく一日でここまで仕上げたものだ。何か玄人っぽいアンジェラさんさんと、楽器が得意だというジョーディさんがいたからこそできた芸当か。
じっくり聞き入っていた会場の一同は、曲が終わると盛大な拍手を贈る。
「ありがとうございました。ほかに何かありませんか?」
アンジェラさんたちが戻ってきて、テルミ先生が呼びかけると、ビストリカがわたしの背中を押した。
わたしはちょっと緊急してきながら、鞄から物を取り出す。
「頑張ってー」
小声の応援を背中に受けつつ、壇上に向かう。
――ああ、目立つのは嫌だ。地球の学校でだって、ステージに上がるのは苦手なのに。
という思いは頭の片隅にあるものの、これはわたしがやらなきゃ仕方がないってこともわかっていた。
いざふたりの前に出ると何を言っていいかわからなくて、少し混乱したけど、
「これ、みんなの気持ちです。受け取ってください」
一気に言って、厚紙三枚を差し出す。
ただの厚紙じゃない。どの紙にも、びっしりと祝福のメッセージが書かれている。寄せ書きというやつだ。
「ありがとう。こういうの、凄く記念になるし、思い出にもなるわ」
嬉しそうな顔を向けられたことは覚えてる。緊急し過ぎて、逃げるように戻ったことも漠然としか覚えていない。
わたしが帰ってからも、学生さんたちが花束を渡したりして、ようやくふたりからのお礼のことばに辿り着いた。
「あー、今日はオレたちのために集まってくれて、ありがとう。最初はもっと地味にやるつもりだったけど、こういう賑やかなのもいいもんだな」
ちょっと照れた様子で、ロインさんが声を響かせる。
「ま、これで何が変わるかって言うと、今までとほとんど変わらないと思うが……」
――妙な音がした。
みんながロインさんのことばに聞き入っていたので、音は大きく聞こえた。気のせいじゃあり得ない。わたしは、ビストリカと顔を見合わせる。
そう、このときわたしたちは、すっかりキューリル先生のことを忘れていた。
「む、夢魔だ……!」
誰のものか。やけにはっきり聞こえる、うろたえた男の声。
驚きの声を上げるいとまもなく、ずるずる、と何かを引きずる音がした。音の元を探して扉を振り返ると、縦に走るわずかな隙間から、次々と黒い影のようなものが侵入してくる。
ここで、初めて会場内に動揺のざわめきが走った。黒い影はいびつな翼を広げて飛び上がる。三体だ。
影は低く飛び、みんなの頭をかすめるように飛ぶ。弾みで、何人かがしゃがみこむのが見えた。
「マリンダ、みんなを魔法の結界で守れ! 援護を頼む!」
ロインさんがステージを駆け下りる。マリンダさんは言われる前に呪文を唱え、巨大な防御結界を作り出した。
テルミ先生がロインさんの剣に魔法をかけ、道化師さんが使った対夢魔用攻撃魔法が二体をかき消す。
ロインさんは急降下してきた一体を、切り上げるようにして一刀両断する。
見事、夢魔は消滅した……と、見えるものの。
「何だ、こいつ……全然、手応えがないぞ」
あっけない。見ていてそんな風に思ってはいたものの、敵と直接戦ったロインさんも不思議そうな顔をしている。
と、ここでやっと、わたしは思い出した。
「まさか……」
急いで扉に駆け寄り、精一杯の力を込めて扉を開く。
そこにあった姿は――。
「ちょっと、何やってんのよ、あんた」
ステージ上からあきれた声が響いた。
そこで決めポーズのごとく腕組みして立っていたのは、今更言うまでもなく、犬耳犬尾の金髪女性。夢魔の襲撃も、彼女の幻術によるものだったに違いない。
彼女は満足そうに自分に注目している一同を見渡し、
「だって、ロインとマリンダに合った結婚式って言ったら、やっぱりこれじゃない!」
自信満々に声を上げる。
がっくり。
気持ちはわかるんだけど……ほとんどの人たちはあきれたような顔をする。
でも、ひとりだけ、わはははは、と豪快な笑い声を響かせた人がいた。
「確かに、オレたちにはしおらしいのより、こういうのが合ってるかもな。これからも息の合った戦いを見せるから、よろしく頼むぜ」
どうやら、ロインさんにはウケたようだ。マリンダさんのほうはあきれてるけど、まあ、こういう結婚式もアリ……かな?
少なくとも、こうしてこの結婚式は、忘れがたいものになったのだった。
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