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・2007年11月07日:第20話 暴走ゴーレム猛突進(上)
・2007年11月07日:第20話 暴走ゴーレム猛突進(下)
第20話 暴走ゴーレム猛突進(上)
放課後、わたしは医務室で、ビストリカ、テルミ先生、キューリル先生とクレハさんと一緒に、『めくらましには霧と闇と光、どれが有効か』について議論していた。結局のところ、結論は『状況と目的による』だったんだけれど。
「ところで……あれ、どうしたんだろ」
最初にそれに気がついたのは、リフランさんだった。
彼の目は、窓に向けられている。図書館や別棟が眺められる医務室内の窓じゃなくて、出入口からわずかにのぞく、廊下の窓だ。
つられてみんな、そちらの窓を見る。そして、そこにある異様な光景のあまり、即座に廊下に出て外に注目する。
遠巻きに眺める学生さんたちの視線は、特定方向に向けられていた。視線の先の中心付近にいるのは、リビート先生と見覚えのある顔……以前見た、商人さん。
そして、その目の前に存在するモノ。
黄土色のブロックを細かくつなぎ合わせたような、大きな人型の物体。目の部分は黒く横長にくり貫かれ、玉石がはまっているのか、中心の一点が青く輝いている。
「まあ、ゴーレムじゃない。最近のは、結構小型になったのねえ」
とは、キューリル先生の談。あのゴーレム、全長二メートル以上はありそうだけれど、あれでも小型になったのか。
「ちょっと、行って来ます」
と断って、わたしは当然、外へ。
もしかして、もしかするかも、と思っていた。それが、どうやら図星だったらしい。
「ああ、あなたですね。以前はどうも」
わたしが近づくと、前と同じ、タキシードに似た出で立ちの商人が声を掛けてくる。
「あのときあなたに言われたこと、わたしも色々と納得しましてねえ。まずは、お客さまに現物を見ていただいてからお買い上げいただくのがお互い安心と思いまして。いやあ、骨が折れましたよ、ここまで運ぶのは」
やっぱり。
実物を見ないと高価な物なんて買えない、というわたしのことばを真に受けて、本当に持ってきたわけか。ある意味感心、凄い根性というか、ありがた迷惑というか。
そう思う一方で、ちょっと好奇心を刺激されないでもない。
すでに習ったけど、ゴーレムと言えば、起動させた術者の意志に従い簡単な命令をこなす、ロボットみたいなものだ。いくつか用途があるけれど、肉体労働に使われることが多い。大抵、起動はコマンド・ワードで行われ、術者の魔力を消費する、という。
「まあ、このままでは置物同然です。動いているところをご覧にいれましょう」
商人は得意げに両手を開き、野次馬たちを見回すようにしてから、懐から取り出した紙切れのようなものに目を落とす。説明書だろうか。
「あの、それは危険なんじゃあ……」
「いいえいいえ。この最新型ゴーレムには、何重にも安全装置がついておりまして、ご心配には及びません」
リビート先生の弱気な抗議をにこやかに一蹴して、彼は高らかに、うたいあげるようにしてコマンド・ワードを告げた。
「〈イーブロッサム・メセテト・レチラム〉」
こういう道具を扱う商売をしているだけに、この人も魔術師には違いないのだろう。ゴーレムは確かに一瞬、蒼白い輝きを放ち、最初はぎこちなく……やがては驚くほど滑らかに、動きを始めた。
足を一歩、また一歩。
前――こちらへ。
「ご覧ください! 技術の可能な範囲まで人間に近い仕草を追究したこの歩き方! もちろん、走ることも跳ねることもできます。極限まで周囲が安全な行動原理を持って活動し、障害物も自動的に迂回します」
誇らしげに話す商人の前で、ゴーレムのちょっと角ばった足が止まる。
「当然ゴーレムですから、過酷な肉体労働も長時間の放置にも文句ひとつ言わずにこなします。単純な労働だけではなく家事炊事や子どもたちの遊びの相手まで――」
よどみない説明を上の空で聞きながら、わたしは、ゴーレムが地面に落とした影が動くのに気がつき、視線を上に向けて、太い腕が振り上げられるのを見ていた。
何となく、予感がしていた。でも、
「あっぶなあぁぁい!」
そんな叫びが横からやってくることは予想していない。
突き飛ばされて、わたしは地面と見事キス。草の上だから土やアスファルトの上よりゃマシだけれど、しこたま鼻を打って痛い。
わたしの様子に驚いて尻餅をついた商人の目の前に、ぶっとい腕が降ってくる。地面に大きな手形が刻まれ、土と草の切れ端が飛び散った。
「大丈夫か?」
自分で突き飛ばしたあとにそう言って手を出して助け起こしてくれたのは、ヴィーランドさん。
「あ、ありがとうございます……」
別に突き飛ばされなくても無事な位置だったけれど、鼻を撫でながら、一応礼を言っておく。
その前で、商人は目を剥いてゴーレムを見上げていた。
「そ、そんな馬鹿なっ! 何で、何でこんな……」
「とにかく、このゴーレムを止めてください。安全装置がついているんでしょう?」
「そうだ、説明書、説明書」
冷静なリビート先生のことばで我に返って、商人は厚い説明書をパラパラとめくる。
その間にゴーレムは腕を持ち上げ、標的を定めるように顔を動かす。早く安全装置を作動させないと、次の一撃が来るかも。
ちょっとハラハラしていたところで、商人が顔を上げた。
「大丈夫! 緊急停止用のコマンド・ワードがありました! いきますよ、〈ノイフォント・デイスラグ・エトドー・メチラム〉!」
早口で、はっきりとそう告げる。
それで、ゴーレムは停止――
しなかった。
「のぎゃああぁぁぁぁ!?」
突然駆け出したゴーレムと、それに追われる商人、無情にも蜘蛛の子を散らしたように逃げ出すわたしたち。
湖畔に沿って駆ける一人と一体……幸い、と言うべきか。ゴーレムの走る速度は大きな身体ゆえか、それほど速くない。体力には大きな開きがあるから、追いかけられるほうがそのうち力尽きるだろうけれど。
「こ、これはきっとぉ、持ってくるときに戦闘用ゴーレムを間違えてえぇぇぇ……」
全力疾走する商人の声が小さくなっていく。
仕方なく、わたしたちはそれを追った。わたしとリビート先生とヴィーランドさん。途中、視界の端に、城から出てくるビストリカやキューリル先生の姿が映る。
「止める方法、知らないんですかー?」
リビート先生が訊くと、一呼吸置いて、息を切らせながら商人が叫び返す。
「あー、知ってます知ってます! 戦闘用ゴーレムに、共通の方法が!」
そんな方法があるのか。
「ゴーレムの足の裏に、緊急停止用レバーが隠されているんです!」
「そう、足の裏……」
言いかけて、リビート先生が固まる。
――意味ねええぇぇぇぇ!
このゴーレムの制作会社は、一体何を考えているのか。足の裏の安全装置に意味はあるのか?
がっくり来たところで、わたしはこちらに近づく気配に気がつく。ビストリカたちかと思ったが、振り返ってみると違った。
「何の騒ぎだ、これは?」
巡回中、この奇妙な騒音と不気味に動いたり動かなかったりする野次馬に気がついたのであろう、備え役の道化師さんとジョーディさん。
一応声をかけて来たものの、何が起きているのか自体は一目瞭然。二人とも呆れ顔だ。
リビート先生が事情を説明している間に、商人とゴーレムの追い駆けっこはこっちにUターンしてくる。
「……用は、ゴーレムの動きを止めればよいのだろう?」
と言うや否や、道化師さんは真っ直ぐこっちに突っ込んでこようとしているゴーレムに目を向けた。
「〈シャルデファイン〉!」
と、同時に。
「あー! 魔法はダメです!」
商人の悲鳴じみた声が上がる。
――そういうことはもっと早く言えっ!
「あ……」
その一瞬、魔法が跳ね返されるとか、魔力を吸収して何か強力な攻撃をされるとしたら危険だな、という考えが頭をよぎる。
しかしどうやら、そういうことはないらしい。ただ、ゴーレムの表面を覆い隠したかに見えた氷の膜が、さっと消えてしまっただけだ。だけ、と言うには大きなことではあるが。
「せ、戦闘用ゴーレムは……ある程度の威力までの魔法は、無効化されるようにっ……できていますっ!」
だいぶ疲れてきた様子の商人が、走り続けながら叫ぶ。
「ある程度以上の威力の魔法なら?」
と訊いたのは、脇のほうでビストリカらと一緒に見物しているテルミ先生。
「そっ、それはその、勘弁して欲しいというか、弁償が高額になるのでよしてほしいというか……」
「もちろん、弁償はあんた持ちでしょうね? 給料没収とぷちっと潰されるの、どっちがいい?」
「どっちも嫌ですぅぅぅ!」
ワガママなことを叫び、わたしたちを避けるように、誰もいない方向へ走る。
が、ゴーレムはそれを追わない。
「え?」
視線を少し上に向けるわたしたち。ゴーレムの輝く一つ目は、こちらに真っ直ぐ向けられている。
第20話 暴走ゴーレム猛突進(下)
「どうやら、攻撃した相手に標的が移ったようだな。ここは交代で相手を引きつけて、その間に止める方法を……」
「そりゃ、役割分担からしてオレの仕事だろ」
道化師さんを押しのけ、ジョーディさんがひょいと石ころを拾い上げると、それをゴーレムにぶつける。もちろんゴーレムに大したダメージはないだろうけれど、これでジョーディさんが当面の敵として認識されるはず。
重そうな斧を担いだまま駆け足で離れる緑の後ろ姿とゴーレムの背中を、わたしは見送ったつもりでいた。
だが。
この一瞬の、一番ゴーレムに近い位置が悪かったらしい……。
「き、気をつけたほうがいいですよっ!」
と、その辺に転がって誰にも見向きもされない商人が声をあげる。
「一定の距離以上背後に近づくと、〈対暗殺者モード〉に切り替えられて……」
ゴーレムが足を止める。
その頭が、グルリとこちらを向き――
「うええぇぇぇぇええ!?」
わたしは変な声をあげながらも、身体のほうは勝手に走り始める。だって巨大な一つ目の人造人間がドシンドシンと追いかけてくるのは怖過ぎるし。
とりあえず闇雲に走り始めたので、野次馬の群に突っ込みそうになる。左右に波が引くように、学生さんたちが逃げた。こういう状況でなければ、ちょっと爽快かもしれない。
ああ、空が青いなあ。
とか思いながら、わたしは逃げる。
「今のうちに、止める方法考えてくださいぃっ!」
と言い残してきたけど、最後まで聞こえたかな。まだ逃げられる速さではあるものの、ゴーレムの速度が上がってきている気がする。
嫌な想像を振り払い、転ばないよう気をつけながら、本城の横手を走って別棟の近くへ。できるだけ人のいない方向を目ざしているものの、どうにか戻っていかないと対策立ててる人たちと出会えない。
そこまで体力が続くかなあ。
不安がよぎるわたしの耳に、前方からの、聞き覚えのある声が届く。
「それはそれは、また、面倒なことだねえ……」
「まあ、今すぐという話ではありませんぞ。ほかに頼めるような魔術師はいないから、仕方がない」
学長さんと話をしているのは――。
巻き込むべき人、発見!
「四楼儀さあぁぁん!」
わたしが呼ぶと、さすがにいつも眠たげな四楼儀さんも、それに学長さんも驚いたような表情を見せる。もちろん、視線はわたしじゃなくてその背後。
「手!」
「手?」
走り寄る間に、そんな暗号みたいな会話を交わして。
思わず開いた四楼儀さんの手に、わたしは自分の手を伸ばす。
「はい、タッチ!」
パァンといい音が鳴る。
一呼吸置いて、藍染めの浴衣っぽいローブ姿は、表情を変えた。
「はあ?」
わたしが横に逃げると、彼も事態を理解したらしい。あきれたように、迫り来るゴーレムを見据える。
学長さんも逃げて、一番ゴーレムに近いのは、立ち尽くす四楼儀さん一人。
でも、非常に残念なことに、ゴーレムから必死に逃げ回る伝説級の魔術師の図、というのは見られなかった。
「……やれやれ、ずいぶん騒がしいと思っていたら、こういうことかね」
言って、右手の人さし指をゴーレムへ向ける。
が、ゴーレム自体に変化はない。その巨体が動きを止め、わたしが立ち位置をずらしてみて、やっとわかった。
ゴーレムを挟んだ向こう側の四楼儀さんと同じ距離の地点に、案山子に似た小さな人形が立っていた。ゴーレムは、どちらを標的にするのか迷うように、目と首をグルグル動かしている。
――そういや、わたしも気配を誤認させる幻術が使えるんだった……。
なんか、頭脳のスペックの差を思い知らされたようで悔しい。
そうこうしているうちに、本城の近くにいたみんなが追いついてきた。やっぱり興味津々だった学生さんたちも移動してきて、野次馬たちが周りを囲む。
「どういう話なのかねえ、これは」
腕を組んで白い目を向ける四楼儀さんに、商人や道化師さんたちが事情を説明する。
「なるほどねえ、足の裏かい」
「方法はあるさ」
と、道化師さん。
どうやら、わたしがゴーレムを引きつけている間に、解決方法は見つかっていた模様。
「〈シャルファエルム〉」
それは、大地の力を利用する魔法だ。何をするつもりだろう、と見守るわたしや学生さんたちの前で、ゴーレムは、突然足もとに出現した階段に足を取られ、ゴロンドスンと、轟音を立てて転がり、止まる。足の裏を上に投げ出した形で。
「ほら、あんたがやんなさい!」
野次馬に紛れていた商人をテルミ先生が容赦なく突き飛ばし、商人は半泣きになりながらゴーレムの足に近づく。
それからは、ゴーレムが起きて暴れ出すようなこともなく、商人が足の裏の小さな四角の蓋を開け、レバーを倒すと同時に、この騒動は幕を閉じた。
帰り際「今度こそちゃんとしたゴーレムを持ってきますので!」と言った商人の申し出を全力で断ったわたしたちは、今回の騒動について色々と分析していた。分析というか、ようは雑談なんだけど。
そんな中、わたしは門のほうに、見覚えのある姿を見つける。
あれは確か、リフランさんの親友、イラージさんだったか。幸い怪我人は出なかったのでリフランさんはビストリカらと一緒に医務室に戻ってるし、彼はひとりでぽつんとしていた。
雑談に加わる様子もないということは、誰かを待っているのだろうか。視線は、商人がゴーレムを荷車に載せて引き、去っていって少し経つ門の向こう側へと向けられている。
でも、まるで監視しているかのようにも見える。浮き浮きしながら待っている感じじゃない。いや、浮き浮きしてるところが想像しにくい人ではあるけれど。
声をかけてみようか、と歩き始めた途端、背後に近づく気配を感じた。
「お
少しの間失念していた。そういや、この人と会ったのはかなり久々だった。魔力消失後、今の今まで姿をくらましていたからだ。
「四楼儀さんなら、上手く対応すると思ってたから……実際、大したことじゃなかったでしょー。それより、今までどこにいたんですか?」
わたしが振り返って訊くと、相手はあくびをしながら、面倒臭そうにことばを返す。
「研究所内にはいたよ。どこにいたのかは秘密さね。うるさくなるとかなわんからね。さて、そろそろ戻るとするか」
そう言い残して、今は学生さんのボランティアが交代で見張る物見台へと去って行く。
そうだ、学生さんのボランティアと言えば……と思い出して、再び視線を門の方へとやる。
でも、そこにはもう、背の高い男子学生の姿はなかった。すでに待ち人が来たか、それとも来なかったのか。
どうにしろ、深く詮索することじゃあない。
わたしは今日は読書をして過ごすことにして、散り始めた野次馬たちに混じり、図書館へ歩き始めた。
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