高校生、静間和樹の自室は割と広い作りだった。
 真ん中には、冬場には炬燵に化けるテーブル、部屋の隅にはCD&MD収納ボックスに乗っかっているコンポ。
 そのほかにもTVや本棚やベッド、ハンガー掛けなどがあるものの、それでも高校生3人が普通にテーブルを囲んで座るには十分なスペースがあった。
 期末試験は翌日に控えていた。
 勿論、殆どの高校生がそうであるように(偏見かもしれないが)彼ら3人もまた普段は予習復習のよの字も無いほどに勉学を怠ることに余念がなかった。
 そしてもはや通例の如く試験前日に集い、悪あがきを目論むのだ。
 悪あがき―――別名一夜漬けとも言う。
 静間和樹の『今夜は徹夜で勉強だぜ!』の檄に賛同して彼の家に集まったのは勿論、仲の良い月彦と千夏の二人だ。
 日曜日の朝9時に和樹の家に集合して翌日の試験科目3教科を重点的に勉強しようという目論見だ。もちろん余裕があればそのほかの教科も補うつもりだった。
 少なくとも3人とも開始時点では本気だった。
 しかし―――


「うー…必殺か魔法攻撃か…畜生、どっちだー!」
 和樹が叫ぶ。彼の手にもはやシャープペンシルは握られていない。
 代わりに彼の手にはゲーム機のコントローラが握られていた。同じものをテーブルを挟んで対面している千夏も持っているし、二人とは3角形を描くような位置に座ってテレビと向かい合っている月彦も持っていた。
 言わずもがな、彼ら3人はゲームのプレイ中だった。
「優柔不断やなぁ」
 ウンザリ、という口調で千夏が漏らす。
「うっせ!ここで死んだらまた4ターン動けなくなんだよ!」
「その間たっぷり勉強できるからええやん?」
「よくねぇ!…っし、決めた!カウンターだ!!」
 和樹がコントローラを操作すると、画面に表示されている彼のキャラクターがカウンターの構えをとる。
 と、対峙している敵キャラが徐に呪文の詠唱を始める、途端に和樹の口元から笑みが消えた。
「ぎゃーーーーーっ!!!!」
 喋れないキャラの代わりに和樹自身がまるでこの世の終わりというような断末魔の叫びをあげた。同時にキャラに巨大な氷柱が降り注ぎ、おそらく即死を思わせるようなダメージ量が画面に表示される。
「死んだな」
 月彦が呟く。その言葉自体に即死させられたように、和樹のキャラクターがぱたりと地面に倒れ込んだ。
 ぷっ…と吹き出しそうになるのを必死に堪えているのは千夏だ。
「あっ…ああ…」
 がっくり、と和樹が項垂れる。彼自身、魂が抜けてしまったかのような脱力っぷりだ。
「アッホやなぁ。一人で先走るからそうなるんや」
「これでカズの一位転落は確実かな?」
 3人がプレイしているのはボードゲームとRPGを合体させたようなやや風変わりなゲームだった。
 マップ上のフリーバトルのマスで雑魚敵を倒してレベルを上げ、金を稼ぎ、装備を調えてボスの待ち受けるマスへ到達して、そしてボスを倒すのが一応の目的。
 最終的なプレイヤーの順位は総資産額によって決まるのだが、手っ取り早く資産を大きくするのがボスを倒すことであるからボスの討伐とゲームの勝利はほぼ同義であるといえる。
 勿論、PVPも可能でキャラ同士で戦い、互いの持ち物を奪い合うということも可能なゲームだ。
 彼らはもうこのゲームを4時間ほどプレイし続けていた。
 きっかけは勉強を始めて1時間後に和樹が発した『そろそろ休憩入れないか?』の一言だった。
 ついでにこの前新しいゲーム買ったから少しやってみないか?と―――あとはもう言う必要はないであろう。
 3人ともすっかりハマッてしまったのだ。
 いや、少なくとも月彦だけは辛うじて初志を忘れていなかった。
 勉強そっちのけでゲームをプレイし続けることに一種の罪悪感のようなものすら感じ始めていた。
 しかしながら、『そろそろ勉強に戻ろう』と言ってみたところですっかり夢中になっている二人がそれを聞く筈もなく、また彼自身も本音はゲームを楽しみたいわけだからズルズルと続けてしまっている、そんな状態だった。
「あーーーーーーーっ!千夏ッ!てめっ!そいつは俺が弱らせたんだぞ!」
「へっへ〜、漁夫の利や♪」
 先ほど和樹が死闘を繰り広げた敵をあっさりと千夏のキャラが仕留める。
 莫大な量の経験値を得てキャラがレベルアップ、そして報酬も千夏の元へと手に入る。
 和樹には当然の事ながら、分け前のようなものはない。骨折り損も良いところだ。
「なぁ、そろそろ―――」
 ヒートアップする二人に月彦は恐る恐る声をかけた、が途中で言葉を飲んだ。
 耳に届いちゃーいない、と思ったからだ。
 左手首に視線を走らせると、もう短針は3時に近い場所を指していた。

『キツネツキ』

第四話

「ただいまー」
 玄関のドアノブをひねり、開けた直後だった。
 ドドドドドと地鳴りが―――。
「父さまっっおかえりぃーーーーーーーーーッ!!!」
「ッッま、真央ッ!?はぐッ!!」
 加速をつけてのフライング抱擁、またはタックル、双手狩り。
 軽い真央の体もF=Maの法則によりなかなか侮りがたい運動エネルギーを纏い、月彦はあっさりと体をくの字に曲げて玄関の外に吹っ飛ばされた。
 そのままどすっ、と腰で着地。月彦の口からうっ、と呻きが漏れる。
「とうさまぁぁっ、淋しかったぁ〜〜っ」
「いちちちちっ……た、ただいま…真央…」
 月彦は必死に笑顔を保って、犬のように尻尾をぱたぱたと振る真央の髪をそっと撫でた。


 二階。
 自室の様子は朝出かけたときと殆ど何も変わっていなかった。
 月彦は肩に掛けたカバンを下ろし、徐にベッドに座った。
「ふぅ……」
 程なく、トトトッ…と廊下の方から音。
「父さま〜、お茶淹れたよ〜♪」
「おっ、サンキュ、真央」
 真央は両手で盆を持ったまま尻尾で器用にドアノブを捻り、部屋に入ってきた。
 なるほど、あれは便利だ…と月彦は思いつつ、盆からふわりと湯気を立てるコーヒーカップを受け取る。
 カップはコーヒーだが、中に入っているのは緑色の半透明のお茶だからなんともいえない違和感が付きまとうのは否めない。
 違和感といえば、真央の恰好もそうと言えた。
 というのも、普段着ているボーイッシュな服装とは違い、明らかに女性らしいシャツにスカートを穿いていた。
 はっきり言ってよく似合っている、普段のボーイッシュな服装も悪くはないが(といっても、真央はただ月彦が着ている服を真似して着ているだけ)、月彦的には真央にはいつもこういう服装をしてほしいと思うくらいだった。
 ただ、唯一の違和感というのは真央が着ているのが霧亜のお下がりという点だった。
 どうしても真央の恰好を見ていると霧亜のことを思い出してしまい、今にも鉄拳が繰り出されそうな気がしてどうも落ち着かないのだ。
 勿論、月彦のそんな心情は真央には関係がないわけだから、精一杯の笑みを浮かべて。
「気が利くな、真央は」
 コーヒーカップに口をつけながら、ちょこんと、月彦に習うようにベッドに座る真央の頭を撫でてやった。
真央は甘える猫の様に心地よさそうに喉を鳴らして体を預けてくる。
 血のつながった娘でなければ、それだけで押し倒してしまいそうな魅力が、真央にはある。
「んっ…父さまぁ、勉強会どうだったの?」
「あー…勉強にならなかったからこっそり抜けてきた」
 そう、勉強会。
 明日から始まる中間試験に備えて三人(勿論いつものメンバー)で集まり、猛勉強をしようという目論みで行われたその会。
 そのために、月彦は日曜だというのに朝っぱらから静間家の方へと向かったのだった。
「…やっぱり千夏んちに集まるべきだったか…。いや、でもあそこは三人じゃ狭いからなぁ」
 かといって真央がいるから自宅に呼ぶわけにもいかない、となればやはり和樹の家に集まるしかないという結論になる。
(でも、あそこは遊び道具だけは充実してるんだよなぁ…)
 しかしどっちにしろ、何処に集まろうが勉強にならなかったのではないかという気もした。
 思い返せば三人で集まってまともに勉強をした試しは一度もないのではないか。
(昔は…妙子が居たからなぁ…)
 ふと、月彦は高校入学時に別れることになった白石妙子のことを考えた。
 昔何度か行った勉強会、三人ではなく四人集まってのその会はきちんと勉強会として機能をしていた。
 というのも、遊ぼうとする二人を痛烈に押さえ込めるだけの気迫を持った彼女が居たからに相違ない。
「……父さま、また女の子の事考えてるでしょ?」
「…へ?」
 はたと気付いてみると、真央が露骨に不快そうにジト目で見ていた。
 ピンッ、とその大きな耳をまるで警戒しているように寝かせて、ぺしっ、ぺしと背中に尻尾が当たってくる。
「な、何言ってんだ、そんなこと…考えるわけないだろ?」
「…………………。」
 月彦が否定しても、真央は益々訝しむような顔をする。
「そ、そうだ真央、お茶の…お代わりもってきてくれないか?」
 慌てて、月彦は話題を逸らした。
 真央は少し、怪しむような顔をするも、
「…うん、いいけど」
 渋々、月彦のコップを受け取ると立ち上がり、台所へと降りていった。
「ふーー…なんか、日に日に嫉妬深くなっていくような…」
 真央と共に暮らし始めて約一ヶ月。
 初めはただ無邪気な子供の様にしか感じられなかった愛娘が時々、妙に嫉妬深い恋人のように見えるから不思議だった。
 それも並の嫉妬深さではない。例えるなら二人で歩いている際にほんの0.5秒道行く後ろ姿の綺麗な女性に見とれただけでもめざとくそれを察知し、背中を抓り上げて踵で靴を踏みつけてきかねない程の―――だ。
 真央だけが嫉妬深いのか、それとも妖狐という種族自体が嫉妬深いのか。
 どちらにせよこれから先の気苦労を思うと月彦はため息をつきたくなるのだ。
「…なんとかして、そこらへんを”教育”しなきゃマズいのかなぁ」
 父親の勤めか?―――とか何とか思いつつも、口元には笑みが漏れてしまう。
 なんだかんだで月彦自身、真央が可愛くてしょうがないのだ。
 幼い頃から姉弟といえば鬼姑のような”あの”霧亜だけだったのだ。
 もし自分に妹や弟が居たらああも露骨に虐げたりはしない、むしろ全身全霊で可愛がってやる!と昔から思っていたのがやや違った形で成就した。
 故に、どうしても真央には少々甘くなってしまう節があると、月彦は自分でも実感していた。
 今まではそれで良かった、しかしこれからは少しは厳しいところも見せたほうがいいのではないか。
「ん…?」
 カバンを開けて勉強道具を取り出そうとしたときだった。
 違和感―――というか、明らかに目当てのもの―――英語の参考書がそこに見あたらない。
 ベッドの上でカバンを持ち上げ、逆さにして振ってみる。霙のように中身がぼとぼとと落ちてくるが、しかしやはり目当てのものは見あたらない。
「や、べ…カズんち忘れてきたかっ!?」
 カバンに穴でも開いていない限りはそれしか考えられなかった。
 英語は初日科目の最も危ない教科だから和樹の家に行って真っ先に勉強したのだ。その時は確かに在ったのだから忘れたのはほぼ確実といえた。
「あちゃー……マジかよ………」
 今からまた和樹の家まで取りに行くのも面倒であるし、再びあの誘惑の空間を巧く抜けられるかもまた困難だった。
 かといって、唯一手持ちの参考書であるから取りに行かなければ英語の勉強は遅々として進まないであろう。もとより、教科書だけで内容が理解できるような頭は持っていないのだ。
 はぁ…とため息をつくと、トトト…と小走りに真央が部屋に戻ってきた。
「はーい、父さま、お茶のお代わり入れてきたよ〜♪」
「おっ、ありがとう、真央」
 感謝の笑みを零して、コーヒーカップを受け取る。
 途端、月彦はギョッとした。
「なぁ、真央…これ…」
「うん?」
 月彦は魅入られたようにコーヒーカップの水面を凝視する。
 先ほど淹れられた茶は紛れもない、半透明な緑の普通のお茶だった。
 だが今度のこれは何だろう、乳白色のまるでホットミルクかなにかのようにも見える。
 ホットミルクと確実に違うと思えるのは茶の臭いも確かにするからだ、しかし茶以外の何かが入っているのも明らかだった。
「…さっきの茶と、違うな?」
「う、うん…、牛乳入れて、紅茶にしてみたの」
「紅茶…」
 そう言われてみれば紅茶…に見えないこともないかもしれない。
 気のせいか香りも段々紅茶のような香りに思えてきた。
 しかし、気に掛かるのは茶のことだけではない。
 真央の態度だ。
 ほんのすこし前まで不機嫌そうにしていたのが、茶を入れてきた途端、何かを期待する子供のように目を輝かせている。
 月彦はどことなく、そういった目の光りに心当たりがあった。
「…な、何?父さま…」
「この香り…何処かで嗅いだことがあるんだが…」
 月彦は記憶を巡らせた。
 そう遠い昔のことではない、かといってつい最近というわけでもない。
 何処かで嗅いだ香り、何処かで―――。
「…なぁ、真央。ちょっとこれ、飲んでみてくれないか?」
「えっ……どう、して…?」
 途端、ギクリと体を強ばらせる真央。逃げるように視線が月彦からそれた。
 その態度で、月彦は確信した。
「まーお?」
「きゃっっ」
「…茶に、何をいれたんだ?」
 キュッと真央の尻尾の付け根を掴み、軽く握りしめる。
「ぁ、ッ…ぁっ………ッ……」
「真央、言わないと…」
 弱点とも言える尻尾をキュッと握りしめ、そのままこしゅこしゅと軽く擦り始める。
 それだけでピクンと体を震わせて―――
「あ、ぅッ…ご、ごめんなさいっっ…母さまの、お薬…溶かして、入れた、の。。。」
「なぬ…ッ、薬ってまさか―――」
 月彦は先日、痛み止めと称して真央に飲まされた薬のことを思い出した。
 勿論その実は痛み止めどころの生やさしい薬ではない、飲んだ途端体の奥底から熱い何かがわき上がってくるような衝動に駆られ、まるで発情した獣のように性行為のことしか考えられなくなる薬だ。
 それだけ強烈な作用故に副作用も凄まじく、一晩明けた後には体重が一気に数キロも落ちている程の劇薬だ。
 当然月彦は真央にその薬の使用は禁じたのだが。
「真央、あの薬は全部廃棄しろって言ったよな?」
「あぅぅぅんンッ!!だ、だって、ぇ……父さま、もうすぐ試験だからって…全然、シてくれなっっぁっっ…やっっ、父さまっっだめっ、尻尾、そんなにしたらっ…ッ!」
「そうだよな、試験が終わるまで、えっちはお預けって、真央は父さまと約束したよな?」
「ぁあッ!やっっらめッ!尻尾ッッきゃぅぅぅぅんッ!!!」
 びくん、びくんっ。
 尻尾の中でも特に弱い部分を執拗に責められ、真央はあっさりと体を反らせて絶頂を迎えた。
 それでも、月彦は尻尾を掴んだまま離さない。
「真央、薬を全部出すんだ」
「ぁっ、ぅ…そ、そんなっっ…きゃンッ!」
 急かすように尻尾を擦ると、真央は渋々にスカートのポケットから茶色の布袋を取り出した。
 月彦はそれを受け取ると口紐を緩めて中身を確かめる―――確かに見覚えのある丸薬だった。
「これで全部か?」
「う、んッ…と、さま…尻尾…」
「まだだ。真央、自分で淹れたお茶、自分で全部飲むんだ」
「えっ…」
 まだ湯気の立つコーヒーカップを差し出すと、真央が恐る恐るそれを受け取る。
「自分で作ったものは、ちゃんと自分で責任持って処理しないとな?」
 僅かに意地悪な笑みすら浮かべて、月彦はキュッと尻尾を強めに握る。
「っっっ…うッ…………」
 真央は震えながら、月彦に言われた通りにコーヒーカップに口をつけ、茶を啜る。
 茶を全て飲み終わるのを確認してから、月彦は漸くに尻尾を握る手を緩めた。
「ぁっ、」
 途端、力が抜けたのか、かちゃりとその手からコーヒーカップが落ちる―――を、月彦が咄嗟に拾い上げた。
 同時に、真央が体を縮めてベッドに倒れるように横になった。
 微かに肌を上気させて、陸に上がった魚のように呼吸を荒げていた。
(やっぱり、効果覿面だな…)
 ”この後”の真央のことを思えば、すこし気の毒な罰のような気もした。が、やはり人を騙そうとした罰はそれなりに与えるべきだと、月彦は思う。
 かといって長々と説教をする暇はないし、体罰もどうかと思う。
 いや、これもある種の体罰には違いないかもしれない、しかし、因果応報という言葉を思い知らせるには一番の方法だろう。
「さて、俺はちょっと出かけるけど、真央は頑張って我慢するんだぞ?」
「えっ…父、さま…そん、なっ…」
「これに懲りたら、もう二度と人を騙そうとしないことだな」
 微笑みかけながら、真央の頭をそっと撫でる。それだけで、真央は喉を震わせた。
 薬の効果を十分に確認しつつ、月彦は再び勉強道具を詰めたカバンを肩にかけ、立ち上がる。
「ぁっっ、ま、待って…父さまッ…ぁうッ…!」
 月彦を追おうと体を起こそうとするも、ろくに力も入らないのか、ガクガクと体を震わせ、ベッドの上で肩を抱くようにして真央は再び蹲る。
 一瞬、少しやりすぎたかなと月彦は思った。
 だが今更薬の効果を止めるわけにはいかない、解毒剤など無いのは真央自身が一番良く知っている筈だ。
 かといって今の真央の相手をしてやるわけにもいかない、そんなことをすればほぼ確実に明日のテストは悲惨な結果に終わってしまうだろう。
 月彦の取るべき行動は一つしかなかった。
「じゃあな、真央」
 自分でも驚くくらい清々しい挨拶を残して、月彦は部屋を後にした。
 刹那、真央が何か言ったようだったが、声にはならなかったようだった。

 ザァァ、でもサァァ、でもない、しとしと。
 まるで廃屋の雨漏りのような勢いのない―――しかしそれなりに雨の一粒一粒はそこそこの大きさで、傘をささずに歩いていれば100メートルほどですっかり濡れそぼってしまう、そんな雨が降っていた。
 しかし、それは”行き”だけで”帰り”の頃には立派な土砂降りと化していた。
 月彦が初めに後悔したのは真央に件の茶を飲ませた直後だった。
 もともとその後すぐに和樹の家へ参考書を取りに行く予定だったのだが、肝心の『帰ってから』のことをすっかり忘れていたのだ。
 普通に参考書を取りに行くのはいい、しかし帰ってからの勉強はそれこそ発情状態の真央との密室でやらねばならないことになってしまう。
 それは事実上不可能なことだ。
 これが月彦の誤算その1。
 幸いなのは打開策は意外とすぐに思いついた。
 まずは和樹の家に行き、なんとか二人を説得して勉強に向かわせてみる。
 無理なら最低千夏だけでも(和樹が一番望み薄だと月彦は思ってる)説得し、彼女の家で勉強するのもいい。
 両方が失敗したら最後の手段、この二人ほどではないにしてもそこそこ交流のあるクラスの友人の家に行き、多少強引ではあるが押しかけて一緒に勉強をする。
 三段構えの作戦だったが、しかし人生というのはそうそう予想通りに行くものではなかったりする。
 結果から言えば、作戦は第二段階の時点で成功したことになる。ただし、条件が一つ伴った。
 二人で一緒に帰ると言えばその時もしくは後日なりに必ず和樹が臍を曲げるだろう、というのが千夏の意見だった。
 だからまずは月彦が帰り、時間差で千夏が帰って彼女のアパートで合流する、とそういう計画になったわけだった。
 彼女の提案には確かに月彦自身も賛成だった。二人してひそひそと話す様を和樹に訝しまれたが、その辺はしょうがない。
 とりあえず今度こそ忘れないように参考書をきちんとカバンに詰め、引き留める和樹の体を引きずりながら静間邸を後にした。
 厳密に言えば、行きはしとしとだった雨が帰りで土砂降りになっているのが誤算の2個目ということになる。だからといって帰らないわけにも行かない、月彦はカバンを庇うように少し身を屈めて傘の中に身を隠しながら千夏のアパートを目指した。
 梅雨が誰かに仕返しでもしに戻ってきたんじゃないかと疑いたくなるくらい凄まじい雨だった。
 蒼さ自慢の空はガスのように真っ黒な雲に覆われ、夕方であるというのに殆ど夜のように暗い。
 視界が降りしきる雨で真っ白に染まり、10メートル先もろくに見えない。
 傘が2倍3倍重く感じられるくらいに雨が強かに打ち下ろしてきて、地面に落ちた雨も炸裂弾のように弾けては一張羅のジーンズの色を変えていった。
 凄いついでに言えば、雨音も尋常ならざるものだった。。
 ゴォォォォォッ!とまるで滝か放流中のダムが側にあるかのような大音響。
 例え相合い傘ほどの距離で二人並んでいたとしても、この状況で会話をするのはほぼ不可能なのではないかと思えた。。
 さすがに月彦がどこかその辺で少し雨宿りをしようかなと思った、丁度その時だった。
 雨の轟音に混じって、何か別の、甲高い音が聞こえてきたのは。
「ん………?」
 ただでさえ細い目をさらに細めて、前方の空間を見た。
 刹那、白い霧のようなその場所がフラッシュをたいたように光った。
「う、わッ…!」
 車のヘッドライトだと思った時にはすぐに横に飛んでいた。。
 雨の視界のせいで知らず知らずのうちに道のど真ん中を歩いてしまっていたのだ。
 車の方も月彦の存在に寸前まで気がつかなかったのか慌ててハンドルを切ったようで後輪が僅かにスリップ、運が悪かったのはその辺りに特大の水たまりがあり、しかもどこからか土を含んだ赤茶色の水が流れ込んでいる―――つまりは思いきり泥水を頭の先から足の先までまんべんなくぶっかけられてしまったのだった。
「うわっぷッ!」
 バケツで掬った泥水をダイレクトに頭からぶっかけられた様な有様だった。
 あまりの水圧によろけて傘のバランスを崩すと重い雨が一気に降り注いでくる。
 シャワーだと思えば雨に濡れるのも苦じゃないかもしれない―――と、半ば月彦がやけっぱち気味に思ったとき、十数メートル先で一旦泊まった車がバックで引き返してきた。
「げっ…」
 と思った。その車の色、シルエットには月彦は見覚えがありすぎた。
 咄嗟にどこかその辺の路地にでも逃げ込もうかとも思ったほどだ。
 月彦の目の前まで戻ってきた車が、僅かにウインドウを開く。
「ごめんなさい、水かかっちゃ―――…って、紺崎君!?」
「…どもです、先生」
 これが、誤算の3個目。

 突然降り出した雨も、途中から豪雨に変わったそれも真央には到底関係が無かった。
 ただ、月彦の部屋で、ベッドの上でまるで寒さに凍えるように体を震わせて、縮こまっていた。
 寒いわけではない。むしろ身を焦がすような”熱”を感じていた。
「ぁぁぁッ…!」
 身動きすら、まともに出来なかった。下手に動けば服と肌との摩擦の快感で頭がおかしくなってしまいそうだった。
(やっ…ぁっ、だ、めッ……ッ…!)
 咄嗟に衣類の”解除”をしようとして、真央はハッとした。
 今身につけている服は術で繊維を集めて構築した服ではない、霧亜にもらったれっきとした服なのだ。当然、術を解けば一気に裸に…というような芸当は出来ない。
「ぁっ、ぅ……!」
 体を起こして、壁に凭れるようにして座る。
 服と肌の摩擦には徐々に慣れてきた。代わりに、それぞれの敏感な部位がジンジンと痛烈に疼いてきた。
「は、ぁぁっっ…」
 呼吸をするだけで、艶めかしい吐息が漏れた。
 まるで手負いの獣か何かが耳元で息を切らしているような錯覚さえ覚えるほど荒々しい息づかいだった。
 真央は少しだけ、自分の大きな耳を呪った。
 どんなに抑えても、人のそれより敏感な耳は自分のいやらしい息づかいの音を全て拾い上げてしまうからだ。
「ぁ…ぅ…、とぉさまッ…酷い、よ、ぉ……っ」
 始めに薬を盛ろうとしたのが自分のほうだというのはわかっている。
 しかしそれでも、発覚して、月彦に飲めと言われたとき、さして抵抗もせずに薬を飲み干したのはきっとその後で抱いてもらえると思ったからだった。
 それなのに、月彦はあっさりと部屋を出て行った。
 すぐに戻ってくるかとも思ったが、その気配はない。
 何より、真央はその耳で確かに玄関のドアが開き、そして閉じるのを聞いたのだ。
「ぁぁっッ!ぅ、ぁっ…こんなっ、こんなのっ…狂っちゃう、よぉッ……!」
 全身が疼いて疼いてたまらないのに、度を超した快感のせいでろくに身動きも取れない。
 まるで外側の皮膚全部が卵のように薄い殻で固められたような感じだった。
 少しでも動けば―――否、少しでも敏感な場所が刺激されればそこから罅が入ってとろとろの中身が一気に溢れだしてしまいそうだった。
 動けない―――その筈なのに―――。
「ぁっ…はぁ、ンッ!!」
 突然右乳房の辺りに電気のようなものが走って、真央はぎょっと目を見張った。
 左手が勝手に動いて、シャツの上からその膨らみをしっかりと握りしめて、揉み始めていた。
 確かに自分の手の筈なのに、感覚も敏感すぎるくらいに鋭くなっているのに全然自分の手という実感がなかった。
 なぜなら、その左手は真央の言うことは全然聞こうとしなかった。
(やっっ…だめっ…だめっ……!)
 必死に左手を制止しようとした。それでも止まらない。
 勝手にシャツの上から膨らみを掴んで、下着ごと円を描くように揉み捏ねる。
 それだけでぴりぴりと痺れるような快感が全身を貫いて、益々いやらしい声が口から勝手に漏れてしまう。
 大きな耳がそれらを全て拾って、電気信号へと変えて、脳に送られてくるたび、真央の中で何かがゾクゾクと震えた。
「ぁっ、…やっ…やぁぁっぁ!」
 中指が膨らみの中でも一際高く膨らんだ場所をゆっくりとなで始める。
 既に下着の中ではピンピンに堅くしこり勃ったそれが布地越しに何度も擦られる。
 快感が、ピリピリと腰の辺りまで突き抜けてきて、自然に太股が開いてしまう。
 …右手が、勝手にスカートをまくり上げた。
「やっっ………だ、めッ…!」
 真央の目にも白いショーツが飛び込んできた。
 それを、まるで獲物を狙う蛇のような動きで右手がゆっくりと近づいていく。
 快感を得られるのは嫌いではない、しかし両手が完全に自らの支配の外で勝手に自分の体をまさぐるのは恐怖だった。
 そして、その恐怖すら快感にしてしまおうと、胸を高鳴らせている自分が居る。息づかいがどんどん荒く、艶めいたものになってくる。
 右手が、ショーツの布地にそっと触れた。
「ぁっ………!」
 意外なほど塗れてなかった。だが、それもつかの間だった。
 言うなれば、”罅”が入っていたのはそこだったのだ。しゅっ、と指先が軽くショーツを縦に擦った時、真央の内側から熱いものがどっと溢れた。
「やぁああんンッ!!!」
 勝手に腰が跳ねる。みるみるうちにショーツが濡れそぼって、お尻の方までシミが広がっていった。
 必死に溢れるのを押さえようと思った。でも止まらない。
 右手の先が触れるそこは弁の壊れた水道のようにひっきりなしに、熱いどろどろしたものを吐き出し続けた。
「ぁっぁっ!だめっ…だめぇッ!やっっ……!だめっぇッ!」
 制止の声も虚しく、右手が勝手にショーツを縦になぞる。
 それだけで体の芯が痺れて頭がおかしくなってしまいそうだった。
 ショーツ越しにとろとろしたものが溢れてきて、にちゃにちゃと指に絡んでくる。
「ぁっっあっ…ふ、ぁっ…父さまっ…やっ、ぁッ……!」
 咄嗟に口から漏れた言葉だった。
 視界が悲しみのためではない涙で潤んで、ぼやけて、居ないはずの人物の姿を描き出す。
 右手がゆっくりと、白い太股をなで回し、再び秘裂の方へと迫ってくる。背筋をゾクゾクと震わせながら、真央は期待を込めた目でそれを追った。
「ぁ、ぁっ……とう、さまぁぁ……きゃンンッ!!!」
 つっ、とその指先がショーツの布地越しに真央の最も敏感な場所に触れた。途端、蹴られた子犬のような声を上げて、腰が浮く。
 右手はそれでも愛撫を緩めない。
 くりくりと、勃起しきったそこを転がすように弄り回してくる。
「ぁっぁっぁっ、父さまっ、父さまっ…やっ……やぁぁっ…やんンぅッ…!!」
 自ら愛撫をねだるように、両足が勝手に開く。すっかり濡れそぼったそこを右手がさらに強くなで回してくる。
 既に下着の上から、包皮の上からではもどかしいくらいに体が焦れ始めていた。
 それでも、右手はなかなかショーツの下へと潜り込んでくれない。
「ふぁぁぁぁっ、父さまぁぁっ…んんぁっぅ……!」
 切ない声が漏れる。指先は相変わらず焦らすように突起を撫で、時々ショーツを縦に擦り上げた。
 体が真央の意志とはほぼ無関係に動いていた。否、本能のままに動いていた。
 指の動きに合わせて腰をいやらしくくねらせ、太股を震わせて声を上げて。
 湿った吐息を漏らしながら真央は行為に没頭していた。
 …キィと、小さな音がした。
「あら…」
 女の声―――真央は咄嗟にドアの方を見る―――体が、凍り付いた。
「いやらしい声がすると思ったら…」
 これ以上ないというくらい、意地悪な笑みを浮かべた霧亜が部屋の入り口に立っていた。
 その唇に、ぺろりと舌が覗く。
「ぁっ…ね、姉さまっ…違ッ、これ、は―――」
「真央ちゃん。否定するときくらい、指…止めたら?」
 ハッとして、見た。右手も、左手も、霧亜に見られているというのに勝手に体をまさぐって、敏感な部位をなで続けていた。
(やっ…!だめっっ、止めてッ…ぇ…!)
 切に願う、それでも止まらなかった。クスリと霧亜が笑う。
「なぁんだ、真央ちゃん。溜まってるんだったら、私に言ってくれればいいのに。…水くさいわね、ふふっ」
「ぇっ…そ、そんなっ、ぁっ…違っ、違っっ…ぁっあぃいィんんンッ!!!」
 ベッドの上で必死に逃げようとする真央を、さも簡単に霧亜が捕まえる。しなやかな指で尻尾を絡め取って、両手で包み込むように体を抱きしめた。
「くす、…何が違うの?真央ちゃん。一人でこっそり、オナニーしてたんでしょ?」
 キュウウと真央の体を抱きしめながら、その大きな耳に唇を寄せてくる。『ほんと、淫乱なんだから…』―――ゾッとするくらい、冷酷な口調で囁きかける。
「ふぁぁっ…姉さまっ…やっ、尻尾……」
「なぁに?尻尾、擦って欲しいの?」
「ち、違っっ…姉さまっ…やめっ………!」
 真央が咄嗟に体を強ばらせる―――が、尻尾には何の刺激も無かった。
 クスッ、と笑みが聞こえた。『期待してるクセに』―――吐息と一緒に、囁きかけてくる。
「ぅ、…ぁ…………」
 ゾクッ、と体が震えた。また、霧亜が笑う。
「さ、真央ちゃん。…ここじゃいつ邪魔が入るかわからないから、私の部屋、行こっか?」

「ほんっとびっくりしたわ。いきなり目の前に出てくるんだから」
「はぁ…すみません」
 雛森雪乃の車に乗るのはこれで二度目だった。
 1度目は生活指導の後、家まで送ってもらった時だ。
 その時は勿論雨は降ってなかったし、服だって汚れていなかった。
 月彦は改めて自分の恰好を見た。泥水にまみれて酷いものだった。
 車に乗りなさいという雪乃の誘いを初めは断った。今までの経験上、彼女に関わってろくな目にあったことがないからだ。
 シートが汚れるからとも言ったのだが、頑として彼女は聞こうとしなかった。
 生徒を泥まみれにしておいて放っておけない、とか理由はそんな感じだった。
 雨の中長々と説得されるよりは―――と思って、月彦も漸く車に乗ることにした。いくら言っても彼女が自分の意見を変えそうにないというのも乗った理由の一つだ。
 車のシートは汚れてしまうが、それで彼女の気が済み、早く開放されるのならそれにこしたことは無い、と月彦は判断したのだ。
 車は月彦の家ではなく、千夏のアパートへと向かっていた。勿論月彦がそっちに行ってくれと頼んだからだ。家に一度帰って着替えるのも考えたが、どうも嫌な予感がした。
 それよりこのまま千夏の部屋にいってシャワーを借りた方が無難だと思ったわけだ。
「本当に家じゃなくていいの?」
「はい、知り合いの家でシャワー借ります。もともと行く予定だったんで」
「もしかして、期末試験の勉強しにいく所だったとか?」
 ふふ、と雪乃が笑みを漏らす。
 千夏のアパート(雪乃のアパートとも言えるが)へは車で行けば本当にすぐだった。
 月彦を先に降ろそうと思ったのか、直接駐車場へは向かわず、アパートの目の前に車は止まった。
 雨は大分小降りになっていた。
「どうも、ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げてドアを少しだけ開く。そこから傘を出して、開いた。
「本当に、送るだけでいいの?」
「はい、十分です。…シート、汚してすみません」
「気にしないで。もとはといえば私が泥水かけたんだから」
「いえ、俺の方こそぼけっと道の真ん中とか歩いてたんで…すみません」
 ドアの隙間から体を外に滑り出す―――うまく傘の影に隠れることができた。が、既にほぼ全身びしょ濡れだから少々塗れたところで変わりはなかったりするのだが。
「紺崎君、」
 車のドアを閉じる前、不意に雪乃が声を出した。
「はい…?」
「ええと…今日は、ほんとにごめんね。あっ、今日も、…かな」
「あ、いえ…。別に、そんな…」
 言葉を濁しながら、月彦はゆっくりとドアを閉めた。間際、雪乃の淋しそうな顔が見えた。
(いい人といえば、いい人なんだよな…)
 ただ、ちょっと強引というか、配慮に欠けるところがあるんだよな―――月彦は頷きながら、アパートの階段を上った。
 千夏の部屋の前に来て、インターホンを押す。当然のことながら、誰も出ない。
「う〜っ、早く帰って来いよぉ〜っっ…」
 それほど寒いわけではなかったが、それでも全身ぐっしょり濡れたままというのは気色が悪いし、風邪をひく可能性も全くないとは言い難い。
 地団駄を踏みながら柵から体を乗り出し、下の様子を見た。車はアパートの前に止まったままだった。
「先生っ」
 声をかけると、赤いキノコのような傘がくるりと持ち上がって一瞬、雪乃の顔が見えた。
 どうやら自室からタオルを持ってきて助手席の水滴と泥を拭っているらしかった。
「手伝いましょうか?」
「大丈夫、もう終わるから。…友達、留守だったの?」
 聞き返されて、月彦はハッとした。
「あ、なんかちょっと出かけてるみたいで…。すぐ帰ってくると思います」
「そのままそこで待つの?風邪ひいちゃうじゃない」
「いや、ほんとすぐ帰ってくるみたいですから」
「…そう?紺崎君がそういうのなら、いいんだけど」
 意外にあっさりと雪乃は引き下がると、再び運転席に乗り込んで車を駐車場に移動させた。上から見ているとその運転技術がやはり人並み以上であると納得できた。
 もしかするとさっきの場合も相手が雪乃でなかったら人身事故になっていたかもしれない。
 再び、雪乃が車から降りてくる―――目が合った。
「本当に、そのまま待つの?」
「はい、多分、すぐ帰ってくる筈―――…っくしょんッ」
 不意に、くしゃみが出た―――雪乃が少し厳しい顔をする。
「寒いの?」
「え、あ、いや…大丈夫です」
 と、言っても、雪乃の表情は一向に厳しいままだった。
 ………………………………。

「服、今洗濯してるから、しばらくそれで我慢してね」
「はぁ…すみません」
 ほぼ強引に、シャワーを浴びさせられた。
 服は洗濯機で表れ、そのあと乾燥機にかけられるらしい。
 というのも、下着の被害が一向に減らないのでたまりかねて先日乾燥機を買ったばかりというのだから奇妙な縁だった。
 今はちょっとサイズのキツいシャツとハーフズボンを代わりに身につけさせられていた。
 勿論、雪乃の私服だ。
「あと、紺崎君、これ…」
 差し出されたのは月彦のバッグだった。これまた見事に泥水の洗礼を受けていた。
「勝手に開けたら悪いとは思ったんだけど」
 と、雪乃は中に入っていた英語の参考書を取り出す―――濡れそぼってすっかり色が変わっていた。
「うわっ…」
 今尚鞄の中へ向けてぽたぽたと雫を垂らすそれはもはや参考書ではない、水を吸った紙の束だった。
 一瞬、乾かしたら使えるかな、と考えがよぎるが、月彦は首を振って打ち消した。
「まあ、仕方ないですよ。あの雨ですから…」
 と、言ってはみたものの、やはり雪乃に水をかけられなければここまで手ひどくはならなかっただろうと思った。が、仕方ない。相手も態とではないのだから。
「ほんと、ごめんね。すぐ、弁償するから…これ、今から使うんでしょ?」
「いや、いいですよ。事故ですし…それにまぁ、多分なんとかなります」
 相手にそれほど非があるわけでもないのに弁償までしてもらうというのは気が引ける気がした。シャワーを借りて服を乾かしてもらっただけで十分です、と月彦は言ったのだが―――。
「…これ、英語の参考書だよね?」
「ええ、そうですけど…?」
 雪乃が少し考えるような仕草をする。沈黙が、しばし流れて…。
「つまり、紺崎君は英語の勉強をしに友達の家に行くところだった、って事?」
「まあ、そんな感じですけど」
「ふむふむ。…………私が、教えてあげよっか?」
「へ…? 教えるって…何をですか?」
「英語に決まってるじゃない。こう見えても私、英語教師なんだから」
 少し得意げに雪乃は胸を反らす。
「…先生、そういうのっていいんですか?試験前に先生が生徒に個人指導なんて…」
「さぁ、良くないんじゃないかな?」
 笑顔でさらりと言う。
「じゃあダメじゃないですか!」
「紺崎君がバラさなきゃ大丈夫よ。それにほら、私もいろいろ、紺崎君には借りが多いしさ、丁度良いじゃない?」
「借りなんて…」
 月彦は口を噤んだ。
 よく考えれば、もの凄くいい話なのではないか。
 現役の英語教師にテスト前に個人的に勉強を教えてもらえるなんて滅多ないことだし、今まさにそういう助けを必要とするくらい、月彦はせっぱ詰まっていた。
 英語は初日科目のなかで最も危ない教科であると同時に、全教科通してもっとも月彦が自信のない教科でもあるのだ。
 どうひいき目に考えても、千夏と二人で勉強するよりは雪乃に教えてもらいながらやったほうが効率が良いに決まっている。
「悪い話じゃないと思うんだけど、どう?」
「……ええと、俺と、もう一人…居てもいいんですか?それは」
「紺崎君がそのほうがいいっていうのなら、私は構わないわよ?」

「良い格好よ、真央ちゃん」
 魔女のように残酷な笑みを浮かべて、霧亜はベッドに横になる真央を見下ろした。
 勿論、月彦の部屋ではない、霧亜の自室だ。
 そのベッドのシーツの上で、真央は後ろ手を拘束され、自慰を禁止されていた。
 シャツはまくしあげられ、ブラはとりさられ、形の良い白い乳房が露わにされていた。
 ぐっしょりと塗れたショーツを誇張するようにスカートも取り去られ、白い太股の間にはぬらついた光沢を放つ液体がとろとろと溢れ続けていた。
「ぁっぅ、ぁあっ…姉さまっ…これ、解いて…」
 潤んだ目で霧亜を見上げる、が、勿論霧亜にはその気は無い。
 変わりに引き出しの奥から取り出したいくつかの機具を真央に見せる。
「真央ちゃん、これ…何かわかる?」
 真央は首を横に振る。
 霧亜の右手に握られているのはピンク色をした、ウズラの卵のような形をしたものだった。
 その先からは線が延びていて、同じく霧亜の左手に収まっている四角い箱のような物につながっていた。
 …いやな、予感がした。
「ふふ…」
 霧亜が笑む。
「これはね、こうすると―――」
 霧亜の左の親指が動いて、カチリと音がする。と、右手に握られていた小さな卵型のそれがヴヴヴヴと低く唸り、振動を始める。
 かちりとスイッチを切ると、振動も止まった。
「これを、ね」
 霧亜がベッドの上、真央に被さるようにして、その尻尾の付け根に線を絡め、巻き付けてくる。
「えっ、やっ…やぁぁっ!姉さまっ…そんな、のっ…つけないでっっ…!」
 藻掻く―――が、勿論、霧亜がそれを良しとする筈がなかった。
 キュッと、きつく、卵形のローターを尻尾の根本にくくりつけるように線を絡めて、スイッチを入れた。
「ひゃあぁぁああっっ!!!」
 ヴヴヴヴヴ…!!
 ローターの振動が容赦なく、敏感な部位を刺激してきた。思わず、真央は悲鳴を上げて背を反らせる。
「いい反応よ、真央ちゃん」
 霧亜は指先で下唇を撫でながら、ローターの振動に翻弄される真央を見下ろし、微笑んだ。
「そんな声出されたら、もっと気持ちよくしてあげたくなるじゃない。ほんと、真央ちゃんっておねだり上手なんだから」
 再び霧亜は引き出しを開ける。じゃらりとしたそれをひとつかみに取り出して、真央に見せた。
 ひっ…と、悲鳴が出た。
「ひーふーみー…んー…あと3つは尻尾につけてあげて、あとの4つはどこにつけてあげたら一番気持ちいいかな?」
 新しく引き出しから取り出された7つの同型のローターを愉しそうに眺めて、狐のように目を細める。
「やっ…やぁぁぁ」
 身を捩って逃げようとするも、尻尾からの振動がそれを良しとしない。
 薬の効果と相まって拘束をされていない足にも全く力が入らない。
「まずは…尻尾に、ね。真央ちゃん、お尻こっちに向けて?」
「やっ、だ、だめっっ…そんなにつけられたらっっ私っっ……!」
 かろうじて体を捻って尻尾を隠すような仕草をする。が―――。
「…そう、そんなに尻尾につけて欲しいの。じゃあ、全部…尻尾につけてあげるわね」
「え………ちょ、ちょっっ……やっっ……?」
 ぐっと尻尾の先端付近を握りしめられ、ローターのコードを巻き付けるようにして7つのローターが全て尻尾にセットされる。
 付け根を囲むように3つ、先端の方まで合計8つのローターがまんべんなく、そしてそれらのスイッチが霧亜の手によって一斉に―――。
「きゃ、きゃぅぅうううう!!うっ、う、う、う、う、う、う!!!うっ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ!!!」
 途端、バネ人形のように真央の体が跳ねる。
 ほとんど悲鳴のような声を上げて、ベッドの上で両足をピンと伸ばし、縮め、シーツをくしゃくしゃにしていく。
「あっ、あ、あ、あッあぁッ、あっあああァッ!!!」
 下着越しに透明な液体が迸り、シーツのシミをみるみるうちに広げていく。
「くす…、良い声…♪」
 キシ…、PCラック付属の椅子にゆっくりと腰掛け、足を組む。
 美しい美術品でも眺めるように霧亜はうっとりと目を細め、しばしの間真央の”恥態”を眺め続けた。

「千夏のやつ、何やってんだ…」
 電話をかける必要すらない距離だったが、それは衣服さえまともな状態なら、の話だ。
 さすがに女物のシャツにズボンでアパート前を僅かとはいえ、うろうろしてほかの住人に見られるのは月彦としても避けたい所であった。
 3度、電話をかけてみた。しかし、いずれも留守だった。
 まさか居留守を使うはずはないだろうから、おそらく未だに和樹の家に居るのだ。
「友達、まだ帰ってきてないの?」
「そうみたいです。なにやってんだか……」
 受話器をそっと置き、テーブルの側に座り直す。
 既にテーブルの上にはノートが開き、雪乃の持っていたテキストを見ながらの勉強は始まっていた。
「約束してたの?」
 何が嬉しいのか、微笑を浮かべながら、雪乃がそんなことを聴いてくる。
「一応した…と思うんですけど」
「何か用事ができたんじゃない?そのうち連絡があるわよ」
「はぁ…」
 から返事をするも、月彦がまさか教師の部屋にいるとは千夏が思うはずもない。
 定期的にこちらから連絡をいれるしか手はないのだ。
(服が乾いたら、置き手紙でもおいてくるか)
 乾燥機につっこんだ服はあとどれほどで乾くだろうか―――ふと、視線を走らせてみる。
「紺崎君」
 ”教師”の声に、はたと振り向かされる。ペンを握った雪乃の指がとんとんとノートの上を叩いた。
「友達のこともいいけど、勉強の方も、ね?」
「あ、はい、すみません」
 さすがに厳しい。ノートにシャーペンを走らせる。
「ほんと、英語苦手なのねー。できることなら基礎から叩き直してあげたいところだけど、時間が、ね」
 ぱくりっ、と雪乃は何かを口に放るとコロコロと舌で転がし始める。
「今からじゃ試験範囲の要所だけで手一杯かな。本当はこういう勉強の仕方は嫌いなんだけどね」
 雪乃はちらり、と月彦のペン先の動きを視線で追う。
 …露骨に表情が曇った。
「…紺崎君、試験が終わったら本格的に基礎からやり直そっか」
「えっっ…」
 思わずペンの動きが止まった。
「い、や…そんな、いいです!俺、自分でやりますからっっ!」
「そう?じゃあひと月おきくらいにテストしてどれくらいやってるか試してみようかな?」
 さも嬉しそうに、そんなことを言う。
 もちろん月彦は冗談じゃないと思った。
「せ、先生の担当は1年生じゃないんですかっ!」
「うん、だから2年担当の先生に進言してそういうふうにしてもらおうかなと思って」
 ますますもって冗談じゃない。
 ただでさえ苦手で大嫌いな教科でこれ以上テストなんてやられるなんてたまったものじゃない。
 その上、そのテストの発端となったのが月彦だと解れば、下手をすれば学年全体から村八分されてしまう。
「ふふ、冗談よ。そんなに深刻な顔しないで」
「……心臓に悪いです」
 ぱくり、再び口の中に白いものを放り、コロコロと転がし始める。
「でも、ホント早いうちに何とかした方がいいわよ?はっきり言って…受験レベルにはほど遠いと思うわ」
「ッ…そんなの、わかってますよ。でも、苦手なものはしょうがないじゃないですか」
「苦手なら、人一倍努力すればいいじゃない。紺崎君さえその気なら、私はいつでも協力するわよ?」
 雪乃の言うことは正論だ、と月彦は思った。
 だが、その正論通りに誰もが行動できるのなら世話はない、とも思う。
「はぁ…そうですね…」
 むげに断るわけにもいかない、気のない返事が精一杯だった。
 雪乃は僅かに顔を曇らせる。
「勉強しなさい、って無理には言わないけど。後々困るのは紺崎君なんだからね?」
 ころりと、また口に含み、ころころと舌で転がし始める。
「…先生、それ、なんですか…?」
「うん?」
 月彦はちょうど、机の上の、自分からは死角になっている場所をのぞき込んだ。
 そこから雪乃は何かをつまみあげ、先ほどからひょいひょいと口に運んでいるのだ。
「ああ、これ?紺崎君も食べる?」
 そう言って、雪乃がつまみあげた袋を見て、月彦はギョッと目を見開いた。
「せ、先生っ…それ……っ…」
 雪乃がつまみ上げたのは見覚えのある色に見覚えのある口紐のついた、そう、まるで自分が真央から取り上げたような袋にそっくりだった。
「紺崎君の服、洗濯する時にポケットから出てきたのよ。なかなか美味しい飴じゃない?」
 飴なんかじゃない―――そう言おうとした月彦の言葉は、声にならなかった。
「どうかしたの?顔が真っ青よ?」
 コロコロと、口の中で”飴”を頃がしながら雪乃は不思議そうに首をかしげた。
「先生…体、なんともないんですか…?」
 じっとりと冷や汗の滲んだ手でシャーペンを握りしめながら、月彦はおそるおそる聞いた。
「ん…なんともないって…?」
「あ、いえ…その飴って…俺のズボンに入ってたヤツでしょ?確か…スッゴイ古かったはずだから…大丈夫かなって」
「え…っ」
 さーっ、と雪乃の顔から血の気が引いた。
 すぐにテーブルの上の箱からティッシュをむしり取ると口に含んでいた飴をはき出し、包み、くずかごに捨てる。
 すぐさま立ち上がり、なにやらがさがさと戸棚をあさり始める。
 …たぶん、腹痛の薬を探しているのだろう。
 先刻から雪乃が口に頬張っていた飴―――それは紛れもない、月彦が真央から取り上げた件の”薬”だ。
 ズボンのポケットに入れていたそれを洗濯するときに雪乃が取り出して、そして勝手に食べてしまっているのだ。
 人の持ち物を勝手に食べるなんて―――というような一般論はこの際、どうでもいい。
 いや、仮にも教師なのだから責めるべきなのだろうか、どうなのだろうか。
 とにかく、幸いにもまだ薬の効果は現れてないよう様子だ。
 この隙に逃げるのが賢い選択なのだろうが、悲しいことに服が無い。
「もうっ、そういうことはもっと早く教えてよねっ」
 憤慨しながら、雪乃が台所から戻ってきた。
「…俺が、悪いんですか?」
 喉まで出かかったその言葉を、月彦は無理矢理飲み込んだ。
 そんなことを今議論しても何の解決にもならない。
「えーと…先生、俺の服、あとどれくらいで乾くんですか?」
「服?…あっ、ごめんなさい、洗濯は終わったけどまだ乾燥機に入れてなかったわ」
 再び慌てて居間を飛び出て、ばたばたと乾燥機に服を放り込む音が聞こえた。
「ふぅ…これでよし。30分もすれば乾くわよ」
「さ、三十分…ですか」
 月彦には祈ることしかできなかった。

「んんんっ!!!」
 くぐもった媚声が、室内の湿った空気を僅かに振動させる。
 真央は拘束されたまま霧亜に組み敷かれ、その唇を奪われていた。
「ん…っ」
 息づかいが漏れて、霧亜がゆっくりと舌先を挿入してくる。
 左手と右手で真央の背中と後頭部を抱き寄せて、食らいつくようにしてその口腔内を蹂躙する。
 その動きはすべて、ひどくゆっくりとしたものだった。
 舌先で歯を一本一本丁寧に撫でたり、逃げるように踊る舌をつつきまわしたり。
 肉厚とはお世辞にも言えない下唇を優しく食むと、途端に真央は噎び、ピンと背を仰け反らせた。
「あっァ…!」
 唇が離れると湿った吐息と共に媚声が漏れる。
「真央ちゃん、キスだけでイッちゃった?」
 手触りの良いその髪を撫でながら、さも満足そうに霧亜は微笑んだ。
 

 ほんの1時間足らずの間に7回、失神させられた。
 ベッドのシーツが汗と、涎と、疼きの中心から止めどなく溢れるものでグッショリと濡れ、それは真央が体を跳ねさせて意識を失うたびに大きく広がっていった。
 もちろん気を失ったからからといって、その仕掛けをした悪魔がそれを許すわけもない。
 すぐに意識を飛ばされた快感よりも強いそれで無理矢理覚醒させられ、またさらに嬲られる。
 ローターの振動を巧みに操って時には焦らしを、時には強すぎる責めを駆使していとも容易く真央に大声を上げさせた。
 真央が7回目に気を失ったとき、ようやくその責めに飽きたのか、尻尾に装着したローター類を根本の一つだけ残して取り去ってしまった。
 朦朧とした意識の中で、やっと解放される―――と真央が思ったのもつかの間だった。
『尻尾ばっかりじゃ、マンネリよね』
 思い出したような霧亜の呟きが、先ほどの尻尾への責めなど序章の序章に過ぎないということを真央に思い知らせた。


「ほら、真央ちゃん…?」
 グッタリと、視線も虚ろな真央の体を起こし、背後からキュッと抱きしめる。
 それだけで薬の効果で敏感になっている肌が刺激され、小さく真央は呻いた。
「見て…?」
 霧亜は真央の顎を掴み、無理矢理にベッドのシーツ、その全面積の1/3ほども色が変わってしまっている場所を見せつける。
「ベッド、汚れちゃった。真央ちゃんのせいよ?」
「―――ッ…!」
 顔を背けようとするのを、霧亜は許さない。
「今までいろんな女の子を見てきたけど、こんなにシーツをグショグショにしたのは真央ちゃんが初めて」
 いやらしい子ね。―――霧亜の囁きから逃げるように、真央の大きな狐耳がパフンッ、と伏せられる。
 が、当然それは叶わない。
「ぅ、……ぁ………」
 ついと狐耳の先端を摘むと開くように持ち上げ、白い耳の毛を食むように唇を近づけ、耳の内側を丁寧に舐め上げてくる。
「ひっ…いッ…!!」
 上半身のみで逃げようとする真央の体を抱きしめ、片手で体を、片手で頭を固定して逃がさない。
「ぁっ…ぁっ、ぁ、あっ、あっ……!!」
 敏感な耳の裏側全てに唾液を塗りつけるように、霧亜の舌が蠢く。
 つ…つつっ……ちゅばっ、ちゅっ…つつっ…。
 舐める音、吸い付く音、そして霧亜の呼吸…息づかい。
 真央はますます顔を赤らめ、呼吸を荒げる。
「んっ……真央ちゃんの耳、美味しいわぁ…♪」
 内側を何度も、丁寧に舐め終わると、唇のみでその狐耳を食む。
「ッッ……!!」
 かすかに真央の腰が跳ねる―――くすっ、と喉の奥で霧亜が笑うのが、耳からの振動で真央にも解った。
 ちゅばっ…。
 唾液を搦めて、吸い上げながら、唇で食まれながら、舌先で舐め上げられる。
 じっくりたっぷり両耳で30分はしゃぶりあげられた後、ようやく真央の耳は解放された。
「真央ちゃんの耳、可愛い…♪」
 満足そうに微笑んで、頬ずり、そしてキスの嵐。
「ッ………ね、さまぁっ………」
 掠れるような、声。
「うん?なぁに、真央ちゃん?」
 細い指先で真央の口元から漏れた唾液の後をたどり、掬い取り、それを真央の唇に塗りつけながら、まるで保母さんが幼児に問いかけるような声色で訪ねてくる。
 もちろん、その声が霧亜の本性ではないということは真央は重々承知だ。
 それでも懇願した。
「もう…もう、………ゆ、…るし…んんふッッ!!」
 最後までしゃべることはできなかった。
 それを阻むように唇の中に霧亜の指が、中指と人差し指が滑り込んで、蹂躙する。
「だめよ、真央ちゃん。自分ばっかり気持ちよくなってそれで終わりなんて。ズルイと思わない?」
 くちゅっくぷっ…。
 ゆっくりと指を出し入れしながら、霧亜は微笑む。
「今度は、真央ちゃんが私を気持ちよくしてくれる番でしょ?」

 月彦が薬を飲んだときはすぐに効果が現れた。
 真央の時もそうだった。
 だから…ひょっとすると、”人間の女”もしくは、”大人の女”には効き目がないんじゃないか、とかそんな事を思った。
 雨に濡れて”毒性”が無くなったんじゃないかとか、理由ならなんでもいい。
 効果そのものがなくなってなくても、せめて自分の服が乾いてこの一室から逃げ出せるまで雪乃の理性が持てば、それでもよかった。
 もし、万が一…否、万が一とも呼べないくらいそれが起こる確率は高いと月彦は見ているが、そうなってしまった場合、どうするかの対策も当然しておくにこしたことはない。
 月彦はテーブルを挟んで雪乃と対峙している。
 玄関側に雪乃が座っているから、いざというとき玄関の方に逃げるのは良くない。
 だが幸いなことに雪乃の部屋は一階だ。
 いざとなったらベランダから出ることはできる、扉を開けている暇もなければ蹴破るしかない。
 ガラス戸が割れて怪我をするかもしれないが、そんなことにはかまっていられない。
 月彦自身、”薬”の効力は嫌と言うほど知っている。
 一粒飲んだだけで、腹の底から煮えくりかえるような熱―――性衝動が突き上げてきて理性なんて薄氷のように簡単に砕かれ、消し飛ばされてしまう。
 ”交尾”の事以外何も考えられなくなり、凶暴性が増し、眼前の異性に欲情し、襲いかかる。
 薬の強制力は身をもって知っているだけに恐ろしかった。
 雪乃は…おそらく少なくとも6粒は飲んでいる。
 単純に考えても、効果は月彦の時の6倍―――想像もしたくない数値だ。
 相手が真央ならまだ良い(いや、本当は良くないが)、しかしさすがに雪乃―――学校の教師と関係を持つのはさすがにまずい、そんなことは子供でも解る。
 何より、雪乃自身、正気に戻ったときにどれほどのショックを受けるか―――そのことを考えれば、たとえここは女物の衣類をまとったまま豪雨の中に飛び出すことになろうとも逃げるべきだと月彦は思った。
(でも、できることなら―――)
 効果が現れないに越したことはない、と月彦は思う。
 雪乃が乾燥機に月彦の服を放り込んで既に約20分が経過した。
 あと10分、あと10分経てば―――。
「…………………………………」
 チラチラと時折時計に目をやりながら、月彦は必死にシャープペンを走らせる。
 まるでそうすることによって、時が早く過ぎるような暗示をかけられているかのように。
 カリカリというシャープペンの音と、ゴゥンゴゥンと聞こえてくる、乾燥機の回る音。
 あの音さえ止めば、服が取り返せる。
 そう、思った矢先だった。
「んっ………!」
 雪乃の声だった―――ギクリと、心臓が跳ねる。
「せ、先生…?」
 おそるおそる、月彦は顔を上げ、雪乃の方を見た。
 ほんのりと紅潮した、顔。
 熱っぽそうな気怠そうな、そんな表情。
「んっ……」
 もう一度、艶めかしく雪乃の喉の奥が鳴る。
 …目が、合った。
「…なぁに?紺崎君……」
 熱に魘されたような声で、月彦の問いに答える。
「先生…、…大丈夫…ですか…?」
 言いながら、なんてバカな質問だろうと月彦は思った。
 大丈夫なはずがない、”アレ”を飲んだのだから。
 一刻も早く逃げなければいけない…のに。
「ん……ちょっと、暑いかなぁ…」
 息が荒い。
 呼吸をするたびに、その大きな胸が上下する。
 ゴクリッ…とつばを飲む音が聞こえた。
 月彦は自分の喉から聞こえたと気づかない。
「…暑い」
 雪乃はどこからかウチワを取り出すと、ぱたぱたと仰ぎ始める。
 普段着のカシュクールの胸元を摘み、開いてはそこに風を送り込む。
 …自然と、月彦の視線は集中してしまうが、雪乃は知ってか知らいでか隠そうともしない。
 …はたと、雪乃の手が止まる。
「んっ…ごめん、上…脱ぐね…」
 言うが早いか、目の前に月彦が居ることなど気にもとめず―――
「えっ…ちょっ、先生っっ!!!!」
 月彦が慌てて止めに入るも、間に合わない。
 雪乃が着ていたものを”居間の脱衣所”に投げ捨てると、月彦の目の前に黒い下着と白い肌のみが露わになっていた。
「ふ、ぅ…まだ暑いわ」
 頬杖をついて怠そうに言うも、さすがに下着まではとらない。
 が、密室で、しかも生徒の目の前で上半身だけとはいえ、下着だけになることがどういうことかまで考える思考力は無くなっているらしかった。
 月彦は雪乃を正視できず、ひたすらテーブルの上に視線を落とすしかない。
「……紺崎君、手が止まってるわよ」
「は、はい…ッ…」
 弾かれたようにシャープペンを踊らせるが、形のある字など書けない。
 すぐに消しゴムで消そうと筆箱に手を伸ばして、消しゴムを摘み出すも、震えた指先から転がり落ちてしまう。
「あっっ……」
 カドがとれて丸くなった消しゴムはころころと雪乃の方へ転がっていく。
 そしてテーブルと、黒い下着のふくらみとの間の陰に、まるで吸い込まれるように転がっていった。
 雪乃は気がついていないのか、消しゴムを取る動きはみせない。
「あ、の……先生、そのぉっ…」
「うん…?」
 月彦は顔を上げられない。
 かわりにそっと人差し指で消しゴムが転がっていった辺りを指して、
「消しゴムが…その、そこに…」
「どこ?」
「えと…せ、先生の…む、胸の…下辺り…だと思うんですけど…」
「ん…ああ、あったわ」
 月彦は視線をノートの上に釘付けにしたまま、手のひらだけを指しだした。
「はい。…消しゴム、そろそろ買い換えたら?」
「は、はぁ……考え、ます…」
 消しゴムの置かれた手をすぐに引っ込めた。
 その刹那だった。
 ピーピーと本当の脱衣所の方から電子音が聞こえた。
 紛れもない、”乾燥終了”を知らせる電子音だ。
「っ……服、乾いたみたいね」
「そ、そう…ですね」
「着替えないの?」
 問われるまでもない、着替えて、早いところ何とか言い訳をつくって逃げ出した方が得策に決まってる。
 それなのに―――。
「えと、…このページ終わってからにしようかな…って」
 考えていることと全然違うことを、口が勝手にしゃべってしまう。
 否、完全に逆らっている訳ではない。
 よくよく考えたら、今着替えると言うことは短い時間ではあるが、裸に近い格好になることを意味し、さらに着替えの最中は無防備になってしまうという懸念がある。
 そんな所を”もし襲われたら”という考えが沸々とわき出して、月彦の足を立たせない。
 ―――が、そんなのは詭弁だ、と月彦自身も解っている。
 何故たたないのか、逃げないのか。
 その答えは他でもない、月彦自身が一番よく知っている。
「…………っ…」
 艶めかしい雪乃の姿をもっと見てみたい、と月彦は思い始めていた。

「そう…いいわ、…真央ちゃん」
 ゾクゾクと足先から駆け上ってくるむず痒さに霧亜は身震いする。
 普段着のジーンズを脱ぎ、その白い足を露わにして組み、ベッドに腰掛ける。
 その先端に吸い付き、両手で掴みながらちろちろと舌を這わせる狐娘を見下ろして霧亜は妖しく笑みを浮かべる。
 奉仕させている―――身震いするほどの優越感に身を震わせ、艶めかしい声を漏らす。
「指の股もちゃんと舐めなさい」
 髪を撫でると、真央は上目遣いにこくりと頷き、言われたとおりに口を動かした。
 ちゅばっ、ちゅっ…ちゅうっ、ちゅっ。
 静かなPCの駆動音に混じって、淫湿な水音が室内に木霊する。
 少し拙い感じがまたいい、と霧亜は思う。
 気持ちいいと特に感じたときには真央の頭の上に置いている手でかすかに髪をかきむしってやると、『気持ちいいこと』を丁寧に真央は反復する。
 少しザラっとした舌の感触がまた心地よい。
 真央の頭の上に置いた手で少しずつ、招き寄せるようにして、足の甲、臑、膝、太股へと導いてゆく。
「あっ…ンッ…!」
 真央の舌が、唇が柔らかい太股の内側に達したとき、かすかに霧亜は声を上げた。
「…姉さま?」
 そっと唇を話して、上目遣いに真央が訪ねる。
 霧亜は少し紅潮した顔で息を乱して、真央に『続き』を促す。
 真央は目を閉じて、再び奉仕に没頭した。
 奉仕をさせられるのはそれほど嫌とは感じなかった。
 むしろ先刻までの過剰な責めに比べればこうして奉仕をさせられているほうがずいぶんと気が楽だと思った。
 だから特別丁寧に真央は霧亜の体に吸い付き、舌を這わせた。
 霧亜自身が真央の愛撫を気に入っている限り、また彼女にあのような過剰な責めをされることはないのだから。
「んっ……」
 霧亜がかすかに声を漏らして、真央の髪をかきむしる。
 本能的にそこが霧亜の弱い部分だと真央には解る。
(…姉さま、太股が…弱いんだ)
 それも内側。
 右足も左足も、両方を交互に、丁寧に真央は舐め、吸い付いた。
 その奥に薄い青色の下着が見えた。
 一部、ほんのりと色が変わっている部分がある。
(姉さま、濡れてる……)
 自然と胸が高鳴ってくる、奉仕に没頭する。
 体の奥の方でジュンッ…と何かが溢れてきた。
「はっ…ぁ…」
 霧亜の声ではなかった。
 真央自身、息を荒げながら、自らの太股同士を擦り合わせるようにして夢中になった白い太股にしゃぶりついた。
 ぬるぬる、にちゃにちゃと自分の太股同士が擦れ合う音が聞こえる。
 動悸が速く、呼吸が徐々に荒くなってくる。
「くすっ…」
 微笑を浮かべて、そっと真央の後ろ髪を撫でる。
 そのまま頬をたどって、顎を掴み、くいと顔を持ち上げた。
 見上げる瞳は潤み、頬は紅潮し、開きっぱなしの口からは小さな牙と、湿った吐息が漏れ続けている。
「真央ちゃん…舐めたい?」
 指を、2本。
 唇の中に割り込ませると、真央は少し苦しそうに眉を寄せ、そして静かにうなずいた。
「いいわ」
 ちゅるっ…。
 銀色の糸を引いて、霧亜はゆっくりとその細い指を引き抜いた。
「たっぷり、舐めさせてあげる」
 真央の唾液に濡れたそれをちろりと舌先で舐め、そして自らの下着の端に指をかけた。

 月彦は逃げなかった。
 いや、ある意味逃げられなかったと言ってもいい。
「んっ……ぁっ…!」
 艶めかしい声。
 耳を澄ますと、かすかにそれは聞こえた。
 ……ちゅっ……っ……ちっ…ちゅっ…。
 テーブルのせいで死角になっているその場所に、雪乃の手が伸びたのは10数分前。
 初めはかすかに衣擦れの音、そして、湿った水音。
「はっ…ぁっ…はぁっ……ぁっ、んっ…ふっ、ぅ………」
 左手はぎゅっとペンを握りしめたまま、瞳は虚ろにテーブルの上の何処かを見つめていて、ただその右手だけがもぞもぞとテーブルの下で蠢いている。
 ゴクッ…。
 先ほどから何度目だろうか。
 痛いほどに動悸が打つ中、月彦は口腔内のつばを貯めては喉の渇きを潤し続ける。
(逃げろっ…!)
 理性が叫ぶ。
(早く…逃げろっ…!)
 雪乃に変調が現れ始めた時からずっと、月彦は理性の警告を無視し続けている。
 否、無視し続けているわけではない、確かにその意見を聞き入れ、他ならぬ月彦自身そうしたほうがいいとは思っている。
 それでも、体が動かない、逃げようとしない。
 眼前の、雪乃の痴態をいつまでも眺めていたいという欲求が、強い。
 強い、が―――。
「せ、先生…?」
 おそるおそる、月彦は声をかけてみた。
 が、当の雪乃はその言葉が聞こえていないのか、何の反応も示さない。
 ただ、その”行為”に没頭し続けている。
 …いや、少し遅いが、反応はあった。
「……な、に…?」
 ちらりと、視線を月彦の方に向ける―――ゾクリとした。
 あの優しい、そして時には厳しさを秘めた目が、ここまで変わってしまうものかと。
 濡れ、潤み、その中には確かに”抵抗をしようとする意志”のようなものが感ぜられるも、その実、身も心もケダモノに食われつつあるような、そんな瞳。
 まるで月彦を値踏みでもするように、ろくに瞬きもせずに凝視してくる。
(やば…いッ…!)
 心の底から戦慄した。
「…っと、俺、そろそろ帰ります。先生調子悪いみたいなん―――で…ッ!?」
 立ち上がろうとテーブルに手をついたとき、その左手が捕まれた。
 いっ…―――思わず悲鳴が漏れた。
 ゾッとするくらい熱い指、手のひら。
 何より、左手を掴んだ雪乃のその右手は、ぬらぬらと光沢を放つ液体を伴っていた。
「…めっ」
 手負いの獣のように息を荒げながら、絞り出すような声。
「ダメッ…帰らない、で…」
「か、帰らないで……って……」
 雪乃は左手でテーブルの端を掴むと、邪魔だとばかりに壁に向かってひっくり返す。
 がっしゃあああんッ!派手な音を立ててテーブルの上に乗っていたものが散乱する。
「うっ、わっ……!」
 咄嗟に月彦は飛び退こうとした―――が、逆に手を引き寄せられる。
 テーブルが無くなったスペースに転びそうになるも辛うじてバランスを取って立ち上がると、背後から熱気の固まりがぴたりと張り付いてきた。
「せ、せんせっっ……」
 頬に回ってきた手がぬるりと何かの液体をすりつけてくる。
 耳元にはぜぇぜぇと荒い息づかい。
 背中には布地越しに熱い、柔らかい固まりの感触。
「…体が、熱いの……」
 囁きかけて、両手が月彦の全面に回ってくる。
 借り物のシャツのボタン、その隙間に指を差し込むと、一気に―――。
 ブチブチブチッ!!
「せ、せんせっ…―――ッんんんんんんッ!!!!」
 叫びも抵抗も、逃げることもできなかった。
 振り向こうとした刹那のうちに唇を奪われ、そのまま容易にベッドに押し倒されてしまう。
「んっ…ちゅんんっ…んぷっぁっ…はぁっ…はっぁむっちゅっ…んちゅぅぅっ!!」
 尋常じゃない力で無理矢理押さえつけられ、それでも抵抗をしようとすると唇を強く噛まれた。
 舌を差し込まれ、口腔内をかき回され、唾液を飲まされた。
(ッッ……この、味っっっ………!!)
 覚えがあった。
 雪乃の唾液からする味にはかすかに、あの薬の味がした。
 確かに、あれだけの量を服用すれば、それなりに口腔内に残量していてもおかしくはない―――とは思うが。
「んはっ…ぷふぅっ………」
 トロリと粘質の糸を引いて、ようやくに雪乃が唇を離した。
「せん、せっ…んぐっっ!!」
 声を出すもつかの間、再び唇がふさがれる。
 先ほどよりも深く。
 ぐじゅるっ、うじゅっ、ぐちゅるるっ!
 差し込まれた舌で余すところ無く口腔内をかき回され、嬲られる。
 こしゅこしゅと太股の辺りにこすりつけられる感触があった。
 徐々にそれが、月彦の履いているズボンの布地を通して湿り気が伝わってくる。
(や…ば……)
 むっとするほどの薬の…否、牝の臭いを嗅ぎながら、徐々に自分の理性が溶かされていくのを感じた。
 唾液を通じて飲まされた薬の名残のせいなのか、それとも単純に発情した雪乃の魅力に狂わされただけなのかは判断が付かない。
(やっぱ…逃げときゃ…良かった、な…ッ…!)
 もぞもぞと雪乃の手が月彦の怒張した部分に伸びてきたとき、最後の理性は消し飛んだ。

「はっ…ぁっ…んっっ……!」
 僅かに背を仰け反らせて、真央の髪の毛を掻きむしる。
 かすかにザラッとした真央の舌が霧亜のそこに触れ、撫で、擦るたびにぴりぴりとした電気のようなものが駆けめぐる。
「姉さまの…美味しい……」
 蕩けたような声を上げて、両手で霧亜の太股を抱え込むようにして一層その場所に顔を潜り込ませる。
 とろとろと溢れてくる蜜は真央のそれよりも遙かに少量ではあったが、それでも十分に濡れていると言えた。
 舌先で舐めた後は指で僅かに広げて丁寧に舌を差し込み、蜜を舐め取った。
「んっ……!」
 霧亜が声を上げる。
 不思議とその声を聞いていると真央自身のそれも驚くほど疼いてくる。
 普段が普段ゆえ、こういう特別な場合の霧亜の艶めかしい声は同性の真央にとっても十分扇情的であったのかもしれない。
 特別大声を上げると言うことはない。
 が、それでも、押し殺したような…そう、押し殺した分凝縮された艶が含まれたその声を聞くと、真央の中の何かが無性にムラムラと沸き立ってくる。
(もっと…姉さまの声、聞きたい……)
 薬の効果か、今、真央はそういう単純な思考しかできなくなっていた。
 ただ、霧亜を喘がせる為だけに舌を動かし、そこから溢れてくるものを丁寧に舐めとり、口の中に貯めては舌で転がし、味わい、嚥下した。
 不快感はない。
 砂漠を数日さまよった旅人が水を求めるような、自然な欲求で真央は霧亜の蜜を求めた。
「いい…わぁ…、真央ちゃん、上手…よ?」
 優しく真央の後ろ髪を撫でて、霧亜は手元のコントローラのスイッチをゆっくりとオンにする。
「ひぁっっ…!?あっ…あっ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ……!!」
 真央の尻尾に一つだけ残されたローターが静かに振動し始め、反射的に真央は尻尾を勃てて尻を突き出すような格好になってしまう。
「真央ちゃん、お尻をこっちに、ね?解るでしょ?」
 霧亜に促されるままに真央は霧亜の上に跨るようにして、互いに敏感な部位を向け合うような格好になった。
 すぐにぐっちゃりと熱い蜜で濡れそぼったショーツがはぎ取られた。
「きゃっ…!」
 いかにも締まりの良さそうな、ぴっちりと閉じられた真央のそこを霧亜の指と指がゆっくりと開く。
「やぁんっ!姉さまっ…恥ず…かしい………」
 にゅと…っ、と卑猥な音が聞こえてきそうなほどの大量の蜜が開かれたそこから糸を引いてしたたり落ちて、霧亜の首の辺りを汚す。
「あれだけシーツを濡らしてまだこんなに濡れてるの?」
 まるで真央のそこに話しかけるように霧亜は唇を近づけ、指で開いたそこにわざと吐息を吹きかけてくる。
「ひうっ…!」
 吐息から逃げるように真央が腰を引く―――と、それをさせまいと尻尾を握りしめる。
「きゃあんッ!!!」
 尻尾を握って、引き寄せ、指で開いたそこに舌を這わせる。
「んっ…ちゅっ…」
「ぁっ、ぁっ……ぁっ……ね、さまぁっっっ………!」
 吸い付くと、どっと大量の蜜が口腔内に流れ込んできた。
 とろとろとして、それでいてさらっとした、かすかに甘みすらあるそれを舌根で味わった後、コクンと嚥下する。
「ふふ、美味しいっ」
 ちゅぷっ、その細い中指を蜜壺に埋め、捻る。。
 収縮する肉壁を広げるように指を折り曲げ、擦り、蜜を掻き出す。
「っ…ぁぁっっあァッ!!…んッ!!」
 尻だけを持ち上げるようにして、尻尾を勃て、真央は愛撫もよそに声を上げた。
 一旦指を引き抜き、今度は人差し指も一緒にねじ込み、狭い膣内を指で押し広げる。
 弾力に富んだ真央のなかはとても固いようでもあり、その実ねっとりと指に絡みついてきそうなくらい柔らかくもあった。
 とぷとぷと面白いくらいに蜜があふれ出てきて、霧亜の首の付け根の辺りに垂れ、シーツに新たなシミを作っていく。
「ぁっ、ぁっ、ぁ、ぁ、ぁあっあっ!やっ、やぁっあっ……そんなっ、したらっぁっ…!ぁあっあッ!!」
 真央がびくびくと震えると、ますます指に蜜が絡みついてくる。
「ほら、真央ちゃん、休んじゃだめよ?」
 ぬろぉ…、真央のそこから指をゆっくりと引き抜きと、てらてらと光沢を放つそれを真央の尻尾の毛にねっとりと絡めていく。
「ひっ…ンッ…!」
 おずおずと舌を伸ばして、真央も霧亜の蜜源を舐め始める。
 しっとりと湿ったそこを指で広げて、チロチロと舌先を這わせた。
 唾液と愛液で濡れてきたそこを指先で優しく弄り、そっと指を入れ―――…る直前、尻尾を根本の辺りから強く擦りあげられた。
「ひゃぁッンッ!?」
「指はダメ。…わかった?」
 つぷ…と再び真央のそこに霧亜の指が埋没する。
「ぁァッ!!…は、はいっぁっあっ、あッ!!」
 真央の返事を聞くや否や、霧亜の指の動きが激しいものに変わる。
 あいている方の手でローターの振動を強にすると一気に尻尾が直立した。
「きゃひぃッ!?」
 悲鳴に近い声を上げて、真央が腰を引こうとするのを尻尾を掴んで逃がさない。
 指を二本、狭い膣内にねじ込んで擦り、広げ、曲げ、引き抜き、押し込む。
「あぁ、あっ、あぁッ、ぁっ、あ、あ、あッあぁぁぁあぁあ、ンぁッ!姉様っっ、やっ…やっ…あ、あぁっあっ、ぁぁあぁぁあああァァッ!!!」
 真央が仰け反ると、少量の恥蜜が迸り、びたびたと霧亜の顔にも降りかかった。
 霧亜はぺろりと口元にかかったそれを舐め取ると、ぐったりと体を突っ伏している真央を抱き起こした。
「…真央ちゃん?……また気絶しちゃった…?」
 起こそうか…とも思ったが、やめた。
 そこはさすがに霧亜は引き際を心得ていた。
 真央の尻尾に絡みつかせたローターを外して、シミだらけのベッドの上にはバスタオルを敷いて、真央を寝かせて自らも添い寝する。
「よかったわ、真央ちゃん。…でも、まだまだね」
 そっとその頬に口づけをして、抱きしめる。
 葛葉が買い物から帰ってくるまでには部屋もシーツも片づけて、二人でシャワーを浴びよう―――そんなことを考えながら霧亜も大きくあくびをした。

「はぁぁァッ…ふぅっ…ふぅゥゥウッ…んぅッ!」 
 文字通り獣の様に荒く息を吐いて、雪乃はゆっくりと上体を起こした。
 唇を吸われ、噛みつくようなキス痕を顔と、首と胸板の至る所に残されて、月彦は雪乃を見上げた。
 雪乃が飲んだ薬の効果が月彦にも伝染ったのか、それともたんに牡として雪乃の肉体に欲情したのか、そんなことは月彦にはもうどうでも良くなっていた。
 こうしてベッドに押し倒され、雪乃に犯されようとしていても逃げようなどという気はもう全く起きなかった。
 明日からのテストももうどうでも良い。
 ただ、この―――目の前の牝さえ抱ければ。
「はぁっ…ぁッ…」
 ドクンッ。
 肋骨を突き破らんばかりの勢いで心臓が大きく跳ねる。
 ドクッ、ドクッドクッ。
 黒く染まった、毒液のような血液が全身を巡り、脳を冒し、駆り立てる。
「はぁっ…はぁっ…ぁっ…!」
 手を伸ばす。
 邪魔な下着を力任せにはぎ取る、一瞬雪乃が声を出したようだが、構わない。
 ぷるんと揺れるその白い固まりを両手で掴む。
「ああァッ!!!」
 雪乃が噎び、仰け反る。
 そしてすぐに両手で月彦の手首を掴み、自ら押しつけるようにして愛撫をねだってくる。
 ぐにぃっ、ぐにぐにゅっ、むぎゅぅううッ。
 真央のそれよりも二回りは大きいたわわなそれを力任せに掴むと、指の間からはち切れんばかりに盛り上がる。
 それぞれ片手には余る質量のそれを持ち上げ、円を描くようにこね回す。
「ぁっ、ンッ…だ、めっ…足りなッ…もぉっっ……んんっっ…!」
 本業が教師とは思えぬほど、雪乃は乱れた声で焦れったそうに悶え、月彦の上から腰を浮かすと自らジーンズを脱ぎ始める。
 ジーンズと同時に下着にも手をかけて、一気に足先まで脱ぎおろすとぽいと部屋の隅へと放り投げた。
「はぁっ…ぁ…!」
 ケダモノのように荒く息をつく。
 再び月彦を組み伏せるように上に乗り、肌を重ねてきた。
 雪乃の肌はゾッとするくらい火照っていた。
 ほんのりピンク色に染まり、所々汗の玉が浮かび始めている。
(…薬の効果が…強すぎるんだ……)
 月彦はぼんやりとそんなことを考えながらも、だから何をどうするというわけでもない。
 僅かな思考力が残っているものの、月彦自身雪乃から伝染された薬の効力でケダモノになりつつあるのだ。
 ただ、目の前の牝をどう抱くか―――そのことにばかり興味がいき、体が動く。
 当然のように月彦の男性自身たる部分はズボンの中ですでに痛々しいほどにまでふくれあがっていた。
 それを知ってか知らずか、そちらのほうには雪乃は一切手を触れてこない。
「んぁっ……ぁっはぁっ…」
 息づかいすら艶めかしく、月彦の首の辺りに舌を這わせてくる。
 つつと唾液の跡を残して、そのまま耳の裏を責める―――ッ、と月彦が呻くとそこを集中的に舐めてきた。
「ぅッ…ぁっ…せんせっっ…!」
 悶えるといきなり舌の動きが止まった。
 刹那のうちに唇の方に被さってくる、舌が入ってくる、ぐちゅるぢゅるっ―――卑猥な音を立てて唾液を流し込まれ口の中でかき回されてその半分を吸われた。
「んぁっ…はっぁ…ふぅっ…ふぅっ……はぁっ…からだ、あつ、い……ッ…ぁあッぁぁぁぁぁっっ!」
 のけぞり、声を上げて再び被さると月彦の頭を抱き込むようにして自らの胸に押しつける。
「ッ…ぶっっ……!!」
 冗談抜きで窒息するかと思った。
 大人の体―――その圧倒的なボリュームに口も鼻も完全にふさがれ、呼吸が全くできない。
 何とかもがいて引きはがそうとするも両腕とも凄まじい力で月彦の頭を抱え込んでいるためにそれも叶わない。
 十数分にも感じられる時間―――実際は三十秒そこそこなのだが、月彦にはそれだけ長く感じられた。
 ようやく一方的な抱擁から解放されるやいなや、雪乃の左手がするすると伸びて胸を通り腹を通り、不自然なまでにズボンを盛り上げている場所に到達する。
「ふーっ……ふーっ……ふぅぅっはぁっぁ……」
 荒い息を月彦の耳元で吐き続けながら、雪乃は片手でズボンのホックを外した―――途端、グンッ、と臍の方まで延びた剛直がトランクスも巻き添えにそそり立つ。
 ジッパーも勝手におろされ、常人より大きめの―――真央の母親に目をつけられるきっかけにもなった―――それが直接雪乃の手に触れた。
「っ…く…」
 少し苦しげな顔をしたのは月彦だ。
 しばらくご無沙汰だった上に少し薬の効果で敏感になっているところを雪乃にいきなり触られたのだから無理もない。
 …一瞬だけ、月彦の脳裏に罪悪感のようなものが浮かんだ。
 仮にもあいては教師―――それと今関係を結ぼうとしている。
 互いに好き合った者同士ならまだいい、しかしこれは違う。
 不可抗力とはいえ薬で自我を失った者同士の睦み合い―――否、少なくともまだ月彦には自我というものは残っている。
 今からでも拒否して逃げるべきではないのか?―――そんな考えが頭をよぎる。
(でも…―――)
 それは不可能だ、と同時に思う。
 スーツ姿の時でさえその布地の下に隠れるはち切れんばかりにみずみずしい肌の色気に思わず鼻の下を伸ばしてしまいそうな魅力が彼女にはあるのだ。
 同時に無駄な牡を寄せ付けないだけの気迫とも言うべきか、凛とした意志の強さのようなものも同時に感じられた。
 正直、彼女には迷惑も多くかけられたがしかしそれは決して悪意ではなく、生徒のためを思っての行動であると月彦は確信している。
 その彼女が今、こうして自分の前で乱れている。
 自ら服を脱ぎ、瞳を潤ませ、文字通りケダモノのように自分に襲いかかろうとしている。
 こんな時でなければ彼女と関係を持つことなどはおそらく絶対に不可能であろう。
 それならば―――否、そういう小難しいことはいちいち考えていられない。
 ケダモノにはケダモノ。
 道理も動機も単純に抱きたいから抱く―――薬の余波で我を失いかけていると思いこみたい月彦はそう行動することに決めた。
 ともすれば、生徒と教師という間柄でさえ興奮を呼び起こし、快感を増すための一要因に過ぎなくなってくる。
「ねぇっ…」
 耳元で雪乃が囁く。
「ねぇっ…欲しいのっ…。いいでしょ?ねぇっ……」
 月彦の股間をまさぐりながら、ねっとりと…蜂蜜のような声が耳の中に入り込んでくる。
 普段の凛とした彼女と同一人物とは思えない。
 獣と化した雪乃は月彦の返事を待つのも惜しいとばかりにその根本に僅かに引っかかっているトランクスを邪魔そうにずりおろしてそそり立つそれに自らの股間を押し当てた。
「あぁんッ…!」
 健全な男子なら聞いただけで射精してしまいそうな声を出して、熱く火照るそこを竿の部分ににゅりにゅりとすりつけてくる。
「う…わぁ…………!」
 月彦も思わず声を上げ、顎を突き出すようにして息を吐いた。
 まだ挿れてもいない、ただすりつけられているだけなのに、この快感。
 月彦のそれはみるみるうちに雪乃の奥から溢れてくるものにまみれてテラテラと光沢を放ち始めた。
「んっはぁっ…ぁっ、やっ…だめっ…だめっッぇ、…ねっ、挿れてぇっ…欲しいのっ…熱いのぉっ!…ねぇ、っ…紺崎君ッ…おね、がいっ…!」
 自分の秘部を月彦のそれにすりつけながら、甘ったるい声で囁きかけてくる。
 ちゅるっぴちゃっちゅっじゅるっ。―――耳の奥まで舌を這わせてきて、ぜえぜえと息を切らせて、切なげに。
(ダメだった言ってもたぶん、止まらないんだろうな…)
 そういう確信が月彦にはある。
 故にあえてマグロ―――自分からはろくに何もしなかった。
 一つは、後々自分の罪の意識を減らす為、先に手を出してきたのは雪乃の方、という風にしておきたいという打算がもしかしたら働いているのかもしれない。
 かといって泣いて叫んで暴れてもおそらくは…雪乃が満足するまでは離してもらえないだろう。
「んっぅ…も、うだめっ、ぁっ…っっっ……!」
 焦れた雪乃がその細い指で月彦のそれをつかみ、天を仰がせる。
 そこに自らの秘部をあてがいゆっくりと腰をおろしていく。
「あっ、あぁっあっ!!」
 月彦の胸板に両手をついて、ずぷずぷと剛直を飲み込んでゆく。
 その速度は月彦が思っていたよりも遙かに緩やかだった、途中―――。
(ん……?)
 かすかな違和感があった。一瞬だけ雪乃が眉を寄せるも、すぐにまた腰がおちてくる。
「ッ……あ、つ……ッ…!」
 腰が落ちてくるにつれて、月彦も僅かに体をくの字に曲げるような仕草をした。
 雪乃に飲み込まれていく自分のそれから伝わってくる感触のせいだった。
 ぬるりとした愛液の味に加えて、すこしザラザラとした壁の感触、キリキリと圧迫してくる締め付け。
 どれをとっても文句の付け所はない―――のだが、とにかく熱い。
 雪乃のそこから伝わってくる熱で体中から一気に汗が噴き出してきた。
「んんッッ!!ぁっ…ふぅッ…!」
 ようやく、雪乃が尻をつく。
 しばらく呼吸を整えるように肩で息をして、やがて自らゆっくりと動き始めた。
「んっ、んっ…ぁっ、ンッ…!」
 初めは腰のみを僅かに前後させるだけ。
 そこからゆっくりと腰をくねらせてきて、激しい前後運動も加わってくる。
「ッ…………!!」
 月彦は震える手で雪乃の腰を掴んだ。
 別に動きを制御しようとも、逆に加速させようとも思わない。
 ただ、何処かを掴まずにはいられなかった。
 雪乃が動くたびに熱い肉壁に擦りあげられ、吸盤でもあるのかと錯覚するほどに吸い付かれ、締め付けられた。
 気を抜けばすぐに射精をしてしまいそうな―――ああ、そういえば避妊をしてない、と今更ながらに月彦は思い出した。
 が、本当に今更だった。
 もう止められない、下手にとめようものなら雪乃がどういう行動をとるかわからない。
 月彦の懸念をよそに、雪乃の動きは徐々に激しくなる。
「はっ、ふぅっんっ…ぁっ、ぁ、んっ…んんっ!ぁあっんっふ、ぅっ……!」
 真央のそれに比べて、雪乃の喘ぎは些か控えめなように思えた。
 しかし息づかいの合間に僅かに漏れるそれは十分に悩ましげで月彦の興奮を容易に誘った。
 腰の動きに合わせてたぷたぷと揺れる二つの固まりに吸い寄せられるように、月彦の両手が掴む。
「やっ…!」
 ぐにっ、と強く揉みしだくと一瞬雪乃が怯んだ。
 右手だけ、月彦の左手首を掴む―――そして自ら円を描くように月彦の手の動きを誘い、そして再び腰をくねらせ始めた。
「ぁ、ッ…く、せんせッ…やばっ…………!」
 限界が近かった。
 雪乃に捕まれていない方の右手で雪乃の腰の動きを抑制しようとすると―――。
「やっぁ、ダメッ…も、すこし、でっ………………なのっ、んっぅ!」
 それを拒むように雪乃はますます腰を強く振る。
 ぐちゃにちゃと結合部で蜜が弾け、飛沫となってシーツの色を変える。
「ッ………くっ、ぁッ………!!」
 雪乃に捕まれている左手を強引にふりほどいて、両手で腰を掴んで持ち上げた。
「やんッ!!」
 雪乃が切なげな声を出す―――が、それどころではなかった。
 ずるりと、雪乃の体から剛直を引き抜く―――刹那、びゅるんっ、と白が弾けた。
 びゅるるっ!びゅぐっびゅぐんっ!!
 凄まじい勢いで尿道を駆け上り、吹き出す白濁の固まりが雪乃の体を腹から胸にかけて、下から吹き上げるようにして汚した。
 白濁は月彦の胸の辺りにまでも飛び、同時に視界も何もかもが霧がかかったように白く濁り、絶頂の余韻だけが体を気怠く包み込む。
「先生…、避妊っ、しなきゃ………っ………」
 知らぬ間に月彦もまた息も絶え絶えになっていた。
 かすむ視界で雪乃を見上げる、と―――。
「……めッ…」
 掠れた声。
「だめっ…抜いちゃ、だめっ…」
「…先生?」
 雪乃は左の指で自らの腹の辺りにかかった白濁を掬い取ると順番に指を唇に含んだ。
「んっ…」
 まるで子供が零れたアイスクリームを救い舐めるように、さも美味そうに白濁を掬ってはぴちゃぴちゃと舐め取った。
「こんな…、外に出して………」
 恨みがましさすら感じる声で、ゆっくりと体を伏せると今度は月彦の腹の辺りにかかったものをぴちゃぴちゃと舐め始める。
「外じゃ…だめなのっ、中じゃないと…ね? 中に…ドクドクって、熱いのいっぱい…、…欲しいのっ…!」
 自ら強請るように壁の方を向くと、月彦の方にお尻を突き出して、高く上げた。
「ね、紺崎君、ほら…早くぅっ」
「は、早く…って………」
 ごくりと、生唾が音をたてて喉を駆け下りていった。
 目の前に四つんばいになって、白い尻を差し出すように高く上げている雪乃が居る。
 その中心からは濃い牝の香りを放つ蜜がとろとろと零れ、綺麗な色のヒダが誘うように蠢いていた。
「せんせっ…俺っ……」
 吸い寄せられるように、月彦はその両手で雪乃の尻肉を掴む。
 一度出したばかりだというのに全く堅さを失わないそれを、ゆっくりと雪乃の秘部にあてがった。
「はーっ………………はーっ……」
 雪乃に負けじと、月彦もかなり息が荒い。
 口腔内に沸いてくるつばを何度も飲み込み、雪乃の体を見下ろす。
 見れば見るほど、ムラムラさせられる身体だ。
 ―――挿れたい。と、思った刹那にはもう腰が動いていた。
「あぁあっあ!!!ぁっ、い、いいぃっ!!」
 雪乃が仰け反る。
 身体に芯が通される感覚に悶え、声を荒げ、シーツを掻きむしる。
「せんせっ…先生っっ…ッ!!」
 月彦は吹っ切れたように腰を使った。
 普段真央を抱くときのように、女性が喜ぶような腰使いを選んでは一つずつ雪乃に試していった。
 雪乃の腰のくびれを掴み、引き寄せながらも自らも叩きつけるように腰を突き出した。
 その都度雪乃の奥の部分が強く突き上げられ、ほとんど悲鳴に近い声をあげる。
 かとおもえばゆっくりと焦らすように腰をグラインドさせたり、強く突き込んだまま覆い被さり、そのたわわな双乳を両手で楽しんだりもする。
 欲望のままに雪乃の身体を貪った。
「ぁぁはぁっ!凄っ、い…月彦、クンっ…ぁっ、あンッッ!!」
 薬の効果で感度も上がっているらしい、雪乃は何度も、小刻みに身体を震わせては声を上げた。
 そのたびに雪乃の膣内は強烈に締まり、蠢き、月彦のものを嬲り続ける。
「くっ…はっ…!」
 腰の根本にジンジンと痺れるような感覚が襲ってくる。
 それでも月彦は腰を震うのをやめない。いや、やめられない。
(…っ…もう、どうなってもいいやっ…)
 頭のどこかにそんな、あきらめたような言葉が浮かんだ。
「ぁっ!ぁっ、やっ、あっ、あっ、あっあっあんっ、あっぁ!」
 ぱんぱんと雪乃の尻を小刻みにうちつけながら、自らも高みへと登っていく。
 最後の瞬間、一瞬だけ月彦は躊躇した―――が。
「ひっ、うっ…ン!」
 雪乃が悲鳴を上げるほど、自らのものを深く突き挿れた。
 どくっ、と細い管の中を濃いものが駆け上っていく。
「はぁぁっ!ぁっ…ぁっ、出てるっ!熱いのっ…びゅくっびゅくってぇッ…!!」
 雪乃はぴんと背をそらせて、月彦のものが満ちていく感触に歓喜の声を上げる。
 ひとしきり戦慄いた後、かくんとベッドに突っ伏した。
「ふーっ……ふーっ……」
 月彦は最後の一滴まで雪乃の膣内に注ぎ込んで、ゆっくりとそれを引き抜いた。
 全身が気怠い。倒れるようにベッドに寝転がる。
 雪乃の方に目をやる―――ぐったりと俯せに、持ち上げたままの尻が震えると、その秘裂からごぽりと精液が溢れ出していた。
「せんせ…?」
 乱暴にしすぎたかな?―――月彦はそっと近づいて軽く雪乃の肩を揺さぶってみた。
 が、反応がない。
「先生…?」
 そっと俯せの身体を仰向けに抱き起こしてみる……………月彦は眉を寄せた。
「気…絶?」
 雪乃はさも心地よさそうに、寝息をたてていた。

 ―――後日。
 公立比丘仙高校。
 その空き教室の中に、紺崎月彦の姿はあった。
 室内には月彦の他には生徒は一人もいない。
 月彦は教卓のすぐ前の席で、2枚の用紙とにらみ合っていた。
「もう、残ってるのは紺崎クンだけよ?」
 教卓に頬杖をつき、その様子を楽しそうに見下ろしているのは他ならぬ、雛森雪乃だ。
 そんなこと言われても―――と月彦は思う。
 眼前にある一枚の用紙。
 それにはつらつらと英語の問題が書かれていた。
「………………。」
 月彦は用紙を凝視する。
 冒頭に書かれている英語の長文に何度も目を通し、理解しようと勤めた。
 が、わからない。
 長文のその文章、単語が10個あるうちの7.8個は意味がわからないのだ。
 このような状態で長文の意味がわかるはずもなく、その先の問題も手がつけられなかった。
 ……考えるだけ無駄な気がしてきた。
「先生…」
「なに?」
「…これ、もう提出していいですか?」
 と、月彦は名前しか書いていないその用紙を雪乃に見せる。
「解けたの?」
「いえ…、でも、考えても解る気がしないんで…」
 言いながら恐る恐る、月彦は雪乃の顔をのぞき見る。
 雪乃は笑顔だ。
「全然解らないの?」
「…はい」
「一問も?」
「………………」
 月彦は無言で頷く。
「紺崎君、解ってると思うけど―――」
 雪乃は頬杖をつきながらも、少しまじめな顔をする。
「追試って言っても、ある程度の点数はとらないと単位はでないのよ?」
「解ってますけど………」
「単位が出ないってことは留年するっていうことよ?それでもいいの?」
「……………………」
 月彦は閉口した。
 良いわけがない。
 留年は嫌だ。というより、好きな人間は居ないだろう。
 しかし、仕方ないではないか。
 解らないものは解らないのだから。

 月彦が受けているのは英語の追試だった。
 本試験のほうはすでに2週間ほど前に終了している。
 そして、十分に勉強のできなかった英語で月彦は赤点をとってしまったのだ。 
 ちなみに赤点トリオ(というほど酷くもないのだが)の千夏と和樹は辛うじて赤点は免れていた。
 追試を受けたのは月彦を含めて7人。監督官は雛森雪乃。
 全員がこの教室で50分ほど前に追試に取りかかり、そして全員が月彦より早く追試を終え、退室していった。
 不可解だった。
 追試を受けるということは、本試験で赤点ボーダーライン…つまり30点に満たなかった者である。
 須く、英語が不得意な者であるはずだ。
 月彦もそうだ。つまり、実力の点で彼らと自分がそう違うとは思えない。
 にもかかわらず、全員が全員月彦よりも早く追試を仕上げて退室しているのだ。
 この月彦は一問すら解けない問題を相手に、だ。
 月彦とて追試を受ける前に一通り勉強はし直したつもりだった。
 それなのに、さっぱり意味がわからない。
 知らない単語、熟語の嵐なのだ。
 そのうえ本来ならば冒頭、生徒に点を稼がせるために少しは用意してあるはずのアクセント問題や発音記号問題、穴埋めなども一切ない。
 問題の構成がそもそも本試験の時と全く違った。
 英語の実力が本当にあるものにしか解けない問題―――そんな印象を受ける問題だ。
「………あと30分よ、紺崎クン?」
 腕時計を見ながら、雪乃が呟く。
 ドキリとした。
 あと30分…。
 それでできなければ、最低30点とらなければ留年。
 だが問題は解けない。
 記号問題などは一問も無いから勘に頼ってもおそらくはかすりもしないだろう。
「………………っ………」
 助けを請うように、雪乃の方を見上げる。
 が、それから逃げるようについと雪乃はそっぽを向いてしまった。
 月彦は絶望した。

「………つまり、あれはその…眠気覚ましの一種で…興奮剤とかも少し入ってたんですよ」
「………………………」
 雪乃は呆然と、まるで廃人のようなそぶりでただ、テーブルを挟んで、月彦の話を聞いていた。
 否、聞いているのかどうかは月彦には判断がつかない。
 だが、それでも月彦には説明をするしかなかった。
 テストの第一日目の朝。
 六時を回る前に、雪乃を起こした。
 すでに薬の効果はきれているようで、正気に戻っている。
「本当なら一粒で全然大丈夫だったんですけど、先生はそれを…一気にあんなに食べたから……」
 方便だった。
 だが、まさか媚薬を持ち歩いていたとは言えない。言えるはずがない。
 あれは眠気覚ましで、雪乃はそれを一気に多量に服用してしまった為に薬に含まれている興奮剤の作用で我を忘れて、あのようなことになった―――というのが月彦の説明だ。
 なかなか苦しい言い訳だが、ほかにこれという案も思いつかない。
 雪乃は呆然自失としている。
 シャワーを浴びたまま、髪もろくに拭かずに月彦の話を聞いていた。
「…ごめんなさい」
 やっと開いた口から飛び出た言葉がそれだった。
「私…とんでもないこと……っ」
 声が震えている。
 無理もない…といえる。
 雪乃には昨夜の記憶は完全ではないにしろ、残っているようであった。
 酒に酔うのとは違う、意識は割とハッキリとしていて、そこから理性だけを完全に吹き飛ばし、性欲だけを爆発させるのがあの薬だ。
 つまり、自分から月彦を誘惑したこと、手を出したこと、卑猥な言葉を並べてしつこく身体を強請ったこと、それらのほぼ全てが雪乃の記憶として残っていることになる。
「ごめんなさい…紺崎君。本当に…」
 消え入りそうな声だった。
「……………私、学校に辞表を出すわ。明日にでも…」
「じ、辞表って―――」
 月彦が声を荒げようとすると、雪乃はそれを遮るように静かに笑みを漏らした。
 疲れたような笑みだ。
「責任、とらなきゃ。…それだけのことしちゃったんだし」
「先生…」
 月彦は狼狽した。
 そしてその倍、いや10倍後悔した。
 やはり、多少の無理をしてでも雪乃から逃げるべきだった。
 いや、逃げるだけでは不十分だったかもしれない。
 あんな状態の雪乃を一人にしたらそれこそアパートを飛び出して手当たり次第に見知らぬ他人に襲いかかっていたかもしれない。
 それに比べれば、まだ自分が雪乃の相手をしたことのほうがマシのようにも思える。
 が、そのような都合は雪乃には解らない。
 彼女にしてみれば、ただ『教え子に手をかけてしまった』という罪悪感だけが大きく、重しのようにのしかかっているのだろう。
 一体なんと言って慰めればいいのか、月彦にはわからない。
 いや、一つだけできることがある。
 謝罪だ。
 雪乃が暴走を始めた時、月彦には少なくともまだ理性はあった。
 にもかかわらず、雪乃を止めようという努力を惜しみ、それどころか雪乃を抱きたいという欲求に負け、その通りに行動してしまったのだ。
 その点だけ見ても、とうてい償いきれない罪が月彦にはある。
 月彦が両手をつき、カーペットに頭を打ち付けようとした、その時だった。
「……紺崎君のご両親にも、挨拶に行かなくちゃ」
 ぽつりと呟いた雪乃の一言に、月彦はぴくりと動きを止めた。
「…へ?」
 雪乃の方を見る。
「先生…今、なんて?」
「事故…とはいっても、未成年に手を出しちゃったんだから。責任とらないと、ね」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!このことを…うちの親に、言うんですか?」
 月彦が再び狼狽する―――と、雪乃はそんな月彦の反応を不思議そうに見る。
 それは―――マズイと月彦は思う。
 理由はいくつもある。
 まず一つ、月彦にはすでに他の女(牝)を孕ませ、子まで産ませたという前科がある。
 もちろんこのことに至っては月彦には回避不能な出来事であったのだから、まあ仕方がないといえる。
 が、今度の場合はどうだろうか。
 いや、かりに月彦には落ち度はなし、と判断してくれたとしても、さすがに二人の女性と関係を持ってしまった、という結果はどうであろう。
 しかも今度の場合は通っている学校の教師が相手だ。
 いくらあの異様におっとりとした母、葛葉といえどいい顔はしないに違いない。
 姉の霧亜などは露骨に怪しむだろう。
 そしてもっとも厄介なのが真央だ。
 薬のことも知っている、昨日月彦が取り上げたということも知っている。
 となれば、あの嫉妬深い真央が邪推して『もしかして、雪乃を抱きたくて薬を盛ったんじゃないか』などと怪しみ出すのは火を見るより明らかだ。
 さらに、それらのことが雪乃に漏れ、ひいては葛葉や霧亜にまで漏れたら、おそらく誰一人月彦の言うことは信用しないだろう。
 身の破滅だ。
「せ、先生っ、待って下さい。親は…勘弁して下さいっ!」
 慌てふためきながら、月彦は必死に呼びかける―――が、雪乃がやや不審そうな顔をする。
 咄嗟に、言い訳を考えた。
「いや、うち…親父が死んで片親で…、母の方も心臓が弱くて…それなのにいきなり先生がそんなこと言いにきたら…」
 もちろん嘘だ。―――が、雪乃は神妙な顔をしている。
「そう…よね。いきなりこんな話…驚くわよね」
 月彦はほっと胸をなで下ろす―――、が。
「…じゃあ、紺崎君が卒業して、二十歳になってからなら…大丈夫かな?」
「は…?」
 月彦は一瞬考えて、
「……ええと、どの辺が大丈夫なんですか…?」
「二十歳を越えれば法律上は紺崎君も大人の仲間入りでしょ?」
「まぁ…それはそうですけど」
「それなら、誰と婚約しても、仮に相手が『元母校の教師』でも、お母さんはそんなにショックをうけないんじゃないかしら?」
「婚約ッ!?」
 声が思い切り裏返った。月彦は咳き込み、
「婚約って、…?」
 なんでそんな話に―――と月彦は首をかしげて、ハッとした。
 もしかして、雪乃が言っている『責任』というのはただ単に辞職というだけではなくて―――。
「私ね、」
 雪乃は少し持ち直しているように見えた。
 いつもの凛とした瞳で、月彦を見据え、そしてすぐに逸らした。
 …心なしか頬が紅潮している様にも見える。
「今時、古いって言われるかもしれないけど…、結婚するときまで”初めて”はとっておこうと思ってたの」
「はじ…めて?」
 ドキリとした。
 雪乃の顔を見る―――赤い、紅潮している。
 月彦は昨夜感じた違和感を思い出していた。
 昨夜、雪乃の中に入る際感じた、抵抗のようなもの。
 あれは…やっぱり―――。
「…すみません」
 咄嗟に、月彦は謝った。カーペットに手をついて、頭も下げた。
 とんでもないことをしてしまったのは雪乃の方ではない、自分の方だ。
 一時の欲望に負けて、その結果…。
「紺崎君が謝る事じゃないわ、悪いのは私なんだから」
 雪乃が頭を上げるように促す。
「でも、よかった。襲っちゃったのが紺崎君で」
 不謹慎だけどね、と雪乃は小声で付け加える。
「…どういう、意味ですか?」 
「それを私に言わせる?」
 くすくすと雪乃は笑ってみせた。
「ほら、私ってこんな性格だから、結構厄介者扱いされたりするのね」
 それは少し解る気がする―――と思ったが月彦は噤んだ。
 それより、彼女自身にそういう自覚があったのが少し意外だった。
「だから、紺崎君みたいに嫌な顔一つせず話を聞いてくれたり、家に遊びに来てお酒につき合ってもらったり…そういう経験ってほとんど無いの。だから、凄く嬉しかった」
「は、はぁ…そう、なんですか…」
 はて、嫌な顔一つせず話を聞いただろうか?―――どうにも確信が持てない。
 いや、それより家に遊びに来たというのも正確には千夏の家に遊びに行った帰りだったし、部屋に上がったのも雪乃にほぼ強引に連れ込まれて、んで酒も―――。
 ………………………。
 ひょっとして、結構思いこみの強い人なんじゃないだろうか―――と、月彦はふと思った。
「…つまり、そういうコト。解ってくれた?」
「………………なんとなく、は…」
 月彦は生返事しかできない。
「でも、だからって…こんなコトになっていい筈がないわ。…だから、ちゃんと責任は、ね?」

 ―――話は、部屋を出なければならないギリギリの時間まで続いた。
 月彦はなんとか必死に説得して、とりあえず雪乃の辞職だけは食い止めることができた。
 もっとも、生半可な説得ではない。『先生が学校を辞めるなら、俺も責任をとって退学します』とまで言って、ようやく聞き入れてもらったのだ。
 だが結局、もう一つの”責任”についてはうやむやのままだった。
 一つは雪乃がどこまで本気か計りかねた、というのもある。
 つまり、本気で月彦が二十歳になるまで待ち、それをもって月彦の両親―――といっても葛葉だけだが―――に挨拶に行くつもりなのか。
 月彦には負い目がある。
 避けようと思えば避けられたかもしれない事故をあえて享受し、しかも避妊すら怠っている。
 むしろ雪乃の方が月彦に対して責任をとれ、と言わねばならぬのかもしれないが、彼女はそれをしない。
 当の月彦としては、彼女にそう言われないことが唯一の救いであるような気もするのだが、それは些か卑怯というものだろう。。
 ただ一つだけ確実なことは、確かにこの日を境に雪乃の、月彦に対する態度が変化したという事だ。
 それも、月彦と二人きりの時などは…結構露骨に。

「…ごめんね、紺崎クン。ホントはそれ、追試の問題じゃないの」
「え……?」
 月彦は答案用紙から顔を上げ、雪乃の方を見た。
 頬杖をついたまま、雪乃が意地悪そうな笑みを浮かべている。
 雪乃は教卓の中からプリント用紙を数枚取り出すと、月彦に見せた。
「こっちが本当の問題用紙よ。紺崎クンが今解いていたのは、私が作った特別問題。難しかったでしょ?」
「なっ……」
 月彦は絶句する、が、すぐに。
「じゃあ、俺だけ違う問題用紙が配られてたって事ですか!?」
「うん、そうなるわね」
 にこにこと、雪乃は上機嫌だ。
 月彦は逆に、不愉快だった。
 愉快な方がおかしい。
「なんで、そんなこと…」
「最後に紺崎君一人残したかったから。…どうしてだか解る?」
「…解りません。早く本当の問題用紙を下さい」
 月彦は露骨に不機嫌な顔をして、雪乃の方に手を手を伸ばす―――が、ひょいと雪乃は教卓から身体を起こしてそれをさせない。
「だーめ、見せてあげない」
「先生っ!」
 月彦は思わず声を荒げる。
「…そんなに見たい?」
「当たり前じゃないですか!」
「んー、どうしよっかなぁ…」
 雪乃はわざと焦らすような素振りをする。
 が、いよいよ月彦が実力で奪い取ろうと、席を立とうとした瞬間、さすがに引き際だと思ったのか、
「解ったわ」
 月彦の席の隣の席に座り、宥めるように、雪乃は微笑みかけてくる。
「キスしてくれたら、見せてあげる」
「は……?」
 月彦は首をかしげた。聞き違いだと思ったのだ。
「うそ、冗談よ。そんなに変な顔しないで」
「………………………」
 差し出された問題用紙を手早く受け取り、素早く視線を走らせた。
 明らかに難易度が違う。
 この問題ならば時間さえあれば五割は堅い。
「あと五分ね」
 腕時計に視線を走らせながら、雪乃は殺生なことを言う。
「ちょっ、先生、待って下さいよ!俺、今問題もらったんですよ?」
 月彦は当然の抗議をする―――が、雪乃は腕時計に視線を落としたまま、
「あと四分」
 冷酷に時を刻み上げる。
 慌てて月彦はペンを握った。
 大急ぎでそれを用紙の上に走らせていく。が、とうてい間に合う筈はない。
「………時間、伸ばしてあげよっか?」
 ぴく、と月彦は顔を上げた。無言で雪乃を見、訴えかける。
「キスしてくれたら、考えてあげる」
「先生、またそういう冗談―――」
 と言おうとした矢先、雪乃は視線を再び腕時計に落とし、
「あと3ふーん」
「ッ……ああもうっ!!!」
 半ばやけくそ気味に、月彦は隣の席に座る雪乃の唇に自らのそれを重ねた。
「んっ……」
 時間にして約一秒ほどの短いキスを終えて、月彦はすぐに自分の席に戻った。
 教室内にはもちろん、自分と雪乃の他には誰もいないのだが、いつ誰が入って来るとも限らない。
「うーん、今のは…10分延長って所かな?」
「は…?な、なんですかそれ!」
「もっと心のこもったキスしてくれたら、もっと伸ばしてあげる」
 意地悪く笑みを浮かべて、雪乃はぺろりと自らの唇を濡らした。
「先生…」
 …月彦には、従うしか道は無い。
 
 

 何とか時間を伸ばしてもらって(といっても、実際問題をもらってから一時間も経っていない)月彦が追試を終えたのが6時前。
 時期が時期であるから、辺りはまだそんなに暗くない。というのに、無理矢理雪乃の車に乗せられた。
 送ってくれる、というのだ。
「すっかり遅くなっちゃったわね」
「…………………」
 遅くなったのは誰のせいだ―――月彦はむすっとしたまま、助手席で黙りこくっていた。
 時折きちんと外に視線を走らせて車がちゃんと家の方に向かってるかどうかを確認する。
 ………大丈夫なようだ。
「そんな顔して、ひょっとしてまだ怒ってるの?」
 まだ―――というほど昔のことでもないだろう、と月彦は思う。
 それに、たちが悪い。
 あの問題を前にして自分が一体どれほどの絶望を味わったのか、おそらく雪乃には解らないだろう。
 あんなはめられ方をされて、不機嫌にならないほうがおかしいというものだ。
「もう、だからさっきから何回も謝ってるじゃない。」
 嘘だ。少なくとも『ごめんなさい』というような類の謝罪は一言も聞いていない。
「でも、こうでもしなきゃ、紺崎君と一緒に帰る機会なんて無いでしょ?」
「………もしかして、そのためだけにあんな事したんですか?」
「遅くまで残ってる生徒を家まで送るっていうのなら、面目も立つじゃない?」
「………………」
 月彦は閉口した。
 たったそれだけのために自分はあれほどの苦痛を味あわされたのか。
 ただ、一緒に帰る―――それだけのためにわざわざ偽の問題用紙まで作って…。
(…どういう人なんだ……?)
 自分勝手…とも少し違う気がする。
 だが、周りを巻き込んで無理矢理自分のペースにする類の人というのはおそらく、間違いない。
 そしてどうやら、その巻き込まれる第一人者には、月彦がすでに定着しつつあるようだった。
 キッ、と車が止まる。
「さ、着いたわよ」
「…どうも、ありがとうございました」
 一応送ってもらった礼として、月彦は軽く頭を下げてシートベルトを外した。
 他の車が来ていないのを確認して、ドアを開ける。
「紺崎君」
 体を車の外に滑り出そうとしたところで、月彦は雪乃の方を振り向く。
「英語、勉強する気になったらいつでも言ってね。今日のあの問題くらいスラスラできるように鍛えてあげるから」
「…その時はお願いします」
 では―――、と月彦は車から出、ドアをしめた。
 車内の雪乃が軽くウインクを残して、程なく轟音を立てて赤い車体が走り去っていく。
 近所迷惑だ―――と思う。
「はぁ…」
 追試は無事終わった。
 おそらく点数が足りないということはないだろう。
 それなのにため息が出る、たぶんこれから先も雪乃は何かと関わってくるだろう、そんな気がする。
 なんだかんだであの夜のことは結構うやむやになりつつある。というのも月彦はその話題にあまり触れたがらず、雪乃もまた自分からは話さないからだ。
 彼女がどうするつもりなのかは月彦には解らない。
 二十歳になったら―――そんなことを言っていたが、あれは果たして本気なのだろうか。………聞くのは怖い。
「ん……?」
 さあて、家に入るか―――と思ったときだった。
 紺崎家のドア、その隙間が僅かに開いているのに月彦は気づいた。
『じぃ〜っ…』
 隙間の闇からそんな擬音が聞こえてきそうなくらい、嫉妬に満ちた瞳が覗いていた。
 おそらく、雪乃に送られて帰ってきたのを見ていたのだろう。
 月彦の視線に気づくと、ばたんっ、とドアは大きな音を立てて閉まった。
「……はぁ」
 月彦はまた、ため息をついた。

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