青空があった。
 心地よい陽気の春の空。
 白い雲は風のままにゆっくりとその形を変え、流されていく。
 公立比丘仙高校の屋上で、紺崎月彦、静間和樹、天河千夏の三人はいつものように昼食を取る―――予定だった。
「悪いっ、千夏。金もうすこし待ってくれないか?」
 月彦は包帯まみれの右掌と左掌を合わせて頭を下げた。
 丁度豆乳を飲もうとしていた千夏はきょとんと目を丸くした。
「……ええけど…、ヒコ、今日はまたえらい満身創痍やな…」
 千夏はしげしげと見上げて月彦の体を見た。
 右手には掌を中心に包帯が巻かれていて、左腕にも同様に包帯が巻かれている。
 顔にも至る所に絆創膏が貼られていて、まるで喧嘩か何かをしてきた後のようにも見えた。
「いや、ちょっと階段から落ちたんだ。大した怪我じゃない」
 月彦は苦笑する。
 程なく、再び階段へと続くドアが開いた。
「おーっす、千夏。今日は早いなァ」
 和樹だった。
 陽気な声を上げて菓子パンを詰めたビニール袋をもって鉄柵に凭れるようにして座った。
 さらにその隣に月彦も座る。
 手ぶらだった。
「ヒコ…もしかしてまた財布忘れたん?」
「違う違う、忘れたんじゃなくて無くしたんだってよ。ったく、マヌケだよなあ」
 特大のメロンパンを頬張りながら、尚かつそのパンくずを飛ばしながら和樹が説明した。
「財布落としたんか!?」
「いや、落としたワケじゃないんだが…っかしいなあ…。一昨日家に帰ったときにはあった筈なんだけど」
「おかげで月末まで昼飯抜きなんだろ?同情するぜ」
「うるせっ、同情するならパンをくれ」
「やなこった」
 和樹はがつがつと一気にパン2つを平らげて中指を立てた。
「ヒコ、ほんならまた金貸そか?」
「え、いや。大丈夫、そこまで腹は減ってないから」
 千夏の提案に月彦は慌てて答えた。
 ただでさえ金を借りている上にさらなる借金などできるはずはない。
「ヒコ、ウチは別に弁当代くらいかまわへんけど…?」
「大丈夫だって。月末までの辛抱だ」
 月彦は力無く笑って頑として断った。
 千夏は少し納得がいかないような顔をして、そして今度は月彦の怪我を値踏みするようにじろじろと見る。
「…なんだよ、階段から落ちただけだって」
 視線を感じて、月彦は口を尖らせて言った。
「ホンマか?じゃあその掌の包帯はどうしたん?掌も階段で怪我したんか?」
 他の打ち身っぽい痣とかはそれとして、階段で掌は普通怪我せんやろ?―――そういう目を千夏が向けてくる。
「おおかた、姉ちゃんにタバコでも押しつけられたろ?お前も大変だなぁ」
 和樹の何のけない一言に月彦はギクリと表情を強ばらせる。
「ま、まぁ…当たらずとも遠からずと言っておくかな。どーってことねぇよ」
「ホンマ非ッ道い姉ちゃんやなぁ…。ヒコもたまにはガツンと言うたったらえーのに」
「あー、無理無理。千夏は月彦んチ行ったことねーからそんなこと言えんだよ。月彦の姉ちゃんはその辺の野良力士なんかよりよっぽど怖ぇんだぞ?」
「野良力士て…、別に格闘技とかやっとるわけやないんやろ?」
 千夏はどうにも想像がつかないのか、ううんと首を捻る。
「…まあ、実際会ってみないとワカランよな。うん」
「姉弟がおるっていうのも大変やな。一人っ子のウチにはわからんコトや」
「…言っとくが、俺は弟をイジめたりなんかしてねーぞ?」
 和樹が釘を刺すような口調で言う。
 千夏は意地悪っぽく笑って、
「逆にイジめられとるんちゃうか?」
「なんだとぉ…てめぇ、また逆さ吊りにされてぇのか?」
「あーあーあー…2人とも、仲がいいのは分かったから喧嘩すんなって。」
 月彦は疲れたような口調で止めに入る―――が、既にヒートアップし始めてる2人には些か気力が足りない。
「ホンットお前ってば口が悪ぃな。胸が小さいと心まで狭くなんのか?貧乳って大変だな」
「ワキガ臭い筋肉バカに言われたくあらへん!そんなんやからモテへんのや!」
「だぁれがワキガ臭いんだ誰が!それになっ、白石とかならいざ知らず、お前みたいなのになんかモテたくもねぇよ!!」
「あーあー…こらっ、2人ともいい加減に……」
 月彦は形だけ止めるような振りをして、チラリと腕時計を見た。
 12時45分。
 授業が始まる5分前だ。
 真面目な生徒ならばそろそろ教室を移動したり筆記用具を用意したりしている時間帯である。
「……放置だな」
 月彦は眼前で今にも取っ組み合いを始めそうな竜虎両人を見て一番楽な選択肢を選び、屋上を後にした。

『キツネツキ』

第三話

「ヒコーーーーッ!!」
 放課後、HRを終えて教室を出ようとした月彦は聞き覚えのある声に呼び止められた。
 振り返ってみる―――千夏だった。
「お、千夏」
 タタタッ、軽快な足取りで駆け寄ってくる千夏に月彦は片手をあげて声をあげた。
 その隣にいつもなら影のように付き纏っている大男の姿はない。
「あれ、カズは?」
「カズなら今日はドラマの再放送とかなんかで先に帰った」
「……ドラマ…カズが…?」
 千夏は露骨に嫌そうな顔で呟いた。
「そう言うなって、見る権利ってのは誰にでもあるだろ?」
 たとえそれが本人にはあまりに似つかわしくない恋愛ドラマでも―――と月彦は付け足した。
「そうやな。おかげで今日はヒコと2人で帰れるんやし」
「…つってもどうせ校門前までだろ?」
 千夏と月彦の家は丁度学校を挟んで正反対である。
 そのため、2人で一緒に帰ったとしても校門で早々に千夏とは別れることになる。
「あのな、ヒコ?」
「うん?」
 昇降口で靴に履き替えながら、千夏が口を開いた。
「ウチな、今日バイト休みなんやけど…遊びにきーへん?」
「千夏んちに?」
 月彦が尋ね返すと千夏はコクリと頷いた。
 はて…千夏の家とはどんな家だったかな―――月彦はふと記憶を巡らせてみる。
 程なく、築20年を越す2階建てのボロアパートの姿が脳裏によぎる。
「今日はあのバカも巧い具合におらんし、……それに、ちょっとヒコに相談したいことがあるんやけど…」
「相談?」
 尋ね返すと、千夏は些か普段の元気が無いような顔で、頼りない笑みを浮かべる。
「……まあ、今日は別に用事もないし。いいぜ、他ならぬ千夏の頼みだしな」
「ええんか!?」
 千夏が声を上げ、笑顔を零す。
 その子供のような笑みがふと真央の笑顔を彷彿させた。
「んー……?」
 はたと、月彦は周囲を探るように気を巡らせた。
 …見られている感覚は無い。
「…ヒコ?」
「ん、あぁ…いや、なんでもない。ちょっと考え事をしてただけだ。」
 月彦は誤魔化して、再び歩き出した。
 不思議そうに首を傾げて、千夏もその後に続いた。

「適当に座っててや。なんか飲み物でも出すわ」
「……ああ」
 千夏に促され、月彦はアパートの居間へと足を踏み入れた。
 鉄筋コンクリート2階建て、一階二階それぞれ4部屋ずつのアパート。
 一部屋の構成は風呂&脱衣所、トイレ、台所と8畳の居間という構成になっていた。
 千夏の部屋は全体的に質素にまとめられたような感じだった。
 生活感こそあるものの着飾ってる感じは見受けられない。
 おそらくはそういう”余分な金”が無いのだろう―――と容易に予想がついた。
 月彦はベッドの上、綺麗に折りたたまれた掛け布団を避けるように腰を下ろした。
「…んー…麦茶と酒しかないなぁ」
「酒ッ!?お前酒なんて飲んでんのか!?」
 咄嗟に大声で月彦は突っ込んだ。
「バイト先からのもらい物や。飲む?」
「…いや、いい」
 月彦は当然のように謹んで断った。
 高校生が夕方から酒を飲むなんて不謹慎極まりない上に、何より月彦は酒があまり好きではなかった。
「んじゃ、麦茶でええか」
 千夏は納得したように頷いて、盆にコップを二つ―――コップには麦茶と氷が―――載せて持ってきた。
 それらをテーブルに置いて、千夏も傍らに座る。
「…いつから一人暮らししてるんだっけか…?」
「一年の冬からやけど。それがどうかしたん?」
「いや…」
 大変そうだな―――と、月彦は心の中で呟いた。
「一応仕送りはもらっとるし、見た目ほど苦労はしとらんで?」
 月彦の危惧を察したかのような千夏の答え。
 それでもやはり、高校生活と一人暮らしの両立は難しいのではないのだろうか。
「ヒコも姉ちゃんと一緒に暮らすのがイヤなんやったら家出ればええやん、一人暮らしは気楽やで?」
「俺にはそんな根性ないって」
「でもいつかは家出て自立するんやろ?」
「そりゃ、いつかはな。でもまだ先の話だろ?」
「ヒコは大学行くんか?」
「さー……俺の成績で入れる所があったらな」
「千夏はどーすんだ?」
「ウチは就職組や」
 千夏は即答すると、あぐらをかいてニッと少年の様に笑った。
 彼女の家庭の事情を考えるとそれしか選択肢が無いのかも知れないと思った。
「そっかぁ、大変だな……」
 コップを手に取り、麦茶に口をつける。
 しばしの間、沈黙が流れた。
「…それで、相談したいこと…ってのは?」
 静寂を切り裂くように、月彦が声を出した。
「うん、それなんやけど…」
 千夏は片手を握りしめ、自分の胸元に添えるようにしてしばし視線を戸惑うように走らせた。
 躊躇いの仕草。
 しかしそれも数刹那の出来事だった。
 千夏はすぐに視線を月彦の方に戻すと、微かに頬を染めた。
「あんな、ヒコ…。ヒコは…ウチの体…どう思う…?」
「………へ?」
 月彦は一瞬間延びしたような声を出してしまった。
「ど、どうって……」
「カズがいつも、言うてるやん…?色気が無いとか…チビとか…ヒコも、やっぱそう思うとる?」
 千夏は月彦を見、すがるような視線を送ってくる。
 確かに千夏の容姿は一般的に言う”女らしい”体つきとはかけ離れていた。
 背も人並み以下、胸元の膨らみも尻の肉付きも少年並というような感じだった。
 千夏がそのことに大して少なからずコンプレックスを持っていることは当然月彦も感じ取っていた。
(なるほど、そういうことか………)
 千夏の様子を見ればよく分かる。
 ようは千夏は、和樹が思っている以上に和樹が言うことを気にしていたということだ。
「んー、チビとかそういうのは別にして、色気が無いとかは別に思わないけどなぁ」
 月彦は安心させるように笑んで続ける。
「確かに千夏はカズが言うように胸とかも小さいけどな。でも、別にそれで女の価値が決まるってワケじゃないし、世の中グラマーよりスレンダーの方が好きな人だって居る。一概に体つき一つで色気の在る無しなんて決まるもんじゃないだろ」
 うんと月彦は自らの意見に納得して頷いた。
「第一、本当に千夏が色気が…魅力がない女だったらカズだってあんなにムキになって毎回毎回千夏のことけなしたりしないだろ?ようするに千夏にかまって欲しくて憎まれ口を叩いてると、俺にはそう見えるけどな」
 再度、月彦は安心させるような笑みを口元に浮かべて千夏を見た。
 呆けるような、それでいて関心したような顔でジッと話に聞き入っていたのか、月彦が話し終えるとハッと瞬きをして咄嗟に目を逸らす。
「どした?」
「な、なんでもあらへん…っ…」
 月彦が問うと千夏はぷいと顔を逸らしてしまう。
 はて、何か変なことを言ったかなと月彦が首を傾げると、ふいに千夏が口を開いた。
「なぁ、ヒコ?」
「ん?」
「男にはグラマーな女が好きな男と、スレンダーなのが好きなのがおるて、言うたやん?」
「ああ、言ったけど?」
 それがどうかしたか?と言うような目で千夏を見る。
 千夏は一呼吸送らせて、言った。
「ヒコは…どっちなん?」
「へ…?俺?俺…は―――」
 月彦は少し考えるように状態を引いて、ちらりと千夏の方を見た。
 じーっ…と、千夏が祈るような視線を送ってくる。
「……真ん中」
 ぶっきらぼうに月彦は呟く―――千夏が露骨に表情を曇らせた。
「…真ん中ってどーゆー意味や?」
「だから真ん中。別にどっちが好きってワケでもないってコト」
「……ほんまか?」
 千夏が再度聞き返してくる。
 露骨に眉を寄せて、疑うような顔で。
「ほんまどす」
 月彦は大きく頷いた。
 すると千夏はずいっ、と顔を寄せるとじーっと月彦の顔をのぞき込んでくる。
「…な、なんだよっ」
「目が嘘や。…ヒコ、ホントは胸大きい娘が好きなんやろ?」
 ぎくっ。
 図星を突かれ、月彦は微かに表情を強ばらせる―――と、千夏がやっぱり、と笑みを浮かべた。
「中学の頃、妙ちゃんの胸に悪戯してよく追いかけまわされとったやん?妙ちゃん一年の時から巨乳やったしなぁ」
「いやっ、あれはだな…幼なじみ同士のスキンシップというか…、別に妙子が胸が大きいから触りまくってたワケじゃなくて―――」
「同じ幼なじみでも、ウチには見向きもせーへんかったやろ?」
 ぐさっ。
 千夏が非難するような目で意地悪笑みを浮かべ、痛烈に突いてくる。
 月彦は制服の下に滝のような冷や汗をかきつつ、平生を装う。
「そ、それはだな…ええと……」
「ヒコ、無理せんでもええよ。ヒコが妙ちゃんのコト好きなんはウチだって知っとる。妙ちゃんって女のウチから見ても可愛いし、……巨乳やしな。」
 千夏は最期の”巨乳”の辺りを態と強調して月彦に笑いかける。
 月彦はそれだけで心臓に刃が突き刺さったような痛みを覚えて、ぐっ、と唸った。
「でも、今は…違うぞ?アイツは俺のこと嫌いで高校も別のとこ行っちまったし、俺だって、もうアイツの顔なんて見たくもない」
 強がり。
 月彦は自分で自分の首を真綿で絞めるような気分を味わいながら、吐き捨てるように言った。
 千夏が少し、驚くような顔をする。
「へ…?ヒコ、妙ちゃんともう切れたんか?」
「切れるも何も、初めからなにもなかった。アイツは俺のことが嫌いで、俺がそれに気づかずにただ付きまとってただけだ」
 月彦は言い終わると、この話はこれで終わり、とばかりにぷいと窓の方を見た。
 いつの間にか傾いた夕日がガラス戸から斜めに差し込んで部屋の中にいくつかの影を落としていた。
「…あんな、ヒコ。一つえーこと教えたろか?」
「なんだよ」
 千夏の声に月彦は些か鬱陶しそうに返事をした。
 その声にやや気圧されたのか、千夏は少し間を置いて言葉を続けた。
「…妙ちゃんがあんなにガード甘くしとったのって、ヒコだけやで?他の男子には指一本体触れさせたりせーへんかったの、気付いとった?」
「…………他のヤツは気配の消し方がヘタクソだっただけだろ」
 月彦は影を見つめたまま、素っ気なく返す。
「そ、か。」
 千夏は少しだけ淋しそうに漏らして、そこで言葉を切った。
 そして月彦と同じように部屋の中に延びる影に視線を落として呟いた。
「妙ちゃんとは、ほんまに切れたんやな…」

 ごりごり。
 トントントントン。
 ごりごり。
 トントントントン。
 紺崎邸の台所に立ちこめる鈍い音と軽快な音。
 小気味良いスピードで野菜を刻んでいくのは母、葛葉。
 軽快なスピードで刻まれ、山を成していく野菜類を見ればもうじき夕食の時間だということが容易に予想できる。
 ジャガイモ、人参、タマネギ、マッシュルームetc…、カレーかシチューか。
 どちらにせよ彼女の料理の腕前を知る家族にしてみれば垂涎を禁じ得ない。

 一方、椅子に座り、テーブルの上で必死に擂り粉木を動かして鈍い音を立てているのは狐娘、真央。
 擂り鉢の中には緑や紫、黄色などの少し前まで草やら花やら球根だったものが擂り粉木の冷酷な仕打ちによって見るも無惨にかき混ぜられ、嫌な匂いを出して潰されていく。
 まさかこれも夕飯のおかずの一品となるのだろうか?―――想像もしたくないことだ。
 それほどまでに擂り鉢の中の光景は異様で、立ちこめる匂いもまた常人であれば吐き気を催すほどに強烈なものだった。
「んー…母さん、晩ご飯まだぁ?…………真央ちゃん、何してるの?」
 トタトタと階段を下りてきて、真っ先に台所に顔を出した霧亜。
 寝ぼけたような声で徐に真央の擂り鉢の中身をのぞき込み、
「うわっ…」
 咄嗟に眉を顰めて鼻を押さえた。
「あっ、姉さまっ。おはようございますっ」
 真央はハッと顔を上げて、元気に挨拶をした。
「あら、霧亜。晩ご飯なら今作り始めたところよ」
 葛葉も振り返り、同様に返す。
「…母さん、が作ってるのはいいとして……真央ちゃんのコレ…何…?」
 まさか食べ物―――疑いの眼差しで霧亜が見ると、真央はにっこりと笑みを返して。
「火傷のお薬。父さま朝、火傷してたみたいだったから」
 元気いっぱいの声で答えた。
 勿論真央は月彦に火傷をさせた張本人が霧亜だとは知らない。
「なんか、凄く効きそうね……」
 そして当然のように霧亜はしらばっくれて、擂り鉢から漂ってくる香りに鼻を押さえながら無責任に言う。
 はて、この香りの至近距離に居る真央は何とも思わないのだろうか―――と、霧亜はふいに真央の様子をうかがってみるも、真央が匂いを嫌がっているというような素振りは見受けられない。
「あら…そうだったの…。母さんてっきり真央ちゃんもおかずつくってくれてるとばっかり」
 ワンテンポ遅れて、葛葉が怖いことを言う。
 どうやら彼女も擂り鉢からの匂いは平気らしい。
「…母さん、平気なの…?」
 眉を寄せ、顔を顰めるようにして霧亜が尋ねる。
 その刹那―――

 プルルルルッ、プルルッ、プルルルルッ!

「あら、電話―――」
 真っ先に葛葉が反応した。
 包丁をまな板の上に置き、パタパタとスリッパを弾ませながら電話を取りに行く。
 …ふいに、真央が顔を上げて、軽く目を細め、呟いた。
「…父さまだ」

「うん、そうそう。友達ン所で喰って帰るから―――、分かってるって、んじゃ切るぜ」
 ピッ、と子機のボタンを押し、電話を切るとそれを充電器の上に戻す。
 ほどなく―――
「出来たでー!」
 千夏が声を上げて、大皿二つを手に部屋に戻ってきた。
 その胸には水色のエプロンが、大皿の上にはこんもりと茶色い物体―――焼きそばが乗っていた。
 千夏はそれをテーブルに置くとエプロンを外し、ぺたんと座った。
「…ちと量が多すぎやしないか?」
 月彦は自分の目の前に置かれた焼きそばを見て呻きそうになった。
 千夏の方の皿に比べて2,5倍くらい量が多い。
「ヒコ、昼も食うとらんやろ?」
「いや、そうだが―――まぁ、いいか」
 にしても些か多すぎじゃないのかと思ったが、折角作ってもらった料理にこれ以上ケチをつけるのもどうかと思うので黙る。
 腹も減ってるし、議論より先に焼きそばを貪り食いたいというのもあった。
「いただきます」
「いただきまーすっ」
 声を上げて2人、一斉に焼きそばを貪った。
 月彦はもとより、千夏の食べ方もお世辞にも上品とは言い難い。
 しかし、別段下品という印象は受けないからそれはそれでいいのだろう。
「むぐっ、味付けが…なかなかっ、むぐんっ」
 ほんのりと甘辛く味付けられた麺が焦げたソースの香ばしい香りに相まって絶妙な味わいを醸し出していた。
 たとえるなら夜店の焼きそば味。
「…そやろ?ウチこれが一番得意や。熱いうちに食わんと冷めたら不味うなるで?」
 はふはふと息を切らせながら千夏も焼きそばを貪る。
 確かにこういうものは熱いうちに食べるのが一番だと月彦も思う。
 千夏に習って、額に汗を滲ませながら月彦は焼きそばを貪った。
 昼食抜きということもあって余計に美味く感じられる焼きそば。
 ただ一つ不満を漏らすとするならば、具がキャベツだけだったということだろうか。


「げふっ…もー食えねぇ……」
 食後、月彦はぐったりと壁にもたれ掛かっていた。
 丸一日食事を抜いたり、その後に死ぬほど食べてまた昼抜いて腹がパンクするほど焼きそばを食べて…。
 何と不摂生極まりない食生活であろうか。
 まさか太ったりしてないだろうな―――そんな懸念すら湧いてくる。。
「ヒコ〜、晩酌やで〜♪」
 と、月彦のそんな心配をよそに、洗い物を終えた千夏が冷えた缶ビールを二本手にして部屋に戻ってくる。
「…高校生が食後にビールかよ」
「もらい物のビールや、冷蔵庫の中にあと20本はあるで」
 千夏はぽいと月彦の方に缶を放ると残った一本の栓をぷしゅっ、と開けた。
「…酒なら、カズの奴もよんでやりゃーいいのに」
「あんなザルに飲ませるくらいなら排水溝に飲ませた方がマシや」
 しかも酒癖が悪い、と千夏は付け加えた。
「忘年会の時の事か?」
 こくり、と千夏は頷く。
「俺は潰れてたから良く知らないんだよな。カズが何やったか」
 それとなく記憶を探ってみるがどうにも思い出せなかった。
「カズが全裸で逆立ち歩きしてる所までは覚えてるんだが―――」
「…ヒコ、やめよ。悪酔いするわ」
 千夏がちょっと本気っぽい顔で制止を求めてきたので月彦もそれに従った。
 喉も渇いていた為か、ビールも一本目はすぐに飲み干してしまった。
 続いて、千夏が二本目、3.4本目を持ってきて封を開け、月彦も同じように飲み干していく。
「不公平やなぁ…」
 ふいに、千夏が声を漏らした。
「何がだ?」
「妙ちゃんや。ウチも同じ女やのに、なんでこんなに違うんやろ」
「…なんだ、まだ言ってんのか」
 月彦はぐびりとビールを口に含む。
 さすがに少し味に飽きてきた。
「カズが言うことなんて気にするなって。アイツの言葉は話半分聞き逃してりゃーいいんだよ」
「…でも、ヒコも胸大きいのが好きなんやろ?」
 酔いが回っているのか、少し頬を朱に染めながら千夏が尋ねる。
「そりゃ、”俺は”な。でも、男が皆が皆、そういうワケじゃないから安心しろって」
「………………………」
 千夏は納得がいったのかいってないのか、手に持っていたビール缶をぐいと思い切り煽った。
 月彦はこれ以上飲むと普通に歩くのもおぼつかなくなるような気がしたので新しい缶には手をつけなかった。
 千夏は月彦が飲まなくなった分まで自分で処理するかのようにペースを上げる。
「おいっ、あんま飲むと明日匂いが残るぞ?」
「んー……?」
 月彦が窘めると、千夏はとろんとした目を向けてくる。
 口元にほんのりと意地の悪そうな笑みを浮かべて。
 …嫌な予感がした。
「…そや、ヒコ?」
「ん?」
 千夏がビールをテーブルの上に置き、ずいとアザラシのように両手をついて体を寄せてくる。
「…ちょっとウチの胸、触ってみーへん?」
「は…?」
 素っ頓狂な声を上げて、月彦は千夏の顔を見た。
 千夏はしどろもどろと、
「…ほら、男に胸触ってもらうと…大きくなるって…言うやろ?」
「いや、迷信だろ…それは………」
 月彦は呆れるような声で返した。
 それでも、月彦の言葉が届いてないのか、千夏はポーッと蕩けたような目で、さらにずいと体を寄せてくる。
「な、なんだよっ」
 咄嗟に月彦はずりずりと後退をして千夏から逃げた。
 しかし狭い室内、逃げるスペースといっても限られている。
 すぐに背中が壁に付き、それ以上の後退が不可能になった。
 左手が、そっと千夏に絡め取られ、その胸元へと運ばれる。
「ち、千夏っ?!」
 月彦はうわずった声を上げて咄嗟に手を引こうとするが、がっしりと千夏の両手に押さえつけられて思うように動かせない。
 狼狽える月彦を見て、千夏は熱っぽい吐息を漏らして、まるで淫魔の様に囁いた。
「迷信かどうか…ウチの体で試してみればええやん…?」

 音もなくシャツのボタンを外して前をはだけさせ、微かに衣擦れの音を立ててブラもはらりと舞い落ちた。
 露わになった小振りなその果実を千夏は両手で覆うようにして隠し、チラリと月彦の方を見た。
 …思わず、ゴクリと唾を飲んでしまう。
「ち、千夏っ、…お前、もしかして酔って……」
「さー、どうやろな…」
 千夏は前をはだけさせたままメス猫のような仕草で月彦にすり寄り、腹の上に跨ってきた。
 小振りな乳房が室内の灯りに照らされて、目の前にくっきりと浮き上がる。
「ばっ、ばかっ!早く隠せっっ」
 月彦は顔を赤くして咄嗟に顔を逸らした。
 千夏はその手を握り、自らの胸に押し当ててくる。
 ぷにゅっ、とやや固いプリンのような感触が月彦の掌に伝わってきた。
「ほらっ、ヒコ…?」
 千夏は月彦の手首を握ったまま、円を描くように動かした。
 柔らかい肉の感触と、こりこりに固くなった乳首の感触が交互に掌に襲ってくる。
「んっ……」
 千夏か微かに声を漏らして、手を離した。
 それでも月彦の手はゆっくりと、なで回すように千夏の胸を愛撫する。
「ヒコ、こっちも……」
 千夏が囁いて、包帯に包まれた右手も胸に押し当てる。
 微かにヒリヒリとした痛みが走ったが、すぐにそんなものは消え失せた。
 まるで糸か何かで操られている様に月彦の両手は千夏の胸を撫であげる。
「…、もう少し、強くしても…ええよ……」
 すぐ目の前に千夏の胸が、顔がある。
 喉を震わせて吐息を漏らしながら囁くその様がたまらなく雅だった。
「……っ…」
 酒のせいだろうか。
 月彦はクラクラと思考が疎かになるのを感じながら徐々に愛撫に没頭していく。
 撫でるだけだった手の動きをやや荒く、揉むように強めていく。
「ん、、…ぁ……」
 千夏が微かに声を震わせた。
 その頬は既に真っ赤に染まり、潤んだ目を月彦に向けてくる。
 ほんのりと膨らんだ双乳をすくい上げるように撫でて、筒のようにしこったその先端を軽く指で摘み、擦った。
「っ……ん、ぅ…」
 甘い声を上げて、ピクンと体を震わせる。
 月彦は咄嗟に掌での愛撫を止め、眼前の蕾に吸い付いた。
「んひゃぅうっ!?ふぁっ…ヒコっ……ぁ……」
 じゅるりと触手が絡みつくような感触に千夏は思わず声を上げた。
 月彦はそのまま突起を唇で軽く食み、ねっとりと唾液を塗り込むように白い肉に舌を這わせた。
「あっ、ぁ…やっ……ヒコっ、…なんか…ゾクゾク、するぅ……ぁ………」
 咽ぶ千夏の乳首をさらに舌と歯でコリコリと転がす。
 時折強く吸い上げて、ちゅぱっ、と唇を離し、その周りを丹念に舐め上げる。
 ピリッとした電気の様な快感と、じわじわと染みこんでくるような快感が交互に千夏を襲う。
「あっ、ッ…だ、だめっ…ヒコッっ…や、止めてっっっ!!!」
 咄嗟に、千夏は月彦の頭を掴んで自分の胸から引きはがした。
 愛撫に没頭していた月彦はきょとんと呆けたような目で千夏を見上げた。
「千夏…?」
「あかん、、…これ以上続けたら……ウチ、…本気になってまう…」
 千夏は逃げるように月彦の上から体を引くと、さっっと胸元のシャツのボタンを止める。
 その”間”に月彦は妙にバツが悪いものを感じた。
「……悪ぃ、俺もちょっと…途中から夢中になってた」
 掌と、唇と舌に確かな千夏の乳房の感触が残っていた。
 多少堅さが残る柔肉と固く凝った乳首の感触。
 月彦は膨張した息子を誤魔化すように膝を立てた。
「ええんや、…誘ったのはウチの方やし…それに―――」
 千夏はシャツのボタンを止め終わると、再び月彦の方に向き直った。
「ウチの体でヒコが興奮してくれるてわかったから……ホントは、最期までできたらええんやけど…」
 今、生理やから―――と千夏は付け加えた。
「いや、千夏…さすがに酔った勢いでそれは…それはマズいだろ…」
 今の今まで目の前の牝に発情していた一匹の雄とは思えないくらい、月彦はまともな意見を唱えた。
「そうやな、妙ちゃんとは切れたんやし…。焦らんでも大丈夫やな」
 千夏は月彦に頬ずりが出来るくらいに顔を寄せて、クスクスと妖しい笑みを零す。
 そしてしどろもどろと反論を言おうとするその口にチュッ、と軽く吸い付くようなキスをした。
「ありがとな、ヒコ。…おかげでウチ、少し自信ついたわ」

 異様なムードが漂う千夏の部屋から逃げるように出たのが8時を少し過ぎた頃だった。
 ”事”の後は千夏は終始ご機嫌な様子だった。
 またバイトが休みの時は遊びに来いや―――と別れ際の頬へのキス。
 …何かが違っている気がした。
「はぁ…」
 思わずため息を漏らしてしまう。
(…俺って、押されると弱いんだよなぁ…)
 まさか千夏とあんなことをしてしまうとは―――月彦は自分で自分が信じられないという気持ちを身をもって思い知った。
 思えば真央と初めて体を絡めた時も同じように流されてなし崩しに肉体関係をもってしまったような感じだった。
 誘われれば誰にでも体を許してしまいそうな自分が怖い―――そんな言いしれぬ悪寒に月彦は悶えつつ、千夏のアパートを後にしようとした。
 矢先―――

 ―――ォォォォォォッ!ゥォンッ!ォオッッフゴォッオッ!ギャギャギャギャギャッ!!!!

 目も眩むようなヘッドライト。
 甲高い、頭蓋骨の奥まで響くような排気音と、地獄の悲鳴の様な音を立てて真正面から何処かで見たような真っ赤なスポーツカーが突っ込んで来る。
 そして突如ガクンと揺れたかと思うと真横を向き、そのままアパートの敷地めがけて横滑りを始めた。
「おわっあぁあっ!!!!」
 轢かれる―――!
 月彦は咄嗟に飛び退くようにしてアパートの塀に張り付いた。
 件の赤いスポーツカーは月彦の脚をかすりながらアパートの敷地内へ突っ込んでいく。
 そのままタイヤをギャアギャア喚かせながらアパートの敷地内をぐるぐると回り、最期はぴたりと駐車場の白線の中へと収まった。
 まるで映画のワンシーンのような光景だった。
「あっぶな……殺す気か!」
 バクバクと落ち着きなく心臓を跳ねさせながら月彦は思い切り赤いスポーツカーに向かって、ドライバーには辛うじて聞こえないくらいの音量で怒鳴りつけた。
 刹那、そのドアががちゃりと開く。
 …どこかで見たような人影が運転席から頭を出した。
「うげっっ!」
 忘れるはずもない、雛森雪乃だ!
 月彦は咄嗟にカバンで顔を隠し、アパートの敷地内から逃げようとした。
「待ちなさいっ!」
 その矢先、背後から雷鳴のように鋭い声が響く。
 月彦はビクリと背を震わせて止むなしに足を止めた。
「貴方、比丘仙高校の生徒でしょう?こんな時間に何してるの?」
 カツカツとハイヒールの音を響かせながら雪乃が近づいてくる。
 月彦はカバンで顔を隠したまま雪乃の方に向き直った。
「ベ、別ニ何モ…、友達ノ家カラ帰ル所デス…」
 声色を変えて、まるで宇宙人のような声で月彦は答えた。
 月彦からは見えないが、雪乃の眉がぴくっ、と跳ねる。
「…私をバカにしてるの?」
「イ、イエ…ソンナコトハ……」
 またしても宇宙人の声。
 雪乃が露骨に眉を寄せる。
「それなら、顔を見せなさいっ!」
 がしっ、と雪乃はカバンの端を掴むと一気にそれを引きはがした。
 咄嗟に月彦は両手で顔を覆うも、それよりも先に雪乃の視線が正体を捉えた。
「…なんだ、紺崎君じゃない。こんなところでなにしてるの?」
 急に口調が優しいものに代わり、月彦は恐る恐る両手を下げて目を開いた。
 見覚えのある顔がほんのりと優しい笑みを浮かべていた。
「い、いあ…友達の家から帰るところだったんです」
「そうなの、そうならそうと初めから言いなさい。紛らわしい…」
 雪乃は口を尖らせて怒っているようなジェスチャーをした。
 はて…始めに何をしているか問われたときに同じように答えなかったっけか?―――月彦は記憶を探ってみたが、途中でやめた。
 目の前の人物にはそんなことを唱えたところで意味もないのだ。
 それよりも、雪乃の言葉の方が気にかかった。
「先生の方こそ、なんでこんな所に?あと、紛らわしいって言うのは…?」
「なんでもなにも、私はここに住んでるんだから帰ってくるのは当たり前でしょ。紛らわしいって言うのは最近下着がよく無くなるから、その犯人かと思ったわけ」
「へ…先生も……ここに…?」
「そう、こんなボロアパートで意外だった?」
 ふふっ、と雪乃が笑みを零す。
「車が金食い虫だからね。住むところにまでお金が回らないの」
「そりゃあ…」
 あんな運転してれば…と月彦は言おうと思ったがやめた。
「せめて2階なら良かったんだけどね。一階だから…下着も盗みやすいみたい」
 雪乃はうんざりするようにため息をついてアパートを見上げた。
 ちなみに千夏の部屋は2階である。
「まったく、なんで下着なんか欲しがるのかしらね。理解できないわ」
「同感ですね。同じ男として俺も恥ずかしいです」
 月彦は適当に話を合わせて怒ったような素振りをした。
 しかし反対に雪乃はじーっと値踏みをするような視線を向けてくる。
「…紺崎君」
「え…なんですか…?」
「どうして犯人が男だって知ってるの?」
「へ…?」
 月彦が惚けたような声を出すと、雪乃はさらに疑うような目をむけてくる。
「い、あ…だって、普通下着ドロって言ったら男じゃ―――」
「…なんか怪しいわね。ちょっとカバンの中見せてくれる?」
「…どうぞ」
 別に疚しいものは入ってないので月彦は率先してカバンを差し出した。
 雪乃は迷わずカバンを開け、中身をチェックしていく。
 その真剣な手際を見て、雪乃が本気で自分を疑っているのだと知ってやや愕然とした。
 …やっぱりこの先生、変だ。
「…今日は犯行前だったの?」
 ひとしきり調べ終わった雪乃がそんなことを聞いてくる。
「先生、いくら俺でも怒りますよ?」
 さすがに月彦はカチンと来た。
 いわれのないことで疑われるのは誰だって不快なこと極まりない。
「む…分かったわよ。信じてあげる」
 雪乃は気圧されたように顎を引いて、渋々引き下がった。
「なら、カバン返してください」
 月彦に催促されて、これまたしぶしぶ雪乃はカバンを返した。
「…気を悪くしないでね。私もあんまりしょっちゅう盗られるからちょっとピリピリしてるの」
 ふぅ…と雪乃は肩の力を抜いてため息をついた。
 その疲れたような吐息に見た目以上に彼女が疲れているのが感じ取れた。
「そうだ、紺崎君。ちょっとうちに寄っていかない?」
「え?」
 刹那、逆大魔神のように疲れた顔と笑顔が素早く入れ替わり、その声の明るい口調に月彦は些か怯んだ。
「い、いあ…今日は俺…早く帰らないと…」
 もしやまた先日の説教の続きか―――悪夢のような記憶が鮮明に蘇ってくる。
「大丈夫、帰りは私が車で送ってあげるから。ここから紺崎君の家まで歩いていったら40分くらいかかるでしょ?私が送れば5分で帰れるわよ?」
「だ、大丈夫です!走って帰りますから!」
 月彦はカバンを抱えて咄嗟にダッシュの姿勢に入る―――その前に、肩をがしっと力強く掴まれた。
「……毎日一人で晩ご飯食べるの淋しいって言ってるの。つき合ってくれたらお酒のこと黙っててあげるからさ」
 ぎくっ!
 月彦は咄嗟に口を押さえるももはや後の祭り。
 雪乃は意地悪な笑みを浮かべてぐいと月彦の手を引っ張り、愛車の方へと連れて行く。
「ついでに買い物袋部屋に運ぶの手伝って。今日は結構一杯買い込んじゃったから」

 ガチャガチャと雪乃が鍵を開けてドアを開く。
「入って、ちょっと散らかってるけど」
「…お邪魔します」
 促され、月彦は両手に一杯の買い物袋を抱えて室内に踏み行った。
 微かな香水の香りと意外に片づいている流し台。
 千夏の部屋とは違う意味で簡素な家具類はおそらく、相当に例の車が金を食っている為だろう。
「台所は綺麗でしょ?」
 雪乃は月彦の心を見透かすように微笑んで要冷蔵の食品類を冷蔵庫へとしまっていく。
「はぁ…、なんというか…」
 月彦はコメントに困った。
 独身一人暮らしの女性の部屋に入るなど滅多にあることではない。
 何気なく”大人の女性”の香りが漂う室内はそれだけで雅だった。
「ええと、それじゃあ、俺はこれで―――」
 さりげなく踵を返して帰ろうとするも、まるで見透かしたようにその肩が掴まれる。
「そう急がないで。冷たいものでも出すからあっち行って座ってて」
「いやっ、お構いなくっ、ホント俺帰らないとっっ」
「だーかーらっ、あたしが帰りは送ったげるって言ってるでしょ!」
 どんっ、と半分突き飛ばされるようにして月彦は居間の方へと押しやられた。
「ちょっと着替えるから、覗かないでね。テレビでも見てて」
 さらに居間の引き戸がぴしゃりと閉じられる。
 月彦はやむなく、部屋の中央のガラステーブルの一端に腰を下ろした。
「……これはまた、なんつーか…」
 室内の壁にはネグリジェのようなものからスーツまでハンガーにかけられてズラリ。
 部屋の隅にはおそらく洗濯物とおぼしき衣類の山。
 ほんのりピンク色のベッドの脇には山のような酒の空缶が入ったビニール袋と女性週刊誌の束。
 また、部屋の別隅には弁当の空箱などがぎっしり入ったゴミ袋が2つほど。
 はたしてこれが”ちょっと散らかっている”の範疇に当てはまるかどうかは写真にでもとって街頭アンケートでもやってみるしかない。
 とりあえず洗濯物は洗濯物、空き缶は空き缶できっちりまとめられているのだから散らかってはいないのかもしれない。
 だが、特に綺麗という印象も受けない。
「………………」
 もしや台所が綺麗なのはただ単に使ってないだけなんじゃないのだろうか…。
 月彦はそんなことを思いながらふとベッドの上に視線を走らせた。
 枕元に何体か置かれているぬいぐるみ。
 生活感溢れる室内にそれらの存在だけが唯一女性らしさを醸し出していると言っても過言ではない。
 夜はこれを抱いて寝たりするのだろうか。
 スポーツカーを乗り回している姿からは想像もできないことだ。
「……テレビつけてもいいって言ってたよな…」
 部屋の隅の一端に置かれている21インチテレビデオ。
 月彦は徐にテーブルの上に置かれているテレビのリモコンらしきものを手に取り、テレビの方に向けてボタンを押す―――つかない。
「むっ…」
 何度も連打してみるが一向につく気配はない。
 どうやらテレビの方の主電源が入っていないようだ。
 何のためのリモコンか―――月彦は四つん這いになりながらわざわざ主電源を入れに行った。
 その時、背後でガラガラと戸が開く音がして、月彦はビクリと体を竦ませて振り返った。
「ふー………あれ、テレビつけなかったんだ………?」
 黒のキャミソールにジーンズという部屋着スタイルに着替えた――そして多分化粧も落とし終えた―――雪乃がやや意外そうな顔をする。
 2本の缶ビールと、それとパックに入った焼き鳥を手に月彦とテーブルを挟むように座った。
「あー、これね。朝、主電切れちゃってるのね―――んしょっと」
 雪乃は手を伸ばして主電源スイッチを押し、テレビをつけた。
 適当にリモコンを弄ってバラエティ番組に変える。
「とりあえず、帰りに買った焼き鳥があったからもってきたんだけど。まさか焼き鳥嫌いなんて言わないわよね?」
 雪乃は月彦に缶ビールを勧めながら、焼き鳥の串を一本手に取るとぐいと肉を引きちぎる。
「は、はぁ…嫌いじゃないです…」
 月彦はうわずった声で答える。
「…紺崎くん、別にお説教してるわけじゃないんだから、正座なんてしなくていいのよ?足崩して楽にして…ほら、焼き鳥も」
「は、はいっ…」
 月彦は言われるままに足を崩してあぐらをかき、焼き鳥の串を一本手にとって肉を囓った。
 味など殆ど分からなかった。
「ねえ、紺崎くん」
「は、はひぃぃっっ!?」
 急に声をかけられ、月彦は素っ頓狂な返事を返してしまった。
 雪乃は不審そうに眉を寄せつつも、
「…手、どうしたの?」
 そんなことを聞いてくる。
 ハッとして月彦は己の右手を見た。
「あ、…ちょっと火傷して…」
「そっちの打ち身っぽいのは…?」
「こっちは…階段から落ちて……」
 しどろもどろと説明すると、雪乃は不満そうな顔でじろりと睨んでくる。
「…紺崎くん」
「は、はいっ!?」
「…お酒が進んでないわよ。ほらっ…」
 ぐいっ、と手に無理矢理缶ビールを握らされる。
「い、あ…俺、未成年ですよ?」
「…ふぅん、友達とは飲めてもあたしとは飲めないと。あーそぅなの。停学にしちゃおっかな」
「わ、わかりましたよ!飲ませといて結局停学処分なんてことにしないで下さいよ!!?」
 半ばヤケに月彦は封を開けると一気に缶ビールを煽った。
 …生ぬるかった。
「そうそう、そうこなきゃ。ほら、焼き鳥ももっと食べて」
 勧められるままに焼き鳥を貪った。
 とりあえず焼き鳥が無くなり、ビールも空になれば帰してくれるだろうと、そう考えた。
 しかし満腹なため、どうしても食が進まない。
 …はたと月彦は雪乃の方を見た。
「…ってッ!先生なんで酒なんて飲んでるんですか!!」
「ん…?」
 雪乃は悪びれる様子もなくさらに缶ビールを煽る。
「送ってくれるって言ったじゃないですか!酒なんて飲んだら飲酒運転に……」
「あっ、あーあー……ごめん、ついクセで」
 雪乃は照れるようにぺろりと舌を出すと、
「大丈夫だって、ビール一杯なんて飲んだうちに入らないんだから」
 ちょいちょいと手招きをするように月彦を宥めてそんなことを言う。
 とても教師の言葉とは思えない。
「…今、飲酒運転って罰金結構キツいんですよ?しかも同乗者まで罰金とられたりするらしいじゃないですかっ!」
「紺崎くんって詳しいのね。もしかして捕まったことあるの?」
「あるわけないじゃないですかっ!!」
 関心するように尋ねてくる雪乃に月彦は声を荒げて否定した。
 ぐいと一気にビールを飲み干してカバンを持ち、立ち上がった。
「夜遅いんで帰ります、焼き鳥ごちそうさまでした」
 軽く頭を下げて月彦は居間を後にする。
 送ってもらえるというメリットがあったからこそ寄ったのだというのに、それすら叶わないとなれば部屋に居続ける理由など一つも無かった。
「あっ、待って、、、」
 慌ててその後を雪乃が追う。
 月彦はかまわず、玄関で手早く靴を履く。
「ごめんね、ホントに送ってあげるつもりだったんだけど…。あっ、タクシー呼んだげようか?」
「いえ、大丈夫です。お邪魔しました」
 月彦はもう一度頭を下げて雪乃の家を出た。
 腕時計を見る―――9時前だった。
「ふぅぅ…………」
 勢いに任せて出てきたのはいいが、ちょっと可哀相だったかも―――ドアを閉める際の雪乃の淋しそうな顔が脳裏をよぎる。
 かといって、今からドアを開けて部屋に戻るわけにもいかないし、戻りたくもなかった。
「…でもなんか、あの先生…彼氏居ないってのが分かる気がするな…」
 美人なのにもったいない―――月夜の下、酔いを覚ますように帰路につきながら月彦はそんなことを思った。

 自宅前についたのが約9時半。
 お世辞にも真面目な学生が帰宅する時間帯とは言い難いが、一応前もって連絡はしておいたから何も問題はないだろう―――と、月彦がドアノブを握ろうとした矢先、ぐいとドアが押し開かれた。
「おかえりっ、父さまっ♪」
「…た、ただいま、真央…」
 愛娘の満面の笑みでのお出迎えに月彦は思わず2歩ほど後ずさりをした。
 まさかずっと玄関前で待機してたのか?―――そう勘ぐると、目の前の笑顔がどことなく迫力に満ちたものに見えてくる。
 顔こそ笑みを浮かべているものの、その髪の中からせり出した狐耳はピンと警戒する猫のように伏せられ、尻尾もなにやら機嫌が悪そうにザワついている。
「父さま、入らないの?」
「あ、ああ…そう、だな…」
 玄関先で立ちっぱなしというのも変だ。
 月彦は促されるようにして玄関へと入るが―――
「……ん?」
 まるで犬がそうするように、真央がくんくんと鼻を鳴らしては月彦の周りをぐるぐると回る。
 その表情から察するに何か不快な匂いがするらしい。
「あ、汗臭い…か?」
「…違う……、変な匂い…香水っていうのかな…これ…」
 ぎくッ!
 月彦は思わず表情を引きつらせると、それを見てニヤリと笑む真央。
 ただの笑みじゃない、どこか深い笑み。
「父さま、お風呂湧いてるから…」
「そ、そうか…じゃあ、早速入ってくるかな」
 月彦が部屋に荷物を置きに戻ろうとすると、
「はいっ、父さまの着替え。カバンは私がお部屋に戻しとくねっ」
 真央がそのカバンを手に取り、代わりに下着類などを手渡してくる。
「…よ、用意がいいな」
「うんっ、………待ってる間退屈だったから」
 にっこりと微笑んで、そしてぼそりと最期に一言付け加える。
「あ、明日はもっと早く帰るからなっ」
 まるで残業で帰りが遅くなったサラリーマンのようなセリフ。
 月彦はチクチクと心臓を針で突かれるような痛みを覚えてそっと笑み返した。
 真央は月彦の返事に満足がいったのか、コクリと頷くとその狐耳をくるんっ、と跳ねさせた。
「じゃあ、父さま。……私、部屋で待ってるから…早くお風呂、入ってきてね」
 真央は踵を返すとすりっ…と尻尾の先で優しく月彦の股間を撫で、トトトと階段を駆け上っていく。
「ははっ……は…と、とりあえず…ゆっくり風呂入ってくるかな……」
 月彦はただ、苦笑いをするしかなかった。



 風呂に入り終え、ほんのりと肌を上気させながら部屋に戻ると早速に真央が飛びついてきた。
「父さまっ、これ使って」
「…なんだコレ…。」
 と、真央が差し出したそれは元はジャムかなにかの瓶に入っているどす黒い、なにやらドロドロしたものだった。
 月彦は真央に促されて蓋を開けてみる―――
「うぐっ…!?」
 ツーンと鼻を鋭く尖った鉛筆で突き刺されたような強烈な刺激臭。
 月彦は思わずよろめき、瓶を手から落としそうになった。
「真央…これは…?」
 まさか食べ物じゃないよな?と期待を込めて月彦は尋ねた。
 真央は笑みを零すと、
「火傷のお薬、父さま、右手火傷してたでしょ?」
「へ?…ああ、これか。でもこれはもう治ったようなもの―――」
 月彦はもう包帯すらつけてない右手をぶらぶらさせた。
 …途端、真央の顔が夏の空のようにみるみる曇っていき―――
「―――だけど、折角だから使わせてもらおうかな。はははっ…」
 不安げに真央が見守る中、月彦はベッドに腰を下ろす。
「……ちなみに塗り薬だよな?」
「うんっ」
 真央が大きく頷く。
 良かった…。
 月彦は胸を撫で下ろし、徐に左手の指を瓶のなかに突っ込んでみる。
 ぬちょ…。
「うっ……」
 ひやりと冷たい、ぬちょぬちょの感触に背筋をゾクリとさせつつ、月彦は指先に少量”薬”を絡め取る。
 そしてそれを右手の火傷部分に塗りつけていく。
 微かにヒリヒリする傷口にしっかりと、どす黒いズルズルになった薬が塗り込まれる。
「…これでいいのか?」
「うんっ、あとはガーゼと包帯で……」
 手際良く真央が左掌にガーゼを宛い、包帯で巻いていく。
 掌にべっとりと張り付くような感触が気色悪かったが、すぐになれるだろうと我慢することにした。
「…これ、真央が作ったのか?」
 月彦は瓶の蓋をしめながら尋ねると、真央はコクコクと頷いた。
 尻尾をパタパタと振り、大きな耳をピンッ、ピンッ、と震わせて、まるで犬が褒めてもらうのを待っているような仕草だ。
「そっか…。俺のためにわざわざ作ってくれたんだな。ありがとう、真央」
 精一杯の笑顔で真央の頭をそっと撫でてやる。
 真央はくすぐったそうに、それでも心地よさそうに鼻を鳴らして自分から掌に頭を擦りつけるようにしてくる。
「うんっ、父さまの為だもん…」
 真央はさらにすりすりと体全体を擦りつけるようにしてくる。
「そうだ、父さま。これ……」
 真央は思い出したような声を出して、ごそごそとどこからともなく白い丸薬のようなものを取り出し、月彦に見せた。
「なんだ…?これ」
「痛み止め、父さま、これも飲んで」
「…飲み薬なのか?」
 さっきの塗り薬の匂いが強く記憶に残っている月彦は些か気圧され、真央から丸薬を手に取ると軽く匂いを嗅いでみる。
 …変な匂いはしない。
 チラリと真央の方を見てみるとじーっ、と期待するような目で見つめている。
「……………」
 月彦は意を決して丸薬を口に含んだ。
 別に痛み止めを必要とするほど打ち身も火傷も痛まなかったのだが、それでも自分の帰りを待ってくれていた愛娘が出す薬となれば飲まざるを得ない。
 齢18にして月彦は父親の気苦労というものを既に味わっていた。
 ちなみに薬は特別変な味はしなかった、ほんのりと甘い味がするくらいだ。
「こえ、そのままのむのふぁ?」(訳:これ、そのまま飲むのか?)
「うんっ」
 真央が言うままに月彦はゴクリと丸薬を飲み干した。
 微かに腹の奥が熱くなるような感覚がある。
「…まさか、狐にしか効かないってんじゃないよな…?」
 ふと不安になって真央に尋ねてみる。
 真央は安心させるように微笑んで、
「大丈夫、だって父さまは前に―――」
 と、急に声のトーンを落として口を噤んだ。
「…前に、何だ?」
「ううん、なんでもないの。あははっ……」
「………………………?」
 月彦が首を傾げると、真央はそれを誤魔化すように体を擦りつけてくる。
 両手を絡めてきて、ぐいぐいと月彦をベッドに押しつけるようにして体を擦りつけ、尻尾をサワサワと這わせてくる。
「真央っ……くすぐったい…」
「んっ……父さまに真央の匂いをつけてるの」
 なし崩しにベッドに押し倒され、さらに真央は積極的に体をすりつけてくる。
 徐々に強く、熱のこもったような動作で真央は自らの胸をおしつけ、フゥと吐息を首元にふきかけてきた。
「ま、真央…今日はどうしたんだ?」
 月彦が逃げるように身を捩ると、真央はその両手の節を押さえつけるようにして動きを拒み、体を重ねてきた。
 熱っぽく息を漏らしながら鼻を鳴らしてしきりに月彦の首の辺りを嗅いでくる。
 ぬ…と首筋に舌が這ってきた。
 続いて軽く首の肉が噛まれる。
「真央…痛い…」
 まるで野生の獣が捕らえた獲物の喉笛を噛みちぎるような仕草。
 噛んだ場所がまた舌先で撫でるように舐められる。
(…真央なりに甘えてるつもりなのか…?)
 狐が一体どのように親に甘えるのか月彦はしらなかったが、とにかく真央の行為に害意は感じられなかった。
 しばらく真央がしたいようにさせていると、ふいに真央が体を起こした。
「んっ…ねえ、父さまぁ…?」
 熱く曇ったような声。
 どこか蕩けた目で真央は呟く。
「な、なんだ…?」
「父さまって……大きな胸が好きなんだよね…?」
「はっ……!?」
 月彦は驚くような声を上げて、そしてすぐにハッとした。
「…さては真央、また………」
 少し窘めるような口調。
「盗み見はあんまり関心できないぞ?」
「だって……父さまの帰りが遅いから……」
 真央はシュンと肩を窄めて、そして両手で自らの胸を強調するように寄せ上げる。
「ねえ…父さま、真央の胸じゃ…だめ?」
「だ、だめとか良いとか…そういう問題じゃなくてだな…あ、れ……?」
 不意にクラクラと視界が揺れたかと思うと眼前の真央の姿が2重、3重に増えていく。
「なんだこれ…、体が………」
 腹の奥底からわき上がってくるような熱気。
 ジットリと掌が汗ばんできて体中の筋肉に力が漲るような感覚。
 肋骨を突き破らんばかりにドクドクと心臓が跳ね、熱く滾った血が全身を駆けめぐる。
「んっ……父さまァ…♪」
 月彦の変化に真央は妖しく笑み、月彦の左手をそっと手に取るとその指を一本一本丁寧にしゃぶり始めた。
 態と月彦に見せつけるように、その眼前で月彦の顔を見据えながらの口戯。
 ぬろりと微かな唾液で妖しく光るその唇に吸い込まれた指の皺の一本一本を辿るような紅色の舌の動き。
 淫らに絡みついてくる柔らかい舌の動きと汚らしく音を立てる粘性の唾液汁の感触。
 指の先からゾクゾクと突き上げてくる快感に思わず我を忘れて、愛娘の唇に自らの剛直を突き立てたいという衝動がわき起こってくる。
「ま、お……さっきの薬…、ほんと、に…痛み止め、か……?」
 ふぅふぅと瀕死の獣のような息づかいで月彦は喘いだ。
「んっ…はむっ、れろっ…♪…うんっ、痛み止めだよ。…一応…。…んっ、ちゅぷっ、ぴちゃっ……」
「い、一応って、ど、ゆ…意味…ッ…!」
 モゾッ……と真央の指先が股間の辺りを這ってきて、月彦は咄嗟に体を跳ねさせた。
 軽く撫でられただけなのにスタンガンでも押し当てられたかのような刺激だった。
 ぬろぉっ…と真央が指から唇を離す。
「…あの薬はね、昔、母さまに作ってもらったものなの…」
「何ぃっっ!?」
 真央が言う母さま―――月彦を数年前攫い、散々犯しつくした妖狐。
 ド淫乱で里中の雄狐を食い荒らし、禁忌を破って人間の男(月彦)にまで手を出し、挙げ句の果てに封印刑まで食らったという。
 実の娘である真央にもキスを仕込んだり、はたまた意地悪な術の講師をしたりと相当に性格が悪いことは容易に想像がつく。
 至極、まともな薬など作るはずがない。
「ま、お……なんてモノを…ッッ…!」
「大丈夫だよ、父さま。体に何も害はない筈だから……」
 真央は覆い被さり、ちゅっ、ちゅっと優しいキスの嵐をふらせてくる。
「ちゃんと鎮痛作用もあるし…父さまも昔飲んだことがあるって母さまから聞いてたから―――」
 害は無いはず…と真央はそっと付け加えるように囁く。
「へっ…俺が飲んだことあるって…?」
「絶倫丸っていう薬なの。…母さまが自分で作り出した薬で……飲むと……」
 さわっ…と再び真央が膨らんだ股間をなでつけてくる。
 それだけで月彦はうめき声を上げ、ビクリと体を跳ねさせた。
「ぁっくッ!ヤバいッ!、ヤバいって!真央っ…解毒剤とかないのかっ!?」
 月彦は声を荒げて叫んだ。
 今にも自分が自分でなくなりそうな、そんな焦燥があった。
 そんな月彦をさらに焚きつけるように真央は掌を滑らせて月彦の体をなで回すように愛撫する。
「母さまがそんな薬くれると思う…?それに、持ってても…父さまには飲ませてあげない…」
「バカッ!何言ってッ……このままじゃっっ…」
 ムラムラとわき上がる欲望。
 腹部を中心にジンジンと根を張ったような淫らな考えが月彦の頭を捕らえ始める。
 はち切れんばかりに膨らんだ剛直はハーフズボンを突き破らんばかりに怒張し、神経細胞を通して月彦の脳に止めどなく囁き続ける。
 ”目の前の牝を犯せ”―――と。
「んっ…父さま、真央にムラムラしてる…?…真央のこと、犯したいって…思ってくれてる…?」
 真央はくぐもった声で鼻を月彦の耳に擦りつけるようにして慣らし、囁いてくる。
「真央っ…頼むから…ッ…!」
 それ以上挑発しないでくれ―――、言葉より先に真央の手がハーフズボンの中、トランクスの中に潜り込んだ。
 しっとりと、仄かに汗ばんだ手が剛直を優しく撫でた。
「父さまがいけないんだよ?父さまは…真央だけの父さまなのに……他の女の子とあんなコトして…」
 真央はハァハァと発情した獣のように息を荒くしながらその細いしなやかな指で優しく、徐々に強く月彦の剛直を扱きあげる。
 同時に月彦のシャツをまくし上げるようにして腹部、胸部を露出させ、食らいつくようにキスの後をつけていく。
「はぁ…はぁ……ま、真央…ッ…!」
 月彦は高熱に魘されるような声で呟いた。
 真央の唇が体の各所に吸い付いていく。
 そしてそれらが徐々に南下し、ある一点を目指す。
 もぞもぞと焦れったい手つきでハーフパンツごとトランクスが脱がされた。
「はぁ…んっ。…父さまも…ケダモノになっちゃえっ…んっ、れろっ…」
「ッッッ!ッぁ、く…!」
 真央の小さな舌の先端が穿るようにして剛直の先に溜まっていた蜜を舐めとった。
 途端、月彦は悲鳴に近い声をあげて下半身を跳ねさせた。
 一気に、理性が吹き飛んだ。
「きゃッッ!?」
 刹那のうちに真央の視界がぐるりと回転した。
 ぼすっ、とベッドに背中から落ち、低くくぐもった獣の生暖かい息づかいが胸元に吹きかかる。
「と、…さま…?きゃんッ!!」
 有無も言わさず着ていた衣類がはぎ取られた。
 真央の体を離れたそれらは元のただの繊維の屑へと散っていく。
「はぁ…はぁ…っ…」
 月彦は乱れた呼吸を整えるように何度も大きく息を吸い込んだ。
 それでも一向に呼吸が整う気配はない。
 開きっぱなしの口元からはとろりと涎が垂れ、糸を引いて真央の腹の辺りに落ちた。
 視線を己の下に走らせる。
 真央が居た―――否、”美味そうな牝”が居た。
「はぐっ…んっ、じゅぷッ!」
 我慢など効かなかった。
 汚らしい音を立てて獲物に貪り突く肉食獣のように真央の膨らみにしゃぶりついた。
「きゃッッ…と、さま…んんッ!」
 真央は咄嗟に怯えるような声を漏らすもすぐに自らの胸を差し出すように背を逸らせ、食らいつく月彦の後ろ髪を撫でた。
 外見の割によく実った乳房を上質のモチでも食むかのように月彦はしゃぶりつき、嘗め回す。
 固く凝った乳首を歯と舌でこりこりと弄り、強く吸い上げた。
 白い乳房に唾液の跡がテラテラと光る。
「ふぅ、ぅんっ…ぁっ、とぉさまっ…あンッ!ぁっ、そんなっ、吸ったらっ…ひぃッあっ、ぁっ!」
 真央が悶えると、月彦はいっそうサカったように息を荒くして乳房を揉み捏ねた。
 ぐにぐにゅと粘土細工のようにこね回し、乳首を摘んでは体を持ち上げるように引っ張り上げる。
「やんンッ!!ひ、ぁっ……イはぁッ!ぁっ…とぉさまっ…!…おっぱいッ…気持ちいいのォォ;っっ………ふえっ…!?きゃんッ!!!」
 悶える真央にかまわず、月彦は一気にショーツごと真央のズボンを破り捨てた。
 既にぐっしょりと湿った狐色の恥毛とテラテラと光る淫裂がふわりと牝の香りを一気に部屋中にまき散らした。
「ふーっ…ふーっ……んっ、じゅるッ!じゅるるッ!ぐじゅっ、ぴちゃッ、ちゅばっ!」
 月彦は匂いに誘われるままに真央の蜜壺に吸い付き、溢れる恥蜜を汚らしい音を立てて舐め啜っていく。
「ひぃアッ!?と、さまっ…ひゃあッ!あッ、あぁッ!あぁぁッ!!!」
 ビクンッ!
 真央は大きく仰け反ると両手で股間に貪りつく月彦の頭を掻きむしり、つま先を伸ばしてピクピクと悶えた。
 月彦が舌を動かし、蜜を啜るたびにピリピリと高圧電流のような快感が真央を襲う。
「ふぁッアッ!!とっ、さまっ…やぁンッ!!そこっっ、ビリビリって来るのォッッはひッッ!!」
 ジュルッ!ジュルルルルルルッ!!
 ぴちゃっ、ちゅぶっ、ちゅばッ!
 汚らしい音を立てて真央の恥蜜を啜り、包皮を剥いて淫核をしゃぶりあげると、真央がいっそう声を高くして暴れる。
「ぁあッ、ァッ!とぉ、さまぁんッ!そんなっ、舌、入れないでっっ!ぁあっ!!やっっ…歯、立てられたらっっぁあッアぁぁああーーーーーッ!!!」
 ビクンビクンッ!ビクンッ!!
 まるで陸に打ち上げられた人魚のように真央は体を跳ねさせ、盛大にイッた。
「ぷはっ…はぁっ、はぁっ………ふーっ……ふーっ…………」
 月彦はひとしきり恥蜜を啜り終え、イッて震えている真央の姿を満足そうに見下ろした。
 全身をほんのりとピンク色に染めて、玉のような汗を浮かべてピクピクと震えているその様が溜まらなく情欲をかき立てた。
 矢も盾もたまらず、月彦は哮る剛直を真央の淫裂に押し当てると一気に突き入れた。
「はぁあぁあああァンッ!!!あっ、ふぎっっ…お、大きっっ、苦しッ……ひんんッ!!」
 ぬ゛るんッ!…プチュッ…!
 ズルズルと花弁を巻き込むようにして剛直が真央の膣に埋没していく。
 まるで体に芯を通されたように仰け反り、苦しげに真央が呻き、逃げるように体を引く。
 月彦は真央の腕の付け根の辺りを両手で押さえ、逃げられないようにしてさらに奥へ剛直を突き込む。
「くひぃぃぃッッ!…ぁっ、ふぁっ!ひぃっ…と、さまッ…大きっ、すぎッ……くはぁっ!」
 薬の効果か、いつもより2割ほど肥大した剛直に真央は悲鳴を上げる。
 それでも、上質の蜜壺はぐっぽりと剛直を根本まで咥え込み、離さない。。
「ふーっ……ふーっ……はぁぁぁっっ…」
 月彦は真央の膣内の感触に満足するように快感の吐息を漏らして、ゆっくりと腰の前後を開始する。
 ぐちっ、ぬちゅっ、くちゅッ!
 淫らな水音が室内に響く。
「あッ、あッ!あッ!くぅぅんッ、ぁっ、んっぁ!ひぁっ…!あっ、あっ…!」
 突かれる度に真央は喉を震わせて媚声を上げ、背を仰け反らせる。
 特大の剛直がずるずると膣壁を擦り、絶え間なく襲ってくる痺れるような快感に身もだえし、さらに快感を貪ろうと膣壁を締め上げてくる。
「はぁっ……はぁっ…真央っ……!!」
 月彦はうわごとの様に真央の名を呼びながら徐々に腰の動きを早めていく。
 キュッ、キュッと強烈に締めてくる肉壁の圧力を跳ね返すように剛直を突き込み、何度も膣奥を小突き、押し上げる。
 …ジンジンと、熱い奔流が体の奥から突き上げてくる。
「くふぅッんぁッ!あんッ、!あンッ!あんッンゥ!!ひンッ!ぁっ、らめっ、!そんなっ、そんなッ…強っっ、くゥンッ!!!」
 ピクピクと真央は震え、舌を突き出しながら声を上げる。
 突き入れられるたびつま先まで反らせた脚を跳ねさせ、喘いだ。
「くッ……真央ッ、…出るッッ!!!」
 グンッ!―――月彦がいっそう深く剛直をめり込ませてくる。
 グリグリと先端が子宮口を抉るようにねじ込まれ、肉槍が震えた。
「あぁぁぁぁッ!と、さまっ…あひィィィッ!!!!」
 真央が鳴いた刹那、剛直の先から尋常じゃない量の精液が迸る。
 ごぷっ…!どぷっ、どぶんッ!
 あまりに強烈にはき出される熱い精液の勢いに白い腹がビクビクと波打った。
 狭い膣内の容積を遙かに上回るそれらはごぽごぽと音を立てて溢れていく。
「ああァッっ…ひんっ!…ぅ…はぁっっ……!…とぉさまの…精液っ…凄…い、、っ…こんなに、いっぱい出て………んぁあッ…おなか…、熱いぃ……ぁぁぁっ…」
 真央は瞳を潤ませながら心地よさそうに声を漏らした。
「くッう…ッ!…これ、もッ…薬のッッ…せいか…!?」
 びゅぐっ!びゅぐっ!びゅぐんッ!
 あり得ない量の精液が幾度となく、剛直が震えるたびに凄まじい快感を伴ってはき出されていく。
 少しでも気を抜けば失神してしまいそうな程に強烈な快感だった。
(や…べっ、これ……やみつきに…なるかもっ…!)
 肉槍が震えること十数回。
 同じ数だけ先端から精液をはきだして漸くに射精は止まった。
 依然真央と交わった時よりも数倍凄まじい快感だった。
「くはぁっ…はぁッ………はぁっっ……!」
 月彦は激しく息をつくとグッタリと真央の上から覆い被さった。
 耳元に真央の荒い息づかいがしっかりと聞こえた。
「父さま…大丈夫……?」
 真央の囁き。
 月彦はむくりと上体を起こして真央を見下ろした。
「…なんとか、な…。さっきよりはマシになった……ったく、なんつー薬を………」
 射精を終えたせいか、月彦には正常な思考力が戻りつつあった。
 しかしそれも、相変わらず腹の底から脇上げてくるような熱と一向に力を失わない剛直の感触からあまり長くは続かないのではとうすうす感じていた。
「んっ…、でも、…父さまも…気持ちよかったでしょ?」
 真央はほんのりと頬を染めて、照れるように微笑みかけてくる。
「そりゃ…、でも、これって…もしかして麻薬とか…そういうんじゃないのか…?」
「大丈夫。ちょっと疲れたりするけどそのほかには害はない筈だから」
 真央はまったく悪びれる様子もなくそのように説明する。
「…ちょっと疲れる…ね…」
 ちょっとという表現がいまいち曖昧だが、今は真央を信じるほか無いと思った。
「…ッ…やばっっ…また、ムラムラしてきた………!」
 途端、腹の底からわき上がる熱と共にムラムラと欲情が始まる。
 鼓動が早く、呼吸が荒くなってくる。
「んっ…父さま…次は…真央が上になるね…?」
 真央は月彦を突き飛ばすように押し倒し、その腹の上に跨る。
 挿入されたままの剛直をゆっくりとチュクチュクと音を立てて腰ごと前後させた。
「はぁぁっぁ…父さまの…ホント大きい……奥に当たるゥ……ふぁアッ…!」
 月彦の胸板に両手をつき、ゆっくりと腰をくねらせ始める。
 結合部からは先ほどたっぷりと出された精液と恥蜜の混合液が溢れ、プチュプチュと潰れるような音を立てて零れていく。
 真央の薄い恥毛も恥蜜と精液に濡れ、テラテラと光沢を放っていた。
「ッ……真央っ、もっと…動いてくれっっ…!」
 月彦は真央の脚の付け根の辺りから太股の辺りをなで回し、焦れったそうに声を上げる。
「んっ…で、もっ…父さまのが堅くて…大きいからっっぁッ…ンッ!…奥がっ…コリコリってなってッ…んんッ!」
 真央が心地よさそうに声を漏らして、淫らに尻尾をくねらせる。
 円を描くような腰の動きに加え、徐々に上下に擦るような動きを加えてくる。
 良く実った乳房がたぷたぷと幻惑するように揺れた。
「ッ…なんか、こうして見ると…、真央ってすごいヤラしい体してるよなッ…!」
 月彦は両手で踊るようにタプつく乳房を掴み、こね回す。
 それだけで真央は声を上げ、ますます動きが激しくなってくる。
「んんぁッ、ぁぅッ!それ、はっ…とぉさまにッ…触って欲しいからっ……父さまに抱いて欲しいからっ…だから、ぁあンッ!!ぁっ…乳首そんな抓られたらッきゃひィッぁん!!!」
「そうかな…?本当は俺じゃなくても雄なら相手は誰でもいいんじゃないのか?」
 月彦は態と意地悪く呟きながら少し痛いくらいに乳首を抓り、引っ張る。
 途端、ギュグッと一気に膣内が締まる。
 さらに、狭まった膣内をこじ開けるように月彦自信もベッドのスプリングを利用し、突き上げた。
「やッァ!そんなっ、そんなコトッ…!ぁあッ!だめっっ!そんなっっ突かれたらッッぁひッぃッッッ!!」
 突然の月彦の動きに真央は悲鳴を上げて仰け反る。
 月彦は上体を起こすと真央の尻を両手で掴み、ユサユサと上下に揺さぶりながら震える狐耳にさらに囁きかける。
「どうだかな…、真央は”母さま”に似て淫乱だからな」
「ぇ……ぁっ、やだッ…父さまっ、それ、言わないでッッ…」
 淫乱。
 その単語を聞いた途端、真央は狐耳を伏せ、泣きそうな声を上げる。
 しかし同時に吐息をますます荒くし、キュウキュウと膣内を締め上げてくる。
「だってそうだろ?…実の父親に薬まで飲ませて…こんな風に犯させて……」
 意地悪く囁きながら、ぐにぐにと肉付きの良い真央の尻の感触を堪能する。
 やや幼さが残るためか多少堅さが残っているが、それがまた抜群の揉みごたえとなって月彦をさらに興奮させた。
「ぁあっあッ!ち、違う、ッ…違うっ、のッぁっァアッ!ぁッ!ひッッあッ、やッッ!し、尻尾だめッッきゃひぃいいいンンッ!!!」
 尻を揉んでいた手がスライドし、快感のあまりギンギンに勃起した尻尾へと延びる。
 根本から優しく包むように握って、こしゅこしゅと優しく扱き始める。
「だめって言ってるけど、尻尾触ると…真央の膣内、無茶苦茶締め付けてくるぞ…?」
 囁きながら、右手でギュッと尻尾を強く握るとナニを扱く手つきでごしごしと扱き始める。
 同時に左手で真央の尻を掴み、腰を叩きつけながら体を上下に揺さぶった。
「はぁあッッあぁァアッ!!!ひ、ひァッあァッ!!ら、らめっっ!しっぽ、そんなにされたらッッ!あぁあッァ!らめっ!らめッッ!!尻尾、キモチイイのォッ!しっぽッ!シッポもっとシてェ!!」
 まるで電気ショックでも受けたように真央は身を震わせ、戦慄いた。
 シッポからビリビリと突き上げてくる痺れるような快楽に目の前でチカチカと火花が散り、あられもない声でさらなる愛撫をねだる。
 同時に極太の肉槍に膣内をかき回されて真央はワケの分からないうちに絶頂へと押し上げられていく。
「ッッ…!真央ッ……そんなに締めたらッッ……!」
 月彦は眉を寄せながらさらに腰を叩きつける。
 尻尾を扱き、痙攣するように締まる膣壁をゴリゴリと剛直で引っ掻き、何度も最奥を突き上げた。
「あァッ!あッ!あッ!あッ!とぉさまッ!とぉさまッッ!そ、なッ…ゴリゴリってされたらッッやッ!い、イクッ、イクぅッ!!!イッちゃうッゥウ!!!あぁッ!あッ!ぁッあぁぁーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 ビクンッ!ビクンッ!ビクンッ!
 バネ人形のように体を跳ねさせ、真央は一気に膣内を収縮させ、肉槍を締め上げてくる。
「ッ…ま、おッッあぐッ!!!」
 両手で真央の尻を掴み、押さえつけ、月彦は呻いた。
 刹那、どぷっどぷっ、と先ほどと殆ど変わらない勢いで真央の膣奥に白濁液を叩きつけていく。
 狭い膣内に盛大にぶちまけられる精液は必然のように結合部から飛び散るように溢れ、とろとろと滴り、ベッドにシミを作った。
「あッ…ぁぁッ、ぁッ……ひンッ!ぁ、ふぁ………父さまの……精液っっ…熱、いぃ………はぁっ…ぁ………ひんっ、まだ、出て………ぁンッ…!」
 ぜぇぜぇと息を切らしながら、震える声で真央は喘ぐ。
 ぐたぁ…と力無く月彦にもたれ掛かり、先ほどまでギンギンに勃起していた尻尾からもみるみるうちに力が抜けていく。
「はーっ……はーっ………ッ、マ、ジで大丈夫、なのか…この、薬っっ……」
 剛直は今だ衰える気配はない。
 腹の奥底から沸き立つような熱は衰えるどころかグツグツと煮えたぎるように激しくなってくる。
 …ムラムラと、さらなる情欲が沸き立ってくる。
「く、そッ……真央ッ、責任とってもらうからなっっ!!」
 月彦はすっかり脱力している真央の体を抱きかかえ、一端剛直を引き抜いた。
「ふぇ…………あッ…きゃんッ!!」
 絶頂の余韻に浸りきっていた真央は素っ頓狂な声を上げ、そのままベッドに寝かせられた。
「…真央、四つん這いになるんだ」
 ハァハァと息を整えながら、低い声で月彦が『命令』する。
「ぇ…と、さま……まだ、…するの…?」
 真央は怯えた声で尋ね返してくる。
「…真央が飲ませた薬で……収まらないんだッ……ッ…真央、早くっ……!」
 フーッ、フーッ…。
 月彦は獣の息づかいで、血走った目で真央を見、催促する。
「ッ…ひっ………ま、待って…父さま…少し、休ませ―――きゃんんッ!!」
 怯えて休憩を申し入れようとする真央を、焦れったいとばかりに月彦は無理矢理俯せに押し倒した。
 くにゃりと垂れる尻尾を掴んで、無理矢理尻を持ち上げさせる。
「ひゃあぁッ!ぁっ、ま、待ってっっ………父さま、これ以上されたらっっ…私ッッ!」
 逃げようとする真央の脇腹を両手で掴み、哮る剛直を無理矢理突き入れる。
「あッ、くひィィィィッ!!!あ、あぁッ……!!」
 ビビビッ!
 垂れていた尻尾が途端に勃起し、毛を逆立てる。
「くはぁァッ……ふぅゥッ……真央の薬で、…こうなったんだ…効果が切れるまで…真央が失神しても続けるからな……ッんッ!!」
 ズルズルと肉壁を引っ掻きながらゆっくりと剛直を引き抜き、一気に突く。
 パンッ、と軽快な音を立てて白い尻肉が小さく波打った。
「はぁァンッ!ぁふァッ!……そ、んなっ、父さまっ…もう、許しッ…ぁあンッ!!!」
 グッ、グッとしっかりと剛直を真央の膣内になじませるように何度も突き入れる。
 幾度かの交わりで調べ上げた真央の弱い部分を的確に突き、擦り上げる。
「…そんなこと言って…、どうせすぐ…サカッた声をあげるんだろ…?」
 月彦はグググと剛直をねじ込みながら真央の上から覆い被さるように体重をかけて、震える狐耳に囁きかける。
「ぁッッ…やッッ……なんか、変な、感じっっ……………!!」
 背後から獣のようにのし掛かられて真央はそれだけで息を荒くし、悶える。
「ん…?真央はこうされると興奮するのか…?」
 月彦が探りを入れるように囁くと、真央は咄嗟に驚いたような目を月彦の方に向け、すぐに誤魔化すように視線を泳がせる。
「……真央はウソをついてもすぐバレるな。ここがキュッ…て締まるもんな」
「ぇっ…ぁ、ち、違ッ…そんなコト…無いっっ……あんッ!!」
 誤魔化してもダメだ、とばかりに軽く膣内を小突く。
「…後ろから、獣みたいに犯されるのが好きなんだろ…?」
 囁きながら、同意を求めるように小刻みに膣内を擦り上げると、控えめに小さく真央が頷く。
「…ん、素直だな、真央は…。可愛いぞ…」
 チュッ、とその頬に軽くキスをして、再び腰のストロークを早めていく。
 その動きに呼応するように真央の声が徐々に小刻みに、悦に入ったものに変わっていく。
「あッ、ぁッ、ぁッ、あっ…あんッ、あっッ、んっ、ぅんッ!んんッ!!」
 パンパンと尻肉を波立たせながら徐々に早く、真央の膣内を陵辱していく。
 リズムに応じてたぷたぷと揺れる双乳を抱きしめるようにして掴み、搾るように揉んだ。
「くぅぅんッ!ぁっ、んんぁあッ!ぁッ…とぉさまッ…尻尾もっ…尻尾もっ、触って…ェッ!!」
 自ら尻を月彦の腰に押しつけるようにしながら真央が焦れったそうにおねだりをする。
 堅く勃起した尻尾をくねくねと左右に踊らせて月彦の腹の辺りをサワサワと撫でてくる。
「…そんなに、尻尾触って欲しいか?」
 月彦は腰の動きを止め、再び覆い被さりながら真央の狐耳に囁きかける。
「ぁっっ…やだッ…父さまッ…動き、とめないで、、、」
 途端、真央が切なそうに喘ぎ、押し込まれた剛直をキュウキュウと締め上げてくる。
「…真央、一つ約束をしてくれないか?」
 月彦は微笑むと、真央の髪をそっと撫でながら囁く。
「ぇ…約束…?」
「そう、約束。俺が真央と一緒に居る時以外、”千里眼”は使わないっていう約束だ」
 月彦は覆い被さったまま、ゆっくりと腰を引き、突く。
「あンッ!…ふ、ぁ…で、でも………」
「でもじゃない。俺だってプライバシーは欲しいし、秘密にしておきたいことだってある。真央だってそうだろ…?」
「……………ッ……」
 真央は戸惑うような複雑な顔で押し黙ってしまう。
 さらに月彦は囁きかける。
「真央が約束してくれないっていうなら、真央を抱くのも今夜限りだ。今後、二度と抱かない。それでもいいなら…好きなだけ俺のこと見てていいぞ」
「え……そ、そんなッ………」
 ビクッ、と真央が身を震わせ、泣きそうな声を上げる。
「嫌なら…約束してくれるな?」
 さわさわと胸に手を這わせ、答えを催促するようにこね回す。
 真央はしばらく考えた後に、小さく頷いた。
「よし、約束だぞ?こっそり見ようとしても無駄だからな?俺が真央の千里眼を察知できるのは知ってるだろ?」
 本当はあまり自信が無かったが、それでもハッタリ混じりに月彦は言った。
「うんっ、…約束するからっ、だから父さま…早く続きをっ……!」
 真央は焦れったそうに尻を振り、尻尾の先を擦りつけてくる。
 クスッ、と月彦は笑みを零し、ゆっくりと体を起こすと真央の尻尾の付け根を強く握った。
「ひゃぅッ!?」
 刹那、ピリッ、と弱電流のようなしびれが尻尾から背筋へと流れ、真央は尻を震わせて声を上げた。
「んっ、ホントに尻尾感じるみたいだな…。真央が気持ちいいの、凄い伝わってくる……」
 尻尾を撫でるたびにキュッ、と締まる膣の感触に月彦は心地よさそうに息を漏らし、再び抽送を開始する。
 同時に真央の尻尾を握り、親指の腹で優しくなでつけてやる。
「ぁッ、あっ、ぁっ…ぁあッ!あッ……父さまっっ…もっと、強くっっ…あンッ!ぁ、はぁんッ!」
「んっ…?こうか…?」
 月彦は剛直を突き立てながら強く尻尾を握ると扱くように上下に擦り上げた。
 途端、ビビッ、と尻尾の毛が逆立つ。
「はぁぁぁぁァァンッ!!!!ぁぁっぁッ!しっぽっ…尻尾イイのぉッ……ぁぁっぁぁあッ!!」
「ッ……尻尾弄ると、…ホント…締まる、なッ…!」
 収縮した膣内をこじ開けるように剛直を突き込む。
 狭くなった膣内はザラついた肉壁との摩擦が強くなり、一層強い快感が襲ってくる。
「ぁぁッッ!あんっ…ふぅぅんっ…!…挿れられ、ながらッ…あんッ!…尻尾、されるとっっ…凄くイイのぉ…ッ!んぁっ、ぁっ…体の奥からビンビン痺れてッ…ひぁッぁあッ!ァアッ!」
 ごしごしと付け根を強く擦った後、先端までを一気に擦り上げる。
 ギュッ、と一気に膣内が収縮し、ビクビクと締め上げてくる。
「んっ、ッ…こういうのは…どうだ…?」
 月彦は片手をベッドにつき、片手で真央の背中を押さえるようにしてのし掛かり、一気に腰の動きを強める。
「ぇっっ…ぁッきゃんんッ!!!!」
 悲鳴を上げる真央を組み伏せ、ばちゅんっ!ばちゅんと恥蜜と精液の混合液を飛び散らせながら激しく突き上げる。
「ッ…無理矢理、されてるみたいで…興奮するだろ…?」
 不自然な体勢のまま、藻掻こうとする真央を押さえつけての抽送。
 強い牡が嫌がる牝と無理矢理交尾するようなその仕草。
 何より、月彦自身妙な興奮を覚えて、次第に、剛直の付け根が熱くなってくる。
「ふぁッァ!ぁっ、きゃぅんッ!!や、やだ、ぁッ…こんなっ、あんッ!ぁっ、へ、変なッ…感じっ……あっ、ァンッ!!」
 真央の声が荒ぶるに連れて、剛直の滾りも徐々に耐え難くなってくる。
 剛直と膣肉が擦れるたびにヒリヒリと背骨を快感信号が貫き、段々そのこと以外に頭が回らなくなってくる。
「ッ……くっ…!」
 体勢を直し、両手で真央の脇腹を握ると一心不乱に腰を叩きつけた。
 パンッ!パンッ!と柏手を打ったような音が部屋中に木霊し、さらにぐじゅぐぷとくぐもった淫湿な音がそれらに被さっていく。
「ッきゃッ!!?ぁっ、と、さまっ早ッッ!!あんッ!あンッ!あンッ!あッ、あぁあンッ!あんッ!あんッ!あんッ!!!ッッッ!ひッッぃッぃッ!ひぐっっ、ふぅうんんッゥウ!!!」
 荒々しく突き込まれる剛直の勢いに真央は両手でベッドのシーツを握りしめ、尻尾をギンギンに勃起させたまま悦声を上げる。
 尻だけをいやらしく突き上げ、自ら月彦の差し出すようにくねらせる。
「はぁッ……はぁッ!…真央っっ……!!!!!」
 腹の底からわき上がってくる熱が最高潮に達していた。
 ジンジンと剛直全体が痺れるように感覚が薄れ、代わりに全身、髪の毛の先から脚の指の爪の先までもが気が狂いそうな快感に包まれていく。
「はンッ!あンッ!ぁあんッ!ひンッ!あッ、あっ、あっ、あっあッ!!あっ、あぁっあッ!!あぁぁぁぁぁぁぁっ!あぁぁあァあアぁァァッ!!!!!!」
 もはや剛直の律動に合わせてただ声をあげることしかできないくらい真央は快感に酔いしれ、ビクビクとその身を震わせる。
 チカチカと頭の中で何かが爆ぜ、何もかもが真っ白にホワイトアウトしていく。
 最期の瞬間、どぷっ、と根本まで突き込まれた剛直がピクピクと震えた。
「ッ…く、ぅ…!」
 両手で脇腹を痛いくらいに掴み、自らの腰に引きつけた。
 根本までぶち込んだ肉槍の先端から三度、尋常じゃない量の精液が迸る。
「ああぁあぁッあぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!」
 刹那、真央が大声を上げ、ビクンと背を仰け反らせる。
 狭い膣内を押し広げるように濃厚な精液が迸り、ビクビクと収縮する膣壁を押し広げ、結合部からビュルッ、と溢れた。
「ぜぇはぁー…ぜぇはぁ……っ…………………くはぁぁぁっ………………………」
 ビクンッ、ビクンと膣内で剛直を跳ねさせながら、月彦は疲労困憊に真央に覆い被さった。
「ぁ………………ッぁぁッ、ぁ………………………ぁッ………………」
 熱い精液の奔流を受けて、真央は寒さに凍えるように小刻みに体を震わせる。
 月彦はそっと背後から真央の体を抱きしめると、そのままごろりと横になった。
「ふぅぅ……真央、大丈夫か………?」
 さらにごろりと寝返りをうち、真央を自分の体の上にもってきて、その髪を優しく撫でた。
 真央は絶頂の良いんで喋ることも出来ないのか、唇を震わせながら小さく頷いた。
「そ、か…。じゃあ、真央、……もう一回…シてもいいか?」
 にこっ、と月彦が無邪気な笑みを浮かべる。
 途端、ひっ、と声が聞こえてきそうなくらいに露骨に真央が怯えの顔を見せた。
「冗談だ。なんとか…薬の効果も収まったみたいだしな」
 きゅう〜っと真央を抱きしめると、幼子をあやすようにその髪をぽんぽんと優しく撫でた。
 薬を飲まされてから続いていた腹の底から煮えくりかえるような熱の波動はもう感じられない。
 代わりに激しい疲労感と充実感、満足感があった。
「…ふぁぅ…、と、う…さま…ぁ……」
 真央が呂律の回らない声で呟き、月彦の後頭部に手を回してくる。
「うん…?キスしたいのか…?」
 月彦はそれとなく察して、真央がキスをしやすいように顔を持ち上げてやる。
 すぐにその唇に真央が吸い付いてきて、そっと舌を差し込むとチロチロと力無く絡み合ってくる。
「ん、んふっ…んん…」
 疲れを癒すようなキス。
 そう長くない時間、互いに唾液を絡め合うとどちらからともなく唇を離した。
「んっ…真央もお疲れ様だな…。これに懲りたらもうあんな薬使うんじゃないぞ?」
 なでなで。
 手触りの良い髪の毛を撫でてやると心地よさそうに狐耳が跳ねた。
「うん…、次からは…普通に抱いてね…父さま…?」
 真央は甘えるような声をだして頬ずりをしてくる。
「真央が良い子にしてれば、な」
 そっと囁き、頬に軽くキスをする。
「うんっ。私、良い子にしてるから………だからいっぱい抱いてね…?」
 ほんの少し頬を染めて恥ずかしそうに真央が笑う。
 月彦は激しく教育方針が間違っているような疑念にとらわれつつも、疲労感からか深く考えないようにすることにした。
 ふぁ…と月彦は欠伸をしながら、徐に自らが寝ている至る所にシミができたベッドを見回した。
「ん、とりあえず…………明日は早起きして…これ、なんとかしないとな……母さんが見たら卒倒するぞ」

 ―――早朝。
 他の家族の誰が起きるよりも早く、月彦は真央と共に起床した。
 ベッドのシーツを剥がして洗濯機へと放り込み、シャワーを浴びるために着替えを持って脱衣所へと向かった。
 服の着脱がとても早い真央は先に風呂場に入り、月彦はもそもそと後を追うように衣類を脱ぐ。
「ん……?」
 ふと気付けば、右手の平からむずむずと痒みのような感覚が襲ってくる。
 月彦はそれとなく包帯をはぎ取り、ガーゼを剥がした。
 べっとりと張り付いた緑色のねとねとを脱衣所の洗面台で洗い落とすと、その下には新しい、綺麗な皮膚ができていた。
「へぇ…、さすが…良く効くな」
 月彦は関心して包帯とガーゼをゴミ箱に放り、ふと洗面台の鏡を見た。
「………誰だ?」
 思わずそんなことを呟いてしまうくらいに、そこには人相が変わった自分が居た。
 正確に言うとげっそりしていた。
 あまりの豹変ぶりにそこにいるのが自分だと気がつかなかったくらいだ。
「………………………」
 月彦は徐に脱衣所の隅にある体重計に視線を走らせた。
 普段、葛葉や霧亜などが風呂上がりに体重を計ってウエイトコントロールをするための代物。
 月彦自身は3日に一度くらい、気まぐれに計る程度だ。
 その体重計に恐る恐る月彦は両足を載せた。
「うげっっ!!」
 最期に計ったのは2,3日前。
 体重計に表示された数字は記憶にある数値より6キロも少ない。
「………ははっ、は…………そりゃあ、あれだけ出せば…なぁ……」
 空笑いをするしかなかった。
 その時、カラカラと戸が開いて―――
「父さまっ、早くぅっ!」
 真央が子供のように微笑んでシャワーを片手に手招きをする。
「あ、あぁ……いま、行く」
 昨日あれだけ責めたにもかかわらず、一晩寝て起きた真央は元気いっぱいという感じだ。
 そのどこを見ても昨夜の疲れが残っているようには見えない。
「…………………」
 月彦は疲労のためか、鉛のように重たい体を引きずりながら、我が子が待つ浴室へと歩をすすめる。
「父さまぁっ♪」
 途端、全裸の愛娘の熱い抱擁。
 ぷにゅっ、と柔らかい感触が胸と腹の間あたりに心地よく当たる。
 じーっ、と真央が見上げてくる。
「な、なんだ…?真央」
「うん、あのね…父さま、私…」
 真央は微かに頬を染めて、焦れったそうに体をすりつけてくる。
「その、ね…ここで……父さまとシたいな♪」
 さわさわとシャワーの湯に濡れた手が誘うように股間へと這ってくる。
「……い、今から…か?」
 気圧されながら尋ね返すと、真央は控えめにコクリと頷く。
「まだ義母さま達が起きてくるまで時間あるでしょ?それまで…ね?」
 ハァハァ吐息混じりのサカり声でおねだりをしてくる愛娘。
 その声に反応する親不孝な”息子”。
(…俺、早死にするかも…………)
 思わず想像してしまった嫌な未来に悪寒が走る。
 だが、愛娘の次の誘惑はそれすらも軽く消し飛ばした。
「ね…父さま、真央のココ…もうこんなになってるの…。早く…ね?」
 月彦の手首をとり、指先を自らの膣に埋没させて囁きかけてくる。
 トロリと溢れた蜜が糸を引いて、浴室の床へと落ち、シャワーのお湯に混じって排水溝へと吸い込まれた。
「ッッ…くそッ…おっっ!!」
 同時に月彦の理性までもが滴り、排水溝に吸い込まれた。
 やけくそ気味に真央を捕まえ、壁の方を向かせ、手を突かせ、一気にその秘裂に剛直を突き込んだ。
 
 早朝の紺崎邸浴室に木霊する真央の嬌声は決してその外には漏れる事はなく、他の家族が起き始めたその数秒後まで続きましたとさ。

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