山田方谷  論理財  

財政改革の立役者

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山田方谷の理財論  

野島 透 氏著 「山田方谷に学ぶ財政改革」 ・ 深澤賢治 氏著 「山田方谷 理財論」 に 意訳されたものを筆者の理解で抄録といたしました。
間違い等ご容赦ください。

 

為政者は全般を見通す識見を持って大局的立場に立て。一事に係らわって全般を見落とすな。

財政改革といえば、財政の窮乏という、数字の増減、即ち収入の増加と支出の削減をいかにするかということのみにとらわれてしまい、
その他のこと(哲学)は財政再建の名のもとに片隅に追いやられてしまいがちになる。

風紀やモラルが荒廃し、教育水準が低下し、社会が閉塞した状態では、いくら財政のそろばん勘定があっていても長続きはしない。
あとで大きな反動が返ってきて、前よりも一層悪い状態に陥ってしまう。

厳しい倹約と緊縮財政だけでは、経済が、社会が萎縮してしまう。額に汗して働く国民が報われ、豊かになるよう、いかにして経済に、
社会に活力を与えていくかということに心を砕かなければいけない。つまり、国民を富ませ、幸福にさせ、活力のある社会をつくること
が必要なのである。

国民の立場に立って財政・税制等の社会制度を考えるということである。そうすれば、自然と財政は豊かになる。

 

 

今日ほど徹底して利潤追及している時代はないが、歴史的に今ほどひどい困窮状態はない。
税金を徴収し、支出を削り数十年経過したが一向に良くならず、財政は悪化の一途をたどっている。
これは担当者の知恵や努力が足りないのではなく、考え方と手法が間違っているのだ。
(一枚目最終行 下方・・・・皆非也、まで)

国家全体を正しく導いていく者は、大所高所に立った判断をするものだ。
(二枚目二行目上方・・・之内矣、まで)

平和の世の中で、役人の仕事は経済の悪化を解決するだけとなっている。
しかし目先の苦境脱出の方法を考えるだけで、その根本原因を考えようとはしない。
毎日のやりくりで、他のことを考える余裕などないと人情は薄くなり、大衆は生きることに疲弊してしまった。
(二枚目後三行目・・・暇及於此、まで)

これらは国を治めるための基本であるにもかかわらず乱れたまま放置されている。
役人は近視眼的に金銭の増減比較をするばかりで《財のうちに屈する者》本当のものの道理がわかっていない。
(三枚目一行目下方・・・不可救哉、まで)

貧乏のどん底にいるような人物で志を持つ者は、貧乏など気にしていない。
大局観を持ち哲学・見識を有している。超然とした生活を送っていると、地位・名誉がついてくる。
これが大所高所に立って判断し間違いなく実行していく人物《財の外に立つ者》である。
(三枚目三行目下方・・・財之外者也、まで)

生涯あくせくと仕事をしてわずかなお金を得ても、ほしいものは手に入らない。
このような庶民《財の内に屈する者》は目先のことだけしか見えず、生涯無駄な動きに終わる。
(三枚目五行目中段・・・財之内者也、まで)

国政の行動も一般大衆の愚かさと変わらない。
(三枚目七行目中段・・・大哀乎、まで)

中国古代斉国の管仲は、礼儀を尊び、心清らかで恥を知る。秦国の商鞅は、約束を守り、刑罰・褒賞は厳正に行う。
これが大局観を持ち、信ずる哲学のもと、目先の利益にとらわれず、実行している政治家である。
(三枚目最終行中段・・・於財利也、まで)

成功と失敗の歴史で明らかなとおり、後世に利益だけを求めて活動する人は、目先の経済活動に熱中するあまり
さらに煩雑な状況を作り出すことにより国家を滅亡に導く。
(四枚目二行目上段・・・昭者矣、まで)

賢明な君主と、優秀な大臣が大局観のもと、収入と支出は信頼のおける1〜2名の役人に任せ、自らは物事の道
を示し古来からの道義を尊び、人心を正し、学問教育を盛んにすることである。
そして役人のやる気を奮い起こさせ、軍備面の充実を図る必要がある。
そうすることによって国家の基本となる原理原則が国中に行き渡って国家が安定する。
大人は誠の一字を腹中におさめ、正直且つ身を捨てて率先遂行するものである。
(五枚目三行目・・・上編終了)

《財の外に立つ》《財の内に屈する》意については聞いたが、あえて問う
貧しく弱い国が飢死寸前のとき、経済的手段でしか救えないが、なお外の方法で救おうとするのは回りくどい手段で
はないか。
(五枚目後三行目中段・・・亦太迂乎、まで)

答えていう
ここに聖人が、天下の王道、道理道徳の道である《義》と目前の利益である《利》の区分を明らかにしようとした理由
がある。
国家の基本を統一し、法を誰にもわかるようにすることは《義》である。餓死から逃れようと願うことは《利》である。
聖人は、道をはっきりさせるだけで、自分の利益は求めない。ただ、国の基本を明確に示し法を正しくすることだけし
か知らない。
餓死を免れるかどうかは天の行う仕事(人智を超える)(小さな信頼は失う覚悟がいる)である。
(六枚目一行目中段・・・不免天也、まで)

中国古代に滕という非常に小さな国があり、大国から侵略され滅亡の危機に陥った。しかるに孟子が教えるのは
「戦わず、善と信ずることのみをせよ」という。他国から侵略破壊されるのは餓死するより悲惨なことである。
(六枚目三行目下段・・・寒死亡者、まで)

孟子の教えは、国土が貧しく弱い国は、自分の国を守るためには、人々が生きていく上での自然の王道、道理道徳を
実行していく以外にない。
(六枚目五行目中段・・・不可不明也、まで)

人が守るべき哲学を心に納めれば人心は落ち着く。
いわんや餓死の恐怖など恐れるに足らない。こまごまとした経済の運用など言うまでもない。
(六枚目後三行目下段・・・用之足言哉、まで)

しかしながら又、《利は義の和なり》、即ち正しく利益を追及すれば究極的には、《義》の哲学の到達点と同じところに
《利》の追及は到達するといわねばならない。国が整えば餓死する人はない。
(六枚目最終行上段・・・死亡者也、まで)

これ以外に財務改善の方法はない。
(七枚目終わりまで)