山田方谷の読書法

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 棋の喩(山田方谷の読書法)

方谷は囲碁の観戦を通じて読書法の悟りを開き、効率的な読書法について語っている

囲碁の上手い人の勝利方法をみると、はじめ碁盤の一隅が囲まれ、攻めることも守ることもできず、危険な形勢になると、
上手い人はこれを放置して問題とせず、別の一隅に心を配り、さらにそこも危険になると、他の方向へ行く。
そして碁盤がいっぱいとなり、形勢が連なり集まるようになると、たちまち変化して、いくつかの隅の囲みが自然に解消され、結果的に勝利を収ている

つまり、難い意義や理解しがたい書物、先生に尋ね、友人に質問しても、満足できないことは、
これらをかわして度外視したり、或いは全編にひととおり目を通し、もしくは他の書物をひろくあさって常に反省し、処々に対応すると
そこで初めて以前に疑問であったところが氷解し、実に愉快この上ない

山田方谷の文43 棋喩《濱久雄著》 筆者の理解で抄録といたしました間違いご容赦ください。以下同


 鏡の説

ある山奥の村人は鏡というものを見たことがなかった。物好きの者が村人に鏡を見せたところ、老人は鏡に写った自分を、仲の良かった兄の霊と思い鏡を抱えて号泣した。今度は別の者に鏡を見せたところ、鏡に写った自分を仲の悪い弟が来たと思い手に矛を持って立ち向かうと、鏡の弟も矛を持ち出したとますます怒り、鏡を一撃しこなごなにしてしまった。

そもそも天地は一つの大きな鏡である。宇宙のありとあらゆるものは天地の鏡に写る姿である。

人がこの世に対処し、自分の前に現れるものは自分の心やからだの姿ではないか。喜び・怒り・楽しみ・心配・愛・憎しみに心身を悩ますならばとどまるところがない。

自分で反省して、心身に向かって愚かさの原因を求めるべきだ。

山田方谷の文42 鏡説《濱久雄著》


稼の説

京都洛西に仮住まいしたとき、近所の農夫の穀物の植え方が備中のそれと異なっていた。

年老いた農夫にこれを力説しても農夫は意見を聞き入れない。
「あなたの言うのは水田の植え方で、
水田は、干すのが良く、雨は困る、遅く種まきし、早く収穫し、まばらに植え、深く水を入れる。
山の田んぼは、日照りを恐れ、雨を喜び、早く種まきし、遅く収穫する、密集して植え、水を浅くする。
そのやり方の多くは相反する。あなたは一つのやり方しか知らないのである。」
と返され恥じて引き下がった

昔のことを学んで現代のことに通じないで、人のやることを観察して、好んでその是非を論議するのは、年老いた農夫らに笑われる。

山田方谷の文40 稼説《濱久雄著》


千歳松の記

君主継承にあたり、先君が命名した邸園の老松「千歳松」のいわれに喩えて述べた。

多くの木々は、植えはじめには栄えるが、いつまでも枯れない木などない。

ただ深い翠色をたたえた松は、久しくたってもますます栄え往々にして千歳と名づけられる。

松の翠色を鮮やかにする方法がある。宋人の詩にあるが、遅々こそ翠を鮮やかにさせる方法である。遅々とした長年月に耐えられなければ千年の翠は鮮やかに維持できない。

これは松だけのことでない

天下の君主は跡目を継いだときには徳に厚く、君主の地位についたときには、徳が薄くなり、政治をとったはじめはうまくいき、政治に飽きたときは衰え、はじめがあって終わりがないのはしばしば見受かられる。

賢い君主は、君主の地位についた後でも跡目を継いだ日を思い出し、政務に飽きたときには、初政の時の感激を心に意図する。つまり初めに屈して終わりに伸ばし、毅然として意思を強く持ち,長くいつまでも成長するのは、松の木がますます栄えるのと同じである。

その華やかさを表面に出さず、物事の根底を養ってその力を十分に蓄積し、良い時期を待って花を咲かせるならば、、その徳の施しはいつまでも続き、太平の政治は後の世に及ぶ。

先君の「千歳松」命名は後代のために教訓を贈ったものである。

山田方谷の文34 千歳松記《濱久雄著》


楽山亭の記

京都大原の民家に「楽山亭」の扁額が有り、山の楽しみ方の意を説く

山はその大切な部分は石でこれについているのが土であり、これをおおているのが草木です。この三者がいっしょになって山の形が出来上がる。

家庭の道というものは、その主体となる人はあなた自身で、これに従うものは家の人々です。そしてこれに慣れ親しむ人はあなたの親族です。

この三者が互いに助け合ってこそ家庭の道はまっとうされます。今あなたが石のように守りささえれば確固浮動のものになります。又あなたの家人同士が土のように溶け合えばまさにネバ土のようになります。さらにあなたの親族を草木を育てるようにすれば繁栄します。

かくして初めて山が高く聳え抜きん出るようになり、その雄大且つ不動の姿を見て楽しむことができます。

山田方谷の文33 楽山亭記《濱久雄著》