home 山田方谷の理財論 山田方谷の陽明学 山田方谷ファンクラブ 山田方谷の史跡 山田方谷の備中鍬 山田方谷の読書法

山田方谷略年表

西暦

和暦

山田方谷 略史

日本史

世界史

1185 元暦 2 駿河守重英(先祖)が源範頼に従い平家討滅の功績
により備中二八か村を領地とした
     
1187 文治 3 山田重英(先祖)が中津井才田(斎田山332m山上)に斎田城
築城。斎田城・松山城・猿掛城が備中三名城といわれた
     
1192       平安⇒鎌倉時代  
1368         元⇒明
1392       鎌倉⇒室町時代  
1493         陽明学起こる
王陽明(1,472〜1,528)
1593 文禄 2 重記(九世の祖)が毛利氏に従い九州・朝鮮の役に功績      
1603       室町⇒江戸  
1644         明⇒清
1805 文化 2 西方村に出生

  ナポレオン・皇帝即位
1806          
1807          
1808       間宮林蔵・樺太探検  
1812 文化 9 新見藩丸川松隠入塾    
1829 文政12 有終館会頭 25    
1831 文政13 京都遊学寺島白鹿に朱子学を学ぶ 27    
1833 天保 4     天保の大飢饉  
1834 天保 5 江戸遊学佐藤一斎に陽明学を学ぶ 29    
1835 天保 6 岡山藩陽明学者・熊沢蕃山に傾倒崇拝 30    
1836 天保 7 有終館学頭 32    
1837       大塩平八郎の乱  
1838 天保 9 牛麓舎開塾 34    
1840         中国アヘン戦争
1841 天保12     水野忠邦・天保の改革  
1850 嘉永 4 藩政改革断行 46    
1853         ペリー・日本来航
1859 安政 6 西方村長瀬居住草庵に開塾河井継之助来訪 55 井伊直弼・安政の大獄  
1867 明治元     大政奉還⇒明治時代  
1870 明治 3 小阪部に居住草庵に開塾 66    
1872 明治 5 小阪部に方谷庵建立 68    
1873 明治 6 閑谷学校を再興陽明学を講義 69    
1877 明治10 小阪部において永眠・三島中洲二松学舎を開校 73 西郷隆盛・西南戦争  
1878 明治11       パリ万博・日本参加
1879 明治12 旧藩主板倉勝静の命により三島中洲らが
高梁市八重籬神社に方谷碑建立
     

   (参考文献)『北房町史』北房町著『理財論』深澤賢治著『山田方谷の文』濱久雄著