高速・貸切バス

ハイデッカー(日野)

東北の国鉄バスの貸切・高速車の本格的なハイデッカー化は1985年からですが、これにはいすゞ車が多く導入され、日野車は地味な存在でした。

日野P-RU637A(1984年式)
岩22か2053
岩22か2053

撮影:盛岡支所(1985.5.26)

沼宮内営業所に配属され、貸切に使用されていたミドルデッカーです。
同時期に新造された標準床車が高速バスに使用されていたのに対し、この車両は貸切用でした。正面と側面の方向幕に「国鉄観光」と表示しています。
車番は、「647-4974」です。

日野P-RU638A(1985年式)
岩22か2272
岩22か2272

撮影:盛岡支所(1986.7.29)

岩22か2272
岩22か2272

撮影:盛岡支所(1986.5.26)

ロングボディのミドルデッカー。当初は青森ナンバー(青森22か103)の貸切車でしたが、1986年に「とわだこ号」に使用するため沼宮内営業所(盛岡支所)に転入してきました。
車番は「647-5976」です。

岩22か2406
岩22か2406

撮影:盛岡支所(1987.7.19)

上の写真と同じ「647-5976」が、もう一度どこかへ転出したあと、1987年にまた戻ってきた時がこの写真です。新カラーに塗り替えられ、社名はJR東日本に変わっています。用途も貸切と表示されていました。
国鉄バスはこのような配転を繰り返すので、登録番号と年式がまったく一致しません。車番だけが頼りです。
(注1)(注2)

宮22か2947
宮22か2947

撮影:盛岡支所(1987.12.31)

十和田北線の定観「おいらせ号」用に作られた天井窓付きパノラマバスの第1号車です。
この時はJR東日本で宮城ナンバーに登録変更されており、さらに年末の「ヨーデル号」続行便用に盛岡へ貸し出されてきていました。側面に乗合の文字が入っていますが、宮城県でどのような用途で使用されていたのかは分かりません。
車番は「647-5974」
(注3)(注4)

日野P-RU638B(1986年式)
岩22か2321
岩22か2321

撮影:遠野営業所(1986.10.1)

岩22か2321
岩22か2321

撮影:遠野営業所(1986.10.1)

天井窓付きパノラマバスの増備車のうちの1両が、遠野営業所に転入していました。
貸切ですが、定期観光「遠野物語めぐり号」にも使用されたようです。 車番は「647-6915」

岩22か2321

撮影:遠野営業所(1986.10.1)

営業所の方の好意で、車内を撮影させていただきました。
天井にこのような天井窓が2列についています。日差しが強いときのために、天井窓用のカーテンも見えます。

岩22か2303
岩22か2303

撮影:盛岡支所(1986.8.31)

1986年に新製投入された貸切車。ミドルデッカーです。
車番は、「647-6917」です。/p>

(注1)
北海道のバスファン様(掲示板2003.1.29)によると,「岩22か2272」「岩22か2406」の間,この車両は北海道へ転じていたとのこと。北海道からの復帰は,国鉄民営化直前の1987年3月らしい。
(注2)
railbus様によると、647-5976は、青森22か103[青森]→岩22か2272[北福岡]→札22あ4639[小樽]→岩22か2406[北福岡]という動きを辿っているとのこと。
(注3)
山本様によると,647-5974は仙台、角田営業所で貸切に使用されていたとのこと。
(注4)
railbus様によると、647-5974は、青森22か101[青森]→宮22か2758[角田]→青森22か299[青森](JR東日本)→(1987.11)宮22か2947[仙台]→(1988.1)秋田22い4[十和田南] →1999年に廃車、という動きを辿っているとのこと。
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