バス廃車体全国版

山梨県2(山梨交通・・・いすゞ以外)

山梨交通は1961年の国際興業グループ入り以来、新車はほぼいすゞ車に統一されていますが、ここでは、いすゞ車以外の廃車体をまとめます。

廃車体
RS85

撮影:山梨県(2018.12.10)

山梨交通 民生RS85(1955年式)
RS85

撮影:山梨県(2018.12.10)

日産ディーゼルの前身である民生の初期リアエンジンバス「イーグル」の廃車体。独特の丸い車体は新日国工業製です。
型式はショートサイズの中ドア専用シャーシであることからの推定。
エンジンは抜かれており、エンジンルームが丸見えですが、上部に2ヵ所のピボットがあることから、エンジンを上から吊っていたことが分かりました。
前歴が山梨交通であることは、段々と下地のカラーデザインが見えるようになって、明白になりました。
(2006年、2015年の写真を掲載していましたが、差し替えました)

廃車体
FY

撮影:海さん様(川上村 2011.7.10)

山梨交通 トヨタFY(1951年式)
FY

撮影:海さん様(川上村 2011.7.10)

山の中の沢沿いに放置された終戦直後のボンネットバスの廃車体。
フェンダと一体化したボンネットと丸みのあるフロントグリルが採用されたトヨタFY。ボディはトヨタ車体の前身の刈谷車体製です。
1951年式なので、非常口は製造当初からあったと思われますが、リア面と側面最後部の2ヶ所にあります。どちらかは後の増設なのかもしれません。
側面に残る社紋から元山梨交通であることが分かりますが、どこかに転用されたのか「自家用」表記も残ります。
(2011年11月に保管のため搬出されました)

廃車体
RF91

撮影:ちょご姉様(身延町 2005.9.3)

山梨交通 民生RF91

富士重工製ボディを持つ民生「コンドル」。1957〜60年式くらいと思われます。この後、民生は日産ディーゼルと名前を変え、フレームレスモノコックボディの4R系へ進化してゆきます。
おでこに残る塗分け線の痕跡から元山梨交通と推測します。国際興業グループ入り以前の購入です。
なお、奥にいる川崎ボディとともに富士急行の廃車体のところでも別角度の画像が見られます。

(グリン様によると、2011年5月現在撤去済み)

廃車体
AR470

撮影:北杜市(2007.2.3)

山梨交通 三菱AR470
AR470

撮影:北杜市(2007.2.3)

珍しい山梨交通の三菱車。三菱ボディの前ドア車で、元は貸切車と思われますが、最後は乗合に使用されていたようです。(注1)
ガラスはほとんどが割られてしまい、錆も進んでいますが、何とか元の山梨交通カラーを判別することができます。
情報提供:長野の廃バスまにあん様

廃車体(山梨200か264)
RN210CSN

撮影:山梨県(2018.12.10)

山梨貸切自動車 日産デKC-RN210CSN

山梨交通の系列の山梨貸切自動車が甲州市のコミュニティバスとして使用していた小型ワンステップバス。甲州ブドウをイメージしたカラーに塗り替えられ、一部ラッピングされていましたが、ラッピングが剥離された下から、前事業者の協同観光バスのカラーデザインが見えてきています。

注意事項
本ページは、「廃車体は文化遺産である」と言う趣旨によって作成しております。当サイトを訪れる方は、この趣旨を御理解いただける方だと思いますが,万が一,本ページの悪用による廃車体への損傷等があった場合は,本ページ及び関連する事項は即刻削除いたします。
(注1) キュリアス編集室(2018)「廃バス見聞録3」によると、車番はD125だそうです。Dの記号の示す意味は分かりません。
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80s岩手県のバス“その頃”