入門その頃のバス

いすゞ自動車(小型バス)

ボディ+シャーシ いすゞのマイクロバスは、1959年に登場した小型トラック「エルフ」をベースにした「エルフ・マイクロバス」から始まり、「ライトバス」を経て、1970年代に入ると「ジャーニー」という愛称を与えられています。
普通車から大型車までを生産するメーカーのメリットを生かし、サイズのバリエーションは豊富です。2t車ベースの「ジャーニーM」、3t車ベースの「ジャーニーL」、4t車ベースの「ジャーニーQ」など、末尾の記号で大きさを区別しています。
なお、「ジャーニー」には他に、エルフライトバスの発展型「ジャーニーS」(本稿では省略)、中型バスの「ジャーニーK」(中型バスの稿参照)、1998年に登場したエルフベースの「ジャーニーE」(本稿では省略)などもありました。
ここでは、大きくはサイズ順に、その中で製造時基準に掲載します。
表7-1 いすゞ小型バスの系譜

系譜

いすゞ エルフ・マイクロバス TL型 1959−1970 

いすゞの小型バスは、1959年に2tトラックのエルフをベースにした「エルフ・マイクロバス」から始まりました。「エルフ」は全長4.7m以内、全幅1.7m以内に収まる小型車限界内のサイズで、キャブオーバー型とすることで積載効率を上げたトラックです。これをベースにした「エルフ・マイクロバス」も乗車人員15人の小さいサイズです。エルフと同じ顔のまま生産が続けられました。1970年には「ジャーニーS」の愛称が与えられています。
ここでは、小型バスという分野を確立した初期のモデルについてのみ触れることにします。

表7-1-1 いすゞTL系
年式1959-19611961-19631963-19641964-19681968-1970
原動機型式
(出力)
DL200
(52PS)
GL150
(60PS)
DL201
(55PS)
GL150
(60PS→72PS)
DL201
(55PS)
GL150
(72PS)
C220
(62PS)
GL201
(85PS)
C221
(65PS)
G201
(88→93PS)
軸距2180mmTL121BTL221BTL321BTL221BTLD10BTLG10BTLD11BTLG11B
2460mmTL151BTL251BTL351BTL251BTLD20BTLG20BTLD21BTLG21BTLD22BTLG22B
備考ディーゼルエンジン(DL200搭載車)は1960年から
朱文字=ガソリンエンジン 
いすゞTLD20B
エルフマイクロバス

撮影:草ヒロ探検隊様(長野県 2006)

「エルフ・マイクロバス」は、ボディはエルフルートバンと共通。側面の窓は上下昇降式。正面のスタイルもエルフと変わりません。
1960年にはディーゼルエンジンが加わっています。
エルフのモデルチェンジに合わせて、1964年には前照灯4灯に変わり、1968年にはフルモデルチェンジが行われました。
ボディ架装は川崎航空機ですが、目黒車体製もあったとのことです(注1)

ベース車・・・2tトラック「エルフ」
車長・・・4,690mm
車幅・・・1,690mm
乗車定員・・・12〜15人
総排気量・・・1,491cc
ボディの組み合わせ・・・川崎・目黒

いすゞ ライトバス → ジャーニーM/L 1960−1993

2tトラック「エルフ」をベースにしながら、20人以上乗れるバスらしいボディを架装した「いすゞライトバス」が、1960年から登場します。全長5.4m、全幅1.9m、総排気量2,000ccという一回り大きいサイズになりました。1970年代に入ると「ジャーニーM」の名称が与えられました。
1973年からは同じスタイルのボディで3tトラックをベースにした「ジャーニーL」が加わり、いすゞの小型バスの主力車種となっています。

いすゞ BL型ライトバス 1960−1966
表7-1-2 いすゞBL系
年式1960-19611961-19631963-19641964-1966
原動機型式
(出力)
DL200
(52PS)
GL150
(60PS)
DL201
(55PS)
GL150
(60PS→72PS)
DL201
(55PS)
GL150
(72PS)
C220
(62PS)
GL201
(85PS)
軸距2700mmBL171BL271BL371BL271BLD10BLG10BLD11BLG11
備考朱文字=ガソリンエンジン 
自家用 いすゞBLD11
いすゞライトバス

撮影:終点 北藤根様(紫波町 2013.4.7)

日本国有鉄道 いすゞBL371
BL371

提供:栗原大輔様(千葉県 2011)

20人以上の乗車が可能な格上のマイクロバスとして1960年に「エルフ・マイクロバス」より大きなBL型が登場しました。
BL型は、1.9m幅のマイクロバスとしては日本で初めての車両で、主に川崎車体でフレームレスモノコックボディを架装し、エルフのエンジンを取り付ける方式を取っています。側面には4本のリブが入るのが特徴です。
渡辺自動車製ボディもあったとのことです(注2)
やはり1964年から前照灯4灯になりました。

ベース車・・・2tトラック「エルフ」
車長・・・5,410mm
車幅・・・1,860mm
乗車定員・・・21人
総排気量・・・1,991cc
ボディの組み合わせ・・・川崎・渡辺

いすゞ スーパーライトバス → ジャーニーM 1967−1972
表7-1-3 いすゞBLD/BLG
年式1967-19681968-19691969-1972
原動機型式
(出力)
C220
(62PS)
GL201
(85PS)
C221
(65PS)
G201
(88PS)
C240
(74PS)
G201
(93PS)
軸距3170mmBLD20BLG20BLD22BLG22BLD23BLG22
備考  
自家用 いすゞスーパーライトバス
いすゞスーパーライトバス

撮影:一関市民様(一関市 2013.5.25)

自家用 いすゞスーパーライトバス
いすゞスーパーライトバス

撮影:長谷川竜様(釜石市 2014.6.21)

いすゞライトバスは、1967年に、これまでの21人乗りから25人乗りに大型化を図ると同時に、流線形のフレーム付ボディにモデルチェンジを図りました。
折り戸の窓が下方に拡大されていたり、リアのライト類が丸形になっていたり、大型バスにはない洒落たスタイリングの工夫が随所に見られます。
当初は「スーパーライトバス」などと呼ばれていたようです。

自家用 いすゞジャーニーM
BLG22

撮影:南会津町(2006.10.21)

1971年のモデルチェンジでライトとグリルの形状が変わり、同時に「ジャーニーM」の愛称がついた模様です。
正面には、ISUZUの文字が入ります。

ベース車・・・2tトラック「エルフ」
車長・・・5,990mm
車幅・・・1,960mm
乗車定員・・・25人
総排気量・・・2,207cc
ボディの組み合わせ・・・川崎

いすゞBL/BE ジャーニーM/L 1973-1993
1973年にいすゞマイクロバスはモデルチェンジが図られます。短尺の「ジャーニーM」と長尺の「ジャーニーL」が、同スタイルの兄弟車として販売されるようになりました。
「ジャーニーM」は、2tトラックの「エルフ250」と同クラス。「ジャーニーL」は、3tトラックの「エルフ350」と同クラスです。両者は出力も異なっていましたが、1983年以降長さのみの違いになります。
“マイクロバス”としては最も普及度の高いサイズで、競合車種も多くありますが、いすゞでは各1種類のエンジンでシンプルな展開となっています。

表7-1-4 いすゞBE/BL系
年式1973-19801980-19831983-19901990-1993
原動機型式
(出力)
C240
(74PS)
4BA1
(85PS)
4BB1
(100PS)
4BA1
(85PS)
4BC1
(95PS)
4BD1 
(110PS)
4BC2
(100PS)
4BD1
(110PS)
4BG1
(125PS)
軸距3080mmBLD24BLD30 K-BL34K-BL35 P-BL36 U-BL38DH
3785mm BE20D   K-BE22P-BL46P-BE22U-BE28DH
備考紫文字=直噴エンジン 

岩手観光バス いすゞBE20
岩22あ24

撮影:盛岡営業所(1986.8.31)

1973年に登場した、3t車ベースのBE20には、新たに「ジャーニーL」の商品名がつきました。
「ジャーニーM」とは最後部のハーフサイズの窓の有無が外観上の相違点です。
写真は1973〜1980年の初期モデルで、ウィンカーの内側の通気孔が二つずつなのが外観上の特徴。これは、「ジャーニーM/L」共通の特徴です。

ベース車・・・3tトラック「エルフ350」
車長・・・6,895mm
車幅・・・1,985mm
乗車定員・・・29人
総排気量・・3,595cc
ボディの組み合わせ・・・川崎

自家用 いすゞK-BL35
BL35

撮影:上田市(2018.8.5)

こちらは短尺の「ジャーニーM」で、窓半個分短い車体です。型式はBL系を継承しています。
1980年のマイナーチェンジの際、ウィンカーの内側の通気孔が一つずつに減りました。
写真は1980年のモデルチェンジで設定されたハイルーフタイプ。居住性を増すためのバリエーションが増えていく時期です。

ベース車・・・2tトラック「エルフ250」
車長・・・6,160mm
車幅・・・1,985mm
乗車定員・・・26人
総排気量・・・2,775cc
ボディの組み合わせ・・・川崎

弘南バス いすゞK-BL34(1980年式)
BL34

撮影:板橋不二男様(弘前営業所 1980頃)

住宅団地などの狭隘路を走る路線バス用として、小型バスの導入が進むのが1980年頃からです。
写真は弘南バスが1980年に導入したミニバス「バンビ号」で、後ろ扉を増設した仕様です。

麻績村 いすゞP-BE22
BE22

撮影:聖高原駅(1990)

1980年代に入ると、他の主要メーカーが相次いでモデルチェンジを図りますが、いすゞはマイナーチェンジで凌ぎます。
1987年にヘッドライト周りがシャープなイメージに変わりました。
このスタイルのまま平成元年排ガス規制に対応して1990年にU-に移行しましたが、1993年に自社製造を中止し、日産自動車からシビリアンのOEM供給による販売に切り替えられました。

いすゞジャーニー 1993-
いすゞジャーニーM/Lは、1993年からは、日産自動車からシビリアンのOEM供給による生産に切り替わりました。ボディサイズ、エンジン型式などはベース車と同じで、外形も変わりません。
その後も、日産シビリアンに合わせてマイナーチェンジ、モデルチェンジを行い、現在に至ります。
山梨交通 いすゞジャーニー
ジャーニー

撮影:敷島営業所(2015.5.23)

1993年からの初期モデルは、ちょうど日産シビリアンがハイルーフの前部ルーフ形状をリファインしたタイミングになります。
写真の車両は標準ボデーと呼ばれる短尺車。

いすゞ ライトバス → ジャーニーQ 1968-1995

大型ディーゼルバスメーカーとして、いすゞでは比較的大きいサイズの小型バスもバリエーションに加えます。TY型トラックをベースに、全長7m級とし、車幅に余裕を持たせて居住性を高め、かつレンタカーとしても使用可能なサイズに収めた製品となりました。また当初から路線バスでの使用も想定しており、正面には方向幕が用意されています。
1977年に「ジャーニーQ」と名付けられ、1986年以降は前ドアに対応、立ち席可能な路線バス仕様を追加するなど、中型バスに肉薄した商品に育っています。なお、1986年以降の小型貸切バスをメインにした商品については、7mサイズ小型観光バスの項目で取り上げています。

表7-1-5 いすゞ ライトバス/ジャーニーQ
年式1968-19691970-19761976-19841984-19861986-19881989-19901990-1995
原動機型式
(出力)
D400
(102PS)
D500
(125→130PS)
6BB1
(145PS)
6BG1
(175PS)
6BG1
(175PS)
6BG1
(180PS)
6HE1
(195PS)
軸距3230mm    P-MR112DP-MR112DU-MR132D
3700mmBY30KBY31DBR370P-MR112F   
備考DBR370は1980年からK-DBR370
D500型原動機は1971年から130PS 

いすゞBY 1968-1976
伊那バス いすゞBY31(1975年式)
BY31

撮影:伊那本社(1990)

いすゞBY31
BY31

撮影:長野県(2015.12.23)

1968年に4t車ベースのマイクロバスとして登場したのがBY30で、出力強化でBY31になり、1976年まで製造されました。
ボディは垢抜けないスタイルですが、正面の小さなヒサシ状の突起や方向幕に路線バスを意識したパーツが見て取れるほか、方向幕脇の通気孔には前年の日産エコーに見られる小型バスの影響も感じます。川崎車体製と北村製作所製があったそうです。両者の違いはよく分かりません。
なお、このときの愛称は、まだ「いすゞライトバス」です。
後ろ側の写真は、冷房付のためコンデンサの通気孔が後面と側面にあるほか、観光バス仕様のようで3連テールライトになっています。通常テールライトは丸形で、「スーパーライトバス」と近いイメージの後ろ姿になっています。
このバスを使った路線バスとしては、1972年に阪急バスがスタートさせたデマンドバスが知られており、実車は現在でも同社により保管されています。

ベース車・・・4tトラック「TY」/「フォワード」
車長・・・6,990mm
車幅・・・2,110mm
乗車定員・・・29人
総排気量・・・3,988cc
ボディの組み合わせ・・・川崎、北村

いすゞDBR 1976-1984
自家用 いすゞDBR370
DBR370

撮影:佐久市(2015.12.23)

1976年に出力強化によりDBR370となりました。当初は、これまでのボディスタイルを継承していましたが、1977年に北村製作所製の角張ったボディスタイルに変わりました。その時に「ジャーニーQ」の愛称がついたようです。このボディは、中型バスにも展開されました。

西目町 いすゞK-DBR370
DBR370

撮影:田沢湖町(1985.6.16)

自家用 いすゞK-DBR370
DBR370

撮影:上田市(2010.7.24)

1980年に昭和54年排ガス規制に対応し、型式の頭にK-がつくマイナーチェンジを行いましたが、外観は変わりません。ただし、この時に助士席側側面にセイフティ・ウィンドウがついたようです。
後ろ姿は冷房車で、後面と側面後部に通気孔があります。

岩手観光バス いすゞK-DBR370(1984年式)
DBR370

撮影:盛岡営業所(1985.6.20)

松本電気鉄道 いすゞK-DBR370(1983年式)
DBR370

撮影:松本営業所(1988.5.21)

1983年にボディがモデルチェンジされ、屋根の肩部のカットが小さくなり、側窓が拡大されました。扉の窓も角張った窓になりました。
観光タイプは正面窓をルーフラインまで拡大しています。

ベース車・・・4tトラック「フォワード」
車長・・・6,990mm
車幅・・・2,250mm
乗車定員・・・29人
総排気量・・・5,393cc
ボディの組み合わせ・・・北村

いすゞMR112F 1984-1986
諏訪バス いすゞP-MR112F(1984年式)
MR112F

撮影:諏訪市(1990)

岩手観光バス いすゞP-MR112F(1984年式)
岩22あ94

撮影:盛岡営業所(1985.5.5)

1984年に昭和58年排ガス規制に対応してシャーシのモデルチェンジを実施、P-MR112Fに型式が変わりました。
外形は、前モデルを踏襲していますが、前照灯が角型になり、後面窓がルーフラインまでの大型窓になった点でDBR370と区別がつきます。
写真の観光バス仕様は正面上部が明かり窓状になり、直結冷房がついた「カスタム観光仕様」。

ベース車・・・4tトラック「フォワード」
車長・・・6,990mm
車幅・・・2,250mm
乗車定員・・・29人
総排気量・・・6,494cc
ボディの組み合わせ・・・北村

いすゞMR112D/MR132D 1986-1995   (重複掲載)
岩手県交通 いすゞU-MR132D
MR132D

撮影:キュービック様(北上営業所 2014.10.13)

1986年に小型バスジャーニーQをフルモデルチェンジしたもので、フレーム付フロントエンジンのままで前ドア設置を可能にした、全く新しいタイプの小型バス。従来のモデルより車幅を大きくとり、リアオーバーハングにトランクの設置も可能にしました。
ボディは北村製作所製のままですが、同社の大型路線バスやアイケイコーチによる大型観光バス「スーパークルーザー」と共通イメージを持たせています。

井笠鉄道 いすゞP-MR112D(1987年式)
MR112D

撮影:HIMAJIN様

井笠鉄道 いすゞP-MR112D(1987年式)
MR112D

撮影:HIMAJIN様

路線バスでは、後ろドアの設置も可能で、更に立ち席定員を取ることもできるため、乗車定員45人を確保できます。その際は大型車サイズのナンバープレートになります。
写真は、正面の方向幕部分のガラスを分割した仕様。
観光タイプについては、7mサイズ小型観光バスの項目で触れています。

車長・・・6,990mm
車幅・・・2,295mm
乗車定員・・・29〜45人
総排気量・・・6,494cc
ボディの組み合わせ・・・北村

商品名の由来

・エルフ(ELF)・・・小さい妖精、いたずら者の意味。力があり小回りの効く、機動性の高さを表した。
・ジャーニー(journey)・・・旅。気の合う仲間と楽しい旅に。
いすゞ自動車公式Webサイトより)
(注1)
車史研(1987)「1960年代のバス」P.5に、1961年製のTL151/251型「ライトバス」として、目黒車体製の画像(カタログ用のイラストと思われる)が掲載されています。通常のTLベースの「エルフ・ライトバス」より大ぶりの車体(全長5,100mm、全幅1,935mm、全高2,325mm)です。
(注2)
村上龍雄(1996)「私の知っているバス達≪いすゞ自動車≫」P.25に、渡辺車体製のBL171の写真が掲載されています。
また、ポルト出版(2010)「西工の軌跡」P.55に、西工最初の小型バスとして1960年にいすゞ「エルフ・マイクロバス」のボディを試作・設計して渡辺自動車で完成させたとの記述があります。その後、川崎製と併売されたとのことです。
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80s岩手県のバス“その頃”