−− 2003.05.12 エルニーニョ深沢(ElNino Fukazawa)
2003.05.21 改訂
■はじめに − 大植英次、大フィル音楽監督に就任
今年4月から新しい指揮者・大植英次を音楽監督に迎えた大阪フィルハーモニー交響楽団(略称:大阪フィル又は大フィル)の音楽監督就任披露演奏会(5月9、10日)が成功裡に終わった様です。メイン曲目はマーラーの『交響曲第2番 ハ短調「復活」』(※1)でした。大植は確か小澤の後輩でアメリカ仕込みの指揮者でバーンスタインの下で修行してミネソタで頭角を表して来た人だった様に記憶して居ますが、私自身彼の演奏は1、2回ラジオのFM放送で聴いた程度です。
日本人の若手指揮者としてはケント・ナガノがヨーロッパで高い評価を受けている様で、3〜4年前からラジオで良く演奏を耳にし、奇を衒(てら)った所が無く非常に堅実で落ち着きの有る演奏をして着実に力を蓄えて成長して居る、という印象を受けて居ます。
そんな中で大植英次がこれからの新生・大フィルをどの様に引っ張って行くのか興味が有る点です。尚、大植英次の略歴と大フィルの歴史については下の「参考資料」を参照して下さい。
■朝比奈隆の大フィル回顧
確か4月の初め頃、故朝比奈隆の後を継いで大植英次が大フィルの音楽監督に就任するということをラジオで聴きました。それと同時に今迄定期演奏会のメイン会場として来たフェスティバルホールをザ・シンフォニーホールに移す、ということも聞きました。
世界最長老の現役指揮者だった朝比奈隆は実に55年間も大フィルを率いて来て、何と言っても”大フィルと言えば朝比奈、朝比奈と言えば大フィル”というイメージが私の中でも定着して居て、これは多分皆さんも同じではないかと思います(「参考資料」に記した様に創立以来ずっと朝比奈が一人で音楽監督を務めて来ました)。
朝比奈隆の大フィルではやはりベートーヴェンとブルックナー(※2)ですが、私は取り分けブルックナーの名演に心酔して居ました。ブルックナーの演奏では、曲に対し演奏者が非常に深い共感を持たないとあの敬虔な響きが中々出て来ないもので、年輪を重ねた朝比奈の演奏は正に彼岸の境地に達して居ました。又、私が思うには、ブルックナーのこうした深い所からの魂の昇華を表現するには、指揮者が年輪を重ね彼岸の境地に達することが必要条件の様で、嘗てのヨーロッパの名指揮者フルトヴェングラー、ベーム、カラヤンが晩年に好んで演奏し、何れもが名演だったことを覚えて居ます。
■大植英次の初舞台の演目が意味するもの
さて今回大フィルの音楽監督に就任した大植が、大フィル音楽監督の初舞台としてどういった演目(=プログラム)で挑んで来るか、に興味を持っていたのですが、メインはマーラーの『復活』でした、フーム、な・る・ほ・ど!
この曲は声楽が入りソリストや専属の大阪フィルハーモニー合唱団も加わりますので、或る種のお祭である音楽監督就任披露演奏会には相応しい、そういう意図も加わり選曲されて居ると思います。しかし単にそれだけならもっと大衆受けのする曲、例えばずばりベートーヴェンの第九でも良かった筈です。私は大植が初舞台で敢えてマーラーを持って来た、それも地味な『復活』を持って来た所に大植の意気込みと大フィルの今後の方向付けが示されて居ると感じ、或る期待を抱きました。
(1)大植英次の意気込み
マーラー、これも中々一筋縄では行かない作曲家です。同じ後期ロマン派であり乍らブルックナーとは対照的に、どろどろとした情念と東洋的な地母神への憧憬みたいなものを宿して居て、しかも曲は何れも大曲で難曲です。マーラーを本当に理解するには19世紀後半のオーストリアの爛熟と倦怠、世紀末のショーペンハウエル的なペシミズムなどの哲学的・文学的状況を把握して置く必要が有り、聴衆にもそれだけ負荷を掛ける”重い”作曲家なのです。そういう一定程度の教養を必要とする言わば”通好み”の曲な訳で、初心者は殆ど退屈で途中で寝て仕舞うのが落ちなのです。ま、最近日本ではマーラーは大いに受けていてCDの売り上げでもマーラーが良く売れて居る状況では在りますが、一般には所謂モーツァルトやベートーヴェンやブラームスの様に知られて(聴かれて)いる訳ではありません。そこに大植の意気込みが有るのです。
(2)大フィルの今後の方向付け
そして初舞台、即ち1発目にマーラーを遣ったら2発目にモーツァルトやハイドンに帰るということは出来ません。これが1発目にベートーヴェンやブラームスだったらそれが可能です。1発目にマーラーで2発目にモーツァルトというのは余りにも節操が無さ過ぎます。では1発目マーラーの後どうなるのか?...マーラーの後に更に暫くマーラーを続ける(マーラー連続演奏)か、やはり大型の曲或いはドラマティックな曲、或いはモダニズムの近現代曲という事に成らざるを得ません。即ち
マーラーの連続演奏:5番、3番、8番、1番などの交響曲
大曲:R.シュトラウス、ベルリオーズ、ブルックナー
ドラマティックな曲:ワーグナー(後述)やヴェルディのオペラ序曲集
近現代曲:ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ
現代作曲家の曲、日本の武満徹の作品
などです。
この内殆ど可能性の無いのがブルックナーです。前述の様にマーラーとブルックナーは正反対の表現が必要且つ大植は未だ若いですし、何よりも前任者の朝比奈が最も得意として居たレパートリーを就任早々の大植が取り上げる筈が有りません。ということで1発目マーラーの後の2発目は、上に挙げた表の中からブルックナー以外が選ばれるのでは、と私は思って居ます。そして2発目の選曲から3発目は更に方向が絞られて来ます。ですから初舞台にマーラーの『復活』を上演することの中に今後の方向付けを垣間見せていると思うのです。
(3)私の期待
しかし、大番狂わせで2発目にモーツァルトを持って来るかも知れませんよ、もしそう成れば私は今後暫くの間大フィルを聴きませんが。しかし又、上の表の中から一定の方向性と意志を持って継続し、成果を上げた後でモーツァルトに回帰するのであれば、それは大いに聴く価値が有るというものです。
こういうテーマ性を持った定期演奏会の選曲は、嘗て若杉弘がケルン放送交響楽団時代に導入して、表現主義(シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンetc)や新即物主義(ヒンデミット、クルト・ワイルetc)などを精力的に取り上げていたのを覚えて居ます。
オーケストラも客商売、サービス業であるには違い有りませんが、演奏をバラ売り・切り売りするのでは無く、シーズン毎とか半年間毎に一定のテーマを決めて聴衆に問題意識を提示する様な演奏会形式にして貰いたいと思って居ます、既にヨーロッパではこういう形は可なり一般的です。大植英次は私のそういう期待に答えて呉れる様な気がします、マーラーの『復活』はそのサインではないでしょうか。
■大植英次のバイロイト登場と日本のオペラ
ところで大植英次は2005年(=再来年)の夏、日本人として初めてバイロイト(※3、※3−1)の舞台に立つことが最近決まった様です。
[ちょっと一言] 最新ニュースに拠ると、大植英次が日本人として初めて2005年度バイロイト音楽祭で楽劇「トリスタンとイゾルデ」を指揮することが決定した、と2003年4月10日付けでバイロイト音楽祭事務局から発表されました。演出がクリストフ・マルタラー、舞台とコスチュームがアンナ・フィーブロックです。
ヨーロッパのオーケストラは歌劇場が中心な訳ですが、中でもワーグナー(※3−2)の殿堂バイロイトは特別です。その成果を踏まえて、私は大植に今後直ぐにとは言いませんが、近い将来に大フィルの演奏で大阪でワーグナーの楽劇を毎年1回(例えば年末にでも)定期的に上演して貰いたいですね。コストの面から多少規模を縮小してもワーグナーの楽劇を継続的に上演して行くことはオペラを日本に定着させる為には有効です。例えば今年『さまよえるオランダ人』、来年『タンホイザー』、その次『ニュルンベルクのマイスタージンガー』、...、そして10年後『ニーベルングの指環』と言った具合です、やはり最終目標は『指環』ですね。
そういう演奏活動と並行して無調音楽の先駆けと言われる所謂「トリスタン和音」の意味解説や、或いはゲルマンの神話を土台にして居るワーグナーの楽劇とイタリアオペラとの違いの解説などを、<講演とサンプル演奏の催し>を開いて日本のクラシックファンがもっと深く理解し楽しめる様に出来れば、と思って居ます。
■結び − 質の高いクラシック音楽ファン獲得を
クラシック音楽を楽しむにはやはり音楽学・歴史・文学・哲学などの”教養”が必要です。所詮ポップスでは無いのですから、クラシック音楽の普及に当たっては安っぽい大衆迎合をやめて、研究的に聴く、という聴衆としての態度を育てることが必要だと私は痛感して居ます。国民全員がプロ野球ファンに成る必要は無いのと同じく、国民全員がクラシック音楽ファンに成る必要は有りません。要は”深い楽しみ方”が出来る上質のファンがどれだけ居るかが問題で、その方向での啓蒙が重要です。
尚、最初バックに流れる音楽はブルックナーの『交響曲第7番』の第3楽章(スケルツォ)ですよ。
◆◆◆参考資料 − 大植英次の略歴と大フィルの歴史
(1)大植英次の略歴
大植英次(おおうえ えいじ)は1957年広島市生まれ。桐朋学園で斎藤秀雄に指揮法を師事。1978年小澤の招きで渡米、タングルウッド・ミュージック・センターに学びバーンスタインに出会う。同年ニューイングランド音楽院指揮科に入学。以下が指揮歴。
バッファロー・フィルハーモニックの準指揮者(4年間)
エリー・フィルハーモニックの音楽監督(5年間)
1995年〜2002年、ミネソタ管弦楽団の音楽監督(8年間)
1998年よりハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニーの首席指揮者に就任
2000年からはハノーファー音楽大学のプロフェッサー(終身正教授)
2003年4月、大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督に就任
(朝比奈隆の後任)
客演指揮:ニューヨーク・フィル、シカゴ響、フィラデルフィア管、
ハンブルク放送交響楽団、ベルリン放送交響楽団、
フランクフルト放送交響楽団、ミュンヘン・フィル、
ロンドン響など
(2)大フィルの歴史と沿革
大阪フィルハーモニー交響楽団(略称:大阪フィル又は大フィル)は、1947年の創立から2001年12月に亡くなる迄の55年間、朝比奈隆が首席指揮者・音楽監督を務めて来たことで有名。以下が沿革です。
1947年(昭和22年)1月、朝比奈隆を中心とする約90名の音楽家に依って
関西交響楽団という名称で創立
1950年(昭和25年)には関西政財界の支援を得て社団法人化
1960年(昭和35年)に改組し大阪フィルハーモニー交響楽団(現在の名称)に
1991年(平成 3年)に大阪フィルハーモニー会館(西成区岸里)が完成
2003年4月、大植英次が音楽監督に就任
朝比奈隆は創立名誉指揮者に
これ迄の専属契約指揮者:遠山信二、外山雄三、若杉弘、秋山和慶、
手塚幸紀、大友直人など
主な活動:
[1].定期演奏会:毎回2公演、年20公演
2003年度よりザ・シンフォニーホール
(以前はフェスティバルホール)
[2].ポップス・コンサート:宮川彬良が音楽監督、
ザ・シンフォニーホールとの共催
[3].地方公演:「東京定期演奏会」の他、神戸、尼崎、京都、
名古屋、岐阜、福岡等での公演
[4].海外公演:ヨーロッパ、北米、韓国、台湾など
[5].レコーディング:国内オーケストラで一番多くレコード・CDを発表
特に朝比奈隆指揮の「ベートーヴェン全集」、
「ブルックナー全集」は記念碑的名盤
【脚注】
※1:マーラー(Gustav Mahler)は、オーストリアの作曲家・指揮者(1860〜1911)。ボヘミア生れ。ロマン派最後の世代。作風は伝統的形式に囚われず、民俗的なものを含む多様な要素と手法を取り入れ、大編成の管弦楽と標題を持つものが多い。新ウィーン楽派に大きな影響を与えた。「大地の歌」と10曲の交響曲、「さすらう若人の歌」「亡き子をしのぶ歌」他の多くの歌曲を残す。
※2:Josef Anton Bruckner。オーストリアの作曲家・オルガン奏者(1824〜1896)。ワーグナーの影響の下で、独特の重厚な様式を創出。後期ロマン派音楽を代表。11曲の交響曲、ミサ曲などを作曲。
※3:バイロイト(Bayreuth)は、ドイツ南東部、バイエルン州北東部の都市。ワーグナー晩年の居住地で1876年に建設した祝祭劇場が在り、毎年夏のバイロイト音楽祭は有名。
※3−1:バイロイト音楽祭(―おんがくさい、Bayreuther Festspiel[独])は、作曲家ワーグナーが彼の作品を上演する為に1876年に創設した音楽祭で、同年楽劇「ニーベルンゲンの指輪」が全曲初演されたのが最初。今は毎年7月25日〜8月28日迄開催される。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>
※3−2:ワーグナー(Richard Wagner)は、ドイツの作曲家(1813〜1883)。旧来の歌劇に対し、音楽・詩歌・演劇などの総合を目指した楽劇を創始、又、バイロイト祝祭劇場を建設。歌劇「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」「ローエングリン」、楽劇「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」「ニーベルングの指環」「パルジファル」など。
●関連リンク
@参照ページ(Reference-Page):無調について▼
資料−音楽学の用語集(Glossary of Musicology)
大阪フィルハーモニー会館▼
阪堺電車沿線の風景−大阪編(Along the Hankai-Line, Osaka)
N響の話題▼
アシュケナージN響次期音楽監督就任に想う
(Ashkenazy and NHK Symphony Orchestra)
「モダニズムの音楽」について▼
(無調音楽やワーグナーの「トリスタン和音」にも言及)
「モダニズムの音楽」概論(Introduction to the 'Modernism Music')