最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

称名寺境内 阿字ヶ池にかかる太鼓橋

6/5/2017/MON

特別展 国宝 金沢文庫展神奈川県立金沢文庫、横浜市金沢区

仁王門 阿字ヶ池にかかる太鼓橋 太鼓橋の擬宝珠 金沢文庫に続く隧道

週末、両親の家で二泊してきた。夕方、上大岡で待ち合わせ、お好み焼きを食べた。50年近く前、西宮に転勤していた頃に父が覚えた味。

土曜日は朝はのんびり過ごして、午後、金沢文庫へ。前回、来たときはひどい雨でぬかるんだ境内を歩いて難儀した。今回は気持ちのいい晴天に恵まれた。


展示されているもの、ほとんどすべてが国宝という、ある意味、トンデモない展覧会。展示品はほとんどが文書。法隆寺や東大寺で、仏像や工芸品ならまだわかる。鎌倉から室町時代までの文献、2万点が国宝に指定されたのはどうしてか。

理由の一つは、同時代の中国、宋ではモンゴル系の元が支配するところのなったため、多くの文書が失われた。そのため、宋から輸入された文書には金沢文庫だけに残るものもあるらしい。道元『正法眼蔵』も漢文で書かれた初版が展示されていた。

もう一つの理由。南北朝から室町時代になると政治と文化の中心は京都へ移った。鎌倉は没落した。多くの文書が手放されたが、それでも辺境となったために残った文書もある。


館内では前回「愛でられた金沢八景」展で解説していた人が展示を説明していた。聞き耳を立てながら、自分のペースが歩く。瀬戸神社から泥亀を過ぎて称名寺の境内まで当時は海だった場所は「不殺生戒」を指示した文書があった。

瀬戸神社から今の君ヶ崎交差点あたり、江戸時代まで海だった。文庫側と六浦側をつないだ瀬戸橋と、波の荒い瀬戸海を鎮める瀬戸神社が非常に重要だった。このあたり、もう少し知りたい。

ほとんどが、くずし字の古文書なので解説に頼りながら見る。密教の秘儀は最高の紙に書かれていることはわかる。墨も同様だろう。

千年前の文書が、色も褪せず、墨も真黒のまま残っていることだけでも驚きに値する。密教の秘儀は小さな紙に書かれ、たたんで冊子なっていた。大切に秘匿されいたことが想像できる。


国宝ではないものの興味を引いたのが、創建時に安置されていたという観音・勢至菩薩立像。二体はやや前屈して手を合わせている。こういう姿勢の菩薩像は見たことがない。


それにしても、2万点もの歴史史料を、これからどう研究し、保存し、一般に展示していくのか。相当に優秀な研究者と多額の費用が必要になる。

愛国心は、つい100年程度前に作られた「教育勅語」を暗唱させるような小手先の政策で育つものではない。歴史はもっと長く、もっと複雑。そして、愛国心の涵養に王道はない。

もし、本気で国民の愛国心を育てたいなら、たっぷりと歴史研究を軸に、広く人文科学に投資すべきだろう。

よく政治家がそれは後世の歴史家が判断するものと言い逃れする。ならば、後世の歴史家のために、証拠はできるだけ多く残しておかなければならない。